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唯「平沢憂は進み出た」 【非日常系】


http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1309544987/l50




1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 03:29:47.83 ID:7HYKgIss0


――北佐久郡軽井沢、平沢邸別館にて


律「はい、じゃあ唯ちゃん息を大きく吸ってー」

唯「すぅー・・・・」

律「吐いてー」

唯「はぁー・・・・」


和「どうなんですか、律先生」

律「いやあ、和さん。この子もずいぶん抵抗力が落ちてますねぇ」

和「あら・・・・それはいけないわね」

唯「・・・・・」

律「・・・・その、大変申し上げにくいんですが、」

和「はい、以前うかがったことですね」





4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 03:34:31.10 ID:7HYKgIss0


 部屋の向こうで和おばさんと律先生がお話しているのが見える。

 あんな人付き合いがうまいだけの老いぼれヤブが言うことを、さもありがたそうに聞いている。

 和おばさんの大げさな相づちしか聞こえないけど、話の中身なんて分かりきっていた。

 どうせまた、わたしの身体があと五年も持たないってことを嘆いてみせてるだけなんだ。

 わたしがいま十二歳で、大人になる前に死んじゃうらしいって現実を。


和「……唯、唯!」

唯「聞こえてるよ」

和「だったらちゃんと返事しなさい。ほら、律先生がお帰りになるわよ」

律「じゃあなー唯ちゃん、和さんの言うことちゃんと聞いてお薬飲むんだぞー」

 律先生がわたしの頭を犬でもあやすようにぐしぐしと撫でる。

 作り笑いをうまく浮かべられずにいると、和おばさんがきりっとにらんだ。

 いやになる。この人たちはみんな“5分の3”なんだ。



6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 03:45:01.31 ID:7HYKgIss0


 和おばさんはわたしの後見人で、従姉にあたる人だ。

 一人っ子で病気もちだったわたしは二年ほど前、この家に預けられた。

 お父さんは「唯の体をよくするため」なんて言ったけれど、体のいい厄介ばらいだったんだと思う。

 そんなわたしの面倒を、和おばさんはあくせくと見てくれた。

 面倒を見ながらご近所の婦人方に、孤児を引き取った聖母づらで見せて回っていた。

 子供ができず、夫は単身赴任で日本を離れ、取り残された妻のなぐさみ。それがわたしだ。

 この別荘地には数人の使用人と、和おばさんと、それからわたしがいる。

 捨てられた人を寄せ集めた、箱庭みたいなこの家のかび臭さに、
 
 そろそろわたしはまいってしまいそうな気がした。



7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 03:54:03.44 ID:7HYKgIss0


和「・・・唯、お薬の時間よ」

唯「・・・・・」

和「それから、終わったら神父さんのところにお祈りに行くから支度しなさい」

唯「・・・・うん」

 また礼拝に行くらしい。

 信仰の厚さをお金で量るあの教会にわたしを連れて行くらしい。

 あなたのためを思って、なんていうけれど、どうせ自分をよく見せるために決まってる。

和「唯。変な本ばかり読んだり、変なこと考えてると病気はよくならないわよ」

唯「……はい」

 こんな時、守ってくれるのは空想の世界だけだった。

 わたしの声が“5分の3”へと人形のように気の抜けた返事をかえす間、

 わたしの心は空想の世界へと飛んでいく。


 そこには得体の知れない化け物が居て、読んではいけないといわれた本に載っていた怪人が踊り、

 そしてわたしの大切な仲間――憂と、梓がそこにいるのだ。



10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 04:03:25.80 ID:7HYKgIss0


 この世界の大事な“5分の2”たちは、和おばさんも知らないわたしの頭の中にある。


 ここで暮らすうち、いつしか世界中の5分の3はくだらない現実なんだって気づいた。

 現実というのはなくてはならないもので、不愉快で、見せかけだけで、この体をすり減らす。

 このままこの家にいれば、五年もしないうちに“5分の3”たちに食い殺されるだろう。

 そんな気持ちに襲われた時、わたしは想像の世界という“5分の2”の方に逃げ込む。


 和おばさんなんて自分が“5分の3”だなんて考えもしないで、

 それどころか自分が好かれているとさえカン違いしながら、

 外に出る自由を奪ったり退屈でおしつぶしたりして、わたしをふいにしようとする。


 あいつのことは、だいっきらいだった。

 憎んで、苦しんで、消えちゃえばいいと思ってる。

 けど、そんなことはぜったいに言わない。

 わたしの心の“5分の2”に、あんなけがらわしい奴なんか入れたくないからだ。



12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 04:10:17.66 ID:7HYKgIss0


唯「――けほっ、ごほっ」

 現実に引き戻された。

和「大丈夫? ・・・昨日のショートケーキが当たったんじゃない?」

唯「……知らないよ」

 ティッシュを口に当てると、少しずつ吐き出した血がしみこんでいく。

 わたしは血をぬぐいとり、和おばさんの持ってきた水を一口飲んだ。


唯「きょうは、安静にしてる。また今度行けばいいよ」

 おばさんは何かわたしをとがめる言葉を探そうと一瞬窓の方を見て、

 けれども何も言わず、外に出るんじゃないわよと一言残して部屋を出て行った。


 あたまが揺れるようにいたい。

 でも、きょうはお祈りをサボれてよかった。

 誰もいなくなると世界がちょっとだけ広がった気がして、思わず口元がゆるんだ。

 物置小屋にいける。憂やあずにゃんに会える。



14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 04:21:01.78 ID:7HYKgIss0


 物置小屋は勝手口から出た方の草むらの中、忘れられた一角にひっそり建っている。

 電気もうまく付かない薄暗い木造の小屋の中には工具箱やら芝刈り機といったいろいろがあった。

 けれど、それらもまた現実の“5分の3”からは見向きもされず、捨てられたようなものばかりだった。

 だってみんな必要なものがあれば買ってしまうし、必要なことがあれば誰かにやらせちゃうから。

 だからわたしはその小屋の中へと、自分の頭の中の“5分の2”を拡張した。

 ここはわたしだけの遊び場で、心の避難所で、そして神殿にもなっていた。


 小屋に入ると、足元に一匹の黒猫がすりよってくる。

 梓と名づけたその黒猫は、わたしのわずかな友達の一人だ。



15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 04:25:25.62 ID:7HYKgIss0


梓「……?」

唯「おいで、あずにゃん。……よしよし、いいこいいこ」

 ここの工具みたいに見過ごされて誰にも向けられなかったわたしの愛情は、

 黒猫のあずにゃんにだけたっぷりと注ぐことにしていた。

 頭の中ではあずにゃんは人間で、まじめで、つんつん騒がしくて、

 けど猫のあずにゃんと同じで小さくてかわいくて柔らかい女の子なんだ。

梓「・・・・・」

唯「……ミルクあげるけど、その前にお祈りすませちゃおうね」

 眠そうに目を細めたあずにゃんをそっと膝からおろして、わたしは小屋の奥に向かう。

 そこにいる・・・いや、いらっしゃるのが“平沢憂”だ。


 木の檻のなか、びっしりとはまった鉄格子の奥深く。

 そこには一匹の大イタチが住んでいる。

 わたしの一番の宝物。それが大イタチの憂だった。



17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 04:42:27.25 ID:7HYKgIss0


 憂、という名前はもともと産まれるはずだったわたしの妹のものだったようだ。

 お父さんが言うには、わたしが生まれて数年たった時、お母さんは二人目の子を身ごもったらしい。

 けれども憂は生きて産まれることができず、お母さんもその時に死んでしまった。

「生きていれば、母さんやわたしに似て可愛い子だったんだろうな」

 まだお父さんと一緒に暮らしてた頃、よくそんな嘆きを聞かされたのを思い出す。


 今から半年前、学校に行けなくなってしばらくしたある日、
 
 友達の純ちゃんが「いいもの見せてあげる」と言った。

 純ちゃんは肉屋の娘で、まだこっちの学校に通えていた頃に仲良くやっていた。

 その日はたまたま和おばさんが出かけていたので、

 裏庭の方からこっそり出て、ふらふらする体でついていった。

 外出を禁じられてからは、めっきり会う機会が少なくなっちゃったけど。


 ――ほら見て、すごくない?

 そうして出会った獰猛でたけだけしくて残忍で野蛮そうなイタチの姿に、一瞬でひとめぼれしちゃった。

 一週間後、そのイタチを純ちゃんに頼んでこの小屋に運んでもらった。

 薄暗い部屋と、鋭い牙。

 人生で一番大事にしていた名前をそのイタチにあげた時、わたしの中でこの子は絶対の存在になった。



18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 04:53:27.14 ID:7HYKgIss0


憂「………」


唯「……憂よ、わたしの憂よ」

唯「ああ憂、美しいわたしの憂、・・・ええと、世にはびこる穢れたものを聖絶する、絶対の存在よ」

唯「その牙は白く鋭く、やがては……やがて、うーん……やがては皆を死に至らしめるだろう」

唯「おお憂、あなたにすべてをささげましょう」


 わたしはこっそり持ってきた真っ赤な花を、鉄格子の横にたむける。

 それから格子の前に跪き、頭をさげ、心の中の聖書に従って「憂をたたえる四行詩」を唱える。

 お祈りはその後だ。でも、決して口には出さない。

 だって憂は以心伝心の妹で、わたしを見守るお母さんで、唯一絶対の神様だったから。


 神様は、言わなくても分かってくれるから神様なんだ。

 聖書の言葉をありがたそうにうすっぺらく口にして、それで伝わった気にさせてくれる神様はニセモノだ。

 そんなの“5分の3”のやつらだけが、和おばさんみたいな人だけが信じていればいいんだ。

 事実、わたしの神様は今までだって本当に願い事をかなえてくれた。



20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 05:08:55.69 ID:7HYKgIss0


 わたしが願った次の日の夜、和おばさんは歯痛に苦しめられた。

 わたしが願った次の日の朝、和おばさんのよそいきのネックレスが砕けた。

 叶わない願いもあったが、それは祈りが伝わらなかったせいだと思う。

 とにかく憂は、わたしの願い事をいくつもかなえてくれた。

 かなうたびに盗んだナツメグの粉をささげる。

 ささげるたびに、憂の笑い声が聴こえるような気がする。


 わたしは祈る。

 何度も何度も、口には出さずに。

 憂が頭の中に直接命じたことに従いながら、わたしは祈り続けた。s


唯「………ふぅ」



21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 05:12:21.91 ID:7HYKgIss0


 今日の儀式が終わった。

 手順はまったく決まっていないけど、心の中で憂がわたしを制したのが伝わったから終わりなのだ。

 わたしはいつも憂と向き合う時はアドリブで行う。

 儀式の流れや作法はなんとなく決まっているけれど、全てを固めているわけではない。

 憂という神様は何より、“形式”というの嫌ってるんだ。

 あらかじめ書かれた作法は人に「それさえ守ればいい」っていうだらしなさをもたらす。

 そのため“5分の3”の人たちは形式が大好きだった。

 考えるふりをするのが好きで、本当に考えることが嫌いだからだ。


唯「……終わったよ。いいこいいこ、あずにゃん」

 憂の御前から離れたところで、わたしはあずにゃんを抱きしめる。

 あずにゃんも黒猫で、憂と同じ生き物で、獣だったから、生き物の臭いがする。

 わたしは生臭い感じの臭いごとあずにゃんを愛した。

 臭いを消して上品ぶる和おばさんたちと違って、あずにゃんや憂は生きていたのだから。


 少なくとも、三日後の夜までは。



22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 05:22:43.59 ID:7HYKgIss0


 あずにゃん、つまり黒猫の梓は儀式から三日後の夜に息絶えた。

 訃報を聞かされたのは四日後の朝、朝食の時だった。


和「あのねえ唯。食べる前にちょっと話があるの」

唯「……なに」

和「いい加減、裏の物置で変なことして遊ぶのはやめなさい。あなたのためにならないわよ」

唯「……うん」

 またその話か、とわたしは頭の中の5分の2へと旅立つ支度を始めた。

 心をあの神殿に飛ばして、体はただ空返事を返す人形になる。

 そのつもりだった――おばさんの次の言葉を聴くまでは。


和「そうそう、あの辺にいた汚い猫のことなんだけど」

唯「………っ」

 息がつまる。

 見えない5分の3に喉元をぐいと掴まれた気がして、声を失う。



23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 05:26:22.16 ID:7HYKgIss0


和「唯、あの猫飼ってたんじゃないの。ばっちいわよ」

唯「猫がどうしたの」

和「あのね、唯は病気なの。ばい菌が付くと、人よりも早く風邪や重い病気になっちゃうの」

唯「……」

和「あの猫は水をひっかけて追い出したわ」

和「……そしたら、律先生から聞いたけれど、向こうの道で車に撥ねられて死んでたんだって」

唯「……」

和「……」



24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 05:35:09.84 ID:7HYKgIss0


 のしかかるような沈黙に、ひどく長い間耐えていた気がする。

 その間、おばさんは近視の目でわたしのことをじっと見ていた。

 あずにゃんを死なせたと聞いて、わたしが怒り出すのを、

 さもなくばわっと泣き出すのを今か今かと待ち構えてたんだ。

 そしたらすぐにでもお説教を始めるつもりだったんだろう。

 書き写したような倫理と形だけありがたいような道徳をわたしにぶつけて、

 延々と小言をいい、わたしの“過ち”を説いて、こっぴどく叱り付けるに決まってる。


 わたしは、なにも言わなかった。

 わたしは、なにも言えなかった。

 ただひたすら喉を絞める5分の3の幻覚にふるえて、

 血の気をなくして顔をこわばらせることしかできなかった。



25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 05:47:53.97 ID:7HYKgIss0


和「……まあ、どうでもよかったわね」

唯「……」

和「それと唯、ショートケーキがあるわよ。イチゴの大きいの」

 和おばさんは場をつくろうような大声でメイドの澪さんを呼んだ。

 部屋にちらばった沈黙の残りかすをかき消すみたいに、わざとらしい声で。

 それから何かを言いつけているようだったけど、酸欠みたいな頭がまだ治らなくて聞き取れなかった。


 昼時になって、メイドの紬さんが紅茶と共にショートケーキがテーブルに置いた。

 焼けるように甘ったるい白のクリームの上に、血のように赤いイチゴが乗っかっている。

 スポンジケーキは小屋の壁みたいにぱさついて見えて、

 相変わらずそのすべての過剰さが気持ち悪いぐらい魅力的だった。

 それでも今日は、目の前のフォークに手を伸ばす気になれっこなかった。



26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 05:56:21.79 ID:7HYKgIss0


 わたしはショートケーキが大好きだった。

 歯を溶かすぐらい甘いクリームも、目を焼く陽の光みたいに赤々とするイチゴも大好きだった。

 シンプルで、それでいて生々しいぐらい甘ったるいケーキが大好物だった。


 でも、和おばさんはいつもわたしの体を案じて食べるのを禁じている。

 というより、ショートケーキなんて病人が食べるものじゃないといつもこぼしていた。

 おばさんはいつも、わたしを病人らしくあらせようとする。

 ケーキも食べられない可哀想な子にして、人前に出しては慈悲深さをアピールする。

 そんな“形式”を守るためには、ケーキなんて邪魔だったんだ。



27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 05:57:59.36 ID:7HYKgIss0


和「ほら、食べなさいよ」

唯「……いい。今日は」

和「まったくもう、これだから……」

 紬さんはけげんそうな顔を見せ、おばさんに何かたずねようとしてやめたようだった。

 代わりにわたしの方を見る。


紬「あの、本当に召し上がらないんですか…?」

和「そうよ。いつもあんた、ケーキ出すと目を輝かせてたじゃない。知ってるわよ」

唯「時と場合によるよ」

 わたしは言った。



30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 06:15:36.37 ID:7HYKgIss0


 その日の夜から、儀式が日課に変わった。

 5分の3の世界が目を離した隙には夜だけでなく昼にも物置小屋の神殿へと通いつめた。

 わたしは憂が心に直接伝えたとおりに貢物をして、毎度違った儀式を執り行った。

 触ることさえ禁じられていた赤い木の実を差し出し、

 純ちゃんのことを想っては肉を一切れずつ格子の隙間にならべ、

 引き出しから盗んだろうそくを燃やしては一滴ずつ肉に垂らし、

 そして筆ペンで壁に黒い魔方陣を描いた。

 けど、そうまでして儀式を終えてもわたしの腕は空っぽだった。

 膝に擦り寄る感触も、体の熱も、臭いも、もうここにはないのだ。



31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 06:21:02.54 ID:7HYKgIss0


 願いはなかなか叶わない。それでもわたしは祈り続ける。

唯「憂、憂、どうか願いを、わたしの願いを聞いて、お願いですから、憂――」

 相変わらず、願いは口にしない。

 でも目を閉じて、光り輝く憂を思い浮かべると、ふわふわした手がわたしに触れる気がしたんだ。


 ……儀式が終わって、目を開ける。

 そこには憂以外、だれもいない。なにもいない。

 小屋の外へ出れば、やっぱりわたしの腕は空っぽなままだった。


唯「……あずにゃん・・・・うぁっ・・・」

 抑えていた涙も声も、いっつもこのタイミングであふれてきちゃうんだ。

 もうだめ。5分の3に押しつぶされちゃう。会いたいよ、あずにゃん。助けて、憂――。

 涙声で愛するものと敬うものの名を繰り返すけど、空想の世界がぼろぼろとこぼれ落ちていく気がした。


 それから四日後、和おばさんが勘付いてしまう。



33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 06:38:01.44 ID:7HYKgIss0


 わたしが小屋のそばで泣いているのは、ずいぶん前からメイドたちの噂になっていたらしい。

 見るに見かねた澪さんが、和おばさんにこのことを伝えたみたいだ。

 和おばさんはわたしが寝てる間にもう一度小屋をくまなく調べなおして、

 奥の方にある鍵のかかった小部屋に気づいてしまったようだ。


 その日の朝、起きぬけに和おばさんがわたしの寝室へと踏み込んできた。

和「ちょっと唯、あんなところに鍵なんかかけて。何か隠れて飼ってるんでしょ」

唯「……」



34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 06:39:40.63 ID:7HYKgIss0


和「なんでもいいけど、とにかく一匹残らず処分してもらうからね」

唯「……」

 そのまま黙っていたら、おばさんがわたしをぐいっと部屋の隅に押しやってしまう。

 駆け寄ろうとしたけれど、そんなことをすれば小部屋の鍵のありかがばれてしまいそうだ。

 立ち尽くしたわたしは祈る。言葉にはせず、けれども祈って祈って、さらに祈る。


和「……これね」

 祈りは通じなかった。

 ベッドの裏側の隙間から、神殿に続く鍵をついに見つけてしまった。


和「じゃあ私、物置小屋に行くね」

唯「あ……」

 和おばさんはそそくさと出て行く。

 ばたん、というドアが強く閉められ、反響した音がぐるぐるとわたしをすり減らしていく。

 5分の3が、音を立てて頭の中の世界を取り壊していく気がした。



36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 06:53:11.26 ID:7HYKgIss0


 わたしは想像する。想像してしまう。

 身を守るために膨れ上がった想像力が、いまはわたしに牙をむく。

 和おばさんはもう小屋に着いただろう。

 そして邪魔なものを追いやって、まっすぐに神殿の方へと向かうはずだ。

 どうせ人前では形式ぶって取り繕うくせに、人の目がなければ祈り方も知らない人なんだ。

 和おばさんは、本当の意味では無礼なのだ。

 だから目の前に神を見ても、祈る言葉も作れないだろう。

 いや、神だとすら気づかないに違いない。

 気づかないまま腐りきった供物の肉をホウキで押しやり、

 魔方陣に水をひっかけ洗い流し、

 そして庭師でも呼んで憂を連れ去ってしまうだろう。

 小屋から引きずり出された憂は、もう憂ではない。神でも母でもなんでもない。

 その瞬間、わたしの守ってきた5分の2は崩れ落ちるのだ。そうに決まってるんだ。



37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 06:59:43.60 ID:7HYKgIss0


 力を失った足でふらふらと、壁によろけながらも廊下へと向かう。

 もう足元から腐り始めてるみたいだ。息苦しい。咳き込んで、床に血が数滴飛んだ。

 汚れた窓の向こう側に、扉が開きっぱなしの物置小屋が見えた。

 目を覆いたかったけど、覆う手も動かせない。

 涙がみるみる浮かんでくるのがわかった。


 まもなく、あの大イタチは連れ出されてしまう。

 和おばさんのことだから、保健所にでもどこにでも送ってしまうはずだ。

 神はわたしの元からいなくなる。



38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:03:11.62 ID:7HYKgIss0


『あんたは本当にバカな子ね』

 和おばさんはこれから一生、最期までわたしを笑うのだろう。

 形だけ押し付けられ、頭の中の世界なんて踏み潰され、

 見下され、笑われて、自分がだんだんまいってしまって、

 ついには本当に律先生が言ったように、いやそれよりもずっと早く、

 みじめな気持ちのまま、わたしはそのようになってしまうのだ。


 もうダメだ。

 堪えられない。

 わたしは神殿の中でもないのに、血を吐くほど大声をあげた。

 5分の3の世界に牙をむくようにして、人目もはばからず自作の賛美歌をうたいはじめた。

 願うことすら忘れて、今まさに手にかけられようとしている平沢憂を、ただひたすら讃えるようにうたった。



39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:04:04.44 ID:7HYKgIss0


  平沢憂は 進み出た
 (Ui Hirasawa went forth.)


       彼女の心は 真っ赤に染まり、
      (Her thoughts were red thoughts,)
       彼女の牙は 白かった
      (and her teeth were white.)


 邪魔ものたちが 和解を求め、
(Her enemies called for peace,)
 されども彼女は 死をもたらした
(but she brought them death.)


   ああ美しき 平沢憂
  (Ui Hirasawa the Beautiful.)



41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:14:15.08 ID:7HYKgIss0


唯「――ごほっ、げほっけほっ」

 自分の咳き込む音で現実に戻された。

 ずいぶん長い間うたっていた気がする。

 気が遠くなりそうだったけれど、その分だけ神のもとに近づける気がした。


 そうだ。どうなったんだろう。

 わたしは窓の外に目を向けた。

 まだ扉は開けっ放しになっている。

 人が出てきた気配はなかった。



43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:22:02.54 ID:7HYKgIss0


 自分の心臓の音が、とくとくと聴こえる。

 一秒一秒が、とくとくと過ぎてゆく。

 鼓動はやけに遅く響いたけれど、それでもどんどん過ぎていった。


 向こう側の芝生で、数羽の鳩がちくちくと走り回ったり、飛んでみたりする。

 なにかめぼしいものを探しているようだったが、よく分からない。

 わたしは鳩の群れを一羽ずつ数えてみたりしながら、それでも物置の扉から目を離さなかった。

 もしかして。



44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:24:40.67 ID:7HYKgIss0


 澪さんが居間のほうでお茶の用意をしているらしい。

 鳩はせわしなく、ちくちくと動き回る。

 扉は動かない。

 もしかして。

 居間の方で物音が小さくなった。

 たぶん、お茶の用意が終わったのだろう。

 やけに時間が経った。それでも扉は動かない。


 ふいに、鳩が飛び去った。

 何かに驚いたように、慣れきった飛び方も忘れたように、慌ててふためいて。

 もしかして、もしかして、もしかして――。


 雲間から陽射しが射した。

 わたしの目の前を覆っていた“5分の3”の黒いもやが、嘘のように晴れていく気がした。

 もしかして、もしかして、もしかして……もしかして!



46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:32:27.65 ID:7HYKgIss0


 わたしはもう一度、小声でおそるおそる賛美歌を唱える。

唯「……あぁうつくしき、ひらさわうい。ああうつくしき、……」

 胸の奥が熱を発しだす。心臓が一つ鳴るたびに、輝く熱があふれる感じ。

 関節を通って薄い骨を抜けて、染み渡るように熱が伝わっていく。

 汗をかいていた気がした。自分の匂いをほのかに感じた。

 ぞくぞくする。言葉が、歌が、赤く燃えるようだ。

 今まで生きてきて感じたことがなかったぐらいに。

 もう一度わたしが生まれ直したみたいに。


 雲が晴れきった頃、小屋の奥から獣の足が見えた。

 平沢憂は、進み出た。

 日の光を身体中に浴びて、気持ち良さそうに身体を伸ばし、

 顎と喉の辺りには、イチゴを潰したみたいにべっとりと黒いものを浮かべて。



47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:36:37.63 ID:7HYKgIss0


 金色の毛をなびかせた獣は芝生を一歩一歩踏みしめるように一回りする。

 それから庭の向こう側の小川に向かい、水を一口すすったようだ。

 すると、ぴょんっとはねて小川の向こう側に走り去り、そのまま見えなくなった。

 わたしが人生で平沢憂を見た、最後になった。



澪「……あの、お嬢様?」

唯「あ・・・はい」

澪「えっと、お茶の支度ができたのですけど……奥様、どちらでしょうか?」

 しびれを切らした澪さんに話しかけられて、たかぶる気持ちが少し冷めた。

 でもまだ心臓の音は鳴り止みそうもない。少なくとも、五年かそこらじゃ止まりそうにない。

唯「……物置小屋に行ったみたいだよ」

澪「そうですか……ではちょっと行ってきますね」



48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:43:39.78 ID:7HYKgIss0


 澪さんが呼びに行くのを待っていようと思ったけれど、ちょっと考えてやめた。

 せっかく入れてくれたお茶がさめてしまう。

 わたしはがらんとしたテーブルの上のあったかいお茶を一口すすって、

 それからちょっと思いついて、冷蔵庫の方に向かってみる。

唯「……やった。ショートケーキまだあった」

 おさえててもにやけちゃう口元をうつむいて隠しながら、フォークを取り出した。

 毒々しい色のイチゴと、真っ白で甘ったるいクリーム。

 ひとかけらをすくい取って、口に運ぶ。

唯「・・・うぁ……おいしい・・・・!」

 この、舌を焼くぐらいの甘さ! 本当にひさしぶりだった。



49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:46:23.55 ID:7HYKgIss0


 澪さんがいつまでたっても帰ってこないので、一人きりのティータイムを満喫していた。

 掃除に来た紬さんが元気そうなわたしにほほえんで、紅茶を入れてくれる。

 紬さんが出て行ってからもときどき紅茶を自分で注ぎながら、外の音に耳を澄ましていた。

 そしたらいきなり、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

唯「……澪さん、かなあ。あはは・・・」

 わたしはイチゴをちょっとだけかじってみる。・・・あまずっぱい。

 他の使用人たちがどうしたのかと駆け寄る足音が聞こえる。

 廊下から小屋の様子が見えないか、ちょっと立ち上がってみた。

 食事中に出歩くなんて、なんだか生まれ変わったみたい。



52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:53:11.01 ID:7HYKgIss0


 小屋の周りには人だかりができている。

 わたしは唇についたクリームをなめ取りながら、鳩みたいに騒がしい使用人たちを眺めた。

 小屋の中から大きな人影が出てくる。

 よく見るとそれはぐったりした澪さんを背負った紬さんだった。

 あー……澪さん、怖がりさんだからびっくりして気を失っちゃったのかもなあ。

 しばらくすると他の使用人が持ってきた担架で澪さんは運ばれていった。

 玄関の方で音がする。誰かが怒鳴る声が聞こえる。

紬『――そんなっ、あの子は言えませんよ!? せっかく、せっかく元気になったばかりなのに・・・!』

 紬さんのすすり泣く声が向こうから聞こえた。


 食卓に戻った。ショートケーキも残りわずか。

 わたしは残しておいた部分を一気に口にほおばって、イチゴを思いっきり噛みつぶした。

 口の中でじわりと広がった果肉の感触が、なんだかすごく気持ちよかった。

 いま鏡見たら、わたしの歯も真っ赤になってたりしてね。えへへ。

おわり。



55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:57:37.32 ID:7HYKgIss0

読んでくれた人ありがとう
いろいろと変わってるけど、いちおうSaki『Sredni Vashtar』という短編のクロスSSでした
とりあえず関係者のご冥福をお祈り申し上げます
次は言葉に振り回される話にする




54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 07:55:47.95 ID:khqYeh2l0

乙乙、面白かったよ



56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 08:06:10.52 ID:LJSQiKrJ0

うん、文学的で良い作品だった



57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/07/02(土) 08:17:19.25 ID:jb4uF+TK0

面白かった
まさかりっちゃんが医者になるなんて






Wikipedia:サキ


youtube:Sredni Vashtar





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[ 2011/07/02 13:53 ] 非日常系 | SredniVashtar | CM(5)

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タイトル:
NO:3147 [ 2011/07/02 14:46 ] [ 編集 ]

ただけいおんキャラ代入しただけじゃないか

タイトル:
NO:3148 [ 2011/07/02 15:49 ] [ 編集 ]

タイトルから平沢進師匠ネタかと思ったが全く違いましたでござる。
この内容なら主人公の女の子をムギにしたほうがと思う、
配役に必然性が無く、深い訳も無くキャラをあてはめた感じが拭えない。
文章が丁寧で描写も美しく情景が難なく浮かぶのだが、
けいおんSSとしては押しが弱い。好みの作品なだけに気になる。

タイトル:
NO:3151 [ 2011/07/02 17:28 ] [ 編集 ]

人間関係。生い立ち。
どれを取ってもけいおん関係無し。
あまり野暮な事は言いたかないが
これほどけいおんでやる意味を
問い質したいSSも珍しいですな。

タイトル:
NO:3166 [ 2011/07/03 04:20 ] [ 編集 ]

でも、話はすげえ

タイトル:
NO:3168 [ 2011/07/03 08:38 ] [ 編集 ]

そりゃクロスですし
でもつまらなかった

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