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澪「……かもしれない」#後編 【非日常系】


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澪「……かもしれない」#前編
澪「……かもしれない」#後編





56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:02:34.56 ID:hwGMHRN10

昼休みとは最も生徒が賑わい、食事を摂りながら、喋り散らかして過ごす時間である。
仲のいい者同士が固まると学校のあちこちで四方山話を繰り広げる。
他の教室の生徒も混ざって適当な話題を掘り起こしては、さも面白おかしい話に花を咲かせていた。

じわり陰口が蘇ってきた。
指を指され視線に視されて、私は一切の動きを止めると席に貼り付けられていた。
あの上機嫌さはどこに消え失せてしまったのか、今は絶望しか浮かんでこない。
これは文化祭のライブでモロパンした時以上の羞恥心だ。
鏡を見ずとも顔面蒼白になっているのが分かる。

和「あのさ澪、凄い顔色悪そうだけど。保険室行く?」

澪「ぃく。つれてって」

恥ずかしいことに早退してしまった。



自宅に戻ると、手のひらにコロコロと転がしながらその薬を見ていた。
何の変哲も無い白くて丸い錠剤である、問題はその成分にあるのだけれど。
医者は、瞬間的に気分を高揚させる、と言っていたが正にその通り過ぎていた。
爆発が済んでしまえば後にチリしか残らない、感情の残骸と言えるだろう。
それでも作用している間は確かな効果を実感していた、やはり強い薬なのだ。

あれから多少の喉のイガイガと吐き気が伴っている。
聞かされていた副作用だ、能力を得るにはそれなりの対価が必要となる。
それでも我慢できないほどではないのだから気軽に受け入れていい。

明日は早退しないように頑張ろう。
少し多めに薬を持っていけばいいだけのことだ。



57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:06:06.91 ID:hwGMHRN10

律「昨日早退したって聞いたけど」

澪「ああ、気分はよくても腹痛には勝てなかった、ってだけだよ」

律「本当にそれだけか?」

澪「律は心配しすぎだぞ。親友の言う事が信じられないのか?」

律「その言い方はずりーよ」

それから私は薬を常備するようになった。
刺されるような感覚が蘇った時に一粒だけ流し込む、すると暫くは晴れやかな気分でいられた。
その代わり後から襲ってくる渇きや吐き気を我慢した、対価なら受け入れるしかなかった。

律「澪。本当にライブ大丈夫なんだな」

澪「平気だって。本人がそう言ってるんだから」

軽音部の活動の前には欠かさずに摂取していた。
講堂の使用申請書は半ば強引にだったけれど生徒会に提出させた。
その為のティータイム兼話し合いの最中、三人は何度も私を気遣う言葉をかけてくれた。
私の反論に肩透かしを食らう律の表情は見ていて辛かったが、目を瞑って受け流していた。

全ては新歓ライブの成功にかかっているのだ。
私一人が耐えてどうにかなるのなら、それで正しいに決まっている。



60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:12:01.74 ID:hwGMHRN10

そんな毎日を繰り返すこと数日、新歓ライブを翌日に控えた朝のことだった。

澪「うぉぁぁ――っぺ」

吐き気が酷い、何度押し込んでも胃液が外に出たがっていた。
鼻の奥に付着したツーンという酸っぱい臭いが一向に剥がれてくれない。
長い髪を便器に纏わりつかせながら、もう三十分はこうして喘いでいた。
嗅覚に刺激されるように、鳥肌がざわざわと堰き立っては震わせてくる。
恒例の儀式は日に日に激しさを増していたのだった。

薬の摂取量は増加の一途を辿ってきていた。
始めこそ一日に一粒か二粒で満足できたものの、今では五粒ほど飲まなければ気が済まない。
瞬間的に気分は押し上げられるのだけれど、すぐに力を失っては下降してしまう。
効能としての支柱がスプリングと化していた、上下差が激しすぎる。
そんな気分ごと有耶無耶にしてしまえ、と流し込んではまた少し経って吐く。

自分でもおかしな事をしている自覚はあった。
これでは根本的な解決には繋がらないのだと。
しかしライブまでの苦労なのだから、
終わってから正しい治療法に変えればいいのだと本気で思っていた。



61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:18:02.56 ID:hwGMHRN10

澪「律、今朝は先に行かせちゃってごめんな」

律「え? っああ、流石に遅刻したくはないからな」

唯「あれ、確かりっちゃん」

律「りっちゃんは明日が楽しみだなぁ。なんたってライブだからなぁ」

澪「調子付きすぎてテンポ押すなよな」

律「わあってるって。それじゃ最後の練習始めますか」

紬「……マドレーヌ、おうちに持って帰ってね」

最後の練習も充実した内容で送ることができた。
音楽に身を預けている間は自然と心地が良くなる、刺される恐怖も吐き気も忘れられる。
若干ドラムのパワーが足りないような気もしたが、
本番ではサーチライトが気分ごと上げてくれるだろう。
明日は私達のメロディーの波に新入生が上手く乗ってきてくれるだろうか。

律「あんまりやると疲れるし、そろそろいいか」

紬「そうね。ここの所練習しすぎだもの」

唯「なんか頑張りすぎて軽音部じゃないみたい」

澪「これが普通だと思うぞ」

唯の言う通り私達の軽音部らしくはないけれど、それをネタにできるうちは心配なんていらないと思う。



62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:22:47.33 ID:hwGMHRN10

いくつもの山脈を越えて残りの一山にまでこぎ着けると、やはり体が悲鳴を上げてきた。
最後の詰めが甘くなってしまうのはこの段階で安易に満足するからだ。
けれど私は一貫して貫き通してみせる、気力だけが前のめりに腰を曲げていた。

澪「とっとと、――止まれよ、――おぅうえぇ」

吐き気止めを併用しても気分が優れない、最悪のコンディションだった。
一方的に虫唾が走っては、異物を追い出そうと臓器が暴れ狂う。
しかし飲んでいない時間が長いほど後の効果が持続するのだから、やり過ごすしかなかった。
なんとも嫌な知識を体で覚えてしまったものだ。

非常に卑怯な手段だけれど予約遅刻を行使する。
体調不良を訴えた後に頑張って行きますと一方的に告げるのだ。
やはりライブは万全の状態で望みたい、見苦しい策だった。



64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:26:04.66 ID:hwGMHRN10

時刻は正午過ぎ、這い出るように家から抜け出ると何故か律がいた。
塀に体を預けたまま空を仰いでいは、音にして聞こえそうな溜息を溢している。
春なのにセンチメンタルな光景だと、不覚にも吹き出しそうになる。
そして私が玄関から顔を出したことに全く気が付いていない。

澪「律?」

律「おわぁ、なんだ澪かよ。びっくりさせんな」

澪「ここは私ん家の前だ。それより何でいるんだ、もうお昼過ぎだぞ」

律「お前がわざと遅刻するってメールしてきて。調子悪いのかと思ってさ」

澪「それで学校から戻ってきたのか。でもほら、ちゃんと行くつもりでした」

律「取り越し苦労で悪かったな」

律の分かりやすいほど紅い膨れっ面に最後の元気を貰ったような気がする。



65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:37:10.74 ID:hwGMHRN10

舞台は既にセッティングがされていたが開場までは多少の余裕があるそうだ。
搬入は午前中のうちにムギ、と少しだけ唯が済ませておいてくれたらしい。
二人に感謝しつつ、恩を恩で返せるように気持ちを高めようとしたのだが。
どうしてか謂れのない違和感が胸の奥でもやもやと増殖するのを感じていた。
いつもなら顔を標的にされている感覚を抱くはずなのに、何かが変だった。
若干だけれど本物の痛みが伴っているようでもある。

澪「ちょっとお手洗い行ってくる」

律「んー。出すだけ出してこいよ」

澪「言い方を改めろ」

もっとツッコミを入れるべきだけれど体が拒んでいた。

トイレの個室に入って、とりあえず便座に腰掛けた。
痛さとまでは言い切れないけれど胸がジクジクと喚いているようだった。
心臓の動きが鋭敏に伝わってくるような、確かな鼓動をやたら強調させているような不快感だった。

私は当然のようにポーチを取り出す。
随分と減ってしまった薬を見ればもう十錠ほどしか残っていない。
処方は一日に三錠までと決められていたが、これでは次の受診までに在庫が切れてしまうだろう。
しかし今日はまだ一錠しか飲んでいない、これから爆発的な気分を得るためだ。
講堂に入ってからだと変な目で見られてしまう、今のうちに補給しておこう。



67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:44:44.69 ID:hwGMHRN10

景気づけに三錠を取って一気に飲み干した。

いくら効能の早い薬でも胃に入って数十秒では何の変化もない。
なのだけれど、ちきんと効果が出てくれるのか不安になってくる。

もう二錠を取って流し込んだ。

今日は百人を超える人の前で演奏するのだから生半端な気持ちでは挑めない。
全て人参だと思え、なんておまじないも子供じみてる。

更に三錠を出してゴクリと飲み干した。

こんな短期間で軽音部の皆には沢山の迷惑をかけてしまった。
いつもの私に戻るだけでは不釣合いだ、高みを見せたほうが示しがつく。

最後の三錠を確認してから、決意と共に放り込んだ。

―― ツーン

便所の陰気臭さが私を中心に払拭されていくのを感じる。
サンポールの臭いをラベンダーの香りにまで昇格させて。
嗅覚に刺激されるままに五感を便乗させると世界が上書きされていった。
これで元通りだ、歩みを強く戻して講堂へ戻った。



68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:48:30.29 ID:hwGMHRN10

律「随分と長かったな、もう少しで迎え行こうかと思ってたぞ。でかい方か」

澪「殴るぞ、と言いたいところだけど、そんな時間も無さそうだな」

紬「それじゃ裏手にいきましょうか」

唯「ドキがムネムネするよ~」

袖にまでくると一つ前の演劇部が喜劇を演じ始めるところだった。
舞台上ではしなやかに振舞いつつも一度袖に戻れば目まぐるしい作業に追われていく。
形は随分と違うけれども、次は私達があそこに立って魅せる番なのだ。
ちっぽけなステージが輝いて、武道館と重ねて見ている自分がいた。
程なくして幕が降りると入れ違うようにその場所を踏んだ。

律「ボーカルは唯でいいんだな」

紬「どうせなら澪ちゃんも少しくらい歌ったら」

澪「いや、いいよ。ほら私ベーシストだし」

律「なんだその理由は」

唯「そろそろ始まるって~」

さわ子「制服も意外とイイ!」



69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 16:51:43.02 ID:hwGMHRN10

律のパワフルなドラムが地面を空気を伝って後ろから背中を押してくれる。
唯のがむしゃらなギターがメロディーラインを引っ張って軽快に跳ねる。
ムギの奏でるエレクトーンが舞台を覆ってまろやかに調律する。
そして私は裏から支えるように時には主張するように重低音を響かせる。

私達は彗星のように儚くとも確かに輝いていた。
まんまるライトに照らされて玉の汗がキラキラと舞っていた。
暗がりでよく見えない客席だけれど黄色い視線を常に浴びているみたいだ。
畏怖の感情なんて一切沸かない、むしろ気持ちいい位に興奮させていた。
去年の学園祭なんて比じゃあない最高のライブだ。

―― ワー キャー カッコイー

予定が詰まっているのか、新入生からのラブコールの名残を惜しみつつ私達は袖へと捌けていった。
それでも上昇感覚は高度を保ちつつ、熱量までも保存したがっていた。

律「いやぁ最高だったわ。つうかよくあそこでフォローできたな」

唯「いきなり歌詞飛んじゃって自分でもビックリしたぁ」

澪「なんとなくそんな予感がしたんだよ」

紬「ハートコンタクトというものかしら」

和「――盛り上がるのもいいけど、他の部の邪魔にはならないでよね」

四人で反省会に花を咲かせていると和に怒られてしまった。
次の部による発表が始まればいよいよ三人はテンションを落としていく。
そんな中で私だけが変わらずに浮かれながら口数を増やしていた。
私だけが帰って来れなかった。



71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:00:11.40 ID:hwGMHRN10

最初の違和感は視界のズレだった。
目の前にいるはずの律の顔がスライドされたような斜めの二重線を作ってしまう。
気持ちが前に出過ぎただけか、目にゴミでも入ったのか、パチリ瞬きをして調子を戻そうとする。

再度開かれた視界に唯を見る、
顔を右に振ると長い横線がゆっくりと跡をなぞり顔のラインが徐々に形成されていった。
深夜の国道でシャッターを押し続けたような光のレールだった。
疲労のせいか、否、影響は既に他部位にまで転移していた。

きちんと発音しようにも呂律が回らない、顔面の筋肉も表情を遅らせてしまう。
肌が肉が骨が、全てが意識から遠ざかって行く。
心と体が離れていって幽体離脱じみた怪奇を演出していた。
うまくバランスが取れない、真っ直ぐ立ち続けることすらままならなくなってきた。

律「おい澪、またフラフラしてない、『か』」

その時、律のドラムスティックが短い軌道を描きながら私を捉えた。
ゆっくりと追尾線が消えていって、重なるように点を作っていって。
その一次元から放たれた色彩の閃光が、私を貫いた。

澪「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

痛い、痛い、痛い、痛い。
黄色い光は私の目を、両目を串刺しにすると吊るし上げにかかる。
拷問だなどと揶揄できないほどの激痛が濁点混じりの悲鳴をどこまでも連れてくる。
強烈な熱さを教える二点だけが私の精神と肉体を繋ぎ止めていた。
激しいざわつきと誰かの叫び声さえも気にかけられない。
地面に陥落しても尚に激しく動く心臓は、波を広げると体中を痙攣させにかかる。

完全に意識を塞ぎこむ間際、彼女が私を呼んでいるような気がして、安心して飛んだ。



72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:05:33.86 ID:hwGMHRN10

およそ真っ白な壁に囲まれた空間に私はいた。
目覚めの喜びを感じる間もなく、よろしくない気分が先をついて出た。
だるくて重い、落ちるところまで落ちてしまいたいのに柔らかいベッドが邪魔をしていた。
重力以上の圧迫感を伴いながらも肺は一定のリズムを保って酸素を補給している、生きているのだ。

看「秋山さん、おはようございます。今先生呼びますからね」

ここは病院か、当然の結果だろう。
おそらく少し前であろう記憶を掘り起こしてみる、私は講堂の袖で絶叫と共に地に伏した。
ライブで全ての力を使い果たしたのか、それで気が抜けてがしまったのか。
一旦思い出してしまうと、最後に聞いた彼女の泣き声をいつまでも頭の中で反芻させていた。

医「こんにちは、秋山さん。お加減の方は――」

それから簡単な身体チェックと、これまた簡単な病状の説明を受けた。
救急車で病院に搬送された私は毒抜きの治療を受けた。
それでも中毒患者にしては微量の域であったらしく、それ自体が大きな原因ではないという。
呼吸補助装置も早々に取り払われて栄養たっぷりの点滴を味わっていたのだ。
詰まるところ疲労とストレスが主な要因だという。
あの幻覚についてはまた別の先生が説明してくれるそうだ。



73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:10:36.01 ID:hwGMHRN10

医師が病室から出ると外でオーケーサインを出したのか、ムギと唯が入れ替わるように現れた。

紬「おはよう。少しは元気出たかしら」

澪「うん。おかげ様で」

唯「この病院ムギちゃんちの関連会社さんなんだって」

澪「そうなんだ」

紬「治るまでゆっくりしていってね」

心配する二人と対峙して私はすぐにでも謝罪を示すのが常識なのだろう。
しかし、失礼なことにそういった気分が全く沸いてこなかった。
謝ったとしても更に余計な気を使わせてしまうのではないか、なんて妙な勘ぐりを起こしていた。
会話を進めてもお互い消極的になる一方だ。

澪「律。いないんだ」

紬「そうね」

唯「でも凄い心配してたよ」

澪「そうだよな」

律はここにいないのか。
何故という疑問よりも、ただ現実を確認している自分がいた。



77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:14:54.54 ID:hwGMHRN10

体調は次第に良好になっていったが、副作用という残り香があった。
それでも数十分も便器に張り付けられる程の酷さは抜けていた。
少しづつ毒が抜けるように間隔も長くなっていく。

これについて医師から説明を受けた。
私が摂取していた薬は『リタリン』というもの。
聞けば向精神薬の中でも扱いが難しい第一種に指定されているものだった。
効果が強いのもさることながら副作用と依存性も極めて高いという。
私のような高校生ならば保護者がその管理をするべきであるそうだ。
最も、処方することから控えるべきだったという意見も貰った。

似たような意見を処方された医者からも聞いていただろう。
けれどその時の私は目的しか見ていなかった、右耳から左耳へ聞き流していた。
あの心療内科の医者に怒りを持つ気持ちにもなれない、誰かを憎む気持ちすら薄れてしまったのか。
薬の成分と副作用と疲労とストレスと舞台とあの幻想と。
様々な原因が入り混じって悪い方向に二乗されてしまったのだ。
恨むならば管理を怠った自分に向けよう、誰かを憎むことすら億劫だ。

澪「律。こないんだよね」

紬「今はね。でもそのうち来ると思うわ」

澪「どうだろうな」

唯「その言い方はダメダメだよ」

この日も次の日も、律は現れなかった。



78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:19:32.04 ID:hwGMHRN10

気力はさておき体力はぐんぐんと快方に向かっていった。
吐き気は収まり点滴の必要もなくなり普通の内科においては退院となった。
心配されていた薬物への依存性については心配ないそうだ。
処方を始めて日の浅かったことと目先の目標としてきたライブを超えてしまったことが大きいという。
けれどまだ終わりではない、院内の精神及び心療内科が併設されているところへの通院が始まる。
大きな病院であるからそれらしい人も少しは見かけた。

私に付けられた病名は強迫性障害だった。
その中でも被害恐怖、特に先端恐怖と呼ばれるものだ。
説明を受けた後でなんとも私らしいと納得してしまった。
謂れもなく誰かが自分に危害を加えようとしている、と錯覚してしまうらしい。

私の場合は近い人間ほど強く感じ取っていたようだ。
幻想にまで発展したのはこの症状の為だった、それでもごくごく稀なケースだという。

しかし此方でも薬物治療が薦められているのは相も変わらないらしく。
いい思い出のない白い錠剤だったが、我慢して飲むことになった。
即効性はないものの長く飲み続ければ効果が持続してくれるものだ。
同時にカウンセリングに月二で通うことになった、ゆっくり治せということだ。

ムギは今まで自発的に家の権力を行使しようと考えることがなかった。
しかし今回ばかりは掟が破られている、現にこれだけの特別待遇を受けているのだ。
崩したくなかったムギの信念を曲げてしまったことも事実として圧し掛かってきた。

そしてまた、律の姿がない。



79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:25:47.85 ID:hwGMHRN10

休日を挟んで数日ぶりに復学を果たした。
あまり欠席すると成績はおろか進学にまで響いてしまうからだ。
周りはもう少し休むように勧めてきたのだけれど断として拒否した。
自分で潰した機会を何らかの方法で取り戻さずにはいられなかった。

予想通り周囲の目はかなり細くなっていた。
時折私を指して噂話にしては内輪を作りを強固にしていく、
一対他の安心感を得る材料として見られていた。

それでも体調が回復したせいか、以前ほどの強烈な強迫観念は襲ってこない。
壁や黒板や時計を和を眺めつつなんとかやり過ごす。
放課後になるまで時計の針が錆びついているようだった。

澪「校内にはアレが私だって知れ渡ってるんだよな」

紬「うん。きっと一広まっちゃってると思う」

澪「そっか。じゃあ希望者とか見学も」

紬「うん。残念だけど」

唯「でもでも、ライブ自体は凄いよかったよ!」

澪「それは本当にな。別の手段を考えないと」

大々的な勧誘期間はとうに過ぎてしまっていた。
何かしらの部に所属したいと思っている一年生だけれど、そろそろ本命を絞り出す頃合だろう。
ここからの新規獲得はかなり難しいといえる。

ただ私達に、絶対に部員を確保する、という目標があった訳ではない。
入ってくれるに越したことはないのだけれど、無理矢理にというのも気が引ける。
それでもベストを尽くせずに悪い結果を見るのは流石に悔しい。



80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:29:07.00 ID:hwGMHRN10

澪「そういえば律は学校休んでるんだって?」

唯「うん。調子が悪いって」

澪「昨日も休んだのか?」

紬「まぁ、良くなったらそのうち来ると思うわ」

そのうち来る、というムギの言葉に違和感を覚えた。
私が律について問いかければ十中八九似たような意味で返ってきていたように思える。
それでいてどこか遠くを見据えていて、丁度、出張先の息子を心配する母のような。
知っていて何かを隠しているような心痛さが滲み出ていた。

それから今後についての議論を進めたのだけれど良案は浮かんでこなかった。
リードオフマンの律がいないと私達の軽音部として上手く機能してくれないのだ。
最もこれは四人のうちの誰が欠けても同じ具合に陥ってしまう。
結局、全員が揃ったらまた考えよう、という妥協案に辿り着いてしまった。
ならばもう帰宅しようかと、階段を下りているところだった。

唯「あそこってジャズ研の部室だよね」

澪「そうだな。今出てきたのは、上履きから一年生だな」

唯「ジャズって人気あるのかなぁ」

紬「高校生にしてはちょっと渋いと思うけど」

唯「うわぁ、あの子ちっちゃくて可愛いなぁ」

澪「随分と笑顔だしな。これは決まっていそうだ」



81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:33:36.29 ID:hwGMHRN10

澪「あっそういえば今日は日直だった。日誌出してこなきゃ」

唯「んじゃそれまで」

澪「いいから先に帰ってて。まだ中身ほとんど書いて無かったんだよ」

紬「そう。それじゃまた明日ね」

根っからの嘘なのだけれど。
急ぎ足で教室に入ると、予想通り数人分の鞄やら小物やらが乱雑していた。
まだグラウンドやら体育館やらで部活動中の生徒がいる、私は彼女達が戻ってくるのを待った。

軽音部に関係のある人間はムギからの御触れが発布されていることだろう。
保険医や教師等は倒れたばかりの私を心配して言葉を濁すかもしれない。
聞くならば噂好きの生徒の方が確実だ、つまり私の奇行を話の種にするような人達がターゲットになる。
まともに話を聞いて貰えるのか、不安は大きいけれど心を強く持ちながら待った。

生徒1「やっぱあの先輩が原因でしょ」

生徒2「だよねぇ。クセ強すぎるもん」

来た、手ごわい二人組だ。
頑張って話しかけるんだ秋山澪。

澪「――っあの!」

肺が循環したがると、溜まっていた息と一緒に大声で吐き出してしまった。
予想通り二人は姿勢を内向きにすると当人同士の空気を作ろうとしてしまう。
返事を待っていては取り返しがつかない。
言うんだ、嫌われても気持ち悪がられても言わなくちゃ伝わらないんだ。



83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:37:36.17 ID:hwGMHRN10

澪「お願いがあるんだけど。聞きたいことがあって」

生徒1「え、何。私そういう立場じゃないし」

澪「二組の田井中律のことで」

生徒2「ねぇどうすんの」

生徒1「早いとこ着替え行こう」

澪「あの日、私が倒れた新歓ライブの日。田井中律に何かあったのか教えて欲しい」

二人はもう一度顔を見合わせると返事にあぐねているようだった。
またもコソコソと小言を交わすと、溜息を混ぜてぶっきらぼうに答えた。

生徒1「田井中さんなら過呼吸で倒れたって。それから学校来てないよ」

生徒2「ねぇもう行こうよ」

生徒1「それしか知らないから。じゃ」

律が過呼吸で倒れて、ずっと学校へ来ていない。

新しい情報が脳内に送られると一気に式を繋げて活性化していった。
あの時の律の行動、あれからの律の表情、そして気になる発言、いくつかの可能性が導かれていった。
可能性の範疇を出ることは決して無いけれど、どれもこれもが気がかりなものばかりだ。
そして律は今何を思っているのか、私は全力で教室を飛び出した。



84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 17:42:08.97 ID:hwGMHRN10

聡が言うには律はあれから一週間ほど引き篭もっているらしい。
玄関ですれ違いざまに教えてもらうと、早々にサッカーボールをかかえて走っていってしまった。
両親は外出しているそうだ、となれば今この家には律しかいないことになる。

澪「りつー、きたぞー」

お決まりの挨拶をするとドッタンバッタン大掃除さながらのけたたましい音が響いた。
やれやれ、と止むまで待ってからゆっくりと階段を上がっていく。

澪「律、いるんだろ。入っていいか」

返事は無い、つまり了承だ。

澪「よう。芋虫ごっこが流行ってるのか」

入ればそこら辺に立てかけてあっただろう生活用品が八方に散らばっていた。
窓から差し込む強い橙が舞い散る埃をプランクトンのごとく映している。
肝心の律はというとベッドの上で毛布に包まってダンゴムシを演じていた。
これは何かを急いで隠したパターンだ。

澪「久しぶり。一週間ぶりだな」

澪「ムギんとこの系列の病院にお世話になっちゃったよ」

澪「この通り、もうピンピンしてるぞ」

律「……」

こいつ、まさか今になってまだ泣いてるんじゃあないだろうな。



88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 18:00:03.60 ID:hwGMHRN10

律は私に的外れな罪悪感を抱いている。
勝手に責任を持ち込んで独り占めして閉じ込めて鍵をかけている。
人前では誰よりも明るくて笑顔は太陽とも例えられる性格。
その影で泣いていたり一人で抱え込み過ぎてしまう部分を私は知っている。
しかし特出している光が強すぎて、ついそちらにばかり目が向いてしまうのだ。
知っていても尚に甘えてしまう私にも問題はあるのだろう。
よくよく考えれば、自分だけが悪い、と思い込んでしまう部分は律だけでなく私にもある。

澪「何年ぶりかな。律のそういう姿見るの」

返事は無い。

澪「その度に私がこうやって来ることになるんだよな」

まだ返事は無い。

澪「今回はなんとも重症っぽいな」

私はあえて律自身の話題に絞っていく。
事の発端は紛れも無く私にあるのだけれど、それを蒸し返し過ぎれば更に塞ぎ込んでしまう。
他人の痛みを自分の痛みに転換させてしまう厄介な部分だけれど、それが非常に律らしい。

澪「初めてはそうだな、小学校で私が男子にいじめられてた時だっけ」

澪「律が体張って助けてくれてさ、逃げろって言われて私は咄嗟に走ったんだけど」

澪「足がもつれたのか凄い音立てて転んで、泣きながら保健室に連れていかされて」

澪「そしたらどういう訳か律が次の日に学校休んじゃってさ。本当に懐かしいよな」



90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 18:04:40.59 ID:hwGMHRN10

少しだけ、ほんの少しだけ律の様子がおかしい。
流石に静かすぎる、まるで息さえ止めているような石ころぶりだ。
律の暖かさが薄い毛布一つで完全に遮断されてしまっていた。
今回ばかりは重症だと思っていたけれど、これは明らかに異常だ。

澪「おい、律。少しくらい反応しろよ」

澪「まさか寝たわけじゃないよなっ」

言いながら毛布の塊にぼふりと一突き入れてみた、それでも反応がない。
いよいよ心配になってきたところでいつもとは違う発見をした。
私が叩いてクレーターのように凹んでいる毛布、そこから覗いたシーツに強烈な色が添えられていた。
その色は赤だった、明瞭すぎる赤だ。

澪「律。これ血なのか、何だよこれ」

途端に収縮を始める律もどきの塊、マズイ、と瞬間的に判断した。
強引に鷲掴んで剥がしにかかる、しかし相反する力が意地になって毛布の奪い合いになった。
チラチラと見えるシーツからは滲んだ赤が主張を続けている。
この期を逃がせば、きっとあの強気な笑顔ごと奪い去られてしまう。
潜られて、引っ張って、縮こまって、綱引きにも似た合戦がしばらく続いて。

澪「ッ律!!!」

覆っていたものごと手前に吹っ飛ぶと机棚に散らかる様々なものを蹴散らしていった。
ガチャガチャと進行形で飛び散らかる物々の奥に律を見た。
瞳と手首を真っ赤に染めて目を見開いていた。
驚きながら悲しみながら、ありとあらゆる感情をごちゃ混ぜにしたような酷い顔だ。
そして何を思ったのか、思い切り右手を私に向かって突き出す。



91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 18:08:44.55 ID:hwGMHRN10

律「くんなよ!」

―― !!

その時、律の手にした鋭利なものが伸びて、
目の前にまで伸びてきて、角膜を通り抜け――させるものか。

幻想をぶち殺す勢いで真実を見抜く、ありったけの演算能力を加速させていた。
意識を現世に戻すと、下がっていた踵に目一杯の力を込めて踏ん張った。
背筋をしならせて、腹筋を縮ませて、胸を突き出して、律の右手から放たれた暴風に抗う。
次第に減速する私の体はしなやかに弧を描くと直立に落ち着く、ようやく肩の力が降りた。
そして真っ直ぐに前を見る。

律はどす黒い血で染まったカミソリを私に向けて突き出していた。

澪「何の冗談だよ」

律「冗談じゃないし」

澪「血だらけじゃんか」

律「だから何だって言うんだよ」

澪「お前ッ――」

全ての感情を殴り倒して怒りが勝利していた。
律の心の内なら何度だって理解するだろうしその為の努力もしてきた、この先だってそうだ。
しかしこればかりは駄目だ、全然ダメダメだ、律である以前に人間として間違っている。
王子様のキスでもない、ガラスの靴を見つけるでもない、無償の助けなんかじゃない。
誰かが更正させないと本物の馬鹿野郎になってしまう。



92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 18:13:02.26 ID:hwGMHRN10

その身とパジャマとしおれたシーツをどぎつく染めながら律は気張っていた。
私の弱点を逆手に取るようにカミソリの先端を何度も宙に突き出していた。
手にはくっきりと筋が浮かんでいて、ガチガチと音が聞こえそうなほどに震えながらだった。
本気で襲いかかるつもりなんて毛頭ないくせに。
自分ならまだしも他人を傷つけることなんて、律にはできっこない。

澪「カミソリよこしなよ」

律「嫌だ」

澪「いいから渡せ」

律「何で命令されなくちゃいけないんだよ」

澪「そう、だったら――」

予想だにしていなかったのか、呆気に取られた律は簡単に侵入を許した。
逆風を受けながら私は律の右手首に掴みかかった。

律「はっ離せよ!」

澪「いやだ律ッ! 今助けてやる」

律「助けなんていらない! 私みたいな奴は死んだ方がマシなんだ――」

律は叫びながら私の手を振り払うと、より繊細な血が舞った。



93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 18:18:02.49 ID:hwGMHRN10

澪「痛ッ」

神経に亀裂が走ると反射的に声が出た。
痛みを辿って手の甲を見ればパックリと割れて中身を覗かせていた。
赤い液体が恐怖心を逆撫でして精気を奪い取ろうとする。
今までの私ならば目を逸らして、意識すらも反らせてしまったかもしれない。
しかし今日の私は違った、精一杯の現実をこの目に受けて真正面を捉えていた。
その様を律に見せ付けることで手本になりたかったのかもしれない。

律「わっ、私、そ、そんな、つもりじゃ」

律は血の気をどこかに葬り去ってカミソリを落とした。
今にも魂だけが一人歩きしてしまいそうな、抜け殻を残していた。
私は歯を食い縛ったまま、体ごと律に覆いかぶさった。

澪「馬鹿律!」

律「ごめん、私、澪を、傷つけちゃった」

澪「違う。律がやったんじゃない、私が望んだことなんだ」

澪「律が痛い思いをしているなら私だって痛い。お前と気持ちを共有できなくなるのが何よりも怖い」

澪「だからお互い様なんだよ。一人で背負おうとするなよ。
  私達は二人で傷ついた、もうそれでいいじゃんか」

律「ごめん澪、本当に」

律は私の体を強く抱きしめて泣いた。
二人の血と涙と汗と埃っぽさで、全てをぐちゃぐちゃにしていた。



94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 18:23:40.48 ID:hwGMHRN10

律「これ、見せないとな」

澪「そんなことだろうと思った」

律「親友とか自分から言ってた癖にずっと隠してた」

澪「でも教えてくれるんだろ。それだけで満足だよ」

しばらくして泣き止んだ律は机の引き出しから清潔な紙袋を取り出した。
書かれているのは薬の名称や処方案内、病院名からするに電車で数駅離れたところだろうか。

律「ちょっと前から通ってるんだ。誰にも知られたくないから離れたとこを選んだ」

澪「そっか。そういうことか」

有りもしない幻想を見たことを打ち明けた時、律はそのまま納得してくれた。
心療内科に初めて足を踏み入れた時、律は胸を張って先導してくれた。
一時的に異常な活気を取り戻した時、律はピタリを薬を疑ってきた。
わざと遅刻することを知った時、律は心配して家の前まで来てくれていた。
舞台袖で倒れてしまった時、律も一緒になって倒れてしまった。

澪「気付く要素は沢山あったのにな」

律「澪が責任を感じてどうするんだよ」

澪「律こそ私に気を使ってたじゃないか」

律「お互い様、っか」

澪「その通りだな」



108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:37:26.20 ID:hwGMHRN10

律は気分障害の一種だと診断されたらしい。
言葉にすれば一見重そうに感じるが比較的軽い症状しか出ていない模様である。
そこからは少し専門知識となってしまったので、大まかに理解することにした。
ともかく、そこまで重症ではなく向き合う姿勢が確認できたので個人的には救われた思いである。

澪「律も辛い思いしてたんだな」

律「別にそんなでもないから。澪の方が心配だったし」

澪「心配しすぎたから病状が悪化してそんなになってるんだろ」

律「……そうでした」

澪「全く。世話の焼ける奴だ」

律「ぶっ倒れた澪に言われたくねーし」

澪「ふふ。でもこれで完全に親友になれたな」

律「はいはい。もう隠し事なしのしんゆーですよ」

澪「全くお前ってやつは」

本当に久しぶりに二人で笑い合えた。



109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:39:37.49 ID:hwGMHRN10

律「完全ふっかあぁっつ!」

唯「りっちゃんおかえり~」

澪「また調子に乗って」

紬「うふふ。上手くやったのね」

翌日、普通に登校して普通に授業を受けて、いつもの面子が音楽準備室に揃った。
唯と紬は以前と変わりの無い暖かさで迎えてくれた。

律「んじゃあ早速――お茶にするか!」

唯「さんせ~」

紬「澪ちゃん今日は突っ込まないのね」

澪「流石にな。それにお茶しながら話したいこともあるし」

唯「話したいことって?」

澪「新勧だよ。募集期間が過ぎちゃったから活動は限られるけど、勧誘しちゃいけないことはないだろ」

紬「そうね。とりあえず新入部員が欲しいかそうでないか決めるのがいいんじゃない」

律「うーん。そうだなぁ」



110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:41:41.95 ID:hwGMHRN10

大っぴらな勧誘活動はしない方針に決定した。
ここ最近で二人もダウンしたことが、私と律が未だに本調子でないことが大きな理由だ。
ムギは柔らかいニュアンスで諭すように私達を気遣ってくれ、唯も賛同してくれた。
特に唯は新勧が始まる前から、先輩と呼ばれる喜び、について語っていただけに何とも申し訳ない気持ちである。
それでも快く首を縦に振ってくれた、その優しさに素直に甘えることとなった。

大本としての原因は間違いなく私を指している。
今回の事件がなければ、本来の軽音部はもっと賑やかに、より大きな輪を形成していたかもしれない。
欠けてしまったプライドだけれど、最後の力を振り絞って訴えていた。
仮に誰かが入部したがっていたとする、その芽を摘み取ったのだと考えれば胸が痛くなる想いだ。
しかし元々いなかったとするならば――そろそろ考えることにすら疲労を覚えてくる。
軽音部としての方針は今さっき決まったばかりじゃないか、余計な心配をする必要なんて。

唯「あれれ。この光景、なんかデジャブが」

紬「あの子、少し前もジャズ研の部屋から出てこなかった?」

律「ギター担いでるな。にしても随分と沈んだ顔してやがる」

澪「……私ちょっと行ってくる」

律「ちょっ澪、引き抜きはマズイって」

何故だか分からないけれど予感がした。
あの子に話しかけなくちゃ、関わらなちゃいけないような気がした。

澪「あっ、あの!」

「ひっ!?」



111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:44:01.78 ID:hwGMHRN10

とても背の小さい、一年生の女の子だった。

「あの。何か御用でしょうか」

澪「今、ジャズ研の部室から出てきたよね。それで何か暗い顔してたから」

「は、はぁ……」

どうしよう、見るからに苦い表情で後退りをしている。
やはり私の奇行は一年生にまで広がっていたのだ。
恥ずかしい、でも何故だか話を続けないといけない気がする。
この子が軽音部に混ざっているイメージが容易に想像できてしまう。

澪「もしかしたらジャズ研には入らないのかなと思って。違うかな?」

「はい。思っていた雰囲気と違ったので、入るのを止めると言ってきました」

澪「それ本当っ!?」

律「まじでか!」

気がつくと真横にまで律が来ていた。
すぐ後ろには唯にムギが来ていて待望の眼差しを向けていた。
仲間が背中から支えてくれていた、最後の一押しをありったけの気持ちで伝えた。

澪「なら、軽音部に入りませんか!」



112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:46:45.98 ID:hwGMHRN10

程なくして私が勧誘した一年生は軽音部の新しいメンバーとなった。

梓「中野梓と言います。よろしくお願いします」

根が真面目でギターの経験者でもある彼女だけれど、始めは軽音部の独特な緩やかさに戸惑いを感じていた。
衝突とまではいかないけれど練習をしない私達に渇を入れて膨れる場面があった。
それでも徐々に取り込まれるみたく、唯のハグをはじめとした軽音部の暖かさに感化されていった。
一年前の自分を見ているようで、少しだけ恥ずかしくなった。

私と律の小さな障害についても正直に打ち明けた。
当初、梓には予想通り怯えた目を向けられてしまったが最近は全く怖がられていない。
むしろ願望の目で見られているような、なんて自信過剰な錯覚をしてしまう時すらある。
それもこれもムギと唯のお陰だ、二人からの壁の無い付き合いに梓も感化されてきたのだろう。
等身大の青春を絶賛謳歌中である。

視線や指先からの刺さるような感覚が完全に消えたのかと言えば嘘になる。
律も突然に気分が落ちてしまう時もあるが、持ちつ持たれつでなんとか乗り切っている。
きっとこの先も、そんな感じで付き合っていくのだろう。



114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:48:19.81 ID:hwGMHRN10

律「じゃーん新作のホラービデオー!」

澪「ひあぁ、っぐう」

梓「おぉ。澪先輩今日は随分と耐えますね」

唯「澪ちゃんふぁいと~」

紬「麗しいわね、うふふ」

二人が、いや皆がいるから何とかやっていけるのかもしれない。
いいや断定しよう、私は確実に前へ進んでいる。



おわり



119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:56:40.01 ID:hwGMHRN10

【補足】
強迫性障害は突発的にかかるものではありません
幻想?を見るのもしかり、強調させる為の改変です
リタリンはその危険性から処方が着実に減っています
すぐに服用させたがる医師は現在ではほとんどいません
副作用についてももっと種類があります
つまんだ知識なので詳しい人いたら指摘して下さい

時間守れなくて悔しい。それじゃ




115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:51:17.49 ID:JzV/Vqfr0

1乙!良いENDだ



116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:52:21.49 ID:t5APfagw0

面白かった



117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:52:22.83 ID:nWoljgQR0



やっぱりこの二人は最高の親友同士だね



118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 19:55:15.87 ID:k1W3C1pzO



すごく良かった



121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 20:01:09.87 ID:BYKbcwibO

りっちゃんは澪を、澪はりっちゃんを救ってくれた
本当に良い親友、良い相互依存関係
この2人はずっと一緒なんだね

正直、絶対にバッドエンドだろうとハラハラしてたけれど、ちゃんと全員を救済してくれて嬉しい
乙です



122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 20:02:53.51 ID:A2EdtvU1O

うん、いい空中ブランコスレだった!乙!



123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 20:15:49.06 ID:7bbb9CT6O

面白かった




125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 20:20:09.87 ID:t9BVVZKtO

面白かった、乙

律の過呼吸発覚のところ、伏線がはってあったのは良かったけどもう少しインパクトが欲しかったかも?

俺は言い回しけっこう好きだな
また書いてくれ!



126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/12/23(水) 20:50:38.92 ID:ErXcatpVO







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