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唯「憂はこの世に舞い降りた天使!」#8 「二重らせん」 【シリアス】


119 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:09:43.52 ID:N3.G8Oc0

寝坊すいません。

始めます。タイトルは「二重らせん」


3部構成で

1部 約束姉妹!
2部 25歳・暖かい冬の日に
3部 仲良し姉妹!

という感じです。

固い文章の重い内容ですが、お付き合いください!





120 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:10:15.99 ID:N3.G8Oc0

【1部 約束姉妹!】

<唯高校卒業後の3月30日。夜>

唯「ふぃーっ。ただいまー」

憂「おかえりなさいお姉ちゃん」

唯「いやー、やっと一人暮らし先への引っ越しが終わったよ~」

憂「お疲れ様でしたっ」

唯「いえいえ」

憂「ちょうどごはん出来たから一緒に食べよー」

唯「うん。そうしよー」



121 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:10:51.59 ID:N3.G8Oc0


モグモグモグモグ

唯「うまーい!」

憂「ほんとに。良かったぁ」

唯「憂のご飯はいっつもおいしいねぇ」

憂「そう言ってくれて私とってもうれしいよ!」

唯「憂ってほんとになんでもできるよね~」

  



122 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:11:23.05 ID:N3.G8Oc0


唯「じーっ」

憂「どうしたの?」

唯「えへへ。ちょっとごめんよ~」

ツンツン

プニィ

憂「ひゃあぅ///」

唯「う~ん、憂のほっぺは柔らかくてかわいいなぁ///」

憂「もーっ、お姉ちゃんたらっ。仕返しっ!」

ツンツン

プニィ

唯「えへへ」

憂「うふふ」



唯「はぁ……」

憂「お姉ちゃん?」



123 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:11:49.81 ID:N3.G8Oc0


唯「私、もうダメかもしれないなぁ……」

憂「ど、どうしたのお姉ちゃん? 困ったことがあったら言ってよ。私たち、家族なんだからさ」

唯「大学に入って一人暮らししちゃうと、憂の作るご飯と、一緒に食べる機会が減っちゃうのが、さみしいっ」

憂「……なっちゃうよねー」


唯「私さ、こんなできた妹の、憂と出会えただけで、人生の”運”を使い果たしちゃった気がするよ」

憂「ええっ」

唯「きっとこの後の人生。ダメダメになっちゃうような、そんな気がする……」

憂「大丈夫だよお姉ちゃん! お姉ちゃんがピンチになったら、私が助けに行くからっ」

唯「ホントに! じゃぁその時はよろしくねっ」

憂「うん、任せといて!」


唯「わはー。憂は頼もしすぎるよ~」




 



124 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:12:48.62 ID:N3.G8Oc0


【2部 25歳・暖かい冬の日に】


子供の頃の生活は天国だった。


当時は、それに気づけなかったけど、

社会人になった今は、そう強く思っている。


……あの頃の幸せは、もう後の人生では二度とない。



125 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:13:25.55 ID:N3.G8Oc0


――平沢くん! この書類ミスが多すぎるよ!

――それからっ、あの企画の方はどうなっているのかね?

――そんなこともできないのかっ! 全く君は無能だなっ

――平沢くん! 聞いてるのかね、平沢くん!!


……まただよ。


このハゲ頭の係長は大の苦手だ。

これで何度目だろう。みんなが見ている中で怒鳴ってくる。

尖った言葉を突き立ててくる。


あるギタリストは言っていた。


  人の幸せは誰と出会えるかで大きく左右される


と。


仕事の格言でも”部下は上司を選べない”とあるものの、

この人の下に配属された、自分の”運”のなさを呪いたい。



126 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:14:15.49 ID:N3.G8Oc0


今勤めてるこの企業は、業界では名前を知らない人はいない、かなりの有名企業だったりする。

売り上げは、業界でトップクラスの水準。学生の時は、そんな会社に就職できたのを、自慢に思っていたんだ。


しかし入社してからは、”地獄”。


給料は様々な名目で天引き。それはまだいい。

だけど”仕事時間を伸ばすより成果を伸ばそう”、という社風で残業代も出にくく、

忙しい時期には休日出勤が当たり前。平時でも、1人1人に課せられた仕事の責任は、重い。

また、有休の消化率も業界で1,2の低さを争う。


……どうして、こんな会社に入ってしまったんだろう。



127 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:14:53.37 ID:N3.G8Oc0


もっとも、仕事がきついのは下っ端だけの話だ。

役員は話が違う。

平社員の時とは比べ物にならないくらいの役員手当と、役員専用の長期休暇ももらえる。

待遇が全く違ってくる。理不尽なくらいに、例えるなら”掃き溜め”と”鶴”。

……だから、起こる。

仲間を利用してでも出世しようとする、社員同士のつぶし合いが。


他にやりたいことを見つけて退職する人間もいるにはいるが、殆どは社員同士のつぶし合いで辞めていく。

上司は、能力が低い部下には、大量の仕事を押し付け、オーバーワークで潰し、

また、能力が高い部下には、仕事の手柄を奪ったり、小さなミスを過剰に叱責し、精神的に追い詰めていく。

そして誰も助け合わない。この会社ではそんなことが横行している。



入社時には3ケタいた同期も、1人辞め2人辞め、今残っているのは半分ほどになっていた。



128 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:15:27.08 ID:N3.G8Oc0


確かに仕事もできて、周りから信頼される人間はいる。


だがそんな人間は、この会社では一握り。いや、一つまみと言った方が正しいかもしれない。

労働組合はむしろ、会社による社員の監視機関となって機能していないし、

若手社員同士での横の繋がりもほとんどない。




ここは、灰色の錆しか見えない不毛の大地。




この場所で頼れるのは……自分だけだ。



129 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:16:22.32 ID:N3.G8Oc0


今日もまた、責任の重い仕事を上から任される。


今回は、特殊な手順が必要な仕事である。しかし、上司からはまともな説明がない。

また、同僚もやったことのない仕事らしいため、誰にも相談できず、独りで詳細を調べて、仕事を進めるハメに。


いまは2月。冬。外では珍しく雪が降っている。

雪がしんしんと降り積もるように、任された仕事が片付かず、やることが上からどんどん積み重なる。

仕事の予定も、仕事以外に立てていた予定も完全にできなくなるだろう。


それでもやるしかない。

「やるしかない」

と自分に強く言い聞かせる。



「どうしてこんなことする理由があるんだろう」

とも思い浮かんだ。それは握りつぶす。



130 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:17:06.67 ID:N3.G8Oc0


結局、この仕事は定時には片付かない。

他の仕事も押しているため、同時並行で進めていく。

より作業は複雑になり、片頭痛もしてくるが、それでも進めていく。

手と頭で違う処理を行っていくため、ミスが連発していく。

その度にイライラが重なり、気持ちが落ち込み、そしてミスが増えていく。



131 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:17:45.06 ID:N3.G8Oc0

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、

ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、ミス、



……また、ミス。



132 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:18:33.65 ID:N3.G8Oc0


筋肉が強張り、赤面し、心臓が不規則にバクバクと鳴っている。


焦燥感と劣等感と胃のむかつきと地団駄と、

上司への反感と同僚への不信感とどうしようもない絶望感と、

それからその他もろもろが、自分の中へ、心の中へ、

マグマのように湧いて出てた、ドロリとしたナニかが、ヘソのあたりに溜まっていく。


それらが胃へ、肺へ、ノドへ、口にまで逆流してきたときに、


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


と叫んだ。



133 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:19:04.98 ID:N3.G8Oc0


同時に、一瞬の光景が目に焼き付く。


火山が噴火したかのように、前の席にある同僚の

カメラとファイルが右へ、ワープロが左へ、ペンと消しゴムが上へ、引き出しが奥へと

バラバラと飛んで落ちていくのが、眼球へ印刷された。


最初は理解できなかったが、一秒ほど遅れて伝わってきた右足の感覚で


前の席にある同僚の机を、思い切り蹴り飛ばしていたのが分かった。


机自体はゆっくりとゆっくりと傾き、

ワンテンポ遅れて倒れ、その衝撃でオフィスの床と空気が揺れる。

大きな振動が、鼓膜と左足と、オフィス全体に広がる。




もう一度オフィスが静まり返った時、

「ほんとに何をしてるんだろう」

と自然に口が動いた。



134 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:19:45.54 ID:N3.G8Oc0


ちょっとした事件だが、

オフィスには、自分以外の誰もいない。いま、それに気づく。

無意識の叫びも、机の音も、誰にも、届かない。


腕時計に目をやると、もう午後10時半を過ぎていた。

とっくの昔に、社員は全員帰っている。



「……ダメだ。もう今日は帰宅しよう」


そう言って、帰る準備をする。

だけどこのまま帰る訳にはいかない。

蹴飛ばしてしまった同僚の机を、片づけないと。



135 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:20:25.94 ID:N3.G8Oc0


力を入れて、机を立てる。

机全体を見たが、へこみがあったり、引き出しが壊れている様子はない。

心配になったが、どうやらワープロやカメラも、壊れてはいなさそうだ。


机を元あった位置に戻し、機械類もなるべく同じ場所に置く。

明日この机の主、同僚に謝らないといけないな、と考える。


次に、腰を落とし片膝を立てて座り、

散らばった小物類、机の主の筆記具やファイルを集める。


殆どの物は、倒れた机のすぐそばに落ちていたが、消しゴムだけは転がったのか

係長の机の下にあった。

係長の机の下に入り、消しゴムを拾おう。



136 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:21:04.85 ID:N3.G8Oc0


消しゴムはやや奥まった場所にあったため、床にうつ伏せになってしか取れない。

机の下に入り、冷え切った床に寝転がり、右腕を消しゴムの方へ伸ばす。


腕を伸ばしきった時、人差し指に何か固い感触があったので、それを取る。

目でなく、手のひらで確かめるが、これは間違いなく消しゴムだ。


何かほっとした時、顔のすぐそばの床に水滴があった。


最初は、エアコンか何かから落ちてきた水かと勘違いしたが、

視界がぼやけているのに気づき、これは自分の涙だと悟った……



137 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:21:53.14 ID:N3.G8Oc0


机の下から這い出て、立ち上がる。

スーツの前、特に右腕のあたりには、床のホコリがたんまりと付いていた。

窓際に移動し、そのホコリをはたく。そして眼鏡を外して、涙を拭う。

……無機質な床の冷たさが、この涙の原因だ。


拾った消しゴムを同僚の机に戻し、ファイルやら小物類も元あった場所に戻す。


最後に引き出しの中を確認したが、それほど乱れてはいなかった。


ただ一番下の引き出しを確認した時に、

  ”辞表”

と書かれた封筒を見つける。……気まずい。

心に電流が流れ、血管が凍り固まった。



138 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:22:42.25 ID:N3.G8Oc0


完全に片づけが終わった時には、午後10時50分を過ぎていた。

バスで通勤しているが、最終バスの時刻は午後11時ちょうど。

タイムリミットが少ないのが分かり、焦りだす。

一瞬、もうこのまま会社に泊まろうかとも思ったが、


――ダメだ。今すぐ帰れ


という誰かの声が、頭の中に響いた。何だろう、これは?


声に従い、急いで書類を鞄の中に入れ、コートを羽織りマフラーを巻く。

オフィスから出て鍵を閉め、勢いよく階段を駆け下りる。

タイムカードを切り、警備員に挨拶をする。

「すいません。今から帰りますんで」

「はーい。遅くまでご苦労様です」

そしてビルを飛び出した。



139 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:23:14.48 ID:N3.G8Oc0


ビルの外は……雪。こなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいいこなあああああああああああああああゆきいいいいいいいいいいいいいいいいい


見上げると、灰色の空からは、真っ白な結晶が舞い降りてくる。

足元の黒いアスファルトも、その真っ白で埋め尽くされていた。


この時、手袋を自分の机に置いてきたのに気が付く。

風が吹くと、むき出しの顔と手の体温を、やすりのようにガリガリガリガリと削っていく。


外の冷たさが、本当に骨身にしみる。



140 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:23:49.89 ID:N3.G8Oc0


あまりの寒さに走ることができず、

なんとか歩いて最寄りのバス停に到着したが、完全に午後11時を過ぎていた。

普段ならもう、最終バスは出ている時間。


だが、1人の老人がバスを待っているようだった。

その老人に近づくと、

「どうやらこの雪で最終バス、遅れているみたいです」

「あぁ、そうですか。よかった……」


仕事場から家へのバトンが繋がり、ホッとする。


腕時計を見ると午後11時5分。

天気のせいかわからないが、腕時計の金具と指輪はいつもよりくすんで見えた。



141 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:24:22.12 ID:N3.G8Oc0


バスは11時8分に到着した。

老人といっしょに乗り込んだバスに、お客はいない。

とりあえず、入り口から一番近い座席に座り、あの老人は敬老席に座る。

それを運転手は確認し、最終バスは走り出した。


バスの外を見ると、ちょうど雪は止んでいた。

風も止まっているようだ。


いろいろあったが、

とにかく今から帰る。灯りのついていないであろう我が家に。



142 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:24:59.51 ID:N3.G8Oc0


暇なので、外の景色を見ていたが、

窓ガラスに映った人物が、こちらを見ているのに気が付いた。


そして思うことは、こいつは学生時代よりも大分痩せたなぁ、ということ。


実際に、入社時に作ったこのスーツやシャツはぶかぶかしているし、皮靴や腕時計や指輪も緩い。

眼鏡のフレームも、なんだか合わなくなったような気がする。

もう一度、窓ガラスの自分をよく見てみると、髪はボサボサで頬もなんだかコケていた。


ほっぺたを自分で触るが、学生の頃とは違って柔らかくはない。


窓の外に焦点を戻し、後ろへ走り去る景色をぼぅっと眺めてみる。

……ただただ眺め続けていた。



143 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:25:29.06 ID:N3.G8Oc0


どれくらい、そうしていただろう。

バスは、自宅ちかくのバス停までやって来ていた。降りなければ。

一緒に乗った老人は、いつの間にか消えていた。


バスから降りるとき、運転手に

「ありがとうございました」と言った。

運転手は無言で返した。


そして無人のバス停へ、降りる。

バスの扉はピシャリと閉まり、走り去り、遠くなっていくエンジンの音。



144 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:26:03.05 ID:N3.G8Oc0


バスの音が聞こえなくなったとき、

周囲はとても寂しく、完全に無音。命の気配が感じられなくなっていた。


バスは雪のせいで大幅に遅れたため、時計の針はもう午前0時を過ぎている。

ほとんどの窓に明りはついておらず、誰かの声や鳥の鳴き声、テレビの音や料理の匂いも、なにも、ない。

街の息吹は、完全に死んでいる。


目の前にあるのは、黒い空と白に塗りつくされた景色だけ。

この色気のないコントラストのせいで、今まで忘れていた不安がよみがえる。


  このまま今の仕事を続けていいのだろうか

  他の方法があるんじゃないだろうか

  そもそもなんで生きているのか

  何のために生きていくのか


音がないと、人はいろいろと考えてしまう。

不安の津波に飲みこまれ、うなだれて足元を見た。


……雪の絨毯に1人の足跡がある。しかもたくさん。これは女性用だろうか。


この、バス停周辺にある無数の靴跡と、近づいてくる靴音によって、

僕の意識は、津波から引き上げられた。



145 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:26:30.83 ID:N3.G8Oc0


……靴音?




突然視界がなくなる。何事かとあわてたが、

目のあたりに、雪と毛糸の感覚がする。




そして、

「だーれだ?」

という、愛しい人の声……



146 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:27:05.03 ID:N3.G8Oc0


「こんなこと僕にするのは、……君しかいないよ」

「ふふっ、せいかーい」


その声と同時に、視界が開ける。

振り返るとそこには、僕にとって一番大切な人がいた。


茶色いロングヘアーの、優しい顔立ちをした妻が、

頬を桜色に染めて、僕に微笑みかけていた。


「おかえりなさい」と妻。

「遅くなってゴメンね」と僕。



147 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:27:35.18 ID:N3.G8Oc0


「ねぇ、もしかしてこのバス停でずっと待ってたりした?」

と妻に聞いた。ずいぶんとバス停の周りに、同じ足跡が多かったからだ。

僕の帰りを待ち続ける、妻の様子が脳裏に浮かんだ。

しかし、

「……うーん」

と妻は答え、

「まぁそれはいいじゃない」

と、質問をはぐらかされた。


「それよりもう遅いし、雪も降ってる。寒いから、早く帰りましょうよ」

「……うん。そうだね」


僕らは、一緒に帰ることになった。



148 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:28:04.26 ID:N3.G8Oc0


しばらく歩いて妻は気づく。

「あら?」

「どうかしたの?」

「あなた、手袋してないじゃない? 朝出るときはして行ってたわよね?」

「帰るときに慌てていて、会社に置いてきちゃったんだ」

「ふーん……あっそうだ!」

そう言うと、妻は自分の右手の手袋を外した。

何するんだろうと思っていると、彼女は自分の右手で、僕の左手を取ってギュゥっと握りしめてくれた。

存在感のある体温が、指先から伝わる。

体の中の、凍り固まった部分が融けてゆく。細胞に向かって、血がドクンと巡り出す。


「……」

「ふふ、あったかい?」

「あぁ、すごくあったかいよ……ありがとう」


これほどまでにあたたかいものを、僕は他に知らない。

たぶん僕専用の、世界で唯一つの、最高の暖房装置だ。



149 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:28:35.84 ID:N3.G8Oc0


そのまま2人手を繋ぎ、家路へ向かう。


……今日は何故だか涙腺が緩い。

ただ手を握ってくれただけなのに、ただそれだけで

ため息をつくように涙が出だした……


妙に気恥ずかしくなり、あわてて、繋いでない右手でそれを拭う。

が、その行為は、しっかりと妻に見られていた。


こちらを向いた妻は、歩くのを止め、僕も立ち止まる。

彼女は繋いでいた手を離し、トトトトっと僕の前に移動する。

両腕を僕の腰に回し、僕を優しく抱きしめた。


僕の胸の中で、妻はつぶやく。

「……もしつらいことがあったら、何でも相談してね」

「……」

「私達は、家族なんだからさ」



150 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:29:05.48 ID:N3.G8Oc0


……相談か。


正直こんな心優しい妻に、会社での出来事をいう事は……できない。


だけど、この人が傍にいるだけで、心が強くれなるような、そんな気がする。


僕は彼女の背中に腕を回し、思い切り抱きしめ返す。

服越しだけど、お互い身体が密着していて、伝わりあう心音と体温。

僕の身体と、妻の身体に、真っ赤な命が循っているのがわかる。


こうしていると、僕は、”生きている”って実感できる……



誓う。

「何があってもさ、僕は君を守るから……根拠はないけど」

「うん。信じてるよ……根拠がなくてもっ!」



151 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:29:31.72 ID:N3.G8Oc0


そうして、互いの存在を確かめたあと、僕らはまた歩き出す。

今度は僕の右手と、妻の左手を繋いで。

息が白くなるほど寒い夜道だけど、この状態で寒さは感じない。



なんだか幸せすぎて、「あぁ」と息がこぼれる。


僕の口から出た白い煙は、ひとりでに空に広がっていく。


僕らの未来も、こんな風にひらけていったらいいのになぁ。




「あっ、そうそう。私にね、赤ちゃんができてた!」

「ぶっ」

いきなりの告白に、仕事鞄と指輪を落としてしまった。



152 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:30:03.29 ID:N3.G8Oc0


妻が、「鞄と指輪が地面に落ちちゃった」と言い終わる前に、

指輪を拾いはめ直し、そのあと鞄を拾う。そして、


「本当に……?」

「うん。お昼に病院に行って、分かったの」

「…………」

「……だから、あなたに少しでも早くそれを伝えようと思って、」

「…………」

「……それで、そろそろ帰ってくるかな~、ってタイミングを見計らってたのよ」


「…………」

「だ、大丈夫? ”おとうさん”」

「こ、腰が抜けたよ、”おかあさん”」



153 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:30:32.09 ID:N3.G8Oc0


……えーと。

あぁ、そうか。僕は、”おとうさん”になるのか。


……待てよ。お腹に子供がいるなら、冷えるのはまずいんじゃないか。

そうだ、こんな腰を抜かしている場合じゃない! 急いで帰らないとっ。


「とにかく急いで帰ろう!」

そういって妻の手を握り、家路を急ごうとしたが、

「ストーップ!」と引き止められた。


「なに、どしたの?」

「ちょっとだけ、寄り道いいかな……」



154 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:31:00.43 ID:N3.G8Oc0


妻に連れられて、どこかへ歩いていく。


「そういえば、出産予定日はいつごろなの」

「11月に入ってしばらくらしいわ」

「子供ができたのはうれしいけれど、もう2人で旅行にはいけなくなるね」

「ええ。でも、子育ても子育てでいいものじゃないかしら」

「うん。きっとそうさ。僕らの子供は、かわいいだろうね」

「それに子連れで旅行に行くもの悪くないし、子供が大きくなったらお留守番してもらって、また2人で行けるようになるわよ」

「そんな風にまた2人で旅行ができるのは、早くて15年くらい先になるかなぁ。長いぜ」

「あっという間よ。きっと楽しい時間が過ぎていくから」


そんなことを話しながら。



155 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:31:32.11 ID:N3.G8Oc0


路地裏をいくつか抜けると小さな神社があった。

今の家に引っ越して半年になるが、家と会社の往復しかしていないため、周辺の事情にはけっこう疎い。


「……こんなところがあったんだ」

「ふふっ、あなた知らなかったでしょ」


休暇が確保できたら、僕らは必ずと言っていいほど旅行に行く。

旅先で神社に行くこともあるが、そこでは何はなくとも、まずおみくじを引く決まりだ。

この神社も小さいながら、自動販売機型のおみくじがあった。だからやっぱりおみくじを引く。


二百円をいれて、僕はおみくじ販売機のボタンを押す。続いて妻。

それぞれ自分のおみくじを手に取り、開く。

「ぼくは小吉だ」

「末吉だったわ」



156 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:32:02.02 ID:N3.G8Oc0


次は社殿にお参りに。

二十円を賽銭箱に入れて、願い事をする。

僕は「どうかお腹の子が母子ともに、無事で生まれてきますように」とだけ祈った。

対して妻は


「……お腹の子が、性格も良く健康で容姿端麗。運動神経抜群で勉強も家事もできて兄弟の面倒も見れて、いくつも才能に恵まれ、尊敬される人間に育ちますように」


と祈っていた。


「……それは欲張り過ぎじゃない」

「かもね。でも、あなたの子だからきっといい子だよ」

「……」

「それにこの子や、あとの弟・妹が立派に育つのを、私はしっかり手助けするわ!」

そう言い放った妻の目は、なんだか頼もしい。

僕も、頼りがいのある親にならなければ。



157 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:32:38.81 ID:N3.G8Oc0


本当に小さい神社なので、見る所はもうない。

境内を出ようとする瞬間、

「そうだ。ねぇあなた、ここで少しだけ待っててくれる」

「……お腹の子の分のおみくじも引いてくるのかい」

「そう。ちょっとだけ待っててね」

嬉しそうに言うと、妻はさっきの自販機へ向かって行った。


その時である。

僕はふと、境内に置かれていた地蔵に目がいった。

そして地蔵からハゲ頭が連想され、ハゲ頭からあの嫌いな上司を連想した。


……この幸せラッシュの中に、嫌いな人物の顔を思い出してしまった自分にがっかりしたが、

最後に、

  人の幸せは誰と出会えるかで大きく左右される

というギタリストの言葉に、連想ゲームはたどり着いた。



158 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:33:19.84 ID:N3.G8Oc0


妻は百円玉を自販機に入れ、ボタンを押そうとしている。

僕は神様に祈った。


  どうかお腹の子の出会う人が、みんないい人でありますように

そして、

  人生の大事な場面で、この子が手にするものが大吉でありますように


と。


妻は

「何がでるかな~何がでるかな~♪」

と唄い、おみくじのボタンを押す。

お腹の子用のおみくじが出てきて、妻はそれを取った。


彼女の手にあるものは、手にしたものは――



159 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:37:26.05 ID:N3.G8Oc0


【3部 仲良し姉妹!】

<3月30日 深夜>

唯「そうだ、憂。これ見てみて!」

憂「なになに?」

唯「じゃじゃーん! ”軽音部の入部届”~」←[たぬき]風

憂「わぁ! それ。お姉ちゃん学校から貰ってたの?」

唯「そうそう。高校が3年間保管してたけど、私たちが卒業する時に捨てるっていうから、記念に貰ってきたんだよ」

憂「本当になんとなくで入部しただけなのに、いろんないい人達と出会えたよね~」

唯「この入部届は私にとっての、大吉のおみくじと言っても過言ではないでしょう!」



160 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:38:34.66 ID:N3.G8Oc0


唯「……気が付けばもう午前0時を過ぎちゃってるね」

憂「お父さんとお母さん。明日には旅行から帰ってくるって電話があったよ」

唯「そっか。じゃぁ大学の入学式とかには間に合うんだね」

憂「それはあの二人も出るに決まってるよ、お姉ちゃんっ」

唯「よーし、それじゃあ寝るとしますかっ」

憂「……ねぇ、一緒に寝ても、いい?」

唯「うん、いいよー」

憂「やったー♪」



161 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:40:59.21 ID:N3.G8Oc0


唯「それじゃぁ、」

憂「おやすみなさーい」

唯「…………」

憂「…………」

唯「…………」

憂「…………」

唯「…………」

憂「…………」


憂「ねぇ、お姉ちゃん?」

zzz

憂「眠るのはやっ!」



162 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:42:24.66 ID:N3.G8Oc0


zzz


憂「……」

憂「えへへっ///」


スリスリ

ギュゥっ


憂「……やっぱりお姉ちゃんはあったかいなぁ」


憂(こうしていると、”生きている”って実感できるよ……)


憂(……こんなお姉ちゃんと出会わせてくれた、お父さんにお母さん。ありがとう)



163 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:43:49.80 ID:N3.G8Oc0


( と く ん っ♪ )


( と く ん っ♪ )


( と く ん っ♪ )


憂(静かだなぁ……)


( と く ん っ♪ )


( と く ん っ♪ )


憂(お姉ちゃんの体温と、心臓の音しか感じない……)


( と く ん っ♪ )




164 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:45:18.14 ID:N3.G8Oc0


憂(ねぇ、お姉ちゃん……)


憂(お姉ちゃんにとって、あの”入部届”は大吉のおみくじだろうけど、)

憂(私にとっては、お姉ちゃん自身が大吉のおみくじなんだよ)


憂(……私、お姉ちゃん大好きだから、これからも、ずっと一緒にいたいなぁ)

憂(お父さんとお母さん達みたいに……私たちも、許されるならずーっとずーっと)


憂(……だから、今夜だけは……)

チュッ

憂(……///)


憂(おやすみなさい……お姉ちゃん)












165 名前: ◆Ulk/G4eY/o:2011/01/09(日) 10:47:01.12 ID:N3.G8Oc0

zzz

zzz

(おしまい)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いかがだったでしょうか。「二重らせん」


それじゃぁ次の人にターッチ!
(寝坊してごめんね)




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タイトル:
NO:412 [ 2011/01/10 02:14 ] [ 編集 ]

シリアスかなぁ、結果的にほのぼのになった日常?
何気に、平沢両親がメインのSSは初めて見た気がする。

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