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紬「SAW」#中編 【ホラー】


http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1313327336/l50

紬「SAW」#前編
紬「SAW」#中編
紬「SAW」#後編





83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:02:20.16 ID:daISRcm70


*

 澪と律が落ち着きを取り戻した事に、ムギソウは少しだけ驚いた。
二人が組み合った段階で、このゲームは早くも律や澪の敗北で終了すると思っていた。

 澪の盲信と律の隠蔽で繋がっていた脆い絆だと、ムギソウは考えていた。
故に、律の隠蔽が晒され澪の盲信が裏切られれば、絆は切れるはずだった。
浮気映像を二人の前で見せ付ける事が、その二つを同時に達成するトリガーとなる。
だが実際には、二人は持ち直した。


「脆い絆であっても危機に瀕して切れないのは、
 長く続いてきた関係だから、という事ね」


 ムギソウは自分に言い聞かせるように呟いた。


「この世はそんなもので溢れてる。慣習はそう簡単には覆らないから。
 非効率な組織や仕組だって、長く続いていれば改めるのが難しいように。

 人間関係も長く続いていれば、
 双方嫌いあっていてもそう簡単には切れるものじゃない。

 お互い不満を抱えつつも離婚しない夫婦が、その典型例。
 この二人だって長く一緒に居たからこそ、
 決定的な対立を回避してゲームオーバーを免れた」


 そもそもムギソウ自身にせよ、その慣習によって敗れた事があるのだ。
正確に言えば、澪が律と共に過ごした時間の長さ故に、恋心を破られた。
ムギソウは画面に映る澪へ向け、哀れんだ視線を向けた。



85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:03:52.64 ID:daISRcm70

「罪が無いのは分かってる」


 続いて、律へと恨みの篭った視線を向けた。


「有罪なのは、こっちだって事も分かってる。
 私を裏切って捨てたこっちが悪いって事、分かってる。でも……」


 律を見詰めるムギソウの表情が蕩けた。
頬は上気し、瞳が潤む。
ムギソウは画面に映る律の姿に舌を這わせながら、言葉を紡ぐ。


「でも、未だに好き。未だに、嫌いになりきれていない。
 まだ、愛してる」


 ムギソウは愛憎渦巻く想いを込め、律の姿に沿って画面を一頻り舐めた。
続いて、澪へと視線を向けた。今度は哀れみなど表情に篭っていない。
嫉みを表情に滾らせ、妬みを視線に孕ませている。


「だから、貴女が憎い。そう、これは八つ当たり。
 分かっていても、憎い憎い憎い憎い憎い憎い」


 呪詛の言葉を繰り返して、協力者に思いを馳せた。
それはムギソウに、このゲームの計画を持ちかけた者だった。

練りこまれた指示、そして場所の選定から一部道具の提供まで行ってくれた。
見物する為のカメラはムギソウが用意したが、
武器や睡眠薬、拘束する為の錠は協力者の用意だった。

そして、律の浮気現場を押さえたビデオディスクまでも。

 その協力者の正体を、ムギソウは知らなかった。
メールや郵便、コインロッカーを通じて指示や道具の提供を受けていた。

それでも、動機は何となく分かっている。
ムギソウと同じく、澪への嫉妬や律への憎悪だろうと。
二人の仲を引き裂くようなゲーム設計が、それを思わせた。



87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:04:46.94 ID:daISRcm70

 そこまで推理できれば、その協力者も律と恋仲になっていた者が連想される。
即ち、律の浮気相手の誰かでは無いか、と。

もしかしたら、ビデオディスクに収められた者の中に居るのかもしれない。
律に裏切られ捨てられた、ムギソウの仲間が。


「そう思ったからこそ、このゲームに私は乗った」


 ムギソウは呟いて、手元の人形へと視線を向けた。
ゲーム説明を行うライブ映像で、自身の代理として出演させた人形である。
左側に澪を模し、右側に律を模したこの人形は、ムギソウの自作だった。


「憎しみ、代行してあげる」


 ムギソウは新たに動画を再生させ、エレベーター内のディスプレイに送信した。
それもまた、律の浮気映像だった。
程なくして、再び摩擦する二人の姿を見る事ができるだろう。


『今度は何だよ……』


 律の呟きが、マイクを通して聞こえてきた。


「今度は誰だよ、が正解だろうに」


 ムギソウは独り言で返して、手元の人形に爪を立てた。
二人がゲームに敗れて絆が失われた段階で、この人形を真っ二つに切り裂く心算でいた。

律と澪が別れて死にました、という象徴的な意味を込めて。
協力者と自分、二人分の憎しみも込めて。



89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:06:25.52 ID:daISRcm70


*

 ディスプレイに映っているのは、紬と律の姿だった。
律はやるせない気分になる。
折角澪の怒りを鎮めたと思ったら、再び怒りを再来させかねない映像が届けられた。
苦労して切り抜けた窮地に、再び突き落とされる脱力感が律を苛む。

 尤も、この展開も予想しておくべきだったのかもしれない、律はそう思った。
ムギソウもカメラを通じて、律と澪のやり取りは逐一把握しているのだろう。
だからこそ、最悪のタイミングで新たな映像を届けてきた。


『ねぇ、りっちゃん。私だけ愛している、そう言って?』

『えー?いやお前、前も言ったと思うけどさ、私の本命は』

『その先は言わないで、その名前は出さないで。分かってるから。


嘘でいい、嘘でいいから言って欲しい。一時でいい、酔わせて』


『お前だけが好きだよ、ムギ』


 澪が凄まじい勢いで律を睨み付けてきた。
律を苛んでいた脱力感が瞬時にして消え、改めて恐怖が訪れる。


『ありがとう、りっちゃん……ありがとう』

『喜んで貰えて、私も嬉しいよ』


 映像の中、律は紬を抱き寄せて耳元で囁いた。
紬は頬を染めて、更なる要求を口にする。


『りっちゃん……誰よりも、私の事が好きだと言って?』

『誰よりもムギの事が好きだよ』

『嘘でも嬉しいな。うん、これは嬉し涙』

『この瞬間だけは、嘘じゃないけど?』

『もうっ。優しいんだか残酷なんだか……』

『言葉はどっち付かずかもね。でも行為は、優しくするよ』


 画面に映っている映像は、紬の涙を拭く律の姿だった。
続いて、紬の制服のリボンを解き、ブラウスのボタンを外してゆく姿。



92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:07:48.18 ID:daISRcm70

 律は画面を見詰めながら、この時の事を思い出していた。
思い出した瞬間、凍りつく。


『その前に……もう一言だけ、言って欲しい事があるの』

『何?』

『その……澪ちゃんより、私の方が好きだと言って?』


 画面に映る律は、意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
その過去の自分に向かって、独り言のように呟きかける。


「止めろ……」

『その名前、出して欲しくなかったんじゃないの?』

『りっちゃんの意地悪っ。ねぇ、お願い……』


 紬の瞳は潤んでいた。再び涙が零れ落ちる前にと、あの時、律は──


「止めろよ……」


 叫びたかったが、出てきた声はか細かった。
凍りついた口が、思うように動かない。

 対照的に、映像の律は流暢に告げていた。


『澪よりムギの方が好きだよ』


 律は反射的に澪へと視線を向けた。
途端、澪と目が合う。


「み、澪。あれは……その場の……空気を読んだと言うか……」


 稚拙な言い訳に対し、澪は冷たい声で応じてきた。


「つまり、この先も空気とやらを読んで、
 私以外の人間と寝る可能性があると言う事か」

「ち、違っ。反省してる、本当に反省してるよ」

「一体何人と交わって、私を裏切った?
 いつまでも信じてやると思っているのか?」


 澪は言うなり、腰を屈めて上半身も水中へと潜らせた。
すぐに身体を起こした澪の手には、鈍く光る包丁が握られている。


「澪っ?」


 律は思わず頓狂な声を上げて、澪の手元を見つめた。



95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:09:42.42 ID:daISRcm70

「許さない……」


 映像はまだ続けられているのか、未だ光彩が水面に投げかけられている。
ディスプレイを見上げなくても、聞こえてくる声で分かった。
律と紬が交わっている光景が、展開されているのだろう。
降ってくる激しい喘ぎ声が、それを証している。


「み、澪……冗談は止せよ」


 律は後退りしながら言った。
既に腹部までを覆う水など意に介さず、澪が距離を詰めてくる。
その表情を見れば、冗談では無い事など一目瞭然だった。


「許さない……」


 水面から光彩が消失した。ムギソウが映像の再生を止めたのだろう。
白熱灯の灯りのみとなった空間の中、澪の声が静かに沁みてゆく。


「悪かった、本当に謝る。だから、な?澪……。
 許してよ、お願い、許して……」


 謝罪を繰り返すその最中、スピーカーから一言だけ再生された。
律の投げたあの言葉が、空間の中を激しく響き渡ってゆく。


『澪よりムギの方が好きだよ』


 リピートされた律の声に──


「絶対に許さないっ」


──澪の咆哮が続いた。



97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:11:12.29 ID:daISRcm70


*

 包丁を構えて迫る澪に、律は瞬く間に隅へと追い詰められた。


「澪……落ち着けって。一緒に助かろうって、約束したじゃん」

「お前だって、私を裏切ったくせに」

「裏切ってない……あいつ等とは、身体だけの関係だ。
 心の中ではずっと、澪だけ愛してきたよ」

「ふざけるなっ。そんな言い訳、誰が信じるか。
 信じたとして、身体を他の人間に許した事は罪だ、そして裏切りだ。
 だからさ」


 澪はもう、間近まで迫っていた。


「死んで、二度と浮気できないようになれよ。
 私もすぐに後を追うから」


 既に包丁の届く範囲にまで、澪は迫っている。
このまま言葉で説得を試みても、延命になるかさえ微妙だった。
この絶体絶命の状況を前に、律は意を決する。


(澪、ごめんっ)


 律は胸中で澪に詫びると、体当たりを敢行した。
身体の半分以上が水に浸かっている為、勢いは無かった。

だが、虚を衝かれた澪は、律の体当たりを受けてあっさりと姿勢を崩した。
今まで逃げていた律が、突如として向かって来た事に驚いたのだろう。
律はこの機を逃さず、包丁が握られている澪の手を掴んだ。



102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:13:06.93 ID:daISRcm70

「離せ、律っ」

「お前が落ち着いてからだ」


 激しい水飛沫を上げながら、二人組み合う。
初めの内こそ、虚を衝いた律が優勢だった。
だが、次第に体格の差が現れ始めた。
体格で劣る律は、徐々に押し戻されてゆく。


「律っ。手を離せっ」

「お前が包丁離してからだ」


 押されつつも、律は掴んだ澪の手を決して離さなかった。


「律ぅぅ……」


 怨嗟の唸りを上げながら、澪は律を振り解こうと激しく暴れた。
手を解きそうになる度、律は何とか持ち堪えてきた。
だが、激しさを増す澪の動きに、限界を感じ始めてもいた。

 律は脚を澪の身体に絡めて、動きを制限しようと試みる。
しかし、すぐに脚は振り解かれてしまった。

 弱まっていく握力に反比例して、律の焦燥は高まっていく。
このままでは手が振り解かれて、凶器を持つ澪の手が自由になってしまう。
そうなれば、今度こそ終わりだろう。
手が振り解かれる前に、暴れる澪の動きを緩めなくてはならなかった。

 近づく限界の中、律の脳裏で案が唐突に閃いた。
実行へ移す事が躊躇われる案ではあるが、背に腹は変えられない。


(もう、限界に近い。何とか動きを止めないと……。
 澪の動きが激しくて、今にも手が滑りそうだ。
 不本意なんだけど……ごめんな、澪)


 律は片脚を上げると、澪の下着へと足先を掛けた。


(このまま下ろせば……太腿が拘束される)


 律の思いついた案とは、それだった。
即ち、下着を下ろして太腿を拘束する事で、澪の動きを止めようとする事だった。
澪の今の勢いなら、急に脚が縺れれば転倒する事も充分に考えられた。
あわよくば、その機に乗じて包丁を奪い取る心算で居る。



106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:14:51.24 ID:daISRcm70

 しかし、目論み通りには中々いかなかった。
相手が暴れている為、下着に爪先を掛けてもすぐに振り解かれてしまう。

限界を訴える手を叱咤激励しつつ、律は何度も試みた。
暴れているとはいえ、腰は水中なので成功確率が絶望的という訳では無い。
律はそう思いつつも、巧くいかない事に苛立ちと焦燥を募らせてゆく。

 律は再び、足先で澪の下着を挟む事に成功した。
振り解かれないよう、力強く足の指で布地を掴み込む。
そして振り解かれないうちにと、素早く強く下着を下げた。

 巧くいかない焦燥からか、律は力が入り過ぎていた。
そして、澪は動き続けている。
結果、下がった下着は拘束具の役割を果たす事無く破れた。


(しまっ。もっと慎重にゆっくりと、やるべきだったか?)


 律はそう思ったが、すぐに考え直す。
慎重にやっていれば、また振り解かれて終わっていた事だろう。
結局、律の案は名案では無かったのだ。
思いついた案を唯一救いに至る方法だと信じ、躍起になって試していたに過ぎない。
溺れる者の前では、藁でさえ浮き輪に見えるように。

 しかし、澪の動きは止まっていた。
呆けた顔付で、自身の下腹部、その更に下を見詰めている。
そこには、黒々と靡く毛に覆われた性器があった。
その露出は澪にとっても、前後不覚に陥る程のインパクトがあったらしい。

律は狙っていた身体的拘束は果たせなかったが、
僥倖にも精神的拘束という予想外の成果を得られた。

 勿論律に、この機を逃す心算は無い。
澪の手を捻って、包丁を奪い取ろうと試みる。
だが、その刺激を受けて、澪も我に返った。
澪の手に再び力が篭り、律の試みは惜しくも失敗した。



109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:16:39.95 ID:daISRcm70

「油断も隙も無いな」


 律を睨みながら、澪が言った。
逆に、律は澪の隙を見取っていた。
澪は脚を閉じ、やや前傾気味の姿勢を取っている。
それは即ち、性器を極力隠そうとする姿勢だった。

また、身体も動かしていない。
やはり性器を露出する事に、少なからぬ羞恥を感じているのだろう。
胸の露出で羞恥を抱かない程に、澪は怒気を滾らせている。
だが、性器の露出にはまだ躊躇いがあるらしかった。
その羞恥を掻き立てるように、律は言う。


「なぁ、澪。それ、隠した方が良くないか?
 さっきも言ったけど、私ら監視されてるぞ?」


 澪は監視されている事を、然して気にしていないかのように言う。


「ふんっ。水の中だから、どうせ見えない。
 大体、下着を破ったのはお前だろう」

「いや、破ろうと思った訳じゃ無いけど。
 足の動き、封じたかっただけで。
 ほら、さっき脱いだシャツとかあるじゃん?あれ巻いとけば」


 その時、澪は包丁を手放す事になる。
それに乗じて包丁を奪う、という戦略まで律は立てていない。

逆に、そういった防御的な動作は、澪の神経を逆撫でしてしまう恐れがあった。
凶器を手放し他の作業を行う間に、澪の気も幾分か静まるのではないか、
という期待故の提案だった。


「元々、水を含んで重くなるっていう理由で脱いだはずなんだけどな。
 本末転倒に陥らせてまで、お前は見たくないのか?」


 澪の瞳に、訝しげな色が浮かんだ。



110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:17:48.79 ID:daISRcm70

「あ、いや。そうじゃなく、見せたくない、って言うか。
 誰かに澪の……その、あれが見られてるって思うと、妬けるって言うか……」

「どうだか。本当は、見たく無いんじゃないのか?
 お前は私の名前を聞くだけで、萎えるんだろう?」


 梓と律が交わる映像の中で、澪を激昂させた律の発言。
──澪の名前、出すんじゃねーよ、萎えるだろーが──
執念深く、澪は根に持っていた。


「いや……。あれはそういうんじゃ無くて……。
 梓に空気読んで欲しかったって言うか……。

 と、とにかくっ。澪だって、そこ晒しっぱなの、恥ずかしそうじゃん?
 足閉じてるしさ、前屈みだし。

 だから、隠した方がいいんじゃないかって提案だよ。
 私以外のヤツに見せるなんて、澪も嫌だし恥ずかしいだろ?」


 律は慎重に言葉を選びながら、過去の己の発言から話題を遠ざけようと試みた。
澪の羞恥を指摘しつつ、凶器を手放す方向への誘導も忘れなかった。


「恥ずかしいからこんな姿勢取ってるワケじゃ無い……。
 見せたくないのも、お前以外の人ってワケでも無い……。
 お前に見せるのが怖いから……だよ」


 澪は瞳を伏せながら、静かな声で言葉を放ってきた。


「えっ?」


 予想外の返答に、律は思わず頓狂な声を上げていた。


「萎えるんだろ?
 名前聞くだけで萎えるんなら、私のを見たら、更に萎えるよな」


 澪は『萎える』という律の発言から相当衝撃を受けていたのか、
執念深くその話題を繰り返した。
律は試みが徒労に終わった事を落胆しつつ、否定を返す。


「いや、そんな事、無いけど」



112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:19:18.90 ID:daISRcm70

「お前に萎えられるのが怖いから……見られる事が嫌だった……。
 今だって、お前は目を逸らしてる」

「いや、逸らしてるワケじゃ無いって。
 敢えて見る必要が無いってだけで。
 ほら、凝視するものでも無いだろ?」

「好きな人のなら……恋人のなら……見たいと思うのが普通だろ?
 そう思ってないって事は、やっぱり萎えるんだろ?
 見たくないんだろ?」

「いや、お前が見せたく無いんだろ?」

「それは萎えられるのが怖いからだ。
 お前が見たがるなら、それはつまり見ても萎えないって事。
 それなら、見られる事に恐怖は無い。でも、そうはならなかったな」


 澪は寂しそうに呟くと、包丁から手を離した。
律の注意は、ずっと凶器である包丁へと注がれていた。
故に、澪が包丁から手を離せば、律の視線は落下する包丁へと向く。

それが意外かつ唐突な行動であれば、尚更だった。
即ち、律の警戒対象から澪が外れる。
それは律の隙だった。

 爆ぜたような音が響き、水飛沫が上がった。
包丁が水面を打った音では無い、澪が勢いよく跳ねた音だった。
それに気付いた時には、澪は律の膝に両脚を掛けていた。
包丁を手放した事自体、律の隙を誘う戦術だったのだろう。


「み、澪っ?」


 驚きの声を上げる律の頭を掴み、澪が不安定な姿勢を支える。
膝と頭から受ける澪の体重で、律は水面の位置まで首が下がり中腰の姿勢となった。



115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:20:45.87 ID:daISRcm70

「恋人なら萎えたりしないで、見たいと思うのが普通だろ?
 触れたいと、舐めたいと、悪戯したいと思うのが普通だろ?
 嫌でも押し付けてやる。お前は私のだ、私の物なんだっ」


 半狂乱に叫んだ澪の陰部が、律の眼前へと迫る。
水に濡れそぼった黒々とした毛の奥に、ザクロが蠢いているような紅色が見えた。
それが、律の顔面へと押し付けられた。


「興奮しろよっ、感じろよっ、お前、此処が大好きだっただろ?
 可愛いって、綺麗だって、美味しいって、いい匂いだって、愛してくれただろ?」


 澪が激しく腰を動かし、
律の顔に密着している”それ”を強く擦り付けてきた。
陰毛と摩擦を起こした肌に鈍い痛みが走り、堪らず律は声を上げる。


「いったっ。痛いって、澪」

「萎えるの次は痛い、か。
 お前は何処まで私を痛めつければ気が済むんだよっ。馬鹿律っ」


 擦る強さが更に増した。
生暖かい粘液が絡み摩擦を緩和しているが、それでも痛みは消えない。


「痛いっ、落ち着けって、澪っ、なぁ、わぶっ、げほっ」


 唐突に律は咽び、抗議の声を途切れさせた。
澪の陰毛が口中で絡んだのだろう。


「嫌なのか?さっきから抗議ばかりしてる。
 嬉しくないのか?好きな人の性器に触れて、嬉しくないのか?
 それとも、もう私なんて好きじゃないのか?答えろよ……律ぅ」


 濃厚な粘液の味と、千切れて口腔に残る陰毛の感触を舌が伝えてくる。


擦れる陰毛の硬い感触と粘る液体の感触、
そして陰唇の蠢く柔らかさと滾る熱を肌が伝えてくる。
嗅覚を直撃する衝撃的な匂いを鼻が伝えてくる。
水と粘液によって艶を放つ陰毛の黒さと、蠕動する紅色を目が伝えてくる。

そして感情からは、澪が好きだという叫びが伝わってきた。
それを澪に伝えようと、律は口を開く。



117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:21:40.53 ID:daISRcm70

「好きだよ。澪の事、大好きだよ。だから、離れて?
 だって」


 耳から伝わるもの、それは室に注がれる水の音だけでは無い。
粘度の高い液体が肌と交わる音を加えても足りない。
鎖が軋む音も聞こえていたのだ。


「澪、足痛いでしょ?」


 無理な姿勢や動きのせいで、
拘束具である鉄の輪が足へと食い込んでいるに違いなかった。
それは鎖の鳴る音で容易に想像できる事だった。

また、律が痛みを覚えていたのは顔だけでは無い。
足にも鉄の輪が食い込み、鈍痛を感じていた。
それは二人を繋ぐ鎖が伸びきっている事を示しており、
澪も痛みを感じているはずだった。

 澪は何も言葉を返してこなかったが、擦り付ける動きを止めていた。
律は続けて言う。


「好きだから、澪に痛みを感じてほしくないんだ」

「だったら、浮気なんて始めからするなよ……」


 澪は静かに呟くと、律の膝から下りた。
ふと見ると自分の左足首も澪の右足首も、
拘束具が食い込んだ事を示す赤い跡が付いていた。


「律……」


 澪が身体を寄せてきた。
足の痛みで立っている事が辛くなったのだろうか。
そう思った律は、抱き寄せるように受け止めた。
粘つく顔を洗うよりも、まずはそうすべきだと思った。


「痛っ」


 唐突に、律の性器に痛みが走った。


「律……」


 澪が律の性器の奥へと、強引に指を差し込んできているのだ。
その事を理解するのに、一秒程の時間を要した。



122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:23:59.78 ID:daISRcm70

「みっ、澪……痛い、痛いって」


 痛みを訴える律の声に構う事無く、澪は更に深く指を差し入れて掻き混ぜてくる。


「み、澪っ」

「やっぱり……」


 澪は一言呟くと、苦痛に喘いでいた律を唐突に解放した。
律は痛み故の涙を目尻に溜めながら、
律の陰門から抜いた指を眺めている澪に向かって問いかける。


「な、何が?やっぱりって、何が?」


 澪は脱力した声で言葉を返してきた。


「体液が分泌されてなかった……それにとても窮屈だった。
 やっぱり萎えてたんだな。
 私の性器じゃもう、律は興奮しないんだな」


「そ、そういう訳じゃないよ。
 単純に、状況が状況だったから……濡れなかっただけで。
いつもいつも常に欲情してる訳でも無いし」


 律は澪の意図を悟り、慌てて釈明する。
だが、澪は更に声を曇らせて言う。


「悪かったな、いつも欲情してて。
 律は違うんだ……何だか、私だけ好きみたいだね」

「そんな事無いよ……私だって、好きだよ」

「浮気してたくせに」

「それは……反省してるよ」

「今日、そんな色っぽいショーツ履いてきた事だって、
 もしかしてムギの為だった?」

「違う……違うよ……。ムギとはもう、何でもないよ。
 もう昔の事だよ、ちゃんと別れだって告げたし。
 ムギだけじゃない。梓もいちごも」

「未だにそいつらとも、仲良く話してるみたいだけど」



123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:25:27.82 ID:daISRcm70

「いや、何でも無いとは言っても、友達ではあるんだけどさ。
 だから、ムギの事も心配ではあるよ?
 ほら、私らが攫われた時、ムギがどうなったか、未だ明らかになってない」


 勿論、紬の事も心配ではあった。
だが紬の安否に言及した発言には、話を逸らす意図もあった。

 澪は律の言葉を受けて、深刻そうな表情を見せた。
澪も紬の事を心配しているのだろうか、そう思うと少しだけ安心できた。
澪の怒りの矛先が、浮気対象である紬達に向かう懸念もあったのだ。

 しかし、黙した後に出てきた澪の言葉は、律の安堵を覆すものだった。


「大丈夫だろ?どうせこれ、ムギが仕組んだゲームだろうし」


 律は咄嗟に反論する。


「そんなワケ無いだろ……」


 どうして、と理由は問えなかった。思い付き過ぎるから。
確かに紬は仕組みやすいポジションに居る。

そもそも別荘に招待したのは紬だった。
同じ部活に属する唯や梓が来ていないという不自然も考慮すれば、
紬の容疑はより濃厚になる。
律が澪の推理を否定した事にせよ、紬が友人だから、
という感情面からの理由に過ぎない。


「大体、ツムギソウっていう名前自体が、ムギに似てるだろ」


 律に問われるまでも無く、澪は理由を語っていた。


「そこは逆にムギが犯人じゃない証拠だよ。


確かに、ムギっぽい名前だ。
だからこそ、ムギが仕掛け人なら、
自分の本名を匂わす様な名前は名乗らないはずだし」


「そう思わせる為の策略かもな。
 或いは逆に、自分の名前をアピールしたかったのかもな。
 お前が本当に、ムギとの不埒な関係を断っていたら、の話だけど」



124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:26:43.46 ID:daISRcm70

 律は澪の言いたい事を察した。
別れを告げられた復讐がこのゲームだとするならば、
敢えて自分の名前を匂わせる事にも意味が生まれる。
私を捨てた事に後悔しろ、そういった声を届ける事ができるのだ。

 しかし、すんなりとその考えを受け入れる訳にはいかなかった。


「お前の言いたい事は分かるよ。
 でも、それだと……澪が巻き込まれるのは理不尽だ。
 アイツに別れを切り出したのは私だ……澪は関係無い」


 言いつつも、律には分かっていた。澪が巻き込まれた理由が。
自分の本命が恨めしい存在である事くらい、容易に想像が付く。


「関係無い?それはつまり、私なんて恋人でも何でも無いって事か?」


 澪の声は不安に震えていた。
律は首を左右に激しく振る。


「そういう意味じゃない。澪は悪い事はしていない、って意味だ。
 澪は私と恋人だっただけで……私だけが悪いのに……。
 いや、勿論、ムギと決まった訳じゃ無いけど」


 律は力なく言った。
しかし、別荘の中に居た律や澪を攫ったとなると、
確かに部外者の犯行とは考え難い。
紬が主犯では無くとも、仕組んだ側に加担していると考えた方が自然だった。

 それに、紬が無関係だったとしても、
自分の浮気相手の誰かが主犯である気がしていた。
律と澪を攫った事、ゲームのテーマが絆であるという事、
そして流れる映像が全て浮気の現場を押さえたものであるという事。

これらを考え合わせれば、
捨てられた復讐こそが動機のように思えてくる。
少なくとも、無関係な人間が仕組んだスナッフムービーの撮影、よりは自然な解釈だった。



128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:28:58.63 ID:daISRcm70

「実は私……お前が誰かと浮気しているんじゃないかって、疑ってたんだ。
 律の事、ずっと見てきたから。だから、不自然な挙動にだって勘付ける。
 でも……信じたくなかった。
 だからお前の不自然な挙動、見ないフリしてた……」

「そうか……」


 律は今更驚かなかった。
複数人に浮気をしていたのだ、
澪が不自然を感じたとしてもおかしくは無いだろう。
浮気をしていた頃にせよ、証拠さえ握られなければ疑われても切り抜けられる、
そう高を括っていた。


「私は……本当に辛かった。律に猜疑を抱いている日々は、地獄だった。
 ヤケ食いする日と食欲無くなる日が交互に襲ってきて……
 胃だってキリキリと痛んだし、生理だって乱れて、夜も眠れず……
 精神科にだって通ったくらいなんだ。
 そこまで追い詰められても、お前の事は信じたかった。だけど……」


 澪は額に手を添えて、言葉を続けた。


「裏切られたよ……」

「ごめん、澪」


 それ以上の言葉は出てこなかった。
澪の苦悩を知った今、掛けるべき言葉が見つからない。
先程澪に殺されてしまえば良かったとさえ思えてくる。
だが、ゲームの始めに澪と交わした約束を思い出し、何とか自分を奮い立たせる。

──二人で助かる。
散々裏切ってきたからこそ、その約束を大切にしたかった。

 既に水は胸の位置まで迫ってきている。
律は焦燥に駆られるまま、叫んだ。



130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:30:29.46 ID:daISRcm70

「おい、ムギソウ、ここから私達を出してくれっ。
 注水を止めてくれっ。頼むっ。

 もし私の浮気相手だったのなら……謝るから許してくれ。
 軽い気持ちで手を出した挙句、フった事は本当に悔いてる。
 本当に、悪かった。手を出して悪かった、捨てて悪かった……。
 本当にごめんなさい、お願いだ、許してくれ……許してぇっ」


 嘆願を込めた律の絶叫が響き渡るが、反応は何も返ってこなかった。
もう、律に残された道は一つしかない。
水が満ち次第、澪と交互に息継ぎを行う事だけだ。

しかし、今の澪が協力してくれるだろうか。律は不安だった。
もし非協力的であっても、何とか翻意させて協力させなければならない。
そうでなければ、約束は果たせないのだ。

 しかし、澪の説得に律は自信が持てなかった。
今の自分はもう澪からの信頼を失っていると、律には分かっている。
澪が未だ律と協力して助かる気でいる事を、祈るしかなかった。

 そうして律はこのゲームの本質に、今更ながら気付く。
二人共に助かる方法を模索する謎解きゲームなどでは無い。
交互に息継ぎを行うだけという運動ゲームでも無い。

律が簡単過ぎると懸念した通り、本質は別にあった。
裏切りが露わになっても、なお信頼を保てるかという、心理ゲームだったのだ。


(ゲームのテーマ、絆か。くそっ)


 例え自分が相手を信頼できても、相手からの信頼が得られなければ意味が無い。
露わになっていく裏切りの中でも、相手を信じさせる必要があったのだ。
つくづく嫌らしいゲームだと、律は胸中で毒づく。



132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:31:41.56 ID:daISRcm70

「なぁ、律」


 その律の耳に、澪の声が届く。


「ん?」


 顔を向けた律に、澪は静かに問いを放ってきた。


「他にも浮気相手は居るのか?」


 律は凍りついた。
事実は、あと一人だけ居る。
しかし、事実を言う事は躊躇われた。

澪からの信頼を、これ以上失う訳にはいかないのだ。
水は肩にまで迫ってきており、タイムリミットが近い事を示している。
ここで更に信頼に傷を付ければ、協力しあう事が絶望的に思えてくる。

 だが、どうせその一人との映像を流されれば、露見する事なのだ。
嘘が露見した場合、正直に告白した場合よりも信頼の毀損は大きい。
勿論、ムギソウがその映像を持っているとは限らない。

だが、持っていない方へと賭ける事は、危険過ぎる行為だった。
何より、澪にこれ以上嘘を重ねたくなかった。
もう裏切りたくなかった。



134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:32:48.76 ID:daISRcm70

 律は葛藤の末、決断を下した。


「ああ、あと一人だけど、居るよ」


 澪は脱力しきったように、壁に背を凭れた。


「あと一人?これでもう、四人目だよ。
 私はまた、裏切られるのか」

 澪は頭を抱え込み、言葉を続けた。


「律だけじゃない……クラスメイトのいちごにも裏切られた。
 妹のように可愛がっていた梓にさえ裏切られた。
 親友だと思っていたムギにも裏切られた。

 その上、そのムギが仕掛け人かもしれないなんて……。
 これ以上は無理だ……これ以上、恋人や友人や知人から裏切られたくないよ。
 唯に会いたい……HTTの中じゃ、アイツだけが私を裏切っていない。
 アイツだけが……」


 澪の悲痛な言葉が、律の胸を劈く。
律は何も言えなかった。
言わなければならない事は分かっている。
だが、悲しみに嬲られた澪に、言う事ができない。

 その時、唐突にディスプレイに光が灯った。
また浮気現場を押さえた映像が流されるのだろう。
律には相手の予想も付いている。恐らく、最後の一人だろう。


「今度は何だよ……」


 嫌気が差したような声を上げて、澪がディスプレイへと視線を移した。
律は顔を歪ませた。
相手の予想が付いているからこそ、ディスプレイも澪も正視する事ができなかった。



138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:34:46.50 ID:daISRcm70


*

 ムギソウは律の嘆願を聞いていた。


『軽い気持ちで手を出した挙句、フった事は本当に悔いてる。
 本当に、悪かった。手を出して悪かった、捨てて悪かった……。
 本当にごめんなさい、お願いだ、許してくれ……許してぇっ』


 聞き終わった時、それでも律を許す気にはなれなかった。
心からの謝罪ではなく、助かる為の詐言に過ぎないかもしれないのだ。


「何より、私一人の判断でゲームを勝手に終わらせる訳にはいかない」


 協力者の事を思った。
律の謝罪を聞きムギソウの心が動いたとしても、協力者は報われない。
少なくともゲームが終わるまでは、
自分の感情でシナリオを変えない事が筋だろう。

ここまで協力してもらいながら、
勝手にゲームを終わらせてしまうのは裏切りに等しい。
それは律と同様の行為だと、ムギソウは思っている。


「それにしても、凄まじい執念。
 私よりも恨みが篭っていそうな程。一体、誰かな?」


 ムギソウは考えた。自分を含めて、ムギソウが知っている律の浮気相手は四人だった。
それは協力者から得た映像で知った事である。
自分を除いた三人の中に、協力者が居るのだろうか。
実際、浮気映像ばかり選られている以上、それが妥当な推理のように感じられた。

律も浮気相手の中にムギソウの正体が居るという前提で、先程の嘆願を放ってきた。
それも浮気映像ばかりが流れている事から推量したのだろう。
そしてそれは、事実正しかった。

 勿論、律の浮気相手が四人とは限らない。
ムギソウの持っている映像の中には居ない者と、浮気している可能性が残っている。
その者が協力者かもしれなかった。
もしそうなら、当たりを付ける事さえ不可能に近い。



139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:35:55.66 ID:daISRcm70

 そう考えていた時、流れてきた律の声がムギソウの注意を引いた。


『ああ、あと一人だけど、居るよ』


 その発言が真実ならば、浮気相手は四人という事になる。
即ち、映像に登場している人数と一致する。

そして律がこの局面で嘘を付くとは考え難い。
流される映像によって嘘が露見するリスクを思えば、危険過ぎる賭けなのだから。
それにどうせ嘘を吐くなら、一人も居ないと答えるだろう。

 ムギソウは確信を深めた。
協力者は自分を除く三人の中に居る、と。
映像を吟味していけば、協力者が誰であるか分かるのだろうか。
少なくとも、ヒントは得られる気がしていた。

 しかし、その吟味を今行おうとは思わなかった。
それよりも、続いて流れてきた澪の声に、ムギソウは意識を向けた。
今集中すべき事は、ゲームの進行である。


『これ以上は無理だ……これ以上、恋人や友人や知人から裏切られたくないよ。
 唯に会いたい……HTTの中じゃ、アイツだけが私を裏切っていない。
 アイツだけが……』

 ムギソウは歪んだ笑みを浮かべた。
律が最も愛している女、それに絶望を届けられる事が嬉しかった。


「そろそろ、四人目。最後の一人の映像を流そうっと」


 無邪気に言うと、映像を再生させた。



140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:37:14.13 ID:daISRcm70


*

 エレベーター内に、唯の声が響き渡った。


『りっちゃん、大好きー』


 スピーカーを通しても、朗らかさが伝わってくる明るい声だった。
ディスプレイには、唯の姿が映っているに違いなかった。
だが、澪はこういう形で唯と会う事を望んでいなかっただろう。
律はそう、確信していた。


『私も大好きだよ、唯』

『むー、私の好きと、りっちゃんの好きは絶対違うもん』

『何言ってるんだよ、今更。何度もヤってきただろ?今だって最中だしな。
 友情じゃないって。ちゃーんと恋愛感情抱いているよ』

『澪ちゃんに向けてる恋愛感情と、私に向けてる恋愛感情が違うって言ってるの。
 澪ちゃんに向けてるのは、長い恋愛感情。
 でも私には、刹那的な恋愛感情だもん』

『そんな事無いって。それに、長短が恋愛の勝敗を決めるワケじゃない。
 例え短くても、その分激しく燃え上がればいいんじゃん?』


 粘つく卑猥な音が響く。
ディスプレイには、溶け合っている二人が映っているのだろう。
目を逸らしていても、音がそれを教えている。


『そうかもね。私、澪ちゃんでさえやってもらって無い事を、
 りっちゃんからやってもらってるもんね。
 そうでしょ?澪ちゃんとは、ここまではヤってないんでしょ?』


 唯との性交は、常に激しいものだった。
時に倒錯した行為にさえ及んでいた。
それは澪との性交では、未だ及んだ事の無い領域だった。



144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:38:36.91 ID:daISRcm70

『そうだよ。こういうのは、唯が相手じゃないとな。
 澪じゃどうせ務まんねー。だから私達で激しく燃え上がろうぜ』

『うんっ。こういう事ヤってもらってると、
 私って特別なんだなって思えるよ。
 澪ちゃんに勝ててる、そう思えるんだ』


 今流れている映像も、数多重ねた倒錯した性交の一つなのだろう。
律はディスプレイから目を逸らしているが、唯の発言からそれを推量する事ができた。


『ていうかさ、お前との相性って、澪以上だと思うんだよね。
 澪とじゃこういう事できないし。ほら、次はもっと凄いのイクぞ』

「っ」


 スピーカーから流れる音声に混じって、すぐ側から澪が漏らす嗚咽の声が聞こえた。


『うんっ、来て。ひぎっ、凄い何これ……狂っちゃいそうだよぉ。
 凄い凄い、りっちゃん、いいよ、いいよぉ……。

 あ、あのね。りっちゃんの言う通りだよね。
 こういう危険な事ができるって、
 それだけ私とりっちゃんの間の相性が良いって事だし。
 危険なプレイに身を委ねられるって、それだけ信頼関係があるって事だし』

『だろ?澪と私じゃ、できないもんな。
 これって唯と特別な関係である証拠だよなー。じゃ、次は更に凄いのを』

「っ」


 澪の口から短い悲鳴が漏れていた。
律は過去の自分を呪ったが、今更どうする事もできない。


『本気?そんな事したら、私どうなっちゃうのかな?』

『不安?』

『んーん、りっちゃんなら、いいよ?壊してくれて、いいよ。
 その代わり、私の事捨てないでね』

『分かってるよ。お前は特別だから。
 じゃ、イクぞー』



146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:39:40.77 ID:daISRcm70

 特別でも何でも無いくせに、律は安易な約束を交わし、挙句唯を捨てた。
唯だけでは無い、いちごも梓も紬も。
その過ちが今になって、大切な澪すら巻き込む原因となっているかもしれないのだ。

律は過去を悔いて、己を胸中で痛罵した。
薄情者、と。


『りっちゃん、早くぅ。わわっ、キた、キた。何これ?え?え?
 わ、凄っ、凄い事になってる。こんな……初めて……。
 ああ、止まらないよ……止まってくれない……身体が言う事聞いてくれない……。

 ねぇ、どうなってるの?私の身体、どうなってるの?
 どうなっちゃってるの?』


 限界を試すような倒錯した性交の連続、そのせいだろうか。
唯に別れ話を切り出した時が、一番揉めた。


『自分でも驚いてるよ。凄いな、唯の身体は。
 私はこう考えるよ。今のお前、凄く綺麗だよ。とても魅力的だよ』

『ありがとうっ、だから私、頑張れる。
 あのね、私ね、いっつも澪ちゃんに優越感抱いてるんだ。

 澪ちゃんは、ここまでしてもらってないでしょって。
 澪ちゃんじゃ、ここまでヤってもらえないでしょって。
 澪ちゃんより私の方が、りっちゃんに相応しいよって』

『そっか』



148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:40:46.39 ID:daISRcm70

『うんっ。澪ちゃんの事、見下してるよ。
 許されるよね?だって、澪ちゃんは私のりっちゃんと、お付き合いしてるんだもん。

 だから、これからも心の中で嘲笑し続けるよ。
 気付いていない澪ちゃんを、嘲り続けるよ。
 友達のフリしてるけど、実は蔑んでるよ、見下してるよ、嘲ってるよって』


 そこで映像は終わったのだろう。
水面に映る鮮やかな光彩は消え、代わりに白熱灯の光が映された。
スピーカーの音声も途絶えている。
恐る恐る視線を上げると、ディスプレイは暗くなっていた。

 続いて律は、澪に視線を向けた。
澪は憔悴しきった表情で、律を見つめ返してきた。




149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:41:00.50 ID:bQdpJyBzO

唯やべぇ



150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:41:26.13 ID:LhDbqF0R0

唯が一番やばいな





151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:42:03.87 ID:daISRcm70


*

 絶望に沈む澪の表情を眺めて、ムギソウは悦に入った。
律から愛され続けた女である澪に対しては、
彼女に罪が無いと分かっていても憎悪を止められない。

だからこそ、澪を嬲り尽くす事に躊躇いは無かったし、
絶望の底へと叩きつける事にも逡巡しなかった。


「ゲームはこのまま、二人の死で終わりか」


 悲嘆に暮れる澪が、助かる為に律と協力するとは思えなかった。
自分だけ死ぬか、或いは律を巻き添えにするか。
残された選択肢は二つしか無いだろうと、ムギソウには思えた。
そして恐らく、律と心中する道を選ぶだろうと予想した。 


 その時は、手元の律と澪を半々に模した人形を引き裂いて、
高笑いを浮かべてやろうと決心していた。
律に対する、愛憎入り乱れる複雑な思いを抱えたまま。


「それでももし……ここから二人が信頼を取り戻して、
 ゲームに勝つ事ができたのなら」


 その時は、ムギソウの側が屈服せざるを得ないのだろう。
ムギソウだけでは無い、協力者の敗北でもある。

もしそうなった時には、即ちそこまで強固な絆を見せ付けられた時には、
ムギソウは素直に敗北を認める事ができる気がした。
自分が選ばれなかった事は、仕方の無い事だったと。


「考えても意味の無い事だけど」


 ムギソウはそう呟いて、自分の無意味な思考を笑った。
ここからの逆転は、まず有り得ない。

もしここまで信頼を破壊され絶望に浸されてなお、
信頼を取り戻す事ができるのなら──
二人の仲を最良だと認めざるを得ないだろう。
それが逆説的に、二人の勝利の難しさを物語ってもいた。



154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:43:39.87 ID:daISRcm70


*

 身体を浮かせていないと呼吸がままならない水準まで、
既に水が迫ってきていた。

時間はもう、ほとんど残されていない。
律はそれを自覚して、真っ青な表情を浮かべる澪に向けて語りかける。


「なぁ、澪。そろそろ、交代する時のテンポとか決めよう。
 私は10秒毎くらいに、交互に息継ぎすればいいと思うけど。
 忙しないかな?でも20秒だと苦しそうだし。15秒辺りが妥当かな?」


 澪はゆっくりと言葉を返してきた。


「もういい……もういいよ。
 この期に及んで助かろうなんて、思えない」


 ある程度想像できた答えだった。
最期の砦だと思っていた唯にさえ、澪は裏切られた。
否、唯を裏切らせたのは律自身だった。

 何れにせよ、蹂躙され尽くされた澪の精神が、
律との協力を選択するとは思えない。
それでも律は、翻意させようと言葉を放つ。
澪を死なせたくなかった。


「約束したじゃん……。一緒に助かろうって。
 後で……裏切った事に付いては償うから。
 だから……お願いだよ澪」

「約束だって?散々裏切っておきながら、今更約束を守ろうだなんて。
 もう、信じられないよ……。

 二人助かっても、またお前は浮気する。
 しなかったとしても、私はずっと疑ったまま生きていく事になる。
 耐えられない、そんなの、耐えられない」



157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:45:24.62 ID:daISRcm70

「裏切ってきたからこそ、この約束だけは守りたいんだ。
 頼む、これ以上私に……約束を破らせないでくれ。
 それに、もう浮気はしてないし、これからもしない」


 今更言葉で説得が成功するとは思っていない。
それでも律は諦めずに言葉を並べた。
悲痛に拉がれている澪を助けてやりたかった。


「信じられないよ……。それと、お前はもう約束を破る事は無い。
 二人助かるっていう約束は、私が一方的に破るだけだから。
 いや、変更するだけだから」


 澪の瞳に、暗い影が落ちた。

「変更?」

「うん。一緒に死の?」


 律は取り乱す事無く、その声を聞いた。予想できた事だった。
罪悪感に苛まれている今の律にとって、寧ろ甘言にさえ聞こえる。
だが、律は誘惑を断ち切って、その提案を一蹴する。


「駄目だ。生きて償いたい。澪に生きていて欲しい、
 澪に幸せになって欲しい。
 だから、死ねない。私は死ねない。澪も死なせない」

「ごめんね、律。私はもう、限界なんだ。
 それに今のお前はただ助かりたいから、
 一時的に都合の良い事言っているようにしか聞こえない。

 それどころか……唯達とやり直したり、次の浮気相手見つけたり……。
 そういう事したいから、助かりたいようにさえ見えるよ。
 ほらね、限界だろ?」


 水はもう、口元にまで迫っている。
律は浮いていても、呼吸する事さえ厳しくなってきていた。
言葉を放つ事さえ、そろそろ澪の協力が必要な水準だった。



159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:47:16.06 ID:daISRcm70

「澪……」

「ごめんな、律。誰にもお前の事は渡さない。
 だから、私は……お前を地獄まで連れて行くよ」


 澪は水中へと潜った。
そして、包丁を手に取る姿が、水面越しに律の瞳に映る。

 お前の勝ちだムギソウ、そう律は叫んで全てを投げ出したかった。
だが、必死に堪える。最後まで諦める訳にはいかないのだ。
それこそが、自分に課せられた罰だろうと、弱気な心に言い聞かせた。

 律も澪の後を追うようにして水中へと潜った。
そうしなければ、あっという間に澪に刺殺されてしまうだろう。

 水中で包丁を持った澪と組み合う。
動きが緩慢なせいか、刃を押さえる事には然程苦労しなかった。
動きが遅い点は律とて同様だが、動体を見切る事が容易になっている。

だが、息継ぎまで行っている余裕は無い。
そんな隙を見せれば、致命傷は免れないだろう。
そして澪の説得を試みようにも、水中では言葉すら放てない。
結局、溺死するか刺殺されるか、という運命にあった。

 次第に律は息苦しくなってきていた。
このまま、傷付けた澪に償えないまま終わるのだろうか。

否、傷付けたのは澪だけでは無い。
いちごや梓や紬、そして唯といった面々が脳裏に浮かぶ。
彼女達も傷つけてきた。
自分だけが傷を負わずに済む訳が無かったのだ。



164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:48:28.27 ID:daISRcm70

(そうだよな……ムシが良すぎるよな。
 私が一番悪いのに……。だからこれは、私に向けた罰か。
 なら、甘受してもいい。でも……)


 巻き込まれている澪の事を思った。
罰ならば自分だけが傷つけば良いのにと、律は思った。

 その時、律は唐突に閃いた。
澪の信頼を取り戻せるかもしれない、と。
ただ、実行は躊躇われた。
強い心理的抵抗があった。

 しかし、刻一刻と限界は近付いてきている。
自分も、澪も。
律は覚悟を決めた。


(これだけやったのに、傷も負わずに済ませようなんて、
 始めから虫が良すぎたんだ)


 律はもう一つの包丁を手に取った。
途端、澪の顔に警戒が走る。だが、警戒は無用だった。
律は柔らかく微笑むと、自分の右胸へと刃先を立てる。

そして──肌を切り裂いた。
薄く血が滲み、澪の顔に驚愕が浮かぶ。
続いて、左胸にも同じように傷を付ける。

 次は性器だった。胸よりも、更に強い抵抗が訪れる。
だが、罪悪感が嘘で無いならばできるはずだと、自分に言い聞かせて。
斜めに二度、クロスを為すように傷を付けた。

 澪が驚いている隙を見計らい、水上へと浮上する。
呼吸の為では無い、澪に語りかける為だった。
澪が静聴してくれる事を祈るしかない。
包丁で攻撃されたり鎖を引っ張って妨害されたりすれば、水泡に帰す。
それは賭けだった。



167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:49:49.84 ID:daISRcm70

 水上に頭を出した律は、大声で叫んだ。


「澪っ、これで浮気はもうできないっ。
 身体に傷が付いているんだ、こんなの澪以外には見せられない。
 それなら、信じられるだろ?」


 浮気をしないと言って信じてもらえないなら、
浮気ができないようにすれば良い。
律が閃いた案は自傷を伴うものだったが、
澪だけ愛するという覚悟を示す事もできる。

 ただ、これだけでは不足だった。
身体を見せない浮気ならば、未だ律はできる事になる。
だから律は続けて言った。


「勿論、これだけじゃないっ。
 性交を伴わない浮気だって、できなくなるようにする。
 澪は……私の事、見た目で判断しないって信じてるから……。
 私がどうなっても、きっと私の事愛してくれるって信じてるから。
 だから……」


 律は刃を見詰める。
今までの自傷とは比較にならない程、躊躇が湧き上がってくる。
しかし──肉体的かつ精神的な──痛みを乗り越えられなければ、
澪からの信頼を取り戻せないだろう。

律はそう思い、刃を顔に当てた。
また、躊躇いが湧いてきた。
しかし逡巡している時間は無い。澪は未だ水中なのだ。

澪を愛するという強靭な意志と、罪悪感という業への贖いを原動力に変えて。
律は、額から鼻筋を通り頬へかけて、斜めに切り裂いた。
間違いなく痕が残り続けるだろう程に、深く。



169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:51:47.76 ID:daISRcm70

 鮮血が、水面へと滴り落ちた。


「あはは、やっちゃった。
 でも澪は……私の顔に傷が付いても、好きでいてくれるよね。
 これでもう……セックスしない浮気もできないや。信じてくれる、よね?
 もう……一つ」


 顔へ刃を先程とは対象に添えた時、足を強く引かれた。
手元が狂った律は、今度は浅い傷しか付けられなかった。

見下ろすと、律の足を引っ張る澪の姿が映った。
律はその力に任せた。そして後は澪の判断に任せた。

 水中へと引き摺られた律は、澪の胸に抱かれた。
説得は失敗したのだろうか。

このまま、澪の胸に抱かれたまま溺死する運命なのだろうか。
律は不安になったが、抱かれていた時間は一瞬だった。
すぐに澪は水面へと顔を出して、叫んでいた。


「ごめんっ、律。私が信じてやれないばかりに……。
 大切な顔に傷が……。律の顔に……。
 私のせいで……必ず責任は取るから。傷物にした責任、取るから。
 律の事、愛し続ける。信じ続けるからっ」



170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:52:38.11 ID:daISRcm70

 水の中で、律は笑みを浮かべた。
澪からの信頼を得る事ができた、それが嬉しかった。
消えない傷痕の見返りは大きかった。
再び水中へと潜ってきた澪に口付けてから、律は再度浮上する。


「ありがとうっ。本当に有難う。
 でも、責任とかは考えなくていいよ。悪いのはほら、私だから。
 この傷は澪のせいじゃない。私のせいなんだ。当然の償いなんだ。
 当然の、罰なんだ」


 叫んでから、再度水中へと戻った。
今度は澪の方から口付けてくれた。

 律と入れ代わりに浮上した澪の叫びが、水中にまで響いてくる。


「責任を取るっていうのは……ずっと側に居るって意味だよ。
 同性だから法的な結婚はできないけど。それでも、側に居るから。
 律の事、大好きだよ。改めて約束するよ、一緒に助かろう」


 潜ってきた澪と三度目の口付けを交わして、律は浮上する。


「そういう意味なら、大歓迎。
 澪が私と再び歩む道を選んでくれるのなら、この傷だって誇れるよ。
 勲章だ、って。今までごめん。そして、これからもよろしく」


 既に律の関心は、勝利したも同然のゲームからは逸れていた。
澪からの信頼を再び得られた喜びに浸っていた。

 後はもう、消化試合だった。
呼吸と口付けを、交互に行うだけなのだから。



173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:54:28.26 ID:daISRcm70


*

「信じられない……」


 ムギソウは驚愕の面持ちで呟く。
逆転があるとは思っていなかった。
増してや、律が自傷するとは予想だにしていなかった。

 女であるにも関わらず、律は自分の顔まで傷付けた。
そうまでして、澪の信頼を取り戻したかったのだろう。
それは即ち、ムギソウの敗北だった。


「これはもう……仕方ないかな」


 ムギソウは手元の、律と澪を半々に模した人形を放り投げた。
もう無用だろう。


「この二人の絆は本物だった。
 結局、他の誰も引き裂く事なんてできやしなかった。
 こんなの、負けてもしょうがないって思えるよ。
 神聖と言いたいくらい」


 口付けと呼吸が繰り返される画面を眺めて、一人呟く。
澪に対する嫉妬の念は、羨望へと姿を変えている。


「羨ましいな。そこまで愛してもらって」


 暫く眺めた後、時計を見やった。
制限時間まで、後少しのところまで近づいてきていた。


「そろそろ救出の準備、行おうかな」


 ムギソウは立ち上がった。
と、同時に、今更になって一つの懸念が芽生えた。

それは、ここに至るまで干渉も連絡もしてきていない協力者の存在である。
このまま不干渉を貫いたまま、姿を消すのだろうか。
そう平和に終わる気が、ムギソウにはしなかった。



174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:55:41.80 ID:daISRcm70

 準備の周到さや映像の選定から、協力者には相当強い執念が感じられる。
それにゲームの指示を出しておきながら、
ゲームの進行過程や結果に興味を示さない事が有り得るだろうか。

 もし、結果を確かめる為にここに向かってきているとしたら。
ゲームをクリアした二人を見て、果たして讃えるだろうか。

ムギソウは逆に、律と澪が更なる危険に晒される気がした。
強い執念の下、ゲームをクリアされた事に逆上しないとも限らない。


「二人が……危ない」


 特に律の事を想った。
顔を傷付けてまでクリアしたのに、その後に殺されてはあまりにも不憫だった。

愛憎入り乱れていた律への感情から、今はもう憎しみが薄れている。
顔すら自傷して澪を愛し続けるのなら、それは認めざるを得ない事だった。
加えて、顔に対する自傷それ自体が、自分を捨てた贖いにも感じられていた。


「行こう」


 ムギソウは手に、鍵と縄梯子を持った。
勿論、協力者が律達を襲撃するとは限らない。

二人を讃えに姿を見せるかもしれないし、
このまま正体を明かさないままかもしれない。
それはムギソウ自身分かっていた。否、そうであればいいと望んでいた。



175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:56:57.21 ID:daISRcm70

 だが、この逸脱した状況の中、根拠の無い楽観で安堵は得られない。


「それにどうせ、制限時間まで極僅かだし。警戒だけならタダだし」


 ムギソウは部屋のドアを開いた。
この部屋は、外からは一見壁に見えるようドアが偽装されていた。

とは言っても、元からそういう造りだったのでは無い。
この部屋を監視用として活用するにあたり、
ドア外側のドアノブを外して、大きなポスターを張り巡らせたに過ぎない。

警戒が必要だとは思っていなかった。だから偽装は最小限に留めた。
この程度の用心でさえ、不要だと思っていたくらいだった。

 しかし今となっては、もっと警戒すべきだったと思っている。
それ程までに、協力者に対する猜疑の念が芽生えていた。


「待っててね、りっちゃん、澪ちゃん」


 ムギソウは──琴吹紬は、ポスターを破り部屋を出た。




176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/08/14(日) 23:57:52.64 ID:a9ps8u2OO

ムギソウ…





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紬「SAW」#中編
[ 2011/08/15 16:02 ] ホラー | SAW | CM(0)

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