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唯「ゾンビの平沢」★7 【ホラー】


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唯「ゾンビの平沢」★index




230 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:22:08.85 ID:oU4XMhGz0

★7
私は大きな浴場で、一人湯船に浸かりながら考えていた。
あの時和ちゃんが言った言葉を……。

和『私は強くなんかないわ……出来る事をしているだけなの』

人は何故失敗をするのか。
出来ない事をしようとするから失敗する。
以前、和ちゃんはそう言っていた。

今になって分かる。
私はいつも、自分に出来ない事をしようとしていた。

私は皆を守ろうとした。だから皆を失ったのだと。

和ちゃんは、私を守る為なら純ちゃんを殺すと言い切った。
あの時、私は和ちゃんを心の中で非難した。
何故、友人を殺すなどと簡単に言えるのかと。

でも、それは間違いだったのだ。

和ちゃんには覚悟があったのだ。
何があっても私を守るという覚悟が。
私以外の全てを犠牲にしてでも守り抜くという覚悟が。

誰かを守るという事は、つまりそういう事なのだ。
それ位の覚悟が無ければ、一人の人間を守る事など出来はしないのだ。





231 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:26:19.61 ID:oU4XMhGz0

私が今生きているのは、皆がその命を賭して私を守ってくれたからだ。
私にも、皆の為に命を張る覚悟があった。
この身を犠牲にしてでも守りたいと思っていた。

しかし、大切な誰かを守る為に、仲間の命すら奪うという覚悟は私に無かった。

私にとって、一番大切な人は憂だった。
でも、憂とあずにゃんのどちらかしか助けられない状況になったら……。

咄嗟の判断であれば、私は反射的に憂に救いの手を差し伸べてしまうだろう。
でも、そこにもし考える時間があったとしたら……。

私にはあずにゃんを見殺しにする事が出来ないだろう。
誰か一人を絶対に守り抜くという「覚悟」が私には足りないからだ。

結果、どちらも助ける事が出来ず、二人を失うのだ。

優柔不断、中途半端……。
だから肝心な選択肢を見誤る。

でも、私はもう迷いはしない。
今、私は「覚悟」を決めた。

『私はムギちゃんを守る』



232 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:30:12.01 ID:oU4XMhGz0

私はムギちゃんを守る為なら、他のあらゆるモノの犠牲を厭わない。
何を犠牲にしてでも、ムギちゃんを守り抜く。

私のみんなに対する贖罪は、今ここで終わりを告げた。

ごめんねみんな。みんなの事を考えていると、ムギちゃんを守れないんだ。

和ちゃん、色々大切な事を教えてくれてありがとう。
りっちゃん、いつも私に元気を分けてくれたね。
澪ちゃん、貴女のお陰で私は強くなれたんだよ。
あずにゃん、初めての私の後輩が貴女で良かった。
純ちゃん、陰でいつも皆に気を遣ってた事、私は知ってるよ。
いちごちゃん、しずかちゃん、短い間だったけど二人と仲良くなれて良かったよ。

そして憂、何もしてあげられなくてごめんね。今までありがとう。

浴場から出て脱衣所に行くと、私の為の服が用意されていた。
汚れた方の服は斉藤さんが持っていった様だ。

私は用意された服を来て、ムギちゃんのいる医務室へと急いだ。



233 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:33:39.81 ID:oU4XMhGz0

医務室に行くと、斉藤さんと見た事の無い男性がいた。
この人がムギちゃんのお父さんの様だ。

医師「あ、平沢さん……」

唯「ムギちゃんの具合はどうですか?」

医師「大丈夫、眠っているだけだよ。
   怪我よりも疲労の方が心配だね。
   だけど、点滴も打ってるし、明日には元気になるよ。
   だから、今日は静かにゆっくりと眠らせてあげてね」

私達は医務室を後にした。

斉藤「平沢様、少しお時間を頂いて宜しいでしょうか?」

私に対する口調が敬語になっていた。
私は二人の後を付いていった。

そこは特権階級の居住区、初めて来る場所だ。
私達の居住区とは全く異なり、照明も扉も全てが艶やかだった。

私はその一室に招かれた。
部屋は広く豪勢な家具で飾られ、大きなガラス戸から外を眺める事も出来た。

私は久しぶりに空を見た。
東京で見る空とは違い、星がとても綺麗に輝いていた。



234 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:38:59.78 ID:oU4XMhGz0

私が用意された椅子に座ると、斉藤さんはお茶の準備を始めた。
私達に紅茶を差し出すと、自らも席に着いた。
暫く沈黙が続いたが、紬父が話を切り出した。

紬父「君にはこちらの居住区に住んで貰いたい」

紬父「紬があそこに居るのは、君と一緒に居たいからなのだろう?
   君がここに来れば、あの子もこっちに戻ってくる。
   あそこは汚いし危険だ。碌でもない人間も多い。
   君もあんな所より、こちらの方がいいだろう?」

唯「……」

紬父「もう働く必要は無いし、君にも優雅な生活を約束しよう。
   君は紬と仲良くしてくれれば、それで良い。
   君の欲しいものは全てこちらで用意しよう」

唯「……」

紬父「君が喧嘩した相手、彼等は他にも色々トラブルを起こしてるみたいでね、
   ここから出て行ってもらう事にしたよ。紬もこれで安心するだろう。
   私の娘を脅すとは、本当に愚かな連中だ」

唯「……やっぱり」

紬父「ん?」

唯「貴方は自分の娘の事が全く分かっていないんですね」



235 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:42:19.50 ID:oU4XMhGz0

紬父「……それはどういう意味だね?」

唯「……言葉通りの意味です。
  お願いですから、これ以上紬さんを傷付けないで下さい」

紬父は不快感を顕にした。

紬父「君の言っている事がよく理解できないのだが……。
   詳しく説明して貰えるかね?」

唯「……紬さんがどの様に脅されていたか知っていますか?」

紬父「いや、詳しくは聞いていない」

唯「誰かに言ったら、私に危害を加えると脅したんです」

紬父「ほう、それで?」

唯「何故その事を貴方や斉藤さんに言わなかったか分かりますか?」

紬父「それは君に危害が加えられる事を恐れたからだろう?」

唯「……。そんなワケないでしょ……」



236 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:45:24.15 ID:oU4XMhGz0

紬父「……?」

唯「貴方や斉藤さんなら、私一人を守る事なんて簡単に出来た。
  例えば、私をこちらの居住区に匿えば、彼女達は手を出せませんよね?」

紬父「確かに、一般人は許可なくこちらの居住区には入って来れないからな。
   では、何故、紬は私達に何も言わなかったと?」

唯「私はその時、こちらの居住区に来れない理由があったんです」

紬父「その理由も気になる所だが……。
   しかし、君がこちらの居住区に来れないとしても、
   君を守る方法などいくらでもある。
   そもそも、私の娘を脅した連中など、即外に放り出してやる。
   この施設から追い出せば、君にも紬にも手は出せまい」

唯「……だから言わなかったんですよ」

紬父「? ……どういう事だ……?」

唯「……まだ分かりませんか?
  紬さんは彼女達を施設の外に出したくなかったんです」



237 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:48:04.79 ID:oU4XMhGz0

紬父「言っている意味が分からん。何故だ?
   紬は何故あいつらを施設の外に出したくないのだ?」

唯「施設の外は危険だからです」

紬父「外が危険だから……?」

唯「紬さんはとても優しいんです。
  例えどんなに傷付いても、どんなに傷付けられても……、
  誰かを傷付ける事なんてしたくないんです。
  貴方や斉藤さんに彼女達の事を言えば、
  貴方達は彼女達を傷付けるでしょう?
  さっき貴方が言った様に、あの地獄へ彼女達を放り出すと……。
  だから彼女は誰にもこの事を言わなかった。
  彼女達を守る為に。
  紬さんは、自らを傷付けた相手を、必死に守っていたんです」

紬父「そ、そんな……馬鹿な……」

唯「でも、私は彼女の様に優しくはなれなかった。
  私は怒りに身を任せ、彼女達を傷つけました。
  彼女達が私をこれ以上苦しめないように。
  私は自分が傷付きたくないから、彼女達を傷付けたんです」



238 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:51:02.19 ID:oU4XMhGz0

唯「私は紬さんの思いを裏切りました。
  でも、後悔なんてしてません。
  私はもう決めたんです。
  何があっても彼女を守るって。
  だから、貴方もこれ以上彼女を傷付けないで下さい」

紬父「……」

唯「貴方はさっき、私がここに来れない理由が気になると言いましたよね。
  その理由は、紬さんが私と一緒にいる理由と同じなんです」

紬父「……」

唯「……贖罪。」

紬父「……贖罪?」

唯「私達が、紬さんの姿をあんな風にしてしまった原因なんです」

紬父「……君は……軽音部の部員なんだね……」

唯「……私が軽音部で生き残った最後の一人です」

そうか、と小さく呟き、紬父は天井を見詰めた。



239 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:55:16.59 ID:oU4XMhGz0

紬父「私は、紬が軽音部の仲間達をあんなに愛しているとは思わなかった……。
   高校を卒業した後はドイツに留学する事になっていたし、
   軽音部など、ただの暇潰しに過ぎないものだと思っていたのだ。
   友人などまた新しく作ればいい、
   暫くすれば、紬も高校の友人の事など忘れてしまうだろうと思っていた……。
   だから私は、少しでも早く忘れられるよう友人と連絡を取る事さえ禁止した」

紬父「だが、私の考えは間違っていた。
   いつまで経っても紬は君達の事を忘れられず、
   拒食症を患い、今の様な姿になってしまったのだ。
   紬をあんな姿にしてしまったのは私だ。
   そして君達にも謝らなければ……すまなかった」

唯「私達は貴方を恨んだりしていません。
  親友である彼女が安全な所にいられればそれで良かったんです」

紬父の目からは涙が流れていた。

唯「私はここで紬さんに会って、無事を確認出来て嬉しかった……。
  でも、紬さんの今の姿を見て悲しかった……。
  だから、これからは紬さんの傍にいてあげたい……。
  悲しみも苦しみも、もう一人で背負って欲しくないんです。
  私の事を命懸けで守ってくれた妹や友人達の様に、
  今度は私が紬さんを守ってあげたいんです……」



240 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 07:57:31.51 ID:oU4XMhGz0

紬父と斉藤さんは、私に全面的に協力してくれると言った。

私は部屋を後にし、再び医務室に戻った。
そこにはもうムギちゃんの姿は無かった。

彼女は特権階級の人達が利用する医療施設に移動させられていた。
そこは私がいた医務室とは全く様子が違っていた。
広く綺麗で、何やら凄そうな医療機器まで配備されていた。

そこの医師にお願いし、特別にムギちゃんの傍に居させて貰える事になった。
ムギちゃんは広くて綺麗な個室のベッドの上に横になっていた。
私は部屋にあった椅子をベッドの横に移動させそこに座った。

ムギちゃんは天使の様に優しい寝顔をしていた。
私はムギちゃんの髪を優しく撫でた。

唯(何があっても絶対にムギちゃんを守るからね……)

私はムギちゃんの手を握り締めた。
細く硬くなってしまった彼女の手……。
でも、とても暖かかった。

彼女の手を握ったまま、私は眠りに落ちていた。



241 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:00:09.19 ID:oU4XMhGz0

翌日、私の方が先に目を覚ました。

小さな寝息が聞こえる。ムギちゃんはまだ寝ていた。
私達の手はまだしっかりと握り合っていた。

私が立ち上がろうとしたその時、ムギちゃんは目を覚ました。

紬「……唯……ちゃん……」

唯「私はここにいるよ、ムギちゃん」

紬「私……まだ生きているのね……」

唯「そうだよ。私達は生きているんだよ……」

ムギちゃんの目からは涙が溢れていた。

紬「どうして……私はまだ生きてるの……?
  唯ちゃん……私はもう生きるのが辛いの……。
  私も……早くみんなの所に……逝きたいわ……」

唯「ムギちゃん……?」

紬「もうみんな死んでしまったのでしょう……?」



242 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:04:14.76 ID:oU4XMhGz0

唯「……いつから気付いてたの?」

紬「最初に唯ちゃんの姿を見た時から分かってたの……」

やっぱりムギちゃんを騙す事なんて出来なかったんだ。
ムギちゃんは私が気を遣って嘘を付いている事を見抜いてた。
私の為に、ムギちゃんは騙された振りをしていたんだね……。

唯「ごめんねムギちゃん……。私、嘘を付いてたの……」

紬「ううん、いいの唯ちゃん……。
  私も唯ちゃんに嘘を付いてたの……。
  唯ちゃんに謝らなくちゃいけないの……」

唯「もういいんだよ、全部終わったから……」

紬「あの人達は大丈夫かな……?」

ムギちゃんは自分を傷付けた人間達の心配をしていた。
どうして彼女はこんなにも優しくいられるのだろう。

私とムギちゃんは一体何が違うのだろう。

私は彼女に、全てを伝えた。
私があの女達を傷付けた事、紬父と話した事、
そして、ムギちゃんが桜ヶ丘高校からいなくなった後の事を。



243 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:07:13.07 ID:oU4XMhGz0

紬「そんなに辛い事があったのね……」

唯「私はムギちゃんの姿を見て、どうしても本当の事が言えなかったの……。
  これ以上ムギちゃんを傷付けたくなかったから……。
  でも、私はもうムギちゃんに嘘や隠し事をしたくないの。
  だから、ムギちゃんも私にそういう事はもうしないで。
  私達は一人じゃない、二人なんだよ。
  悲しい事も辛い事も、楽しい事も嬉しい事も、全部二人で分かち合いたいの」

紬「うん……。もう唯ちゃんに嘘も隠し事もしないと誓うわ」

唯「私は今まで過去ばかり見てたの……。
  命懸けで守ってくれたみんなに、ずっと申し訳ないと思っていたの……。
  でも、私はもう過去に縛られない。
  それは過去を、みんなを忘れるって事じゃない。
  過去と向き合って、未来の為に生きるの」

紬「唯ちゃんは強いのね……」

唯「私は全然強くなんか無いの……。
  私は、今、私に出来る事をしているだけなんだよ、ムギちゃん……」

紬「私は……私には無理だわ……。私は唯ちゃんみたいに出来ない……」

唯「それでいいんだよ、ムギちゃん。
  私とムギちゃんは違う人間なんだもの。
  無理に同じ事をしようとする必要は全然無いんだよ。
  ムギちゃんに出来て、私に出来ない事もいっぱいあるの。
  ムギちゃんは、ムギちゃんに出来る事を精一杯すればいいんだよ。
  足りない部分は二人で補えばいいんだよ」



244 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:09:40.86 ID:oU4XMhGz0

唯「ムギちゃんには過去を割り切る事が難しいかもしれない。
  それはムギちゃんが優しいからなんだよ。
  だから、無理に変えようとする必要なんて無い。
  少しずつでもいい。たまには立ち止まったっていい。
  それでも私は、必ずムギちゃんの隣にいるから。絶対にいるから。
  私と一緒に未来へ行こう、ムギちゃん」

紬「唯ちゃん……」

唯「まずはここでゆっくり休んで、元気になろう?
  それが今、ムギちゃんに出来る事だよ……」

紬「分かったわ、唯ちゃん……」

唯「ムギちゃんが退院するまで、この部屋で一緒に寝ていいかな?」

紬「もちろん、是非そうして欲しいわ」

その時ドアが開き、紬父と斉藤さんが部屋に入って来た。

唯「あ、あとムギちゃんに見せたい物があるの。
  それと、部屋も引っ越す事になったから、私ちょっと行って来るね」

紬「分かったわ」

私は二人に頭を下げ、部屋を出た。



245 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:10:46.70 ID:oU4XMhGz0

私が彼女に見せたい物……。
それは、放課後ティータイムの演奏DVD。

これを見たら、彼女は懐かしさと共に苦しみをも得るかもしれない。
それは私も同じだ。
でも、私達は今、このDVDを見なければならないと思った

過去が消える事は無い。
楽しかった事、嬉しかった事、苦しかった事、悲しかった事……。
その全てが、今の自分を構成している要素なのだ。

だから目を背けてはならない。
私はもう目を背けない。

全てを受け入れ、私は前に進むんだ。

大好きなムギちゃんと一緒に。



246 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:12:26.77 ID:oU4XMhGz0

部屋の前に着くと、数人の男達が部屋の家具を運び出していた。
ムギちゃんが来た時に持ち込まれた物達だ。

私は男達に軽く頭を下げ、部屋の中に入った。

私の私有物は、まだ部屋に置かれたままになっていた。
制服、ギター、ポーチ。私の全財産。

私はポーチの中を確認した。
そこには、スタンガンが2つと小さなナイフが1つ、
皆と一緒に写っている沢山の写真達、そして5枚のDVDが入っていた

私はそれらを持ってムギちゃんの待つ病室に向かった。



247 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:13:42.07 ID:oU4XMhGz0

ムギちゃんの個室のドアを開けると、芳ばしい香りが漂ってきた。
部屋に置いてある台の上には、豪勢な食事が一人分だけ用意されていた。

紬「まだ食事を取ってないでしょう?
  斉藤が唯ちゃんの朝食を用意してくれたの。
  遠慮しないでいっぱい食べてね。
  食後のデザートも用意してあるのよ」

笑顔でそういうと、ベッドの横に置いてあるバスケットを指差した。

唯「……ありがとうムギちゃん。
  ムギちゃんは……食べないの?」

紬「私は食欲が無いから……。
  でも大丈夫よ。サプリメントを飲んでるし、点滴もしているから」

やっぱり、ムギちゃんはまだ食べられないんだ……。



248 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:15:44.32 ID:oU4XMhGz0

私は席に着き、用意された食事を食べ始めた。
あれだけ良い香りがしていたのに、口に入るとそれはまるで無機物の様だった。
美しい料理達も、今の私にとっては何の魅力も価値も無かった。

しかし、私はそれらを全て胃に収めた。
何度も逆流しそうになる無機物を、私は強引に押し戻した。

ムギちゃんを守る為に、私は身も心も強くならなければならない。
食事は私の肉体を強化する儀式なのだ。
砂であろうが泥水であろうが、必要であるならば全て飲み込んでやる。

台に置かれた料理達は、跡形も無くその姿を消した。

唯「ごちそうさまでした、もう食べられないよ~」

紬「あ、唯ちゃん、アイスもあるのよ?」

ムギちゃんは冷蔵庫を指差して言った。

唯「流石に今は無理だよ~。後で一緒に食べようよ」

紬「……そうね、そうしましょう」



249 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:17:28.89 ID:oU4XMhGz0

唯「お腹一杯になったら、なんだか眠くなっちゃったよ……」

紬「唯ちゃん、こっちに来て」

そう言って、ムギちゃんは私に手招きをした。
私はその言葉の意味を理解し、ムギちゃんのベッドに潜り込んだ。

セミダブルサイズのベッドだけれど、二人でも全然窮屈ではなかった。

紬「おやすみ、唯ちゃん」

ムギちゃんは優しく私の頭を撫でてくれた。
それはとても心地よく、私の眠気は一気に増した。

少しだけでいいから、今は私を眠らせて……。

私はムギちゃんの細い体に寄り添い、目を閉じた。
ムギちゃんの優しい匂いに包まれ、私は眠りに就いた。



250 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:21:31.44 ID:oU4XMhGz0

1時間程寝ていたらしい。

目を覚まし隣を見ると、ムギちゃんは布団から上半身を出し、
背もたれに寄り掛かり、静かに本を読んでいた。

部屋を見渡すと、台の上の食器は全て綺麗に片付けられていた。
その代わりに、色鮮やかな果物とお菓子が用意されている。

ムギちゃんは私が目覚めた事に気付くと、本を閉じてそれを脇に置いた。

紬「おはよう、唯ちゃん」

唯「寝ちゃってごめんね、ムギちゃん」

紬「ううん、全然構わないわ。唯ちゃんの可愛い寝顔も見れたもの」

そう言って、私に明るい笑顔を見せてくれた。

唯「そうだ、私、ムギちゃんに見せたい物があったんだ」

私はベッドから出て、ポーチからDVDを取り出し、ムギちゃんに見せた。

紬「それは何?」

唯「放課後ティータイムの演奏DVDだよ」



251 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:23:21.86 ID:oU4XMhGz0

唯「ホントはね、すぐにでもムギちゃんにこれを見せてあげたかったの。
  でもね、私はみんなの事を思い出すと悲しくて、辛くて、苦しくて……。
  どうしてもこれを見る事が出来なかった……。
  だから、このDVDの事をムギちゃんに言えなかったの……。
  ごめんね、ムギちゃん……」

ムギちゃんは、優しい顔でゆっくり首を横に振った。

唯「でもね、今ならこのDVDを見れると思う。
  ううん、観なきゃいけないと思うの。
  そうしないと、私は前に進めない気がするから……。
  だから、ムギちゃんと一緒にこのDVDを見たいの」

ムギちゃんは首を縦に振った。

紬「一緒に観ましょう、唯ちゃん」

唯「ありがとう、ムギちゃん」

部屋の隅には大きな薄型テレビが置かれ、DVDプレイヤーも備えてあった。
しかし、ベッドから観るには少し距離が離れている為、
私はテレビの横にあったノートパソコンで観る事にした。

ベッド用の食事台を設置し、その上にパソコンを置いた。
画面が見やすくなるように、ベッドの角度も調整した。

私はムギちゃんの隣に座り、パソコンの電源を入れた。



252 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:25:38.18 ID:oU4XMhGz0

唯「これは1年の学際ライブ、これは2年の新歓ライブ、こっちが2年の学際ライブ、
  これが3年の新歓迎ライブで、これが……あれ? これは何だろう……?」

一枚、表面に何も書かれていない、私の知らないDVDが入っていた。
とりあえず、私は3年の新歓ライブのDVDをパソコンにセットした。

唯「これは3年になった私達の、新歓ライブの映像だよ」

和『次は、軽音楽部の演奏です』

唯『皆さん、入学おめでとうございます。
  私達軽音楽部は、5人と部としては少ない人数ですが、
  お茶したり、お喋りしたり、毎日楽しく過ごしています。
  あ、練習もたまにします!』

律『たまにかよっ!』

新入生『あははははっ!』

唯『私が軽音部に入った当時は、何の楽器も出来ませんでした。
  そんな私でも、優しい仲間達のお陰で、今ではギターが弾けるようになりました。
  ですから、初心者でも音楽を楽しみたいという方は、是非来てください。
  勿論、経験者でも大歓迎です! 誰でも大歓迎します!』

唯『続いて、メンバー紹介!
  私はギター&ボーカルの平沢唯です!』チャラリーラリチャラリラリラー

澪『何でチャルメラ!』

新入生『あははははっ!』



253 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:26:50.26 ID:oU4XMhGz0

唯『ツッコミ担当ベースの澪ちゃん!』

澪『何だその紹介はっ!』ベベンベンベンベーン

唯『我等が部長、ドラムのりっちゃん!』

律『いえーい!』ドゴドゴドゴドゴジャーン

唯『愛しの後輩、可愛いあずにゃん!』

梓『唯先輩、恥ずかしいです!』ジャンジャンジャンジャラーン

唯『そして、皆を陰から支えてくれた、キーボードのムギちゃん!
  家の都合で転校してしまいましたが、
  ムギちゃんはいつまでも私達の大切なメンバーです。
  今日は新入生の皆さんと、ムギちゃんの為に演奏したいと思います』

唯『それでは、聴いて下さい! ふわふわ時間!』

律『ワン、ツー!』カチカチ

ムギちゃんは食い入るように画面をじっと見詰めていた。
その目からは涙が零れ落ちていた。
ムギちゃんは手で涙を拭う事をしなかった。
真っ直ぐに画面を見詰め、一瞬でも視線を逸らす事は無かった。



254 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:28:38.07 ID:oU4XMhGz0

映像が終わると、ムギちゃんは小さな声で呟いた。

紬「どうして……私はみんなを裏切ったのに……一人で逃げたのに……」

唯「私達は、本当にムギちゃんの事をそんな風に思ってないんだよ……。
  みんなムギちゃんの事が大好きなんだよ。
  その気持ちは絶対に本当だから。
  ステージの上のキーボードがその証拠だよ。
  ムギちゃんは、永遠に放課後ティータイムの仲間だから……」

紬「唯ちゃん……」

私はムギちゃんを抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
ムギちゃんは大声で泣いた。
私は、ムギちゃんが泣き止むまで頭を撫で続けた。

思いっ切り泣いて、全てを吐き出して。
悲しみも苦しみも、一人で抱え込まないで。
ムギちゃんはもう一人じゃないのだから。
今までムギちゃんが皆を支えていたように、
今度は私がムギちゃんを支えるから。

その為に私はここにいるのだから。



255 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:31:36.88 ID:oU4XMhGz0

紬「ごめんね、唯ちゃん。取り乱しちゃって……」

唯「いいんだよ、ムギちゃん。もう、泣きたい時には我慢しないでいいの。
  好きなだけ泣いて。私がムギちゃんの涙を全部受け止めるから」

紬「ありがとう、唯ちゃん……」

唯「次はこのDVD……タイトルも書いてなくて、何だか分からないけど……」

私はDVDを入れ替えた。
この中には何が入っているのだろう?
もしかしたら、何も入っていないかもしれない。
だが、それもすぐに分かる事だ。

映像が流れ始めた。
映し出されたのは誰もいない部室。

いや、カメラに人が写っていないだけだ。
何を話しているかは聞き取れないけれど、微かに話し声がする。

2人?3人?いや、もっといる。
皆聞き覚えのある声だ。

一体これは何だ……。

日付は……2010年……今年の7月3日?



256 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:34:26.91 ID:oU4XMhGz0

澪『それじゃあ、準備はいいか?』

純『バッチシです、澪先輩』

いちご『……問題ない。』

律『んじゃ、行くぞ!』

律澪梓和純いちごしずか『いえ~い!』

律澪和『唯、ムギ、見てるか~?』

梓純『唯先輩、ムギ先輩、ゾンビのアズジュンでーす!』

梓『って、何これ~! やっぱりもっと普通に行こうよ!』

純『いいじゃん、梓~。こっちの方が絶対面白いってば!』



257 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:36:34.42 ID:oU4XMhGz0

しずか『ムギちゃん、私達、軽音部の新メンバーです』

いちご『ムギ、元気にしてる? あと唯も。』

律『いちごとしずかもムギと仲良かったのか? 渾名で呼んでるし』

しずか『私は一年生の時に同じクラスで、少し話した事があったから』

いちご『私は話した事が無いけれど、みんながそう呼んでたから。』

律『話した事も無いのに渾名で呼んだのかいっ!』

いちご『別にいいでしょ。軽音部のメンバーだし。』

律『だったら私の事をりっちゃんって呼んでみて!』

いちご『やだ。』




258 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 08:46:48.55 ID:fRRzJXfDO

がんばって!



259 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 09:01:06.12 ID:yRMkr8s50

支援



260 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 09:06:15.24 ID:u/bI8mUTo

ああああ……駄目だ泣きそうだ……





261 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 09:06:35.47 ID:oU4XMhGz0

梓『もう、いい加減にして下さいよ、律先輩!』

澪『……』ゴツン

律『ってぇ……。なんであたしだけ……』

いちご『自業自得。』

和『とりあえず、話進めるわよ』

純『ですね』

しずか『これを企画したのはりっちゃんなの』

澪『新生放課後ティータイムを映像で残して置きたいっていうのと、
  もしかしたら、今後唯がムギと会うかもしれないし、
  そしたらムギに私達の事を見て欲しかったんだ』

梓『ムギ先輩に言いたい事もありますしね』

律『まぁ、唯がムギと会えたらの話なんだけどな』

梓『絶対会えます!』



262 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 09:07:35.84 ID:oU4XMhGz0

和『まぁ、唯って物凄く運が良い子だからね』

律『確かに、憂ちゃんの姉って時点でかなりの強運の持ち主だよな』

純『あ、それ分かります』

しずか『憂ちゃんって、すっごくいい子だもんね』

律『あたしも憂ちゃんみたいな妹欲しかったな~』

澪『お前には聡がいるだろ』

律『いらねーよあんなの』バッサリ



263 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 09:09:22.29 ID:oU4XMhGz0

いちご『ちなみに、唯は憂と一緒に帰宅。』

律『唯がいたら、サプライズ映像じゃなくなっちまうからな』

純『それは私のアイデアです』フンス

律『そうそう、鈴木さんのアイデアだぞ』

純『鈴木さんじゃありませんっ! ってアレ?』

律『ん?』

純『やっと覚えてくれたんですね、律先輩!』

律『そりゃあ同じ軽音部のメンバーだからな、佐藤さん!』

純『って、間違ってるし! てか、ずっとワザと間違えてましたよねっ!』

律『てへっ、バレちゃった?』

澪『……』ゴツン

律『だから何であたしだけ……』



264 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/02/01(火) 09:10:44.14 ID:oU4XMhGz0

和『それより律、澪、梓、あんた達はムギに言いたい事があるんでしょう?』

律『あ、そうだった。え~おほん! あー、ムギさん? えーっとですね……』

いちご『……。』ゴツン

律『いってぇーな澪! ……って思ったらいちごかよ!』

いちご『……一度殴ってみたかった。』

律『っておい! なんだそりゃ! 理不尽だ! なんて可哀相なりっちゃん!』

澪『……』ゴツン

律『……本当に理不尽だ。ぅぅ……』

純『本当に話進みませんねこれ……』

しずか『あ、あはっ……あはは……』

律『まぁ、こんな感じなんだよ、ムギ』

梓『私達はムギ先輩の事、怒ったりしてませんからね』

澪『ムギは優しいから、私達の事を気にしてるんじゃないかなって思ったんだ。
  一人だけ遠くに行ってしまった事に、負い目を感じてるんじゃないかって……。
  でも、そんな事気にする必要は全くないぞ?
  何があっても、例えどんなに離れてても、私達は仲間だ。
  ムギは永遠に放課後ティータイムのキーボードだからな』



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唯「ゾンビの平沢」★7
[ 2011/02/03 22:32 ] ホラー | | CM(0)

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