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紬「SAW」#前編 【ホラー】


http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1313327336/l50

紬「SAW」#前編
紬「SAW」#中編
紬「SAW」#後編





1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:08:56.21 ID:/5dEcBCv0

ID:daISRcm70
代行





2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:09:32.10 ID:daISRcm70

>>1
ありがとうございます。





5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:11:39.57 ID:daISRcm70

 律は目を覚ましてすぐに、驚愕の声を上げた。
寝起きはそういい方では無いが、
目に飛び込んでくる情景が脳を一気に覚醒させた。

眠った場所と起きた場所が違えば、眠気など一瞬で飛ぶ。
左足首に鉄の輪が嵌められていれば、尚の事だ。

 その鉄の輪は鎖に繋がっていた。
鎖の先を目で追うと、床に打ち込まれた小さな鉄の輪を通っている。

その鉄の輪には、有刺鉄線が幾重にも巻かれていた。
律は鎖に沿って、更に目を先へと向けた。
そこには、右足首を律同様に拘束されている澪の姿が映った。


「澪っ」


 反射的に恋人の名を叫び、澪に駆け寄る。
名前を呼んでも反応を返してこない澪に胸騒ぎを覚えたが、
顔を覗きこんで安堵の息を漏らす。


「眠ってるのか……」


 それでも一応、慎重に外傷の有無を確認する。
怪我の無い事を確かめると、肩を揺さぶりながら叫んだ。


「澪っ、澪っ、澪っ」

「んっ?り、律ぅ?」


 澪は眠たげに目を擦り、覚醒し切っていない虚ろな目を向けてきた。


「起きたか。大丈夫か?気分悪くないか?」

「何言って……って、何っ?」


 澪は自分を取り巻く異様な状況に気付いたのか、頓狂な声を上げた。



6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:12:50.55 ID:daISRcm70

「私にもさっぱりだよ。目が覚めたらこうなってた」


 律は周囲を見回しながら言った。
2メートル四方はあろうかという四角い空間だった。
その内、3つの辺は変哲の無い壁だが、
残りの一つの辺は壁にしては妙な造りだった。

二つの壁が左右から合わさって出来たような微かな隙間が、中央に走っている。
それは宛ら、取っ手の無いドアに見えた。


「律、悪ふざけは止せよ」


 澪の口調はやや怒りを帯びていた。
どうやら、律が仕組んだ悪戯だと思っているらしい。
状況を見ればそう考えるのも無理は無い、それは律にも理解できる。
そして、悪戯であればどれだけ良かったかと、律自身思っている。


「残念ながら、悪ふざけの類じゃねーよ。
 さっきも言ったけど、私自身何が起こってるか理解できてないんだ」

「本当か?」

「本当だって。てゆーか、どうしてこうなったか。確か昨夜は……」


 突拍子も無い場所で目覚めたせいか、記憶が混乱していた。
自宅以外の場所で過ごした憶えはあるが、それが何処だったかよく思い出せない。
だが、少なくともこのような場所で過ごした憶えは無かった。


「ムギの別荘に泊まったんだよ。


その流れで、こういう悪戯を律達が仕組んだんだと思ったけど」



8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:14:14.76 ID:daISRcm70

「ああっ、そうだっ。ムギのとこ泊まったんだっけ。
 と、なるとムギが仕掛け人か?いや、唯辺りも噛んでるかもな」

「唯と梓は居なかっただろ?私と律だけが、ムギの別荘に行ったんだよ」

「そっからしておかしーじゃん?何で唯と梓、来ないの?
 実は来てるんだよ、きっと。
 私らがこのビックリな悪戯のターゲットで、唯とムギと梓が仕掛け人って事だ」

「まぁ、唯と梓に隠れる必要性があるのか分からないけど、その推理は正しそうだな。
 本当にお前が噛んでないなら、だけどな」


 澪はまだ律を疑っているらしかった。
日頃の行いを思えば、それも無理からぬ事だと律自身が痛感している。
だが今回は、本当に絡んでいない。


「いや、本当に私関係してないっての」


 律は溜息を吐くと、視線を上に向けて叫んだ。


「ムギーっ。唯ーっ。梓ーっ。悪ふざけが過ぎるぞー」


 彼女達の声は返って来ず、代わりに律の声が虚しく反響した。


「ちっ、無視しやがって。何処かで見てるんだろ……」


 律は視線を上に向けたまま、観察した。
唯達の姿を見つける事はできなかったが、代わりに気になる物を幾つか捉えた。
プラスチックに守られたディスプレイと、こちらを向いている複数の大きな管がそれだった。
二つとも律達から相当に離れて、その姿を覗かせている。
その周囲には薄暗いライトが灯り、律達を照らす役目を果たしていた。



10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:16:14.53 ID:daISRcm70

 そして、その更に遥か上に天井があるのだろう。
暗くて見通せないが、天井部分は不自然なくらいに高い。


(いや、違う……)


 律は気付いた。
地面から二メートル程上の壁際と、そこから先の壁に小さな段がある事に。
まるでそこにあった天井──というよりも蓋──を外したかのようだった。
 律は中央に小さな線状の隙間を形作っている壁へと、もう一度視線を走らせた。
続いて、その左右を見回す。そして、理解した。


(そうか……分かったぞ。今私達が居る場所が)


 そこまで思考した時、澪が驚愕に満ちた声を上げた。


「って、律」


 その声に引き摺られるように、律は視線を向けた。
澪は唖然とした表情を浮かべ、指先を律の後方へと向けている。
そこは、中央に微かな隙間が浮かんでいる壁の反対側である。


「なっ」


 振り返った律の口からも、驚愕に染まった声が漏れた。
澪の指し示す壁際の床に、包丁が二つ置かれているのだ。
鎖と澪以外に注意を払っていなかった為、後方の床の違和には気付いていなかった。



13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:18:52.74 ID:daISRcm70

「何なんだよ……。っとに悪趣味な冗談だ」


 律は悪趣味な冗談と言ってみせたが、本心では悪趣味だとしか思っていない。
冗談であるとは、そろそろ思えなくなってきていた。


「本当に、何なんだよ……」


 澪も律の言葉を復唱してから、続けた。


「それ以前に、此処は何処なんだよ。どうして、こんな事になったんだよ。
 昨夜はムギの家に泊まったはずだ。それがどうして、こんな事に……」

「ここが何処かは、もう分かってる」


 律がそう返すと、澪は目を見開いた。


「ど、何処なんだっ?」

「具体的な地名だとか、或いは家からの距離だとか、そういう事は分からない。
 分かったのは、この空間の名称だよ」

「な、何なんだよ……。
 まさか、墓場だとか比喩めいた事言う心算じゃないだろうな?
 予め言っとくけど、それ、全然上手くないからな?」

「んな事言うかよ」


 律は、中央に線上の隙間を走らせる壁を指差した。
正確には、右端寄りの一面に指を向けている。
 その指先に釣られるように、澪の視線が動く。


「あっ」


 澪も気付いたようだった。


「分かったか?ここ、エレベーターの中だよ」



14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:19:56.25 ID:daISRcm70


*

 律の指が示す先にあるパネルには、
『開』『閉』『開延長』といった文字や数字の書かれたボタンが並んでいる。
律も見慣れている、エレベーター特有のパネルだった。
中央に走っていた微かな線も、エレベーターの扉の構造を表していた。

だが律がショッピング等で乗るエレベーターに比して、随分と広い。
加えて、デザインも洒落たものではなく、酷く無骨なものだった。
剥がされた天井から受ける印象だけではなく、
床や壁の造りからして装飾性が微塵も感じられない。

客を迎えるものでは無く、業務用エレベーターなのだろうか。
そしてパネルの数字を見る限り、此処は少なくとも3階まではある建物らしかった。

 律は立ち上がると、『開』と書かれたボタンを押す。
予想していた事だが、反応は無い。


「やっぱり駄目か」


 剥がされたエレベーターの天井部分に一瞥を加えてから、律は呟く。


「壊れてるのか?」

「閉じ込められてるんだろ」


 律は溜息を吐くと、扉に手を掛けた。
取っ手が無い平面という力を加え辛い構造ではあるが、それでも手動で開こうと試みる。


「あっ、私も手伝うっ」


 澪も加勢してくれたが、やはり扉は動かなかった。


「やっぱ無理か……」


 律は諦めたように溜息を吐く。



17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:22:01.35 ID:daISRcm70

「そんな……。じゃあ、どうやって帰るんだよ?
 扉が開かなきゃ、帰れないだろっ?」

「開いたところで、帰れないだろ?ほら」


 律は足を振って、拘束している鎖を鳴らした。


「いや……鎖は、ほら、あの鉄の輪を床から引き抜けば……。
 あの輪を通ってるんだから、あれさえ引き抜けば……」

「それで二人三脚、素晴らしい発想だけどな。
 どうやって誰が抜くんだ?」


 律は鎖を通している鉄の輪を指差す。
否、輪を覆っている有刺鉄線を指差す。


「それに、どうせ床の裏側には返しとか付いてるんでしょ。
 抜けっこ無いって」


 律がそう続けると、澪は顔を青褪めさせて叫ぶ。


「誰かっ」


 澪は扉の前まで駆け寄ると、激しく叩きながら続け様に叫んだ。


「誰かっ、助けてっ。聞こえたら、助けてっ。誰かー」


 誰かが側に居たとして、決して助けはしないだろう。
恐らく誰かは、この近辺に居るはずだと律は思っている。
だがそれは、きっと律達を閉じ込めた側の人間だ。


「誰かっ誰かっ、助けてっ、お願いっ」


 半狂乱に扉を叩き続ける澪を見ていられず、律は澪の肩に手を掛けながら言う。


「落ち着けっ。落ち着けって、澪。
 そんなに手を乱暴に扱うなよ。お前が手を傷めたら、誰がベース弾くんだよ」

「ベースっ?ベースだって?」


 澪が咄嗟に振り返った。


「そうだよ。お前はHTTのベーシストだろ?」

「この状況下で、ベースなんて弾けるかっ。そもそもベースなんて何処にある?
 ああ、そうさ、家さ。家に帰らなきゃ、そもそも音楽なんて弾けないだろっ?」



18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:23:41.92 ID:daISRcm70

「扉叩いたって、大声上げたって、家には帰れないよ。
 落ち着いて、誰かが助けに来てくれる事を待とうよ。
 まだ、唯やムギの悪戯だって言う可能性も……あるワケだし……」


 自分でも信じていない悪戯の可能性を、律は口にする。
そのような苦し紛れを、澪は一蹴した。


「こんな悪質で手の込んだ悪戯、いくら唯やムギでもやると思うのか?」

「いや、万が一って事も」

「そんなの、期待できるかっ」

「助けこそ、期待できないよ」

「そんなの……やってみなきゃ……」

「誰かが扉の向こうに居たとして、或いは声の聞こえる範囲に居たとして。
 それはきっと、私達を閉じ込めた人間だよ。こんな事するからには、目的がある。
 目的を達する為、側に留まっている事はあり得る。
 そんな人間が助けると思うか?
 もし助ける可能性があるとしたら、唯達の悪戯だった場合だけだよ。
 同情誘われてやり過ぎた悪戯だと反省して助ける、そのケースだけだよ」


 澪はもう一度だけ、強く扉を叩いて叫んだ。


「くそっ」


 それ以上、澪は扉を叩こうとはしなかった。



19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:24:45.31 ID:daISRcm70

 澪にしては珍しく口汚い言葉だった。
そう律は思い、冷静さを欠いている姿に幾許かの危機感を覚えた。

尤も、律自身にしても、いつまで自分が平静を保てるか自信が持てなかった。
澪を窘めた今にしても、既に心が折れそうだった。


『ご機嫌は如何?』


 その時、室内に人間の声とは思えない、無機質な声が響いた。
澪の声でも無ければ、勿論律の声でも無い。


『こっち、こっち』


 声は上から聞こえていた。
声の発生源を求めて、律は視線を上へと向ける。
先程見つけて気になっていたディスプレイに、不気味な人形の姿が映し出されていた。
声はそこから響いてくるらしかった。


「何だよ、あれ……」


 澪の震えた声は、律の心情を表したものでもあった。



20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:26:11.84 ID:daISRcm70


*

 ディスプレイに映し出された人形は、
顔の左側が澪を模して造られており、右側が律を模して造られている。
タキシードに身を包み、胸元には青と黄色の混じったリボンが付けられていた。


「おい、何が目的でこんな事するんだっ」


 不気味な造形に気圧されつつも、律は勇気を振り絞って叫んだ。


『君達とゲームがしたい。その為に、ゲームルームに招待した』

「ゲーム、だって?」


 律は訝しげに呟いてから、人形に向かって言う。


「ゲームとやらに参加する心算は無いぞ。今すぐ帰してよ。
 そもそも、招待以前に誘われた憶えなんて無いからな」

『拒否権は無い。だから誘わずに攫った。
 薬を嗅がされた記憶は、ショックで消えているのか。クロロホルムは凄いね』


 その話を聞かされた今となっても、律の記憶は蘇ってこない。
それがショックのせいなのか薬のせいなのか、律には判別が付かなかった。


「大体、何をやらせる心算だよ……」


 律は諦め気味に呟く。
拒否権が無いであろう事は予想できていたが、それでも失意が沸いてきていた。


『ゲームのテーマは、絆。二人の絆を確かめさせてもらいたい。
 ルールは簡単明瞭。1時間、そこで耐えてもらうだけ。
 それが勝利条件だ。
 但し』


 律は身構えた。居るだけで終わるはずが無い、その予感があった。



24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:28:21.31 ID:daISRcm70

『この画面の脇に幾つかホースがある。そこから水を注がせてもらう。
 40分程度で水面が2メートル40センチの高さに達し、
 後は制限時間の残りまでその高さから減らないように注水する。

 一応、天井付近にも強力な目張りはしてあるが、
 それでもドアの隙間等からの漏れは完全に防げない。
 その漏れをフォローする為の、注水だと考えてもらえればいい。
 制限時間の1時間が過ぎれば、速やかに救出を行う』


 淡々と告げる人形に対し、澪は血の気の引いた顔を向けていた。
律は対照的に、怒りを露わにして叫ぶ。


「ふざけるなよ……死んじまうだろっ」

『さて、ここで生き残る為のヒントをあげよう。

 まず一つ目。二人を結ぶ鎖の長さは、1メートル10センチ。
 自分の身長と合わせれば、
 一人だけなら水面から顔を出して呼吸し続けられる。

 だが、二人同時に呼吸はできない長さだ。
 一人で空気を独占したければ、置いておいた武器を自由に使えばいい』


 包丁の事を言っているのだろう。


(殺しあえってか?誰が、そんな要求乗るか)


 律は胸中で憎々しく呟いた。


『ヒント二つ目。中央の輪を抜こうなどとは思わない事だ。
 助かる上で、それは不正解。裏に返しを付けている。
 到底、抜く事などできない。

 ヒント三つ目。包丁で足首を切断しようなどとは思わない事だ。
 出血多量で死ぬ。尤も武器、包丁で自殺すれば、もう片方の人間は助かるがね。
 そして、最後』


 焦らすような間を置いてから、人形は続けた。



26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:29:59.50 ID:daISRcm70

『二人とも助かる方法はある。それは至ってシンプルな事だ。
 既に気付いているかもしれないくらい、簡単に分かる事だ。
 難解な話じゃない、その答えに辿り着くのは容易だ。

 このゲームのテーマ、絆。その絆を見せてくれ。
 二人の間に真の絆があれば、二人とも助かる。
 では、15分後に注水を始める。そこから制限時間のカウントはスタートだ。
 それまで作戦会議でもしていればいい。
 話は以上だ』


「ま、待てよっ」


 律は咄嗟に叫んだ。


「お前、一体誰なんだよ?何がしたいんだよっ」

『言ったはずだ、君達とゲームがしたいと。
 ゲームの目的も、君達の絆を確かめる事だと』

「ああ、言ってたな。でもお前が誰かは聴いてないぞ。
 それと、ムギはどうしたっ?私達を攫ったってのは聞いた。
 でも一緒の別荘に泊まっていたムギ、あいつはどうしたんだっ?」


 律と澪をゲームに招待する事が目的なら、
二人を攫う上で紬は障害になったかもしれない。
二人を攫って監禁した今となっても、
自由にしておけば警察等に相談される恐れがある存在だ。
そう思うと、紬の安否が気遣われた。



28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:30:54.61 ID:daISRcm70

『彼女に付いては、死んではいないとだけ言っておく。
 ゲームに勝ち残った時に、彼女がどうなったか教えてやろう』


 ディスプレイが暗くなった。


「生きてはいるんだ、な」


 安心していいのだろうか。
人形の思わせぶりな発言から察するに、
生きてはいても何らかの危害は受けているようだった。


『ツムギソウ』


 紬の安否に気を揉んでいる律の耳に、無機質な声が届いた。


「えっ?」


 律がディスプレイに目を向けると、再び人形の姿が映っていた。
”罪無偽装”と書かれた看板を首に掛けている。


『ツムギソウ、それが私の名前。
 ムギソウと呼んでくれても構わない。
 それでは、健闘を祈る』


 その言葉を最後にディスプレイから人形が消え、無機質な声も途絶えた。



29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:32:05.72 ID:daISRcm70


*

「おいっ。まだ聞いてない事があるぞ。
 制限時間が過ぎた時、排水って何処から行うんだ?
 それと、本当に一時間だけ耐えればいいんだな?ムギソウ、おーい」


 律が呼びかけたが、反応は無かった。
一旦ブラックアウトしただけの先程とは違い、今回はもう応答終了らしかった。


「ちっ。さっきと違って、もう姿は見せないか」


 律は憎々しげに呟いた。


「な、なぁ、律。ど、どうしよう?早く助かる手段、考えないと」


 澪の声は不安に満ちていた。


「いや、それに付いては、もう見当が付いてる」

「ほ、本当かっ?私達二人とも助かる手段が、か?」

「ああ。ただ……」


 律は顔を曇らせた。
果たしてこの案でいいのだろうか、その不安があったのだ。


「ただ?何か問題でもあるのか?取り敢えず提案してみろよ。
 それで、問題点を考えてみようよ」


 澪が急かしてきたので、律は取り敢えずその答えを口にしてみる事にした。



34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:33:44.59 ID:daISRcm70

「そうだな……っていうか、冷静になれよ。
 澪って私より頭いいじゃん?だから、冷静にさえなればすぐに気付けるよ。

 いいか?鎖の長さは110センチで、私の身長は154。澪が160くらいか?
 水面の高さが240。二人同時には無理でも、片方だけなら息継ぎができる」

「ああ、その通りだ。さっき、ムギソウが言っていた事だな」

「うん。でさ、この鎖の範囲内でなら、移動は自由じゃん?
 つまり、水が満ちても、交互に息継ぎしてれば、二人とも助かると思うんだけど。
 初めて会う二人ならともかく、私と澪だよ?昔からの親友で……そして恋人だ。
 信頼関係もあるんだから、予め交互に息継ぎするって決めとけば、助かりそうなんだけど」


 澪が目を見開いた。


「そうだよ、その通りだよ。交互に息継ぎしてればいいんだ。
 本当に冷静さを欠いていた。恥ずかしいよ」


 澪は頬を赤らめた。


「いや……でもさ、本当にこれでいいのかな?」


 律はその案に自信が持てていない。


「何だ?何か問題あるのか?」

「ああ。簡単過ぎるんだよ。普通、こんなの気付くだろ」

「私は気付けなかったけどな」


 澪は苦笑を浮かべた。


「いや、澪はほら、動揺してたし。でも私が言わずとも、すぐに気付いたと思うよ。
 とにかく、ここまで仕掛けをしておきながら、
 こんな簡単な方法で二人助かるってのがちょっと気に懸かってる。
 ゲームの謎解きにしては、簡単過ぎる」


 律の懸念はそこだった。そう、簡単過ぎるのだ。
果たしてこの程度の難易度でしかないゲームを行う為に、
ここまで大仰な仕掛けを凝らすだろうか。
律は顎に指を当てた。



39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:36:04.60 ID:daISRcm70

「何言ってるんだよ。ムギソウも言ってただろ?
 シンプルだって、簡単だって、容易だって。

 それに、ゲームのテーマ、絆だったよな?
 息継ぎを交互に行えるかどうかで、絆を確かめようとしているとすれば、
 テーマにも沿うぞ」

 澪は答えを得た事で余裕を取り戻したのか、楽観的な意見を口にしていた。
だが、冷静とは言い難い、そう律は思った。
冷静と楽観は違う態度なのだから。

 だが、律とて代替の案は浮かんでこない。
それに、澪の意見は的を射ている部分も多々あるのだ。
少なくとも、ムギソウのヒントやゲームのテーマと、辻褄は取れている。

何より、澪を不安がらせたくは無かった。
先程までの動揺していた姿に比べれば、今の楽観的な澪の方がまだ良かった。
だから律は胸中に不安を抱えつつも、肯定の言葉を返す。


「まぁ、確かに、な」

「あ、でも律……。ゲームにクリアしたとして、私達は帰してもらえるのかな?」


 澪の口調が、再び不安に震えていた。
ゲームはクリアできる前提で、澪は考えているらしい。


「それに付いては、大丈夫だと思うよ。
 さっき人形を登場させてただろ?音声だって、機械通して加工してた。
 口封じに殺す心算が無いから、犯人推測させる材料提供してないんじゃね?」

「随分、楽観的なんだな」


 澪にそう指摘され、律は少し愉快な気分になった。
ゲームに対する澪の姿勢を律は楽観的だと思っていたが、
澪は状況に対する律の姿勢を楽観的だと思っている。


「ふふっ、私達、本当にいいコンビだよ、澪。ふふふっ」


 堪えきれずに笑いを零すと、澪が呆れたように言う。


「何が可笑しいんだよ……」

「さってね」



41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:37:16.66 ID:daISRcm70

「全く……。少しは真剣に考えろよ。
 本当に、このゲームの設定通り、絆を確かめる事が目的だと思うか?
 絆を確かめる、なんていうのはきっと口実だよ。
 或いは、そういうシチュエーションの設定。

 どうせ本来の目的は、スナッフビデオの撮影辺りだろ?
 なら、私達はゲームの成否関わらず口封じに……」


 澪はそこまで口にしてから、身を震わせた。


「どうせ殺す心算なら、こんなゲーム組む必要なんて無いだろ。
 もっと派手に確実にやっちまえばいい。
 まぁ、スナッフの可能性だって排除できないけどさ。

 それでも殺しはしないと思うよ。
 ゲーム設定のスナッフなら、
 ゲームのクリア未クリアに関わらず殺してしまうと、観る側は興醒めだよ。
 口封じで考えるなら、殺すよりも金を握らせた方が、捜査の手は伸びにくいだろうし」


 そもそもスナッフビデオだとするならば、
ゲームの条件が優しすぎると律は思った。
スナッフビデオの舞台裏など、律は当然知る由も無い。
だが簡単に双方助かる手段が用意されていては、
そもそもスナッフビデオの用を為せるか疑わしかった。



43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:38:04.27 ID:daISRcm70

 それに律は、一つの疑いを抱いていた。
──自分の知り合いがこのゲームを組んだのでは無いか──と。
勘の範疇は出ておらず、具体的な根拠にも欠けている。
見ず知らずの人間が不作為に自分達を選んだとは考え難い、
という消去法を基にした疑いでしかない。


「そうか、そうかもな……。ところで、律」


 律の言葉に安心したのか、澪の声には力が戻っていた。


「何だ?」

「もうすぐ注水が始まるけど、その前に服、脱いだほうが良くないか?
 水を吸って重くなると、体力的にもきつくなるだろうし」

「それもそうだな」


 律は同意した後で、諧謔的な調子で付け加えた。


「スナッフからポルノにシフトだよ。満足か?ムギソウ」



45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:39:09.02 ID:daISRcm70


*

 上半身を脱ぐことは容易かった。
しかし、足首に鎖と繋がる鉄の輪がある関係上、
パンツルックの下半身は双方共に苦労した。

ズボンを足首まで下ろす事はできた。
そこから先が問題だった。
足首を拘束する鉄の輪と鎖が障害になり、
ズボンを脱ぎきる事ができない。


「これ、邪魔になるよなぁ」


 律が鬱陶しそうに言うと、澪も応じた。


「鎖もその分、短くなるしな。まぁ、この程度なら問題無さそうだけど」

「いや、相当邪魔になると思うぞ。
 勿体無いけど、ふざけたプレゼント活用させて貰おうぜ」


 律は包丁を手に取った。


「おいおい、帰りはどうするんだ?」

「側面だけ切り裂けば、ショーツの大部分は隠せるでしょ?
 それに、どうせ服もボトムも水浸しだ。着て帰ろうとは思えなくなるよ」

「しょうがないな」


 澪も包丁を手に取っていた。
苦労はしたが、程なくズボンの側面を切り裂いて、
足首から解き放つ事に成功した。

 二人とも、胸部と性器を隠す下着、そして靴下のみの姿となった。


「あーもう、本当にポルノって感じだよ。
 お互い、勝負下着めいてるしさぁ」


 律は呆れたように口にする。
律は上下ともに、レース刺繍の編まれた黄色の下着だった。
澪の下着も上下ともにレース刺繍が編まれており、色だけが律と違い水色だった。



50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:40:20.35 ID:daISRcm70

「なぁ、律。そんな下着付けてきたって事は、期待してたのか?
 ムギの別荘だってのに、大胆だな」

「お互い様だろ」


 律はそう返した後で、紬の安否が再び気になって呟く。


「そういや、そのムギ。大丈夫かなぁ」

「随分とムギに拘るんだな?そんなに心配なんだ?」

「そりゃ、友達だし、なぁ。
 大変な状況に巻き込まれてると分かれば、心配にだってなるよ」

「私達だって、充分大変な状況下に置かれてるけどな」


 澪は溜息を吐いた。


「あー、そりゃそーだな」


 律も溜息を吐く。
自分の置かれた状況を改めて考え、不安が擡げた。


「でも、ゲーム自体は大丈夫だろ。不安なのはその先で。
 私は律を信じてるから、交互の息継ぎだってきっと上手くいくよ。

 ……こんな時だから言えるけどさ、私はずっと律一筋だ。
 律だけ愛してきた。律だけ愛してる。律だけ愛していく。
 だから、きっと乗り越えられると信じてる。

 律は?律も、私の事だけ愛してくれてる?」


「お前っ、それ所謂死亡フラグってヤツじゃね?
 何か、最期に言う言葉みたいだぞ」

「答えてよ……不安なんだ……」



51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:41:14.48 ID:daISRcm70

「不安になんか、なるなよ。きっと乗り越えられるから。
 私だって、澪一筋だ。澪だけ愛してる。
 澪だけ愛してきたし、愛していくよ」


 澪は微笑を浮かべた。


「有難う、律」

「何、私の方こそ、好きって言ってくれて有難かったよ」


 澪の微笑が儚げに見えて、律は少し不安になった。
澪は律の為に、大切な何かを
──例えば自分の命でさえ──
犠牲にできるのでは無いか、と。

澪は自分が死ぬ事で、律を助けようと考えやしないか、と。
だから律は付け加えた。


「絶対、死ぬなよ。二人で助かろう」

「分かってる。二人で助かろうな」


 約束を交し合った直後、再び無機質な声が室内に響いた。
今回は声だけで、ディスプレイには何も映されていない。


『今より、注水を始める。ゲーム及びカウント、スタート』


 声は途絶え、ホースから勢い良く水が吐き出されてきた。



53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:42:13.70 ID:daISRcm70


*

 いざ水が放出されると、澪の表情に不安が再度浮かんできた。
律とて不安だったが、励ますように言う。


「大丈夫だよ、な?」

「ああ、分かってる。でも、手、繋いでいい?」

「いいよ」


 その提案は律にとっても有難かった。
注がれる水を前にして、弱気な気分が擡げていたのだ。


『いいの?澪、居るんでしょ?』


 その時、再びスピーカーから声が響いてきた。
今度は無機質な声では無かった。人間の声だった。
それも、聞き覚えのある声だ。


『いいって、いいって。バレなきゃ浮気じゃねーし。
 いちごだって、一回限りの心算なんでしょ?』


 続いて聞こえてきた声は、律自身の声だった。
律は青褪めた視線を、スピーカーへと向けた。
ディスプレイには、律とクラスメイトである若王子いちごの姿が映されている。


「なっ」


 律は絶句した。


「何だよっ、あれはっ」


 隣からは、澪の怒号が聞こえてくる。



55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:43:45.35 ID:daISRcm70

『一回限りとは、限らないけど。律が望むなら、何回でも……』

『だーめだよ。澪ったら古風でさ。浮気とか許さないタイプのヤツなんだよ』


 二人以外には誰も居ない公園で、律といちごの唇が重なった。


『なぁ、早くいちごの家に行こうぜ?』

『そんなに私を求めてるの?』

『いや、澪に見つかったらヤバイからさ』

『帰り道、こっちじゃ無いんでしょ?』

『万が一って事もあるし。
 他のクラスメイトとかに見つかって報告されるリスクもあるし』

『分かった。でもそこはね、早くお前を貪りたいから、って。
 嘘でもいいから言って欲しかったな』

『じゃあ、言うよ。早くいちごを貪りたいから』

『前言撤回。やっぱり嘘と分かっていたら、虚しいだけね。
 だから早く家に帰って、激しい行為で忘れさせて?
 澪に負けてる女だって事』

『負けてないよ。つーか、負けないように頑張って、私を悦ばせてみな?』

『うん、頑張る。いっぱい感じて?』


 ディスプレイの中、律といちごが二人肩を並べて歩いてゆく。
その二人の背を追う事無く、画面はフェードアウトしていった。



56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:45:09.48 ID:daISRcm70

 律の手を握る澪の握力は凄まじく、律は堪らず声を上げた。
それでも、澪の顔を見る事は憚られた。


「み、澪っ。手、手、痛いって」

「律……」


 澪は握力を緩めずに、怒りに満ちた声で呼びかけてくる。
律は震える声で返答した。


「な、何?」

「私の台詞だ。何なんだ?今のは」


 律は返答に窮した。
どう答えても、澪の怒りを静める事は不可能なように思える。


「答えろよっ」


 澪の怒号が、放水の音を掻き消して響く。
律が沈黙を続けていると、澪が再び口を開いた。


「黙ってるって事は……今流れた映像は、本当にあった事なんだな?」


 否定できなかった。
CG技術を駆使して作られた映像、などという嘘は通用しないだろう。


「でも……かなり前の事だし」


 律は目を逸らしたまま言った。


「私達が付き合った後の話ではあるんだろ?」


 澪の握力が更に増した。


「痛いっ、痛いって、澪っ」


 律は手を振って逃れようとするが、敵わなかった。


「私はもっと痛い。律に裏切られたんだからな……」

「おまっ、状況考えろって。悪かったって思ってるよ。
 でもこの話は、後だ後。無事帰った後で、じっくり話し合おうよっ」


 律は尋常では無い痛みに耐えながら言う。
浮気の追及を免れる一時凌ぎだけが、提案の目的では無い。
実際に、ゲームから意識を逸らしてしまう事は、危険だと思っていた。



59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:47:26.44 ID:daISRcm70

「分かったよ……。後でじっくり、話を聞かせてもらうからな」


 律の提案も尤もだと思ったのか、澪は握力を緩めてくれた。
律はその機を逃さず、澪と結んでいた手を解いた。


「律……?何で、手を解くの?」


 澪の口から、訝しむような声が発された。


「あ、いや。痛かったからさ。ちょっと、手冷やしたくなって」


 既に膝まで達している水に手を付けながら、律は言う。
だがそれは繕う為の言葉と仕草でしか無い。

本当は、再び澪が激して握力を込めてくるのではないか、
という恐れ故だった。
否、予感故だった。


「私とは手を繋ぐの、嫌になったのかと思ったよ。
 いちごとは仲良く手を繋いでたのにね。ごめんな、いちごと違って馬鹿力な女で」


 澪は手を解かれた事が不満なのか、皮肉を放ってきた。


「いや、そーいうワケじゃ無いからさ」


 律は冷やしていない方の手を振って、その皮肉を躱す。
 その時、再びディスプレイに映像が映し出された。
水面に反射された像で、それを知る。


「今度は何だよ……」


 律は澪がそうしているように、視線を上に向けた。
そこには、律と梓の姿が映されている。
律達が部室として使っている、第二音楽室が舞台だった。



63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:49:00.58 ID:daISRcm70

『駄目ですよ……。私、澪先輩に憧れてるんです。
 憧れの人を、裏切るような真似……』

『先にモーション掛けてきたのは、梓の方じゃん?
 今更澪の名前出すとか、ずりーって話』

『でも……澪先輩は、私を妹みたいに可愛がってくれてます。
 裏切るなんて……』


 鮮明に覚えている、迷いを繕っている梓の顔。
それを間近で眺めたあの時は、赤面を抑える事に苦労していた。
梓がそれ程、可愛く見えたから。

 画面越しに眺めている今は、
どれ程苦労しても青くなる顔色を抑えられなかった。
澪がそれ程、怖く思えるから。


『モーション掛けた段階で、裏切りは既に完了してんだよ。
 ほら、お前の誘い通り、私は乗ってきたぞ?いや、狙い通りと言うべきかな?
 意図通りの罠に嵌めておきながら、今更澪を言い訳に逃げて、
 その気になってる私を生殺しとかエグくね?』

『その気、って、具体的に何を想定しているんですか』

『分かってるでしょ?やる気。いや、やられる気?』

『後悔しますよ?私は、本気、ですからね』


 画面の中で、梓に圧し掛かられた律がソファへと押し倒されていた。


『こんなトコで?梓ったら、大胆』

『言ったはずです。本気、だと』


 自分が梓に唇を貪られる映像から、律は意識を反らして視線も逸らす。
新たに視線を向けた先は、画面を食い入るように見詰めている澪の横顔だった。
未だかつて見た事の無い、憤怒の形相が滾っている。



67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:50:30.52 ID:daISRcm70

 その表情に律が心底から震撼した時、澪が横目で一瞥を投げかけてきた。
動作は一瞬で終わっているが、それでも律の印象に焼き付いた。

律を睥睨した瞳には、尋常ならぬ憎しみが篭っていたのだから。
律は慌てて澪から目を逸らして、再度画面へと視線を向けた。


『んんっ。梓ぁ』

『はっんっ、律先輩……律せんぱぁい……律、律、律ぅ』


 かつて繰り広げられた、肉体の合わさる光景。
それがディスプレイの中で、繰り返されている。
艶美な声を上げながら、二人の身体は激しく擦れ、縺れ合う。

 澪を横目で盗み見ると、震える拳を握り締めてその場面を凝視していた。
迫り来る衝動を抑えようと、歯を食い縛って唇をきつく結んでいる。


『ごめんなさい……澪先輩……澪お姉ちゃん……ごめんなさい……』


 澪に謝りながら、律を貪り続ける梓。
謝る姿は聖者のようで、そして貪る姿は獣のよう。


『澪の名前出すんじゃねーよ、萎えるだろーが』


 聖者を窘め、野獣を礼賛する律の声で映像は終わった。
再び暗くなるディスプレイ。
音声だけが、もう一度リピートされて狭い室内に反響する。
それは映像を編集した者の悪意を醸し出す、醜悪な演出だった。


『澪の名前出すんじゃねーよ、萎えるだろーが』


 反響が鳴り止まぬ内に、澪の咆哮が重なった。


「律ぅぅぅぅぅっ」



69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:51:42.97 ID:daISRcm70

 叫びながら、澪は動き出していた。
凄まじい勢いで首を律に振り向け、太腿まで達している水に構う事無く突進してきた。


「ひっ」


 律は短い悲鳴を上げると、逃れようと試みた。
こんなに狭い空間内で逃れきれるはずも無い、それは律とて理性では分かっている。
しかし、恐怖を訴える本能には逆らえなかった。


「私から逃げるなっ」


 叫んだ澪が自らの足元へと、手を潜らせた。
途端、左足首を強く引かれたように感じ、律は体勢を崩した。
崩れた身体を立て直せないまま、水面へと転倒する。


(ああ、そうか。鎖を引っ張ったのか。
 二人を結び付けてるもんな。お前から、逃げられないよ)


 上がる飛沫の中、律は見ていた。
自分に向かって伸びてくる手、
その向こうに浮かぶ怨嗟を漲らせた澪の表情を、見ていた。



71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:53:07.87 ID:daISRcm70


*

 ムギソウはカメラに映る二人を見て、歪んだ笑みを浮かべた。
梓と律が身体を交わらせた映像を見た澪は、律に掴みかかっている。
二人の絆も大した事が無い、その満足感を感じていた。

 そもそも、律は澪と付き合っていながら、他の女とも関係を持ってきた。
律と澪は仲睦まじく見えて、片方は移り気だったのだ。

 このゲームを始める前から結果など分かっていた。
この二人は、きっと勝てないと。


「私は見てきた。二人の絆が、薄っぺらいものである事を。
 そして今、私は見ている。二人の仲が瓦解する様を」


 ムギソウはそう呟いて、愉悦を漲らせた笑い声を上げた。



72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:54:31.97 ID:daISRcm70


*

 澪の腕に掴まれた律は、その拘束を逃れようと足掻いていた。
だが体格に劣る律の劣勢は、覆しようも無い。


「律っ、律っ律っ。梓、梓ぁぁ」

「落ち着けっ、落ち着けって、澪」

「落ち着いていられるか。梓は私にとって、妹も同然だった。
 律は、絶対に信頼できる恋人だと思ってた。
 その二人に、同時に裏切られたんだぞっ」

「昔の話だって。今はもう、梓とは何もしてないよ。
 それに、そう何度もヤったワケじゃないし……」


 腕力で敵わない以上、言葉で懐柔を図るしか無かった。
だが、律の言い訳は逆効果だった。


「開き直るなっ」


 澪の怒号が響く。


「いや、開き直ってるわけじゃなくてっ。
 今は、ほら。澪しか愛していないって事が言いた」

「今は?
 じゃあ、昔は?そして、これから先は?」


 澪は眦を吊り上げて、律に迫ってくる。


「昔だって、澪が一番好きだったよっ。
 ただ、他にも味見したってだけで。
 これから先だって、澪だけが好きだからさ」

「それを、信頼しろとでも言うのか?
 裏切られてズタズタにされた私に、更に信じろと?

 お前はさっき言っていたな?私だけ愛してきたと。
 それは……嘘だった。この期に及んで尚、お前は……嘘を吐いていたんだ。

 私は決死の覚悟で律だけ愛すると言った……なのにお前は……
 軽い気持ちで、嘘を……」



73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:55:51.39 ID:daISRcm70

「いや、嘘も方便ってヤツでさ。
 ほら、過去の武勇伝なんて知らせない方がい」

「嘘も方便だとぉっ?」


 律の言葉は、澪の咆哮によって遮られた。


「お前……じゃあ、じゃあっ。私だけ愛しているってのも、方便か?
 私だけ愛していくって言っていたのも、方便かっ?
 この場だけ助かりたくて言った、都合の良い出任せなのかっ?」


 澪は続け様に言葉を放つと、律の首へと手を伸ばしてきた。


「止めろっ。澪っ。そうじゃないっ、そっちは本当なんだっ。
 都合が良いかもしれないっ。でもっ、でも信じてくれっ」


 首へと伸ばされてくる澪の手を必死に払いのけながら、
律は断続的に言葉を放つ。

しかし、澪の攻撃が止む事は無かった。


「お前が手を出した梓は、梓は……。
 私の事、本当に慕ってくれていた。私の事、姉のように……。
 お姉ちゃん、って言ってくれた事まであったんだっ。
 その梓まで、毒牙にかけてたのかっ」


 猛る澪の攻撃は激しさを増し、律の身体に圧し掛かって体重を傾けてくる。
律は何度も水中へと頭を沈められながら、必死の思いで言葉を紡いだ。


「ぷはっ、澪、聞いてくれっ。私は……」

「黙れっ。そんな梓と私を、お前は引き裂いたんだ。
 可愛い妹だったはずの梓が……今や憎き恋敵だ。
 お前のせいで、お前のせいでっ」

「澪っ、げほっ、話、聞いてくれっ。
 今はそれどころじゃっ、無いんだ。後で浮気に付いては、話、聞くから」


 頭が水上に浮かぶ度に言葉を放っているので、律の声は途切れ途切れだった。
また、何度も水を飲んで、その度に咳き込んだ。
それでも律は、足掻く事を止めなかった。



76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:57:20.74 ID:daISRcm70

「それどころ?私にとっては、これが一番重要な話なんだっ。
 律の事に関する話こそが、一番重要なんだっ」


 二人、激しく動き回ったせいか、胸部を覆う下着が外れていた。
しかし、露わになった胸を隠そうとはしなかった。
お互いによく知っている相手の身体であり、羞恥は薄い。
だが、律は敢えて指摘した。澪の隙を見つけたかった。


「澪っ。その前にっ、一ついいか?
 胸っ、胸見えてるぞ。ブラジャー、外れたから……」

「それがどうした?今更、それを恥じる関係に戻りたいとでも?」


 予想通り、澪は律に対して裸を見せる事に抵抗は無いようだった。
だが、この場にある視線は律のものだけでは無い。
それを思い出させるべく、律は上を指差しながら言う。


「私達、きっと監視されてるぞ。
 じゃなきゃ、絆を確かめるなんて、できる訳無いからな。
 お前の胸、誰かに見られてるんだって。

 しかもさ、遠くから監視されてるんじゃないって、多分。
 場所が遠けりゃ、ゲーム進行に支障が出たときリカバリできないし。
 近くに居るヤツに見られてるんだって」


 澪はそれでも動じなかった。


「ああ、そうだろうな。
 律の言う通り、企画した奴はきっとすぐ側でゲームを見てるんだろう。
 で、それがどうした?そんな話で、話題を逸らそうとでも思ってるのか?

 大体、私の裸を見られて嫌なのは私本人より寧ろ……
 本来なら、恋人のお前のはずだろうっ?」


 怒りが羞恥を凌駕しているらしかった。
平素から恥らいやすい澪にしては、珍しい事である。
それ程までに、律の浮気に対して怒りを抱いているのだろう。



78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 22:59:01.09 ID:daISRcm70

 だが律は諦めずに澪の発言から話題を繋げて、
怒りを逸らそうと試みる。


「いや、澪。それはお前にしても言える事でさ。
 私の胸だって……見られてる。
 恋人のお前は、その事に嫌な気持ち抱いてくれないの?」


 澪は一瞬だけ、戸惑うような表情を見せた。
だが、すぐに憤怒へと転じる。


「調子がいい事を言うなっ。確かに嫌だよ、胸が張り裂けそうな程に嫌だ。
 でもな、その嫌な事をお前はやったんだ。

 いちごや梓に、私以外の人間に、その胸を見せたんだっ。
 それを今になって、嫌な気持ちを抱いて欲しい、だと?」


 律を組み敷く澪の力が、更に増した。
次に水中へと沈められたら、もう浮かんで来れないかもしれない。
それを予感させる程、執念めいた澪の力は強かった。

 律は迫る危機感の中、賭けに出た。
まずは澪の言を肯定し、そこから怒りを静めるピンポイントな言葉に繋げる手法。
一旦は澪が怒りを向ける対象、即ち自分の勝手な態度を認めるという危険な行為だった。
だが、その後に放つ言葉が効果的な程、リスクの見返りは大きくなる。


「うん、それでも嫌な気持ちを抱いて欲しいよ。
 だって、私は未だに澪の物だから」


 律の言葉を受けて、澪の力が緩んだ。
その機に乗じて、律は畳み掛けるように続ける。


「それにさ、私だって嫌だよ?澪が私以外のヤツに、胸とか見せるなんて」


 澪は更に力を緩めて、言い聞かせるように言葉を放ってきた。


「本当にそう思っているのなら、私の痛みだって分かるはずだよな?」

「ああ、分かる。本当に悪いことをしたって、思ってる」


 律は神妙な顔で返すと、すぐに別の話へと話題をシフトさせる。
澪の怒りが落ち着きを見せたこの機会を、逃す心算は無かった。



80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:00:28.55 ID:daISRcm70

「なぁ、澪。
 スナッフビデオの撮影目的で攫ったと、澪はそう推理してたよな?
 でもそうだとすると、変だと思わないか?
 私達の事情に詳しすぎる。

 そりゃ、スナッフの標的を選んだら、その身辺調査くらいはするだろうさ。
 ただ、調査の域を超えているし、個人的な事情に立ち入り過ぎている。
 多分これ」


 律はその先を続ける事を躊躇ったが、結局言った。


「私達の周囲の人間が組んだゲームだぞ」


 澪も既にそう思っていたのか、顔に表れた驚きは少なかった。


「だとするなら、誰なんだろうな」


 澪は深い溜息を吐く。
律も溜息を吐きたい気分だった。
自分の周囲の人間が、悪意に満ちたゲームを仕組むとは考えたくも無い。
だが現実には、律の浮気を知っている人間なのだ。


(誰なんだよ……。
 澪ですら知らなかった私の浮気、それを知ってしまうだなんて……。
 それこそ数は限られてくるぞ。そもそも、これ一人の仕業か?
 複数人で組んでるとしたら、一体私は何人、大切な人から裏切られるんだよ)


 律の脳裏に、親しい友人や知人達の顔が浮かぶ。
深い情報に触れたという事は、それだけ深く関わっているという事だ。
律は深い関係にある疑いたくない者達にさえ、猜疑の目を向けざるを得なくなっていた。

 そして続け様に、律の溜息を誘う事象が起こった。


「お、おい律……」


 澪に声を掛けられるまでもなく、水面に映った色彩を通じて律には分かっていた。


「今度は何だよ……」


 堪えきれず、律は溜息を漏らしながら視線をディスプレイへと向けた。




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[ 2011/08/15 16:01 ] ホラー | SAW | CM(0)

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