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紬「心に響いたの」#5 【シリアス】


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紬「心に響いたの」#1
紬「心に響いたの」#2
紬「心に響いたの」#3
紬「心に響いたの」#4




175 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:27:02.59 ID:WigGHwEd0

「りっちゃん。こんな椅子に座ってたのね」

「小さく感じるかも知れないけど半座りに慣れてくれ。
 デカい椅子に深く腰掛けたら小回り効かないからさ」

翌日、約束通り部室に集まった私達。
まずは私から、りっちゃんに授業を受けることになった。

「で、スティックな。新品だから気にしなくてしなくてもいいぞ」

むしろ新品である方が気にする。
お金を出させてしまったじゃないか。

「これ、いくらだったの? お金払うわ」

「気にすんな。そんなに高いスティックなんて無いんだし。
 それに自分好みに加工したりするから、新品の方が良いだろ?
 手の形に合わせて削ったりさ」

「なるほど。りっちゃんのスティックをそのまま借りたら、
 反って悪かったりするのね」

そのまま受け取っておくことにした。


「さて、緊張の一瞬なわけだが、まー軽く叩いてみてくれ」

軽く息を吐き、叩く。


たしんったしんっ


これが、りっちゃんが感じていた音。





176 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:29:05.17 ID:WigGHwEd0

一通り叩いていく。
感触はどれも少しずつ違っていたが、中でもバスドラムはまた別だった。
直接触れていないのに、音が聞こえる。

「どうだ?」

「分かるわ。キーボードよりずっと、演奏してる、って感じられるの。
 これならきっとやれる」

「じゃあムギはドラム、私はキーボードで練習だな」

りっちゃんは本当に嬉しそうに、にかっ、と笑う。
賭けはりっちゃんの勝ちだった。

「ドラムはリズムが命。
 つまり、今まで私達がやってきたみたいに、ムギに合わせる事はしない。
 ムギが全体のリズムを作るんだ」

難易度が高くなるということ。
でもやれそうな気がしていた。
それは高揚感から出た、ただの強がりなのかもしれない。

「好きこそものの、上手なれ。
 よね? りっちゃん」

「もー無茶は慣れっこ、だよな。
 んじゃームギ。私もキーボード使わせてもらうよ」

次は私が教える番か。
どこまでやれるかは分からないけど。



177 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:31:49.85 ID:WigGHwEd0

「ん? 大丈夫だよ。一通り分かるし、練習もしたから」

今何と?

「私が言い出したのに、私にも教えろ、って言えないだろ?
 ちゃんと練習はしてたんだからさ。
 ある程度演奏出来るようになってからの提案だ」

つまりは。
りっちゃんはまた私に内緒でそういう努力をしていた、ということか。
そう考えると、彼女はしっかりと休息を取っているのか疑わしくなる。

「ムギー? どうしたー?」

ぴらぴら手を振って、けろりとした態度を取るりっちゃん。
それはもう努力がどうとかっていうレベルじゃないのよ。

「……そうね。そもそも私には、教える事は出来ないんだもの。
 今から間に合わせることを考えたら、それぐらいじゃなきゃ無理ね」

わざとらしく大きな溜め息をつく。

「私の方は、大丈夫だよ。
 というわけでムギ、早速練習だ」



178 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:36:03.47 ID:WigGHwEd0

たたたたたたたたたたたたたた。


メトロノームの動きに合わせ、ひたすら、ただひたすらに叩く。
リズムキープは基本中の基本。

前を見ると、鍵盤に指を滑らせるりっちゃんの後ろ姿が見える。
りっちゃんの目に、私の姿はこんな風に映ってたんだ。
今までの演奏で、りっちゃんの目に私の背中はどう映っていただろうか。
リズムに乗って踊るその背中に、見えない物がどれだけ圧し掛かっているのか。


視界の端。扉が開く。

「あ」

澪ちゃんと、梓ちゃんだ。
まず、視線が私とりっちゃんの間を行き来する。

「え、ドラム? キーボード?」

口をぱくぱくさせる澪ちゃん。
梓ちゃんからシートが差し出される。

『こんにちは。お二人共、いきなりどうしたんですか?』

「ええ。実は私、ドラムを始めようかと思うの。
 それで、りっちゃんがキーボード」

「ちょっと、急じゃないか?
 だって、その、文化祭まで時間無いぞ?」

ごもっとも。
それは私もりっちゃんも分かってる。



179 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:38:06.21 ID:WigGHwEd0

「その為の練習だよ。
 私達は間に合わせるつもりだし、
 無理だ、って澪達が判断したらいつでも言ってくれ」

澪ちゃんはどこか呆れたように梓ちゃんと顔を見合わせ、答えた。

「分かったよ。理由はよく分からないけど、何も言わない」

『頑張ってくださいね』

練習の指揮を執る二人の許可が下りた。
後は頑張るだけ。

「で、澪達は何で?」

「練習に付き合ってくれ、って梓に。頼ってくれたのは嬉しいからさ。
 二人で練習するつもりだったんだけど、まさか律達が居るとは思わなかったよ」

「そうだなー。私も、何でこんなにやる気になってんだか」

さっきまでの真剣な表情はどこへやら。
りっちゃんは、最後までおちゃらけるつもりらしい。
あまり好まない話であるようだ。

「まぁでも、ムギはついさっきやり始めたばっかりだから、音を合わせられないぞ」

「じゃあしばらくは、個人練習になるな」



180 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:39:24.69 ID:WigGHwEd0

『違和感があったわけですね。
 階段を上ってる途中に音が聞こえてきましたけど、
 律先輩の物とはなんとなく違うようでした』

その言葉に、りっちゃんと澪ちゃんが反応する。
あぁ、私に気を遣ってるのか。

「嬉しいわ。梓ちゃん、
 そこまで分かるくらいに私達の演奏を知ってくれてるのね」

そんな気遣いは無用で。
私はなるべく皮肉にならないように、言い方に気を遣う。

「私の音はやっぱり変?」

何でそこで止まってしまうかな。

『言いにくいんですけど、律先輩の方が力強いですね。
 ムギ先輩はムギ先輩で、丁寧だなって思いましたけど』

私だってまだ始めたばっかりだから、仕方ない。
力加減なんて分からない。

丁寧だ、って言われても、
それはリズムを合わせる事を意識していたからであって。

「肝心の律は? ちゃんと弾けるのか?」

「何とかなるだろ」

「ならないだろ。ちまちましたのは嫌いだ、って言ってたじゃないか。
 律は、キーボードもギターもやりたがってなかったし」

りっちゃんがいきなり立ち上がる。
その様子に皆がたじろぐ。

「じゃあ、見せようか」



181 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:41:30.72 ID:WigGHwEd0

指が早くて、目で追えない。
そして澪ちゃんと梓ちゃんの表情から、それが確かな物であることが分かる。

「凄いな、律」

「……私がムギを巻き込んでるんだ。
 少なくとも、私は絶対に失敗しないつもりでいるよ。
 ムギは勿論、放課後ティータイムも、評価は落とさせない」

「ちょっと、ごめんね」

りっちゃんの前に立ち、頬を引っ張る。
弾力のある肉が形を変えていく。

「りっちゃん、何か変よ?
 どうしてそんなに強張った表情ばかりしてるの?」

本当は言わないつもりでいたけど、さっきの一言で許容量を越えた。

「―――」

「何言ってるのか分からないわ。
 ……りっちゃん無理し過ぎよ。私の為にあれこれしてくれるのは嬉しいけど」

もう私の目には、
りっちゃんが疲れているようにしか見えなくなってしまった。
表情はそのままだから皆は気付いていないけど、
その笑顔の裏に隠れているんだろうと疑ってしまう。

「ずっと何も言わなくて、りっちゃんに甘えててごめんなさい。
 でも私は、もう見てられないの」

「……無理してるのはお互い様」

腕を掴まれ、そのままゆっくりと下ろされる。



182 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:43:21.42 ID:WigGHwEd0

「手話に読話に発声訓練に、
 それに聾学校に補習授業を受けにも行ってるだろ」

「知ってたのね」

確かに、耳の聞こえない私が、
ノートテイクだけで授業に追いつけはしない。

皆から教えてもらったり、
参考書を片手に自主学習に励む他、
通級指導も受けに特別支援学級に通っている。

そちらがバレるとは思っていなかったのだけど……

「カマかけ、だよ」

……やられた。

「私を騙すことはしないんじゃなかったの?」

「時と場合に因る、って追加しといてくれ」

眉間に皺を寄せたキツ目の指摘にも、あっけらかんとしている。
どうも調子が狂うな。

「二人共、少し落ち着いて」

澪ちゃんと梓ちゃんが間に入る。
置いてけぼりの二人に、押し留められた。

「私、飲み物、淹れます」

別段、一触即発という訳でもない。
ただ少々棘のある言葉を交わしただけだったのだけど、
普段の私のバランスから、不安がるのも無理はない……かしら。



183 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:44:52.20 ID:WigGHwEd0

一旦収束した事態は、そのまま幕を引いた。
結果、私とりっちゃんは
「明日から3日間、自宅でダラダラと過ごす」約束を取り付ける事で終了。

「梓隊員。修行が足らんな」

りっちゃんの軽口はいつものように戻り、梓ちゃんとの言い合いが始まる。
一旦のガス抜きは想像以上の結果を生んだ。
私も、今日は椅子の座り方もだらしなくさせてもらう。

「しっかり休むんだぞ」

「ありがとう澪ちゃん。頑張って休むわ」

そう言う間も、私の手はリズムを刻んでいる。
りっちゃんがそうだったように。

「今日はこれから二人はどうするんだ? 私は梓と練習するけど」

「まだやるよ。休むのは明日からだし」

「私は一人で基礎練習をやろうと思うの。さすがに皆と合わせられないから」

立ち上がる。
それに続くかのように、皆も準備を始めた。



184 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:47:14.35 ID:WigGHwEd0

三人とは合わせないまま、ただ手首を振るう。

こんなに距離が近いのに、それをまるで遠くからのような心の距離があった。
それが新歓ライブの時の疎外感とよく似ていて、思わず目頭が熱くなってしまう。
涙ぐんでいることを気取られないようにか、顔がうつむきがちになる。
気分を紛らわせる為に入れた力が反って悪い方向に行ってしまったようだ。

「あっ」

スティックが私の手から滑り落ち、足元に転がった。
慌てて拾おうと屈むと、前方のタムへと頭を打ち付ける。

「なにやってんだムギ……」

「う、ううん、何でもないの。気にしないで続けて」

さっき、初めてドラムを叩いた時はどんなだった?
音が聞こえて、これから練習を頑張っていって、
文化祭ライブを成功させるんじゃなかったのか。

頭を振り、目の前のドラムにスティックを跳ねさせたが、
その動きはすぐに鈍くなった。

良くない傾向だ。形の上では練習していても、何も頭に入っていない。
目はメトロノームの動きを機械的に追っているだけで、腕と連動させてはいない。
手は確かにスティックを握っているけど、
その動きは無意味な記号か何かであるように錯覚してしまう。

もう皆とは、一緒に音楽を楽しむことは出来ない。
本当に分かっているのに、いつまでも割り切れない。

それは私が子供であり、
自分が障がい者であることと未だに向き合えていないからか。



185 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:49:21.07 ID:WigGHwEd0

「ムギ先輩、お疲れ様です」

「ええ。梓ちゃんも、お疲れ様」

本日の練習はここまで。
りっちゃんから貰ったスティックを鞄に仕舞いこむ。

『ムギ先輩のドラム、すごく安心して聞いていられました。
 今日始めたとは思えないくらいでしたよ』

「そうかしら……リズムの基礎練だけだったし、実際の演奏とはまた違うと思うの」

『それでも、ですよ。
 私はドラムの経験無いですけど』

良い出来かどうかは自分で判断するものじゃない。
やるからには成功が必須条件で、その可否は狭い視野で決めてはならない。
だから練習するんだし、正直「休め」と言われても困っている。
りっちゃんとの約束は、守るつもりだけれど。


「澪ちゃん、梓ちゃん、これ。新曲作ったの。
 良かったら家に帰ってからでも、簡単に目を通してもらえないかしら?」

渡された譜を見つめ、驚きの表情を見せる。

「すごい、すごいですよムギ先輩!」

「ふふ、ありがとう」

「放課後ティータイムの曲は全部ムギの作曲だよ。
 才能なんて言葉じゃ片付けられないくらいだろ?」

いつの間にか居たりっちゃんが、梓ちゃんの背中から顔を覗かせる。

きっと梓ちゃんなら、家でもしっかり確認を入れてくれるはずだ。
もしかしたら御両親にも意見を貰えるかもしれない。



186 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:51:04.00 ID:WigGHwEd0

「じゃあムギ、しっかり休むんだぞ。唯のことも私達が何とかしておくよ」

下駄箱にて澪ちゃんからの言葉。
さっさと靴を履き替えたりっちゃんに対しても、律もだぞ、と声を掛ける。
いつものように。

「だーいじょうぶだって。ちゃんと休むっての」

りっちゃんもいつものように、軽く答える。
そのやり取りにおかしい所など無かった。梓ちゃんも大した反応も示していない。

上手く言えないが、どことなくカッチリと噛み合っていないというか……
私が初めて会った時の二人は、もう少し息がぴったりだったような気がした。

「どうしたんだよ? 今日はぼーっとしてる事が多いぞ?」

「そ、そうね。もしかしたら疲れてるのかもしれないわ」

顔を覗き込むりっちゃんに、思わず答えてしまう。
彼女はにっこり笑い、言った。

「そう。そんな風に疲れた時には、疲れた、って言っていいんだよ」

柔らかい笑顔。それと言葉に思わず泣いてしまいそうだった。
が、腑に落ちない。

「……りっちゃん、自分の事を棚に上げるのは駄目よ?」

バレたか、とけらけら笑う。いつものりっちゃんだ。
私は、先ほどの疑問を気のせいと思うことにした。



187 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/13(日) 07:52:20.15 ID:WigGHwEd0

練習法とか楽器の知識とかは知らないので
おかしなところがあるかとは思いますが




188 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/14(月) 01:00:33.91 ID:g2ZooA200

待ってました
最高です



189 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/14(月) 01:39:26.27 ID:IUhjTBe+0

乙!りっちゃんイケメン過ぎだろ...
俺が女だったら確実に惚れてるわ





191 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/03/31(木) 00:30:39.06 ID:wOtwofzH0

自宅待機が解けた朝。早速練習の為、登校する。
ちゃんと約束通り休んでいたので、今は遠慮する必要が無い。

――おはよう。早いのね――

「練習、頑張らないといけませんから。
 私がドラムをやることにしたんです」

部室の鍵を取りに行くと、山中先生と出くわす。
申し訳ないとは思いつつ、
時間も惜しいので早々に部室へ行こうとしたが、鍵が無い。

――りっちゃん、いるわ――

「みたいですね。それじゃ、失礼します」

考えていることは一緒のようだ。
誰か居てくれるのはありがたかった。

ちなみに山中先生との会話は、練習がてら補助無しで行っている。

本人曰く、「現役から遠ざかり過ぎて、
手話を覚えられるほど脳が働かない」そうで。
それを利用させてもらっていた。

――頑張って――

会話が成り立たないことも多いけれど、
自分が失聴者であることを極力感じさせない会話は、嬉しいと思う。



192 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/03/31(木) 00:31:27.44 ID:wOtwofzH0

「おはよームギちゃん」

部室にはりっちゃん含め、全員集合していた。
皆は演奏の手を止める。

「皆おはよう。どうしてこんな早くから?」

「りっちゃんとムギちゃんの事だから早く来るだろうし、ってあずにゃんが」

梓ちゃんの予想は大当たり。
実際私達は早くに登校し、こうして捕まったわけだ。

「ムギちゃんドラム始めたんでしょ?
 早速だけど合わせてみよう!」

唯ちゃんに手を引かれる。
でも、私はまだ人と合わせるどころか、一曲丸々演奏するだけの技量すら無い。

「待った待った。ムギも私も始めたばっかりだから、合わせるのは無理だって」

「私は確かにそうだけど、りっちゃんは弾けるでしょう?」

「……そうなんだけどさ」

がっくりと肩を落とすりっちゃん。
そのまま唯ちゃんに引っ張られていった。
何かあったのかしら?



193 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/03/31(木) 00:33:15.96 ID:wOtwofzH0

「ほらムギ、いつまでも鞄を持っていないで」

「そうね」

荷物を長椅子に置き、スティックを取り出す。

「しばらくは基礎練習が中心?」

「ええ。まだ曲の練習もほとんど出来てないの」

そっか、とベースを肩に掛け直す。
戻ろうとした彼女を呼び止め、先ほどの疑問について聞いてみた。

「りっちゃん、弾けないことにしていたの?」

「最初からな。唯には二人が交代したことしか話してなかったんだ」

「なんでわざわざ……?
 早い段階で皆と合わせた方が良いのに……」

澪ちゃんはくす、と口に手を当てる。

「きっと、ムギを置いてきぼりにしたくなかった、ってところだろうな。
 一人置いて、皆で合わせているってことを避けたんだと思う。
 ――――」



194 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/03/31(木) 00:35:17.09 ID:wOtwofzH0

何かをぽつりと呟いたみたいだった。
そして目の色には、先ほどとは違う暗い感情が混じっているように見える。

「澪ちゃん……りっちゃんと何かあったの?」

私の踏み込みに、視線が床に落とされる。

「……何かあったわけじゃない。私がどうしたらいいか分からないだけ」

「どういうこと?」



「今まで、私が一番律を知っているはずだったんだ。
 小さい時から一緒だったんだから」

「確か小学校の頃からだったかしら?」

「そう。あの頃から律は本当にだらしなくて、私も結構苦労してたよ。
 本当振り回されてばっかりで。
 それでも、好きだったし、一緒に居た」

好き、という言葉に思わず反応してしまいそうになった。
そんなことを言い出せる雰囲気じゃないのに。
そして、続きも大体予想出来てしまった。

「今は……勉強も真面目、
 テストは学年でもトップクラス、宿題を見せてあげることも無い。
 そればかりか部活も練習優先で、書類はちゃんと生徒会に提出するし……」

一旦、話を止めて大きく息を吐く。

「キーボードを……演奏するようになった。
 それこそ、今までの律がやってた軽音とは違うんだ」

つまりは、変わってしまった……ということ。

「別に、ムギを責めてるわけじゃないんだ……
 だらしなくて手の掛かる、って思ってたけど、そういう律はもう居ないんだ。
 こんなこと、律には言えないけれど……ちょっと寂しいな」



195 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/03/31(木) 00:36:20.46 ID:wOtwofzH0

「素直に伝えたら、良いじゃない。
 りっちゃんはきっと、嬉しく思ってくれるはずよ?」

りっちゃんに引っ張られて、ということは過去に何回もあったんだろう。
そして、それを嫌に思う事はなくて。
私は、もっと素直に甘えてもいいんじゃないかと思っている。
りっちゃんなら、そんな気持ちをしっかり汲み取ってくれるはずなんだ。

と、りっちゃんがこちらの様子に気付き、近付いてきた。

「なーんのお話?」

「澪ちゃんが話がある、って」

背中を押してあげた。
多分こうでもしないと澪ちゃんは一歩目すら踏み出せない。

「澪ちゃん。りっちゃんは、りっちゃんよ。きっと大丈夫だから」

「……んじゃ、外行くか。澪」



顔が真っ赤になった澪ちゃんの手を引いて、りっちゃんが部室に戻ってきた。

「ムギ、サンキュ」

「どういたしまして」

満足して頂けたようでなにより。



196 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/03/31(木) 00:37:23.55 ID:wOtwofzH0

一段落付け、スティックを置く。
ピアノとはまた違う、手と足を同時に動かす感触も大分掴めてきた気がする。

「そろそろ演奏やってみるか?
 もう私より正確だし、それに基礎連だけじゃ飽きるだろ」

「そんなことないわ。これでも十分楽しいもの」

音の無い世界に沈み溶け込んだ私にとって、このドラムは特別だった。
腕を伝わり、中心で広がる音。それが最高に心地良い。

「でもりっちゃんがそう言うなら、やってみようかしら」

「案外唯みたいに、けろっとやってみせたりしてな」

さすがにそんなに簡単にはいかないだろう。まだ二日目だ。
それでもやっぱり、一つ先のステップに進むことの嬉しさを感じられていた。


結果はさっぱりだったのだけど。
もうまるで訳が分からない。
両腕と足で違う3つの動きをする。リズムは単調だし、言葉にするのは簡単。
しかし、この3つ同時が厳し過ぎた。

「唯ちゃんみたいにはなれないのね……」

「気にするなムギ。律よりずっと素質あるって」

澪ちゃんの励ましが辛い。



197 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/03/31(木) 00:38:48.92 ID:wOtwofzH0

「これは練習あるのみだからなー……
 でも慣れさえすれば、勝手に手足が動いてくれるものだしな」

「りっちゃんも、そうだった?」

力強く頷く。
不思議と、そんな気がしてくる。

「始めたばっかりなんだ。それにムギが凄いことは知ってるよ」

ただ元気を出させる為の一言であっても。

「私なんて、凄くないわ」

「そりゃ本人には分からない事だからな。
 少なくとも、私にそう思わせたんだから、ムギは凄いんだよ」

多分、りっちゃんはいつだって正しいんだ。
嘘が私をこんな気持ちにさせるわけない。
心に染み込むのは、彼女の言葉が真っ直ぐだからだ。

いつの間にか遠くに離れた澪ちゃんが、りっちゃんに見えないように手を動かす。

『律は、不思議だよな。何故か、そんな気持ちになってくるんだ』

だから澪ちゃんも、好きになるんだ。
この幼馴染コンビが羨ましい。



198 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/03/31(木) 00:39:59.88 ID:wOtwofzH0

「それじゃ、私はここで」

皆と挨拶を交わし、別れた。
最近は練習に多く時間を取るようになり、
完全下校寸前でバタバタすることも少なくない。
夏休みということもあり、電車内の人はいつもの顔ぶれとまた違う。

そのせいであるか、人の目は必ず一回は私の補聴器に向く。
今ではあまり気にすることでもなくなったけど、やっぱり不快なものは不快だ。
椅子にもたれ、目を瞑る。
目を開けていては、外を眺めようにも窓に反射してしまうからだ。
被害妄想と言われればそれまでだけど。

頭の中で今日の練習を反復しようとする。
自然に動く足に違和感を覚える。
公共内であるにも関わらず、自身の足が、はしたなく開いていた。

思えば、りっちゃんの座り方はいつもこんなだったような。
これがドラマーの性というものなんだろうか。
それが自然に出るということは、
それだけの努力を今までしてきたからであって。
彼女は決して不真面目なんかじゃない。

知ることが無かったであろう彼女の一面を知れた事、
ほんのちょっとだけ、この身に感謝したい。
ほんのちょっとだけだ。

生活はもちろん不便になったし、
外を出歩くと一々心臓に悪いことばかり。
そんな私をサポートしてくれる仲間が居るのは、本当に幸せだと思う。


目を開け視線を窓に移すと、目的の駅まで着いていた。
慌てて降り、一息つく。


そう、感謝している。皆が大好きだ。



199 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2011/03/31(木) 00:42:50.43 ID:wOtwofzH0

次回で終わる予定です




200 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/31(木) 00:46:12.89 ID:ofgFlZf4P

oh…終わっちまうのかい



201 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/03/31(木) 02:06:29.34 ID:lq97mK2To

もっと続くもんだと思ったが次回で終わりか
障害モノでもこういうアプローチのSSは珍しいからこのまま綺麗に終わってほしい





202 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:43:25.80 ID:mnod+MMs0

『言うなら、社会へ向けての人格生成……もう面倒だから止めたいんだけど』

態度には出さず、りっちゃんは手話で愚痴り始める。
その内容に吹き出してしまう前に、彼女を目で制した。

『……高校生らしく楽しむべき行事はありますが、
 それでも決して気を緩めることなく……』

諦めたのか、渋々通訳を再開し始める。

2学期の始業式。
私と、通訳のりっちゃんは別枠に席を取っていた。
前回の時は他の生徒に混じっていたけど、今回からは教師も付き添う。
さっきの会話を止められなかった辺り、私達の手話は読めていないようだけど。


「疲れた」

りっちゃんが机に突っ伏す。
あの有難い校長先生のお話を、長々と通訳するのは大変だろう。
長文の通訳は初めてだったはずだ。

しかし彼女の通訳は、詰まることも無く、非常に正確だったのを覚えている。
それこそ、正式に通訳の仕事を引き受けても良いというくらい。

あれをやれと言われたら、きっと私は出来ないと思う。



203 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:44:42.56 ID:mnod+MMs0

不意に、口を突いて出た言葉が。

「手話するの、嫌にならないの?」

そんな、りっちゃんに対して非常に失礼な言葉。
なのに彼女は、嫌な顔を見せず、むしろ笑みが見られた。

「ならないよ。
 手話を覚えないと、ムギと話せて嬉しいってことも伝えられないから。
 伝え合わないと、ムギのこと何も分からないもんな」

りっちゃんの手話の上達は早い。手の動きがたまに読めない時がある。
生きる為に手話が必要な私が、この様だ。
本当に、駄目さ加減があまりに過ぎる。

私がりっちゃんの傍に居られる為に、
もっとりっちゃんに相応しい人間にならないと。

「つかさ、ムギから離れる訳無いだろ。
 私がこんなに頑張ってるのは、誰の為だと思ってる?
 ムギは何の為にこの学校に残って頑張ってるんだよ」

この学校に居るのは……皆と一緒に居たいという我儘。

「私はムギが好きだ。離れろって言われたら、
 ストーカーになってでも追いかけてやるからな」

「そう、ね。
 私も離れろって言われても離れないわ」

遠慮は要らなかった。
今の私がそれを言っても、失礼になるだけ。



204 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:45:50.20 ID:mnod+MMs0

私だって、りっちゃんから向けられる好意は本物だって理解している。
りっちゃんが歩み寄ってくれるから、歩み寄れる。

私は今でも、聴者に向き合うのはごめんだ。
でも彼女達は違う。

人を区別するのは良くないと思うけど、
彼女達に歩み寄るのは好きだ。

失聴者を避ける人が居るのは変わらない事実だし、
私もそういう人とは関わりたくない。

私は悪くない。
健聴者同士でも、
好きな人、嫌いな人の区別なんて誰でもやっている事だから。


いつの間にか眼前に居たりっちゃん。
私の両頬を摘んで伸ばす。

――難しい事考えるなよ――

やっぱり見透かされているなあ。

「そんなことよりな、
 もう新学期始まったんだから文化祭ライブのこと考えようぜ」

何だか難しい話に持って行ったのはりっちゃんの方なのに。

「そうね、私もまだまだだもの」

夏休みに頑張って練習した甲斐もあって、
曲の演奏はなんとか熟せるようになっている。
それでもまだりっちゃんには遠く及ばない事は、ちゃんと自覚していた。



205 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:46:57.11 ID:mnod+MMs0

「私は、ムギちゃんはもう十分過ぎるくらいだと思うけどなー?」

唯ちゃんがくるんと此方に向き直す。コードが綺麗に跳ねた。

「そうですね。ムギ先輩、すごく頑張ってます」

私は、まだ足りていないと思うけれど。
でもそれは自身の考えだ。彼女達には彼女達の考えがある。

「でも、失敗するわけにはいかないもの」

「ムギちゃん。もうちょっとリラックスリラックス。
 ほら、そろそろ休憩にしようよ!」

「駄目です、唯先輩、もう少しキリの良い所までやりましょう」

渋々従う唯ちゃん。
初めこそそうだったけど、表情はすぐに引き締められた。


「んじゃ、そろそろ休憩入れるか。ムギ、お茶頼むな」

「任せて」

一旦集合し、楽器から手を放す。
何か規則を作ったわけではないけど、
最近の部活は時間で綺麗に管理されていた。
それもりっちゃんが先頭を切っているから。



206 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:48:03.42 ID:mnod+MMs0

「ムギちゃん。さっきの続きなんだけど、やっぱり表情が硬いよ」

「そうかしら……?」

自分でそのつもりが無くとも、そうなっている可能性は十分にあった。

「失敗しちゃいけないから……仕方無いわ」

「もーまたそれだよ?
 成功しなくちゃいけない、って訳じゃないんだから、気楽に行こうよ」

気楽に、と言われて出来れば苦労はしない。
私とりっちゃんの二人で勝手に進めた変更なんだから、
失敗が許されないはずがない。

「……どんな気の持ち方でも、
 本番を前にしたら緊張するのは当たり前よ。
 失敗するより成功した方が良いのは当然だし、
 やっぱりどうしても、気が抜けないのかもしれないわ」

唯ちゃんは珍しくフォークの動きを止めて、私の話に耳を傾けている。

「やっぱり、その、音が分からないから、やってても楽しくない?」

「ううん、ドラム自体は楽しいの。
 でも皆と音を合わせている、って感じがあまりしないのも事実かしら」

「ねぇりっちゃん。何かいい方法ないのかな?」

フォークを咥えたまま腕を組むりっちゃん。
一頻り視線を回した後に出た答えは。

「考えとくよ」



207 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:49:36.69 ID:mnod+MMs0

「そんな適当なこと言われてもな……」

「私が、ムギの耳を治せる訳がない。
 方法を考えはするけど、所詮一女子高生の知恵だからな。
 
 何とかしてみせるだとか、
 そっちの方がよっぽど曖昧で適当に聞こえるだろ?」

しん、と静まり返る部室。
誰も、何も言わない。
私も立場上、何も言い出せない。今の私にその資格があるのか。

「……悪い。
 なんか私、最近こんな発言ばっかりだな」

ケーキの最後の一口を頬張り、先に一人キーボードに向かうりっちゃん。
いつもとは違う、優しく撫でるような指遣いだった。

そんな彼女に合わせるように皆も食器を片付け、練習を再開する。
私も、逃げるように練習に没頭した。



音が分からないからってなんだ。
皆との演奏は、ずっと私の中で大切な思い出であり続けている。
それがあるだけで、私は軽音部として頑張れる。

私が音楽を出来るだけでそれは幸せなこと。
これ以上望むことなんて無い、出来ない、しちゃいけない。

もうどうしようもない事なんだから。



208 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:50:37.30 ID:mnod+MMs0

一曲演奏し終わり、スティックを置く。
大丈夫、私はやれる。

「ムギ、そろそろ着替えた方がいいぞ」

「もう皆着替えちゃったの?」

今朝山中先生に渡された衣装に着替える。
改めて見ると、可愛いけど恥ずかしいのは確かだ。
今回のライブの為に、山中先生も頑張ってくれた。
在学を認めてくださった校長先生も、
私を避けないでいてくれたクラスメイト達もそうだ。

「……皆。ちょっといいかしら」

「どーした? さすがのムギも緊張してきたか」

緊張ももちろんあるけど。

「皆のおかげで、こうしてライブまで来れたわ。
 ううん、ライブとか部活以前に、
 この学校に居られたのも皆のおかげよ。本当にありがとう」

「気にするなよ。そんな風に、礼を言われるようなことはしてないぞ?」

「お礼なら、このライブを成功させて返してくれたらいいからさ」

それっぽっちじゃ返せそうもない。
本当に、一生分と言っても足りないくらい。



209 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:52:09.04 ID:mnod+MMs0

「私はムギちゃんと一緒が良かった。
 だから、この学校に居てくれてありがとう」


唯ちゃんは、いつも私の為に泣いてくれた。
それが私をただ心配する気持ちであることが、私にはとても嬉しかった。


「ムギの努力は知ってる。
 今度こそ、本当の意味で皆を喜ばせような」


澪ちゃんは、私が不自由なくやっていけるように、いつも考えていてくれた。
自分は何も出来ない、って思ったりもしたみたいだけど、そんなことない。


「ムギ先輩には、私達がついてます。
 折角のライブなんですから、馬鹿みたいに楽しまないと損ですよ」


梓ちゃんは、私が初めて仲良くしようとした健聴者の人。
遅れていても頑張って手話を勉強して、私と会話をしようとしてくれた。


「よく、ドラムの練習を頑張ってたと思うよ。もうとっくに私以上だ。
 ムギはムギの感じるままに演奏してくれていいぞ。私達もそれに乗っかるから」


りっちゃんは、いつだって私の未来の人生を照らしてくれた。
彼女が居なければ、私はきっと今とかけ離れたものになっていたに違いない。



210 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:53:03.60 ID:mnod+MMs0

本番前だというのに、思わず泣きそうになる。

「私……頑張る。
 今まで私を支えてきてくれた人達全員の為に、精一杯演奏するから」


皆もきっと楽しみにしている。
以前は逆効果だった期待も、今ならしっかりと受け止められる気がしていた。

聴力を失ってから、丸一年。
このライブは、私にとって非常に大きな節目となる。
これはもう、作業じゃなくて演奏なんだ。
精一杯楽しもう。


「んじゃ行くか。遅刻はマズイ」

生徒会はスケジュール管理に忙しいし、あまり迷惑を掛けたくない。
もう思い残すことは無いし……行かなくちゃ。

「ムギ。手貸せ」

差し出された手に、思わず手を伸ばす。
りっちゃんの暖かい手に確かに握られた。

「手を握れば分かるよ。ドラマーとしてどれだけ頑張ってるか」

手を引かれ、そのまま歩き出す。
……こういう時でもやっぱりりっちゃんは人に気を遣っていた。
そういう性質か。



211 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:54:02.22 ID:mnod+MMs0

講堂に着くと、少しの違和感。
窓や扉に分厚いカーテンのような物が取り付けられている。
それも二重三重である。
さらに言えば、講堂に入る時の人物承認も厳重になされているようだ。
言い方は悪いが、まるで危険区域。


「何かあったのかしら……?」

「これからあるんだよ」

そうして、りっちゃんは懐からある物を取り出した。

「ムギ。何も意味は無いからこれを付けて演奏してくれ」

それは耳栓だった。
何も無い、って……どう考えてもそれは有り得ない。
かなり、怪しい。

「えーと、つまりな……」

「良いわよ、りっちゃん。
 りっちゃんは考え無しに何かをするなんてしないもの」

元々耳は聞こえていないのだし、問題は無い。
耳栓なんてするのは、生まれて初めて。



212 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:55:19.31 ID:mnod+MMs0

楽器を運び入れ、檀上へ。
まずは、一曲目。練習を思い出せ。

「ワン・ツー・スリー!」


いつの間にか、皆が耳栓をつけていた。
檀上から見渡す客席。観客はせわしなく動いているように見えた。
塞がれた講堂に、厳重なチェック。入口待機の生徒会の人が持っていた荷物。
最初から見当はついていたのかもしれない。
これが、りっちゃんの策か。

期待したかったけど、もしかしたら駄目なんじゃないかって、それをしなかった。
正直予想は出来なかったし。

振り下ろした手から衝撃が伝わる。
それと同時に、確かに私の体を動かす音を感じた。

唯ちゃんの音が、澪ちゃんの音が、梓ちゃんの音が、りっちゃんの音がする。


一曲目、終了。


振り返る皆の笑顔。
新歓ライブでの皆の顔は、私の目にはこんな綺麗に映っていなかった。
私は大丈夫、ということを伝える為に、こちらもとびっきりの笑顔で返す。



213 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:55:53.89 ID:mnod+MMs0

二曲目、開始。


自分でも分かった。
多分私は、今までの人生の中で一番演奏を楽しんでいる。
まるでそう、空でも飛んでいるようだ。

ははっ、と笑い声が零れる。
まるで初めて音楽に触れたばかりの子供みたいに。
ただ馬鹿みたいに腕を振るっていた。


二曲目、終了。


正直、体は疲れてる。
でも終わりたくない。
この軽音をもっと楽しんでいたい。
今すぐ叩きたくてうずうずしていた。

そんな私の様子を察したのか、澪ちゃんがトーク中の唯ちゃんを制する。


『ごめんね、次行くよ、ムギちゃん』


三曲目、開始、終了。



214 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:56:48.66 ID:mnod+MMs0

後片付けは、それはもう大変だった。
あれが私の為に、私に黙って行われたものだから、何もしないわけにはいかない。

そして、今年の桜高祭は終わりを告げた。


「校長先生に頼みに行ったんだ。
 近隣住民の迷惑にならない程度に、限界まで音を上げられないかって。
 それだけじゃ足りないからって、カーテンと耳栓だったわけだ」

「いきなりでびっくりしたわ」

「あんまり上品なやり方じゃなかったけど……
 ムギが喜んでくれたら、それで大成功だよ」

「ええ。ありがとう」

お世話になったドラムセットに手を乗せる。
また、あの時の感触が甦ってきた。

「お、やるか?」

「出来れば、ね?」


そうして、部室でもう一度ライブを行った。
音量を上げなくても皆の音が分かるような気がして、
本当の意味で一体化しているように感じた。



215 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:58:08.63 ID:mnod+MMs0

「ムギちゃんは、進路どうするの?」

高校三年生。人生において非常に大事な時期。

「ここよ」

資料を見せる。
ちなみに進路指導の先生方に調べてもらったもの。

「……遠いな……」

「大学側の、理解がある所らしくて。
 例えば過去にも聾者のホームステイ制度だってあるぐらいだって。
 福祉学科の学生がノートテイクを受けていて、それの報酬も出るとか。
 耳が聞こえないのは事実だから、こういう選択で行くつもりよ」

志望大学は遠い。
多分、皆とはそう簡単には会う事が出来なくなるだろう。
ただ、普通の大学では周りに迷惑が掛かってしまう。

「私もここにしよっかなぁ」

「はいはい私もそうする!」

そう言い出すのは予想してた。本当にどうかしてる。

「おーいムギ。なんだよその顔」

「進路はもっとしっかり決めて欲しいんだけど……」

「これでもしっかり決めてるよ。ムギと一緒のトコが良い。
 私は本当に頑張って手話覚えたんだからな。
 それが高校卒業したら使い道が無くなる、なんて納得できるか」

凄い台詞を聞いた。



216 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 22:59:21.47 ID:mnod+MMs0

「じゃあつまり、
 りっちゃんは自分の都合で、私と一緒の大学を志望するのね?」

「おうともさ」

「もちろん私もそのつもり!」

えへん、と胸を張る唯ちゃん。
そんな威張った顔で言うことではないけど。
けど、嬉しい。

あくまで自分の為に。
それがたまたま私と同じ進路だっただけ。

「私も、同じだ。
 ムギと一緒の所、受けたい」

澪ちゃんも来てくれる。
皆、一緒。

「あんまり褒められた事じゃないかもしれないけど……
 でもムギと一緒に居たいのは律も唯も、私も同じだよ」

「ふふ、澪ちゃん、珍しいこと言うのね」

「まあな」



217 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 23:00:54.72 ID:mnod+MMs0

彼女達は、私に歩み寄ってきてくれた。
私も同じ気持ち。

「ありがとう、皆……」

「だから偶然同じになっただけだっつの」

幾度となく私を助けてくれて、私に希望を持たせてくれた。
私は、大好きな皆と居られるのが何よりも嬉しい。

これからも彼女達との付き合いはずっと続いていくだろう。
傍にいてくれるだけで、私は大学でも頑張っていける。


「進路も決めたことだし、まずは新歓ライブのことを考えよう!」

「おぉーっ!」

「演奏だけじゃないぞ。このままじゃ梓が一人になってしまうからな」

「まぁまぁ澪ちゃん。私達がしっかり演奏したら、それが勧誘になるわ」


もちろん、軽音も続く。
初めて触れた時よりもっと強く想うようになった。
音の無い世界でも、確かに主張を続けている。
どんどん大きさを増して私の心を打つ音は、これからも続いていくんだ。


                             おわり



218 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/09(土) 23:01:52.01 ID:mnod+MMs0

安易に扱ってはいけない主題でしたがとりあえず終われました

ここまで読んで頂いた方、ありがとうございました




219 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/04/09(土) 23:02:41.40 ID:cJfdMuZro

リアルタイムで見てた
本当に良かった!お疲れ様でした



220 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府):2011/04/10(日) 00:20:03.34 ID:YJThbnE30

乙です 難しい題材だったと思うけど
見事完走!お疲れ様でした
やっぱ、りっちゃんカッコいいわ



221 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/10(日) 03:08:02.95 ID:hsJtsyxIO

色々考とえさせられるSSだったよー
もちろん良かったっす。
原作再開の日に終わるなんて、それもよしかなw
ホント、約3ヶ月お疲れ様でした!





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タイトル:
NO:1658 [ 2011/04/19 19:46 ] [ 編集 ]

最初はこういう話はどうかと思ったけど
おもしろかったし、感動した。

りっちゃんマジ天使

タイトル:
NO:1665 [ 2011/04/21 22:19 ] [ 編集 ]

りっちゃんテライケメン

タイトル:
NO:1867 [ 2011/05/06 13:07 ] [ 編集 ]

3か月という事はちょうど1クールですね。
内容もむやみに広げること無く登場人物も絞り、
その中で皆の心理描写を細やかになされていて
このまま1クールの作品としてドラマかアニメに出来そう。

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