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唯「さわちゃんと過ごした日々」#前編 【非日常系】


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唯「さわちゃんと過ごした日々」#前編
唯「さわちゃんと過ごした日々」#後編




1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:17:02.17 ID:7L728IKn0


【7月19日/高校二年生】



2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:18:34.61 ID:7L728IKn0

好きになっちゃいけない人っているのかな。


そもそも恋愛って一体何なのか、私にはまだよくわからない。

だけど今、頭の片隅にはある人がちゃんと浮かんでいる。

私の身体のずっとずっと奥深くでは、ちゃんと理解しているのかもしれない。


ただ、私がいうその恋愛は、周囲は決して理解してくれないと思う。


「……ん?どした唯」

「……あ、ううん。何でもないよ」

「で、唯はどう思う?やっぱ先生と生徒なんて御法度だよな」


悩みなんていう言葉から掛け離れていたはずの私が今持っている唯一の悩み。


「う……うん、そうだよ。駄目…だよね」


これも全部、恋とか愛とかいうよくわからない感情のせいだ。

よくわからない感情のくせに、いつも私を本能的に動かそうとする。

ほら、今だってそう。


「お―い唯、どこ行くんだよ。お前の家そっちじゃないだろ」

「あ、あのね。ちょっと憂に買い物頼まれてるんだ」


不意に会いたくなった。

どうしてなんて聞かれてもわからない。

だけど、どうしてその人に会う必要があるのかって聞かれたら、きっとうろたえてしまう。





3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:20:25.32 ID:7L728IKn0

「みんなごめんね。また明日」

「おいおい、明日も学校に行く気なのか?」


澪ちゃんが呆れたように言う。


「明日からは夏休みですよ」


そして、あずにゃんの言葉で思い出した。

夏休み。

こんな大それたイベントさえも忘れていた私は、よっぽど頭の中が他のことでいっぱいだったんだ。


「じゃあ、また集まる日とかあったら連絡するからな」

「うん、わかった」


みんなと別れたあと、夕焼けに染まる道を逃げるように一人歩いた。


どうしてこんなに悔しいんだろう。


苦しい時もある。

幸せって感じるときよりもずっとずっと多く。


恋愛ってもっと、きらきらしたものだと思ってたのに。



4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:22:23.96 ID:7L728IKn0

********************

みんなとの他愛ない会話がいつまでも私の胸に引っ掛かってとれないでいた。

その不安を埋めるように傍らの白い肌に頬をくっつける。

温かい、人肌の温もりが伝わってきた。

「もう……甘えんぼね」

私よりずっとずっと余裕のある大人の声が返ってきて、少し安心する。

すごく心地いい。

お母さんに抱かれてる赤ちゃんってこんな感じなのかな。
私もそんなときがあったんだと思うけど、そんな昔のことは覚えているはずもなくて。

子ども扱いしないでほしい、なんて言ってた時期もあったけど、
やっぱり私はいつまでも誰かに甘えていたいみたいだ。

「ねえ、さわちゃん」

さわちゃんは休みの日とか、放課後とか、学校から離れると「先生」と呼ばれるのを嫌がる。
どうしてって聞くと、どうしてもと言われた。
よくわからないけど、私も「さわちゃん」って呼び方が好きだからそう呼ぶことにしている。

「なあに?」

「……先生と生徒って恋愛しちゃだめなの?」

顔を上げると、目が合った。
さわちゃんは少し驚いたような表情を浮かべていたけれど、すぐに目を細めて微笑んだ。
綺麗だなあ、なんて見惚れていると薄い唇が動く。



5 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:24:23.18 ID:7L728IKn0

「駄目よ」

「えっ……」

「だって……先生っていう職業は生徒を平等に見なきゃいけないのよ?」

少しの期待を込めて、いや、結構大きな期待を込めて頑張って聞いたのに。

さわちゃんの馬鹿。
じゃあどうして私と一緒にいるの。

返ってきた答えに泣きそうになっていると、ぎゅっと抱き締められた。

「だけど、好きになっちゃったものは仕方ないじゃない」

くすくすという笑い声が頭の上で聞こえる。
さわちゃんらしい、いかにもな返答に笑って小さく頷いて、そっと目を閉じた。
さっきまであったはずの不安は、そのたった一言でどこかに消えてしまった。

「どうせまたりっちゃん達とくだらない話してたんでしょー。それこそ、禁断の愛!みたいな」

すごい、お見通しだ。
こういうとき、やっぱり先生なんだなあって思う。
ちゃんと見てくれてるんだ、って。

「でも、私もそう思うときあるよ。こんなことしていいのかなあって」

「んー、まあ正論ね。正直、私もそう思うわ」

「じゃあ……どうして?」

「さあ……どうしてかしら?」

「ええー、ひどいよぉ」

「ふふふ、嘘よ」

好きだからに決まってるじゃない――真剣な声でそう囁かれ、私の唇に温もりが宿った。



6 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:27:37.84 ID:7L728IKn0

やっぱり幸せだ。

好きな人と一緒にいるのに、恋とか愛とか変に理解しようとしなくていいんだよね。

「さわちゃん……」

名前を呼ぶだけなのに、早くなる呼吸と鼓動。

名前なんていつも呼んでる。
学校でも、さわちゃん、さわちゃんって。
さわちゃんは止めなさいって言ってたけど、
私もりっちゃんもずっとそうやって呼んでるから気にしていない。

だけど、二人きりの時だとやけに感情が昂ぶってしまうのはどうしてなんだろう。
特に、こういうことをしている最中は。

「ねえさわちゃん……明日からお休みだからいいよね」

「……やっぱり若い子ってタフなのかしら」

「さわちゃんもまだ若いよ」

「まだ、って何よ。まだ、って」

二人してくすくすと笑いながらもう一度ぎゅっと抱き締め合った。
たぶん、こういうのを幸せっていうんだと思う。



7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:28:45.83 ID:7L728IKno


【7月20日】




8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:30:19.35 ID:7L728IKno

ぼうっとした頭で天井を見上げてから、ここが自分の部屋じゃないんだってことを実感する。
纏わりつくような暑さに眉を顰めながら、ああもう夏なんだっけとかどうでもいいようなことを考えた。
まあ、それは季節のせいだけじゃないんだけど。

「……ちょっとさわちゃん、暑いよぉ」

「いいじゃなーい。せっかくの休日なんだから。昨日はあんなに甘えてたくせにー」

「もう……さわちゃんの馬鹿」

眼鏡を外しているさわちゃんはいつもよりもずっとずっと大人っぽくて、とっても綺麗だ。
私はどちらかというと眼鏡がないほうが好きだな。

「コンタクトにしたら?」

「えー、どうして?」

この眼鏡結構気に入ってるんだけど、そう言いながらさわちゃんは枕元に手を伸ばす。

その時、真っ白い背中が目に入って、同時に自分の恰好を確認する。
何にも身に着けていないことにやっぱりびっくりするし、何しろ――昨夜のことを思い出してしまう。

いつまで経ってもこの感覚には慣れそうもない。
恥ずかしさと罪悪感が入り混じったような、よくわからない感覚。

――行為をしている最中は、そんなこと全く思わないんだけど。

それに昨日は自分でもよくわからないくらいに動揺して、不安に押し潰されそうだった。
その不安を埋めるために行為に及んだのかどうかはわからない。
不安を埋めるためだけにここに来たっていうのは、さわちゃんに対して失礼だ。

だけど、さわちゃんに会いたくなったのは本当。



9 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:31:40.26 ID:7L728IKno

「ねえさわちゃん、お腹空いた」

「まったくもう、仕方ないわね。でもその前にシャワー浴びてきなさい」

確かに私の身体は何だかべたついている。
それがどうしてなのかなんてわかっているけれど、
とりあえず暑かったからということにしておこう。

汗のせいで額にへばりついている前髪を掻き上げて、
散乱している服や下着を掻き集めて脱衣所に向かう。

「あーちょっと唯ちゃん」

「んー?」

「昨日……憂ちゃんには連絡した?」

さあっと血の気が引いていく。
慌てて携帯を確認すると、憂からの着信やメールがたくさん残っていて、
軽音部のみんなからも連絡があった。

昨日の私は、何にも見えていない。

「恋は盲目……だねえ」

「……そういうことなのかしら」

軽音部のみんな、それにいつも私を支えてくれている憂や和ちゃん。みんなのことは大好きだ。
大好きだけど、一つだけ隠していることがある。

さわちゃんと付き合っている――そのことだけはずっと言ってない。

『返事が遅くなってごめん。
 ちょっとギターの練習がしたくて、さわちゃんのところに泊ってたんだ』

本当と嘘。

その両方が混じった私のメール。
その文は間違いなく、私が打ったものだ。

部屋の片隅に立て掛けられたギターケースに視線を移す。
昨日の放課後からギー太には触っていない。
真っ黒なケースを身に纏ったギー太と今打っているメールの文面を見比べてから、送信ボタンを押した。

こうやって嘘が上手くなっていくのは、大人になっていく証なのかな。



10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:32:50.53 ID:7L728IKno

********************


つい最近買った化粧ポーチ。
チャックを開けると、中にはマスカラ、アイライナー、アイシャドー……
だけど、どれも封を切っていないものばかり。

お化粧なんて大人になってからするものだって思ってたけど、
さわちゃんと一緒にいるようになってもう一年。
一緒に歩いていても、生徒だって、子供だって思われるのは嫌だ。

ちょっとでもいいから、近づきたい。

「あら、おめかし?」

からかうような口調に顔を上げるとお風呂から上がったさわちゃんがにこにこと私を見下ろしていた。
水分を含んだ栗色の髪を後ろで一つに束ねていて、何だか新鮮。
でもそれより早く着替えてきて欲しい。どうしてバスタオル一枚で出てくるんだろう。

目のやり場に困って俯いたけれど、自分の頬が徐々に染まっていくのがわかった。

さわちゃんはそんな私に気付いているのかいないのか、隣に腰を下ろす。
ふわり、とシャンプーの香りが私の鼻をくすぐった。
いい匂いだな、なんて思ったけど、そういえばさっき自分が使ったシャンプーも同じものだ。

こういうところで、何だか嬉しくなる。



11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:34:05.83 ID:7L728IKno

改めてポーチの中身を漁っていると、小さな不安に襲われた。
何しろ私は今までお化粧なんてしたことがない。
平日は学校に行くからその必要もなくて、休日はごろごろしてて、
それに――お洒落した姿を見せたい相手が居なかったから。

初めて手に取る化粧品の数々に戸惑っていると、すっと伸びてくる手。

「やってあげるわ」

「え?」

「お化粧するの、初めてなんでしょ?」

さわちゃんは新品のアイシャドーを手に取った。

「……変なメイクしないでよ」

「大丈夫。とびきり可愛くしてあげるから」

「あ、ファンデーション買ってない」

「いらないわよ、肌綺麗だし。あーもう、羨ましいわね」

さわちゃんは私の頬を両手で挟んで笑った。
そして「目を閉じて」と言われて緊張しながら瞼を閉じる。

真っ暗な視界。
今、さわちゃんがどこにいるのか、何をしているのかわからない。

わかるのは、その気配だけだ。

さわちゃんの指が瞼に触れていく。
それからすぐに、顔の周りの温度が少し上がったような気がした。

多分、今、目を開ければ、すっごく近いところにさわちゃんの顔がある。

「……っ、」

さわちゃんの指の温度が伝わってくる。
集中しようと思ってぎゅっと目を瞑ってみたけれど、
一度考えてしまった他のことがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。



12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:35:35.43 ID:7L728IKno

「……唯ちゃん?」

「な、なに」

「すっごく顔赤いわよ。大丈夫?」

そんなこと……言われなくてもわかってるよ。

「……さわちゃんのせいだもん」

「え?私?」

「そう!……顔……近いから……」

ゆっくりと目を開けるときょとんとした表情のさわちゃんと目が合った。
するとさわちゃんは急にくすくすと笑い出す。

「何にもしないわよー」

「そ、そういうことじゃなくて!」

「はいはい、わかったから。はーい、目閉じて」

いかにも不服、という感じで頬を膨らませてもう一度目を閉じた。

それからしばらく、私の瞼には色んなものが重ねられていった。
そして睫毛を専用の機械――ビューラーだったっけ、
で持ち上げられたのがわかり、最後に何かのケースを閉じる音がした。

「こんな感じでどう?」

ゆっくりと目を開ける。
さわちゃんがいつも使っている化粧台まで歩いて、自分の顔を映す。



13 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:37:43.32 ID:7L728IKno


「おぉ……」

鏡に映る自分は、何だか自分じゃないような気がして瞬きを数回繰り返した。
鏡とにらめっこしていると、さわちゃんが隣でくすくすと笑っていた。

「……へ、変かなあ」

不安になって縋るように尋ねれば、さわちゃんは笑いながら首を横に振る。

「すっごく可愛いわよ」

「じゃ……、じゃあ何で笑ってるの」

「本当に初めてお化粧したんだなーって思って」

私も出掛ける準備してくるわね、
そう言って化粧台の前に座るさわちゃんの背中を見ながら、
自分の頬が熱くなっていることに気が付いた。

さわちゃんはやっぱり私よりずっと大人だ。
一つ一つの言葉にも、仕草にも、余裕があるってわかる。

「さわちゃん」

「なあに?」

「私、さわちゃんに釣り合うように頑張るから」

鏡越しに目が合った。
さわちゃんは私を見てにっこりと笑う。

「じゃあ私も唯ちゃんに釣り合うように頑張らないとね」

そう言って慣れた手つきでファンデーションを頬にのせるさわちゃんに後ろからぎゅっと抱き着いた。

「さわちゃんって優しいね」

「あら、今更?」

「ううん。ずっと思ってたけど……そういうところ大好きだよ」

「そう……」

ありがとう、さわちゃんはそう言って抱き着いている私の腕をそっと撫でてくれた。

もう一度、鏡を見る。
ちょっとだけ年の差が埋まったかな、なんて思えて満足だった。



14 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:40:12.03 ID:7L728IKno

********************


助手席の窓ごしに見慣れた街並みを眺めながら、
手持ち無沙汰な右手をそっと隣の手のひらに重ねてみる。

さわちゃんと休日に出掛けるのはこれが初めてなわけじゃない。
だけど、一応先生と生徒なわけだから
なるべく人目の多い場所に行くのは控えるようにしている。

あと、もしも他の人に見つかったときのことを考えて言い訳とかはそれなりに考えている。
まあ、さわちゃんは軽音部の顧問だから言い訳なんて作ろうと思えば
いくらでも簡単に作れてしまうんだけど。
問題なのは私の演技力だ。

「ちょっと、唯ちゃん?」

「だって、外では手繋げないもん」

さわちゃんの左手をぎゅっと握りしめる。
さわちゃんと手を繋げるのは、こうやって車が赤信号で止まっているときだけだ。

「腕組んじゃ駄目かな」

「同じくらい目立つんじゃない?」

「そっかぁ」

残念だけど、色んな弊害があることは承知の上で
さわちゃんと一緒にいることを選んだんだから我慢は必要だ。
ぷぅと頬を膨らませて俯いた私の指にさわちゃんの指がしっかりと絡まる。

驚いて隣を見た。



15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:42:47.12 ID:7L728IKno


「さわちゃん?」

「ごめんね……、普通のことできなくて」

さわちゃんの横顔は少し寂しそうだった。
私はさわちゃんの指をぎゅっと握り返した。

「一緒にいられるだけで充分だよ」

信号が青に変わる。
絡めていた指先をほどこうとすると、さわちゃんは小さく首を横に振った。

「次の信号までね」

ぎゅっと強く、離れないように握り締めてくれた指先。

「……うん!」

すごく短い距離だったけど、それでも何だか嬉しかった。


********************


ショッピングをしたり、街を歩いてみたりしているとすぐお昼になった。
「何が食べたい?」と聞かれて「アイス」と答えれば当然の如く却下されてしまったけれど。

色々と悩んだ結果、どこにでもあるような普通のファミレスに入った。
席に通されてメニューを見ていると、さわちゃんの視線を感じて顔を上げた。

「どうしたの?」

「いやー、こう見ると誰だかわからないわね」

「え、お化粧してるから?」

「そうそう。多分、誰に会っても気付かれないと思うわよ」



16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:45:10.08 ID:7L728IKno


その言葉で急に不安になって周りを見渡してみる。
ファミレスというだけあって、やっぱり家族連れが多い。
それに、夏休みだからか学生の姿もちらほら見受けられる。
いくら隣町だからって、ここに知り合いがいないという保証はない。

「だ、誰も居ないよね?」

「大丈夫よ。やましいことなんて何にもないじゃない」

さらりと言ってのけるさわちゃんに少し安心して、再びメニューに目を通した。

いつでも人目が気になる私とは対照的にさわちゃんはいつも堂々としている。
この違いはなんだろう。
もしかすると、私だけが『やましいことをしている』って思ってるのかもしれない。
堂々とできないのは後ろめたさがあるからだ。

ふと、隣の席を見る。
大人の男の人と女の人がにこにこと笑い合っている。
カップル、だと思う。

視線を元に戻す。
メニューに目を通しているさわちゃんを見ながら、
一体私たちは周囲の人の目にどんな風に映っているんだろうと思った。

人前でキスでもしない限り、私たちの関係に気付く人はいない。
私たちにとってそれは都合がいいことだ。


だけど、

――じゃあ私たちの関係って一体何?


せっかくの休日なのに、気分が晴れることはなかった。
一年前はこんなこと思わなかったのにな。

二人で昼食をとった後、車に戻った。
アイスを食べる気分にはとてもじゃないけどなれなかった。



17 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:47:25.44 ID:7L728IKno


********************


帰り道、さわちゃんは私を直接家まで送ると言ったけど私はマンションに戻りたいと言った。
服やらCDやら色んなものを買った私たちの両手は塞がっていて、部屋の鍵を空けるのも一苦労だった。

部屋に入り、荷物を下ろして自由になった両手を私は迷うことなくさわちゃんの背中に回した。

今日、街に出てから色んな人を見た。
私の目に映ったそのほとんどが“恋人”っていう人たちだ。

私だってさわちゃんと手を繋いだり、腕を組んだりして歩きたい。
仕方ないってわかってるけど、我慢するのって想像以上に大変なことで。

だから二人きりになった途端、理性の壁が崩れてしまう。

抱き合っているだけじゃ物足りず、背伸びして口付けた。
柔らかくて温かい感触にずっと浸っていたくて目を閉じる。
まだ靴も脱いでいないのに、玄関先で何をしてるんだろう。
これじゃ、昨日の二の舞だ。
だけど、私の理性は本能に勝てない。

「唯ちゃん……、帰らなくていいの……」

うっすらと頬を染めたさわちゃんは私の頬を撫でながら言った。

「暗くなる前にはちゃんと帰る……」



18 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:50:44.36 ID:7L728IKno


それから私は溜まっていたものをぶつけるようにしてさわちゃんを抱いた。
少し高く掠れたさわちゃんの声を聞きながら、自分の興奮も高まっていく。
深く深く唇を重ねて、一緒にいることを実感した。
恋人なんだってことをもっと感じたくて、さわちゃんをきつく抱き締める。

「さわちゃん……」

縋るように首元に顔を埋めたところで、甲高くインターホンが鳴った。
私はぱっと起き上がり、さわちゃんと視線を交わす。

聞き慣れた声がしたのだ。

『……ほら、いないだろ。やめとこうよ』

『えー、さっきの絶対唯とさわちゃんだと思ったんだけどな。
 ほら、ここの表札も「山中」だし』

間違いなくりっちゃんと澪ちゃんの声だった。
私はさわちゃんと息を潜めて二人の様子を窺った。

『でも唯がなんでさわ子先生のマンションに?今、夏休みだぞ』

『さあな、ギターの練習でもしてるんじゃないか?あ、電話してみればいいじゃんっ』



19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 01:53:53.11 ID:7L728IKno


心臓がばくばくと音を立てる。
どうしよう、どうしようとうろたえていると
さわちゃんは脱いでいた服をぱっとかぶって玄関に向かった。

「そのままそこにいて」

私は頷いて玄関へと歩くさわちゃんの後姿を眺めた。

私の携帯電話が鳴るのが先か、さわちゃんがドアを開けるのが先か。
もう運に任せようと思った。
電話が鳴れば、私の負けだ。

息を潜めてシーツにくるまっていると、玄関先から声が聞こえた。

『……うわっ、さわちゃん!なんだよその恰好』

『シャワー浴びようとしたらあんたたちがチャイム鳴らしたんでしょーが』

『それにしても髪の毛ぼっさぼさだな』

『昼寝してたのよー』

それからしばらくさわちゃんはりっちゃんと澪ちゃんと何やら話をしていたけど、
私の携帯電話が鳴ることはなかった。
ほっとして溜め息を吐くと、玄関先の声が消えた。
おそるおそるシーツから頭を出すとさわちゃんが戻ってきた。

「ふぅ……危なかったわね」

「何て言ったの?」

「昔の教え子が遊びに来てる、って。ちょっと無理があったかしら」

くすくすと笑うさわちゃんに、私は安堵の溜め息を漏らした。
身体の力が抜けていき、握り締めていたシーツから少しずつ指を離していく。



20 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:01:00.38 ID:7L728IKno


「ありがと、さわちゃん……」

「どういたしまして」

壁際に寄って隣にさわちゃんが来れるようにスペースを確保して、
私よりも少し大きい身体に腕を回した。
二人ともさっきまでの高まりは嘘のように薄れていて、
もう行為を再開しようという気分にはなれなかった。



それからしばらく他愛ない話をして、荷物をまとめてさわちゃんの車で自宅に戻った。
迎えてくれた憂がさわちゃんに丁寧にお礼を言っている間、
私はぼうっとした頭で二人のやりとりを眺めていた。

憂は何にも知らない。
私のことなら何でも知っているはずの憂でも、一つだけ知らないことがある。

「じゃあね、唯ちゃん。練習頑張るのよ」

手渡されたギターケース。
ギー太の存在なんて、今日一日すっかり忘れていたような気がする。

「またね、さわちゃん」

私は生徒の顔に戻り、さわちゃんは教師の顔に戻っていた。



21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:03:24.52 ID:7L728IKno


さわちゃんの車を見送ってから家に入ろうとした時、憂が呟いた。

「いつも思うけど良い先生だよね」

「さわちゃん?」

「うん。あんな先生に担任持ってもらいたいなぁ」

真っ直ぐな瞳で羨ましげに話す憂を見た途端に罪悪感が湧いてきた。

憂は何にも知らない。

私とさわちゃんが昨日、何をしていたのかも、

今日一日、二人で出掛けていたことも、全部。


――――私とさわちゃんしか知らない。


私たちがしていることは正しいことなのかな。
胸を張って言える関係なのかな。
答えなんて自分が一番よくわかっている。

わかっているけれど、止められないんだ。

「いい先生だよ、とっても」

憂より先にドアノブに手を掛け、震えている唇を見られないようにした。
そう、私にとっては本当にいい先生だ。

大丈夫、嘘は吐いていない。



22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:05:35.56 ID:7L728IKno


【7月28日】



23 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:09:02.98 ID:7L728IKno


夏休みも一週間が過ぎた頃、りっちゃんから連絡を受けた私は
待ち合わせ場所のバーガーショップに向かった。
到着すると既に席に座っていたりっちゃんと澪ちゃんが私に向かって手を振っていた。
だけどそこにムギちゃんとあずにゃんの姿はなかった。

「唯ー、久し振りー!」

「久し振り、元気だった?」

りっちゃんと澪ちゃんを交互に見て、ふと一週間前の出来事が頭を過ぎった。
だけど、あれから特に何の連絡もなかったから大丈夫だと踏んだ。
さわちゃんが上手くまいてくれたし、それに二人は私がいることに気付いていないはずだ。

「ところで、今日はどういったご用件で?」

「あー、ちょっと唯に聞きたいことがあってさ」

言いにくそうに眉を顰めたりっちゃんが澪ちゃんに目配せする。
澪ちゃんは私に振るのかといった表情で少し沈黙した後、私に向き直って言った。

「最近、唯の様子が変だなって話してたんだ」

直接的ではなかったものの、嫌な予感は見事に的中した。

「前は連絡つかないことなんてなかったのに、結構な頻度でメールも電話も返ってこないし……」

「そうそう、この間も憂ちゃんから『お姉ちゃんが家に帰ってこない』
 って私たちに連絡あったんだぞ。大丈夫なのか?」

ここで黙ってしまえば墓穴を掘っているようなものだ。
真剣な眼差しの二人を交互に見つめて、私はいつもの笑顔を作る。



24 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:16:22.78 ID:7L728IKno


「何にもないよ。何かあったらみんなに相談してるよ?」

私は今までみんなの前で嘘なんて一度も吐いたことがない。
嘘なんて吐いたところで見破られていた。

だけど、二人は顔を見合わせて「唯がそういうなら仕方ないな」と言った。

「まあ唯のことだし、嘘ついてたら一発でわかるよ」

りっちゃんはそう言ってストローに口をつけて笑った。
私も一緒に笑おうとしたけれど、たぶん口元は引き攣っていただろう。
だけど、二人はそれにさえ気付かなかった。

違和感を覚えているのは私だけだった。


********************


二人と別れたあと、私は家路を急いだ。
家に着くなり洗面所に掛け込んで、鏡の前で自分の顔を確認した。

私の顔は一年前と何にも変わっていない。
変わっていない。
変わっていないはずだ。

ゆっくりと口角を上げてみる。
その笑顔も私が今まで見てきたものだ。


ただ、瞳だけは笑っていなかった。


この瞳には今まで色んなものを映してきた。
たぶん、それは楽しいことや嬉しいことばかりだったんだ。

この一年間、私はこの瞳にさわちゃんばかりを映してきた。
そして、一緒に居たいがために二人でたくさんの嘘を吐いて、時には瞳の色を変えてきた。

私が吐いた嘘、
さわちゃんが吐いた嘘、
全部、この瞳は知ってる。

「……っ、……うぅ……」

怖くなった。
この一年ですっかり嘘が上手くなった自分は、同時に色んなものを失っていた。
子供という枠組みから外れて、大人という場所に手を伸ばした私は
もう完璧な子どもには戻れなくなっていた。

大人になりたいのに、なりたくないという矛盾。
嘘が上手くなりたいのに、いざ嘘が吐けるようになると途端に感じる恐怖。



29 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:26:33.75 ID:7L728IKno


ポケットに手を突っ込んで、震える指で携帯電話のボタンを押す。
今の私がきっと今一番会ってはいけない相手。

だけど、会いたい。
会いたくて仕方がない。
助けてほしい。

『唯ちゃん?』

一番好きな声が聞けたことに私は少し安心した。
電話口から私の嗚咽が届いたのか、さわちゃんは『何かあったの?』と慌てたように言った。

「さわちゃん……っ、私……どうすればいいのかわかんないよぉ……」

りっちゃんと澪ちゃんに嘘を吐いてしまったこと。
憂に嘘を吐き続けていること。
何より、嘘が上手くなっていく自分自身が一番怖かった。

このままじゃ、何もかも失ってしまうような気がした。
大切な家族も、大切な友達も。

何より、自分自身も。


********************


結局こうなってしまう。
ベッドの上で横たわる自分とさわちゃん。
もちろんお互い服なんて着ていない。

話をするだけなら前みたいにどこかのファミレスででも待ち合わせたらよかったのかもしれない。
だけど、この部屋に来てしまった。
そこに理由なんてない。

それにまた、憂に嘘を吐いて家を飛び出してきた。

嫌悪感に襲われて、ぼんやりとする頭を抱えるように前髪を掻き上げる。
ふうっと大きく溜め息を吐くとさわちゃんが寝返りを打って私を見た。

「唯ちゃんはどうしたいの……?」



30 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:30:51.94 ID:7L728IKno


元々、自分の中に不安はあった。
いつか誰かにばれてしまうんじゃないかって。
だけどなるべく気にしないようにして過ごした。
学校でも、外でも、家でもずっと。
それに、さわちゃんがいつも『大丈夫』って言ってくれてたから気にする必要なんてなかった。

まるで心の中を見透かされているような質問に思わず眉を顰めてしまう。

「一緒にいたいに決まってるよ……」

そう言って縋りつくようにさわちゃんに抱き着くと、優しく髪を撫でられた。
だけどしばらくして髪を撫でる手が止まった。

「前と比べるとね、唯ちゃん変わった。大人っぽくなったし、それに……」

私の目を見ながらさわちゃんは言う。

「嘘吐くの上手になった」

どくんどくんと心臓が鳴る。
ぎゅっと目を瞑って違う違うと何度も自分に言い聞かせる。

初めはそれでよかった。
嘘が上手くならないとさわちゃんと一緒にいられない。
だから、いつの間にかそのことばかりに気を取られていたんだと思う。
私は不器用だし、何より二つのことを上手くできないから。

だけど、嘘が上手くなっていく自分が怖かった。
そしてもしこれまで積み重ねてきた嘘がばれたとき、
私とさわちゃんは一体どうなるんだろうという不安。

全部、私の我儘だ。
わかっているのに、我慢できそうにない。

自然と涙が溢れてくるのがわかった。



31 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:35:53.50 ID:7L728IKno


「私もね、初めはそれでいいって思ってた。
 だけど、今の唯ちゃん見てると……駄目ね。何だか無理してる気がする」

さわちゃんは私の涙を拭う。
強く抱き締められて、私の嗚咽がくぐもった。

「たくさん嘘吐かせちゃってごめんね……、辛かったでしょ」

私がどうしたいかなんて、さわちゃんにはお見通しなんだ。
さわちゃんだって、私にどうしてほしいかなんてわかってる。

「……しばらく会わないほうがいいと思うの」

近いところで聞こえるさわちゃんの声は少し震えていた。

ああ、そっか。

さわちゃんも辛いんだ。

「さわちゃん……、ごめんね……」

私たちはもう次に会う約束をしなかった。
学校の外で次に会えるのは一体いつになるんだろう。

まだまだ長い休みが続くというのに、私の心は憂鬱だった。
憂鬱だったけど、失ったものを取り戻さないといけないという気持ちもあった。
それに、さわちゃんと天秤にかけられない大切なものがたくさんあるということも知った。

「私と居ることに使った時間……、これからはみんなに使いなさい」

多分、相手がさわちゃんだったから気付けたんだと思う。



32 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:38:36.84 ID:7L728IKno


【9月1日】



33 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:42:25.10 ID:7L728IKno


始業式のために講堂に向かう。
ぐるりと周りを見渡して、先生たちの列を目で追っていく。

夏休みが明けてもさわちゃんは何一つ変わっていなかった。

式の間は校長先生の長い話をぼうっとしながら聞き、たまにちらりとさわちゃんを見ていた。
さわちゃんはじっとその長い話を聞いていた。
時折、長い髪を耳にかける仕草がたまらなく綺麗だった。

********************

「あー、長えよ。そもそも校長の話なんていらないよな。
 もうちょっと短くまとめられないのか?」

「まあまあまあまあ」

「……4回」

教室に戻る途中でりっちゃんが始業式の愚痴を漏らしていた。
ムギちゃんはにこにこしながらそんなりっちゃんを宥めている。

「あ、さわちゃんじゃん」

心臓がどくんと跳ねる。
りっちゃんが指差した先からさわちゃんが名簿を持って歩いてきた。

「さわちゃん、久し振りー」

「久し振りね。みんな元気だった?」

さわちゃんに会うのは一ヶ月……いや、それ以上ぶりだ。
かける言葉が何にも見つからない。



34 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:47:25.50 ID:7L728IKno


「今日は部活にくるの?」

「もっちろんよ。ムギちゃんのお菓子が久し振りに食べたいわ」

「うふふ。ちゃんと用意してまーす」

私はさわちゃんと目を合わせることができなかった。
りっちゃんとムギちゃんが話をしているのをただじっと聞いていた。
なんでだろう。前はこんな感じじゃなかったのに。

「唯ちゃん?」

「は、はっ、はい!?」

急に名前を呼ばれたものだから驚いて声が裏返る。

「おーい、どうしたんだ唯、慌てちゃって」

「な、なんでもないよぉ……」

「久し振りに私と会えたから嬉しいのよね~」

「ちっ、違います!」

「あらあらまあまあ」

本当はとっても嬉しかった。
何より、さわちゃんから声を掛けてくれたことが。

だけど、やっぱり一ヶ月以上会ってなかったから。
嬉しいよりも恥ずかしいっていう気持ちの方が大きくて。

「唯、顔真っ赤だぞ」

「え、う、嘘?あ、暑くない?ここ」

「そうか?」

それに、以前の私に戻れたような気がした。
そう思ってちらりとさわちゃんを見ると、さわちゃんも笑っていた。

これでよかったんだ。
私はそう自分に言い聞かせてみんなと笑うさわちゃんを見ていた。



35 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:49:59.26 ID:7L728IKno


【9月13日】



36 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:55:32.00 ID:7L728IKno


ギー太を背負って家を出る。
今日から学祭の練習だ。

さわちゃんとは連絡の取らない日が続いていた。
元々、さわちゃんはあんまり連絡をしてこない人だったから特別寂しいとは思わなかった。
それに連絡してしまえば、甘えてしまうことを自覚していたから。

だけど、これが日常になりつつあるのが怖い。

どこかで期待している自分がいる。
距離を置いているだけ、って。
さわちゃんなら大丈夫だ、って。
ずっと待っていてくれる、って。
私の勝手なこの期待は一体いつまで持つんだろう。
それにさわちゃんは私のこと、今はどう思っているんだろう。

せっかく元の私に戻れた気がするのに、何だか変だ。
さわちゃんとの距離が徐々に開き始めているような気がする。



部室に着いて皆といても不安は拭えなかった。
あんなに楽しいはずのお喋りも上の空だ。

「あー、ちょっとすごい話があるんだよ」

りっちゃんが何やら新しいネタを提供してくれるらしい。
私は気を紛らわそうと「なになに?」といかにも興味深く尋ねてみる。

「この間、学校の帰りにさわちゃん見たんだ」

嫌な予感がした。
カップを持つ手が震える。



37 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 02:59:50.31 ID:7L728IKno


「何か知らない男の人と楽しそうに喋っててさ、とてもじゃないけど声掛けられなかったよ」

私は口をつけていたティーカップから唇を離し、「嘘」と呟いた。
その声は誰にも聞こえていなかったみたいで、私は震える指先を隠すように両膝の上に置いた。

「それ本当なんですか?」

「もっちろん。この目で見たからな」

嫌だよ。

「彼氏かな?」

やめて。

「多分そうじゃないか?あの年じゃ彼氏いないほうがおかしいくらいだよ」

聞きたくない。

「まあ、さわ子先生美人だしな」

どうして。

ねえ、さわちゃん。

「ちょっ……、唯?!」

きつく握り締めた両手が両膝の上で震えていた。
涙が零れないように唇を噛み締めていたはずなのに、それでも次から次へと涙が溢れてくる。

「唯先輩、どうしたんですか?!」

駄目だ。
ずっと隠してきたんだ。
この二年間、ずっと。

「ご……ごめんね、お腹痛くなっちゃって……」

「おい、大丈夫なのか?」

「保健室行く?」

「ううん……、大丈夫……ありがとう」

また一つ、嘘を吐いた。
本当に痛むのははお腹じゃなくて胸だ。
胸のずっと奥深くにある温かい場所に一気に冷水を流し込まれたような感覚だった。


結局その日の部活はお開きになってしまった。
みんなは最後まで私を心配してくれていたけど、私はずっと上の空だった。

帰り際、りっちゃんに明日の予定を聞かれた。
何もないと答えると「少し話がしたい」と言われた。



38 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 03:02:41.85 ID:7L728IKno


【9月14日】



39 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 03:06:06.10 ID:7L728IKno


指定されたファミレスに向かうと、りっちゃんは予定よりも早く席に着いていた。

「ごめんな、急に呼びだして」

「ううん、私のほうこそ昨日はごめんね。みんなに迷惑かけちゃった」

「とりあえず何か頼めよ」と言われたので、ドリンクバーを注文した。
いつもより少し多く氷を入れてしまったアイスティーを持って席に戻った。

「あのな、ずっと聞きたかったことがあるんだ」

「何?」

「さわちゃんと何かあったのか?」

一瞬で口の中が渇いた気がした。
喉を潤そうとコップに手を掛けたけれど、結露で指が滑る。

りっちゃんと話をするのは二回目だ。
夏休みのあの日以来。
あのときは私の嘘が通じた。

だけど、今は。

「……やっぱり。黙ってるってことはそうなんだな。昨日も変だと思ったよ」

もう嘘の上手な私には戻れなかった。


せっかく今まで隠してきたのに。
私の頭の中にさわちゃんとの思い出が浮かんでいく。
だけど、終わらせたくないという思いの反面、終わらせるきっかけになるかもしれないとも思った。

――――さわちゃんに彼氏がいるかもしれない

私だけだったのかな。
私たちの関係がまだ「続いてる」って思ってたのは。

何だか悔しくて、窓の外を見ながら喉の奥から込み上げてくる震えをぐっと堪えた。



40 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 03:10:05.87 ID:7L728IKno


「実はさ、唯とさわちゃんが二人でいるとこ、今までにも何回か見てたんだ」

りっちゃんが私とさわちゃんを見たのはあの日だけではなかったらしい。
あの日はたまたま澪ちゃんと一緒にいたから直接確かめてみようということになったらしく、
それ以外の日にも目撃はされていたようだった。

きっと、りっちゃんの目には楽しげに笑う私の姿が映っていただろう。
私はさわちゃんと一緒にいる時が何よりも幸せだったから。

「ねえ、りっちゃん……」

「大丈夫。誰にも言ってないよ。もちろん、澪にも」

「そっか……」

気休めにアイスティーを飲む。
氷を入れ過ぎていたせいか、その味は少し薄く感じた。

「なあ……すごく言いづらいんだけど、
 先生と休日まで関わるってあんまり良いことじゃないと思うぞ。さわちゃんは先生だし……」

「うん……」

「ギターの練習だけなら、学校でもできるだろ?それじゃダメなのか?」

「…………」

「あと……、まさかとは思うけどさ……そういう関係、ってわけじゃないよな」

そういう関係、という言葉に思わず眉を顰めてしまう。
りっちゃんの表現からしてあまり快く思っていないことがわかった。

「……どうして?」

「昨日、さわちゃんの話出したときの取り乱しっぷり、
 普通じゃなかったから。それで……もしかしたら、って」

「じゃあ、もし……もし、そういう関係だって言ったら……りっちゃんはどうするの?」

「どうする、って?」

「……『別れろ』って言うの?」



41 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank):2011/08/28(日) 03:16:39.62 ID:7L728IKno

愚問だ。
りっちゃんは何にも関係ないのに。

りっちゃんは少し間を空けた後、静かに言った。

「言わないけど、そう思うかな」

りっちゃんは私とさわちゃんを擁護するような綺麗事を言わなかった。

私自身が何を求めていたのかは知らない。
だけど、何だか嬉しくて、悲しかった。
自分でもよくわからない。

「さわちゃんのためにも、唯のためにもそうしたほうがいいって思う。
 最低でも唯が学校を卒業するまでは」

りっちゃんはまっすぐに私の目を見て言った。

「私だって二人のことは大好きだし、できることなら力になりたいよ。
 だけど……他は、そう思わない人の方が多いんじゃないか?」

「うん……そうだよね」

「だけどまあ……これは二人の問題だから、二人で一回話合ったほうがいいと思う」



私はりっちゃんと別れてから、すぐにさわちゃんに電話した。

「さわちゃん、ちょっと話がしたいんだ」

『わかったわ。あ……でも今日は少し忙しいから、明日でもいい?』

「……うん、わかった」

ねえ、忙しいって何?
前はどんなに用事があっても、時間を空けてくれてたじゃん。

りっちゃんから聞いた話が頭を過ぎり、悔しさと悲しみが入り混じった感情が込み上げてきた。
あんなに大好きだった人の声なのに、前みたいにどきどきすることもなかった。




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唯「さわちゃんと過ごした日々」#前編
[ 2011/09/03 23:41 ] 非日常系 | 唯さわ子 | CM(0)

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