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唯「ひめゆり」#前編 【戦争】


SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)@VIPServiseより

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1313362053/

唯「ひめゆり」#前編
唯「ひめゆり」#後編




1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 07:47:33.47 ID:pH3mSkydo



――― 終戦記念日特集 ―――


これは、先の大戦末期において、ある女学生たちが過ごした日々を描いたアニメである。



※ なお、下記の資料に着想を得て構成した
ttp://www.himeyuri.or.jp/etc/bosyuu.pdf





2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 07:49:46.65 ID:pH3mSkydo


―――昭和二十年(1945年)初頭、沖縄県那覇市(当時、島尻郡安里村)



     ┏━┓     ┏━┓
     ┃沖┃     ┃沖┃
     ┃繩┃     ┃繩┃
     ┃縣┃     ┃師┃
     ┃立┃     ┃範┃
     ┃第┃     ┃學┃
     ┃一┃     ┃校┃
     ┃高┃     ┃女┃
     ┃等┃     ┃子┃
     ┃女┃     ┃部┃
     ┃學┃     ┗━┛
     ┃校┃
     ┗━┛



―――沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校は併置校で、

多くの教諭は併任、施設の多くを共用し、「ひめゆり」の愛称で親しまれていた。

赤い屋根の校舎が青空に映え、その校門前には緑豊かな相思樹の並木があった。

「軍国少女」として教育される中でも、夢見る年頃には、歌と笑いがあった―――



3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 07:52:51.71 ID:pH3mSkydo

ttp://www.youtube.com/watch?v=5QuAA-yX-sU


ttp://www.youtube.com/watch?v=5QuAA-yX-sU




―――教室


校庭で宮城遙拝、万歳三唱、国歌斉唱、校歌斉唱などをして、朝礼が終わったあとのことです。


 「……う~ん……」

 「…何うなってるのよ、唯」

 「あ、和ちゃん。学徒隊に入ろうかまだ迷ってて……」

 「え!? まだ決めてなかったの!?」

 「でもでも私頭よくないし学徒隊のこともよくわかんないし……」

 「唯、このままじゃ本当に非国民呼ばわりされちゃうよ…?」

 「学徒隊に加わらないとヒコクミン!?」



こんにちは。沖縄師範学校女子部2年生の平山唯です!

少し前まで平安山(へんざん)だったんですが、

姓を変えるのが時勢らしいので平山に変えちゃいました。

ちなみに、県下随一の難関である師範学校に、妹はともかく私が入れた理由は自分でもわかりません!

ドイツに行った両親が何か手を回したみたいなのですが……。


昨年の夏、サイパン島が陥落し、十月には「十・十空襲」があって、那覇の町の大半が焼けたのです。

私たちはもちろん祖国日本の勝利を信じていましたが、いよいよ米軍が近付きつつあることは感じていました。

そうなると、さすがに学徒隊に参加する考えもまとまらず、今朝も和ちゃんに呆れられたばかりです。


 (はぁ~……学徒隊かぁ……どうしよぉ……)



4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 07:54:37.47 ID:pH3mSkydo


―――放課後


  “ふわふわ時間 ふわふわ時間 ふわふわ時間……♪”


今日は珍しく、陣地構築作業も農作業奉仕もなかったので、

空き教室で、友達と一緒にテニスラケットをギター代わりに

『ふわふわ時間(じかん)』を歌ったりしていました。


 「じゃあ次は『毛筆 ~硬筆~』やってみよっか?」


などと話していると、そのときです。


 「コラぁッ!」


鋭い怒声とともに、教室のドアが開きます。


 「あなた達、放課後もダラダラしてないで、
 
  作業のない日は貴重なんだからちゃんと勉強してなさい!」



5 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 07:56:25.64 ID:pH3mSkydo


さわちゃんこと担任の山城さわ子先生です。


 「あ、さわちゃ……さわ子先生」


かつては自由闊達な雰囲気だった学園も、

戦争が深まるにつれて緊張感が日々充ち満ちてきていました。

さわ子先生はなおも叱責します。


 「それにいつ米軍が沖縄に来寇するとも知れないのに、

  この非常時に“ふわふわ”なんて軽佻浮薄も甚だしい!」


澪ちゃん、ムギちゃん、あずにゃんがなんとか言い逃れようとするのですが、


 「いえ、あの、“君”っていうのは、君が代の“君”と一緒で、その…」

 「えーと、何というか、陛下をお慕い申し上げているとどきどきするほど士気が高まるというか……」

 「そ、そうなんです!戦意昂揚のための戦時歌謡なんですよこれは!」


これがかえってさわ子先生の怒りに対し、火に油を注いでしまいます。


 「馬鹿者っ! 揃いも揃っていい加減なウソつかないの!不敬にもほどがあるわ!」

 「えぇ~、でもさわちゃんも好きだったじゃん、こういう歌……」


りっちゃんが不平混じりに言い返すと、さわ子先生は一瞬気まずそうな顔をしましたが、

すぐさま眉間にしわを寄せて険しい表情に戻りました。


 「さわちゃんとは何ですか! と・に・か・く、あなた達は皇国女性としての自覚が足りないのよ!

    問答無用です!罰として運動場10周してきなさい!」

 「「「「「えぇ~~!?」」」」」



6 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 07:57:54.63 ID:pH3mSkydo


―――寄宿舎


 “♪もう紐が何だかァ~ 通らないィ~ ララまた明日ァ~……”


仲の良い私たちは、寄宿舎でも同室でした。

罰を受けたあと、仕切り直しで『私の恋は綴り紐』を歌ったあと、


 「どうした唯、元気ないぞ。運動場10周のことなら気にしなくていいんだからな」


当山(とうやま)澪ちゃんが心配して話し掛けてきました。


 「なんか変なモノでも食べたか?ま、このご時世、何か食べれるモノあるなら教えてくれよ!」


仲村渠りっちゃんがからかいます。ちなみに名字は「なかんだかり」って読みます。


 「実は、学徒隊に入ろうかまだ迷ってるんだよね。やっぱりおっかないし……

   憂は『お姉ちゃんと一緒でいいよ』って言ってくれてるけど、みんな入るんでしょ…?」


私がおずおずと切り出すと、部屋の空気が心なしか重くなります。


 「うーん、遠く八重山から呼び戻された人たちもいるのに、学徒隊に入らないのも……ねぇ」


ムギちゃんこと古波蔵(こはぐら)紬ちゃんがつぶやきます。


 「『学徒隊に入らないと官費を返還させられる』って噂もありますし……」


同室の唯一の下級生、あずにゃんこと仲間(なかま)梓ちゃんも心苦しそうです。

師範学校は、官費と言って国から補助金が出ていて、授業料が無料でした。



7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 07:59:06.02 ID:pH3mSkydo


 「学徒隊に志願しないなんて、非国民もいいトコロでしょ!ウチの弟なんか鉄血勤皇隊だぜ」


非国民。今朝、和ちゃんにも言われた、りっちゃんのその一言に私はカチンと来ました。


 「むぅ~。りっちゃんも人のこと言えないよ!

  ついこの前だって良い歳して“方言札”ぶら下げてたクセに!」

 「うるせー!ついうっかり喋っちゃったのを運悪く見つかっただけだし!」


方言札というのは、標準語でなく方言を話した罰に首から下げる札のことです。


 「ね、ねえ、みんな、お茶にしよう?」


ムギちゃんがとりなして、貴重なさんぴん茶を用意しますが、私とりっちゃんの口ゲンカは止まりません。


 「じゃありっちゃんもカチューシャ早く火薬用に献納しなよ!

  それセルロイド製でしょ?このヒコクミン!」

 「だったら唯もヘアピン後生大事につけてないで金属供出に出しちゃえばいいじゃん!」

 「せ、先輩方、ケンカはやめてください……」


あずにゃんがたしなめますが、熱くなった私とりっちゃんには聞こえません。



8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 08:00:25.14 ID:pH3mSkydo



 “……♪青い眼をしたお人形は アメリカ生まれのセルロイド”


澪ちゃんが、不意に歌い出します。


 「「あっ……」」


私とりっちゃんは、きまりが悪そうに顔を見合わせました。

フィリピン移民帰りで米国の血が入っているムギちゃんはその容姿もあいまって、

開戦以来、事あるごとに陰口を叩かれ、肩身の狭い思いをさせられています。


 『せめて寄宿舎では、そんなしがらみはできるだけ無くそう』


そう決めていたのに、無神経な言い争いをしていたことを反省しました。

そして、澪ちゃんに続いて、みんなで『青い眼の人形』の童謡を歌ったのです。


 “♪やさしい日本の嬢ちゃんよ 仲良く遊んでやっとくれ……”



YouTube:青い目の人形



9 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 08:02:20.10 ID:pH3mSkydo


すると。


 「あなた達………。なんで先生の言うことを聞いてくれないの?」


部屋の扉がゆっくりと開いて、寄宿舎を見回りに来ていたさわ子先生が顔をのぞかせます。


 (あっ…)


私たちは縮み上がります。

さっきも「ふわふわなど、けーちょーふはくである!」と目の敵にされたのに、

こんな歌を歌っていることがバレたら、それこそ非国民扱いです。


しかし、大目玉を食うとばかり思っていたのに、さわ子先生は悲しげな表情で語りかけるのです。


 「そんな童謡を歌って……。私じゃなかったら職員会議で吊し上げられて、ヘタすれば退学よ?」


音楽科の先生であるさわ子先生は寄宿舎の舎監も務めていました。
 

 「す、すみません……」「ごっ、ごめんなさい!」


私たちは口ごもりながら謝ります。

教室で叱ったときとは違い、さわ子先生は私たちに柔らかく諭すように語りかけます。


 「アメリカに勝って、平和が戻ったら、いくらで歌えるようになるわ。……今は、我慢してちょうだい」



10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 08:04:06.34 ID:pH3mSkydo


あずにゃんと澪ちゃんが、素朴な、そして率直な質問を発します。


 「せ、先生!日本は、いつ戦争に勝ちますか?いつになったら遠慮無く歌えますか?」

 「先生も、授業がどんどん減らされて、つらくはないんですか?」


その質問に、さわ子先生は答えませんでした。

しかし、


 「………。だから、今やるなら“バレないように”ほどほどにやりなさい。

  オルガン室の鍵、貸してあげるわ。あそこなら狭いけど防音も効いてるから」


しばしの沈黙の後、そう言ってはにかむと、部屋の棚にオルガン室の鍵を置いてくれました。


 「「「「「……はい!」」」」」



……そして私は、オルガン室でみんなと歌いながら、決心したのです。


 “毛筆 ふっふぅ~ 震える ふっふぅ~ 初めて 君への挨拶状~”


 (……うん、みんなと一緒なら、私だって頑張れる、よね?)



11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 08:07:26.62 ID:pH3mSkydo

―――数日後のある朝


教室で、私は開口一番、和ちゃんに宣言しました。



 「とりあえず第三外科ってところに入ってみました!」

 「へー。で、第三外科って何するところか知ってるの?」

 「さあ?でも第三っていうくらいだから、第一とか第二よりはカンタンだよ!たぶん」

 「大丈夫かしら……」

 「部屋のみんなも憂も居るから大丈夫だよ!これで私も白衣の天使のタマゴなのです!」



そう言って私は、フンス!とばかりに胸を張りました。

あきれ顔の和ちゃんに、私は勝手な想像を言いまくります。


 「赤十字の旗が立つ病院で、白衣の天使さまかぁ~。きっとカッコいいよぉ~!

   でも、注射どころか包帯の巻き方もわかんないし、たぶんゴミ捨てとか雑用ばっかりだよねぇ」

 「ふふ、食事の世話くらいはさせてもらえるんじゃない?」


そう言って、和ちゃんは苦笑いを浮かべました。

しかし私は、いえ、私だけでなく私たちはみんな、知らなかったのです。





戦場というものが、どのようなものであるかを。





その後、雲行きはどんどん怪しくなります。

一月下旬の空襲で、学園も被害を受けました。

三月の卒業式の予定もたびたび延期になったのです。

もちろん、毎年三月三日に行われていたひな祭りも、中止になってしまいました……



12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 08:12:40.71 ID:pH3mSkydo

外出により休止。
なお、史実では「第三外科」の呼称は病院動員後の四月、伝染病科が改称されたもの。




14 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府):2011/08/15(月) 08:32:43.40 ID:I1CyOsRy0

乙です、
今年は沖縄戦が題材ですね、再開期待してます。



15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 12:52:11.25 ID:sHuwJr/SO

乙乙

俺このSS見なけりゃ今日終戦記念日だってこと忘れてたよ。



16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 13:05:17.89 ID:pZ0vWGRDO

八月や 六日 九日 十五日ってじいさんが言ってたなぁ

姫百合関連のものを見るとDIRの朔を思い出す

期待してます 頑張って





20 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 23:44:24.08 ID:pH3mSkydo


(日本ニュース『沖縄決戦』)
ttp://www.youtube.com/watch?v=ehTl14Oh22M 


YouTube:『沖縄決戦』




―――そして、三月二十四日、夜。


前日に続いて、その日も激しい空襲がありました。南部の港川のほうで艦砲射撃も始まったそうです。

そしてついに、私たちは陸軍病院に動員されることとなりました。

みんなでわずかな身の回り品を持ち、モンペ姿で南風原に出発することとなったのですが、

先生たちが、ばたばたと走り回って私たちに準備を急かします。


 「急いで! 本当に必要なものだけ持って行くのよ!」


さわ子先生も、焦りをあらわにして生徒に呼び掛けています。

ところが……


 「えーと、コレと、アレと……」


私は荷物をぎゅうぎゅう詰めにまとめていました。

鏡、クシ、歯ブラシ、洗面器、制服などを持てるだけ持って行こうとしましたが、

澪ちゃんにたしなめられます。


 「おい唯、そんなにいっぱい持って行けないぞ? 遠足じゃないんだからな!」


そう言う澪ちゃんのカバンを見ると、やはりパンパンにはち切れそうなほどです。


 「そう言う澪ちゃんも、本やノートや日記帳、持ちすぎじゃないかな……」

 「べっ、別にいいだろ! 空いた時間に歌の詞を書いたりするから!」


私が苦笑していうと、澪ちゃんはムキになって反論します。


 「はーいはい。遠足気分はどっちだよ!」


りっちゃんがあきれて言うと、ムギちゃんが小声で耳打ちしてきました。


 「……唯ちゃん、ウッチン茶って、要るかしら?」




女の子なので、鏡やクシは、ほぼ全員が持って行きました。

でも、結局は、お風呂どころか顔も洗えず、ほとんど使うことはできなかったのです。



21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 23:47:53.76 ID:pH3mSkydo


―――翌朝


 「これが病院?ここ小学校だよね。まあいいか」


一晩中歩いて、ようやく南風原陸軍病院にたどり着きました。

国民学校を接収した病院本部がありましたが、その裏山に、穴ボコがたくさん開いていました。


 「何だあの穴?」


りっちゃんが私の思っていたのと同じ問いを発します。


 「さあ?何だろね?」

 「陣地にしては、病院に近すぎるよな……」


澪ちゃんが、いぶかしげな顔をしています。

ムギちゃんが、ようやく状況を飲み込んで、口を開きます。


 「病院の病棟、らしいわ……」


付近には粗末な三角兵舎がいくつか建っていて、

赤土っぽい山の斜面にいくつも掘りかけの、坑木も天板も作りきっていない横穴。

……つまりは、壕がありました。そこが、病院の主要部分です。

その、幅一間(約1.82m)、高さ一間程度の息苦しい横穴の片側に、

木製の二段の寝台が奥までずぅっと並んでいます。



“赤十字の旗のひるがえる病棟で白衣の天使”という幻想は、早くも打ち砕かれました。



22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 23:50:36.85 ID:pH3mSkydo


―――三月二十九日、夜十時


まだ未完成の壕も多かったので、看護当番でない人は、壕堀り作業などをしていました。

その日も、昼夜続けて、私たちは病院の壕掘りをしていたのです。


 「しゃらんら しゃらんら♪」


私は、ムギちゃんが澪ちゃんを従えてモッコを担いでいく様子を、横目で眺めていました。


 「お、おいムギ、ちょっと待ってくれ!」

 「ムギちゃんは、ほんとに力持ちだよねぇ…」


すると、本部壕に伝令に行ったりっちゃんが、和ちゃんとともに息を切らして走ってきました。


 「おい!今から卒業式やるらしいぞ!みんな早く来いって!」

 「え? 卒業式? こんな夜中に!?」


急遽、校長先生が首里城の司令部からいらっしゃって、卒業式を行うことになったのです。


 「あ、私、制服持ってきてたんだ!本部壕に取りに行かないと!」


そう言った私を、和ちゃんが制します。


 「唯!もう第一外科、第二外科は集まってるのよ!そのままの格好でいいから早く来なさい!」


作業の真っ最中だった私たちは、泥だらけのモンペ姿で出席することになったのです。

結局、大事な制服を着る機会はその後もなく、混乱の中で制服もなくなってしまいました。



23 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 23:53:18.11 ID:pH3mSkydo


とある三角兵舎での簡単な卒業式でした。


例年どおりの卒業証書授与や教員免許状授与もなく、

来賓は、陸軍病院の偉い人たち、父兄代表もお一人だけでした。

あちこちから、すすり泣く声が聞こえます。



   “海行かば 水漬く屍

    山行かば 草生す屍

    大君の 辺にこそ死なめ

    かへりみはせじ……”


YouTube:海ゆかば合唱


「海ゆかば」を歌っている最中にも、遠雷のように艦砲の砲声が響いてきます。

卒業式で歌う予定だった、先生方作詞作曲の「別れの曲」は、歌うことができませんでした。


二つだけともされたロウソクが、校長先生の顔を薄暗く照らし、砲撃でゆらめいて消えかかります。

来賓の祝辞も、校長先生の式辞もほとんど頭に入りませんでしたが、


 「この卒業式は、戦場で挙行する世界で前例を見ない卒業式である」


という校長先生の言葉の一節だけが、心に残りました。


わずか三十分の式が終わると、私たちは余韻を感じるひまもなく、あわただしく各自の持ち場に戻ったのです。

その、卒業式をした三角兵舎さえ、翌日には焼夷弾攻撃で灰となってしまいました。



24 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 23:54:45.02 ID:pH3mSkydo


―――そして、四月一日。米軍はついに沖縄本島中部に上陸を開始。

すでに三月下旬、沖縄本島西方の慶良間諸島を米軍が上陸・占領していたが、

米軍の沖縄本島上陸時、日本軍守備隊は海岸線での抵抗を放棄していたため、ほぼ無血上陸であった。

「こんな楽に上陸できるなんてウソだろう。今日はエイプリルフールだから」と、冗談を言う米兵も居たという。

しかし、これは猖獗を極め、数ヶ月の長きにわたった沖縄本島地上戦の、嵐の前の静けさに過ぎなかった―――



25 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/15(月) 23:59:29.00 ID:pH3mSkydo


―――初めて、負傷兵が担ぎ込まれてきたときのことです。

運悪く、そのとき私たちは手術室当番でした。

軍医さんや衛生兵が、ばたばたと手術の準備をします。

負傷した兵は砲弾の破片を全身に受けて、血まみれのまま、うんうんと唸っていました。


 「……ひ………っ―――」


澪ちゃんは、その姿を見るやいなや、一言も発さずに失神しバタリと倒れてしまいました。

すると衛生兵が倒れた澪ちゃんの背中を蹴飛ばします。


 「貴様ッ!そんなことで看護が務まるか!立てぃ!」


その様子を見ていた私たちは、止めに入るどころか無言で顔を真っ青にしていました。


 (戦場って、こういうものなんだ……!)



26 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:01:09.75 ID:xA3bNg18o


―――四月上旬、ついに沖縄本島においても地上戦が本格化。

嘉数高地などを中心として激戦が繰り広げられる。

一方、三月下旬には「天一号作戦」、四月六日には「菊水作戦」が発動、

以後、六月下旬まで、延べ二千機近い特攻機が沖縄方面に出撃。

四月七日には、水上特攻の任を帯びて沖縄に向かっていた日本海軍第二艦隊が

米軍機動部隊の猛攻を受け、戦艦「大和」以下数隻が撃沈されている―――



27 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:04:29.70 ID:xA3bNg18o



―――そして、四月中旬、下旬と時が経ち、負傷兵が増えるにつれて、状況はどんどん悪くなります。



壕の中は換気が悪く、人いきれで蒸し風呂のような暑さで、時にはロウソクが消えるほどの酸欠状態。

むせ返るような血の臭い、膿の臭い、汗の臭い、糞尿の臭い、腐臭。


 「換気用意!」


さわ子先生がかけ声をかけると、みんな、上着、手ぬぐい、タオル、風呂敷などを手に取ります。


 「始めっ!」


そしてひたすら扇ぐのですが、5分も10分も続くので、自然と歌が出ます。

先生の歌う『ああ、特攻隊』の哀調を帯びた歌が心に残りました。



28 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:05:55.45 ID:xA3bNg18o



………壕内のあちこちから響く、負傷兵のうめき声。

手のもげた人、足のちぎれた人、火炎放射で全身火傷の人もいます。

破傷風患者は、口から泡を吹いて背中を反らせ、食事はおろか水も飲めません。

破片でノドや背中を裂かれて、呼吸するたびスースー、ジブジブと息が漏れる人……



ある日、下あごが砕かれて食事の出来なくなった人が、何か書く真似をしていました。


 「澪ちゃん、ノートと鉛筆持ってたよね?1枚くれる?」

 「いいけど、ノートはもうないから、教科書ちぎって使って……」


その人が書いた文字は。


 “ゴム管栄養法を考えてください”


そんな事を言われても、ゴム管どころかミルクもありません。

こう言うしかありませんでした。


 「すみません、おかゆで我慢してください……」



29 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:08:01.18 ID:xA3bNg18o


私たちは、そんな阿鼻叫喚の中で働いていたのです。


 『飯はまだか!早くしてくれ!腹が減ってんだ!』

 「あずにゃんたちがさっき“飯上げ”に行ったよ!ちょっと待って!」

 『女学生さん、痛てぇ、痛てぇよ!』

 「はいはい!もうすぐ治療班が来るよ!」


薬も包帯も器具も不足していましたが、呼ばれれば応えないわけにはいきません。

私がある兵隊さんに近寄ると、


 『傷がかゆい、包帯代えてくれ、ウジを取ってくれ!』

 「り、了解です!澪ちゃん、包帯ある?」

 「無い、な。また同じ包帯を使うしかない……」


血糊でくっついた包帯は固まって腐ってしまい、ほどくにほどけません。

澪ちゃんが、ハサミを借りてきたので、包帯を切り開きます。

……ドロリ。

ゼラチンか濃い鼻水みたいな大量の膿汁が、強烈な悪臭とともに溢れ出て、

足もとに太ったウジが何匹も転がります。


 「おぇ……」

 「……ゴホっ」


私と澪ちゃんは、思わず一瞬吐き気を催して顔を背けると、ランプで照らされた薄暗い壕の奥で、

他のみんなが修羅場の中で苦闘している姿が見えました。



30 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:10:23.72 ID:xA3bNg18o


 『水が欲しい!水くれぇ!』


りっちゃんが、発熱患者の頭を冷やすタオルのための泥水を運んでいると、

いきなり寝台から伸びてきた兵隊さんの手に、腕を捕まれています。


 「ダメだダメだ!これ泥水だし!それに水飲むと傷が悪くなるから!」

 『頼むから水を!水ぅ!』


りっちゃんがその手をふりほどくと、その兵隊さんはいきなり近くにあった空き缶をつかみ、

それを口に運んだのです。


 「あ!やめろ!飲むなって!それ尿器だから!」


中には渇きに耐えかねておしっこを飲んでしまう兵隊さんもいました。




 「うぅ……傷の奥に入り込んで……」


私は、暗い手元を見つめ眉間にしわを寄せ、ウジを取っています。


 『ぐぅう!痛いぃぃい!』

 「ひえぇ、ごめんなさい!」


無理に取ろうとすれば、兵隊さんが苦悶の表情で身をよじるのです。

ピンセットもなく、そのへんの葉っぱの茎でウジをかき出していました。

するとまた、別の場所から叫び声が上がります。


 『用が足したい、便器くれ、尿器くれ!』

 「おい澪!これ持ってってやって!」


りっちゃんが、尿器に口をつけていた兵隊さんから尿器をむしり取って、澪ちゃんに渡します。


 「え!? ちょっと、誰に持って行くんだよ!」

 「いま声がしたろ!自分で探してくれよ!」


澪ちゃんとりっちゃんが言い争うように問答していると、奥のほうから怒鳴り声が上がります。


 『ちくしょう、上のヤツがションベン漏らしやがった!ふざけやがって!』



31 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:13:29.35 ID:xA3bNg18o


絶えず響く、負傷兵の呻吟、煩悶、怒号、罵声。

また、気の触れた脳症患者はうわごとを繰り返し、ケガの痛みも忘れてあちこち暴れ回ります。


 『突撃!突撃ぃ~!』


時には周りの負傷兵に危害を加えるので、危険極まりありません。


 『おい!こいつうるせえからどこかに連れていけ!』

 「はい!どんとこいです!」


力自慢のムギちゃんが押さえつけますが、なかなか静まりません。


 「むぎゅううう!!!衛生兵さん!早く来てぇ!」


軍医さんどころか衛生兵さんも、ほとんど来てくれません。

耐えかねた軽症患者が、協力して寝台に脳症患者をしばり付けます。



そのとき、壕の外から、ガシャガシャと水筒がぶつかり合う音が聞こえてきました。

“飯上げ”に行ったあずにゃんたちが帰ってきたのでしょう。


そのとき、敵機が近付いてくる爆音も同時に響いてきました。

井戸に水をくみに行くのも、ご飯を炊事場にもらいに行く“飯上げ”も命がけだったのです。



 「早く!早く!敵機が来たよ!見つかるよ!撃たれるよぉ!」


私は壕から顔を出して、“飯上げ”から帰ってきたあずにゃん、憂、純ちゃんたち下級生に叫びます。


 「わかってます!唯先輩こそ危ないですよ!引っ込んでください!」


両肩にいくつも水筒を下げたあずにゃんが、壕に駆け込んできました。



32 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:16:51.56 ID:xA3bNg18o


その少し後ろに、憂と純ちゃんの姿がありました。


 「梓ちゃん!どいてっっ!」

 「っっっしゃぁああ!」


憂と純ちゃんが、ご飯を詰めた醤油樽のてんびん棒を担いだまま、壕の中に転がり込みます。


パパパパン!


その瞬間、機関銃の乾いた着弾音が続き、壕の入口に土ぼこりが立ちました。


 「うぉ~危なかったぁ~!」
 
 「純が炊事場で炊夫さんに“もっとご飯”とかゴネるから……」

 「梓ちゃん、純ちゃん、とにかく早くオニギリ作ろうよ」


三人が安堵しながらグチを言い合っています。


陸軍病院壕の周囲にも、砲爆撃が降りしきるようになり、

“飯上げ”から帰ってくる間も、砲撃で吹き飛ばされた土塊がどんどん入ってきます。


 「うわぁ、ご飯が泥だらけ……ムギちゃん、どうしよう?」

 「水も少ないし……洗えないからこのまま握るしかないわね」


泥だけならまだしも、看護活動で血や膿や糞尿の世話をした手を洗う水もなく、

手をモンペでぬぐってオニギリを握りました。

近寄ってきたりっちゃんが、ご飯の入った醤油樽をのぞいてため息をつきます。


 「この量じゃ、全員に行き渡らないだろ……」

 「もっと小さくするしかないよ……」


食糧も不足し、オニギリもはじめはテニスボールくらいだったのが、

ついにはピンポン球くらいになったのです。



オニギリをにぎりながら、私は独り言のように、りっちゃんに話し掛けます。


 「あれ? この壕に治療班来たの、4日前だっけ?5日前?」

 「ゴメン、私も覚えてないや……」


人手も足りず、忙しかったり、砲爆撃が激しくて交代のために外に出られなかったり、

勤務時間も、十二時間交代のはずが、二十四時間、三十六時間連続勤務にもなりました。

薬箱に座って寝られればいいほうで、立ったまま坑木に寄りかかって寝ることも多かったのです。



33 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:19:51.03 ID:xA3bNg18o


夜になっても病院壕の中では、負傷兵のうめき声と悪臭が耐えませんが、

砲爆撃が途絶えるひとときがあります。

しかし、そうすると別の音が聞こえてくるのでした。


 “ジャグ……ジャグ……”


 「ん……何の音だろ?」


疲労でうとうとしていた私は、聞き慣れない音に目が覚め、耳を澄まします。


 「これ、もしかして……!」



ウジが、負傷兵たちの肉をかじり、骨をきしる音だったのです。



 “クチュ……クチュ……”

 “グッ……グッ……”


これが、うめき声に混じって、壕全体に静かに響きわたる様子は、本当に不気味でした……。




Wikipedia:蛆#傷の治療に用いられる場合





34 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:21:46.88 ID:xA3bNg18o


―――そして五月



しかし、慣れとは恐ろしいものです。



すでに、南風原陸軍病院に動員されて一か月以上が経ちました。


 「今日、私たち四人は手術室当番なんだって。あずにゃんたち下級生は飯上げ当番だよ」


私がそう伝えると、以前は手術と聞くだけで震えていた澪ちゃんが、事も無げに言葉を返します。


 「手術なら、今回の照明係はムギ以外の3人でじゃんけんかな……」

 「え?私はじゃんけんしなくていいの?」


ムギちゃんは、私たちが気を遣ったものと思っていたようですが、りっちゃんが申し訳なさそうに言います。


 「……ほら、ムギは力仕事得意じゃん? 照明係より大変かもしれないけど、押さえる係で」



35 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:24:30.78 ID:xA3bNg18o


もうだいぶ前に、三角兵舎の手術室は砲爆撃で破壊され、壕の通路で手術をしています。


今回の照明係はりっちゃんです。

手元を照らすランプの燃料がないので、ロウソクを素手で持って手術場を照らしていました。

すると、当然ですがロウが溶けて手にべったりとかかります。


 「うぉあぢぢぢぢぢぃ!!!!」


りっちゃんが思わず、ロウがたれないようにロウソクを立てました。

すると、メスを握った軍医さんが怒鳴ります。


 『おい!手元ちゃんと照らせ!見えんじゃないかッ!!』


麻酔不足は最も深刻でした。

周囲ではあちこちから重症患者がうめく声が夜通し聞こえますが、

手術台の上からは、それをかき消すほどの絶叫が発せられます。


 『軍医殿っ!お願いですッ!
  殺してください!!ごろじでぐだざいぃ!!!ああぁぁぁあ゛あ゛あ゛!!!』


左脚に重傷を負った兵隊さんが、肉を切られる激痛のあまり半狂乱になっています。無理もありません。


 「兵隊さん!動かないで!頑張って!」


ムギちゃんがその腕力で、暴れる兵隊さんの両脚を無理矢理押さえつけます。

私は左腕、澪ちゃんは右腕を押さえていました。



36 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:26:40.07 ID:xA3bNg18o


 『我慢せい貴様ッッ!!それでも帝国軍人か!!動くんじゃない!!おい、鉗子よこせ!』

 「はい!鉗子っ!」


澪ちゃんが慣れた手つきで鉗子を軍医さんに手渡します。

あの怖がりやの澪ちゃんを知っている私たちにはウソのような光景です。


兵隊さんの脚には、止血のため血管を挟んだ鉗子が何本も連なり、血に濡れた銀色の花みたいです。

軍医さんが、額に玉のような汗を浮かべ、ノコギリで骨をゴリゴリと削っていきます。


 『いぃぎいぃぃぃ!!ぐぐぐぐぐぁぁぁぁ!!!!』


手術台の上の絶叫は、さらに大きくなります。軍医さんも声を荒げます。


 『うるさくてかなわん!仕方ない、モルヒネ足してやれ!』

 「ほいっ!モルヒネ打ちます!」


私は軍医さんの指示で、すかさず兵隊さんにモルヒネを注射します。

私たちは看護婦さんの見よう見まねで、カンフルもモルヒネもどんどん打ちました。


ズズン。 ドズン。


ときどき、砲弾が近くに落ちると、壕の天井の土が崩れます。

そして天板のすき間から、土砂がバサバサと容赦なく手術台に降り注ぐのです。


 『くそっ!こんなところで手術ができるか!!』


軍医さんが叫びます。やがて、ゴリッといやな音がして、骨が切断されます。


 (この兵隊さん、朝まで持つのかな……)


私たちは、そんなことを思いながら、左脚の切断面がてきぱきと縫合されていくのを眺めていました。

すると、軍医さんが私に命じます。


 『ご苦労だったな、お前ら。少し休め。……おいお前。これ外に捨ててこい』


そう言って、軍医さんがあごで示したところには、切断した左脚が転がっていました。


 「は、はいっ!」


私は、言われるままに切断された脚を抱きかかえると、

まだ体温が残っていて生暖かく、ズシリと重くて不気味でした……。



37 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:32:49.73 ID:xA3bNg18o


―――「……いっち、にーの、さん!」


明け方、澪ちゃんと一緒に艦砲の弾痕に死体を毛布にくるんで捨てに行きました。

今日は7体も捨てたのです。

初めはちゃんと墓穴を掘って埋めていたけれど、そんな余裕は今はとてもありません。


 「あの兵隊さん、やっぱり朝まで持たなかったね……」

 「そうだな……」

 「ガス壊疽になると、あっという間だね……」

 「うん……」


壕に引き上げようとすると、澪ちゃんが真っ暗な砲弾痕、つまり墓穴の底をじっとながめています。


 「外にいると危ないよ!早く壕に入ろうよ」


私が澪ちゃんの手を引くと、ゆらりと倒れかかってきました。


 「ど、どうしたの?大丈夫?お腹空いた?」

 「……怖いんだ」

 「そっか、そうだよね。澪ちゃん、怖がりなのに、こんなことしてるんだもん」


私はてっきり、そう思って慰めの言葉をかけたのですが、

澪ちゃんは体を震わせながら激しく反駁するのです。


 「違うっ!」

 「え、何が違うの……?」


私は、澪ちゃんの強い口調にあっけに取られ、間抜けな返事をしてしまいました。


 「こんなとこで、こんなことしてるのに……怖くないのが……怖いんだ……っ」


そう言って、澪ちゃんは私の胸にしがみつくと、さめざめと泣いたのです。


 「澪ちゃん……」


私は、「怖い」という感覚どころか、「怖くないのが怖い」なんていう、

当たり前の感覚さえ失われつつあるんだと気付かされ、

とても、とても、寂しくなりました。



38 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:34:34.16 ID:xA3bNg18o


―――五月中旬までの間、日本軍司令部のある首里北方の戦線では激しい攻防が繰り広げられた。

場所によっては米軍も一日に100m前進するのがやっとという戦況であったが、

日本軍は補給が続かず、じりじりと追いつめられていくことになる。






―――五月十一日


その日も、敵の砲爆撃が激しい日でした。

しかし、水やご飯を欠かすわけにはいきません。


 「じゃあ、ちょっと行ってきますね」


そう言って“飯上げ”に出て行った純ちゃんたちを待っていましたが、なかなか戻りません。

みんな心配していると、さわ子先生が弾雨の合間を縫って本部から駆けてきました。


 「純ちゃんがやられたわ!誰か来て!」


ついに、この第三外科から犠牲者が出たのです。

手の空いている人などいないので、私だけが第三外科壕から飛び出しました。



39 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/16(火) 00:41:11.94 ID:xA3bNg18o


 「純ちゃん!?」


私が本部壕に駆けつけると、一緒に飯上げに行っていた憂とあずにゃんが振り返りました。


 「唯先輩……純が、純が……」

 「お姉ちゃん……純ちゃんがやられた……」


二人とも、何が起きたか分からない、といった感じで呆然としていました。


 「炊事場でねばってたのが、ダメでしたね……へへ」


そう言っておどける純ちゃんは、意識ははっきりしていましたが、ひどい状態でした。

背中からおしりに弾丸が抜けて、脊髄がぐちゃぐちゃ、腸も飛び出ています。


 「もう、注射とか、薬とか、いいですよ。もったいないですから」


お腹をやられて助かる患者がいないことを、看護活動を通して純ちゃんも知っていたのでしょう。


 「眠いから、ちょっと寝ます。すみません……」


そう言って、純ちゃんは、私たちの見守る中で息を引き取ったのです。

あずにゃんと憂が、取り乱して、純ちゃんのなきがらを揺さぶり、あるいは涙を落としました。


 「純?純!?ウソでしょ!?」

 「う……うっ……純ちゃん……」


さわ子先生が、アルコールで純ちゃんの顔を拭き清めてくれました。

憂は、持っていた制服を純ちゃんの死に装束として着せてあげ、山の上に埋葬しました。

後になって思えば、丁重に葬られた純ちゃんは、まだ、ましだったのかもしれません……

その後、憂とあずにゃんの二人は、南にある糸数分室に転属になったのです。



45 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:01:13.82 ID:c+5+k8k3o


―――そして、五月二十五日


にわかに、壕内の空気が浮き足立ちました。

本部に伝令に行っていたりっちゃんが、小声で耳打ちします。


 「……唯、荷物まとめろ!南部へ転進するんだって!」


転進、とは要は撤退のことですが、それを聞いて私はビックリしました。


 「へ? 患者さんたちは!? とてもじゃないけど全員連れて行けないよ!」

 「シッ!大きな声出すな!私だって驚いてんだ!よく分からないけど、歩ける人だけ連れてけって!」


りっちゃんが私をとがめますが、この不穏な雰囲気は、たちまち壕内に広がります。


 『女学生さん!自分はまだ歩けるんだ!』

 「あの、その……」

 『歩けるんです!どうか連れていってください!お願いします!』

 「で、でも……」


両脚を失った兵隊さんでさえ、寝台から転げ落ちてきて、必死に両腕で這い寄ってくるのです。

しかし、将校さんが壕に来て仁王立ちになり、軍刀を片手に叫びます。


 『歩けない兵隊を連れてくやつは叩っ斬るぞ!』


私たちにはどうすることもできず、

脇目もふらず荷物をまとめたり、軽症の患者さんを手伝ったりしたのです。



46 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:03:46.51 ID:c+5+k8k3o


しかし、私とムギちゃんは、壕の近くに米兵がいると聞いて、なかなか脱出できませんでした。


しばらくすると、数名の衛生兵さんたちが、ズカズカと壕に入ってきたのです。

衛生兵は、練乳を水で溶いたミルクを入れた飯盒をいくつか持っていました。

そして、ミルクを空き缶に注いで重傷兵さんたちの側に置いていきます。


 「あの……手伝いましょうか?」


ムギちゃんが、衛生兵さんの一人に声を掛けました。しかし、


 『何をモタモタしとるか貴様ら!敵が迫ってるんだ!早く行かんかっ!』

 「ひ、ひぃ!」「ひぇぇ…」


すごい剣幕で衛生兵さんに言われた私たちは、壕の入口のほうへ退きました。

すると、配られたミルクを飲んだ重傷兵さんの一人が、ウンウンうなって苦しんでいます。


 「え? ……もしかして、これ…?」


ムギちゃんの色白な顔から、さらに血の気が引き、蒼白になります。


 「え、衛生へ……モゴモゴ!」


私は、苦しんでいる患者さんを診てもらおうと、衛生兵さんを呼ぼうとしました。


 「黙って!」


しかし、ムギちゃんに口をふさがれます。



47 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:06:42.20 ID:c+5+k8k3o


 『飲むな!青酸カリだ!』

 『毒だ!飲むんじゃない!』


異常を感じた他の患者さんが騒ぎ出しました。


 「ゆ、唯ちゃん!行きましょう!」


ムギちゃんに急かされ、私も、ただならぬ雰囲気を感じ取りました。


 「早く出ようよ!私たちも危ないよぉ!」


私たちは、急いで身の回りのものをまとめると、壕の外に逃げ出したのです。


 『これが人間のやることか!お前らそれでも人間か!』


逃げる間際、叫び声に振り向くと、

脚のない重傷兵さんを、衛生兵さんたちが暗い壕の奥に引きずっていきます。

その叫びが、耳にこびりついて離れませんでした。


 (ごめんなさい……ごめんなさい……!)


私たちは、心の中で詫びながら、走り続けたのです。




―――現在この地に建つ、南風原陸軍病院壕跡の碑には、

「重傷患者二千余名自決之地」と刻まれている。

しかし、その数は定かでなく、さらに多いとも言われている―――



48 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:10:27.05 ID:c+5+k8k3o


そして、私たちは、ようやく南部へ撤退していく学徒隊の列に追いつくことができました。

雨が激しくなり、たちまち、脚もとは膝まで浸かるようなぬかるみと化します。

私たちを引率しているさわ子先生が、私を心配して声をかけてくれましたが、


 「どうしても重たければ、捨てていってもいいのよ?」

 「ううん、大事なものだから……」


薬や包帯がないために苦しんだ兵隊さんたちを思うと、捨てていくことはできませんでした。

しかし、豪雨の中を歩いていると、

背負っている毛布や包帯や脱脂綿が水を吸って重くなり、肩に食い込むのです。

みんな、大事な医薬品や、食料や、書類を背負ったり、てんびん棒で担いだりしています。


 「しゃらんら…、しゃらんら……」


力持ちのムギちゃんは、米俵を背負ったうえに、傷ついた級友を担架で運んでいますが、

気丈に振る舞ってはいても、さすがに疲労の色は隠せませんでした。



49 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:12:36.69 ID:c+5+k8k3o


 「伏せっ!」


突如、和ちゃんの声が響き、みんな、ためらいもなく泥の中に顔を埋めて突っ伏します。

着弾音。

周囲に砲弾の破片がバチャバチャと落ち、泥の塊が降りしきりました。


 「……危ねえ」


りっちゃんが、ずれたカチューシャを直しながら起きあがります。


 「うぅ……」


つややかだった澪ちゃんの黒髪も、ぬかるみの泥と壕生活の垢とシラミにまみれて見る影もありません。


南部への撤退の最中も、十字路や橋などを中心に、砲爆撃が盛んにありました。

ぬかるんだ道ばたには、艦砲や機銃掃射に遭ったり、

あるいは力尽き行き倒れた、たくさんの死体が転がっていました。

どぶ川には避難民の死体が浮かび、手や足のなくなった重症患者の死体が、雨に打たれています。


 『助けてください!女学生さん!看護婦さん!』


負傷した避難民や兵隊が泣き叫んでいても、助ける余裕などありませんでした。

非情だと思われても、見捨てて進むしかなかったのです。



50 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:15:24.13 ID:c+5+k8k3o


さて、もうすぐ東風平だと思って歩いていると、前方から来た兵隊さんたちに呼び止められました。


 「どこへ行くのだ?」


和ちゃんがメガネに付いた雫をぬぐいながら答えます。


 「東風平です」

 「なんだ君らは、こっちは国場だ。反対方向だぞ」


兵隊さんがあきれます。

澪ちゃんは棒のようになった足をさすり、泣きそうになって恨みがましくつぶやきました。


 「和ぁ……」


国場、それは首里に通じる道です。私たちはあてどもなく歩いていたのです。


 「おかしいわね……」


和ちゃんは首をかしげてきびすを返しました。

私たちの中には島尻の地理に詳しい人もいなくて、ようやく引き返しました。



51 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:20:04.70 ID:c+5+k8k3o


―――五月二十九日

この日、星条旗が首里城跡にはためいたが、日本軍司令部はすでに南部に撤退した後であった。

壮麗優美な首里城は跡形もなく焼け落ち、石垣も大半が破壊された。

今も、その破壊の痕跡を、当時の石垣に見ることが出来る。

司令部の南部撤退は、徹底持久という作戦目的には適うものであったが、

これが避難民の被害を激増させる大きな原因となったのである―――



そして、ようやく南端近くにたどり着きました。

まだ南部のほうは、艦砲も爆撃も少なく、家々の屋根が残っていました。


 「静かだねぇ…」


途中、立ち寄った集落では子ヤギが草をはみ、庭先をニワトリがコッコッと歩いていました。

畑から失敬してきたキャベツを塩もみにして頬張ると、

しょっぱさと共に、キャベツの甘みが口に広がります。


 「キャベツうめぇ!」


りっちゃんが、涙にむせびそうな勢いで、パリパリとキャベツを噛みます。

私たちも、思わず笑みをこぼします。野菜を食べるなんて久しぶりでした。



床板は引きはがされたりしてありませんでしたが、

屋根の下で休めたので、私たちは泥のように眠りました。

しかし、そんな束の間の安らぎは、すぐに破られたのです。



患者さんを収容する壕はなく、患者さんは廃屋や、石垣の陰や茂みの中で野ざらしになっていました。

すぐに薬も資材もなくなり、病院としての機能はほとんど失われていたのです。

私たちにできることと言えば、砲火をくぐって水をあげたり様子を見に行くくらいでした。

その患者さんたちも、次第に激しくなる艦砲と銃爆撃にさらされ、どんどん亡くなっていきました……。



―――南部撤退後、沖縄陸軍病院が入った壕は、以下のとおりである。

病院本部は山城本部壕。第一外科は波平第一外科壕と大田壕。

第二外科は糸洲第二外科壕。第三外科は伊原第三外科壕。

津嘉山経理部は伊原第一外科壕。一日橋・識名分室は伊原第三外科壕。

糸数分室は伊原第一外科壕―――



52 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:28:46.80 ID:c+5+k8k3o


ttp://www.youtube.com/watch?v=fYfzsi2F8k0
(【凄惨につき視聴注意】六月以降の戦い)



―――六月十四日以降、八重瀬岳、与座岳といった防衛線は米軍に次々と突破され、

司令部のある摩文仁方面と、避難民が集まり病院壕も散在する山城方面に敵は迫った。


この前日の六月一三日、小禄の海軍根拠地隊が全滅し、司令官・大田実少将は自決。

これに先立つ六月六日、大田少将から海軍次官あてに打電した電報は、

以下の有名な一節で結ばれている。


「沖縄県民斯ク戦ヘリ。県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」




―――六月十七日

和ちゃんと一緒に、伊原第一外科壕への伝令に行く途中、空の壕で食糧を探していました。

斬り込みに行った部隊がいた壕には、食料、薬、そして、手榴弾などが残っていたからです。

そして、斬り込みに行った部隊が還ってくることは、ほとんどありませんでした。


 「手榴弾、か……」


缶詰をかばんに詰めたあと、私は、手榴弾を手に取ったり、また弾薬箱に戻したりしていました。

“いざというとき”の用意をしておこうか、迷ったのです。


和ちゃんにも、私の様子が見えていたはずですが、とがめるわけでもありませんでした。

和ちゃんもまた、密かに覚悟を固めていたのかもしれません。


 「……唯、もう行くわよ」

 「う、うん」


私は、手榴弾を、かばんに押し込みました。



53 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:30:53.31 ID:c+5+k8k3o


そしてサトウキビも探し、ようやく、焼け残った畑からサトウキビを探しだしてきました。

でも、「サトウキビはアリがわくから壕の外で食べろ」と先生方に言われてましたから、


 (えへへ、早く食べたいなぁ~)


と思いながら第一外科壕の入口近くでサトウキビの皮をむいていました。 


 「唯、先に食べちゃいなさいよ。キビ皮は私が捨ててくるから」


もたもたしている私を見かねた和ちゃんが私に促します。


 「え? いいよぉ。自分で捨ててくるよ」


私が遠慮してると、和ちゃんは茶目っ気を含ませて、


 「ふふ……いいのよ。これも“生徒会の仕事”だから。でも、私の分も残しておいてね」


と、私からサトウキビの皮を奪い取るようにして外に出て行きます。

私は、サトウキビをかじりながら、


 「じゃあお言葉に甘えて!和ちゃんも気を付けてね~」


と、壕の中に入りながら髪をいじっていましたが、そうしたらヘアピンを落としてしまいました。


 (ヘアピンヘアピン……、あ!あった!)


私がしゃがみながらヘアピンを探し当てて髪に挿していると、



入口からすさまじい炸裂音。



54 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:35:08.88 ID:c+5+k8k3o


「!!!! ひゃぁぁぁぁ!」


熱い液体がぬるりと顔にかかり、爆風で私は壕の奥のほうまで転がり落ちます。

恐ろしい絶叫が轟いて、壕の中は騒然とします。たくさんけが人が出ています。

壕の入口付近に、艦砲が直撃したのです。



「明かりを点けろ!」と大声がして明かりが灯されると、入口付近は大惨事。


 「あ、ああぁ……」


足の踏み場もなく散る、兵士やら生徒やら看護婦やら教師やら、誰が誰ともわからない手足や臓物、

それどころか、壕の壁のいたるところにへばり付く、何が何ともわからない肉塊や血しぶき。

たまたましゃがんでいなかったら、私もこうなっていたでしょう。 


 (の、和ちゃんは!?)


私は、血みどろの中を手探りで恐る恐る和ちゃんを探しましたが、

ようやく、ひしゃげた血まみれのメガネのつるが片方、見つかっただけでした。

さっき、私が頬に受けた血は、和ちゃんのものだったのでしょうか……



55 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:40:08.26 ID:c+5+k8k3o


―――そして、六月一八日


私は、飛び交う銃砲におびえながらも、その夜に伊原の第三外科壕に戻りました。

澪ちゃんとりっちゃんは、入れ違いで伝令に出かけたようです。

しばらくして、さわ子先生が、学徒隊のみんなを集めました。


 “何だろう……”

 “女学生も斬り込みに行くの?”

 “まさか…”

 “きっと、新兵器ができて日本が勝ったのよ……”


みんな口々に、ひそひそとうわさ話をしていましたが、


 「……みなさんに、大事な話があります。時間がないから、静かによく聞いてね」


先生は、険しい表情で一人ひとりの顔を見据えるように、伝えます。


 「軍の命令で、学徒隊は、ただいまをもって解散することになりました……」

 「え、解散……って、どういう、こと?」


ポカンとしている私たちの頭に、さわ子先生の言葉が静かに響きます。


 「今後は、重傷で動けない人以外は、壕から出て各自行動することになります。

   大人数は危ないから、4、5人で班を作って、国頭まで逃げてちょうだい。

   途中で負傷した人は、置いていって。お互い、その覚悟で逃げるのよ。

   どうか一人でも生き延びて、私たち学徒隊の働きを伝えて……」



56 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:42:04.90 ID:c+5+k8k3o


非情な命令を伝えなければいけないさわ子先生の苦衷は察するに余りますが、

私たちの受けた“死の命令”に等しい衝撃は、それ以上に大きかったのです。

私は、壕の岩肌にへなへなと座り込みました。


 (絶対に、日本が勝つって信じて、頑張ってきたのに、今さら解散なんて……)

 (私たちなりに、皇国女性として、勤めを果たしたのに……)


それは無駄な努力だったのでしょうか。

今になって鬼畜米英の砲煙弾雨の中に放り出されるなんて、見捨てられたようで、涙があふれてきます。


 「うう、ぐすっ……ひっく……」


周りからも、すすり泣く声、「お母さん、お父さん」と呼ぶ声がします。


 「……うーさーぎー、追ーいし、かーのー山……」


ふと、歌声が聞こえて見上げると、ムギちゃんが声をつまらせながら「ふるさと」を歌っています。


 「小ーぶーな、うっ、釣ーり、…ぐす、かの、川……」


私も故郷を思い出し、「ふるさと」を歌い出すと、

周りのみんなも、それに合わせて歌い出すのです。


 “夢は 今も 巡りて”

 “忘れがたき ふるさと……”


私たちが思い描いた美しい故郷、懐かしい学舎も、今は焦土と化しているのでしょう……



57 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 00:43:28.39 ID:c+5+k8k3o


その後、女学生は、数人ずつ組になって、解散していきました。

ある人たちは、東回りや西回りで海岸沿いに逃げ、

ある人たちは、北部の国頭への突破を図り、

動けない人たちは、壕に残りました。


 「……先生、さよなら」

 「……はい、さようなら」


いつも授業後に交わしていたような別れのあいさつ。

それが、永遠の別れとなった人たちもまた、多く居たのです。



―――敵前での解散命令によって、学徒たちは壕から出ることを余儀なくされた。

このため、米軍の猛攻にさらされ、命を落とす者が続出したのである。



61 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:18:27.12 ID:c+5+k8k3o


―――六月十九日、未明


 「……ムギちゃん、どうやったら国頭まで行けるのかな?」


唯ちゃんが、荷物をまとめながら、不安そうに私に問いかけました。


 「ごめんなさい。私も那覇より北の道はよく知らないの……」 

 「誰か国頭出身の人、いたっけ……」


そうこうして、壕から脱出する機会をうかがっていると、


 『敵襲っ!』


突然、兵隊さんの殺気立った甲高い声が響きます。

兵隊さんたちは入口付近に弾避けの米俵を積み、小銃を構え、機関銃を据え付けました。

壕内には百人近くもの人がいるのに、みんな、極度に緊張して息を潜めています。

敵兵の声が聞こえてきました。


 “コノゴウニジュウミンハイマセンカ。ムダナテイコウハヤメテ、デテキナサイ。

   デテコナイトバクダンヲナゲコミマス”


そんな呼びかけがあっても、誰も動きません。いえ、動くことができません。



62 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:21:56.75 ID:c+5+k8k3o


すると突如、凄まじい爆発音とともに、もうもうと煙が立ちこめたのです。



 『ガス弾だ!』

 『タオルを水で濡らして口と鼻をふさげ!』

 『なるべく姿勢を低くせい!』


兵隊さんや先生方の怒声が聞こえます。

あっというまに濃い煙が壕内に充満し、何も見えません。

そもそも、目が痛くて開けられません。


私はとっさに、カバンからハンカチを取り出すと、水筒の水で濡らして口をふさぎました。

しかし、気休め程度にしかなりませんでした。


 “あぁ!怖い!怖いよぉ!”

 “助けてぇ!お父さぁん!お母さぁん!”

 “さわ子せんせぇ!苦しい!くるしぃ!”


級友たちの悲痛な絶叫が聞こえます。

さわ子先生が励ます声が、悲鳴の中からわずかに聞こえました。


 「みんな頑張って!頑張るのよ!あきらめないで!ほら、このタオルを!」


すぐ隣から、唯ちゃんの、のどをつぶしたような声の叫びが聞こえます。


 「ぁぁ、ぐるじいよぉ!水もタオルもないよぉ!うぁぁぁ!」


しかし、私にはどうすることもできません。

唯ちゃんの肩を抱いて、頭を地面にこすりつけるように下げました。


息を止めれば苦しく、しかし、呼吸をすればさらに苦しくなります。

先生か兵士の誰かが叫びました。


 『小便でタオルを濡らして口をふさげ!』



63 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:24:16.35 ID:c+5+k8k3o


それを聞いた私は、とっさに叫びます。


 「……唯ちゃん、これ!」

 「え!?」


私は、自分の使っていたハンカチを唯ちゃんの口にあてがいました。

とまどった唯ちゃんは、ガスで真っ赤に腫らした目で、一瞬ためらっていましたが、

私が小さくうなずくと、唯ちゃんは顔に押しつけるように、必死でハンカチを口にあてがいました。



私は、被っていた防空ずきんをモンペの上からあてがって、おしっこで濡らしました。

それで口と鼻をふさぎますが、息は苦しくなるばかりです。

吐き気がするほど気分は悪くなり、次第に、意識は薄れてきました。


涙が、ボロボロ、ボロボロと溢れます。

もちろんガス弾のせいもあるでしょう。

しかし、それだけではありませんでした。


 (こんな日も当たらない穴蔵の底で、虫けらみたいに死ぬなんて!そんなのイヤ!)


そう思うと、悲しくて、悔しくて、寂しくて、涙が際限なく流れるのです。

そして、私は、必死で祈りました。祈り続けたのです。


 (戦争が終わったら、もし、戦争が終わったら)

 (またみんなで学校に行って、歌を歌って、お茶を飲むのが夢だったのに!)

 (またお腹いっぱい、みんなでおいしいお菓子を食べて笑うのが夢だったのに!)

 (こんなところで、死んでたまるか!)

 (死んでたまるか!……!……  ……  …




―――このときの米軍の攻撃で、

ひめゆり学徒隊の教師四名、生徒三十八名をはじめ、壕内の八十余名が死亡した。

この地が、現在「ひめゆりの塔」が建立されている伊原第三外科壕跡である―――



64 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:26:18.14 ID:c+5+k8k3o


―――どのくらい時間が経ったのか、けたたましい虫の羽音で、私は目を覚ましました。

まだ意識はもうろうとしてました。


 (……あぅ……)


私は、上に覆いかぶさっているムギちゃんにどいてもらおうとしましたが、

ガス弾でのどをやられたのか、声が出ません。


 (ムギ…ちゃん……重いよ、どいてよぉ……)


熟睡しているのでしょうか、ムギちゃんは全くどいてくれる気配がありません。

しかたなく押しのけると、勢いがつきすぎたのか、やや強めに岩肌に転がしてしまいました。


 (ごめん!痛かった!?)


声は出ませんでしたが、そう思いながらムギちゃんに近付くと、様子が変です。

熟睡しているにしても無防備すぎるし、岩肌に転がされたら痛くて起きるはずです。


 (………)


ムギちゃんは、手足をだらりと投げ出し、薄目を開けて、口を半開きにしています。

しばらく眺めていると、ムギちゃんの瞳のふちや、涙のあと、唇の周りに、黒い点々がまとわりつき始めました。

ハエです。

ようやく私は気付きました。


 (……死んでる)



65 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:28:11.21 ID:c+5+k8k3o


周囲を見渡すと、たくさんの友だち、先生方、兵隊、避難民が折り重なっています。


頭はぼおっとしていましたし、もはや死体を見るのにも慣れていましたが、

私はそれでも、すでに死臭を放ちはじめたムギちゃんやさわちゃん、多くの級友たちのなきがらが、

ウジにむしばまれ、腐っていく様子を見たくありませんでした。


 (ムギちゃん……ごめんね……)


私は、ムギちゃんの顔に、ムギちゃんが貸してくれたハンカチを掛けると、

はしご段を一段ずつよじ登って、壕の外に出ました。


壕の外は昨日にも増して砲声が響き、激しく銃弾が飛び交っていました。



66 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:33:37.95 ID:c+5+k8k3o


―――六月二十日


とにかくのどが乾いていたので、私は独りで水を探してさまよいました。

そしてようやく、道ばたに泥水の水たまりを見つけたのです。


顔を近づけると、血や肉が腐ったような臭いがしましたが、背に腹は代えられません。

鼻をつまんで顔をつけてガブガブ飲みました。


こんな汚い水でも、飲めば安心するものです。

ふと、あたりを見回すと、茂みの中に長い黒髪の女学生が倒れています。


 (澪ちゃん!?)



67 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:37:28.67 ID:c+5+k8k3o


 「澪ちゃん!ねえ、澪ちゃんしっかりして!」


私は駆け寄ってその女学生を抱え起こし、顔の泥をはらって確かめようとしました。


 「……違う」


長い黒髪の持ち主は、澪ちゃんではなく、級友の風子ちゃんのなきがらでした。

まだ亡くなって間もないのでしょう。

砲弾片が首筋をかき切っている以外は、眠っているような死に顔です。


土をかぶせてあげようと思いましたが道具もなく、近くの砲弾痕まで引きずって、

落ちていたボロ布一枚をかけるのがやっとでした。


すると、茂みの上のほうから聞き慣れた声がします。


 「唯っ!その声は唯だな!?どこだ!」

 「あ、澪ちゃん!?」


澪ちゃんの声がするほうに駆け寄ると、私たちは再会を喜びました。


 「ホントに澪ちゃんだよぉ!りっちゃんは無事なの?」

 「あたしもいるよん!ほら、サトウキビ取ってきたぞ!」

 「ありがとぉ!あヒハホォ!」


お礼を言うより早く、りっちゃんがくれたサトウキビを頬ばると、甘い汁が喉に落ちます。



68 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:43:01.02 ID:c+5+k8k3o


夢中になってサトウキビをかじっていると、


 「私たちも、伝令に行った先でいきなり解散命令を受けてさ……ひどい話だよ。

  ところで、ムギは?他のみんなは?唯ははぐれちゃったのか?」


りっちゃんが、私の顔を覗き込むようにながめます。

ガリガリとかじっていた私の口が、固く閉じました。そして、


 「………解散命令のあと、米軍が来て、壕が攻撃されて、
 
  ガス弾が投げ込まれて、みんな、みんな……」


その続きを、どうしても言うことが出来ず、私は黙ってうなだれました。

澪ちゃんが眉間にしわをよせて、噛みしめるように確かめます。


 「死んだ、のか……?」


こくり、と、私は小さくうなずいたのです。

沈黙の中で、激しい砲声がとどろいていました。



 「とにかく、北に向かって国頭に突破しよう。このままじゃ私たちも……」


りっちゃんの言葉で、私たちは、山城の丘を越えることにしました。

ドトン。ドズン。

艦砲や爆弾がこれでもかというほど降ってきて爆発し、破片と土砂が雨あられのように飛び散ります。


 「伏せろっ!」


澪ちゃんの言葉に、急いで茂みに伏せると、強烈な腐臭とともに、グシャリと柔らかい感触がしました。

腐乱した死体の上に伏せてしまったのです。


 (うぅぅぅっっ!)


しかし、気持ちが悪くても、命には替えられないのでじっとしていました。

ひゅるひゅると矢のような音を立てて飛んできて、手を伸ばせば届きそうな距離にドスンと落ちる破片。

走っている時間より、伏せたり茂みに隠れている時間のほうがずっと長かった気がします。



69 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:48:00.31 ID:c+5+k8k3o


その日の昼過ぎ。


……急に炸裂音がして、目の前に火花が散ったかと思うと、私たちは地面になぎ倒されていました。

至近弾が落ちたのです。

私は自分の無事を知らせるのも兼ねて、二人に声を掛けます。


 「あうぅ……澪ちゃん、りっちゃん、大丈夫?」



澪ちゃんから震える声で返事が聞こえます。


 「うん、私は、平気。でも、律が、律が……」


しかし、そのりっちゃんから返事がありません。

土ぼこりが収まるころ、ようやくりっちゃんのか細い声がきこえました。


 「ぁぁ、とうとう、やっちゃった……」

 「りっちゃん!?」


ひとまず、澪ちゃんと一緒にりっちゃんをそばのサトウキビ畑まで担ぎこみましたが、

りっちゃんは、左手の甲が手首近くまでぱっくりと二つに裂けて骨が見え、

脇腹は肩からさげていた水筒もろとも切り裂かれ、腸がせり出していました。


この三ヶ月間、ずっと負傷兵たちの手当をしていた私たちには分かっています。


おなかをやられたら、まず助かりません。



70 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:53:21.95 ID:c+5+k8k3o


――――澪と唯が、私のことを、覆いかぶさるように見下ろしている。


 「律ぅ……」

 「りっちゃん……」


逆光で表情はよくわからなかったけれど、その瞳には焦りとあきらめの色が宿っていた。


 (ああ、私たちが手当てしてた人たちも、

  最期はこんなふうに見つめられて、こんな気持ちだったんだな)


そう思うと、急に寂しく、泣きたくなってきた。

それを悟られたくなかったから、私は二人に無理なお願いをした。


 「水、飲みたい…。最期くらい、ワガママ、言っても、いいだろ?」

 「私、持ってないよ……澪ちゃんも?」

 「わ、わかった!水はいくらでも汲んでくる!汲んでくるから!最期とか言わないでくれっ!」


そう言い終わる前に、澪は走り出していた。あの怖がり澪が強くなったもんだ。


 「あ、澪ちゃん、私も! でも、りっちゃんが……」

 「……唯も手伝ってあげてよ。ついでに、これ、澪に」


私はカチューシャを外して、オロオロしている唯に握らせた。


 「え、りっちゃん、そんな……」

 「いいから……」


顔をゆがませながら作り笑いをしたけれど、ちゃんと笑えていたかどうか。


 「………うん」


唯は細いサトウキビをもいで、歯で剥いて私に渡してくれた。

そして何度も振り向きつつも、茂みから遠ざかっていった。



71 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:56:52.20 ID:c+5+k8k3o


 (………)


サトウキビをかじると、かすかに甘い汁が喉に落ちていった。


 (私たちなんて、このサトウキビみたいに無造作になぎ倒されていくんだ……)

 (痛い…苦しい…どーせ助からないのなら、楽に死にたかったなぁ……)


葉陰から空を眺めると、戦争など関係ないかのように、青い空がのぞいている。

艦砲が遠のき、少し静かになると、サトウキビが風にざわめく音が耳に残る。


 (やっぱり、寂しい……)

 (水くれなんて、言わなきゃよかったなぁ)

 (お父さん、お母さん……聡はどうなったんだろ……)


水を飲みたいのは本当だったけど、やっぱり独りはイヤだった。

涙がぽろぽろ、ぽろぽろと溢れ、目尻から流れていく。



薄れてきた意識の中で、しばらくすると、キャタピラの音と、炎に木々が爆ぜる音が近付いてきた……



72 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/17(水) 19:58:37.03 ID:c+5+k8k3o


――――私たちは、泉を探し出して水をくむと、急いでりっちゃんのいた茂み近くに戻りました。

しかし、すでにサトウキビの茂みは、米軍の火炎放射で焼き尽くされていたのです。


 「あ、あぁ……」


その光景と、悲嘆にくれて膝から力無く崩れ落ちる澪ちゃんを、私は呆然と眺めていました。


 「……」


澪ちゃんが取り落とした水筒から、乾いた赤土に、こんこんと、水が溢れました。




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[ 2011/09/02 00:01 ] 戦争 | | CM(1)

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タイトル:
NO:4489 [ 2011/11/24 16:22 ] [ 編集 ]

こーいう作品もあるからこそ、2次創作SSの文化価値って馬鹿にできないと思う。
けいおんSSでなきゃ こういう重い話は読む気にならないし絶対

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