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律「どんなに返事がなくたって」#後編 【SFホラー】


http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1285329534/

律「そりゃあたしは、部長だからな」

律「どんなに返事がなくたって」#前編
律「どんなに返事がなくたって」#後編




67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/24(金)23:58:55.04 ID:2eIFyN/F0

・・・・・・・・・

舞台は、3週間前。ムギたちの世界の、軽音部室。

紬(……また部室一番乗り…)

紬(このルーティン、まだ止められないわ……)

紬(癖になってるのかも知れないけど、
  けどお茶とかお菓子の用意もしなきゃいけないし)

紬(……まだ怖いのかしらね、あの穴が)

紬(でも、この3カ月間、
  誰一人として来てないってことは、もう誰も来ないんじゃないかしら……)

紬(でも、仮に誰かがあっち側から来たら、
  他の部員のみんなは驚いちゃうだろうし……)

紬(穴を塞いだら良いんだろうけど、塞ぐと言っても、限界があるわ)

紬(それに……)

瞬間、準備室から、物音。

紬「!?」




68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:00:55.12 ID:aZVPQnor0

扉が、開く。開くはずのない扉が、開く。

?「……うわ、全く同じ」

紬「ちょっと待って。動かないで」

?「え?う、うわ!!」

私は、いきなり出てきた誰かさんを、準備室へ再びおしこんだ。

そして、私も準備室へと入り、扉を閉める。

紬「頼むから、あと3時間くらい、私が次に良いよって言うまで、ここから出ないで」

?「………………うぅ……」

紬「あ、ごめんなさい、びっくりさせちゃったみたいで……って、梓ちゃん?」

梓「…………あなたは………」

紬「私が誰か、分かる?」

梓「……………いえ……」

紬(こっちの梓ちゃんじゃない……『あっちの』梓ちゃんって訳ね…)

紬「私が次良いよって言うまで、ここから出ないで、じっとしてて。
  もしくは、あっちの世界に帰って頂戴」

梓「い、いえ……でも、私、やりたいことが」



69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:03:45.09 ID:aZVPQnor0

?「むーぎちゃーん!……って、アレ?誰も居ない?
  ねーりっちゃーん、むぎちゃんまだ来てないみたいだよ?」

?「そりゃ珍しいな……いっつも先に来てるのに」

紬「りっちゃんと唯ちゃんが来ちゃったわ。帰るか、大人しくしてて頂戴」

梓「……は、はい……」


・・・・・・・・・・・・・・・

紬「こんな感じで、私と梓ちゃんは出会ったの」

律「ムギ……こんな感じの、臨場感溢れる台詞を、交互に語ってくのか」

紬「えぇ、そうよ。時間もあるし、良いと思わない?」

律「……出来れば、簡潔に話して欲しいんだけど。
  色々と考えなきゃならないこともあるから」

紬「うーん……じゃ、大切なところだけ台詞で話して、他は要約して話すわね」

律「そうして頂けるとありがたいっす」



70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:05:11.31 ID:aZVPQnor0

・・・・・・・・・・・・・・・・


ムギと私の世界の梓は、こんな感じで出会った。
梓は結局3時間部室に待機していた。

部活が終わって唯や(私じゃない)律等の他のメンバーが帰ってから、
ムギが梓に声をかけるまで、ずっと準備室で待っていた。

ムギは梓に、真っ先にこちらの世界へ来た動機を聞いた。
これは、別の世界のムギがムギを殺そうとしたように、
梓もこっちの世界の梓を殺しにきたのか、確認したかった為だ。

そして、どうやら違うらしい。梓は、ただ「逃げてきた」と言った。
誰から逃げてきたのか?その時点で、梓はムギにそのことの詳細について告げなかった。
ただ「あっちの世界から逃げてきた」と言った。

「これからどうするつもりなの?」
と、ムギは梓に問う。

「決めてません……ただ、あっちには居たくなかったんです」
と、梓はムギに返す。

とは言うものの、女子高生が一人でこっちの世界に居続けられる訳もなく。
そんなことは、法治国家日本でも危険極まりない話で。
最初ムギは自分の世界へ帰ることを強く梓に勧めたが、梓は聞く耳を持たない。



71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:06:57.96 ID:aZVPQnor0

結局、ムギは自分の家に梓を泊めることにした。
使用人や親には、遠くから来た友人が、
はるばる遊びに来た、ということにしておいた。

認められるか、ムギは内心ドキドキだったが、
変なところで放任で自由なムギの両親は、あっけなくそれを認めた。
そこから、ムギと梓の共同生活が始まる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

律「共同生活って、何だよ?」

紬「私と梓ちゃん、今日の今まで一緒に住んでるの」

律「ふーん……って、マジで?」

紬「本当よ。嘘はついてないわ」

律「あ、それと、何で自分が別の世界の自分が自分を殺そうとしてた、って断言できたの?
  もう一人の自分とも会って、死闘でも繰り広げた訳?」

紬「いえ。ただ……、夢を見たから」

律「例の、夢ですか」

紬「その話についても、いずれ話さなきゃならない時が来ると思う」

律「……そうだな。ムギとは、まだ話さなきゃならない話が一杯残ってる」



72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:08:25.26 ID:aZVPQnor0


紬「そして、梓ちゃん関連の話は、これでほとんど終わり」

律「………3週間前から、梓とムギはずっと一緒に共同生活を送ってました……って待てよ。
  それなら、梓の親はどうなるんだ?」

紬「それは………」

律「?」

紬「……………………」

律「親が、居ない、とか?」

紬「その方がまだ良かったかもしれなかったわね」

律「………まさか」

紬「ねぇりっちゃん。私ね、最近思うの」



73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:10:13.85 ID:aZVPQnor0


紬「何で、私たちの軽音部メンバーは、こんなに幸せなんだろうって。
  毎日楽しく部活して、みんな仲好しで、誰一人欠けることもなく、
  大した努力をすることもなく、それを保つことが出来る。
  
  仮に近い将来、物凄い不幸が私たちを襲ってくるかも知れない。
  だけど、今に限って言えば、幸せの渦中に居ると思う。
  
  いじめられもしないし、違う世界に行きたいとも思わない。
  クラスで孤立もしていないし、引きこもってもいない。
  
  人に殺されないし、殺す必要性もない。身内が人殺しでもない。
  まるで満月のような幸運。それが、私たちなの」

律「…………」

紬「これはあくまでも私の考えなんだけど」

紬「夢で見る世界、即ち私たちお互いの世界は、それぞれの世界の『可能性』だと思うの」

律「かのう……せい?」

紬「えぇ。こうあったかも知れない、っていう『可能性』。
  私たちはどこかで道を踏み外したかも知れない。
  けれど、物凄く上手に世界を渡って行くかも知れない。
  
  相互の世界の舞台も人間も同じ。だけど、それぞれの境遇は全然違う。
  おかしいよわよね……あっちの世界の私なんて、
  目も当てられないくらい、ひどいいじめっ子だったのよ?」

律「……はぁ。そうなんだ」

紬「兎に角、最低限の情報は話したつもり。次は私がりっちゃんに聞く番」

律「……わかった。私の世界のことで、話しといた方がいいかな、ってこと全て話すよ」



77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:14:22.11 ID:aZVPQnor0

私がムギに話したのは、以下のようなことだ。
現在の軽音部メンバーは、私、澪、梓、憂ちゃん。
最初は唯も加入する予定だったが、
軽音部結成1週間後に、琴吹紬殺害容疑で逮捕された。

唯は容疑を認めている。
唯の裁判は、もうそろそろ行われるらしく、
憂ちゃんは拘置所に週一で面会に行っている。

それが原因で、憂はひどいいじめを受けるようになった。
殺人者の妹、みたいな感じで。

唯が1年の時に、ジャズ研とクラスでいじめられて登校拒否になったというのは、
案外有名な事実だったらしく(私は知らなかった)、

そのいじめられっ子の妹という事実が、さらに憂のいじめを加速することになった。
そして、そのいじめの勢いは緩まらず、今に至る。

澪は、文芸部を辞めた(と、つい最近聞いた)。
その他は、いつもと変わらないように見える。
それにしても、文芸部辞めたからって私のクラスに来るってことは、
あいつも昼飯食べる奴居ないのかな?

梓は、謎が多い。
たまたま夢関連でしつこく誘ったら、外バンと掛け持ち可という条件でOKをくれた。
最初は週に1回来れば良い方だったが、この頃は毎日練習には来ている。
ただし、外バンとは上手く行ってないように思える。

口数は多くないが、憂ちゃんとは仲が良いみたいだ。



78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:17:18.29 ID:aZVPQnor0

律「まぁ、こんな感じ」

紬「…………どこからコメントしていいのか、ちょっとわからないけれど…」

律「いや、いいよ。コメントとかは。
  こんな感じのことしか話せないけど、他に聞きたいこととかある?」

紬「梓ちゃんの両親について、何か知ってることはある?」

律「残念ながら、ないんだな。梓、あんまあたしと話してくれないんだ」

紬「……そっか。それは残念」

律「梓の両親って、恐らく……」

紬「えぇ。梓ちゃんの体のところどころに、痣が散見されるわ。
  きっと、梓ちゃんはそこから逃げてきたのでしょうね。
  毎日私の家からそっちの学校に通ってるわ」

律「…………そう、なんだ」

紬「色んなこと話しすぎたわね。お互い、頭整理する時間が必要かも知れない」

律「……そうだな。ちょっと、その辺りぶらぶらしてくる」



80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:21:07.72 ID:aZVPQnor0

紬「まぁ、りっちゃん達は旅行行ってるから別に良いけど……
  あまり出歩かない方が安全だと思うわ」

律「はいはーい。でも、何か外歩きたいなー、と思って」

紬「……わかったわ。で、りっちゃんがこっちにきた目的って、一体なんなの?」

律「あたし?まぁ……梓が梓を殺さないように、説得しに来た」

紬「!?」

律「てな訳で、ムギ、ちょっと梓見ておいて下さいな」

紬「ちょ、ちょっとりっちゃん、詳しく」

律「ごめん、ちょっと色んな話聞いて頭ごちゃごちゃだから、
  少し整理したいんだ。午後6時に校門前で、また会おうぜ」



81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:24:44.66 ID:aZVPQnor0

と、逃げるように部室から駆け出して、桜高から外へ出た。
ひとまず、いつものハンバーガー屋でも入りますか
(ハンバーガー屋って呼称に違和感を感じるが、
 これ以外のどの呼称もおかしいと感じるから)。

さて。
モノクロの冬道を歩きながら、疲れた頭をフル稼働させる。

本当に色んな情報を聞いたが、最も重要なポイントは、

・私たちの世界の梓は、両親に虐待されている確率が高い

だろう。だとしたら、これが梓が梓を殺す強い動機になり得る。



83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)00:28:11.02 ID:aZVPQnor0

そして、また、興味深いのが、

・こっちの世界のムギは、別世界のムギが自分を殺そうとしていることに気付いていた。

すなわち、

・こっちの世界のムギは、
 「夢」で別世界のムギが自分を殺そうとしていることに気が付いた。
 
 (夢の中で、別世界のムギが自分を殺す計画を練っている、
  もしくは計画を練っていなくとも殺そうとしていることに気がついた)

もしくは、
・実際にこちらの世界で、ムギはムギに殺されかけた

ここからさらに情報を抽出すると、

・こっちの世界の人間も、私たちの世界の夢を見る

………だからどうって訳でもないけれど。
ということは、こっちの世界の私も、私の夢を見てるのかな?



87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:02:29.57 ID:aZVPQnor0



何て考えてる内に、例のハンバーガー屋にたどり着く。
取り敢えず、ポテトのSとハンバーガーを仏頂面の店員に注文し、席につこうとする。

?「あー、律先輩じゃないですか」

こんな時に限って、災いってものはやってくるんだよな。

完全に目があってしまった。
隅の席に座って談笑していた、憂ちゃんと……名前忘れた、鈴木何とかさん。

純「あー、律先輩、また私の名前忘れましたね?」

律「いやいや、別にそういう訳じゃないんだけど」

憂「あれ?律さん、お姉ちゃん達と軽井沢に行ったんじゃなかったんですか?」

律「い、いや、ちょっと私今お金が無くってさ。だから、急遽行けなくなっちゃって……」

この糞寒い時期に軽井沢って……お宅のお姉ちゃんは何考えてるんですか、とは言わない。
多分ノリだろう。中学時代の私なら、やりかねない。

憂「どうぞ、ここ座って下さい」

律「え、いいの?」

純「勿論です!むしろ律先輩と話せるなんて、光栄中の光栄です!」



88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:03:20.83 ID:aZVPQnor0

律「あ、そっか……じゃ、御一緒しちゃおっかな」

と、また流されるがままに座ってしまった。前回も、同じような経験をした気がする。

憂「律さん、少し顔色悪くないですか?少し痩せたみたいですし……風邪ですか?」

律「あ、そ、そうそう、ちょっと風邪っぽくてさ。
  まったく、冬風邪は長引いて駄目だよねー、面倒だよねー」

因みに、風邪でも何でもない。元気そのものだ。……私は、素で不健康ってことですか。

憂「お姉ちゃんも、この前風邪引いちゃって、その時看病大変だったんです」

純「そうそう、憂ったら、休み時間の度に、お姉ちゃん大丈夫かな、寂しくしてないかな、
  氷枕溶けてないかな、お腹空かせてないかな、って、まるで赤ん

坊が熱出したお母さんみたいに、心配するんですよ」

憂「だって、お姉ちゃんが風邪引いたんだよ?心配になるのも仕方ないよ」

純「それだって、憂のシスコンぶりは半端じゃないからな……」



89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:04:19.82 ID:aZVPQnor0

憂「ははは。いいんだ、シスコンだって。だって、お姉ちゃん、可愛いんだもん」

純「………最早、痛い子を超えているよこの子……」

と、付け入る隙のないトークが展開されていく。
少しだけ気まずい。ただ、ポテトを頬張るくらいしかやることがない。

憂「律さん」

律「は、はい、なんでございませう」

憂「軽音部でお姉ちゃん、元気にやってますか?」

律「う、うん!そりゃもう、いつも通り元気にやってるよ!
  元気過ぎて、たまにあたしもついていけないくらいだよ!」
 (夢の中で見てる唯なら、そんな感じだよな……拘置所に居る唯じゃなくて)

憂「そうですか……それは良かった…」

憂ちゃんは、目を背けたくなる程眩しい笑顔を私に向けた。

憂「お姉ちゃん、たまにみんなに合わせられないことがあるから、
  クラスや軽音部の皆さんと上手くやってるか心配で……」

律「そうなんだ……憂ちゃんは、姉思いなんだな…」



90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:05:09.27 ID:aZVPQnor0

憂「はい!」

私は、何とかさんと顔を見合わせて、苦笑いする。
しかし、その苦笑いは、決して悪意のこもったものではなくて。
むしろ、憂ちゃんの発言に対する「お決まり」の反応というか、そんな感じだ。

憂ちゃんが本心からそう思ってるのは、
憂ちゃんの無垢で素朴な反応を見ていれば分かるから。

そして、そんな憂ちゃんは、可愛い。いや、変な意味じゃなく。
私は、聡のこと、憂ちゃんの唯に対する思い程深く思えないんだろうな……
悲しいことではありますが。

ふと、素朴な疑問が頭に浮かぶ。

律「ねぇ、憂ちゃん」

憂「何ですか?」

律「今からの質問は、あくまでも仮の話だから、そんなに重く考えないでね。
  ちょっと同じ質問を文芸部の奴に頼まれててさ。作品の構想に使うらしくて」

憂「?」

あまりよろしくはない質問だ。
けれど、この質問は、今後「憂ちゃん」に接していく鍵となるかも知れない。


律「もし、唯が殺人を犯して、逮捕されて、刑務所に入れられるとするだろ。
  んで、一審でも二審でも最高裁で有罪受けて、死刑判決受けるとする」



92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:07:42.80 ID:aZVPQnor0

純「ちょ、ちょっと律先輩!」

律「あ、ごめんごめん、あくまでも『例え』の話だから。
  こんなこと唯がしないの、あたしが一番よく知ってる」

憂「………」

あたしが一番よく知ってる、だって。なんて空虚で、嘘に満ちた言葉。

律「そしたらさ、憂ちゃんは、どうする?」

憂「……………」

憂ちゃんは、視線を下に落としている。先程のきらきらと輝いた顔は、
その横で、何とかさんが私の方を怖い顔して見ている。
少し……いや、大分悪い質問してしまったかな、と思う。

律「……………ごめん、抽象的だし、かなり酷い質問だよね」

憂「……いえ、良いんです。ただ、そんなことを考えると、何か、その、」

一瞬の沈黙。

憂「………何か、悲しくなるんです。おかしいですよね」



93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:08:33.43 ID:aZVPQnor0

律「ごめんごめん。本当に、ごめん。私もそのことについて考えてみてさ、そんで」

憂「でも」

私の言葉をさえぎるように、憂ちゃんは言う。涙声で、でも、はっきりとした声で。



憂「いつ、どこで、どんなことがあっても、
  お姉ちゃんが何をしたとしても、お姉ちゃんは私のお姉ちゃんです」

憂「世界中の人がお姉ちゃんを許さなくても、
  それ程ひどいことをお姉ちゃんがしたとしても、私はお姉ちゃんを許します。
  
  お姉ちゃんが酷い目に遭っていたとしたら、
  私はどんなことをしたとしてもそれを止めたいと思います。
  
  逆に、お姉ちゃんがどんなに酷いことをしても、
  私はそれをお姉ちゃんと一緒に償っていきたい。
  何故なら、私はお姉ちゃんの妹で、お姉ちゃんは私の妹だから」

涙声で、鼻水声。それなのに、笑顔。
無垢で、罪のない、笑顔。
全てを許し、全幅の信頼を置いていることの、証。



95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:13:01.86 ID:aZVPQnor0


 それに、私、お姉ちゃんの為なら、どんなことでも、頑張れますから。
 
 あの時も憂ちゃんは、笑顔でそう言った。言い切った。
 
 


律「………わかった」

 席を立つ。


律「ごめんな、憂ちゃん」
 そして、歩き出す。

 後ろで憂ちゃんが何か言っているのが聞こえるが、振りむかない。
 ただ、手だけヒラヒラと振ってみる。
 
 私は、何度も気づかされてきた。
 唯に、梓に、こっちの軽音部のみんなに。
 そのたびに、忘れてきた。何を気付かされたかを。
 
 そして、今。また思い出した。私が、何に気付かされたかを



96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:14:08.31 ID:aZVPQnor0


律「……もしもし、梓か」

梓「………………」

律「今から、会えないかな。どこかで」

梓「……嫌です」

律「………そっか」

梓「……御用件は、何ですか。私は、入口を塞ぐことだけお願いしたはずですが」

律「いやー、ただ単に、梓と話したいなー、と思ってさ」

梓「………………嫌です。もうあなたと話すことは、ありません」

律「………まだあたしたちには、頑張れる余白みたいなものが、残ってるんじゃない?」

梓「…………流石、傍観者ですね。まだそんな白々しい台詞が吐けるんですか」

律「……………もう、あたしは傍観者にはならないから」



98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:18:03.97 ID:aZVPQnor0

梓「……うるさい、です。良いんです。もう私は、決めたんです。幸せになるって」

律「だから、これから一緒に頑張って、幸せに」

と、私の台詞を遮るかのように、電話は切れた。
どうやらあちらに止まる気は、ないらしい。

律(……前と、全く同じパターンだよ…)

律(ま、恐怖のメール送られてきてなかっただけ、まだマシか……)

律(はて、どうしたものか………)

律(取り敢えず、ムギに会いに行こう。話はそれからだ)



99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:18:47.98 ID:aZVPQnor0

午後5時45分。ムギはもう校門前に来ていた。
桜高の制服にコートを羽織って、可愛い手袋まではめている。

私はと言えば……制服のみ、という、何とも寒々しい格好。
制服のボタンは開けっ放しだし。そりゃ、寒くもなるわ。


律「おっすムギ。6時って言ったのに、随分早いね」

紬「えぇ。やることもなかったから、あれからずっと部室に居て、今丁度来たところなの」

律「……そっか。で、どうする?立話も何だから、どっか店でも入る?」

紬「いえ、私の家にご招待するわ」

律「え、マジで?悪くないのかよ、そこまでしてもらって」

紬「だって、りっちゃんと一緒に町に居て、
  誰か知りあいに見られたら、説明するの面倒でしょ?
  ましてや、憂ちゃんや純ちゃんに見られたら、困ったことになっちゃうわ」

律「……………」



105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:42:44.88 ID:aZVPQnor0

紬「じゃ、あそこの車に乗って」

律「あそこの車って……うお、これまた随分大きくて長い車……
  なんだっけ、こういうの…リム……リムなんちゃらじゃん!」

紬「行きましょ」


そして、ムギの家に車に乗り
(もんのすごく快適だった、逆に快適すぎて落ち着かなかった)、
20分程度。

車から降ろされ、ムギの家……豪邸に到着。
敢えてその外装や内装には言及しないけれど……
うん、今シリアスな状況に居なかったら、何十分でも語り続けてるだろうな。

わかりやすく言えば、私の家とは格が三段、いやそれ以上に違った。

そして、ムギの部屋へ通される。
ここも……うん、もうやめておこう。

羨みは悪い感情よ、何も生み出さないわよって、
澪の友人の生徒会役員がいつか言ってた気がするから。

ムギのベッドに埋もれながら
(ふかふか過ぎて1mくらい沈みこむかと思った)、取り敢えず口を開くことにする。

律「ねぇムギ、梓ってこの屋敷に居るんだろ?」

紬「あ!そうね。りっちゃん、梓ちゃんと会いたいんでしょ?」

律「ご名答です、お嬢様。それにしても、よくわかったな……」



106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:43:30.89 ID:aZVPQnor0

紬「りっちゃんが、梓ちゃんのこと知りたい、って言ってたから」

律「……そういや、そうだったね」

紬「ちょっと呼んでくるわ。この部屋の丁度隣の部屋が、客室なの」

と言ってから、ムギは部屋から出ていった。

ひとまず、梓と会ったら、どんなこと話そうか。
私が何を言っても、説教臭くなってしまうだろう。
そんな言葉に、人の心は動かされない。

私と唯の心が、軽音部の演奏によって動かされたように、
大事な局面で、人の心は、言葉によっては動かない。
ならば、どうやって思いとどまらせれば良いんだろう。

どんな人間にも、幸せを追求する権利がある。
それは人を殺してでも奪い取って良いものかは甚だ疑問だが、
2つの世界を上手く活用すれば、
完全に自分を「幸せな世界」へとシフトさせることは、可能だ。

しかし、それが本人にとって、本当に幸せな世界なのだろうか。
他人の居場所を奪ってまで、他人に成り変わってまで、手に入れた「居場所」で、
人は本当に幸せになれるのだろうか。



107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:44:53.36 ID:aZVPQnor0

紬「りっちゃん!」

ドアが騒々しく開けられる。
ムギが、柄にもなく大きな声を出している……これが意味するのは。

律「ど、どした」

紬「梓ちゃんが!!」

背筋がゾクリとした。体中から、力が抜けていく。
嫌な予感しか、しない。

紬「………梓ちゃんが……部屋に居ない」



109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:46:26.78 ID:aZVPQnor0

律「………………そ、そっか」

何故か、少しだけ安堵する。
一瞬、私の脳内では、梓が血まみれのベッドの上で息絶えている映像が流れたからだ。

そして、仮に今会ったとしても、何を話せば良いかはわからない。
そういう種類の安堵でもある。

しかし、状況が悪くなったのに、変わりはない。

いや、これが意味するのって、もう既に梓が、事に及び始めてるってことなのか?

紬「ど、どうしよう、どうしよう、りっちゃん?」

律「取り敢えず、執事とか家の人に、梓がいつ出てったか、分かる人は居ないの?」

紬「えぇ、後でみんなに話を聞いて回ってみる!でも、どうして私に何も言わずに……」

律「……………ねぇ、ムギ」

紬「な、何」

律「今、『ここの世界の梓』って、軽井沢へ旅行に行ってるんだよね?」

紬「えぇ、そうよ。今日の朝から、明日の夜までは戻らないわ」

律「そのこと、梓は知ってるの?」



111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:47:49.02 ID:aZVPQnor0

紬「うん、知ってると思う。今日の朝に、私が梓ちゃんには言っておいたから」

律「?だとしたら、少しおかしいな……」

紬「どうして?」

律「だって、梓は梓を殺す為に、こっちに来た訳だからさ。
  でも、『ここの世界の梓』は、まだ帰ってきては居ない……」

紬「……そのことを、詳しく聞きたかったの。何故、りっちゃんは、
  梓ちゃんは梓ちゃんを殺そうとしている、と思うの?」

律「いや、梓は幸せになりたいって言ってたからな。
  それって、こっちの梓と入れ替わって幸せな生活を送るってことと同じ意味じゃん?
  それに、唯だってムギだって、そういう思考に及んだからさ」

紬「梓ちゃんはそんなことしないと思うわ。あの子に、そんなことが出来る訳ないもの。
  3週間、私は梓ちゃんと一緒に生活してるのよ。だから、わかる」

律「私は、こっちの世界の自分を殺そうと思ってた」

紬「!?」

律「自分だけ報われないその気分。どうして自分だけ。
  あっちの世界の自分は、見るからに毎日を楽しんでる。自分とは雲泥の差。
  それに対する、羨望、嫉妬、嫉妬、嫉妬、憎悪、そして、殺意」

紬「…………」



112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:48:44.11 ID:aZVPQnor0

律「一度それを感じたから、分かるんだ。自分を殺したくなる心理。
  『自分』を殺して、新しい『自分』を手にいれたくなる、その心理が、さ」

紬「……で、でも………私には…信じられない」

律「あたしだって信じられないし、信じたくもない。
  けれど……多分、そんな心理なんだと思う」


紬「……………わかったわ。私たちの世界の梓ちゃんを、家のものに見張らせましょう。
 これで、仮に梓ちゃんが梓ちゃんを殺そうとしていたとしても、成功することはないでしょう」

律「ありがとムギ………って、それ本気で言ってるの?」

紬「えぇ。私は嘘は言わないわ」

律「……うん、ありがと。これで後は、梓をここで待つだけ……で良いのかな?」

紬「そうね……りっちゃんが動き回るだけで、リスクがあるし」

律「……………了解。じゃ、今夜は泊らせてもらっても良いのかな?」

紬「えぇ。勿論よ」



114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:54:36.89 ID:aZVPQnor0


そして、それから。
それから、どうなるのか。



――
―――

律「おーっす、梓!何でそんなとこ座ってる訳よ!風邪引くぞ!」

梓「あ、律先輩。ちょっと、考え事してたんです」

律「かんがえごと?」

梓「はい。もし、私が軽音部に入ってなかったら、一体どうなってたんだろう、って」

律「……旅行先で考えるようなことか。
  折角ムギが行って来いって、宿まで提供してくれたんだから。
  余計なこと考えずに、楽しもうぜ」

梓「………わかってるんです。わかってるんですけど。
  けれど、どうしても考えてしまって」

唯「あずにゃんは、どこへ行ってもあずにゃんだよ」

律・梓「うわ、びっくりした!!」



115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)01:57:06.83 ID:aZVPQnor0

梓「唯先輩!いつの間に」

唯「へへへ、さっき来たんだよ」

唯「月が綺麗だね」

律「……月なんて気にする前に、まず寒くないのかよ、あなたさんがた」

梓「………律先輩、唯先輩」

律「ん」

唯「何?あずにゃん」

梓「私、軽音部に入って本当に良かったと思ってます」
  
律「何をいまさらー、夜だからって恥ずかしいこと言っていいだなんて、
  誰が言った~、このこのー!」

梓「べ、別に恥ずかしいこととかじゃなくて、本当のことを言っただけです!」

唯「わたしなんて、軽音部のけの字も入学前は考えてなかったからねー」

唯「そう考えると、奇跡だよ!まさしく!」

律「まぁ、唯みたいな奴が入ってくるとは、あたしも夢にも考えてなかったよ」



117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:01:58.11 ID:aZVPQnor0

梓「……人生って、わからないものですね」

律「確かに、それは言えてるな」

唯「あずにゃんみたいな、かわいい後輩が入ってくるなんて、わたしも思ってなかったし」

律「……あれ?梓、今日は唯が抱きついても怒らないんだ?」

梓「………だって、今日は旅行ですもん」

唯「そうだねー、旅行だもんね」

律「……そっか、旅行だもんな!よっしゃ、ちょっくら澪起こしてくる!」

唯「ムギちゃんも来れればよかったのになー」

梓「本当ですね……残念です」

律「ほら澪!起きろ!真冬の怪談大会やるぞ!!」

澪「……うーん、うっさいな、今何時だとー」

律「うわ、澪後ろ、雪女!」

澪「うわぁ!!!やめてくれ、そういうの!!」

唯・梓「ははははは!」



118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:02:42.86 ID:aZVPQnor0

―――
――


ムギの家に一泊した、翌日。物凄くふかふかなベッドで目覚める。

寝ぼけ眼で、携帯の時計を見る。午前9時、ちょっと前。
随分静かな朝だった。そう言えば、昨日は疲れててあまり気にしなかったけれど、
これ、梓が昨日まで寝ていたベッドなんだな。

梓は、昨夜は一体どこで寝ていたんだろう。そんなことを、少しだけ考えてみる。

それから。
ムギの部屋に行ってみると、ムギはもう居なかった。
机の上に、高級な便箋に書かれた置手紙が一枚。
丁寧でケチのつけようのない字で、こう書かれていた。

「昨夜から今まで、私の世界の梓ちゃんの身には、何一つとして異常はありませんでした。
 今日の午後5時に町に帰ってくるまで、引き続き見張りをお願いしています。
 私は、ピアノのレッスンがある為、正午までは帰ってきません。
 この家に居て頂いても、外出して頂いても結構ですが、くれぐれも気をつけて下さい」



120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:04:37.98 ID:aZVPQnor0

また少しだけ、安堵する。
この手紙に書いていることが本当なら、こっちの世界の梓の身は、今日は無事だ。
そして、私に勿論こちらの世界の扉を閉めるつもりもない。

そして、残る仕事は、梓を説得することのみ。
梓を無事、私の世界に連れて帰ることが出来れば、私の仕事は、終わる。

電話口に出ることは期待していなかったが、一応ダイアルしてみる。
今回は、10秒とせずに繋がった。

梓「もしもし」

律「……お、今回は出るの速いな」

梓「………で、要件は何ですか」

律「梓、お前と話がしたいんだ」

梓「……良いですよ」

律「え、良いの?」

意外だった。十中八九、拒否されると思っていた。



121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:05:57.22 ID:aZVPQnor0

梓「………はい。但し、場所はこっちで指定させて下さい」

律「場所?ん、別に良いけどさ」

微かな違和感は感じた。だが、ここでは大してそれを気に留めることもなかった。

律「どこだ? その場所は」

梓「こっちの世界の、音楽室です」

律「音楽室ってことは……軽音部の部室ってことか?」

梓「はい。そこで、午前10時に、お会いしましょう」

律「……案外すぐなんだな。わかった」

と、電話が切れる。
必要なことしか話さない子だな。
唯と話した時は、もっと脅し文句とか色々余計なことも付け加えてきてたっけ。
何と言うか、実務的というか、無感情というか。



122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:07:25.79 ID:aZVPQnor0


梓に促されるがままに、桜高へと向かう
(桜高までは、またムギの家のリムジンで送ってもらった)。
日曜日からかなのか、土曜日よりもさらに人はまばらだ。

吹奏学部の練習の音と、ソフトボール部の練習の掛け声。
その他の音は、何も聞こえない。

校舎内も、足音一つしない。不気味な空間だ。
朝なのにもかかわらず、まるで夜の学校みたいだ。
自分の足音が、廊下に響く。自分の鼓動まで聞こえてくるみたいで。



124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:10:32.04 ID:aZVPQnor0


何か、おかしい。
何かが、おかしい。
歯車が、上手く噛み合い過ぎている。

何故こんなにも苦労せず、すいすいと事が進む?
こっちの世界の梓の生命は保障されており、私は目的である梓と会うことが出来る。
それは、良い。不自然だが、納得出来る。

しかし、何故梓は、前日から出歩いていたんだ?
今日はこっちの世界の梓が居ないということが、分かっていたのに?
それならば、他の日、ありふれた平日にでも、
普通に部室で待ち伏せして、殺して、違う世界に運んで、終了のはずだ。

なのに、何故梓は、昨夜外出したんだ?



125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:11:58.13 ID:aZVPQnor0

軽音部の部室の扉を、そっと開ける。ドアが軋む音が、やけに響く。

そこには、誰も居ない。
昨日見た通りの光景。一厘たりとも変わっていない、夢で見慣れた光景。

中に足を踏み入れる。
頭の中で、違和感がグルグル回って。
目的は達成されているのに、何故こんなにもしっくりこないんだろう。

まるで、誰かの手の中で、踊らされているみたいな。



128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:15:51.94 ID:aZVPQnor0


突如、鋭い痛み。
全身を駆け巡る、衝撃。
足から、崩れ落ちる。

……やばい、意識が。
視界に靄がかかる。何だ、これ。

「先輩」

 梓の声だ。微妙に、視界の中に、梓の輪郭が見える。
 ツインテールの日本人形。その手には………あれは、何だろう。
 見覚えのないものが、握られているけれど。





「私は、傍観者なんかじゃない。先輩とは、違う人間です」



129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:18:00.86 ID:aZVPQnor0





目を覚ます。まだ視界に靄がかかっている。
薄暗い。そして、まだ体が痛い。
起き上がるのも、やっとだ。

辺りを見渡す。ここは……軽音部の、部室だ。
私たちの世界の、軽音部の部室だ。
机と椅子、私のドラムセットしかない、殺風景な教室。
不自然なくらい奥行きがある、教室。
その不自然さは、物がないことに由来するものだろう。

梓が持っていたものは……、刃物ではなく、それでいて私を気絶されられるもの。
どこで手に入れたのか甚だ疑問だが、スタンガンかそれに類するものだろう。
スタンガンという単語を、初めて実際の文脈で使ったのだが、それに驚きもしない。

部室の時計が目に入る。
現在、午後5時半過ぎ。もう部室はすっかり暗くなりかけていた。

待てよ。
こっちは、「私の世界」の部室だ。
今まで私は、「あっちの世界」の部室に居たはずだ。



132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:34:26.59 ID:aZVPQnor0

咄嗟に起き上がり、音楽準備室を開ける。
そして、穴を探す。勿論、光はなく真っ暗なのだが、そこに何らかの「輪郭」は見いだせるはずだ。
しかし、そこに、輪郭こそ見いだせるものの、奥行きはまるでない。
ただの、穴の「形」がそこに残っている。

「……畜生」

何度もその穴の輪郭を蹴ってみる。ただし、それはもはや壁と化している。
とても重く、とても固い質量のある何かで、穴は塞がれていた。
蹴れども殴れども、ビクともしない。

……これは、もうあちらの世界には行けない、ということか。

更には……出入りが不可能、ということだから……
入れ替わりは、不可能、ということ。

でも、『あっちの世界の梓』は、ムギの家の人達によって見張られている。
即ち、安全の保障がある、ということ。
少なくとも、それは午後5時までは確実。
今は5時半だから、そんなに短時間で作業することは不可能……

なのに何故、穴は塞がれて居るんだ?



133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:36:41.24 ID:aZVPQnor0

悪寒。

嫌な感触。小さな気持ち悪い虫、ヤスデやムカデやゴキブリが、
私の身体をぞろぞろと這い上がっていくような感触。

そして、嫌な予感。

梓に会いに行く前の、あの疑問が、再び頭をよぎる。


 何か、おかしい。 
 何かが、おかしい。
 歯車が、上手く噛み合い過ぎている。

 何故こんなにも苦労せず、すいすいと事が進む?
 こっちの世界の梓の生命は保障されており、
 私は目的である梓と会うことが出来る。

それは、良い。不自然だが、納得出来る。

しかし、何故梓は、前日から出歩いていたんだ?
今日はこっちの世界の梓が居ないということが、分かっていたのに?
それならば、他の日、ありふれた平日にでも、
普通に部室で待ち伏せして、殺して、違う世界に運んで、終了のはずだ。

なのに、何故梓は、昨夜外出したんだ?



135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:37:27.10 ID:aZVPQnor0

なのに、何故梓は、昨夜外出したんだ?
なのに、何故梓は、昨夜外出したんだ?
なのに、何故梓は、………………


あっちの世界の梓と一緒に、澪や律(私じゃない方)、そして唯も旅行に行ってるよな。

ということは、






あ。









そうか。




137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:38:24.09 ID:aZVPQnor0


準備室から、出る。
あの窓の方向に、目をやる。
3ヶ月前、生々しい血痕がついていた、あの窓に。

そして、また、あの窓の下には、
ああ、ついてる、ついてる、壁とは明らかに馴染まない、


異質な、黒いものが、べったりと。


駄目だ。その下を見ては駄目だ。
分かってる。そんなこと、分かってるのに。


何故、歩く?何故、窓の下を覗こうとする?
それを見ても、何も起こらない。何も変わらない。
変わることなんて、有り得ないのに。



138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:39:03.90 ID:aZVPQnor0


その下に居るのが、憂ちゃんだってことは、もうわかっているのに。






ほら。






やっぱりね。










だから、やめといた方が良いって、言ったのに。



141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:41:06.40 ID:aZVPQnor0


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


死亡者、平沢憂。
行方不明者、中野梓。

犯人、不明。
容疑者、田井中律。後に証拠不十分で、釈放。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:43:22.88 ID:aZVPQnor0

澪「ごめんくださーい」

聡「あ、澪ねえ、いらっしゃい」

澪「よぉ聡」

聡「……いつもごめんな。澪ねえだって、忙しいだろうに」

澪「いや、私は今は帰宅部だし、やることは勉強くらいしかないから」

澪「それより、律の調子、どうだ?相変わらずか?」

聡「ああ……うん、いつも通りって感じ」

澪「わかった。ちょっとお邪魔するな」

聡「……いつも、バカ姉の為に、本当にごめん」

澪「いや、良いんだ。律と私は、唯一の幼馴染で、腐れ縁だしな
  それに………」


聡「………」



143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:47:22.50 ID:aZVPQnor0

澪「おーい、律ー、来たぞー」

律「…………」

澪「どうだ、調子は。良い感じか?」

律「……うん、ありがと」

澪「たまには、親御さんとか聡とも口利いてやれよ。心配してるぞ」

律「……………わかってる」

澪「…………そう言えば、クラス替えあったぞ。律と私、今年は同じクラスだった」

律「………」

澪「……………やっと同じクラスになれたな、律」

律「………………」

澪「…………………律、早く帰ってこいよ」

律「………ごめん」

澪「…………いや、こちらこそ、ごめん」

律「………」



145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:50:44.44 ID:aZVPQnor0

澪「……………」

律「…………あのさ、澪」

澪「……ん」

律「……………眠れないんだ」

澪「………」

律「……夢が、怖いんだ………」

澪「……………」

律「…………夢の中で、唯や、澪や、律や、ムギや、あたしが……
  すっごい険悪なムードで……、見てて辛くなるくらい、なんだ………」

澪「……そ、そうなのか……………」

律「………唯はいっつも暗い顔してて、何かと言えばすぐ泣く。
  
  律はなんだかイライラしてて、いつも噛みつくような喋り方をするんだ。
  
  ムギはもうお茶もお菓子も出さなくなったし、
  
  梓は、いつも場を取り持とうとオロオロして、
  律に怒鳴られたり、ムギに寂しい目を向けられたりしてる」
 
澪「………そっか………」

澪「……わ、私は……どうなってるんだ?」



148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)02:52:29.89 ID:aZVPQnor0

律「……………」

律「………澪は、…………軽音部に来ることが稀になってきてる……
  来たら来たで、律と喧嘩ばっかりしてるよ……」

澪「…………そっか」

澪「……でも律。それはただの悪い夢だ。現実じゃない。
  だから、気にすんなよ。眠れない時は、親御さんから睡眠薬適量貰って、
  眠れよ!どうしても眠れない時は、私に電話かけてきてくれても良いから、な?」

律「………ありがとう」

律「…………………」

律「………気をつけて………」

澪「?」

律「……いつ来るか……わからないから………」

澪「………来るって、何が?」

律「………………」

澪「……………?」



151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:02:01.18 ID:aZVPQnor0

澪(律の奴、久しぶりに話してくれると思ったら、まさか夢の話とは……)

澪(鬱病って、やっぱり色々と大変なんだろうな……精神病んで、眠れないし、
  寝ても酷い夢ばっかり見るみたいだし…)

澪(それにしても、ムギって誰なんだろうな。
  それに、なんで律の夢には憂ちゃんじゃなくて、憂の姉が出てくるんだ?)

澪(……まぁ、ゴタゴタあったからな。あの人達関連では)

澪(それが、トラウマになってるんだろうな……)



152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:03:24.92 ID:aZVPQnor0

澪(ま、継続的に治療してくしかないんだろうし……
  私も、高校入ってからちょっと冷たくしちゃった面もあるからな。
  せめて、私だけには安心して話せるようにしてやんなきゃな)

澪(それにしても、もう4月なのに、まだ寒いな……コート着てくればよかった)















律「よぉ、澪!」




澪「え?」



153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:04:32.13 ID:aZVPQnor0

律「どんなに返事がなくたって」 終わり



157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:14:42.71 ID:aZVPQnor0

あと1・2話で完全に完結させられると思う。
律始めとする登場人物が、どこをどう選ぶかで、大分展開違ってくると思われるので。

本当はこの話だけで完結させる予定だったんだけど、書いてる途中に、あれもこれも詰め込みたくなったから、
ひとまずこの話は必要最低限のこと入れて、あとは次の話に入れたいと思う。
ダラダラと続いて申し訳ないけれど、お付き合い頂ける方は、次の作品でもお会いしましょう。




158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:17:01.64 ID:Z25osT5O0

解説ェ…





160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:21:07.65 ID:aZVPQnor0

解説……

まず、こっちの世界(語り手の律が生活する世界)をAとして、
あっちの世界(語り手の律が夢に見る世界)をBとする。

話の終わり時点で確定している主なポイントは、

・梓Aは、憂Bを殺した。
・世界Aには、梓Aも梓Bも存在しない。
・世界Bには、梓Aと梓Bが存在する可能性がある。
・梓Aは、憂Aを助ける為に、憂Bを殺して、入れ替わらせようとした。




162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:23:38.14 ID:tfFnAUf8O

>>160
Bで仲悪くなってるのはなぜ?





165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:26:00.79 ID:aZVPQnor0

>>162
憂Aと憂Bは完全に入れ替わることは不可能だったから。
つまり、梓Aは、憂Aと憂Bが完全に入れ替わることは可能だと思っていたけれど、
実際に憂Aと憂Bは完全に別人物なので、ひずみがでてきてしまう。
そのひずみが、唯へ伝わり……あとはわかるな?




168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:32:17.19 ID:rtPeU17FO


澪ちゃんだけは不幸にしないでやってくれ

最後は澪と仲直りしたいりっちゃんBがAの世界に来たって解釈で良い?





169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土)03:35:29.60 ID:aZVPQnor0

>>168
最後の解釈は、言わないでおく。。


じゃ、そろそろ寝るわ

付き合ってくれて有難う。
前作の蛇足になるかな、とも思ったけれど、頭に浮かんできてしまったものは仕方がない。
色々とわからないところは、推測したり想像したりしてくれれば幸い。
あと、りっちゃんと結婚したい

それじゃノシ



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律「どんなに返事がなくたって」#後編
[ 2010/09/25 09:20 ] SFホラー | | CM(1)

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タイトル:
NO:5142 [ 2012/01/10 23:51 ] [ 編集 ]

難しいけど、辻褄の合うパラドックスSSだった

憂Bが殺されたことに気づく場面が
こっちまで気持ち悪くなるような悪寒が          

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