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澪「あのさ律、実は規制がとけたんだ」#3 【シリアス】


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澪「あのさ律、実は規制がとけたんだ」#1
澪「あのさ律、実は規制がとけたんだ」#2
澪「あのさ律、実は規制がとけたんだ」#3



281 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 20:40:24.39 ID:f4uEOrF9O


【唯】

 私は携帯を小さく開いては閉じ、逐一時刻を確認していた。

 12/25という文字の並びにどことなく美しさを感じるけれど、
 
 それももうすぐ終わる。

 あと1分。私は白い息を吐き出して、心を落ち着けた。

唯「……」

 心臓の鼓動が、廊下じゅうに響いているんじゃないかと思うほどに高鳴っている。

 私は胸を押さえつけ、なんとか鼓動を落ちつけようとした。

 こんなんじゃ、和ちゃんに抱きついたときにドキドキしているのがバレてしまう。

和『違うわよっ……なんで憂が私に伝えるのよっ』

 そんな折に、和ちゃんの怒声が聞こえた。

唯「!?」

 夜だから気を遣ってるんだろうけど、ボリュームを絞り切れていない。

 扉の外にいる私にも、はっきり聞きとれてしまった。



283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 20:45:18.88 ID:f4uEOrF9O


 憂と和ちゃんは、いったい何の話をしているんだろう。

 いけないとは分かっていても、私は扉に耳をつけてしまっていた。

憂『お願い、和ちゃん。お姉ちゃんと付き合ってあげて』

唯「……!」

 そして、耳を疑う言葉が憂の口から飛び出した。

 憂は確かに私の気持ちを知っていた。

 けれど、それは和ちゃん本人には伝えないと思っていた。

唯「……」

 頭では分かっている。

 私はここにいてはいけない。

 いますぐ部屋に飛び込んで自ら和ちゃんに想いを伝えるか、

 すぐさま自分の部屋に戻って眠るかしなければいけない。



284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 20:50:21.90 ID:f4uEOrF9O


 なのに、体が硬直して動かない。

 狡い私は、和ちゃんの答えを待っている。

和『私にそっちの気はないの。憂の頼みはきけないわ』

唯「……」

 いや、硬直なんて気のせいだった。

 体はなめらかに動いた。すっと立ちあがって歩き出す。

和『このことは、唯には内緒よ』

和『自分の気持ちを勝手に告げられたあげく、
  知らないうちに振られたなんて……可哀想過ぎるわよ』

 私の背中に、和ちゃんの声が届いた。

 耳を塞ぎながら、すたすたと部屋に戻る。

唯「振られちゃったのかぁ」

 誰もいないベッドに潜りこみ、私は目をかたく閉じた。

 眠れるわけなんかなかったけれど。



285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 21:00:34.41 ID:f4uEOrF9O


 突然、ドアが開く音がした。

 入ってきた鈍重な足音は、不規則。

和「あら唯、眼鏡なんて持ってたの?」

 引き出しの奥にしまっていたはずの眼鏡を、
 
 和ちゃんはどうやって見つけたんだろう。

 私は、そんな関係のない事を頭の中でぐるぐる回した。

和「まぁいいわ。なんにも見えないから、ちょっと借りるわよ」

 和ちゃんの歩調がいつも通りに戻る。

 すたすたと私のベッドまで歩いてくる。

和「失礼するわね」

 そして、ためらいなくベッドに入る。

 和ちゃんが何を考えてるのかわからない。

 もしかして、聞き耳を立てていたのがばれたんだろうか。

 だとしたら和ちゃんは、私を慰めに来てくれたのかな。



286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 21:05:13.99 ID:f4uEOrF9O


唯「……」

 私は身をよじって、和ちゃんから離れた位置に移動した。

 同じぶんだけ、和ちゃんが近づいてくる。

和「ゆ……」

 和ちゃんが何か言おうとして、ひきつった声を上げた。

唯「どうしたの、和ちゃん?」

 平静を装い、私は和ちゃんのほうに寝がえりを打つ。

 その時、初めて気がついた。

和「ゆ、唯……そんな格好じゃ風邪引くわよ?」

 和ちゃんはいま、澪パン眼鏡をかけているんだ。

 私の頭脳がスパークし、高速回転を始める。

 今しかない。



288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 21:11:02.99 ID:f4uEOrF9O


 和ちゃんの惑う視線を感じながら、私はまるで無邪気に笑った。

唯「そうかな、けっこう暖かいよ?」

 実際、布団をかぶると暑いくらいの分厚いパジャマを着ている。

 和ちゃんには見えてないだろうけど。

和「なに言ってるのよ……早く服着なさい」

唯「いいよぉ。和ちゃんであったまるもん」

 私は無遠慮に和ちゃんに抱き着く。

 体がかあっと熱くなって、汗が噴き出した。

和「ちょっ……唯」

 そのままぐいっと体をひねって、無理矢理に和ちゃんを組み伏せた。

和「もう、やめてよ……唯はよくてもこっちは暑いんだから」

 和ちゃんは、無垢の演技。

 そうしていれば、何事もなく終わると思ってるんだろうか。



289 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 21:16:55.50 ID:f4uEOrF9O


唯「いーじゃん、真冬の夜なんだから」

 重たい布団をかなぐり捨てる。

 和ちゃんがきゅっと目を瞑った。
 
 私の裸身を、はっきりと見てしまったのだろう。

唯「暖め合おうよー、和ちゃん」

 私は腕の力を抜いて、和ちゃんに覆いかぶさった。

 私の体と和ちゃんの体が、2枚の布を挟んでぴったりとくっついている。

和「いいから服着なさい。風邪引くわよ」

唯「大丈夫だよ和ちゃん、これは夢だから」

和「……夢?」

 和ちゃんはきょとんとする。

 唐突に言われても信じがたいだろうけれど、私は納得させられる材料を持っている。

唯「うん、だから風邪引かないよ。証拠もみせてあげる」



290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 21:24:20.60 ID:f4uEOrF9O


 私は和ちゃんのかけている眼鏡を外した。

和「えっ!?」

 目はよく見えないだろうけど、色の違いでわかったみたいだ。

唯「不思議でしょ? でも夢の世界じゃよくあることなんだよ」

和「……夢なの、これ?」

唯「そうだよ。和ちゃんが見てる夢」

和「……そうなんだ」

 夢と繰り返して、疑り深い和ちゃんをどうにか納得させることに成功した。

唯「だから、なんにも気にしないで」

 私は暖かいパジャマの袖を掴んで引っ張る。

 反対側も同様に。すこしもぞもぞしてから、私はパジャマを脱ぎ去った。

和「唯……」



291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 21:30:04.15 ID:f4uEOrF9O


唯「せっかく夢の中なんだからさ、色々しちゃおうよ」

唯「幼馴染じゃできないことを、ね? 和ちゃん」

 和ちゃんは、逡巡している様子だった。

 夢の中だって言ってるのに、真面目だなぁ。

唯「ごめん、よく見えないよね。はい、眼鏡」

 和ちゃんにもう一度眼鏡をかける。

 眼鏡に度は入っていなかったと思うけれど、
 
 これで和ちゃんの視界はクリアになったらしい。

和「唯、これは……夢ってことでいいのね?」

唯「だから、何度もそう言ってるじゃん」

和「そう……」

 和ちゃんは、押し倒されて少し乱れた髪を掻いた。

和「こんな夢を見るなんて……」

和「私、唯を意識しちゃってるのかしらね?」



292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 21:36:31.33 ID:f4uEOrF9O


唯「えー? どうなのかな?」

 そんなこと訊かれても、和ちゃんの気持ちなんてわかりっこない。

和「……あら、分からないの。私の夢の登場人物なのに」

唯「へ?」

和「訊いてみたかっただけよ。ごめんね」

 和ちゃんが私の背中に腕をまわした。

 世界がぐるりと一回転した。

和「擬似ふわふわ時間ってわけ……」

 いつの間にか、和ちゃんが私の上で笑っている。

 体は和ちゃんに抑えつけられていた。

唯「えっと……」

和「好きよ、唯」

 気がつけば。私は和ちゃんに唇を奪われていた。



293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 21:40:45.23 ID:f4uEOrF9O


 1秒。2秒。

唯「ん、うっ……」

 2.483秒の柔らかな感触の後、小さな水音を立てて私たちの唇が離れる。

唯「あ……」

和「……」

 真剣な和ちゃんの目。

 私たちはキスを交わしたんだと、見つめられながら自覚する。

唯「いまの……ほんと?」

和「だから夢だってば」

唯「……そっか、夢かぁ」

 私は、和ちゃんの後ろ頭に手を置いた。

 力をいれるまでもなく、和ちゃんの顔が再び降りてくる。

唯「ん……ちゅ」



294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 21:45:27.97 ID:f4uEOrF9O


和「ゆい……」

 和ちゃんが、唇のすきまを割り込んで舌を伸ばしてきた。

唯「のどか、ちゃ……」

 私は舌をくるくると回す。

 ざらついた表側、すべすべの裏側。

 喉の奥にたまっていく、温かでぬるついた液。

唯「んくっ」

 私と和ちゃんが混ぜ合わせた液を嚥下する。

 泡のぷちぷちした感触が喉を楽しませた。

和「……」

 和ちゃんは舌を引っ込めると、2回、軽いキスをした。



296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 22:00:06.79 ID:f4uEOrF9O


唯「や、もっと……」

和「……しょうがない子」

 私がわがままを言うと、和ちゃんはまた唇を合わせて舌を絡めてくれた。

 どうしようもなく気持ちがたかぶってきて、和ちゃんを押し倒したくなる。

 私は、和ちゃんの口の中まで舌を伸ばした。

和「んっ」

 和ちゃんがひるんだ隙をついて、さっきと同じ方法で組み伏した。

唯「えへへ……」

和「危ないじゃない。ちょっと舌噛んだわよ」

唯「平気だよ。夢の中だもん」

 私は乱暴なキスをしながら、和ちゃんの服の裾に手をかけた。



300 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 22:06:34.01 ID:f4uEOrF9O


――――

 夢は目覚めとともに終わる。

 目覚めは夜明けとともに訪れる。

唯「……」

 私は眠っている和ちゃんから、そっと眼鏡を奪う。

 起こさないように慎重にベッドを下り、澪パン眼鏡を机に置いた。

和『擬似ふわふわ時間ってわけ……』

 この眼鏡をかけて、和ちゃんはそう呟いていた。

 和ちゃんも、けっこう私たちの歌を聞いてくれているみたいだ。

 あるいは澪ちゃんに詩を見せられたのかもしれない。

唯「……ほんと、だめなふわふわ時間だったね」

 澪ちゃんが書いた本当の『ふわふわ時間』なら、私はこれから頑張れるのに。



301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 22:12:22.55 ID:f4uEOrF9O


 すごく自堕落なふわふわ時間だった。

唯「……もう、戻らなきゃ」

 ある一夜の明晰夢として、昨夜のことは忘れないといけない。

 私は澪パン眼鏡を再び引き出しの奥に封印すると、棚の陰から紙袋を引き出した。

 その中から、小さなきらきらした箱を取り出す。

唯「ふぅー」

 深呼吸をして、きちんと服を着ていることを確認して。

唯「……のーどかちゃーん!!」

 今一度、心を落ちつけてから。

 私は小箱を手にしたまま、ベッドにダイブした。

和「のえええええええっっ!!?」



302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 22:18:17.68 ID:f4uEOrF9O


唯「もー、折角の誕生日なのにいつまで寝てるの?」

和「唯……びっくりしたわよ」

唯「ほら、寝ぼけてないで! 誕生日プレゼントとかあるんだよ!」

 私は箱の角で、和ちゃんのほっぺたをつつく。

和「わかったから。起きるからつっつかないでよ」

唯「つんつーん」

和「全く……」

 私も和ちゃんも、いつも通り。

 夢の中は夢の中として、現実とは切り離さなきゃいけないんだ。

和「ええと、眼鏡はどこだったかしら」

 和ちゃんが目を細める。

 眼鏡はたぶん、憂の部屋だ。

唯「あ、私が持ってくるよ」



305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 23:15:01.83 ID:f4uEOrF9O


【和】

和「……ありがとう」

唯「どいたしまして~」

 唯はぱたぱたと走って、部屋を出る。

 いつも通りに振舞っているつもりだろうけど、無理をしていることは明白だった。

 今さらだけれど、やっぱりあんなことはしない方がよかったんだろうか。

和「いやいや……何考えてるの、私」

 私はかぶりを振った。

 そもそも何もなかったじゃないか。

和「……」

 でも、これで唯の気持ちは満足するんだろうか?

 唯のしたいことはセックスだったんだろうか?



306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 23:20:32.73 ID:f4uEOrF9O


 あの時は、唯が裸に見えたからそういう風に思ってしまったけれど、

 唯はそんな不純な思いで誰かを愛する人間だろうか?

和「……っ」

 頭が痛い。

 私はもしかして、唯をひどく傷つけてしまったんじゃないだろうか。

和「あ……これ」

 視線を落とすと、私の腿に緑色の箱が置かれているのに気付いた。

 唯が言っていた誕生日プレゼントだ。

 私は手探りでリボンを外すと、蓋を取った。

和「……髪留めかしら?」

 目を細めて、小さなそれに焦点を合わせる。

 きらきらと輝く花が見えた。



307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 23:26:26.92 ID:f4uEOrF9O


唯「和ちゃん、持ってきたよーって……ああっ!」

和「あ、おかえり唯。どうしたの?」

 私のメガネケースを持って戻ってきた唯が、私の手にある髪留めを見て叫んだ。

唯「もー! なんで先にプレゼント開けちゃうの!」

和「おかしかったかしら?」

唯「おかしいよっ! あーリアクション見たかったのにぃ!」

 唯の心情はよくわからないけれど、とにかく憤慨しているのはわかった。

 私は昨日そうしてあげたように、そっと唯を抱き寄せてたしなめる。

和「ごめんなさい……機嫌を直してよ」

唯「え……う、うん」

和「……良い子ね」

 唯の背中を撫でながら、私は唯の小さな唇に近づいた。



309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 23:31:40.78 ID:f4uEOrF9O


唯「は、は……」

 速い呼吸になって、唯は震えている。

 ぼやけた視界の中、じっと私を見つめている唯の瞳だけが、やけにクリアに見えた。

 この時点で私は、私の行為の異常さに気付いていた。

 終わらせた夢を現実に引きずっている。

唯「和ちゃん、だめだよ……」

和「……ん」

 私は唯の悲しみの言葉を無視して、唇を重ねた。

 そうすれば、唯の苦しみを解きほぐしてあげられるような気がした。

 唇が触れあったのはあくまでほんの一瞬だけだ。

 だったら何だ、という話だけれども。

唯「……バカ」

和「唯には負けるわ」



310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 23:35:44.28 ID:f4uEOrF9O


唯「和ちゃん、そろそろ離して……本気にしちゃう」

和「そう……それは楽しみだわ」

 私は唯が逃げてしまわないよう、いっそうきつく抱きしめる。

唯「やめてよっ……」

和「……」

 抱きしめた体を離さないのは、唯にかける言葉が見つからない代わりだ。

 私の言語能力はこんなに拙かっただろうか。

唯「やめて、和ちゃん……嘘つかないで」

唯「離して。なぐさめなんて嫌だよ」

 唯が腕の中でもがき始める。

和「慰めじゃないわ。私のしたいようにしてるだけよ」

唯「嘘つかないでって言ってるのに」



311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 23:40:39.17 ID:f4uEOrF9O


 別に、嘘はついていない。

 なんて口に出したら、「ずるい」と言われてしまうのだろう。

唯「和ちゃん、もう、ほんとだめだから……」

和「いいじゃない。そんなこと気にする間柄じゃないでしょ?」

 唯の体がぶるぶると小刻みに震える。

 仔犬を抱いているようだった。

唯「いやだよぉ……」

 私の腰回りに手を伸ばしては引っ込めるというのを、唯は定まらない右手で繰り返している。

 息遣いは鎖に繋がれた獣のようで、恥も外聞もないといった感じだ。

 これでは、唯が必死に守っているものはとうに晒け出されてしまっているようなものだ。

和「唯、無理しなくていいから」

唯「やだ、やだやだぁっ」



314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 23:45:20.72 ID:f4uEOrF9O


唯「和ちゃんが嘘ついてるんだもん、嫌だよっ!」

和「最初に手を出したのは唯じゃない」

唯「そう、だけど」

和「責任とってもらうわよ……なんてね」

 軽く口をついて出た言葉が思った以上に重く、私はつい誤魔化した。

唯「……う、ぁ」

 唯の睫毛が濡れていることに気付いたのは、苦しげな声が上がってからだった。

唯「ううっ……はあぁ、はぁ」

和「どうしたのよ……」

 鼻水などもろもろを垂れ流しながら、唯はそれでも私を抱きしめ返しはしない。

唯「のどかぢゃん……」

唯「もゔ、もうやめ゙て……」

和「……唯?」



315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 23:50:26.81 ID:f4uEOrF9O


唯「和ちゃんの気持ちくらい、分かってるんだから……」

 唯の言葉が、胸をえぐる。

唯「男の子が好きなんでしょ? 私はただの幼馴染なんでしょ?」

唯「私の知らないとこで……私のこと振ったんでしょ?」

 あぁ、やっぱり聞かれていたんだ。

 私の頭は悠長なことを考える。

唯「和ちゃんを襲っちゃったこと、謝るから……」

唯「もう私に優しくしないで……苦しめないで」

和「……」

 私の知らない唯が、そこにいた。

 出会って13年、ここまで弱りきった唯は初めて見る。



316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/22(水) 23:55:45.97 ID:f4uEOrF9O


 大雨の夜に捨てられた仔犬。

 襷を繋ぎ切った駅伝走者。

 砂漠で遭難した旅人。

 色々あげてみても、唯の力なさは喩えきれない。

唯「お願い……和ちゃんが嘘をつくと私も辛いんだ」

唯「和ちゃんの無理してる姿が苦しいし、襲っちゃわないように我慢しなきゃいけないから……」

和「唯……」

唯「だから、離して……」

和「……無理よ」

 こんなに震えている体を、どうして放っておけるだろう。

 お節介どころかありがた迷惑だろうけど、今だけは唯を抱きしめていたかった。



317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:00:03.96 ID:K6tYb50/O


和「唯が辛い時なのに、私が無理してるなんて言わないでよ」

和「いくらでも無理させてちょうだい。大切な……幼馴染なんだから」

唯「……」

 それからずっと、唯は無言だった。

 唯はいつの間にか眠ってしまい、結局私の言葉に返事はくれなかった。

 昨夜は遅かったから、唯も疲れていたんだと思う。

和「バカよね……」

唯「の、かちゃ……」

和「うんうん」

 私も少し眠くなってきた。

 体をゆっくり倒して、唯ごとベッドに横たわる。



319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:05:22.05 ID:K6tYb50/O


和「……うん」

 やっぱり、奇妙な安心感がある。

 同じ体勢で唯に襲われたばかりなのに。

 私たちは、幼いころから何も変わっていない。

 高校に入ってから唯は変わったと思っていた。実際、変わった面はあるのかもしれない。

 でもそれは、あくまで唯の話。

 「私と唯」だったら、何ひとつ変わってなんていない。

和「おやすみ、唯……」

 私はメガネケースを無造作に転がして、目を閉じた。



320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:10:56.24 ID:K6tYb50/O


【憂】

――――

 12月26日 晴れ 計測不能(ちくしょう)

 お姉ちゃんが和さんと付き合うことになったみたいです。

 私は何も言われていませんが、お姉ちゃんのベッドに残る匂いと形跡、

 それから重なり合って眠るお姉ちゃんと和さんの姿から類推した結果です。

 一度、和さんかお姉ちゃんにきちんと尋ねる必要がありそうです。

 でもお姉ちゃんが笑ってるって事は、きっとそうなんでしょう。

 確かめるのも野暮でしょうか。

 寝ている間に、和さんにヘアピンをつけてみました。

 すごく新鮮な感じです。

 新しい和さんとして、しっかり頑張っていただきましょう。

 ……それと、ここに書くべきことでもない気がしますが、私も梓ちゃんと体の関係を持ちました。



323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:15:21.49 ID:K6tYb50/O


 もちろん私はお姉ちゃんが大好きなんですけど、

 夜中、私の部屋を訪ねた梓ちゃんに「ずっと好きだった」と告白されて、無下にできませんでした。

 私は意志薄弱なんだと思います。

 それから、梓ちゃんも。

 あくまでもセックスフレンドという関係は、最初に梓ちゃんから提示されたものです。

 私たちは女同士だから……と。

 どうして、女の子が好きな私たちまで、
 
 女同士の関係に後ろめたさを感じなくてはならないのでしょうか。

 私は日本人ですが、朝食にはパンです。
 
 米を食べなければ、というプレッシャーを感じることもありません。

 自分の趣向がかたよっていたとして、それを恥じる必要はありません。

 なのにどうして、セックスフレンドでなければいけないのでしょうか。

 愛し合うのではなく、慰め合うことしかできないのでしょうか。

 これは前からでしたが、梓ちゃんがちょっと分かりません。

 『憂の日記#58』より



325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:20:10.28 ID:K6tYb50/O


【律】

 今日もまた、雪が降っているらしい。

 それを知ったのは、私の家を訪ねた和の頭に白い塊が乗っているのを見た時だった。

律「こっちの応答の前にあがりこんでくる奴もなかなかいないぜ」

和「雪が降ってたから……」

律「もはや何も言うまい」

 和の感覚のズレは、今に始まったことではない。

 今のは感覚というよりも、常識の話だとは思うが。

律「で、何だっけ? 唯のことで相談があるって言ってたよな」

 部屋に案内するなり、私はすぐ話を振った。

和「そうなのよ……律、驚かずに聞いてね」

律「お、おう」

 たぶん、心の準備をしても無駄だろうと思った。



326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:25:41.07 ID:K6tYb50/O


和「実は私……唯とセックスしたの」

律「……へぇ?」

 気の抜けた声が出る。

和「想像してた感じのリアクションじゃないわね」

律「ふ、不満かよ」

和「いえ、別に。続けるわね」

 私は和に、そこまで至った経緯を聞いた。

 憂ちゃんから、唯の気持ちを聞かされたこと。

 勢いに押され、一度限りと諫めてセックスをしてしまったこと。

 そして今もまだ、慰めのために唯と付き合っていること。

律「ただれてんな」

 あらかたの話を聞かされた私の口から、正直な感想が飛びだした。



328 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:30:56.09 ID:K6tYb50/O


和「まぁ否めないわね」

律「……どうしてヤっちまったんだよ」

和「どうしてって……」

 和はちょっと答えにくそうにしたけれど、すぐに言葉を繋げた。

和「信じられなかったら信じなくてもいいけど、ちょっと変な眼鏡をかけちゃって」

律「変な眼鏡?」

 それなら、つい最近唯に見せてもらった。

 服が透けるわ、澪のパンツだわ、色々と変な眼鏡なのは間違いない。

 あの眼鏡のことなんだろうか。

和「それを通して見たら、唯が裸に見えて……」

律「ほう」

 やはりアレか。



331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:35:20.98 ID:K6tYb50/O


和「なのに、唯ったらいつもの調子で抱き着いてきて」

律「我慢できなくなったのか?」

和「否定できないわね。もし眼鏡がなかったら、私は唯を拒絶してたかも」

 話を聞いている限り、最初から唯が裸で誘ったとしても、結果は変わってないと思うけれど。

 それが和の思うところだというなら、躍起に否定する必要もないか。

律「ま、つまり唯の体に少なからず興奮してしまったと」

和「そうね。唯の気持ちに応えようって思いが先行していたのは事実だけど」

和「実際、先にキスとか仕掛けたのは私のほうだし」

 聞いていて恥ずかしくなってくる。

 背中を掻きたい。

和「……ごめんなさい、不快な話だったわね」

律「あ、いや……大丈夫だから」

 不快とか言うんじゃない。



333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:45:19.79 ID:K6tYb50/O


律「で……結局相談事ってなんなんだ?」

和「言ったように、私は今も唯と付き合ってるんだけど……」

和「今の関係が正しいのか、正直言って分からないのよね」

律「正しいか、ねえ」

 何だか面倒な悩みのようだ。

和「たとえばよ、律」

律「あん?」

和「同じように澪が律のことを好きだったとして……
  こういうことになりかけたら、律はどうする?」

 私は苦笑した。

 例え話になってないぞ、和。

律「私は受け入れるよ。代わりに澪を失うとしたら、だけどな」

 思えば、私たちの始まりもそうだった。



334 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:50:07.77 ID:K6tYb50/O


和「でも、愛してないのに、女同士でこんな関係を続けるなんて……」

律「んー……」

 女同士で、ってのは挟む必要あるのか?

律「あくまで私の見解だけど……そういうのはいずれ気にならなくなると思う」

和「気にならなくなるって……?」

律「慰めの関係でも続けてるうちに、唯のことを好きになるだろうってことさ」

 私自身がそうだったから。

律「正直、唯とするのはどうなんだ?」

和「なんていうか……重たいわね」

律「下なのか?」

和「そういう意味じゃないわよ。唯の気持ちが重たいの」



335 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 00:55:23.82 ID:K6tYb50/O


和「重たいって言うか、そうね……」

和「ものすごく愛されてるって感じて、
  自分が中途半端な気持ちでいることが申し訳なくなるわ」

律「はぁーへぇー」

 とことん私と同じ道を歩んでるな、和。

律「気持ちよくはないのか?」

和「それは……まぁ、いいわよ。唯はすごく頑張ってくれるし」

律「じゃ、いいんじゃね? とりあえずこのまま続けていけば」

律「いずれ愛着がわき、着がとれて止め処ない愛に変わってるさ」

和「……律」

 和の声色が変わる。

 まずい、語りすぎたか?

律「な、なにかしら」

和「……どうして、女同士って事には何も言わないの?」



336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:01:04.00 ID:K6tYb50/O


律「……」

律「むしろ、何でとやかく言われると思ったんだよ」

和「そりゃあ、普通は恋愛って男女でするものじゃない」

 和らしい答えだ。

 きっと、同性愛なんて考えてみたこともないんだろう。

律「それは固定観念だよ。恋愛ってのは、人間同士でするもんだろ」

律「男だとか女だとか以前に、その人間が好きなのかって話だ……和もそうだっただろ?」

和「……ほんとだわ。よく考えてるのね、律」

和「普段から考えてるの? そういうこと」

律「ましゃか」

 ここで私は思ったのである。

 私、けっこう前から和の敷いたレールをトロッコで激走してるんじゃないかなって。



338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:06:06.15 ID:K6tYb50/O


和「それにしては、まとまった意見だったけど」

律「そうか……? まぁりっちゃんは頭脳明晰ですから」

和「……少なくとも、私には正直に話しても大丈夫だと思うわよ?」

律「ナン=ノコト=ヤラ(2005~ インカ帝国)」

和「……マンコ=クァパァック」

律「そんな無理のある発音するな。私が悪かったから」

 私は和に、澪との事を洗いざらい話した。

 和の顔に驚きはない。

 もしかしたら2年の時にでも、澪は口を滑らせていたのかもしれない。

 誰にも言えない関係。

 そんなものを7年も抱えていたら、そりゃあ饒舌にもなるものだ。

律「……というわけで、人から人へ伝わっていくのでした。終わり」

和「言わないわよ」



339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:10:32.67 ID:K6tYb50/O


律「まぁ、そういうわけだ……」

和「なんだか私たちと似てるわね」

律「うん……最初は悪ふざけのつもりだったんだけどさ。
  1年も経つ頃には、むしろ私の方が強く好きになってた」

和「まさかのノロケ」

律「和が訊いたんだろっ」

和「そうだったわね。まぁそれはどうでもいいのよ」

 どうでもいいって和さん。

 こちとら結構がんばって子供のころの澪の声真似やってたんですけど。

 あぁ、尚更どうでもいいな。

和「あの眼鏡について、律の知っていることを教えてもらえるかしら」

律「うわ……それもバレてるのか」

 確かに、服が透けるなんておかしな眼鏡の話に
 
 私が食いつかないのはおかしかったかもしれない。



340 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:15:10.78 ID:K6tYb50/O


律「あっ、そういえば……」

和「どうしたの?」

律「あの眼鏡について、
  分かったことがあれば唯に連絡するよう言われてたんだけど」

律「すっかり忘れてた……」

 せっかく澪の家でインターネットを借りて調べたのに、
 
 セックスしたらすっかり頭から飛んでしまったらしい。

和「……まぁいいわ。とりあえず教えてよ」

律「うん。アレはまんま、透明メガネって呼ばれてる代物でさ」

律「いっぺん裸を見たことのある相手は全員、レンズを通して見ると裸になる」

律「単にそれだけのものだな。
  まぁ、アングラな掲示板で聞いただけの都市伝説だけどさ」

和「ならそれ自体ウソだったり、他に機能があったりするわけね」

律「そうだな。一つの目安にしかならないよ」



341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:20:48.31 ID:K6tYb50/O


和「そういえば、その情報は律しか知らないのよね?」

和「唯はこの眼鏡についてどれだけ知ってるの?」

 私は数日前の唯との会話を思い出す。

律「えっと確か……親しい人間が裸になると思ってるみたいだな」

律「でも唯も、何かしら情報を仕入れてるかもしれないぜ」

和「そうね。律の知らないことも……」

 私はふと疑問に思った。

 和はなぜ、あの眼鏡にこだわっているのだろうか。

律「和……透明メガネがどうかしたのか?」

和「別になんでもないのよ。……ただ」

 和は口ごもる。

和「試したくなったの。色々と、ね」



342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:25:59.83 ID:K6tYb50/O


【和】

――――

 夜、私は勉強の手を止めて、窓の外を見た。

 雪はまだ止まない。

 ただ、明日からは年末年始で予備校も閉まっている。

 電車の心配は必要ない。好きなだけ降ってくれてかまわない。

 世の中には、年末年始にこそ強化合宿を行う予備校もあるらしいが、

 私の通う所はそんなゴリ押しと言うべきやり方はしない。

 受験は長期戦だ。そして、勝負はまだまだこれからだ。

和「ん?」

 机に置いた携帯が震え、やかましい音を立てる。

 ディスプレイの上部に『唯』の字が見えた。



343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:30:20.54 ID:K6tYb50/O


唯『明日、和ちゃんちに行っていい?』

 唯からのメールにしては、やけに簡素だった。

 付き合いだしてからは、もっぱらこんな感じだけれど。

和『いいわよ。いつでも来て』

和「……それから」

和『あと、来るならあの眼鏡を持ってきて』

 10分ほどして、返事が来る。

 少し遅い。

唯『わかったー』

 そういえば、唯から遊びの誘いを受けるのも久しぶりかもしれない。

 キスもセックスも、持ちかけるのは私のほうだ。

 唯のほうも、いざその時となれば情熱的なのだけれど。

和「もしかして私……唯に避けられてないかしら」



344 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:36:07.92 ID:K6tYb50/O


和「……まさかね」

和「私のことを好きだって言ったのは唯なのよ」

和「……あれ?」

 私、一度でも唯に好きだと言われただろうか。

 眼鏡がずり落ちて、ノートの上にぽとりと着地する。

和「……唯を襲ってたのは、私の方だったり?」

和「そんなことないわよね、そんなこと……」

 まだ早い時間だったけれど、私は思考をやめるためにベッドに向かった。

 電気を消し、暗がりの中。

 ひっくり返された亀のごとく、天に腕を伸ばす眼鏡を眺めて、私は決意する。

和「うん……」

 準備はすでに整っている。

 私は、明日唯に会えるのを楽しみにして、目を閉じた。



345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:40:08.72 ID:K6tYb50/O


【唯】

 結局、眠れないまま朝が来てしまった。

 和ちゃんは「いつでもいい」って言ってたけど、

 夕方や夜はしんみりするから、日の出てるうちがいい。

憂「お姉ちゃん、朝だよ」

 いつものように、憂が布団を剥がして私に抱き着く。

憂「ん……6度8分だね」

唯「ねぇ、憂……」

憂「? なあに、お姉ちゃん?」

唯「……和ちゃんと、別れることに決めたよ」

 いまの憂は35度7分ってところかな。



347 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 01:50:36.16 ID:K6tYb50/O


憂「え……どうして?」

唯「和ちゃんは……無理して私と付き合ってるから」

唯「……キスしてもえっちしても、あんまり嬉しくないんだ」

唯「好きでもないのに私に付き合わされる和ちゃんが……かわいそうだよ」

 憂は私の背中をやさしく撫でた。

憂「お姉ちゃん、朝ごはんできてるよ」

唯「……うん。食べるよ」

憂「好きなジャム塗っていいからね」

 憂が、私をじっと見つめていた。

憂「ううん。おいしい朝ご飯にするために、
  お姉ちゃんは自分でジャムを塗らなきゃだめ」

憂「私には、いつも通りイチゴジャムがいいのか、
  たまにはブルーベリージャムで食べたいのか分からないから」

唯「うい……」

憂「きっと恋も同じだよ、お姉ちゃん。おいしくしたいなら、手間を惜しんじゃだめ」



348 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:00:07.97 ID:K6tYb50/O


唯「そうだね……」

 憂の言いたいことはわかった。

唯「いつもありがとう、憂」

憂「ううん。お姉ちゃんには幸せになってもらわなきゃ」

 本当に、憂には感謝してもしきれない。

 感謝以上に、申し訳なさが立ってくる。

唯「……憂」

唯「ほんの……心ばかりのお礼だよ」

 私は憂の唇に、覚えたてのキスをした。

憂「あは……」

 真っ赤になった憂の顔。

 少しは私の感謝の気持ちが伝わったかな。



349 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:05:13.55 ID:K6tYb50/O


憂「ほ、ほら! パン固くなっちゃうよ!」

唯「うん、そうだね」

 憂は私の体を離して、ばたばたと1階に降りていく。

唯「……ふふっ」

 私ももそもそとベッドから降りて、部屋を出た。

 トーストの香ばしい匂いが、私の鼻腔に届いた。

 リビングに着くと、憂がパンにマーガリンを塗っていた。

 私はやっぱりイチゴジャムかな。

 スプーンで瓶からたっぷりジャムをとり、トーストに塗りたくる。

唯「おー、ええ匂いやぁ」

 外はかりっと、中はもっちりのパンにかぶりつく。

 甘酸っぱいイチゴジャムの、ツブツブした舌触り。

唯「おいしい……」



350 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:11:35.65 ID:K6tYb50/O


――――

唯「じゃあ私、和ちゃんのところ行ってくるね」

憂「うん。頑張ってきてね!」

 私は澪パン眼鏡と替えの下着をかばんの深くにしまって、和ちゃんの家に向かう。

唯「そう、頑張らなきゃ」

 和ちゃんが私を好きじゃないっていうなら。

唯「よしっ……」

 まず好きにさせてみせる。

 そのための努力もせずに、拗ねて「別れる」なんて。

 それこそ、和ちゃんがかわいそうだ。

 なんにもしないで、ただの私を好きになってもらえるはずがない。

 最初から両想いの恋愛ドラマなんて、見る価値がない。

唯「行ってきます!」

 私は勢いよく玄関から飛び出した。



351 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:16:26.30 ID:K6tYb50/O


 和ちゃんの家までは、歩きでもまったく時間がかからない。

 幼いころにもよく通った道だ。

 そういえば、出会ったころはまだ友達としての好きだった。

 それが小学校に入ってすぐに歪曲して、恋にかわっていって。

 ほっぺたにキスをしても冗談にとられてしまうくらいに子供のころから、

 私は和ちゃんを愛していた。

唯「へへ……」

 真鍋と表札のかかった家の前にたどりつく。

 インターフォンを鳴らさなくていいのは幼馴染の特権だ。

 「あら唯ちゃん、いらっしゃい」

唯「こんにちは、おばさん。和ちゃんは部屋ですか?」

 「ええ。あとでお茶もってくわね」

 勝手に上がり込んでも、こんな具合だ。

唯「あ、お気遣いなく。持ってきてますから」



352 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:20:16.18 ID:K6tYb50/O


和「そうそう、この間そんな感じで律の家に上がり込んだら呆れられたわ」

唯「それは当たり前だと思うな」

 和ちゃんのズレ具合を確認してから、眼鏡を手渡す。

和「ありがと。……あら、素敵なデザイン」

 あの時は暗くて見えなかったんだろう。

 和ちゃんは初めて見た澪パン眼鏡にうっとりしていた。

 人とはズレてる所を自覚してほしいとも、可愛いとも思う。

唯「欲しかったの?」

和「いや、そうじゃないのよ……唯にこの眼鏡かけてもらおうと思って」

唯「えぇっ?」

 予想もしなかった提案だった。

 どういうつもりで和ちゃんは言っているんだろう?



353 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:25:14.07 ID:K6tYb50/O


唯「ど、どうして? 私はかけなくても……」

和「……えっと」

 和ちゃんは紅くなった頬を指先で掻いた。

 照れたときの癖だ。

和「その、なんていうか……私も唯に襲われたいのよ」

唯「……なんとまぁ」

 驚いたことに、和ちゃんの目は嘘をつく時の目ではなかった。

和「それで、変な話……裸を見てたら、唯も我慢できなくなるかなって思って」

唯「だから私に眼鏡を?」

和「そ、そういうわけよ」

 和ちゃん、その真っ赤な顔に赤いフレームの眼鏡は似合わないよ。



354 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:35:33.33 ID:K6tYb50/O


 私は和ちゃんから赤い眼鏡を奪う。

和「あっ、何するのよ」

唯「そういうことなら、この眼鏡をかけるのは和ちゃんのほうだよ」

和「へぇっ?」

 すっとんきょうな声をあげる和ちゃん。

 今の私は、けっこう意地悪な顔をしていると思う。

唯「襲って欲しいなら、そうと言ってくれたらいいのに」

唯「和ちゃんがいいんだったら、思いっきり犯しちゃうよ」

和「ひゃ……」

唯「その声もかわいいよぉ、和ちゃん!」



356 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:42:17.81 ID:K6tYb50/O


 腕ずくで和ちゃんをベッドまで引きずると、体重で押し倒した。

唯「気持ちに変わりはない?」

和「ええ……」

和「やって、唯」

唯「夢中にさせてあげるね」

 囁いて、和ちゃんの耳をはむ。

和「ン……」

唯「これからは……私からもいっぱいするよ」

 和ちゃんは恥ずかしそうに笑いながら、私の頬にキスを返す。

唯「だから、好きになって……」

和「……それはいずれ、ね」



357 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:48:45.00 ID:K6tYb50/O


唯「……うん」

 和ちゃんの答えに胸がしめつけられて、私は初めから舌を出してキスをする。

和「ん……はっ」

 口の中を隅々まで犯されて、和ちゃんは息苦しそうにも悶えた。

 可哀想だから、一度唇を離してあげる。

 和ちゃんは荒く息を吐きながら、私を見つめてつぶやく。

和「イチゴジャム?」

唯「えへっ。正解」

 私はイチゴ味をすっかり吸われつくした舌を、ぺろりと出した。

和「……唯。その日は遠くないわね」

 和ちゃんは舌舐めずりをして、恍惚とした表情で予言した。



358 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 02:55:11.23 ID:K6tYb50/O


【憂】

 1月23日 くもり(心は晴れですけどね) 37.1℃

 お姉ちゃんが和さんに愛の告白をされたそうです。

 お姉ちゃんはすごく嬉しそうにこれまでのことを語ってくれて、

 私も一緒に泣いてしまいました。

「ぜったい幸せになるからね」

 と私に約束したあと、

「まあ既に幸せなんだけどね」

 と笑っていました。

 違うよ、お姉ちゃん。

 これから不幸になってしまうかもしれないんだよ。

 私はまだ、お姉ちゃんを見守っていく必要がありそうです。



359 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:00:09.24 ID:K6tYb50/O


 2月14日 晴れ

 梓ちゃんが古い歌謡を歌いながら、キスしてきました。

 問題は、それが軽音楽部の部室で行われたということです。

 チョコケーキ作りは私も手伝ったので、皆さんの感想も聞いてみたかったので

 梓ちゃんに誘われて部室を訪ねたら、
 
 それはもうアサシンのような超スピードで「チュ」でした。

 そんな現場を皆さんに見られてどうなるかと思いましたが、

 そこで私は、軽音楽部が全員レズビアンだということを初めて聞かされたのでした。

 女子高といえど、お姉ちゃんにとってここまでの楽園はなかったでしょう。

 そして、これからも無いと思います。

 世の中には、同性愛者を毛嫌いしている人もいるはずです。

 そういう人に出会った時、お姉ちゃんはどう対応するんでしょう。



360 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:06:12.93 ID:K6tYb50/O


 男が好きだと嘘をつくんでしょうか。

 和さんはただの幼馴染と言ってしまうんでしょうか。

 そうしてお姉ちゃんが傷ついた時、
 
 私はどうやってお姉ちゃんを慰めてあげられるんでしょうか。

 いずれにせよ、同性愛を否定する人が誰もいない軽音楽部という環境は、

 お姉ちゃんのこれからを考えたら、あまりにもぬるま湯に浸りすぎています。

 こんなこと、私も言いたくありません。

 せっかく幸せの絶頂にいるお姉ちゃんを、傷つけてしまうでしょう。

 ……この話をするのは、もう少し後でもいいかもしれません。

 卒業したら……そう、お姉ちゃんが卒業してから、
 
 このことについて話し合うことにしましょう。

 それまでは、敵のいない幸せな環境を満喫するべきです。



361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:12:15.97 ID:K6tYb50/O


 2月17日 晴れ

 お姉ちゃんと軽音楽部のみなさんが、そろって第一志望に合格しました。

 和さんは同じ大学ではありませんが、
 
 こっちの地方の国立大学を受けて、現在結果を待っているところです。

 お姉ちゃんとルームシェアするのが夢だとか。

 その日が来たら、私とお姉ちゃんも離れ離れで暮らすことになります。

 寂しいですけど、これはいつか訪れるべき別れですから、駄々をこねても仕方ありません。

 お姉ちゃんを困らせてしまいます。

 ……しっかりしなきゃ。

 最後の日まで、笑顔でいなきゃ。

 でも、一人の時くらい、泣いちゃってもいいですよね?

 手が震えてしまうので、ここまでにします。



363 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:18:10.45 ID:K6tYb50/O


 3月1日 くもりのち雨

 今日は桜ケ丘高校の卒業式でした。

 お姉ちゃんたちが留年するなんてことはもちろんなくて、

 皆さん揃って卒業です。

 お姉ちゃんが、私と離れるのが嫌だと泣いてくれました。

 卒業してしまうことのすべてが、お姉ちゃんだけでなく、私も梓ちゃんも、

 澪さんも律さんも紬さんも、嫌で嫌で仕方なかったと思います。

 とてもじゃないですけど、卒業おめでとうございます、とは言えませんでした。

 ハレの日に、お祝いできなくてごめんなさい。

 予報によれば、雨は明日も降り続けるらしいです。

 私たちの街を涙雨に濡らして、皆さんは去っていってしまうんでしょう。

 澪さん、律さん、紬さん、さようなら。

 とても楽しかったです。



364 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:25:04.16 ID:K6tYb50/O


 3月27日 晴れ 36.8℃(元気でね)

 日差しがぽかぽか暖かい日でした。

 もうすっかり春が来ている感じです。

 でも、夜になるとさすがに冷えてくるでしょうか。

 どんなにあったかくしても、手が震えてしまいます。

 すごくさむいよ、お姉ちゃん。

 おふとん取ってもいいから、今日も一緒にねようよ。

 うるさいなんて言わないから、ギー太をひいてよ。

 ごめんなさい、聞き分けがなくて。

 でも電話で声を聞いたら、ちょっと楽になりました。

 ありがとう。大好きだよ、お姉ちゃん。

 さよなら、お姉ちゃん



367 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:30:36.39 ID:K6tYb50/O


 4月5日 晴れ

 お姉ちゃんがいないなら、もうこの日記を書くことはないと思います。

 それにしても壮観ですね。

 子供のころからの私の気持ちが、クローゼットの奥に57冊並んでいます。

 読み返してみたら、ほんとうにいろんなことが書いてありました。

 一緒にビニールプールで遊んだこととか、
 
 お風呂に入ったこととか、映画を見たこととか。

 初めて作った料理をおいしいって言ってもらったり、
 
 ぴかぴかに掃除した床でごろごろしてもらったり。

 あとは、お姉ちゃんにオナニーを教わったこととか、
 
 眠ってる間にキスしちゃったこととか。

 すべてのページに、私の幸せが詰め合わせになっていました。

 でも、この幸せはもう、和さんにバトンタッチです。

 和さん、バトン落としたら怒りますよ。

 ……それじゃあ、これも仕舞っておきましょう。

『憂の日記 58巻 ~今日からずっと~』より部分抜粋



369 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:35:50.72 ID:K6tYb50/O


【唯】

――――

 私と和ちゃんが出会ってから、19年が経った。

唯「……」

 今日は私たちの結婚式だ。

 といっても、私の部屋で小さなパーティを開くだけだけど。

 ウェディングドレスだって着れないし、昔の友達も呼べない。

 チャペルもなければウェディングベルもなく、
 
 せいぜいライスシャワーが1キロ用意されているくらい。

 あ、でもケーキだけはムギちゃんが特大のを頼んでくれたって。

律「よぉ、唯」

唯「りっちゃん」



370 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:40:29.81 ID:K6tYb50/O


 花嫁の控室……まぁ洗面所に、りっちゃんが顔を出しに来てくれた。

律「おっ、綺麗なかっこだな。誰かと思ったよ」

唯「えへへ……一生に一度の日だからね」

律「幸せそうだこと」

 実際そうなんだけどね。

 りっちゃんの手前、軽々しく答えることはできなかった。

唯「……澪ちゃんは、どう?」

律「まだ寝てるよ。今回は深かったらしいし」

律「ま、命に別条なしってことで、今日は呑気に来させてもらったよ」

唯「……」

律「コラ。花嫁が暗い顔してんなよ」



372 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:45:56.74 ID:K6tYb50/O


 りっちゃんと澪ちゃんは、すごく苦しい生活を送っている。

 二人とも宅配会社の荷運びだけれど、
 
 澪ちゃんが半年に1回くらいは自殺未遂をしているみたい。

 一度、りっちゃんも一緒に心中しようとした時もあった。

 ムギちゃんがサプライズ訪問という名の覗きを企画していなければ、
 
 どうなっていたやら分からない。

唯「ごめんごめん」

律「心配すんなよ、唯たちはうまくいくから」

 無責任な言葉ではあったけど、仲間に言われると心が軽くなる。

律「んじゃ、式が始まるまでスリープインザこたつしてるわ」

 疲れてるんだろうな。りっちゃんは腰をひねって、居間に戻っていった。

唯「うん。ゆっくりしてて」

 式が始まるまでは、まだ結構な時間がある。

 私も腰を伸ばしてだらけていると、再び洗面所のドアが開けられた。



373 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 03:50:26.99 ID:K6tYb50/O


梓「こんにちは、唯先輩」

唯「あずにゃん!」

梓「今日はおめでとうございます。……それだけ、伝えに来ました」

 あずにゃんは申し訳なさそうに肩をすくめた。

唯「え? 帰っちゃうの?」

梓「まぁちょっと、気まずいというか……」

唯「……まだ仲直りできてないんだね」

 あずにゃんと憂が付き合っていたのは知っていた。

 そして、ずいぶん前にあずにゃんの浮気が原因で別れたことも。

唯「憂が一人になった時に、支えてくれたのはあずにゃんだよ」

唯「……ありがとう」



374 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:00:23.56 ID:K6tYb50/O


梓「でも、私は……結局は憂を傷つけましたから」

唯「……そうかもしんないね」

唯「あずにゃん。けどさ、私は憂とあずにゃんが仲直りできるって信じてるよ」

梓「そう、ですか……ありがとうございます」

 あずにゃんはペコリと頭を下げた。

梓「それじゃこれ、おいしい鯛焼きです。
  電子レンジであたためなおしてもイケますよ」

唯「おーおー、めでたいやき。ありがたや……」

梓「ふふ……では失礼します」

唯「うん。また会おうね、あずにゃん」

梓「はいっ」

 あずにゃんは未練がましそうに振り返った後、
 
 駆けるような足取りで私たちの部屋を出ていった。



376 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:05:16.41 ID:K6tYb50/O


 30分ほどして、洗面所のドアがノックされた。

唯「はい?」

 ドアを開けたのは、和ちゃんだった。

 今日の眼鏡は昔と同じ、赤いアンダーリムにしてもらった。

和「行くわよ、唯」

和「……真鍋唯」

唯「うん、和ちゃん」

唯「私のお嫁さん」

 ムギちゃんのキーボードが聞こえてくる。

 おなじみ、ワーグナーの結婚行進曲だ。



377 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:10:46.44 ID:K6tYb50/O


 私は和ちゃんの腕につかまって、一歩一歩をたしかめながら歩いた。

 赤なのか茶色なのか、微妙な色の絨毯がふかふかする。

 絨毯が続く先には、いつか見たりっちゃんの照れ笑い。

 今やムギちゃん系列の高級レストラン切り盛りするほど、
 
 料理が得意な妹が作ったフレンチ。

 満面の笑みで、結婚行進曲を奏でるムギちゃん。

 私は和ちゃんの顔を見上げた。

 眼鏡越しに、視線が合う。

唯「えへへっ」

 私は前を見ることにした。

 あと一歩で、リビングとの境目。

 和ちゃんと一緒に踏み越えた。

 ――新婦、入場。


 おわり。



379 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:16:58.80 ID:K6tYb50/O


 湯気をたてる2杯目のココアをそっと啜って、唯は紙束をテーブルに置いた。

「なんていうか……」

 そして、やや口ごもってから意を決したように、

「メガネあんまり関係なかったね!」

 ツッコミを入れてきた。

「最後まで読んで感想がそれ!?」

「だってなんか凄く気になっちゃって……」

「この変態」

 私だって、自分の文章がけして上手でないことは自覚している。

 だから、ツッコミどころはいくらでもあって当然だ。

 ただ、唯が「この物語の唯」に
 
 自分を投影できていなかったら、それは大問題なわけで。



381 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:20:29.04 ID:K6tYb50/O


「……で、どうだった?」

 唯がこの物語を通して、唯自身のこれからを考えてくれなければ困る。

「だからメガネが……」

「そこ以外でだ!」

「おい、頼むぞ唯、まさかずーっとメガネのことばっか考えてたりしないよな?」

 私は唯の手を握った。

 唯は天井を見上げて、すこし唸る。

「この物語の後、私たちはどうなったの?」

 それは一応、作品のうちに書いてある。

 きっと唯には分からないだろうし、
 
 実際にそうなっていくかどうかは決まってなんかいないけれど。

「それをはっきり書いたら、唯の判断に影響を与えてしまうだろ」

「背中を押したらその先は崖だった……なんてことだってあるからな、私たちの道は」

「……そっか。私が考えなきゃいけないね」



382 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:25:51.70 ID:K6tYb50/O


「唯はこの二人、どうなると思う?」

「うーん」

 唯は顎を撫でてしばし考え込む。

「……まぁ、幸せになると思うな」

「ほぉ、どうして」

「私と和ちゃんだから」

 自信たっぷりに言い放って、唯はココアを飲む。

「……そう思うならさ」

 和に告白してみたらどうだ。

 続けようとした言葉は、あるイレギュラーによって遮られた。

 唯の表情を見ていると、言う必要もなかったように感じるけれど。

「あら、唯に澪。こんなところで会うなんてね」

 真鍋和である。



383 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:30:05.06 ID:K6tYb50/O


「あれっ、和ちゃん」

「奇遇だな」

 私は平静を装う。

 和が現れた以上、唯と和についての話は続けられない。

「せっかくだからご一緒していいかしら?」

「ああ、座っていいよ。いいよな、唯」

 私は「スペースを空けるための気遣い」みたいな感じで
 
 さりげなく紙束をバッグにしまった。

「うん、いいよ」

 唯の許可を得て、和は唯の隣に座る。

「よっと……唯、なんの話してたの?」

「私と和ちゃんが結婚したら、きっと幸せになれるよねって話してたんだ」

 バカという言葉の限界を見た。

 唯は筆舌に尽くしがたいバカだ。



385 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:35:12.86 ID:K6tYb50/O


「あっ、えっと和……ただの例え話だからな?」

「……唯、どういうこと?」

 和はとにかく真剣な表情をしているばかりで、思考はまったく読めなかった。

 私の声はまるで届いていないらしく、眼鏡の奥の鋭い目で唯を見ている。

「そのまんまの話で、
 私と和ちゃんが結婚したらどうなるかなーって考えてたんだ」

「で、よく分かんないけど……たぶん幸せになれるって思った!」

「ふぅん……」

 和は紙ナプキンを数枚引っ張り出して、鼻から下を右手で覆い隠した。

 鼻水でも垂れたのかと思ったが、いっこうにその体勢が変わらない。

「でも、どうしてそんな話に?」

「そうそう、それなんだけどさ。私、和ちゃんに恋愛感情を持ってるんだよね」

 和の手の中で、なにかがはじける音がした。

 ややあってから、真っ赤になった紙ナプキンがぼたりと机に落下する。



386 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:40:03.73 ID:K6tYb50/O


「血コワイ和コワイ血コワイ和コワイ……」

「え、ちょっとまって」

 無駄だ和。幼馴染なら分かるだろう。

 このバカはもう止まらないんだ。

「でもさぁ、和ちゃんとはたぶん違う大学に行くことになるから、
 仲良くなくなっちゃうかなって……」

「で、だったら告白して付き合って、
 幼馴染より強固な関係を築くべきだって、澪ちゃんがアドバイスしてくれたんだ」

 和が私のお冷のコップを奪い取る。

 一発芸、トマトジュース製造中とでも言うつもりか。

 ほんとに勘弁して。



387 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 04:45:42.44 ID:K6tYb50/O


「……澪、悪いけど唯を持って帰っちゃっていいかしら」

「勝手にしてくれ」

 和は鼻を押さえながら、唯の襟首を掴む。

「財布置いとくから、唯のぶん抜いといていいわよ」

「せっかく会えたから今言うね。
 和ちゃん、子供のときからずっとずっと大好きだったよ」

 トップスピードに達したチーターのような速さの和に引きずられながら、
 
 まだ唯はなんか言っている。

「……うん」

 とりあえず私は、唯が置いていったココアに口をつける。

 なんだか胸の辺りがほっこりする。

 ホットココアはごく手軽な現実逃避の手段だ。

 お試しあれ。



388 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 05:00:22.13 ID:K6tYb50/O


「そもそもアレだな」

 いつの間にか掃除されたらしいが、わずかに残っている血痕を眺めつつ私は思考する。

「私たちが知り合いに会わないよう選んだこの喫茶店に」

「和が単独でやって来ること自体おかしいんだよな」

 つまり導き出される答えは一つ。

「和……唯をつけてたな?」

「そして、おおかたメガネがどうこう言ってるから気になって接触したら」

「ああああ唯かわいいよおおおうわあああああん……というわけか」

 ココアを飲みほして、私は和の財布を手にカバンを持つと、レジに向かった。

「540円になりまっす」

「540円……
 諦めかけていた恋が成就する対価としては安すぎるとは思わないか? ほれ」

「460円のお釣りになりまっす」

「とっておいていいぞ」

「いいから早く受け取れ」



390 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 05:05:27.92 ID:K6tYb50/O


――――

 またその翌日。

「どうしたんだよ」

 私はつっけんどんに言った。

 二人しかいない夕暮れの部室で、私と向き合っているのは律。

「今日の唯と和の話、澪も聞いてたよな?」

「付き合いだしたんだってな」

 私は教室で聞いた唯たちの話を最大限要約した。

 何回したとかいう報告はいらないっつうの。

「なんで興味なさそうなんだよ」

「そりゃあ興味はあるけど、詮索するようなことじゃないだろ?」

「そういう問題じゃない。
 唯と和が付き合いだしたってことに、何の感想も抱かないのかよ」

 律の態度は、怒っている時に似ているようにも見えた。



391 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 05:11:01.27 ID:K6tYb50/O


「……素直におめでとう、と思ってるけど」

「けど?」

「いや、別に……」

 沈黙が始まる。

 どこかでつぶれた空き缶が寒風に転がされている音が聞こえる。

「……」

「……澪、怒ってるのか?」

 どうして急にそんな話になるんだろう。

「怒ってないよ。なんで?」

「私が……澪に言わせようとするから」

 律の言っていることが、良く分からない。

 そんな強要をされた覚えはない。



392 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 05:16:20.92 ID:K6tYb50/O


「何のことだ……?」

「……もしかして澪、本当にわかってないのか?」

「さっぱりだよ」

「……桃とパインのジュース」

 律はぼそっと呟いた。

「この間、律の家に行った時に出されたな」

「それだけ?」

「それだけじゃないのか?」

 あからさまな失望の色をなした溜め息。

 しかし、表情にはどこか安堵が見られる。

「そうか、なんだ……気付いてないだけだったか」

「なにか意味でもあったのか?
 なら……どういう意味なのか、教えてくれよ」



393 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 05:21:19.38 ID:K6tYb50/O


 律はひとつ咳払いをして、わざわざホワイトボードにパイナップルと桃を描いた。

 なんでも形から入るのは、律の特徴と言える。

「いいかね、澪くん。まず桃といえばどんなイメージだい?」

「……繊細だよな。すぐ痛むし」

「その通り。という訳で桃とは私だ」

「……」

 うん。叩くのはオチまで待ってやろう。

「となるとパイナップルはどうだ?」

「固いイメージがあるな。表面なんかもけっこうトゲが立ってる」

「そう、さらに果肉も凶悪だ。食べまくってると舌とか切れるから気をつけるのだな」

「いてーんだよアレほんと……」

「……」

「というわけで、パイナップルは澪だ」

 だろうと思った。



395 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 05:25:21.33 ID:K6tYb50/O


「本来ならばこの二種、まったくもって相容れない」

「同じバスケットにぶち込んだりしたら、あっという間に桃ちゃんズタズタ」

 下に「みお」と書かれたパイナップルのヘタが伸びて、

 「律」と書かれた桃をブスブスと刺していく。

「そんなこともないと思うけど……」

「いや大ありだね。むしろそれ以外ない」

「なんだその自信」

「そこで私は桃とパインが共生するための究極体を考案した」

 律がホワイトボードに2つのグラスを描きこんだ。

「それでジュースか……」

 こくりと律は頷いた。



396 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 05:30:14.85 ID:K6tYb50/O


「……」

 私がパイナップルで、律が桃だとして。

 じゃあ、その置き換えはどういう意味をなすんだ?

 鍵になるのは、律が考えた、果汁100%のジュースという在り方。

「もしかして律ってさ」

 果物から甘露だけを絞り出した、果実の濃密な楽しみかた。

 それは律が私に傷つけられなくていい、私も律を傷つけなくていい方法なわけで。

 ふたりでジュースになって、甘ったるくとろけるっていうわけで。

 どんなことを示しているのか、私だって分かる。

「そうだよ」

「澪のことが好きなんだ」



399 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 05:35:54.59 ID:K6tYb50/O


 はっきりと放たれた、律の告白。

「……律」

「ごめんな。やっぱり私から伝えたかったんだ」

 律は俯いて目をそらす。

「けど、やっぱ言えなくて……それなのに澪にあんなの読まされちってさ」

「なんか、焦っちゃったっていうか。後出しでずるい気がして、言い出せなかった」

「おい。アレの意味気付いてたのか」

「ごめんごめん……流石に分からないほどバカじゃないって」

 照れ臭そうにはにかんで、律は後ろ頭を掻いた。

 そして、ふいに真剣な表情になる。

「でも、唯と和が付き合ったって聞いて……
 そういう問題じゃないって思ったんだ。意地張ってる場合じゃない」

「私は澪が好きだ。それから、この気持ちを抑えることもできない」



400 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/23(木) 05:40:22.24 ID:K6tYb50/O


「ま、待って律!」

 律の言ったことじゃないけれど、私だってこのまま全部言わせてしまうのは忍びない。

「私も……律が好きだ! つ、付き合おう!!」

「……もちろん!」

 大好きな律の笑顔が輝いた。

 長く長く続いた我慢も、いいかげん限界だ。

「律ぅー!!」

 私は律に飛びついて、倒れこみながら律に頬ずりをした。

 今の私、なんだか唯みたいだな。

 このあと間もなく、私たちは床に叩きつけられるんだろう。

「澪ぉ……へへっ」

 けれど今だけは、この飛翔感を。


 おしまい。



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澪「あのさ律、実は規制がとけたんだ」#3
[ 2010/09/23 21:39 ] シリアス | 律澪 唯和 | CM(0)

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