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澪「……かもしれない」#前編 【非日常系】


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澪「……かもしれない」#前編
澪「……かもしれない」#後編




1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 13:26:59.51 ID:hwGMHRN10

律「んー、澪なんか言ったか」

澪「聞こえてたのか?」

律「いんや別に。それより昨日のドラマでさー――」

なんとなく予感がして声に出てしまった。
それは、あくまでも可能性の一欠けらであって
予測の範囲内にギリギリ収まる程度であって
予知夢にも似た偶然が重なって起こるようなことだった。
考えた後で、何てことを考えてしまったのだ、と戒めを起こしてしまった。

いつもの音楽準備室でいつものメンバーでお茶をしていた。
練習に性も出さずひたすら糖分を補充しては、唯なんて口の周りに食べかすをこびり付かせている。
会話の内容も非常に有り触れているものを、昨日の議題を今日に繰り越すみたく、展開させていた。
所謂、昨日のテレビで見たんだけどさー、なんて他愛も無い話である。

そんな中で私はぼーっと聞き耳を立てていた。
律と唯の言葉で展開されるお笑いコントじみた風景に溶け込んでいた。
そしてチラリと律を見た。
これについて一切の自発的なものは含まれていない、よく使われる『なんとなく』というやつだ。
私はその『なんとなく』を行使して、律を見た。
律の指先がたまたま私の方向を指していた。

その指先が伸びて、目の前にまで伸びてきて、角膜を通り抜けて、瞳孔を突き破って、
水晶体にまで進入し、硝子大官をくぐって、網膜血管に溶け込んで、視神経を圧迫して。
それから肉やら骨やらその他もろもろの生命維持には欠かせない物体を貫通したあげく
頭の後ろから出て行ていってしまうような。

非常に有り得ない幻想に襲われた。

律は、私の目を刺そうとしていたのかもしれない。





3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 13:34:14.28 ID:hwGMHRN10

澪「なぁ、律」

律「ん。澪も昨日のドラマ見たのか?」

澪「いやそうじゃなくて。今私を指差さなかったか」

律「そうだっけ? たまたまじゃない」

澪「何か言いたかったのか?」

律「いんや別に」

悩ましげな不安がモコモコと膨れ上がる中で、問いただしてみた。

律とは幼馴染の関係である。
私を羊とするならば、差し詰め律は牧羊犬といったところか。
牧草地帯で何をするでもなくポツンと立っていると、律犬が喧しく追い掛け回してくる。
逃げ惑うしかないのだけれど嫌ではない、むしろ居なければ困るのだ。

そんなやり取りは今に始まったことではない、日常に組み込まれていた。
しかし、今回はどこか違ったベクトルを感じたような気がした。
犬羊の関係であるならば決して噛み付かれることはないのだ。
妄想が大分行き過ぎている、今日は疲れているのかもしれない。



7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 13:39:23.65 ID:hwGMHRN10

紬「今日はパンプキンケーキを持ってきたの」

律「うっほー、凄ぇ美味そうだ」

唯「ムギちゃん早くわけてわけて~」

紬「はいはい。ちょっと待っててね」

澪「ペーパーナイフ……」

ムギはいつも通りケーキ用のお皿をテーブルに並べて。
ムギはいつも通りペーパーナイフでケーキを切り分けようとする。
彼女はお嬢様育ちでありながら時折メイドのように私達の世話をしてくれる一面がある。

慣れた手つきでカッティングを進めるのだが、何故か気に食わない部分が生まれてしまった。
決して滑らかではない刃先がチラチラと延長線上に私を捉えてはすぐ離れて、また戻ってくる。
その度に、えも言われぬ緊張感が背筋を伸ばしていた。

ペーパーナイフ、とは随分と軽い言い方に聞こえるがナイフの一種である。
手首に当てて強くスライドさせれば皮が剥けて肉が裂けてしまうことだってある。
だからといってペーパーナイフそのものに恐怖心を持つのは非常におかしな話である。
用途として重宝される場面は、ナイフを持ち込めない場所で似たような効果を出したい時、等々。
現にここは学校であり、上記の説明が大いに当てはまる。
握っているのは他ならぬムギであり、目的はケーキを切り分ける為であるからだ。
だけれども、それなのに――。

澪「……かもしれない」



10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 13:44:48.89 ID:hwGMHRN10

律「今のはちゃんと聞こえたぞ」

唯「何が『かもしれない』なの?」

澪「それはだな、えーと、大したことじゃないんだ」

言うべきじゃない、常識的に考えて。

紬「澪ちゃん、もしかしてパンプキン嫌いだった?」

澪「いや、そんなことないよ。どっちかと言えば好きな方かな」

紬「なら。はいどうぞ」

コトリと私の前にケーキが置かれた、非常に美味しそうである。
黄色味がかかったムースは雪のように滑らかで
内側から溢れる生クリームが食欲をそそってくる。
そこまで認識しておいて、私の意識はすぐに別のところへ向いてしまった。

ペーパーナイフはどこにある?

見ればムギはケーキの入れてあった箱に仕舞おうとしている最中だった。
自然と私の視界からは問題の物が消えることとなる。
そしてムギは椅子に座り、箱には見向きもせずムースを一つまみすると口に入れて味わう。
一連の動作を確認してから、私はやっと目の前のケーキを食べようと思うことができた。



13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 13:51:08.41 ID:hwGMHRN10

舌下に広がる甘みを堪能しながら、私は『なんとなく』を再使用する。

ケーキを口に含んだままクチャクチャという音を混ぜて喋っている唯の存在。
場所を同じくして同じものを食べている身としては何とも気にかけるべき行為であるのだが。
軽音部では日常として認識されてしまっている、何度言っても一向に直らないからだ。
唯は所謂天然さんであり自由奔放であることに定評がある。
なので最近では注意をすることもなくなってしまっていた。
人体には感じ取れない高周波のように完全に溶け込んでいた。

という理由から、私は再度『なんとなく』を行使するに至ったのである。

唯「んでもやっぱヒロインは普通さぁ――」

澪「……」

律「ドラマなんだからそんな現実的な展開じゃ詰まんないって」

紬「そうよ、ロマンチックを求めるのがいいんじゃない」

唯「そうかなぁ。でもやっぱり――」

澪「……かもしれない」

まただ、また言ってしまった。



14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 13:55:41.91 ID:hwGMHRN10

律「なぁ澪さんや」

澪「ごめん、先に帰っていいかな」

今日の私はどうかしている。

唯「えっまだケーキ残ってるよ?」

澪「ごめん、いらない。唯が食べたいなら食べていいよ」

唯「本当にいいの?」

澪「うん。ムギごめんな、折角持ってきて貰ったのに」

紬「気にしなくていいのよ。調子悪いのならゆっくり休んでね」

澪「ありがとう。本当にごめん、それじゃ」

私は音楽準備室を出た。

律「何かさ、今日の澪変だったよな」

紬「そうね。どこか気を滅入らせてる感じだったし――」



15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:00:55.07 ID:hwGMHRN10

澪「まさか、そんなわけないよな」

ひとりごちても答えてくれる人はいなかった。
見上げた自室の天井は平らな姿勢を崩そうとしない。
あの時感じてしまった妄言じみた妄想を、一人思い出していた。

確かに唯はフォークの先端を私に向けていた。
それ自体は何ら珍しいことではない。
次いで唯の食事マナーがよろしくないことは重々承知している。
なのに、有り得ない可能性が頭の中を過ぎった。


不意に指から離れたフォークが空中を闊歩し、私の顔目掛けて突き刺さる。
とか。

「澪ちゃんあ~ん」と催促する腕が勢いを誤って、私の喉元に突き刺さる。
とか。

フォークを落としてしまい地面に不規則に跳ねた後、私の脛を目指して突き刺さる。
とか。


可能性という液体でコーヒーを作るみたく妄想のペーパーフィルターで濾していた。
抽出された何滴もの有り得ない事が溜まっていって濃度を増していく。
受け皿に収まりきらなくなれば溢れ出し発声器官を刺激して。
内側で処理し切れない疑問が口をついて出た結果だった。

澪「かもしれない。かぁ」



16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:05:37.79 ID:hwGMHRN10

律「おっす澪。元気になったか?」

澪「別に体調不良とかじゃなかったんだ」

律「んん? んじゃあ何だっていうんだよ。怪しいなぁ澪さぁん」

澪「そんなにジロジロ見ても何も出ないぞ」

翌日、いつも通り学校へ行こうとすると律が玄関で待っていた。
私のことを心配してくれているのだろう、純粋な喜の感情が沸いてくる。
昨日過ぎってしまった不健全な妄想もさっぱり出てくる気配が無い。
証拠としてこんなにも有り触れた朝のやり取りを交わしている。
やはり昨日の私はどうかしていたのだ。

律「――んでまた聡が馬鹿でさぁ」

澪「それはお前が嗾けたのがいけないんだろ」

律「私はちょーっと背中を押しただけだって。実行犯の罪が一番重いんだ」

澪「全く。姉としての威厳というか模範というものをだなぁ」

律「澪ぉそんな怒んなってば」

ごくごく普通の朝の場景だった。



17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:09:48.89 ID:hwGMHRN10

和「澪、一緒にお弁当どう?」

澪「うん。勿論」

二年次で軽音部の三人と離れ離れになった私にとって和は唯一の救いだった。
最も和自身も新しいクラスで浮きたい願望はなかったようで。
自然と私達はクラス内で行動することが多くなり、
一緒にお昼ご飯を食べるようになっていた。
それもこれも、和と幼馴染の唯が軽音部にいるお陰である。

和「新歓ライブの練習は進んでる?」

澪「あんまりかな。もっと精を出すべきなんだろうけど」

和「あの二人が駄々を捏ねるのね」

昨日は私がそうだったのだが、言えるはずもない。

澪「まぁそれもあるかな。やる気のある後輩が入ってくれればいいんだけど」

和「そうねぇ。でもあの雰囲気がなくなったら、それはそれで寂しい部分はあるかも」

澪「何かもう和には全てお見通しなんだな」

和は落ち着いていて、それでいて周りに気の配れる優等生だ。
だから、少しは甘えてもいいのかな、なんて柄にもなく考えさせられてしまう時がある。
昨日の事を相談してみるのはどうだろうか。
あの幼稚すぎる脳内イメージについての貴重な意見が貰えるかもしれない。
和は答えを知らなかったとしても何かしらの手段で安心させようとしてくれる人間だ。



18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:14:22.66 ID:hwGMHRN10

和「生徒会も結構忙しいのよ。この時期は書類が飛んでばかり」

澪「去年の新歓から生徒会にいたような感じだね」

和「あながち間違いでもないけどね」

澪「へぇ。そうなんだ」

和「それじゃちょっと行ってくるわ。律に講堂の使用申請書出すように言っておいて」

澪「うん、分かった。またね」

結局、相談するという結論に達しないまま和は生徒会室に向かってしまった。
食事もあまり咀嚼をせずに飲み込んでいるようだったし、時間に焦らされていた。
私は自分から話題を提供することなく、和の話に適当な相槌を打つ程度にしか機能できなかった。
そんな和に更なる負担をかけてしまうのは酷だと思ったのだ。
今でなくとも生徒会の仕事で大車輪の活躍をみせているというのに、これ以上は気が引ける。
仮に和からアドバイスを貰えたとしても完全回避に繋がる術は出てくるのだろうか。
私が軽音部に顔を出さなければいい、なんて極論は抜きにして。

やはり現実に起きていない事件を取り上げるなんてどうかしている。



19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:19:48.02 ID:hwGMHRN10

澪「講堂の使用申請書、まだ出してないんだって」

律「あーそれはー、丁度今からやろうと思ってたところなんだよ」

澪「そんなことだろうと思った」

紬「まあまあ。忘れないうちに書いちゃいましょう」

唯「それ出さないとライブできないんだ?」

律「当たり前だろ。ちゃっちゃと書いちまおうぜ」

呑気さを恥じることなくひけらかして、律は鞄から書類を取り出した。
適当なボールペンを取り出すとスラスラと筆先を走らせるのだが、
何故かすぐに動きを止めてしまう。

律「そーいえば曲順どうすんだっけ」

唯「あれ、まだ決めてなかったんだっけ?」

澪「よくよく考えれば決めてないな。四曲分の時間が貰えるんだろ」

律「んーそうなんだけど。まぁ後で決めればいいかぁ」

澪「そうやって先延ばしにしようとするからだな」

紬「まぁまぁ澪ちゃん落ち着いて」

律「じゃあ澪はどんな順番がいいんだよ」



22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:26:30.65 ID:hwGMHRN10

その時だった。

どんな順番がいいんだ『よ』!!」

その瞬間、私の神経は全てが律の挙動に注がれていた。

律は机に肘を付けていかにも考えているといった姿勢を見せていた。
頭蓋をノックするかのように、ペン腹を側頭部にくっつけたり離したりと遊ぶ。
そしてその腕を、指先を、ペン先を、私の方へ向かって伸ばしたのだ。
私への問い掛けと私を示そうとしたペン先、そのモーションがダーツを射るかのごとく見えた。
俊敏にスナップを利かされて前へと突き出される。
延長線上には私の顔という的があって、高得点の赤鼻目掛けて一直線に伸びてくるような。

ペン先を追って、瞬きも忘れて、原子の粒を見るように、ひたすらに凝らして、そうしていたら。
ボールペンが私の眼球に吸い込まれていくような。

澪「いやッ!!!」

そう叫んで、派手に後方に倒れた。



23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:31:06.75 ID:hwGMHRN10

みっともない醜態を晒しながら私は震えていた。
撮ったばかりのフィルムを巻き戻して、
また再生して、ひたすら脳内に焼き付けていた。
鼻筋に伝わる痒いような痺れる感覚がそこから全身に送られているようだ。
私は抗おうと、異物を取り除こうとして顔の前に手を伸ばすのだが。
指先は何度も虚空を描いてしまう。

律「どうした澪!」

唯「澪ちゃんどうしたの。目に虫が入っちゃったの?」

紬「目じゃないわ。鼻の、先かしら」

律「おい澪、ちゃんと見えてるか。どこが痛い? どこを見てるんだ」

視覚は役割を放棄して、脳内ビジョンにだけその入力先を預けていた。
確かに律は私目掛けてペンを投げつけた。
本気でそう感じ取ったのだから体を放ってでも顔を守ろうとしたのだ。
しかし何度繰り返しても、何度見直しても、肝心のシーンが訪れてくれない。
あの時の私だけが見ていた幻想だった、とでも言ってしまえるのか。

じわり靄が晴れるように、五感が現世に戻っていった。



26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:37:20.58 ID:hwGMHRN10

律は声のボリュームを最高潮にまで押し上げていた。

律「澪! 澪! しっかりしてくれよ!」

澪「ぇと……ぁの……」

律「意識は戻ったんだな。よかった。本当によかった」

澪「ねぇ、刺さってない? 傷ついてない?」

律「見た目は、大丈夫だと思うけど。それより」

澪「じゃあ、律は私にボー――」

律「ボー。その先は何だ」

私は禁句を押さえつけるように口を噤んだ。
感覚は高揚しながらも気分だけが下落する、張り付けにされた異教徒のような気分だ。
その先を言ってはならない。
白状すれば二人の関係を壊すことに繋がってしまう。
いや、二人だけでなく軽音部全体に大きなメスを入れてしまうのではないか。
北風に晒されると強気なコートをがっしりと掴み直してしまう。



27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:41:27.09 ID:hwGMHRN10

紬「一応保険室に行きましょう。それがいいわ」

澪「大丈夫。もう平気だから」

律「それは駄目だ。どっからどう見たって、さっきの澪は普通じゃなかった」

唯「怖い話された時の比じゃなかったよ」

澪「普通じゃないなら、どうだったっていうんだよ」

律「ずっと震えてたし、目の焦点が合ってなかった。意識だって――」

澪「それくらい、よくあることだから」

律「はァ?」

澪「前にお前に見せられたホラー映画の映像がフラッシュバックしたんだ。それだけだから」

律「そんなの理由になんてなるかよ」

澪「とにかくもう構わないでいいから。それでも保険室に行けって言うなら帰る」

律「……あーあー、そうですか。澪さんは心配してくれる友達を無視しやがりますか」

唯「りっちゃん言い方が――」

澪「話するだけ無駄みたいだな。今日も帰らせて」

紬「澪ちゃんちょっと待って。いくらなんでも――」



29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:45:35.76 ID:hwGMHRN10

一人、音楽準備室を出た。

階段を下ると部活動の勧誘に性を出す姿がちらほら見受けられた。
勧誘期間も始まったばかりだというのに何とも熱心なことだ。
軽音部として今日は勧誘する予定ではなかったのだが、やはり少しだけ罪悪感を覚えてしまう。

通り過ぎる間際、野球のバットやら剣道の竹刀やらゴルフのクラブが
やたらと目について嫌悪感を覚える。
それでも、今さっき体験した幻想と比べれば随分とマシだった。

校舎を出れば、やはり勧誘及び入部活動に忙しないのか生徒は疎らである。
少し歩いて後ろを振り返ってみると、やはり律と唯とムギの姿はなかった。
心配している、なんて言った割には白状なものだ。

澪「でも、やっぱり寂しいよ」

―――― ブブブブブブ

独り言に答えてくれたのは携帯のバイブレーションだった。
心拍数を上げて開けば、やはり律から送られてきたメールだ。
ムギが気転を効かせて無理矢理にでも送らせた文章があるのだろう。



30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:49:25.40 ID:hwGMHRN10

―――――――――――――――

 from 律

さっきはキツイ言い方になっちゃ
ってゴメン。でも本当に心配だっ
たんだ。今まで嫌がってるの知っ
てて怖いもの見せてたのも悪かっ
たと思ってる。だから何があった
のか教えて欲しい。私で役不足な
ら他の誰にだっていいから。ただ
、絶対に一人で抱え込まないでく
れ。それだけは絶対のお願いだ。

―――――――――――――――


顔文字も絵文字もない素っ気無いメールだけれど、律なりの優しさが詰まっていた。
内容に目を通してから、ごめん、と言ってすぐに閉じた。
どう返信すればいいのか分からなかった。



31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:54:59.76 ID:hwGMHRN10

私は逃げるように自宅へと戻り、そして思う。
律はボールペンの先を私に向けた、その瞬間に通常では起こりえない惨状を疑似体験した。
ならば自らペンを持ち向けてみても同じ現象が起こるのだろうか。
怖い気持ちは大きいけれど、確かめる必要があった。
毎回こんなリアクションを取っていたらいよいよ異常人物と見られてしまう。
そう何度か言い聞かせてから愛用のシャープペンシルを一本取り出した。

澪「普通のシャーペンだよな」

筆箱を開けてペンを持つ、特に問題は発生しない。
それはそうだろう、今さっきまで学校にいたのだし授業で散々に使っていたものだ。
別段大した感情すらも沸いてこない。
見定めるべきはこの先にある、ゆっくりと回転させていった。

澪「大丈夫。怖くない、怖くないからな」

声に出して言い聞かせながら、針の糸を通すように慎重に向けて、ペンの全貌が見えて。
先が確認できるまでになって、やっと真横にまで到達して、次第にペン先の腹が見えてきて。
ついに先端が私を捉えて――何とも思わない。



32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 14:58:35.46 ID:hwGMHRN10

こんな馬鹿な話があるか、私は一体何に対して恐れていたというんだ。
分からない、分からないから無性に探したくなる。
乱暴に机の引き出しを開けて手を突っ込んだ。

やはりボールペンなのか、なんとも思わない。
なら色鉛筆で、少しも動揺しない。
万年筆なら、びくともしない。
三角定規で、うんともすんとも。
ハサミなら、全く無意味だ。
カッターなら、微動だにしない。
ならもっと近づければいいのか。

あの時は目と鼻の先にまで迫ってくるほどの圧迫感が伴っていた。
もっと近くまで、皮膚が剥がれるように、肉が抉れるように、神経が支配されるように。
もうちょっと、もうちょっとで。

澪「痛ッ」

鼻頭にピリッと小さく電流が走ると、私はカッターを机に投げつけた。
傷つけようとしていたんじゃない、ただ追求したかったんだ。
そう思い聞かる度に頭がこんがらがった。
自慢の黒髪をぐしゃぐしゃに束ね、跳ね散らかしていた。
何でこんなことをしているのか、理解に苦しんでいた。



33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:02:03.92 ID:hwGMHRN10

律「おはよ」

澪「ぉ、はよう」

律「学校行くか」

澪「うん」

眠そうなのがバレているだろうか、案の定あまり寝付けなかった。
あれから何度試しても同じ症状が出ることはなかった、なかったのだけれど。
それが一番なはずなのにかえって不安にさせた。
律に勘繰られたくないので、できるだけ視線を逸らして話しかける。

澪「なぁ律」

律「どうした」

澪「昨日はごめん。メールも、返さなくて」

律「まぁあれだな。頼りが欲しくなったらいつでも言ってこい」

澪「ありがと」

不安よりも喜びを大きく感じ取れるように、律の言葉を噛み締めることにした。
風邪が辛くてもバラエティ番組を見て笑えている間はそれを感じさせないようなものだ。
頼りにするならやはり親友なのだろう。
だけれども、おんぶに抱っこでは何とも申し訳なくなる。
まだ打ち明けることができそうにない。



34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:06:08.00 ID:hwGMHRN10

さわ子「スペシャルな衣装を用意したわよ!」

澪「あの、それは衣装じゃなくて着ぐるみかと」

さわ子「細かいことはいいのよ。さっさ早く着替えなさい」

紬「アルバイトみたいで楽しそうだわぁ」

唯「私クックアドゥードゥルドゥーね」

律「それ今日の授業で知って使いたかっただけだろ」

何故か強制的に馬の着ぐるみをかぶらされると新歓に狩り出されてしまった。
またも途中で帰ってしまうと思われたのだろうか。
先手を打たれた気分だ、別に逃げるつもりなんてなかったのに。
昨日の帰り際に新歓活動を見た時だって多少は罪悪感は覚えた。
こうしてあからさまに確保されると、如何せん悔しさを隠し切れない。

さわ子「大事なのはインパクトよ。インパクト」

唯「はいはい、ディープインパクトを与えるんですね!」

律「それは地球に隕石が落ちる映画だ」

紬「競走馬にもいたわね」

こんなんで大丈夫なのだろうか。



35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:10:34.57 ID:hwGMHRN10

馬澪「軽音部です。よかったらどうぞ……」

周囲の反応が痛い、チクチクと目に刺さるようだ。
視界が剥き出しになっていないことと、発信源が分散しているのがまだ救いなのだろう。
いいや、元々被り物なんてしなければ怪しげな目で見られるはずもない。
あの時に似た感覚がじわりとこみ上げてきた。

これは苛められっ子の気分に似ている。
距離を保ちつつ取り囲まれて「見てみなよ~」と指をさされる。
決して触れられず、かといって見放されるわけでもなく、
笑いの対象として適度なリアクションを求められる。
適役としての私を認識すると苛立ちが精神を容赦なく削っていった。

加えてこの晴天に着ぐるみだ、吹き出る汗で塩が取れるそうな勢いである。
暑すぎる、劣悪な環境だ。

犬律「澪フラフラしてないか。ちょっと休むか」

馬澪「いいよ。どっちにしてもあんま変わらないと思うし」

猫紬「無理しないで。とりあえずベンチに座りましょうか」

素直に腰掛けて視線を下に落とすと多少は気が安らいだ。
外部からの情報を絞っていると、時折トンボ目の穴から犬ぐるみが覗いてきた。
もぐら叩きのごとく映っては消えるのだが、指をさされているよりはずっと楽だった。

律にどこまで気付かれているのだろうか。
ヒントなら私から発信していた部分もあった。
「ボー――」という言葉や「刺さってない?」という反応とか、色々ある。
意地を張っていても、無意識下では助けを求めていたのかもしれない。
プライドを捨てるしか道はないのか。
苦虫を噛むと奥歯が擦り切れる音がする。



36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:14:58.58 ID:hwGMHRN10

澪「――――という訳なんだけど」

律「そうかぁ」

澪「別に律が嫌いとか怖いとかそんなんじゃないんだ」

律「何回も言わなくても分かってるって」

澪「でも、それが一番不安で……」

この日は私が早々に棄権したおかげで大した勧誘活動もできずに終わってしまった。
攻めるでもなく、槍玉に挙げるでもなく、
ただ納得してくれたムギと唯に深く感謝しなくてはならない。

そして目の前で私のベッドに腰掛けている律にも陳謝しなくてはならない。
こんな告白をされて、心象を悪くしたり、果ては絶交されたりなんてしないだろうか。
だったら私が異常なのだと断定される方がまだ楽になれると思う。
それ程までに私は律を失うのが怖い。

律「ちょっと時間頂戴。私の頭じゃすぐに追いつかない」

澪「うん。分かった」

そのままベッドに寝転がると真剣な表情を崩さないまま思考だけを回している律は、何を思うのだろう。
喚問を受けているような、無意識下の私を呼び出して律が脳内会議に招いているような。
はたまた車検やら点検やら超えなくては是とされない一級の査定を受けているような。
流れる時間がとても遅い、しかし結果が悪いのならばいくら続いたって構わない。
あの感覚を一とするならば無限とまで表現しても誇大に値しないほどに長い時間だった。



38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:19:48.45 ID:hwGMHRN10

律「私は澪を捨てるような白状者じゃないぞ」

そう告げて、ゆっくりと近づき、私を軽く抱いた。

澪「それは、どういう意味で?」

律「全部ひっくるめて親友を見捨てたりなんてしないってことだ」

澪「本当に?」

律「親友の言葉が信じられないってんなら、その事にだけ怒ってやる」

澪「ごめん」

律「いいさ、それから――」

オブラートで覆われるように律に包まれていた私は、突如として収束感を味わった。
律の手と触れている肌と髪先までもが固くなって全身に纏わりつく。
密着して擦れた部分から私より激しい律の鼓動が伝わっていた。
これから律は何を言い出すのか、予想すれば百パーセント当たるだろう。

しかし、考えることすら中断したくなるほど鋭敏な部分が億劫になってしまう。
自分から危惧することもあったが決断にまでは程遠く、今に至るまで廃案となってきたものだ。
辛いけれど誰かに言われる方が、言ってくれる相手がいるのなら、その方が断然いいのだろう。
私は目を閉じて律の言葉を待った。

律「病院行こう」



39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:24:20.91 ID:hwGMHRN10

私はプライドの高い人間だ。
一に努力、二に努力で、
人生において積み重ねてきたことに誇りを持っていたし当然のことだだと思っていた。

だから始めは軽音部において浮いた存在になっていたのかもしれない。
ティータイムと銘打たれた時間にお菓子や紅茶を賞味する事が堪らなく不条理だった。
目的と行動が一致していない、なんて自堕落な連中なのだ、と渇を入れたかった。

そんな愚痴を一方的に溢しても律はウンウンと聞いてくれた。
冗談混じりに駄目出しされることもあったが頑固な私の心を揺らす正論をくれる時もあった。
次第に私は軽音部に、律の引率によって四人の輪に入れたのだと確信していくこととなる。
今では皆の良い所をすらすらと言葉で伝えることができる。
話しているだろう私の顔は、きっと傍から見ても分かる程のニヤケ面だろう。
今回もそうだ、律の優しさが固い鱗を剥がしてくれている。

私は力を込めて抱き返した。

律「一緒に行ってやる。一緒にだ」

澪「ごめん。ありがとう」



40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:28:16.01 ID:hwGMHRN10

いざ建物を正面に対峙すると周囲の目が酷く気になった。
周りの人間が私達だけを見つめている、という錯覚を覚えてしまうほどに。
それでも律を大きく視界に入れることでどうにか耐えようとしていた。
看板にハッキリと『心療内科』と書かれていることが最も大きな抵抗だった。

誰かに見られているのでは、あの秋山澪が精神病を発祥している、裏でこそこそと笑われるのでは。
社会の道から外れた者として『池沼者』のレッテルを貼られるのでは。
どうしようもない小さな可能性だったが、確実に自尊心を煽っていた。
心を強く持とうにも指の隙間からすり抜けてしまうほどに危なげだ。

胸を張る律の背中にくっ付いて建物内に入った。

澪「なんか普通の病院みたいだな」

律「そりゃそうだろ」

澪「普通のサラリーマンっぽい人もいる」

律「あのヤーサン見てみろよ。背景が清潔すぎて違和感あるぞ」

澪「ぷふっ。コラ律、こんなとこで笑わせるな」

律「ごめんごめん」

こんな場所で笑うだなんて思ってもいなかった。
静寂とまではいかなくとも緩やかな空間に二人の声が強調されていた。
場違いだと怒られてしまうかもしれないが、私にとっては大きな救いだった。
まだ判明していない私が持っているだろう特異なものも笑い飛ばせるようになるのだろうか。
律と私の笑顔で淡い期待が温かく広がっているのを感じていた。



41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:31:21.95 ID:hwGMHRN10

律「んじゃ、保護者じゃなきゃ診察室入れないから」

澪「分かった。行ってくる」

病室に入ると、大きな椅子に深々と腰掛ける白衣のおじさんが迎えてくれた。

医「ええと、秋山澪さん。今日は初めてですね」

澪「はい。よろしくお願いします」

医「どうぞ、話して下さい」

澪「はい。最初はなんでもなかったことなんですけど、ある日友達に指をさされて」

澪「そしたら指が飛んでくるような、突き刺ってくるような感じがして」

澪「全然向こうはそんなつもりないんですけど、どうしてかそんな風に思えて」

澪「気になりだしてから、何かに付けて……。あの、続けていいんですか?」

医「ん? ああ、お気になさらず」

こういった心療系の機関を受診するのは初めてなのだけれど、けれど違和感を覚えた。
先生と銘打たなくとも紛れも無い医者であるその人物は私の方を見ることなくタイピングに勤んでいた。
打ち込んでいる内容が光の反射でギリギリ見ることがきないのが非常にもどかしい。

何かこう詰問を受けているような窮屈さがあった。
これなら入力に立ち入る人間が医者でなくても成立するのではないか。
時折相槌をくれるものの、どこか他人事に見られているような気がしてならない。
実験のモルモットとして扱われているような、非常に厭な気分だ。



43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:35:19.13 ID:hwGMHRN10

医「どうしました。そこまでしか話せませんか?」

澪「いえ、大丈夫です。それから――」



律「おかえり。どうだった」

澪「あんまり相手にされなかった気がした」

律「ふぅん。他には?」

澪「一回じゃ分からないからまた来てくれって。私から話しただけだった」

律「まぁ当日駆け込みでこの人じゃあな」

澪「律はこういうの詳しいのか?」

律「それは、あれだ、丁度この前テレビで特集やってたんだよ」

期待していた何かしらの特効薬を得られぬまま、始めての受診は終わってしまった。
正直期待はずれだったけれど、連れ添ってくれた律に申し訳が立たないので
これ以上の毒舌は控えることにした。

次回の予約をすると早々に二人で家路についた。
帰宅途中、常に律は私と肩を擦らせていた。
摩擦に乗せられて律の気遣いが伝わってくるのだが、それくらいで不安の氷は溶けてくれそうにない。
非常に悪い予感に苛まれていた。



45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:39:15.94 ID:hwGMHRN10

律「新歓ライブの件なんだけどさ」

いつものティータイムの最中、突如として律が話題を提供した。

律「申請書まだ提出してないんだ。期限に余裕あったから」

紬「あら、そうだったの」

唯「あれ? 珍しく澪ちゃん怒らないね」

澪「ああ、そうだな」

気力をいくら絞っても、元気の芽が出てこない。

律「でだな、ライブをしない選択肢を考えるべきだと思う」

唯「りっちゃんそれ本気で!?」

紬「唯ちゃん落ち着いて。ほら、ね」

そう言ってムギは唯を宥めにかかる。
こちらから本心を尋ねたわけではないが、ムギは大よそを見抜いているようだ。
薄々感付いていたのだろう、私が引き起こした不安が種を植えつけたのだ。

そして成長したヤドリギの木は確実に軽音部に根付いてしまっている。
原点である種を撒き散らしたのは紛れもない私である。

唯「あっ、えと、ごめんね澪ちゃん」

唯は正直ないい子だ、それが残酷でもあるのだけど。



47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:41:52.37 ID:hwGMHRN10

澪「みんなごめんな。私のせいで」

律「澪、そんな言い方すんなよ」

紬「そうよ。困った時は助け合わなくちゃ」

優しさがとても辛い。
口に苦味を覚えるけれどそれが良薬かどうかまでかは分かりそうにない。
どちらにしても、私が感けてばかりでは周りまで渋顔にさせてしまう。
痛みに慣れてきた者から言い出すべきなのだろうか。
多分そうだ、皆もそれを待っている。

澪「期限まで後三日だよな。少しだけ時間を貰えないかな」

唯「それってどういうこと?」

澪「我が侭になるけど、自分の体と向き合う時間を貰いたい。本当に無理ならその時にまた謝りたい」

律「私は異論なし。ムギはどうだ」

紬「私も構わないわ」

唯「だったら私も!」



48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:44:53.93 ID:hwGMHRN10

軽音楽のような部活動は発表の場があってこと成り立つ。
演劇部しかり、ダンス部しかり、舞台上で最も輝くことを約束されている。
そして高校生という縛りあれば、その機会も当然少なくなるものである。
桜ヶ丘高校では文化祭と新歓活動、この二つで講堂ステージを使うことを許可される。
文化祭はお祭りだ、校内校外問わず様々なお客さんが訪れる。
であれば、必然ながら音楽に興味のある者が集まりやすいものである。

対して新歓では聞いてくれる人が大まかに決められている。
高校という青春に熱中できる何かを探しに見に来てくれる一年生ばかりだ。

そんな卵達を目の前にして自分達が今ある精一杯を放出する。
新入部員の確保もそうだけれど、こんなに輝いている先輩がいるんだ、
なんて思ってくれるほうがよっぽど嬉しい。
そんな想いを高校生活への希望の糧にしてくれることが、先輩として何よりの喜びなのだ。

私は自らの失態でこの機会を逃したくはない。
軽音部の他の三人からも大切な青春を奪いたくない。

澪「もしもし。はい、予約の件なんですけど。出来れば早めてもらえないかと」

澪「診察時間が短くてもいいんです。どうにかお願いします――」

―― ッピ

滑舌のいい返事ではなかったけれど、どうにか予約だけは取り付けることに成功した。
必死に考えたのだけれど解決法はこれしか浮かばなかった。
自分の力で捻じ曲げることのできない、揺るがない存在が憎い。



50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:48:17.39 ID:hwGMHRN10

澪「――――それで、ライブに出たいんです。何か即効性のあるものは」

私は自論を含めた主張を言葉のマシンガンとして連射していた。

澪「大そうなものでもなくても、
  何かしら薬を飲んでいれば気から病を抑えてくれることもありますよね」

医「まぁそれは、無きにしも有らずですが……」

私の熱意を真正面から受け止めようとしない姿勢に苛立ちを覚えていた。
この医者に疑心を抱いていることに変わりはないのだが、国が定めた専門医であるから仕方がない。
私は藁をも掴む思いで何度も縋っては訴えていた。

医「そうですねぇ、こういう薬があるにはあります」

風邪薬に似た小さな錠剤を取り出してきた、どんな効果があるのだろうか。

医「ナルコレプシー治療薬とも呼ばれるもので、中枢神経を刺激する作用があります」

医「一時的に気分を高揚させる時に使われるものです。喜の感情の着火剤と言えば分かりやすいでしょう」

澪「これを飲めば気分が良くなって、舞台に立っても平気なんですね」

医「まぁ簡単に言えばそうなのですが――」

それから医者は言葉を濁す場面もあったが、私は一方的にでも求め続けた。
救われる道が提示されたのだ、早くその道を走って進んでみたかった。
根負けをしたのか、程なくして鈍いペン先が処方箋をなぞっていった。
薬局でその薬を手にした時、私は勝利した気分に包まれていた。



52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:51:45.40 ID:hwGMHRN10

翌朝、早速一粒飲んでみた。

この感じはどうやって表現すれば良いのだろう。
一切の負の感情が消し飛ばされて、爽やかな風が吹いていた。
薄い朝日が真夏のストーブのごとく肌を焦がしにかかる。
先ほどまでの憂鬱な朝の情景がガラリとその姿を変えていた。
一見変わらない風景だけれど、最高級の色眼鏡を通して見ているようだった。

澪「おはようりーつ!」

律「んなっ、なんだそのテンションは」

澪「なんだか気分がいいんだよ。向かうところ敵なしって感じだな」

澪「そうだ。忘れないうちにもう一度アレやってくれよ」

律「え。アレって、アレのことだよな?」

律はもう一度確認を取ってからごそごそと鞄の中を探り始めた。
素朴なペンケースを取り出してボールペンを一本摘むと、やはり躊躇ってしまう。

澪「実験しなきゃ結果は分からないだろ」

律「それはそうだけどさぁ」

しぶしぶ了解した律はボールペンの尻を耳の上に乗せる、あの時のデジャブだ。
またももう一度躊躇うので、私は真剣な目で見返した。
ハァと分かりやすい溜息を吐いてから、私の目前にボールペンを放った。



53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:55:02.47 ID:hwGMHRN10

一切の衝撃がないと言えば嘘になる、けれど常識の範疇だった。
有り触れた防衛本能が瞬きを促すると若干だけれど後頭部が後ろに引かれる。
それでもあの時のような貫通性はなく、ピタリと動きを止めてしまった。

律「平気か? 何とも無いのか?」

澪「ああ、もうなんともないぞ。何度でもやってくれ」

律「いや、これきりにしたいんだけど」

澪「まーともかく学校に行こう。遅刻しても知らないぞ」

律「……なぁ澪、変な薬掴まされたわけじゃないよな」

澪「医者が変な薬出すわけ無いだろ。ほーら行くぞっ」

促進された気分が高血圧を保ったまま登校に励んだ。
律が二階の教室に行ってしまう瞬間も寂しくなんてない。
気分は上々のまま教室の扉に手をかけて思い切り引いた。

澪「みんなおっはよーう!」

―― ざわ ざわ

細い目で見られてしまったけれど私自身への影響は微塵もない。
やはりあの薬は素晴らしいものだ、目覚しい医療技術の発達と言えるだろう。
こんなにも陰口を叩かれているのに全く気が滅入る様子がない。



55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 15:58:24.12 ID:hwGMHRN10

和「えーっと、澪?」

澪「ん、どうかした」

和「どうかっていうか、人が変わったみたいだったから」

澪「まぁ確かに変わったかもな。リニューアル澪ってところかな」

和「まぁ、元気なのは何よりなんだけど」

和はいらない心配をし過ぎなんだ、もう無理に構ってくれなくても問題ない。
そうだ、これからは逆に私が相談に乗ってあげよう。
今ならば聖徳太子もビックリの入れ知恵が沸いてきてもおかしくは無い。
そんな事を考えていたら授業が始まった。

一限目があっという間に過ぎて。
二限目にバリバリ発言して評価点を稼いで。
三限目のちょっとつまらない授業が終わって。
四限目は珍しく隣の子とお喋りなんかして。
昼休みを迎える頃に死にたくなってきた。

ジェットコースターを転げ落ちるみたく、勢いをつけて感情の最下層に沈み込んだ。




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澪「……かもしれない」#前編
[ 2011/09/01 18:37 ] 非日常系 | | CM(0)

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