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澪「合宿をします!」#1 純「合宿してみたいわ」 【日常系】


SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)@VIPServiseより

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi?bbs=news4ssnip&key=1295769929&ls=50




1 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:05:29.57 ID:ltIw3edqo

けいおんSS百合雑談スレ企画でございます

・長さは基本的に自由。ただしあまりに長いSSは他の人の投下の妨げになるのでNG。
・百合スレ発なので必ず百合カプ要素を含むこと
・カップリングは自由(当然百合カプに限る)。他の人と被ってもOK
・事前にカップリングを示しておく(名前欄若しくは投下前)
・内容の都合上、事前にカプを明示すると都合が悪い場合はその旨を最初に言っておく
・NGワード注意(メール欄にsagaで回避可)

あんまりテーマに頑なに拘る必要はないとかどうとか

投下予定時間

17時 :◆RLqqTM6o/csr

19時 :◆fESkAzz9Po

20時 :◆iRrUdDtAr.

時のいや果て :◆Dq9zTDROkE

こんな感じです
飛び入り参加してもいいのかも知れないね!





2 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:08:18.57 ID:ltIw3edqo

では投下していきます

タイトル:純「合宿してみたいわ」
カップリング:和さわ 憂純

地の文だらだら、合宿からは随分と離れてしまいましたが、悪しからず



3 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:10:02.07 ID:ltIw3edqo

平沢憂は、朝方、クーラーを作動させて間もないリビング、そこに繋がるダイニングキッチンで、冷水に手を晒して食器を洗っていた。
どんどんと体温が奪われているような気がして、憂は窓から外を見た。
外ではじーわ、じーわ、と蝉の声が響いている。
その声はコンクリートと金属に住家を侵されているようで、心なしか寂しそうに聞こえた。

「みーんみーん」

小声で蝉の声真似をしてみてから、彼女は後悔した。
壁が声を吸いきってしまった後で彼女に残ったのは、虚しさだけだったから。

体の境界線を侵食してしまいそうな、物質的な圧力を持った静寂を、電子音が揺らして霧散させた。
憂は顔を輝かせて、急いで濡れた手を拭き、受話器を取った。
受話器から能天気な声が聞こえてきた。

『あ、憂? なんか梓が遊んでくれないんだよね。私一人だけど、憂の家行ってもいいかな?』

憂はその友人と、その日遊ぶ約束をしていたわけでは特に無い。
けれど、息苦しい空気の不動を、彼女なら簡単に崩してくれる気がして、憂は顔を綻ばせた。

「うん、是非来て」

あーい、という間延びした友人の返事を聞いてから、憂は受話器を置いた。
またしばらく、部屋には無音が闊歩した。
けれど、憂は外から聞こえてくる蝉の声に合わせて、歌うように呟いた。

「じーわ、じーわ、みんみん、つくつくぼーし」

だって、彼女は少し騒がしいもの、きっと部屋は賑やかになるだろう。
彼女なら、彼女と一緒にいる私なら。

そんな他力本願な考えを持つ憂の体温を、クーラーは少しずつ奪っていた。



4 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:11:46.71 ID:ltIw3edqo

すっかり部屋が冷え切ってしまった頃、憂は皿洗いを終わらせた。
少し肌寒く感じたけれど、それでも外の蒸し暑さを思って、憂がクーラーを切りかねているところで、インターフォンが鳴った。
憂は、はっと顔を上げて、玄関へと駆けていった。
扉を開けると、思わず顔をしかめるほどの暑さと、元気な声が飛び込んできた。

「やっほー、憂。いや、暑いねえ、たまったもんじゃなく暑いよお」

憂が渡したタオルで額を拭きながら、癖毛の女の子、鈴木純はへらへらと笑った。
楽しそうに、人差し指を立てて言う。
開いた扉から入ってくる蝉の音も、彼女の闊達さを際立たせているような気がした。

「アレだねえ、やっぱ夏はこう、空が透き通ってて気持ちいいね、思わず走りたくなる」

「そうなんだ」

空なんてまともに見ていなかった自分のことを思い出して、憂は曖昧に笑った。
純がさっさとリビングの方へ歩いて行ったので、憂は純の靴を揃えた。
靴の中にも熱気がこもっていて、やはり外はずいぶん暑いのだろう、憂は少し躊躇ってから、玄関の扉を閉めた。

「寒っ!」

リビングから声が聞こえて、憂は慌てて振り返った。
純がリビングから顔をのぞかせて、不満げな、そして心配そうな声を上げる。

「憂、この部屋寒すぎるよ……風邪引いちゃうんじゃないの」

でも、と憂は眉尻を下げて笑った。

「クーラー切ると、暑いし」

純は眉をひそめて、リビングへ顔を引っ込めた。
憂は笑顔を崩さないままため息をついて、同じくリビングへと向かう。
リビングに入ると、純が窓際に寝転んでいるのが見えた。



5 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:13:04.89 ID:ltIw3edqo

「なにやってるの?」

「日向ぼっこ」

ふうん、と返事をして、憂は冷蔵庫から麦茶を取り出して、氷を入れたグラスにそれを注いだ。
すぐにグラスは白く曇る。
暑いところと、寒いところの壁、薄いガラス一枚のその壁を憂は確かにその手に感じていた。

「憂、憂のお姉さんは、今日はいないみたいだね?」

憂は相変わらず笑顔のまま、純のいる窓際まで歩いていき、正座をして床に盆をおいた。
盆にはストローが顔をのぞかせているグラスと、ただ、冷たい麦茶だけが入っているグラスが載っていた。

「うん、なんか今度の合宿の準備するんだって。梓ちゃんが新しく入部してくれたから、凄く楽しみにしてたよ」

へえ、と気のない返事をして、純は首だけ持ち上げてストローに口をつけて、麦茶を吸い込んだ。
憂は彼女が、姉がリビングのテーブルにおいていた漫画を読んでいるのに気づいた。
純は憂の目線に気づいて、へらっと笑った。

「この漫画も合宿シーンだよ。果たして、彼らはあの強豪男子高校エースの魔球を打ち破ることが出来るのだろうか――」

純は寝転んだまま、大げさに腕を天井に向けて、ゆらゆらと振った。
憂はその様子をじっと不思議そうに見つめていた。
外の熱気をまとったままの彼女の腕が、一生懸命に部屋の空気をかき回しているようだ。

「なあんて、あっついよね、憧れるよ、合宿」

そう言ってため息をつき、純は腕を下ろした。
その腕が床についたとき、彼女は小さく悲鳴を上げた。

「冷たっ」

憂はなんとなく、掌をフローリングに当ててみた。
冷たい、だろうか。正座をしているから足に広く接しているはずの床も、彼女には冷たく感じられない。
少しずつ、少しずつ、クーラーは彼女を冷やしていったのだ。
憂は少し寂寥を込めた目で、純を、そして窓の外を見た。



6 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:15:35.71 ID:ltIw3edqo

「ういー、ういー」

純が自分の名前を呼んでいるのが、ずっと遠くでのことに感じられた。
憂は目を細めて、外の光景を見つめた。
蝉はどこにいる? 人工物の中で、一生懸命に鳴き続ける蝉は。
蝉の声はずっと聞こえていた、けれど、蝉は見つからなかった。

「ういってば……もう」

純がごろごろと、起き上がること無く移動していく。
彼女が転がっていた床は、体温と日光とで少し暖かくなっていて、憂はほっとした。
自分の太ももは、掌は、まだ温かくて、憂はほっとした。

ここだ。ここにいた。

後ろで電子音が聞こえた。
クーラーが悔しそうに、最後に大きく息を吐いて、動きを止めた。
憂が振り向いてみると、安心したように大の字に床に寝そべる純の姿が見えた。

「ふう。やっぱこんなに寒いのは駄目だよ。風情が無いもんねえ」

憂は彼女の言葉を聞いて、また外を眺めた。
歩道の脇には木があった、建物には日が当たっていた。
蝉は見えないけれど、やはり声は聞こえている。



7 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:16:56.50 ID:ltIw3edqo

「ねえ、純ちゃん……外はさ」

憂は背後の友人に声をかけて、窓ガラスに手を当てた。
ひんやりと冷たかったけれど、その薄いガラス一枚の壁は、これから確実に熱を帯びてくる、
そして、この部屋の中も。

「外は、暑いねえ」

ならば、いらない。
必要のないときは、窓を開けよう。
憂は顔に当たる熱気を感じて、明るく笑った。

「そりゃあね」

純は不思議そうに、相変わらずだらしなく寝転んだまま首を起こしてみたけれど、
窓から無遠慮に、楽しげに入ってきた熱気が額に当たって、引きかけていた汗がまたうっすらと滲むのを感じ、自然と笑顔になった。

どちらから言ったかは、どちらも覚えていないけれど、確かに彼女たちはこう言った。

「外に出よう、暑いから!」

蝉の声が膨張した空気を軽やかに揺らしていた。



8 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:18:26.79 ID:ltIw3edqo


「軽音楽部、また今年も合宿するのよ」

クーラーの効いた生徒会室で長い髪を暑苦しく思いながら、山中教諭は冷たい麦茶を飲んでいた。
どうしてこんなことを言ったのかは分からないけれど、言ってしまった以上、教諭は相手の返事を待った。
生徒会室にいるもう一人の人物、短髪の真鍋生徒会長は、反応に困ったように小さく笑った。

「そうですか」

そう言って、生徒会長はまた書類とにらめっこをし始めた。
主に夏季休業中の部活動についてだろう。
しばらくして、生徒会長は顔を上げて言った。

「ああ、そうだ。一応先生も付いて行ってくださいね。監督責任者がいないと何かと困りますから」

山中教諭はつまらなそうに頬をふくらませて真鍋生徒会長を見つめて、麦茶に視線を落とした。
生徒会長は教諭のやけに子どもじみた表情に驚き、気まずくなって、窓の外を見た。

ぎらぎらと太陽が照っている。
めらめらと地面は熱されている。
ゆらゆらと熱くなった空気が揺れている。

薄い窓ガラスと、一生懸命動くクーラーがその熱を完全に生徒会室から締め出しているのを確認して、生徒会長は微笑んだ。
彼女には蝉の声も聞こえていなかった。
聞いているのは、ただ、かつかつと鳴り響くシャープペンシルの音と、クーラーの立てる低い音だけだった。



9 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:19:44.05 ID:ltIw3edqo


「のーどーかーちゃあん」

それと、教諭の歌うようなきれいな声。
冷たい大理石のような、透き通った声。
少し気だるそうな、つまらなさそうな声だった。

「どうしました?」

「合宿で泊まる別荘の傍にはね、海もあるの」

そういえば、軽音楽部が泊まる、とある部員の別荘は随分と広いと幼馴染から聞いた。
きっと大きな冷房やら、風呂場やら、色んな物があるのだろう。
ちょっと、羨ましい。

生徒会長はくすりと笑った。

「羨ましいですね」

教諭は顔を輝かせて、身を乗り出して言った。

「でしょう! それでね、良かったら和ちゃんも来ましょうよ。水着、選んであげる」

生徒会長は苦笑して、首を振った。
教諭の表情が曇った。

「私はあまり泳ぐのは……それに、暑そうだから遠慮しておきます」

最後まで言い切らないうちに、教諭はぐい、と麦茶を一息に飲み干して、一つ大きく息を吐いてから、呟いた。

「つまんないの」

生徒会長は、あんなに一気に麦茶を飲んでしまって、胃が冷えすぎやしないか、そればっかりを気にしていた。
自分もやろうかしら、そんなことばかりを考えていた。




10 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:20:46.48 ID:ltIw3edqo


二人の女の子が日の照り返す道路を元気に歩いていた。
柔らかい髪を縛って、ショートポニーにした女の子は、優しく笑って言った。

「暑いね……どこ行こうか?」

憂はコンクリートのヒビから草が顔を覗かせ、車のタイヤの叫び声の間に蝉の求愛の歌が聞こえているのに気づいて、嬉しくなった。
まだまだ外は暑い。

暑さに顔をしかめて――自分から提案しておいたくせに、だ――癖毛を二つに縛った女の子は、うーん、と唸った。
彼女は空を見上げた。空には道路もビルも、車も人ごみも何もなくて、彼女は楽しい気持ちになった。
空に浮かぶ雲のうち一つが、やけに丸っこい形をしていたから、彼女は思いつくままに言った。

「グラウンド……学校の。そんで、キャッチボールでもしようよ」

「じゃあ、グローブとボール持ってこないとね?」

純は思ったより乗り気の憂に驚き、一度家に帰る手間を考えて、猫背になりながら言った。

「面倒くさい……適当にソフト部の友達から借りようよお」

そんな純とは裏腹に、憂の声は不自然なほど明るく、大きかった。

「よっし、じゃあ急いでいこう! 楽しみだね?」

少し歩調を上げた憂についていきながら、純はため息を付いた。
あんまり暑くて、楽しい気持ちも訳が分からなくなってしまいそうだ。
額にうっすらと汗が浮かんできて、ちょっとばかり涼みたいとすら思った。

「うい、暑すぎるよう……」




11 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:22:22.06 ID:ltIw3edqo


早歩きで高校へ着き、自主練をしていたソフト部に頼み込んで、予備のグローブとボールを貸してもらった頃には、二人は汗で襟元を湿らせていた。
憂は相変わらずにこにこと笑った。

「よーし、じゃあ行くよ。胸元の高さに、こう、しゅっ、だね」

大げさに動作の確認をして見せて、憂は大きく腕を広げ、膝を曲げて体を沈めさせ、腰を回して球を放った。
乾いた音を立てて、ボールは純のグローブに収まった。
純は、わあ、と短く声を上げた。

「上手いね、やっぱ流石は憂だね」

グラウンドはやけに暑かった。
運動部の空気特有の熱気が残っているようで、純は少し気が引き締まるように感じた。
だから、子供っぽく飛び跳ねる憂を見て、純は顔をしかめた。

「えへへ、ソフト部入ればよかったかもね」

憂は大きく手を振って、純にボールを催促した。
純は手元のボールを見つめて、球を放った。
力の無い球はひょろひょろと放物線を描いて憂の元へ届いた。

「純ちゃん、真面目にやってよね」

憂が頬を膨らませた。
一直線にボールが純のもとへ戻ってくる。

あれ、と純は首をかしげた。
それでも、もう一度ボールを投げた。
えへい、と妙な声が出た。



12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/23(日) 17:23:26.77 ID:ltIw3edqo


「純ちゃん、変な声」

くすくすと憂が笑った。
憂はグラウンドから見える並木や、雑草や、鳥がみんな暑さに歓喜して踊っているように思った。
彼女はとても楽しかった。

「純ちゃん、私……」

だから、胃の中に残っている氷を、クーラーの置き土産を、とっとと溶かしてしまおうと思った。
ボールを放りながら、言った。

「私ってさ、大人っぽいかな?」

ボールは真っ直ぐに純の胸へと向かっていった。
純はボールを右手に持ち替えて、しばらく憂を見つめた。
気の抜けた動作でボールを投げて、言った。

「しっかりしてるよね」

憂は放物線上を旅してきたボールを、真っ直ぐに投げ返した。

「それは、大人っぽいってことなの?」

また、力のない軌道で純から憂へボールが放られる。

「そうなんじゃない。なんかよくわかんないけど」

真っ直ぐに憂から純へ。

「それはさ、なんでだろうね。私もみんなと同じ高校生なのにね」

ゆっくりと純から憂へ。

「そりゃあ、お姉さんがあんな感じだから」




13 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:25:24.91 ID:ltIw3edqo


そこでボールは一旦止った。
ぎゅっと強くボールを握りしめて、憂は精一杯笑った。

「じゃあさ」

戸惑いがちな、小さな声は、それでもしっかりと純へ届いた。
純は耳を澄ませた。蝉の声が聞こえた。

「今はお姉ちゃんいないから……最近は部活で忙しいみたいだから」

憂は大きく足を開いた。
しなやかに腕を振って、ボールを放る。
ボールは遠慮がちに、山なりに純へと向かっていった。

「ちょっとだけ、子供っぽくてもいいかな?」

純は腕を上へ伸ばして、少し的を外れたボールを捕って、憂を見た。
相変わらずにこにこと笑っていた。
時折、いたずらっぽい、子どもじみた表情が覗いた。

純は手元のボールを見つめて、あれ、と思い笑った。

なんだか、可愛いじゃない。




14 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:26:08.62 ID:ltIw3edqo


「どうぞ!」

純は嬉しさに、外気以上に内側から体が熱くなるのを感じて力いっぱいボールを投げた。

きっと、憂はこの話を私以外にはしていない。
私以外は憂のこの話を聞いていない

それって、嬉しいな。

にやにやと笑いながら投げたボールは、憂を通り越して、蝉の声が、夏の日差しが、熱気が、雲が満ち溢れる空へと飛んでいった。
憂はそれをぼうっと見上げて、そしてそのまま後ろへ倒れこみそうになり、なんとか足で体を支えた。
後ろを向いて、純が暴投したボールを拾いに行こうとして、ちらと純のほうを見た。

「……ありがと」

戸惑いがちな、小さな声は、やはり純のもとへ届いた。
純が親指を立てて、走って近づいてきたから、憂は大きく声を張り上げて、笑って言った。

「ありがとう、純ちゃん!」




15 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:27:26.65 ID:ltIw3edqo


生徒会室はいよいよもって冷え切って、山中教諭は肩を摩っていた。
全く、夏に寒い思いをしなきゃならないなんて、馬鹿馬鹿しい。

「和ちゃあん……クーラー切りましょうよお」

山中教諭はクーラーを睨んで、また批難がましく言った。
生徒会長は、困ったように笑った。

「でも……切ったら暑くなりますよ」

山中教諭は口を開いて、そして何も言わずに閉じた。

暑いなら暑いで、いいじゃないの。
そう、私が言ってもいいのだろうか。

そんなふうに考えてみると、今、少なくとも子供でない自分には、そんなことを言う資格はないような気がして、教諭は少し悔しくなった。
彼女たちなら……軽音楽部の子たちなら、言えるだろうか。

言えるだろうけど、言わないだろうな。

「の……」

教諭が声をかけると、目にかかった前髪を払って、生徒会長は微笑んだ。
山中教諭はそれを見て、なんだか無性に悲しくなった。

かたや、海ではしゃぎ回ろうとする女の子たちがいるのに、こんな風にやけに涼しい部屋で、字のぎっしり詰まったプリントとにらめっこする子がいるなんて。

「……和ちゃん、お茶頂戴」

生徒会長は、夏季休業中だというのに生徒会室に入り浸る教諭を疎んだりはしない。
けれど、教諭は、さわ子は少しだけ、軽音楽部の子たちのようになってみたかった。
それなのに、生徒会長はそれをさせてくれない。

生徒会長は冷えた麦茶を、氷の入ったグラスに注いで、軽く揺らした。
かん、と氷とガラスがぶつかって、高い音を立てた。
部屋が一層冷えた気がした。




16 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:28:36.83 ID:ltIw3edqo


「どうぞ」

生徒会長が歳不相応に大人びた笑顔で差し出した麦茶を受け取って、さわ子は目を伏せた。
口をつけて、グラスをくいと傾けると、冷たい水が体を内側から冷やした。

「……おいしい」

さわ子は優しく笑った。
彼女自身、こんな風に笑えるだなんて、思っても見なかった。

「夏は冷たい麦茶ですよね」

小さく首を傾げる生徒会長を見て、さわ子は、こういう付き合い方もありかも知れない、なんて思った。
どっちも必要以上に踏み込まずに、不必要な不快感を与えずに、程よい距離で、無難に微笑むような付き合い方も、いいのかもしれない。

さわ子は諦観か、安堵か、彼女自身も判断がつかないような気持ちを込めて、窓から外を見た。

「あ」

さわ子が間抜けな声を上げた。




17 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:30:05.62 ID:ltIw3edqo


窓の外には空があった、雲があった、鳥もいたし、緑もあった。
けれど、冷房で冷やされたガラス窓が、そんな夏の暖かさを完全に遮断していて、さわ子はその明媚な光景を見ても何も感じることが出来なかった。
何かを感じたいとは思っていた。

「……キャッチボールだ」

さわ子は呟くように言った。
生徒会長は窓の外を見た。
生徒会長は、空を見上げては飛行機雲に焦点を合わせ、木を見てはその傍に立てられた、木の名前の書かれたプレートに目を凝らした。

「そうですね」

ビルや、道路や、道行く人を見てから、ようやく彼女はグラウンドの真ん中で、二人の少女がボールを投げ合っているのに気がついた。
少女たちが汗だくなのに気がついて、生徒会長は少し眉を潜めた。

「暑くないんでしょうか」

少し批難がましい口調で言う生徒会長を見て、さわ子は立ち上がり、窓ガラスに手を当てた。
冷たい。不自然なくらいに冷たい。

「でも、ほら、和ちゃん、楽しそうよ」

「そうですね……片方、随分と手を抜いて投げてる感じがしますけど」

生徒会長は頬杖を突いて、つまらなそうに少女たちを見つめていた。
さわ子は、ちらと生徒会長を見て、また、窓ガラス越しに少女たちを見つめる。

「……楽しそうよ、やっぱり」

窓ガラスは冷たい。
まだ夏で、これから秋が来て、冬がくるのに、もうこんなにこの部屋は冷たい。
少し、急ぎすぎていやしないか。

「まあ、そうかもしれませんね」

そっけない生徒会長の口調に、さわ子は寂しそうに笑って、窓ガラスを、一気に開けた。




18 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:31:22.37 ID:ltIw3edqo


さわ子は熱気を感じた。
顔にむんとした空気が当たって、額にうっすら汗が滲んだ。
ああ、化粧が落ちてしまうかも知れない、そんなことを思ったけれど、さわ子は楽しそうに笑った。

「暑いわねえ!」

くすくすと笑うと、湿気て重くなった空気が、ゆっくりと、優しく揺れた。
自分でも、まだこんなことが出来るんだ、とさわ子は嬉しくなった。

生徒会長は横目にさわ子を見て、咎めるように言った。

「クーラーつけてる意味がなくなりますよ。閉めてください」

さわ子は生徒会長のほうを見て、くつくつと、次いで、けらけらと笑った。
夏の暑さに、膨張した空気に持ち上げられて、空まで飛んでいけそうな気がした。

「じゃあ、クーラー切りましょうよ。そんで、息抜きにキャッチボールしましょう」

「まだ書類がありますから」

そう断って、生徒会長はぷいと顔を背けた。
その仕草は彼女が自分で思っているよりも、年相応に子どもらしい、さわ子を微笑ませる笑顔だった。

さわ子の子供っぽさに失望する気持ちと、思ったより心地良い夏の暑さにうっとりとするような、懐かしむような気持ちが、確かに生徒会長の中にあった。
夏は少しずつ、生徒会長の体温を上げていった。

「いいじゃないのよ、ちょっとくらい。私キャッチボールしたこと無いのよ、してみたいわ」

すす、と体を摺り寄せて、さわ子は和の耳元で言った。
和はふふ、と息を漏らして笑った。



19 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:32:31.82 ID:ltIw3edqo


「壁当てでもしたらいいじゃないですか。一人で出来ますよ」

「壁当て?」

「ええ、壁にボールを当てて、跳ね返ってきたボールを取って、また投げるんです……それの繰り返しです」

さわ子は口を尖らせて、和の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
髪が乱れて、熱い空気が、和の一瞬むき出しになった頭皮を温めた。

「独りでそんなことするなんて、嫌よ。それともなに、年増女はそれで十分だって言いたいわけ?」

早口でまくし立てるさわ子に、和は微笑みかけた。

「なにいってるんです」

さわ子が微笑んで、和も微笑んだ。
二人の口元の動きが完全に一致して、口から漏れでた息が部屋の温度をまた少し上げたとき、ごん、と低い音が生徒会室に響いた。
窓ガラスが揺れている。

「なにかしらね?」

そう言って、さわ子は窓際まで歩いていき、身を乗り出して外を見ると、大声で笑った。
腰を曲げて外から何かを拾い上げ、和に見せた。
大きめの、真っ白なボールだった。

「ふふ、ラッキー、って感じね」

さわ子は手首だけでボールを宙に投げて、また手に収めた。
和は、窓の外に、二人の少女が走ってこちらへ近づいてきているのを見た。
さわ子が大きく手を振ると、片方の少女が、大きくグローブをはめた手を上げた。




20 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:34:09.31 ID:ltIw3edqo


和は見た。
さわ子の細い、長い腕が、質量はそのままに体積だけ大きくなった、薄い柔らかい夏の空気を纏って、しなった。
ふっ、と高い音がなった。ぱん、と綺麗な音が響いた。
ボールは相手の胸元に真っ直ぐに届いた。

和は聞いた。
さわ子が、小さくガッツポーズをして、小声で呟いていた。

「やった!」

和は見た。
さわ子の長い髪の間に見える額には、一滴の汗が浮かんでいた。
強すぎる太陽の光を、ぎらぎらと反射させていた。

「あ……」

和は聞いた。
自分の声と、高い電子音を。
クーラーの断末魔、熱気の勝鬨、僅かな間だけ、誰もが子供に戻れる、暑い夏の日の始まりを、聞いた。

和は感じた。
自分の右手は知らぬ間に冷房のリモコンに伸び、その電源を切っていた。
腕に浮いた汗は我先に蒸発し、和の体温を下げようとしていた。

それでも、さがらない。

「和ちゃん……やっぱり、楽しいわよ?」

さわ子が小さく首をかしげた。
そのまま、言葉をさがすように窓の外へ目を遣った。

和は見た。
まだ少しだけ形を残している飛行機雲が溶け出していく先には、真っ青でだだ広い空があった。
木には蝉が、青葉が、そしてもしかしたら、眼に見えないほど小さい何かが、地中にいる何かが、一生懸命に夏を謳歌していた。




21 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:35:07.73 ID:ltIw3edqo


和は麦茶を飲んだ。ぐい、と一気に。
それでも下がらない、彼女の体は火照るばかりだ。

「そうかも、しれませんねえ」

和は小さく息を吐いて、微笑んだ。
さわ子は嬉しくなって、ついつい、強引に和の手を引いて外へ出た。

「ちょっと、あぶない、ですって!」

そう言いながらも、和は分かっていた。
自分の体から汗が滲んで、その汗が気化するまで、体温はどこまでも上がり続ける。

きっと、もっとずっと。



22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/23(日) 17:36:11.33 ID:ltIw3edqo


「あれ、和ちゃ……さん……汗だくだ」

純の投げたボールを取って、憂は、急に走ったせいで肩で息をしている和に声をかけた。
隣では、さわ子が、こちらも息を弾ませて、けれどげらげらと可笑しそうに笑っていた。

「はあ……ふう。ねえ、憂、私たちも混ぜてもらっていいかしら?」

純は少し眉を潜めた。
けれど、憂が楽しそうなのを、そして、少し引き締まった余所行きの顔をしているのを見て、安心した。
それで、憂の代わりに純があっけらかんと答えた。

「どうぞどうぞ!」

和とさわ子がグローブを用意して、それから彼女たちはずっとボールを投げ続けた。会話をし続けた。
日が傾いて、夕陽を受けた雲がやけにぼやけて見える頃になって、さわ子が笑って言った。

「うふふ、年甲斐もなくはしゃいじゃったわねえ」

そのときになって、和は、もう今から明日の早朝にかけて、気温は下がっていくしか無いことに気がついた。
憂も同時にそれに気づき、不安そうに純を見つめた。



23 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:38:58.49 ID:ltIw3edqo


「そうですね……うん、そうですね」

和はグローブを外した。
蒸れた空気は外気に侵食され、あっという間に彼女の汗は乾いてしまった。
けれど……けれど、体温が下がりきるまでには、まだもう少し時間があるから。
さわ子は和の、そして自分自身のための言葉を探した。

明日も明後日も、きっと楽しいよ、なんてことを、もっと優しい確信に満ちた響きで伝えられるような言葉だ。

「……あ、」

答えは見つからず、憂も泣きそうな声を出して、グローブを外した。
そのとき、純は、大丈夫、きっともう少し素直に甘えられるようになるよ、なんてことを憂に伝えようとは、これっぽちも思っていなかった。
ただ、あの面白い漫画を思い出して言ったのだ。

「そうだ、合宿がしたいんだった!」

しばらく沈黙が流れて、哄笑がそれを粉々に砕いた。
冷え始めた重たい空気を、力強く揺らして、そこに熱を生むような笑い声は、哀愁を帯びた夕陽には中々溶け込まなかった。

「なにさ」

純が口を尖らせた。
彼女の笑顔もいつもより少しだけ暖かかったように、憂には思えた。



24 名前: ◆RLqqTM6o/csr:2011/01/23(日) 17:40:28.11 ID:ltIw3edqo


                :ハ_ハ:ハ_ハ:.
                :(;゚∀゚)゚∀゚;):  ヒィィィィ 夜がキタ──!!
                :(´`つ⊂´):..
                :と_ ))(_ つ:

たのしいにちようび と とうか
                ┼ヽ  -|r‐、. レ |
                 d⌒) ./| _ノ  __ノ



25 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/23(日) 17:41:47.70 ID:ltIw3edqo

そんなこんなで終わりです
それでは、他の方々も頑張ってくださいノシ




26 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/23(日) 17:57:01.23 ID:PpD6xOOeo

おーつ





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[ 2011/01/24 16:25 ] 日常系 | 憂純 和さわ子 | CM(2)

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タイトル:
NO:633 [ 2011/01/25 12:20 ] [ 編集 ]

歌詞みたいな文章だね
情景を伝える言葉が助長でない程度に優美で、それでいて郷愁のようなものを鮮烈に蜂起させるよ
見事というほかない

タイトル:
NO:642 [ 2011/01/25 14:02 ] [ 編集 ]

サブキャラたちの心情、キャラ等を見るに和さわの方が作者さんかな?

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