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唯「トロイメライ」 【ファンタジー】


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1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 09:54:19.38 ID:63iwJoet0

代理





2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 10:01:24.95 ID:qf1jWg1lO

星は時に気まぐれなことをする。

ある時はこの青い星に惹きつけられ、熱を上げて燃え尽きてしまう。

またある時は燃え尽きずに、地上に落下して隕石と名づけられる。

地上に住む者に一定の時間、無敵の力を与えることもある。

そして、稀にこんなことも……。





5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 10:10:09.72 ID:qf1jWg1lO

「冷えるわね、りっちゃん」

「おお、もうすぐクリスマスだからな」

それは、街に色とりどりのツリーが立ち並ぶ季節。

唯達軽音部は楽器店にいた。

レフティフェアが開催されるので、澪の希望で来たのだ。

「おーおー、熱心に見ちゃって。何も買わないからなー」

澪の顔いっぱいに、無邪気な子供の笑みが咲いていた。

律の声も耳に入らないようだ。



6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 10:20:07.47 ID:qf1jWg1lO

店は穏やかなクリスマスソングに包まれている。

胸に熱いものがこみ上げてくるような、優しい音色。

「何かいい曲が流れてるけど、これ、何なんだ?」

「オルゴールフェアもやってるのよ。この季節はけっこう売れるの」

「オルゴール、ねえ。音楽はロックに限るよ。なあ唯」



7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 10:26:23.31 ID:qf1jWg1lO

「……」

唯の返事は返って来なかった。

彼女は澪とは別のウィンドウに釘付けになっていた。

両の手をガラスに貼り付けて。いつになく真剣な眼差しで。

「なーにを真剣に見てんだよっ」

律が唯の背中をどやしつける。だが彼女の返事は上の空だった。

「んー……ちょっとね」

唯の熱心な視線は、一つのオルゴールに注がれていた。



9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 10:38:24.38 ID:qf1jWg1lO

それは、ガラスのドームに包まれた回転木馬のオルゴールだった。

底のネジを巻くと、木馬が回りだすのだ。

木馬には、一人の少女がちょこんと腰掛けていた。

黒い髪をツインテールにして、純白のワンピースを着た少女。

「なんだ、これがほしいのか?」

「……うん」

唯は相変わらず上の空だ。

律はふと、ここにギターを買いに来た日のことを思い出す。

あの時も唯は、一つのギターに熱を上げていた。

「買っちゃおうかな……」

「おいおい、衝動買いは止めておけよ」

「……どうしてもほしいの!」

唯の声はどこまでも真剣だった。



10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 10:45:48.64 ID:qf1jWg1lO

「どうしたの?」

ムギが声をかける。

「唯がこのオルゴール買いたいんだってさ。お前、小遣いはあるのかよっ?」

「お母さんからもらった五千円あるから大丈夫、だと思う」

やれやれ。律は呆れたような笑みを浮かべる。

今更何を言っても、唯の熱意はどうにもできないだろう。

「あのー、こちらのオルゴール、売っていただけないかしら?」

紬が店員に声をかける。

「あ、お客様すみません。実はそちらは非売品でして」

「……売っていただけないかしら?」

「ひっ!?」



11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 10:52:55.94 ID:qf1jWg1lO

瞬間、店員の全身を凍りつくような戦慄が駆け抜けた。

そう。穏やかな笑みを浮かべて仁王立ちしているこの少女は、

紛れもなく社長の娘なのだ……!

「……で、でしたら五千円でいかがでしょう?」

「もう一声~」

「で、で、でしたら三千円で!三千円でいかがでしょう!?」

店員の顔は恐怖に引きつっていた。紬は唯の方を向く。

「唯ちゃん、どうかしら」

「……本当に?やった!ムギちゃん大好き!」

唯が紬に抱きつく。

凍てつく冬の風も溶かしてしまうような、満面の笑みを浮かべて。



13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 11:01:35.30 ID:qf1jWg1lO

「……ありがとうございましたー……」

「店員さんが半泣きになってるんだが……」

「ムギちゃんは神様だよ~」

茶色の紙袋を幸せそうに抱えた唯が言う。

まるでぬいぐるみを抱えた幼い少女だ。

「唯ちゃんが喜んでくれたなら、それでいいの」

「おーい、澪。そろそろ帰るぞー」

「やだ」

澪はまだウィンドウにくっついていた。夏の終わりの蝉のようだった。

「はーい、また今度来ましょうねー」

「やだー!もっと見てるー!」



15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 11:07:35.47 ID:qf1jWg1lO

家に帰ってから、唯は早速オルゴールの包みを開ける。

底の堅いネジを回すと、なんとも心地よいメロディが居間を満たす。

優しく、そしてどこか切ないメロディ。

「シューマンのトロイメライかぁ。素敵な曲だね」

憂が曲の名前を教えてくれた。

「遠い未来?」

「トロイメライ」

ドームの中の木馬が回る。木馬に乗った少女も回る。



17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 11:15:11.42 ID:qf1jWg1lO

「さあ、そろそろご飯にしよう?」

「あー、うん……」

唯の視線はまだオルゴールに……

木馬に乗った少女に……釘付けになっていた。

本人が気づくはずもないが、唯の目にはこれまでにない輝きが宿っていた。

慈しみに溢れた輝きが。

「お姉ちゃん?」

「……あー、うんうん。すぐ行くよ~」

「今日はお姉ちゃんの大好きなオムライスだよ!」

「……わぁ、嬉しいなぁ!ありがと憂!」



18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 11:24:01.35 ID:qf1jWg1lO

優しい黄色をしたオムライス。確かに食べた記憶はある。

しかしその記憶は、まるで誰か他人の記憶のようにぼんやりしていた。

気がついたら唯は、自室にこもってオルゴールのメロディを聴いていた。

何度も何度も底のネジを巻き、木馬と少女をじっと見つめる。

他のことは頭になかった。唯の関心のすべてはオルゴールに向けられていた。

「お姉ちゃーん、お風呂入らないと」

「……後で」

「もう、さっきもそう言ってたよ?めっだよ?めっ!」

「あぁー、ごめんなさーい……」



19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 11:30:54.61 ID:qf1jWg1lO

翌日、音楽室。

唯は紬に、あのオルゴールについて詳しく聞いてみた。

あのオルゴールの何が、自分をそこまで惹きつけるのか知りたかった。

「あのお店で売ってるオルゴールは、大半が小樽から取り寄せたものなの。
 唯ちゃん、小樽はご存知かしら?」

「んー、知らないなぁ……」

唯は地理に弱かった。

「北海道の西側の、海辺の小さな町。
 ガラス細工とオルゴールで有名だけど、この季節はきっとすごく寒いわねぇ」

「小樽か……。行ってみたいな」

澪が目を輝かせる。



20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 11:38:49.23 ID:qf1jWg1lO

「唯ちゃんが昨日買ったのは、とある有名なメーカーの商品なの。
 だから年代物ってわけじゃないけど……」

そこまで言ってから、紬は言葉を切る。

「ごめんね。あまり役に立たないみたいで。今度もう少し詳しく調べてくるわ」

「……ううん、いいよ。教えてくれてありがとう」

確かにあまり役には立たなかったが、

あのオルゴールのことを少しでも知ることができて嬉しかった。

「さて、そろそろ練習するぞ!」

「えぇー、もう少しお茶してようぜー」

「あらあら」



21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 11:47:22.63 ID:qf1jWg1lO

その日の練習は、あまりいい演奏ができなかった。

「唯、今日はミスが目立つな」

澪が指摘する。確かに唯のギターは、お世辞にも誉められたものではなかった。

「ダメだぞ、家でもしっかり練習しなきゃ。最近調子よかったのに」

「ふぁーい……」

唯は間の抜けた返事を返す。

「唯も女の子だからな、あの日だったりして」

次の瞬間、凄まじいスピードで拳が律の頭に飛んできた。

「バカ律!」



22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 11:53:02.81 ID:qf1jWg1lO

帰り道。クリスマスソングが薄暗いアーケードを霧のように漂っている。

「唯、アイスでも食べていくか?」

「今日はいいよ」

「じゃあゲーセンでも寄ってくか」

「ううん、今日はまっすぐ帰るよ」

唯は相変わらずぼんやりしていた。そして、心なしか歩調が速かった。



23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 11:59:33.28 ID:qf1jWg1lO

「なあ律……。唯の調子おかしくないか?」

唯と紬と別れた後で、澪が言った。

「確かになー、いつも以上にぼやっとしてるっていうか、何て言うか」

「体の調子でも悪いのかな?」

「いや、案外恋かもしれないぞー」

「こっ……!」

途端に澪が真っ赤になる。

頬を染める幼なじみを見て、律は嫌な笑みを浮かべる。

「だってそうだろー、私らには縁がないけど、もうすぐクリスマスだからなー」

「ゆ、唯が……!だって、あの唯が……へ、変なこと言うなバカ律!」

再び拳が律を直撃した。



28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:44:51.97 ID:qf1jWg1lO

帰宅してすぐに、唯はオルゴールのネジを巻いた。

制服も着替えずに、優しい音色に全神経を集中させる。

優しく、そしてどこか切ないシューマンの名曲。オルゴールのトロイメライ。

……この胸の苦しさは何だろう。

この甘く華やかで、けれど外を吹き荒れる風のように冷たい感覚は、何だろう。

どれくらいの時間、そうしていただろう。

部屋の戸口に立った憂の大きな声で、唯は我に返った。

「お姉ちゃん、ご飯だってば!」

「うひゃいっ!?」

「……もう、よっぽど気に入ったんだね、それ」



30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:55:51.22 ID:qf1jWg1lO

その晩、彼女は夢を見た。オルゴールの木馬が逃げ出した夢だった。

『私の馬を探してください』

木馬の少女は、必死にそう訴えていた。けれど唯は足を動かすことができない。

足には何本もの腕が、蛇のように絡みついているのだ。腕の持ち主が口々に言う。

『唯、練習するぞ』

『唯、今日こそは付き合ってもらうぜ』

『お姉ちゃん、ご飯だよ』

シーツがびしょ濡れになるほどの汗をかいて、

唯は目を覚ました。時計を見ると三時だった。



31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:04:50.85 ID:qf1jWg1lO

「いったいどうしちゃったんだよ、お前は」

翌日の音楽室。澪が唯の肩を強くゆする。

その日の唯はひどい有り様だった。

明らかに寝不足の顔で登校してきた彼女は、

授業のほとんどを寝てすごし、教師に二回も呼び出された。

昼食は半分以上も彼女の鞄で食べられるのを待っている。

日常生活ですらこの有り様なのだから、

演奏などまともにできるはずがなかった。

「唯ちゃん、何か悩んでることでもあるの?私でよければ相談に乗るわよ?」

紬が心から心配そうに言う。

「……じゃあ、ムギちゃんに相談。ちょっとトイレまで来てくれるかな」



33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:12:59.19 ID:qf1jWg1lO

唯が低い声で言う。

「りっちゃんに澪ちゃん、ごめんね。
 どうしてもムギちゃんと二人で話したいの。ここで待っててくれる?」

「おう、何百年でも待ってるぜ」

明るさをよそおっているが、

女優の訓練を受けていない律の声は心配を隠しきれていなかった。

……

「ごめんね、わがまま言って」

「いいのよ。何でも相談してみて」

唯の髪は艶やかさを失い、目の下にはクマができていた。

わずか数日でここまで変わってしまうとは。紬の胸が痛む。



34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:21:22.60 ID:qf1jWg1lO

「……ムギちゃん、女の子同士のお付き合いを見るのが好きなんだよね?」

「え?……ええ、そうね」

「見てると、どういう感じがするの?」

「どんなイメージか、ってことかしら?」

唯はうなずく。

「そうね。……赤やピンクのお花畑をお散歩しているような、
 ラズベリーのアイスを舐めているような、そんな甘酸っぱい感じ」

紬の言葉が、唯の漠然としたイメージに明確な形を与えてくれる。

「それをムギちゃんは、何て言葉で表現する?」

「そうねえ……恋、かしら。
 私は女の子同士のお付き合いそのものに恋をしているのかしらね」

「恋……」



35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:27:23.22 ID:qf1jWg1lO

その晩、唯がオルゴールのネジを巻くことはなかった。

代わりに彼女は、木馬に乗った少女を何時間も見つめ続けた。ガ

ラスのドームに穴が開いてしまいそうになるほど。

……気づいてしまった。いや、とっくに気づいていたのに、

気づいていないふりをしていたのかもしれない。

いずれにせよ、唯はいまやそれをはっきりと自覚していた。

恋。

私は恋をしている。

……オルゴールの中の、木馬に乗った人形の少女に。



36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:32:18.75 ID:qf1jWg1lO

正気の沙汰ではない。唯は自分にそう言い聞かせる。

そう、相手は女の子なのだ。それ以前に人形なのだ。

決して許される感情ではない。

狂っている。気違い沙汰だ。

捨ててしまおう。

滅茶苦茶に壊して、きれいさっぱり忘れてしまおう。

唯は自分に何度も言い聞かせる。

けれども、振り上げた金槌を下ろすことはできなかった。



37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:51:57.52 ID:qf1jWg1lO

代わりに唯は考える。

私は今まで、誰かを恋愛の対象として見たことなんかない。

それがどうして、急にここまで思い悩むことになってしまったんだろう。

それも人形相手に。

それにしても。唯はこうも考える。

私が恋にここまで苦しむとはね。

普段その手のことに鈍感な人ほど、自分の番になったら深く思い悩むのだろうか。

唯は考える。けれど、いくら考えても答えは出てこなかった。



46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 19:21:20.80 ID:qf1jWg1lO

数日が過ぎた。

唯はオルゴールを忘れようと努力した。

ある時は机の奥深くに押し込んだ。

またある時はギターの練習にへとへとになるまで打ち込んだ。

それでも、気がついたら彼女はオルゴールのネジを巻き、

回る木馬と人形を凝視していた。

ネジを巻きすぎて壊れてしまうのではないか。そう考えることもあった。

唯はそれを心のどこかで望み、そして恐れた。



47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 19:27:29.72 ID:qf1jWg1lO

ガラスのドームを打ち壊して、

中の人形に直接触れたい。愛の言葉を囁きたい。

そんな衝動に襲われることが幾度もあった。

そして実際に金槌を振り上げたことも。

……結局振り下ろすことはなかったが。

そんなことをしても、どうにもならないのだ。

ガラスといっしょに、紬の好意が粉々になるだけだ。

そして、ますます胸の疼きがひどくなるだろう。

そのようにして、鬱屈した冬の日は無駄に過ぎていった。

そしてクリスマスがやってきた。



49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 19:35:03.80 ID:qf1jWg1lO

律の一言で開催されたクリスマスパーティーは華やかだった。

憂は豪華なパーティー料理を作ってくれ、

軽音部の仲間達は沈みがちな唯の気分を盛り上げようと大いにはしゃいだ。

それでも、唯が心から楽しそうにすることはなかった。

数日前から、彼女の心の表面には氷河のように堅く冷たい壁ができていた。

壁は容赦なく疲弊した彼女を寒々とした気分にさせる。

……もしあのオルゴールの子と結ばれるなら、

私はここにある物、いる人すべてを差し出してもいい。

唯は思う。そしてそんな自分を憎んだ。



50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 19:43:44.44 ID:qf1jWg1lO

パーティーが終わった後、

唯は自室のベッドに大の字になり、ぼんやりと天井を眺めていた。

……楽しそうに振る舞えたかな。みんな私を心配していないかな。

胸の疼きは、もはや回復の見込みがないように思われた。

この苦しみと一生を共にするのだろうか。

そう思うと彼女の疼きはますますひどくなる。



51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 19:49:27.49 ID:qf1jWg1lO

「……キミを見てると、いつもハートドキドキ……か」

ああ、神サマお願い。

二人だけのdream timeください。

「今夜もオヤスミ……か。えへへ、バカみたい……」

そして唯は眠りに飲まれてゆく。夢の中だけが安住の地だった。



55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:01:20.52 ID:qf1jWg1lO

……凍てつく夜空に冷ややかな月が浮かんでいる。

無数の星が瞬いている。

クリスマスの夜空。サンタクロースの姿は見えない。

その代わりに、一つの星がゆっくりと舞い降りてきた。

それは季節外れの蛍のように、冷たい光を放っている。

星はやがて、明かりの消えた平沢家の窓を音もなく開ける。

星の前には、鍵などまったく意味をなさないのだ。

そして星は、唯の机の上に置かれたオルゴールにふわりと着地した。



56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:17:26.36 ID:qf1jWg1lO

唯は目を覚ました。

静謐な青白い光が、部屋を満たしている。

唯が今まで見たことのない光だった。

彼女はベッドから起き上がり、

息を潜めて光の源……オルゴール……を見つめる。

どれくらいそうしていただろう。

やがて彼女は、震える手をオルゴールに伸ばす。

ガラスに触れる。……それはすでにガラスではない。

静かに波打つそれは、この上なく不思議な感触だった。

そのまま、物質に手を押し込んでゆく。

不意に何かに強く腕を引かれ、唯は深く沈み込んでいった。

銀に輝く虚無の中へ……。



57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:21:20.85 ID:qf1jWg1lO

「……先輩、唯先輩。ダメですよ、こんなところで寝ちゃ」

唯は再び目を覚ます。彼女は柔らかい緑の草原に横になっていた。

目をこすりながら、ゆっくりと身を起こす。

ピンク色の空。

静かに回り続ける回転木馬。

そして、白いワンピースを着た、ツインテールの少女。唯の初恋の相手。



58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:28:08.87 ID:qf1jWg1lO

「あなたはどうして、私の名前を知っているの?」

唯は尋ねる。少女は笑みを浮かべる。子猫のように愛らしい。

「私はなんでもしっているんです」

唯は自分が純白のワンピースをまとっていることに気づく。

少女とおそろいのワンピース。

「それじゃあ、あなたの名前は?」

「梓です」

「あずさ?」

「ええ。私を作った職人さんは、私をそう呼びました」



59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:35:05.44 ID:qf1jWg1lO

「質問していいかな」

「どうぞ」

「どうしてここのお空は、ピンク色なの?」

梓は微笑みを浮かべたまま沈黙する。

意味をなさない質問に答える必要はないのだ。

「それじゃあ、梓ちゃんは前から私を知っていたの?」

「はい。楽器屋さんのウィンドウにいた頃から、
 私はあなたを見つめていました。
 びっくりしましたよ、あなたが金槌を振り上げた時は」

「すいやせん……」

「いいんですよ、もう。
 あなたはよく我慢しました。これからはずっといっしょです」



60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:41:52.62 ID:qf1jWg1lO

「さあ、質問は終わり。行きましょう」

梓が唯の手を握る。穢れを知らない、小さな愛らしい手。

「最後に一つ、いいかな」

「どうぞ」

「……あずにゃん、って呼んでいいかな」

「……変なあだ名ですね。でも構いませんよ。さあ、行きましょう」

そして二人の少女は、回転木馬に向かって駆ける。

裸足のまま、手をしっかりと握りあって。



61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:52:42.74 ID:qf1jWg1lO

そして、二人だけの静かな時間が始まる。

二人は遊具に身を委ねる。コーヒーカップ、観覧車、

そして回転木馬。ここにはたくさんの遊具があった。

外から見ているだけでは、わからないこともあるのだ。

木馬が回る。カップも回る。観覧車も回る。

あずにゃんも、そして私も回る。

こうして回り続けていれば、

いつかバターみたいに溶け合って、一つになれるのかな。



63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 21:59:26.63 ID:qf1jWg1lO

「唯先輩、飽きてきましたか?」

「ううん」

「お腹はすきましたか?喉は乾きますか?」

「ううん」

「そうでしょう。
 ここはそういった感覚がまったく意味をなさない場所なんです」

その通りだった。唯は飽きも飢えも乾きも感じない。

そこは満たされた場所なのだ。



65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:08:49.24 ID:qf1jWg1lO

「唯先輩」

何度目かの観覧車に乗っている時だった。梓が真剣な表情で言った。

「唯先輩は、帰ろうと思えばもとの場所に帰ることができます」

「……うん。それで、帰る方法は?」

沈黙。

「それじゃあ、私が帰った後はどうなるの?」

「私は永遠にひとりぼっちですごすことになります」



66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:17:24.19 ID:qf1jWg1lO

唯と梓が乗ったリフトは、まもなく頂上にたどり着く。

「もし帰るのなら、約束して下さい。オルゴールを今度こそ粉々に砕くと。
 そうすれば、私は寂しい思いをせずに眠れます」

梓の澄んだ瞳は、すでに潤み始めていた。

唯は一瞬、元いた場所のことを思う。そしてすぐに首を振る。

「大丈夫。私はどこにも行かないよ。
 大好きな人と、ずっといっしょにいられるから」

リフトが頂上にたどり着いた瞬間、唯は梓の小さな体をぎゅっと抱きしめた。
 梓の目尻から、熱いものが一筋こぼれ落ちた。

「私も、唯先輩が大好きです」

そしてリフトは降下を始める。抱き合う二人を乗せたまま……。



68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:25:52.68 ID:qf1jWg1lO

翌朝、唯の部屋。

姉の枕元にプレゼントを置きに来た憂は、思わぬ姉の不在に戸惑っていた。

お姉ちゃん、ジョギングにでも行ったのかな。こんな寒い朝に。

ふと、机の上のオルゴールに目をやる。

ガラスのドーム、回転木馬、二人の少女の人形。

……あれ、気のせいかな?

このオルゴールのお人形さんは一つだけじゃなかったっけ?

それにしても、こっちのお人形……なんだかお姉ちゃんに似てるなあ。



終わり



72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 22:31:38.32 ID:qf1jWg1lO

おしまい
また黒歴史を生み出してしまいました
俺の地の文SSはやはり鬱が不可欠ですな

さて、元ネタを見抜いた奴はいるかな?



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唯「トロイメライ」
[ 2010/09/25 23:00 ] ファンタジー | 唯梓 | CM(0)

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