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紬「心に響いたの」#2 【シリアス】


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紬「心に響いたの」#1




40 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 22:41:28.78 ID:r5v3X4k0

斉藤に送られ、校門前に降りる。
この日に限って送ってもらった理由は、初めて補聴器を着けて外に出るからだ。
正直何か危険があるとは思えなかったが、斉藤の凄みに圧倒されてしまった。

こんな早い時間に登校したのは、先生への報告が必要だからだ。
おかげで誰も居ない廊下を、職員室に向かって歩くことになる。


「失礼します」

職員室に入り、中を見渡すと山中先生を見つけた。
書類か何かと睨めっこしている先生の元へと向かう。
しかし、妙な気分だ。
まだ補聴器に慣れた訳ではないので、その存在はどうしても意識の中にある。
まるでヘッドフォンで音楽を聴きながら職員室を歩いているように感じられた。

「あら、琴吹さん。おはよう」

「おはようございます、先生。
 お話があるんですけど、時間、大丈夫ですか?」

先生はちらり、と時計を見ると、手に持つ書類を机の上に裏返した。

「もうすぐ職員会議があるの。長くなりそう?」

「いいえ、すぐ済みますから」

髪を掻き上げ、補聴器を取り外す。
そしてそれを先生に見せた。

「今日から、補聴器を使うことになりました。
 もっとも、いつか要らなくなるものですが……」

「そう……あ、もう着けてもいいわよ」

まだ補聴器無しでも問題は無いのだが。
ただ人に対しては聞き返すことが多くなる。
その事を手間に感じたり、鬱陶しがったりする人はきっといるだろう。





41 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 22:44:22.41 ID:r5v3X4k0

「分かったわ。他の先生方にも知らせておくわね」

「ありがとうございます。話はそれだけですので、失礼しますね」

頭を下げ、速足で職員室を出る。
いけない。今のは少しぶっきらぼうになってしまったかもしれない。
どうも最近イライラしがちだ。

人が少ない校舎故に、歩く音が廊下に響く。
朝日が差し込み不思議な雰囲気を醸し出す校舎に、趣を感じることは決してなく。


「おはよームギちゃん」

「おはよう、唯ちゃん」

軽く手話を交え、挨拶をする。
こうやって日常会話に手話を入れていくことで、
体に染み込ませようとしていた。

手話も英語と同じで、それを用いて会話する相手が居れば、
上達の速度は飛躍的なものとなる。

もっともその代償として、
クラスメイト達と私の距離はより一層遠ざかってしまった。

やはり手話は異質なのか、
手話を用いて会話する私達の中には入っていけないようだ。
それは手話が出来るかどうか、ではなく、心の距離感の問題だと思う。

「……ムギちゃん、それって」

気付いたみたい。

「うん、補聴器よ。もうこれが必要な所まで聴力が落ちたみたいなの」

「……っ!」

と、唯ちゃんがいきなり抱き着いてきた。
一瞬驚いてしまったが、その震える肩を見て、頭を優しく撫でてあげる。

「それじゃ、ムギぢゃん……もう……」

必要無いのに、本当に私の為によく泣いてくれる子だ。



42 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 22:48:05.38 ID:r5v3X4k0

「大丈夫よ、唯ちゃん。私は大丈夫。
 もし駄目でも唯ちゃん達が助けてくれてるもの。
 だから私は、ちゃんと頑張れるの」

ほんとに、と私に涙目で上目遣い。
思わず抱きしめ返してあげたくなったが、堪える。
誤魔化すように頬をむにっ、と摘んで軽く引っ張ってあげた。

「もう、そんなに泣かないで」

貴女に悲しんでほしくない。自らの顔に笑顔を貼り付ける。
私の体から離れ、目をぐしぐし擦る。

「な、泣いてないもん」

「……ありがとう、唯ちゃん」

何もしてない、とそっぽを向かれてしまう。
やっぱり唯ちゃんとりっちゃんはどことなく似ていた。



「桜ヶ丘高校の教師として、皆に大切な話があるの」

その日の放課後。山中先生が、ひどく真面目な顔をして言った。
さすがに皆も茶化したりはしない。

「琴吹さんの耳について、ね。
 もう、お医者様も言ってらしたの?」

「はい。いつかは聞こえなくなります」

あっさり。
何故、ここまで簡単に言えるのか。自分のことなのに分からない。
逃げているのか、諦めているのか、受け止めているのか。

現実を聞いて反応する皆は、私よりもショックを受けているようにも見える。
そんな皆を置いて、先生は話を続けた。



43 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 22:50:45.83 ID:r5v3X4k0

「もし琴吹さんの聴力が失われれば……普通校に通うのは厳しいわ。
 聾学校に行くことも場合によってはあるの。
 
 でも、学校長の理解もあるし、
 何より琴吹さん自身がこの学校に居ることを望んでいるの。
 あなた達と、別れたくないって」

そんなことを言っただろうか。
本心だけど、それを言った憶えは無い。

すると目が合った。先生は小さく微笑む。
その顔には私への気遣い、
分かり切った感情を代弁してくれる先生の優しさがあった。

「その時に何より必要なのがクラスメイト達の理解と助け。
 助けというのは、具体的には学業面でのものね」

そう、耳が聞こえないということは、
学生の本分である授業を受けることがまともに出来ない。

先生だって一言一句黒板に書く訳じゃないし、
黒板の方を向くことで読話も出来ない。
そこで必要なのが……

「要約筆記奉仕員と呼ばれる人達よ。
 先生の言った事を分かり易く、
 それを例えば授業ノートやパソコンにまとめて、それを失聴者にリアルタイムで見せる。
 ノートテイカ―とも呼ばれるわね」

「そ、それなら私がやりますっ」

澪ちゃんが身を乗り出す。

「秋山さん。
 これは『友達に授業のノートを見せる』というのとは訳が違うわよ。
 ノートに丸写しするだけの速記とは違って、他人に分かり易くノートに取らないといけない。
 本来なら資格が必要な、れっきとした仕事なの。
 あなたを介しての『通訳』がもし機能しなかったら、どうするの? 
 大袈裟に言えば、琴吹さんの人生を預かっているようなものなのよ?」

少し言い方が過ぎるのではないか。
押し付けられるプレッシャーに、すっかり澪ちゃんの表情は沈んでしまった。



44 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 22:55:41.85 ID:r5v3X4k0

「私がやるよ」

今度はりっちゃんが名乗りを挙げた。

「……あまり言いたくはないけど、田井中さん。
 あなたはあまり授業の成績が良くないわよね。
 とてもじゃないけど、そこまでの余裕は無いはずよ」

思わず席から立ち上がる。
何故今そんなことを言うのか。
さっきの澪ちゃんの時といい、人の心を抉って……

「先生……そんな言い方、酷いです……
 澪ちゃんもりっちゃんも、私を助けてくれようとしてるじゃないですか……」

「いーんだよムギ」

けろりと言うりっちゃんに、思わず大声で「よくない」と叫んでしまいそうになる。
が、りっちゃんの顔には今の部室の空気に全く似合わない表情があった。
その表情に此方の力が抜けてしまう。

「さわちゃん。だったらそれまでに成績上げれば良いんだろ?
 それに分かり易くノートをまとめる仕事なんだから、
 やればむしろ賢くなれると思うんだよね。
 第一そんな脅し入れなくても、ちゃんと覚悟はしてる。責任も私が負うよ」

りっちゃんの反論を聞いた先生はあっと言う間に表情を解き、
どかっと背凭れに体を預けた。

「やっぱりあなたには見透かされるわよねー……
 酷いこと言ってごめんなさいね。澪ちゃんも」

……先生は試していたのか。



45 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 23:00:46.04 ID:r5v3X4k0

いけない、思わず涙が出そうになる。

「先生、ごめんなさい……」

「いいのよ。ここの教師である以上は……
 表向きだけでも言わなくちゃいけないことだもの」

今までの先生への認識を少し改めよう。
ありがとうございました、先生。
となると後は……

「律……大丈夫か?」

「何とかなるだろな。
 その時までの勉強は、お駄賃としてムギに教えてもらうか」

もちろん、と即答。
私の補助を請け負わせた。私はそれに対して報酬を払わなければならない。
「そんなの要らないよ」と返されることを想像していた私にとっては、
りっちゃんのように遠慮無しに、それでいて気を遣った提案は嬉しいものだった。

「さわちゃんサンキュー。汚れ役ご苦労さんっ」

「慣れないことやったから喉がカラカラよー……ムギちゃん紅茶をー……」

いけない、最初はとてもそんな雰囲気じゃなかったから出していなかった。
その後の軽音部は明るく、こ
れから問題なんてまるで何もないような、そんな雰囲気だった。



46 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 23:07:07.29 ID:r5v3X4k0

下校時間になり、下駄箱に向かう。

「りっちゃんばっかり格好つけてずるいよぉ……」

「しょうがないだろ、第一唯はクラスが違うし、授業中の手助けはさすがに無理だよ」

「ぶー」

「そう拗ねるなって」

唯ちゃんとりっちゃんがつつき合っている。
そんな二人を眺めていると、澪ちゃんの口から言葉がぽつりと零れた。

「ごめん、ムギ……」

「どうしたの? 澪ちゃん」

澪ちゃんは私から顔を背け一言ずつ、ゆっくりと話し始めた。

「山中先生から色々言われて……それでも私がやる、って言えなかった……
 ちゃんと覚悟は出来てるって、言えなかったんだ……
 結局、律とムギだけに押し付ける形になって……」

遂には足が止まってしまう。
澪ちゃんの無念の言葉。
でも私は「酷い人」なんて思えない。澪ちゃんが謝る必要は無い。
震える手を両手で包む。

「ごめ、ムギ……一番辛いのはムギ、なのに……!」

「いいの。耳の聞こえは、もう変えられるものじゃないわ。
 それに澪ちゃんは私の為に泣いてくれた。もう十分嬉しいの」

澪ちゃんの頭にこつん、と額を当てる。
それで逆にスイッチが入ったのか、澪ちゃんはしばらく泣き続けたままだった。



47 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 23:12:26.45 ID:r5v3X4k0

玄関を出て、校門に差し掛かる。
すると見知った車が止まっているのが見えた。
斉藤が迎えに来てくれたようだ。

「皆、ごめんね。迎えが来てくれてるみたいだから、ここで」

本当は皆と帰り道も話していたかったのだが、斉藤を帰らせるのも悪いと思った。

「そっか。またなームギ」

「ばいばいムギちゃん」

手を振って皆と別れた。
鞄を担ぎ直して、車へと歩き出す。
その途中、私は言い様のない不安に駆られた。
背中からぞわぞわと這い上がってくる不快な何か。

体が震え、歯をカチカチ鳴らし、こめかみを汗が伝う。
斉藤がこちらを伺っているのが分かる。斉藤が車を降りる。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
鞄をその場に落とし、もうすぐ見えなくなりそうな皆の後ろ姿を全力で追いかけた。

「ん? ムギ、っておわぁ!」

りっちゃんに思い切りしがみ付く。

「りっちゃん……りっちゃん……!」

「どーしたんだよ、ムギ?」

怖い。学校であんな話をしたせいだ。
さっきのような何気ない別れの挨拶。

もし今日の夜に聴力を失ってしまったら、
あれが私の記憶に残る最後の言葉になってしまう。
そんなのは嫌だった。

特別に皆が意識しなくてもいい。
ただ私が常に皆の言葉をしっかりと脳に詰め込んでいたい。
でなければ、私は耳が聞こえなくなってから皆の声が聴きたくなってしまうはず。
皆に縋り付きたくなってしまうんだ。



48 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 23:17:49.68 ID:r5v3X4k0

「なんだったら、毎晩ムギと電話しようか?
 モーニングコールをしてもいい。
 そんなすぐに聞こえなくなったりはしないんだ。だから大丈夫だよ、ムギ」

しがみ付いたままぽつりぽつりと自分の気持ちを話すと、
りっちゃんは優しく頭を撫でて言ってくれた。

今日はずっと一緒に居ようか、とまで言われたけど、
さすがにそこまで頼む訳にはいかない。
涙を拭い、りっちゃんから離れた。

「……ありがとう、りっちゃん。
 ちょっと、急に不安になってしまったの……」

「もう大丈夫か?」

自身の頬を両手で引っ叩き、拳を胸の前でぐっと握る。
皆も安心してくれたみたいだ。

「じゃ、またな」

「ムギ、また明日」

「ばいばいムギちゃん」

皆ははっきりと、私に届くように挨拶をしてくれた。
鼻を啜り、「また明日!」と大きく声を出す。
私は皆が見えなくなるまで、ぶんぶん手を振り続けた。



49 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 23:24:09.98 ID:r5v3X4k0

携帯の振動が着信を告げる。
皆と別れた後、車に揺られてぼーっとしていた私は、
軽く目を擦りディスプレイを確認。
唯ちゃんからだ。

「……もしもし」

……返事がない。何かあったのだろうか。
ディスプレイを見ても通話中のままだ。
と、そこまで考えてようやく気付いた。
右耳に当てて聞こえるわけがない。

あれから電話を使うのは初めてとはいえ、何をやっているのか、私は。
軽く息を吐いて、左耳に当てる。

『ムギちゃん! 大丈夫!?』

「……大丈夫よ」

『びっくりしちゃったよ~……』

驚くのも無理ないか。
つい先ほどの事。あんな事があって
その帰り道に耳が聞こえなくなった、なんて笑えない。

「ごめんなさい。それで、どうしたの?」

『えっとねぇ、ムギちゃん、もう家に着いちゃった?』

というわけでもない。
まだ道のりの半分も行っていないのではないか。

「ううん、今はまだ車よ。どうしたの?」

『夜はりっちゃんが電話するみたいだから、とりあえずその前に私が電話してみました!』

「そうなんだ、わざわざありがとう、唯ちゃん」

そういう思いつきの行動、実に唯ちゃんらしい。



50 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 23:27:47.75 ID:r5v3X4k0

『気にしないで。それで、何を話そうかなって思ったんだけど、どうすればいいかな?』

考えてないんかーい、とちょっと憧れていたツッコミを心の中で入れる。
唯ちゃんは本当に楽しませてくれる。

「そうねぇ……明日はお菓子どんなものが良い?」

『ちょうど考えていたのがあるよ! カステラ! その次の日は大福でどう!?』

カステラ、大福。っと。メモにペンを走らせる。

「うん、探しておくね。もし無かったらまた連絡を入れるから」

「ありがとねぇムギちゃん……次の話題は?」

笑みが零れる。本当にこの子は……
少し考えて五秒。浮かんで出た話題は至って普通の物ばかり。
それでも時間を忘れて会話を楽しむ事が出来た。

「もうすぐ家に着くから……」

「そっか。分かりましたー」

結局、唯ちゃんの脳を蕩けさせるような声質に、笑顔が絶えることはなかった。

「また明日ね。ムギちゃん」

「……うん、また明日」

耳に強く当てて、しっかりと聞く。
虚しいツー音を聞いても、心は重たくならない。
携帯を鞄に仕舞い込み座席に体を預け、運転席に声を掛ける。

「斉藤。遠回りしてくれてありがとう」

「はて、何のことか分かりかねますが……?」

多分、斉藤はこれからも恍け続ける気がする。

その日から、私は今まで以上に力を入れて皆の声を聴くようにした。
本当に全部残すつもりで。全部刻み込むつもりで。



51 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 23:28:48.98 ID:r5v3X4k0

今日はこれだけ




52 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/08(土) 23:34:05.51 ID:gAuTfDkP

>>1っちゃんのケチケチ~



53 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/09(日) 00:22:11.98 ID:lypBt6DO

続き期待





54 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/14(金) 20:42:54.95 ID:4WdduRYI0

冬休み前。
この頃になると私達は、語彙に乏しくはあるものの
日常会話に於いてはある程度可能なくらいに手話を習得した。

本当に、皆が私の為に頑張ってくれたおかげだ。
それに合わせるかのように聴力は落ちていき、もう細かくは聞こえない。
こういうことを口にすると
いつも唯ちゃんに怒られるのだが、聴力を失う覚悟は出来ている。

皆には内緒なのだが、
私は町の手話教室に参加しており、色々な方と話す機会が増えている。

その中で聞く話では、
『徐々に耳が聞こえなくなっていくことへの不安が大きく、荒れた時期があった』
という人も多かった。

それでも私がこうしていられるのは、やっぱり皆のおかげだ。
怖くはあっても、絶対に受け止める。


「軽音……やろう?」

そんな提案が出来たのも、私が変わったからか。
皆が敢えて触れようとしなかったこと。
それは今軽音部が軽音部でないこと。

「軽音の為にある軽音部だから、ね?
 ほら、武道館を目指さないと……」

「そうだけどさ。ムギは良いのか?」

「私はもう十分。助けてくれて本当に感謝してるの。
 今度は私が皆にお返しをしたい。
 演奏だって、頑張れば出来るかもしれない。
 何回も練習して体に覚え込ませたらきっと大丈夫。
 
 もし出来なくても作曲を頑張るから。
 ほら、ベートーヴェンだってそうだったじゃない?」

皆の黙ったまま。
ひょっとして私が無理をしていると思われているのだろうか。
あまりの沈黙に喉が詰まりそうになる。

「……私の耳に気を遣わなくてもいいの。
 今、もう会話に問題は無いから、元の軽音部に戻れるのよ?
 りっちゃんも、澪ちゃんも、唯ちゃんも……好きだった軽音をもう一回やり直せるから……」

ようやく、りっちゃんが顔を上げ、言った。



55 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/14(金) 20:47:58.95 ID:4WdduRYI0

「ありがとな、ムギ。
 ただ、やるからには皆が良い。
 私達はお返しが欲しくてやったんじゃないから」

「だからムギちゃんも、私達にお礼とか言わなくてもいいよ。
 私も皆が居て放課後ティータイムだって思ってる。
 一緒に頑張ろ!」

お返し……確かに義務感はあったのかもしれない。
私のせいで皆の部活動の時間を使わせたのは確かだったのだから。
それでも私を放課後ティータイムの一員として認めてくれている。
だったら精一杯頑張って皆とライブを成功させることが、きっと恩返しになるんだろう。


全員が楽器を準備し、演奏態勢を取る。
久しく触っていなかった鍵盤。

指を乗せて押し込むと、音が鳴らない……違う。聞こえないんだ。
正確に言えば聞こえているのだが
『何か音が鳴っている』だけであって、聞き取れてはいない。
音量を上げるライブ時なら多少はマシになるかもしれないけど。

りっちゃんがスティックを打ち鳴らし、それに合わせて演奏スタート。
手は自然に動いてくれる。演奏自体に問題は無い……と思うのだけど。
自分がミス無く演奏出来ているかがいまひとつ分からない。
皆とリズムが合っているのかがいまひとつ分からない。
すると、澪ちゃんの手が視界に入る。

「ご、ごめんなさい……やっぱり、演奏出来てなかった……?」

澪ちゃんは大慌てで手を振る。

「そうじゃなくて……唯が……」

「……え?」

唯ちゃんの首がギギギと回り、変な汗をダラダラ垂らした顔でこちらを見る。

「……忘れちゃった……」

今のは手話が無くても読めた。



56 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/14(金) 20:49:30.08 ID:4WdduRYI0

やはり久しぶりということもあって、皆の調子は宜しくない。
一先ず、私達は別々に練習をすることにした。

唯ちゃんは澪ちゃんに教えてもらい、私とりっちゃんはリズムキープ。
特に問題は無さそうなのだけど、やはり聞こえないのは辛い。
物言わぬメトロノームを一人で相手にするのが苦痛になり、
堪らずりっちゃんに助けを求めようとする。

りっちゃんはヘッドフォンを着け、鞄をバスバスとひたすら打ち続けていた。
その表情は真剣そのもの。最近りっちゃんによく見られる顔だった。
話しかけることが出来ず立ち竦んでいると、りっちゃんが気付いたのか、目が合う。

「どうした、ムギ?」

「見てもらいたいな、って思ったんだけど……邪魔しそうで声をかけ辛くて……」

りっちゃんはヘッドフォンを外し、ドラムの前に構える。

「澪ー、ちょっと音出すぞー」

澪ちゃんは簡易手話で「OK」と短く返事をした。
横に座って頭を抱えている唯ちゃんを見る限り、授業は難航しているようだった。


「よく考えたら、ムギは自分がどんな演奏してるか、聞こえないんだもんな。
 ごめん。気付かなくて」

「気にしないで。私も、こんなに不安だなんて最初は思わなかったから……」

ドラムスティックが打ち鳴らされる。
それに自身のリズムを乗せ、鍵盤に指を走らせる。
ちらりと見たりっちゃんの表情からは何も感じ取れず、不安に襲われてしまう。
あらぬ方向に指が滑り、叩き間違い。そこで慌ててしまい一気に崩れた。
ミスを連発し、そちらを意識するあまりリズムも合わなくなってしまう。



57 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/14(金) 20:52:03.67 ID:4WdduRYI0

まだ始まったばかりなのに、それ以上鍵盤に触れられない。
あまりの情けなさに堪えられなくなり、
指を止めてしまった。腕は力無く垂れ下がる。

なんてザマだろう。私から言いだしたことじゃないか。
だけどどうしようもなく怖い。

こんな状態でライブ?そんなの想像もしたくない。
きっと間違える。でも私は間違いに気付かない。
観客がそれを聴いて会場は嘲笑の渦。
野次が飛び、りっちゃん達を巻き込んで、それなのに私は――

俯いた視線の端にりっちゃんの足が映る。
あぁ、きっと怒ってる。近い。殴られでもするのだろうか。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

しかし、りっちゃんは私の手に触れ、視界に入ろうとその場に膝をつく。

その優しい瞳が、動く唇が、
包み込んでくれる手が、『大丈夫だよ』と伝えてくれた。
そのまま、立ち上がったりっちゃんに抱きしめられる。
耳元に感じる吐息。私を安心させるために何かを喋っていてくれるんだろう。
でももう私は分からない。せめてもう少し聞こえていた頃にして欲しかったな。

不意にりっちゃんが離れる。

「頑張れるか?」

「……うん」


自宅に帰ってからも練習を続けた。
とりあえず徹底的に弾き続け、ミスとリズムの狂いを無くす。
その後、他の人に聞いてもらい調整する。
正直、ここ最近の流れで脳の容量はもう一杯一杯だったのだが。



58 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/14(金) 20:53:42.91 ID:4WdduRYI0

「ムギ、何をお願いしたんだ?」

「ライブが成功して、新入部員が一杯入ってくれますように、って」

りっちゃんは頑張ろ、と短く答え、澪ちゃんの元へ。

時は流れお正月。練習の息抜きに、皆で初詣。
外に出る機会自体あまり無く、こうして友達と来る事がまた新鮮味があって良い。
お賽銭も少々奮発し、強く、軽音部の事をお願いした。

それと同様の事を絵馬に書く。
おみくじの結果も良かったし、これだけお願いすれば少しは効力があるだろう。
と、何か難しい顔をして絵馬を見る唯ちゃんが見えた。

「唯ちゃん、何書いたの?」

唯ちゃんははっとしたように絵馬を体の後ろに隠す。
あまり良くないことをした、と思い頭を下げる。

「ごめんね、唯ちゃん。あんまり願い事は他人に見せる物じゃないものね」

唯ちゃんは困った顔で居る。
後ろを向こうとすると、肩を掴んで止められる。

「謝るのはこっちだよ、ムギちゃん。
 ……気分を悪くしたら、ごめんね」

差し出された絵馬には、『ムギちゃんの耳が治りますように』と書かれていた。

「ムギちゃん……ごめんなさい……」

どう声を掛ければいいのか分からない。



59 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2011/01/14(金) 20:55:43.23 ID:4WdduRYI0

震える唇で、何とか言葉を吐き出す。

「私は……もう耳が聞こえなくなることを覚悟しているし、
 その時の為に色々やっているの。
 だから、その……そういう事を書かれるのは、ちょっと辛い……から」

その言葉を聞き、唯ちゃんは強く絵馬を握りしめる。

「で、でも!
 でも……嬉しい。唯ちゃんが私の事、考えていてくれて嬉しい……
 だから、本当にありがとう。唯ちゃん」

何と言えば良いのか分からず、ただ本心を吐き出しただけ。
唯ちゃんは唇をきゅっと結んだまま、
流れる涙にも構わずただその場に立っていた。
彼女は、私の言葉をどう受け止めたのか。

「どうした?」

澪ちゃんとりっちゃんが間に入る。
すると唯ちゃんははっとしたように涙を拭い、二人に説明を始めた。
手話を使わず、口の動きを隠すように
顔の前で手を振る唯ちゃんが、二人に何と言ったのだろう。
モヤモヤ感は晴れず、はしたなくも屋台の物を食べ歩きいて気を紛らわせた。


「それじゃ、また新学期にね」

三学期までの約一週間を、私は学業に回すことにしていた。
私の学力が落ちてしまうと、
私は桜ヶ丘に居られなくなり、りっちゃんは責任を問われる。
ノートテイクを引き受けてくれた彼女の為に、頑張らなくては。

「……またね、ムギちゃん」

車に乗り込み、唯ちゃんと手話を交わす。
結局最後まで気まずい雰囲気は無くならず、
唯ちゃんが最後に見せた表情についても問う事が出来なかった。




62 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/15(土) 23:46:12.63 ID:WDsBItADO

細々とやってるなぁ

テーマがテーマなだけに俺は期待してるぞ





63 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 06:49:16.77 ID:SwwdPACw0

違和感はすぐだった。
朝、ベッドから起き上がると、異様に静かな部屋。
布団を跳ね除けるも、衣擦れの音すらしない。

慌てて補聴器のボリュームを上げる。
上げる。が、それでも変わらない。

涙が流れているのか、視界がどんどん歪んでいく。
歯を喰いしばり、体の震えを止めようとも意味は無かった。

覚悟していたはずなのに、
これから頑張って生きていこうと思っていたのに。

そもそも重要な器官を一つ失うなんてこと、
想像でしか語れない。私なんて口だけの人間だったんだ。
不安にあっさり押し潰された私は、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。

自分の声さえ分からない状態。悲痛な声は誰かに届いているのだろうか。
まるで一人で水底に沈んでいるような感覚だった。


声を聞いて部屋に入ってきた者達を全員拒絶し、ベッドに倒れ込む。
叫ぶだけ叫んだせいで喉は痛む。何度も掻き毟った頭はひりひりする。
顔に付着した血は破れた頭皮か、或いは剥がれた爪か。

それでもなお残った爪を顔に突き立て、この悪夢を覚まそうとする。
結局、涙と血液と吐瀉物で汚れたベッドから
強制的に引き摺り出されるまで、私の自傷は止まらなかった。


『お目覚めですか』

「……迷惑を掛けたわ」

気を失ったのか、気が付けば別室の綺麗なベッドに移動していた。

周りからすれば迷惑な話だが、一通り発散したことで多少冷静に考えることが出来た。
以前のような音の内容が理解出来ない、
というものではなく、音を完全に拾えなくなっている。
補聴器の最大ボリュームでも効果が無かった。

ついでと言ってはなんだが、先程の一悶着のおかげか体中包帯が巻かれている。
爪が剥がれた指がこの上なく痛い。さすがに丸々一枚剥がれたとなると違う。



64 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 06:51:37.28 ID:SwwdPACw0

『何があったのですか?』

至極尤もな問いだ。
他の人ならばいかれでもしたかと思うところだろうけど、
私の場合なら大体の事情は向こうも察していてくれるだろう。

「耳が聞こえなくなったの……」

机の上に置かれている薬が目に入る。
恐らくは精神安定の類だろう。突発性難聴を発症してすぐの頃を思い出す。
それを飲み、布団を被る。

「もう少し一人にさせてくれる? 大丈夫よ、もう暴れたりはしないから」

失礼します、と手伝いの者は部屋を出て行った。
以外にあっさりと出てくれたものだ。
一人になりたいのは確かだったし、物分りが良いのは助かる。

当然そんな簡単に眠れるはずはない。
目を閉じれば浮かんでくるのは、これまでに聞いてきたいろんな人の声。
全部が全部、私に残るその人の最後の声だった。
だけど、嫌になってすぐに思い出す事をやめた。
「もう少し話をしておけば良かった」という後悔が、
思い出に一つ残らずくっ付いてくるから。

思考を止めるために睡眠をとり続けた冬休み。
着信を告げる携帯電話のランプにも気付くことがないまま、
新学期の開始は、私の逃避を待たずにやってくる。



65 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 06:54:45.33 ID:SwwdPACw0

新学期。
斉藤の運転する車に揺られ学校へ向かう。
今日は朝から少々耳鳴りがする。
聞こえなくなったらなったで、
このくぐもった感じも一緒に消えてしまえば良かったのに。
と、いきなり信号でもないのに車が止まる。

「斉藤、どうしたの?」

『あちらは、お嬢様のご学友では?』

ちなみに私の隣に居るのはもう一人のお付の者。
手話の心得があるとかで、私の通訳を買って出ている。

「……行くわ」

本当ならば、まだ皆と顔を合わせる心構えが出来ていなかった。
けど、斉藤の気遣いだ。仕方ない。
そもそも目立つ車故に皆の視線はこちらに集中している。時既に遅し。
皆の所へ向かおうとすると、二人はわざわざ車を降りて私に頭を下げていた。
……大切な「紬お嬢様」をよく任せる気になったものだ。


「おはよう、ムギ」

「皆、おはよう」

「今日はお手伝いさんも車に乗ってたんだな」

……だから何故そういう細かいことに気付くのか。
そうね、とあくまで些細なことのように短く答えると、
会話はスムーズに別の方向へ流れた。



66 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 06:57:27.83 ID:SwwdPACw0


こうして皆と歩いていると、思うことがある。

私は、どうやって演奏すればいいのだろう。
聴力を完全に失ってしまった今、何が楽しくて軽音をやるのだろう。
私が居ることで、新入生が入部を躊躇ったりしないだろうか。

今まで軽音部の皆と頑張ってきたのは、これからも軽音部に居続けられるからだ。
皆が「良い」と言ってくれて、私もそれが嬉しかったからだ。

「ムギ、なんでメール返してくれなかったんだ?」

気付けばりっちゃんが私の顔を覗き込んでいた。
皆にもう話してもいいのか考えるが、結局その勇気は出なかった。
それに恐らく気付かれることはないだろう。
用事が、とその時は誤魔化した。

始業式はこの上なく退屈だ。
校長先生の有難いお話は当然聞こえず、無音の時間を過ごすことになる。

普通なら誰かに通訳を頼まなくてはならないのだろうが、
全く興味が湧かない内容をわざわざ訳してもらう訳にもいかなかった。
隣に座るりっちゃんの手が『何か話そうか?』と動くがお断りしておいた。

失聴者のサポートを考慮して、
事ある毎にりっちゃんか澪ちゃんと隣同士の席になる。
この耳を使って得をするのは出来るだけ遠慮したいし、
周りの生徒もあまり良い思いはしないだろう。
授業も席をくっ付けて受けているのだから。


部活では演奏練習に励む。
元より皆はスランプがあっただけなので、
すぐに演奏できるようになったけど、問題は私だ。
もう何回も繰り返すしかない。

「ムギ、そこちょっとズレが大きくなってるな」

本日一緒に練習することになった澪ちゃんから指摘を受ける。
主に精神面の問題が理由なんだけど。



67 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 07:00:01.28 ID:SwwdPACw0

正直に言って、演奏している実感が湧かない。
何か分からない内に終わり、自分では全く分からない所を指摘され。
きっと皆で合わせてみてもこうなるんだろう。

「山中先生だ」

と澪ちゃんが言う。
扉の方を見ると山中先生が腕をぶらぶらさせて入ってきた。

『練習頑張ってるね、そろそろ休憩したら?』

先生は手話は使えない。
私もまだ読話を習得していないため、こうして誰かに通訳してもらう。
さすがに私も疲れた為、休憩することにした。

休憩中。
山中先生が小さな紙に何かを書いて渡してきた。

『ご家族の方から聞いたんだけど、
 皆に、完全に耳が聞こえなくなったことを話した?』

文字を素早く読んで、隣から見られないように紙を握り潰した。
そして黙って首を横に振る。

「どうしたんだよさわちゃん」

山中先生は手を振る。何でもない、だろうか。
何を白々しいことを。皆に聞かれないように
わざわざ紙に書いた時点で怪しまれるに決まっているじゃないか。



68 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 07:02:41.86 ID:SwwdPACw0

「私の両耳ね、完全に聞こえなくなったの。
 お医者様ももう無理だって言ってた」

私が言い出さない限り、山中先生が話すことはしないだろう。
あのまま放っておいたら喧嘩が始まりそうだった。
淡々と告げる私。と、視界に唯ちゃんの姿が入る。ただ無表情だった。

「でも私達がやることは変わらないだろ?
 学校、やめちゃわないよな?」

心配がるのも無理はない。
ほとんど聞こえていなかったものを改めて言い直しているのだから。
失聴を伝える事が、そもそもの意味を持っていない。

「それは無いわ。
 ただ、もう後ろから呼ばれても何の反応も出来ないことは、分かっておいて欲しいの」

「りょーかい。こっちも気を付けるよ」

りっちゃんは相変わらずの調子だ。
これ以上このことについて話すのはあまり良い気がしない。
少々強引かとも思ったが、別の話題にすり替える。
皆も私の気持ちを汲んでくれたのか、特に何も言わずにいてくれた。



69 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 07:05:00.52 ID:SwwdPACw0

「ムギ、そろそろ切り上げようか」

時計を見ると、もう完全下校時刻が近い。

「ありがとう、澪ちゃん。練習見てくれて」

澪ちゃんはどういたしまして、とにこやかに答える。
最初の頃は顔を赤くして照れていたのに。
皆には感謝してもし切れない。
多少の耐性は付いてもらわないと大変だろうから、これで良いのだけれど。

食器を片付け下校の準備をしていると、後ろから肩を叩かれる。
振り向いた先には、唯ちゃんが俯いたままで立っていた。

『この後、ちょっと部室に残ってもらっていいかな』

震える手がそう言っている。
何か変だ、そう思った私はその申し出を受けることにした。


りっちゃんと澪ちゃんはもう鞄を担ぎ帰宅態勢に入っている。

「ムギ、帰んないのか?」

「りっちゃん。私、ちょっとムギちゃんと話したい事があるから先に帰っていいよ」

「……分かった。もうすぐ完全下校だから気を付けろよ」

さて、唯ちゃんの話だけど……何だろう。



70 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 07:07:01.61 ID:SwwdPACw0

「まず、謝らせて……。 ごめんなさい」

と、唯ちゃんは二人きりになるなり深く頭を下げた。
突拍子もない展開に焦る。

「やっぱり、私のせいかな……
 初詣の時、あんなことお願いしたから……」

「唯ちゃん。それは違うの。誰のせいでもないわ」

つい言い聞かせるような口調になってしまう。
それにしても、唯ちゃんは以前から少々卑屈に考え過ぎだ。
思えば、彼女の笑顔を最近見ていない気がする。

「聴力はずっと落ち続けていたんだし、そろそろかなって私も思っていたの。
 本当に、唯ちゃんは何も悪いことはしていないのよ?」

「ムギちゃん言った……その願い事はイヤだって……」

確かに、言ったけども。

「私は手話を覚えるのも遅かったし、クラスが違うから授業の手伝いも出来ない。
 ムギちゃんの役に立ったことが、あったかなって……
 迷惑な事が多かったんじゃない……?」

そんなことがあるものか。
唯ちゃんが居てくれて嬉しかった事の方がよっぽど多いのに。
例えば今こうして会話出来ていること自体が、彼女の努力のおかげだ。
その努力がどれだけ大変なものだったのかなんて考えなくても分かる。

「私は、唯ちゃんと友達で良かったと思っているの。
 迷惑なことなんて何もなかったわ」

だから、これ以上自身の責を作らないで欲しい。



71 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 07:10:36.83 ID:SwwdPACw0

「でも……でも、私は何も出来なくて……」

どうやらまだ言うつもりらしい。
謝罪も賠償も懺悔も要らない。そんな行為に何の嬉しさも感じない。

「私は唯ちゃんのことが大好きよ?
 だから、これ以上大切な唯ちゃんの悪口を言わないで」

びくり、と唯ちゃんの肩が震える。

「質問に答えるとね? 私は唯ちゃんに感謝しているし、
 何も出来ない奴だとか、迷惑だとかは一度も感じたことがないの。
 そうやって卑下することこそ私に対して失礼だ、って分かって」

「……!」

拳を強く握り、俯いてしまった。
鼻をすする唯ちゃんに気付き、慌てて言葉を繋げる。

「ち、違うの。責めてる訳じゃないのよ?
 ただ、お願いだからそんなに自分を苦しめないで欲しいの……!
 私はこれからも唯ちゃんと友達で居たいから」

『ありがとう』

一言。唯ちゃんの手が言葉を紡ぐ。
ふとりっちゃんがしてくれた事を思い出す。
確か、優しく手を包みこんでくれていた。
強張ってぶるぶる震える唯ちゃんの拳に、そっと手を添える。

「ありがとう、唯ちゃん……」

そのまま強く抱き着いてくる唯ちゃん。鳴り響く完全下校のチャイム。
急ぐ事を諦めた私は、唯ちゃんの頭を優しく撫でつつ、
澪ちゃんといい唯ちゃんといい女の子を泣かせてばっかりだなぁ、とそんなことを考えていた。



72 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 07:13:41.55 ID:SwwdPACw0

「唯ちゃん、もう落ち着いた?」

唯ちゃんは照れくさそうに、礼の言葉を述べる。
目は真っ赤で少し腫れているみたいだけど、多分今日中に治まるだろう。
りっちゃんと澪ちゃんに気付かれることは恐らく無い。

「来年は、同じクラスになれるように先生達にお願いしてみるよ」

「そうね……事情が事情だし、もしかしたら聞いてくれるかもしれないわ」

ノートテイクは集中力が要るものだから、
一般的には二人一組で障がい者の補助に回る。

今はりっちゃんと澪ちゃんが二人で見ていてくれるけど、
それでも二人は休み無しで助けていてくれる。

そういえば一度、澪ちゃんが高熱を出しながらも
「ムギの為に」と登校してきた時は大騒ぎだったっけ。
授業中に倒れて、あの時は本当に申し訳ない気持ちになった。
人数が増えることで、各負担は減るだろう。

「よし、早速行ってきます!」

「唯ちゃん、もう完全下校過ぎてるわ」

ダッシュの体勢のまま、ぴたりと停止する唯ちゃん。
気持ちは分かるけど、それはさすがに先生に怒られてしまう。
出来るだけ教師陣は味方につけておきたいので、明日にした方が賢明だ。

「帰りましょう?」

「うん!」

笑顔。



73 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 07:15:53.31 ID:SwwdPACw0

唯ちゃんの笑顔がもう一度見たかった。
それは間違いない。
あの一件からどこか心に引っかかっていたものが解けたんだ。
だから唯ちゃんの笑顔は嬉しい。

そういえば……人間は一つの器官を失うと、
他の器官がその部分を補う為に進化するように作られているらしい。

例えば目の見えない人は周囲の情報を出来るだけ強く感じ取る為に、
耳、鼻、指先の感覚がより敏感になるとか。
指先での点字の読み取りは、晴眼者には難しいと聞いたこともあったような。

それと似たような物かどうかは分からないが、
とにかく、今の唯ちゃんの笑顔に心臓が高鳴るのを感じた。
ようやく見られた事の嬉しさを、
目からの情報を大切にする私の脳がより強くしたのか。

「ムギちゃん?」

何を難しいことを考えているんだろう。
単に嬉しかった。それでいいじゃないか。

「なんでもないの。行きましょう?」

ニマニマしながら私の腕にしがみ付く唯ちゃんを引っ張り、部室を出た。
でも、悪い気はしない。むしろ嬉しい。
もっと唯ちゃんを抱き寄せて、階段を降りる。

「ムギちゃん、だ・い・た・ん」

「良いじゃない。唯ちゃんと居られて嬉しいんだもの」

何かすごい事を言ったような気もする。
どうも今日はやけに高翌揚しているようだ。
見回りの先生に見つかって怒られるまで、
私達はぴったりくっ付いて歩いていた。



74 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 07:16:38.04 ID:SwwdPACw0

今日もこれだけ


紬視点のSS、ということで次回から

『』手話のみ或いは携帯電話やメモ帳を使っての筆談、はこちらの表記を

「」主に唯、澪、律が使う、発声+手話の場合はこちらの表記を

使わせて頂きます




75 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 09:39:29.21 ID:3RheqrsJo

毎日チェックだけはしてるぞ
梓はともかく憂や和は出てこないのか?
唯の練習相手として二人とも手話がそれなりに出来てそう

他の例を知らないからあまり偉そうな事は言えないけど
俺が仕事で実際にあったことのある聴覚障害の人はスゴイ人だった





76 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/17(月) 22:00:33.19 ID:C4XC5xQz0

>>75
憂と和は出ません
居る意味の無いキャラになってしまいそうなので



78 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/21(金) 20:48:03.81 ID:4aLHgW+m0

『いよいよ明日新歓ライブだね! ムギちゃん今どんな気持ち?』

授業中。
ノートテイク用の用紙に唯ちゃんのペンが走る。
こういうことはバレたら厳重注意なんだけどな。

いよいよ新歓ライブが明日に迫った。
調子はどうか、と聞かれれば不安じゃないはずがない。
何せ、成功しているかどうかなんて毎回分かっていないんだから。
もし何かのミスがあれば、入部希望の子はどう思うだろう。
仮に入部してくれても、私との付き合いはどうなるだろう。

唯ちゃんは私の返事を待っている。
りっちゃんはノートテイクに取り組んでいるようで、
私の様子が気になっているようだ。
文章がおかし過ぎるのが見ていて分かる。

『怖』

その一文字だけ書き、塗りつぶす。
何かを書こうとする唯ちゃんを押し留め、『真面目に授業』と書いた。


私達は二年生になった。
唯ちゃんの話が通ったのか、晴れて同じクラスに。
その代わり澪ちゃんが離れて、また二人態勢だ。

りっちゃんはあれから成績が飛躍的に上がって、
先生方も文句を言えないような状況になった。

勉強は大変だろうに、山中先生に因れば今までの独学から、
ノートテイクの講習も受けるようにしているらしい。
ただ、それに関しては本人は内緒希望だったようで、私はその事に触れずにいる。



79 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/21(金) 20:50:36.67 ID:4aLHgW+m0

「どうだったかしら?」

「オッケーだよムギ。完璧」

ほっとする。
私たちは明日に迫った新歓ライブに向けて、最終調整を行っていた。
今度は全員で軽音に打ち込んだおかげで、すっかり以前の調子に。
これなら新入部員も十分に見込める……とりっちゃんが言っていた。

「楽しみだね。ワクワクしてるよ」

「あんまり浮かれるなよ。
 唯はボーカルをするんだから歌詞を忘れたりするかも……」

「失礼だなー澪ちゃん。最近の私の覚えるの早さを見たでしょ?」

「忘れる早さも見たよ」

んがっ。
唯ちゃんが言葉に詰まる。
対して澪ちゃんは何だかリラックスしてそうだ。

ライブが二回目、というのと、
前回のボーカルはやっぱり緊張していたんだろうか。
楽しそうに見えたんだけど。
もっとも、私もそんなことを言う余裕はあまり無い。



80 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/21(金) 20:54:21.00 ID:4aLHgW+m0

「……大丈夫かしら」

「ムギちゃんまで!?」

「ち、違うの。
 私、ちゃんと出来るかなって……」

「出来ます!」

唯ちゃんの即答。言ってくれるなぁ。

「ムギちゃんはずっと頑張った!
 絶対成功するよ!」

「私達もサポートするから、楽にな」

「難しいことは考えずに行こーぜ、ムギ」

三人からの言葉が心に沁みる。
皆はこういうど、私は皆の為に頑張りたい。

確かに新入部員勧誘の機会だけど、
それよりも私はライブ成功にこそ価値があると思っている。

本当に大切な親友達に、恩返しをするんだ。
皆が認めてもらえたらそれでいい。

「ありがとう。皆。
 ライブを 皆で楽しもうね?」

去年の桜高祭ライブの達成感を、また。



81 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/21(金) 20:57:46.69 ID:4aLHgW+m0

「準備は良いか?」

舞台袖にて。
強張った表情のりっちゃんが問い掛けてくる。

「ええ。頑張りましょう、りっちゃん」

なるべく心配させないように、なるべく柔らかく話そうとする。
発声が怖いのはもうずっと変わらない。
上手く発音出来ているかも分からない状況が不気味だ。
それでも自身の頭の中にある音声と口の動きを引っ張り出して話す。

先生方の表情も硬い。
やっぱり私の耳で、成功するのか不安なんだろうか。
耳が聞こえない楽器奏者、か。まるでお話の世界みたいだ。
それでも、私はそれを実現させる自信がある。
皆がいるだけで、頑張れる。

「行くぞ!」

4人で手を繋ぎ、結束を確固たるものにする。
そんな怖い顔をしなくても、すぐに笑顔に変わるから。
精一杯の笑みを先に貼り付け、少しでも前向きな雰囲気へ持っていく。

「おーっ!」



82 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/21(金) 21:02:28.60 ID:4aLHgW+m0

ドラムから演奏に入る。
りっちゃんの動きに合わせるのは、もう何回もやった。
大丈夫、練習通りにやれば全部上手くいく。

一先ず入り出しは成功したらしい。
こちらを見ていた皆の安堵の表情で分かる。
後はミスをしないこと。最悪ミスをしてもしっかり軌道に乗り直すこと。


皆の緊張は解けたようだ。
唯ちゃんも、澪ちゃんも、りっちゃんも楽しそう。
その様子を表すのには『踊っている』という表現が分かり易い。
ボーカルの二人は時々足が跳ねるのが見えるし、りっちゃんなんて特にノリノリだ。

だから、これで良かったんだ。彼女達が楽しめているから。
あとは私は、頭に入ったパターンをただ機械的に実行するだけ。

記憶した通りに指を動かす作業。
皆と目が合った時に、いかにも充実してそうに笑みを返す作業。
全体的に少し走り気味のリズムに対応する作業。

私の鋭くなった感覚が周囲を捉える。
客席の新一年生達も、演奏に乗ってきているのが感じられた。
やっぱり皆の演奏や声は、大衆を飲み込むだけの十分な力がある。
講堂内の人間が一つの塊になり、私はそれを遠くから眺めている。


演奏が終わり、皆は全身から『楽しかった、満足だ』という雰囲気を出していた。
後ろ姿すらまともに見ていられない。
私はもう、彼女達とこんなに離れてしまったんだ。



83 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/01/21(金) 21:06:16.58 ID:4aLHgW+m0

さすがに時間は厳しく管理されているらしく、早々に私達は袖へ下がる。
客席からの大きな拍手を全身に感じながら。

先生方からも拍手。

『皆の想いがこっちまで伝わってきた』

『素晴らしい演奏だった』

澪ちゃんから通訳される言葉は、
どれも私を皮肉ったものとしか思えなくなっている。
溢れる涙を堪えようとしてもどうにもならず、その場にへたり込みそうだ。

すると、りっちゃんが私の腕を掴み、そのまま講堂を出る。
後ろから唯ちゃんと澪ちゃんがついて来ているのが分かった。

「大丈夫か?」

「ごめんなさい……」

「大丈夫だよ! ムギちゃんの演奏は完璧だったから!」

涙の原因はその満足感を押し出した顔だ。
八つ当たりしそうになるが、強く拳を握り何とか押し留めた。

その後、皆で手分けして機材を部室へ運ぶ。
これがまた大変な事で、ますます私の部活動への疑問を大きくさせる。

アンプを抱えて歩く私に、りっちゃんが一枚の紙を差し出す。
そこには『放課後、話したいことがある』と乱暴な文字で書かれていた。
いつもは、もっと読みやすい丁寧な字で書いていてくれるのに。

多分、バレたんだろうなぁ。きっとりっちゃんは怒っているんだ。




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紬「心に響いたの」#2
[ 2011/04/19 00:54 ] シリアス | | CM(0)

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