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紬「はみんぐばーど」#前編 【非日常系】


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紬「はみんぐばーど」#前編
紬「はみんぐばーど」#中編
紬「はみんぐばーど」#後編




2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:35:44.75 ID:PNdIIEYCo

籠の中、そこに小さな雛鳥がいました。
 その雛鳥は、生まれた時からずっと、籠の外の世界に憧れていました。

 小さな籠の中で…雛鳥は、外の世界を夢見て、やがて大きくなって行きました。


 それからしばらく、身体も羽も大きくなった小鳥は、やっと籠の外へ出ることが出来ました。

 籠の外は窮屈な籠の中とは違い、とても広々としていました。
 小鳥も、念願だった外の世界へ…その羽を広げ、優雅に空を飛びまわっていました。


 でも、小鳥は知ってしまいました、その籠の外の世界に…窓がある事を。

 そう、そこは籠の外の世界の、小さな部屋なのでした…。

 窓に映る大きな青空と、その空を仲間と共に歌い、飛んで行く別の鳥を見て、小鳥は思いました。

 この窓の外へ出てみたい…ここよりももっと大きな空を、大切な仲間と共に、自由に羽ばたきたい…と。





3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:36:28.19 ID:PNdIIEYCo

某月某日、琴吹邸 大広間


紬父「えー、本日はみなさんお集まり頂き誠にありがとうございます」

 父の挨拶でその日のパーティーは幕を開ける。

 大勢の来賓が父の姿に注目し、私も凛々しく壇上に上がるその父の姿を、広間の端から見つめていた。


紬父「皆様のおかげで我が琴吹グループも今年で創立70周年を迎え、私も社長の座に就き、かれこれ10年…」

紬父「父より受け継いだ会社の為、私も未熟ながらに尽くして来た身ではありますが、
   その努力の甲斐もあり、何とか会社をここまで拡大させる事が出来ました」

紬父「今私がここにいられるのも、
   全てはこの場にお集まり頂いた大勢の方々のお力添えの賜物だと思っております」

 重く、よく通った父の声が広間にこだまする。

 そこにいるのはいつもの父ではなく、琴吹グループの代表としての父だった…。


紬父「そこでささやかではありますが、関係者の皆様への日頃の感謝の気持ちと、
   我が社のより一層の発展を願う意味合いで、本日はこのような催し物を開かせて頂きました…」

紬父「皆様、本日は大いに楽しんで行って下さい!」



4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:37:04.02 ID:PNdIIEYCo

―――パチパチパチパチ…!!


 父の挨拶は大勢の拍手と共に終わりを迎えた。
 
 そして、広間に集まっていた来賓が各々散開を始める。

 奥に並べられた豪華な食事を取りに行く人、挨拶回りに向かう人、
 
 ゲストで来た大物アーティストに声をかけに行く人…その姿は様々だ。

 私は壇上から降りた父に向かい、声をかける。

紬「お父様」

紬父「おお紬、待たせたな」

紬「いいえ、いつも以上に素晴らしい挨拶でしたわ」

紬父「フム…我ながら少し長引かせてしまったか…。
   いや、歳を取るとどうしても話が長くなっていかんな、
   せっかく集まって頂いた来賓の方々を、退屈などさせていないと良いのだが…」

 自慢の口髭をいじりながら父がぼやく。

紬「それは、大丈夫だと思いますわ」

紬父「だと…いいがな」

紬「ええ」

紬父「では、行こうか」

紬「…はい」



5 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:37:56.93 ID:PNdIIEYCo

 そして私は父に付き添い、来賓への挨拶回りに向かう。


 ―――戦前より音楽界と経済界にその名を広め、
 
 今日まで多くの音楽業界の発展に尽力して来た由緒ある家系『琴吹家』。

 その琴吹家の長女であり社長の娘、それが私、琴吹紬。

 学校では同級生に交じって勉学に、そして部活に励む一生徒に過ぎない私も、
 
 ここでは『社長令嬢』として、どうしても特別視される。

 そんな立場の私だから、こういった催し物で、
 
 娘として父の顔を立てる為に挨拶回りをするのは、いつもの事だった。


声「社長…」

 綺麗なドレスに身を包んだ貴婦人が父に声をかける。

 その容姿からは長く財界に携わり、私の何倍も場馴れした雰囲気が良く伝わって来る。

 凛々しくも気品ある顔立ちからもにじみ出るその貫録…私も同じ女性として憧れを抱く程だった。



6 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:39:06.11 ID:PNdIIEYCo

女性「社長、本日はこのような素敵な会に招待して頂き…真にありがとうございます」

紬父「おお、これはこれは…わざわざ遠くからありがとうございます…」

女性「主人も社長からたくさんのお力添えをして頂きまして…わたくしの方からも、お礼申し上げます」

紬父「いえいえ、私も社長就任以来、あちらの社長には多くの面倒を見ていただきました。
   社長の為でしたら…多少の尽力は惜しみませんよ」

女性「紬お嬢様も、以前お会いになった時よりも綺麗になられて…そのドレス、素敵ですわ」

紬「うふふ…ありがとうございます」

 ドレスを翻し、私は女性にお辞儀をする。


紬「いつも父がお世話になってます」

女性「社長が羨ましいですわ…紬お嬢様のような素敵な娘さんを持って、お幸せで…」

紬「そんな、私なんてまだまだ未熟で…」

紬父「いやいや、親馬鹿ながら…良い娘を持ったと思いますよ」

女性「うふふっ…ええ、本当にお幸せそうで…それでは今後とも主人のこと、よろしくお願いします…」

紬父「ええこちらこそ、今日は、是非楽しんで行って下さい」

紬「本日は、父の為に遠くより足を運んで頂き、ありがとうございました」



7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:39:46.98 ID:PNdIIEYCo

女性「ええ、それではまた…」

 そして最敬礼で女性を見送り、私と父は次の挨拶へ向かう。


男性「社長~! 今日はお招き頂きありがとうございます!」

女性「紬お嬢様も、ごきげんうるわしゅう…」

紬「こちらこそ、いつも父がお世話になってます」

紬父「みなさんお久しぶりです、本日は日頃の疲れを忘れ、大いに楽しんで行ってください!」


 ―――繰り返される挨拶と、毎度恒例の返事。

 今に始まった事じゃないから…それももう、今はだいぶ慣れてきた…でも………

 ………高校に入って…“みんな”と過ごすようになって、その考えは、徐々に変わってきた。



8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:40:29.26 ID:PNdIIEYCo

紬「はぁ……」

 父と少し離れた私は持っていた携帯を開き、先程唯ちゃんから送られたメールを見る。



件名:唯ちゃん

本文

見てみて~♪
澪ちゃんとあずにゃんのお風呂上りのツーショットだよ~☆

[画像]



 唯ちゃんらしい、キラキラとした絵文字が可愛らしいメールに添付されていたのは、
 
 澪ちゃんと梓ちゃんの湯上りの可愛らしいパジャマ姿だった。

 みんなの楽しそうな雰囲気が、写真越しに十二分に伝わって来る。


紬「あははっ、澪ちゃんも梓ちゃんも、可愛い~」

紬「………………」

紬「…私も…行きたかったな……」

 今日は唯ちゃんの家で、部活のみんなと和ちゃん、
 
 それに憂ちゃんや純ちゃんを集めたお泊り会が開かれていた。



9 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:41:32.24 ID:PNdIIEYCo

 憂ちゃんと和ちゃんの手料理をみんなで食べて、
 
 りっちゃんと純ちゃんが持って来たゲームをやって、
 
 みんなで夜中まで楽しくお喋りをして…

 ………。

 …考えただけで、みんなの楽しい姿が目に浮かんだ。


 私も本当は行きたかった…でも、前々から今日のこのパーティーへの出席は決まっていたから……。

 それに今日のパーティーは、日頃から父のお世話になってる方も多数見えられると言う事だけでなく。
 
 父や母、また執事やメイドも含めた『琴吹家』の一員が一堂に介することが大きな意味を持つ。

 そんな理由もあり、結局私は欠席も出来ず、今に至るのだった…。



10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:41:59.65 ID:PNdIIEYCo

 …確かに、ふけちゃえれば、それは簡単だった。
 でも、それは父の顔に泥を塗る事になる…

 父と母には、今まで多くの我が儘を聞いてもらった。

 念願だった桜高への入学を認めてくれた事もそうだし…
 合宿場として別荘や楽器を手配してくれた事…。
 放課後のお茶会で使うティーカップやティーポット…
 他にも多くの道具を用意してくれた事…

 そんな、私の多くの望みを聞いてくれた父や母の気持ちを…
 一時の誘惑で裏切る事なんて、私には出来なかった…

 …だから、これは仕方のない事…
 今の私には、こうした事でしか両親の恩に報いる事が出来ない…

 それが少し悔しく、また、寂しくもあった……。

紬「……………」

 …ぼんやりとそんな事を考えていた時、会場に来てた同年代の女の子たちと目が合った。

 どの子も私と変わらない歳で、3人で集まり、すごく楽しそうにお喋りをしている。



11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:42:37.28 ID:PNdIIEYCo

 …この子達なら、どうだろう。 歳の離れた大人じゃない…同い年のこの子達なら…
 学校のみんなと同じように…楽しい話に、私も混ぜてくれるだろうか?

 そんな淡い期待を込めて、私は彼女達に声をかけてみた。


女の子A「あ、ねえねえ見てみて、ほらあそこ…」

女の子B「琴吹家の紬さん…綺麗よねぇ…」

女の子C「ええ…さすがよね、あの優雅な雰囲気…私も見習わなくちゃ…!」

紬「あの…」

女の子A「は…はい!」(つ…紬さんに声掛けて貰えちゃった…!)

女の子B「紬さん…綺麗なドレス、お似合いですわぁ……あ、そのジュエルも素敵……」

女の子C「紬お嬢様、本日はわたくし達もお招き頂き、光栄です」


 彼女達はとても丁寧で…そして…

 すごく…余所余所しい口調で、私に言葉を返してくれた――――。



12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:43:18.01 ID:PNdIIEYCo

紬「……………え…ええ…」

女の子C「あの、どうかなさいました…か?」

紬「…いえ……」


 ……違う…こんなの…違う…………っ

 こんなお喋り…私は……望んでなんか…。


紬「…本日はお集まり頂きありがとうございます、今日のパーティー、どうぞお楽しみください」

女の子A「は…はい! わざわざお声掛け頂き、ありがとうございます!」

女の子C「あ、そろそろダンスの時間ですわ…それでは、わたくしたちもこれで…」

女の子B「紬さん、それではまた後ほど…では」

 社交的な会話を終え、いそいそと会場の雑踏に消える彼女達を、私は精一杯の作り笑顔で見送った。

紬「やっぱり…そうよね…」

 …同年代の女の子も、変わらなかった。

 考えてみれば当たり前の事なんだ…
 
 ここでは私は“琴吹財閥の令嬢”琴吹紬であり、高校生としての琴吹紬じゃないのだから…



13 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:43:57.82 ID:PNdIIEYCo

 ―――やっぱり…ここには、誰もいない……。

 私が心の底から安心して、肩書や家柄なんか気にせずに接してくれる人が…誰もいない…。

 ここでの現実を改めて直視し、肩が重くなる……。


紬「……割り切らなきゃ…ここでは、私は…ただの高校生じゃないのだから…」

紬「私は紬…琴吹紬。 由緒ある家系、琴吹財閥の一人娘…」

 自分に暗示をかけるように、私はその言葉を口にする…。

 それが、今の私に出来る精いっぱいの強がりだった…。



14 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:44:37.57 ID:PNdIIEYCo

―――
――


 父と私の挨拶回りは続き、パーティーもまた続く。

 いつしか会場にはワルツが流れるようになり、
 
 見慣れた広間は、立派な社交ダンスの会場と化していた。


 広間の中心で母が父と優雅なダンスを踊り、
 
 それを囲むように、多くの男女がそれぞれ上手な踊りを披露していて…

紬(お父様もお母様も…綺麗…)

男A「あの、紬お嬢様…よろしければダンスのお相手をよろしいですか?」

 ふと、白いスーツ姿の男性が私にダンスを申し込む。

紬「…ええ、私で良ければ、よろしくお願いします」

 断るのもはばかられたので、私はダンスの誘いを受け入れた。

 そして私は男性の手を取り、ダンスを踊る。


 ~♪ ―――♪…♪


 優雅なメロディにステップを踏み、男性の手を取り、私は踊り続ける。

 次第に、私と男性の踊りは、多くの眼差しを浴び始めて行き… 



15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:45:27.22 ID:PNdIIEYCo

「さすが…他の子とは全然違うなぁ…いやはや、踊ってる男が羨ましい」

「素敵…」

「へへへ…次、ボクも踊ってもらおっと」


 その視線を、声を意識しない様に、私はダンスに集中する…。

男A(美しい…)

紬「…? どうかしましたか?」

男A「いえ…すみません、お嬢様の美しさに、不覚にも見惚れてしまったようで…」

紬「うふふ、ありがとうございます」

男A「あの…もしよろしければ、この後もいかがでしょう?」

紬「申し訳ありません…まだ、来賓の方々への挨拶回りがありまして…」

男A「そうですか…いえ、こちらこそ失礼しました」

紬「踊りに誘って頂きありがとうございました…では…」

男A「ええ、それではまた後ほど…」

 社交辞令を交わしてその場を後にする。
 
 残念そうに項垂れた様子の男性が目に止まるけど、なるべく気にしないようにする。



16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:46:11.90 ID:PNdIIEYCo

   …こう言った大きな場で、男性に声をかけられるのも今では珍しい事ではなかった。

 でも、ここに集まる男性はそのほとんどは…私の事なんか見ていない…。

 彼等が見ているのは…私の後ろにいる父や会社、
 
 そして私と共にいる事の優越感……そんな、下らない事だけだ。

 そんな男性とのアフターな時間なんて…気乗りする筈がなかった…


 …でも、今日はいつも以上に視線を多く集めてしまったようだった。
 
男B「紬さん、僕とご一緒に…いかがでしょう?」

男C「紬様、次は私といかがですか?」

男D「いやいや、ここは是非このボクと!」

紬「…すみません、先約がありまして…」

男D「そんなぁー」


 …困ったな……。

 断っても断っても、今日は多くの男の人に声をかけられる…。

 こういう時はいつも、執事の斎藤が助けに来てくれるのだけど…

 生憎と、今日はパーティー会場の設営や雑務に追われ、
 
 私の傍にいてくれる時間は非常に限られているらしい。



17 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:46:59.70 ID:PNdIIEYCo

男C「少しだけでいいから、踊りましょうよっ」

紬「きゃっ…あ…あの……」


 強引に手を引かれ、私は男性の前に立たされる。

 …顔が近い…それになんだかお酒の匂いもするし……ど…どうしよう…。

 強引に迫って来る男の顔を直視しない様にし、私は辺りを見回す…

 すると、私の様子を見に来たのであろう、斎藤がこちらに向かって来てくれた。


斎藤「申し訳ありませんお坊ちゃま。 紬お嬢様もご多忙の身、
   それに今はどうもご気分が優れないようですので…これ以上は…」

男C「…む、お前、ボクに逆らうって言うのかよ?」

斎藤「いえ…決してそのような事は…」

男C「紬さんがボクと踊りたいって言ったんだよ! ただの執事が邪魔すんな!」


 男が声を荒げて斎藤を威嚇する。

 斎藤自身は慣れているのか、笑顔を崩さずにそれを受け流していた。



18 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:47:46.17 ID:PNdIIEYCo

斎藤「ふむ、それは困りましたな…」

紬「斎藤…」

男C「そうだろ、だったら早く…」

斎藤「いえ、困ったのは、私ではなく、お坊ちゃまご自身の事でありまして…」

男C「…はぁ?」

斎藤「いえ、お坊ちゃまの家系は琴吹家に次いで由緒正しき家系…。
   その跡取りであり、最も紬お嬢様に近しいとも言えるお坊ちゃまに、
   このような一面があるとは…旦那様の耳に入ればどうなる事か…」

男C「…何が言いたいんだよ、お前」
斎藤「実はですな…」

 斎藤が男に耳打ちをする、声が小さくて聞き取れなかったけど、
 斎藤の言葉に、男が変に上機嫌になって行くのはよく分かった。


斎藤「…という事です、如何でしょう、ここは…後の事を考えてみては…?」

男C「そ…そっか……ボクの知らない所で、そんな話が…♪」

男C「紬さん、無理に誘ってごめんねぇ、またの機会を楽しみにしてるよ!」

男C「じゃあねぇ~♪ くひひっ…そんな…紬さんとお父様がそこまで考えてくれてるだなんて…♪」

 そして、一方的に話を切り上げ、るんるんとした足取りで男は立ち去って行く。



19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:49:27.88 ID:PNdIIEYCo

紬「斎藤…一体何を話したの?」

斎藤「いえいえ…紬お嬢様のご心配成されるような事ではございませんよ…」

紬「でもあの人…すっごく勘違いしてたみたいだけど…?」

斎藤「まぁ、彼は弱い癖に酒好きですからな、あの調子なら潰れるまで飲み明かすでしょう」

斎藤「明日の朝には忘れてます、ですからご安心下さい」

紬「斎藤がそこまでいうのなら良いけど…」


 いまいち納得はできない、けど、何とか解決はできたんだと、そういう事にしておこう…


斎藤「少し、外の空気を吸ってきてはいかがでしょう?」

紬「そうね…ええ、少し、外に出るわ」

斎藤「後ほどピアノの演奏があります、それまでにはお戻り下さい」

紬「ありがとう…それでは、またね」

 私はそう斎藤に告げ、気分を変える為に外に出た。



20 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:50:03.05 ID:PNdIIEYCo

―――
――


 広間から少し離れたところ、中庭に私はいた。

 …夜の涼しい風が髪をなびかせる、薄着の格好なのであまり長居は出来ないけど、
 
 窮屈なあのホールにいるよりかは全然楽だった。

紬「みんな…楽しんでるかしら?」

 携帯を取出し、唯ちゃんに電話をかけてみる。

 …長いコール音が続き、唯ちゃんは電話に出てくれた。


唯『もしもしー、ムギちゃん?』

紬「ええ。 唯ちゃんそっちはどうかしら、みんな楽しんでる?」

唯『うんうん! 今みんなで桃鉄やってて~~、なんと今、私トップなんだよ♪』

紬「…ももてつ?」

唯『あ…ゲームだよっ、みんなでできるゲーム、それをりっちゃんが持ってきてくれたんだーっ♪』

 どうやら向こうは今、みんなでゲームをやっているようだった。

 唯ちゃんの声の後ろから、ワイワイとした楽しい音と声がするのがよく分かる。



21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:51:11.07 ID:PNdIIEYCo

声『唯ーー! 次お前の番だぞーー!今度こそ逆転してやっから早くー!』

 遠くから聞こえる声はおそらくりっちゃんだろう、
 
 受話器越しでも分かるぐらいに一際元気な声が唯ちゃんの名前を呼んでいるのが聞こえる。


唯『ちょっと待ってよー、今ムギちゃんと電話してて…』

律『ぬぁにーー?? 唯ー、ちょっと私にも変われぇぇ!』

 そして…ガチャガチャとノイズが混じり、りっちゃんの元気な声が聞こえて来た。

律『よっすムギー☆』

紬「りっちゃんこんばんわ、みんな楽しそう…羨ましいわぁ」

律『まーねぇ、へへっ、ムギんとこもどう? 楽しんでる?』

紬「正直、あまりね…」

律『そっか……』

律『でも、今日はどうしても外せなかったんだろ?」



22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:52:09.03 ID:PNdIIEYCo

紬「うん…お父様の付き添いでどうしてもね…。
  みんなには悪い事したわ…この埋め合わせは必ずするから…本当、ごめんね?」

律『いいっていいって、そんなに気ぃ使わなくてもさ。 …でも、次はムギも一緒に…な?』

紬「うん、次は必ず参加するわ…」

律『へへっ…楽しみにしてる。 あぁそうそう、パーティーのおみやげ、よっろしく~♪』

紬「うふふっ、りっちゃんったら…
  うん、記念にメロンを貰ったから、それを今度部室に持って行くわね」

律『おおっ! 楽しみにしてるよ、それじゃ…唯のヤツをコテンパンにして来るぜぃ☆』

紬「あははっ、頑張ってねー」

律『っと…あとさ、ムギ』

 終わりかとおもった刹那、
 
 さっきまでの明るい声とは裏腹に、真面目なトーンでりっちゃんは話を切り出した。


律『何かあったら、迷わず私に話してくれよ? 私、ムギの為ならなんだってやるから』

紬「………りっちゃん」

 りっちゃんの言ったそれは、私の全てを悟った上で言ってくれる感じがした。


律『ムギの家の事だから、平凡な庶民を私達にとやかく言う事は出来ないんだろうけどさ…
  でも、ムギの落ち込んでる顔だけは、見たくないんだ』

 優しく、励ますように、私の心に触れてくれる。

 その言葉に目頭が熱くなる感覚を堪え、私は彼女の声に耳を傾ける…。



24 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:54:34.32 ID:PNdIIEYCo

律『これでも一応部長なんだぜ、へへっ。 大切な部員の為なら、誘拐だってやってやんよ♪』

 そして、いつも通りの明るい声で、私を笑わせてくれる。

紬「もう、りっちゃんったら…………うん、ありがと…」

律『だから私、『頑張れ』なんて安い事は言わない、
  でも…『私達は、どんな事があってもムギの味方だ』って…それだけは言わせて』

紬「……うん、うん…りっちゃん…本当にありがとう……。
  じゃあ、困ったときはりっちゃんに連れてって貰おうかな…?」

律『あははっ、世界中のどこへでも連れてってやるよ!』

 最後もそう、いつものような笑い話を交えて、電話越しの友達は。私に元気を分けてくれた…。

 その時、おそらく唯ちゃんだろう「りっちゃんの番だよ~~」と、りっちゃんを呼ぶ声が聞こえた。



25 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:55:13.80 ID:PNdIIEYCo

律『っと…唯が呼んでるからもう切るよ。 じゃあムギ、また学校でな』

紬「ええ、長電話になっちゃってごめんね、みんなによろしくね」

律『あいよー♪ またなーっ』

 …ピッ

 そして、私は電話を終える。

 最初はかえってみんなの邪魔をしてないかと不安だったが、そんな事は無さそうだった。


紬「―――りっちゃん…本当に、ありがとう……」



26 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:55:42.29 ID:PNdIIEYCo

紬「…はぁ……」

 電話が終わり、次の事を考えたらため息が出てしまった。


 ………分かってはいるけど…どうしても、気乗りしない…

 どうして私はあそこにいないのだろう。

 どうして私は、こんな所にいるのだろう… 


 そしてそんな日々は、これからも続くのだろうか…

 分かってる…今更、抗えるような事じゃないって…分かっている

 私が琴吹の娘であり、社長の娘である以上……それは抗えない運命なんだ。

 私がお父様とお母様の娘である以上…それは仕方のない事なのだから…。


 でも…それでも……私は………私は…。



27 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:56:40.71 ID:PNdIIEYCo

 ……………

 時間は過ぎ、私のピアノの演奏が始まるまで、あと30分。

 きっと、さぞ暖かい拍手で迎えられるだろう。

 …そして、そこにいる大勢の観客が、私を透かして見る父と母に、盛大な拍手を送るのだろう。

 私の演奏は、父と母と、会社の威厳をより大きくし、
 
 父と母と、それに関係する全ての人の未来を輝かせるのだろう。


 …でも、そこにいる『私』は『私』ではなく…権力者の娘。

 『琴吹紬』という一人の女の子ではなく、財界に携わる一人の令嬢……琴吹財閥の令嬢、『琴吹紬』。


紬「……行きましょう…」

 迷いを絶ち、私は歩く。 喧騒響くホールへ歩き出す。


 ……みんなに会ったら…たくさんの話を聞こう…
 
 そして、また…いっぱいのお菓子を持って、部活をやろう。

 そう心に決め、私はピアノの前に立つ。


 パーティーは続く…。

 とても華やかで、とても寂しい宴は、まだまだ終わる気配を見せてはいなかった…



28 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:57:12.78 ID:PNdIIEYCo

 窓に映る空、そんな空を優雅に飛びまわる様々な鳥。

 外の世界を眺め、その大きな世界に想いを寄せる小鳥。


 そんな小鳥の元に、ある日、どこからか4匹の小鳥がやってきました。

 綺麗な羽をしたその鳥達は、小鳥とお友達になりたいと言います。

 お友達が欲しかった小鳥はとても大喜び、すぐに4匹の小鳥たちとお友達になりました。


 毎日、部屋で歌うように遊ぶ小鳥達。

 そして夕方になると、外にあるそれぞれの籠へ帰る小鳥たち。

 小鳥の生活は。確実に満たされていきました。

 …ですが、それでも小鳥は外の世界への憧れを忘れる事はできません。

 日が経てば経つほどに…小鳥の外への憧れは強くなります。

 
 外と部屋を結ぶ窓、その窓に映る大空を見て小鳥は思います。

 私にこの窓は開けられない…。 けど、それでも、飛んでみたい……

 この重い窓を開け…自由な空を、思いっきり飛びたい………

 お友達と一緒にどこまでも…どこまでも…飛んで行きたい……

 夜空を眺め、小鳥は今日も、一人寂しく鳴いていました……。



29 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:57:42.87 ID:PNdIIEYCo

紬の部屋

紬「…ふぅ……」

 パーティーも終わりを告げた夜中、着替えとシャワーを済ませた私はベッドで横になっていた。

 いまいち寝つけないのでテレビを付けてみる…けど、この時間帯のテレビの内容はよく分からない。

 よく見るタレントの笑い声を聞き流し、私は今日の事を思い返していた。


 …綺麗なドレスやスーツを着た父の知り合い。

 執拗に私に絡んだお坊ちゃま。

 私が声をかけても余所余所しい態度で話をする女の子。


 みんな、悪い人じゃない。 それは分かってる…

 ただ、みんなの目から見える『私』は、本当の『私』じゃない。

 みんなの中の私は、会社のトップの…由緒ある家系のお嬢様に過ぎない…。

 ――――みんな…本当の私を…知らない、知ろうとも、してくれない………。



30 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:58:14.84 ID:PNdIIEYCo

紬「………本当の私…か」

 本当の私ってなんだろう。

 綺麗なドレスを着て、社長令嬢として振舞うのが私?

 それとも、仲の良い女の子と一緒に勉強をしたり、部活をしたり…
 
 普通の女の子として振舞うのが…私?


 ―――分からない………。

 ここにいると…何が本当の私なのか……分からない……。


紬「………………ふう…」

 また、ため息を吐く。 答えの出ない考えが頭をぐるぐるとまわり、少し気分が悪い。


 …その時、こんこんと、部屋をノックする音が聞こえた。



31 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 18:59:25.24 ID:PNdIIEYCo

紬「………はい」

紬母「紬、まだ、起きてるかしら?」

 声の主は、母だった。

紬「お母様…はい、どうかなさいましたか?」

紬母「開けても良いかしら?」

紬「ええ、どうぞ」

 がちゃりと開いたドアから、寝間着に着替えた母が姿を覗かせる。

 母の顔がほんのりと赤い気がするのは、おそらく父か来賓のお酒に付き添ったからだろう。

紬母「ごめんなさいね、こんな夜中に」

紬「いいえ、今日は、お疲れ様でした」

紬母「こっちこそね、斎藤から聞いたわ、その…大変だったわね…」

 気落ちした顔で母は言う。 その顔からは、私への申し訳なさと心苦しさが感じ取れる…気がした。



32 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:00:48.40 ID:PNdIIEYCo

 ……この家で私の事を理解してくれるのは…おそらくは母と斎藤だけだろう。

 でも、いくら私の気持ちは理解してくれたとしても、それでも2人は琴吹の人間。

 斎藤は主である父の為にその身を尽くすのは当然だし。
 
 母も、琴吹家の主である父の支えとなるのは当然のことだ。

 だから、私は二人に助けなんて求めない。

 父があっての琴吹家だから…その父の足を引っ張るなんて事…できるはずがない。


 それでも私には、私の本当の気持ちを察してくれている二人がいるだけで、とても救ってもらえている。

 それだけで、私は救われているんだ…



33 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:01:27.72 ID:PNdIIEYCo

紬「いいえ、斎藤のおかげで私は何ともなかったですし、大丈夫ですよ」

紬母「………紬、苦労をかけるわね…」

紬「いいえ…お母様、そんな顔をしないで下さい。
  私…こんな私でも、お母様とお父様のお力添えが出来る事、とても嬉しいと思ってるんです」

紬母「……紬、その…ね」

 母が何かを言いかけた、その時だった。


紬父「おおーーーっ! 紬、まだ起きてたか~!」

 静かな廊下に響く父の声…。 やおら上機嫌なその声から、酒に酔っている事が容易に想像できた。

紬母「あなた…こんな深夜に大声で…」

 父の声に母が怪訝そうな声を出す。

 ……昔からアルコールが好きで、酔ったらとにかく上機嫌になる父だった。

 …私にはお酒の事はよく分からないし、酔った父もどこか可愛げがあるので嫌いではない。
 
 けど…、いつも真面目な父があんなに変わるなんて…。
 
 酔った父を見る度にアルコールの怖さがよく分かるのも本当だった。

 私もお酒を飲む歳になったら、あんな風に変わるのだろうか?



34 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:02:06.74 ID:PNdIIEYCo

紬「お父様、どうかなさいましたか?」

 笑顔の父に向かい、私も笑顔で尋ねる。

紬父「いや、実はな、先程お客様よりありがたい話を聞いたんだよっ」

紬「あら、どんなお話でしょう?」

紬父「今度の土曜日、紬の誕生日だろう?」

紬「……はい、今度の2日です、それが?」

紬父「っふっふっふ…なんと、本日来て頂いた来賓の方々が、
   紬の誕生日を祝ってくれると言ってくれたんだよ!」

紬「…まぁっ」

 父の声に私はとても驚いた………ふりをした。

 酔って上機嫌になった父は、少し考えれば分かる事を、勿体ぶって言う癖があった。
 
 そして、『本日来て頂いた来賓の方々が、私の誕生日を祝ってくれる』…
 
 その言葉が意味する事を、私は察してしまった…


 おそらくその日に…父は………



35 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:02:40.02 ID:PNdIIEYCo

紬父「――――それで、来月の2日に我が家でパーティーを開くことに決まったんだ」


 ………………やっぱり。

 ……また、パーティーだ。

 今日いた来賓、その人達と、また顔を合わせる事になる。


 私にとって大事な記念日…誕生日に、私はまた…あの人達と、顔を合わせるんだ…。

 鏡を見ずとも表情が曇るのが自分でも分かる。
 
 でも、それを父にも母にも悟られない様、私は振舞う。


紬父「早速斎藤にも準備を任せておかないとな…はっはっはっ」

紬母「…あなた、そんな勝手に…紬の事情も聞かず…!」

紬父「良いじゃないか、せっかく大勢の方が祝ってくれると言うんだ」

紬父「私も紬が喜ぶプレゼントを用意しておこう、紬、楽しみにしててくれ、な?」


 強めの口調の母の声を受け流し、父はニコニコとした顔で私に語りかける。

 そんな楽しそうな父の顔を見てしまっては、私も今更嫌だと言えるわけがない…



36 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:03:13.30 ID:PNdIIEYCo

紬「……………」

紬母「……紬…」

紬「………お父様…」


 感情を押し殺し、私は父に言う…。

 出来る限りの笑顔で、父に微笑みながら…私は言う……


紬「…ありがとう…ございます、パーティー…楽しみにしてます…わ」


 ぽつり…ぽつりと、言葉を紡ぐ。

 我慢だ…我慢……父も、私の為を考えてくれるんだ……。

 みんなが…私の誕生日を祝ってくれるんだ………。

 その気持ちは大事にしなければ………。

 感謝を…しなければ………。



37 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:03:52.66 ID:PNdIIEYCo

紬父「ああ、紬の為に父さんも頑張ろう、私も母さんも、手伝ってくれるかな?」

紬母「…まったく……あなたは…」

紬「お母様…お父様は私の事を思ってくれて…」

紬母「…紬……」

紬「お母様…」

 怪訝そうな表情の母をなだめる。

 その気持ちを悟ってくれたのだろう、母も、それ以上を言う事は無かった…。



38 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:04:26.35 ID:PNdIIEYCo

紬父「ああ、紬も明日は学校だろう、今日はもう…おやすみなさい」

紬「はい…ありがとうございます」

紬父「ふあぁ…私も眠くなってきたな…
   今日はもう休もう、母さんも今日は疲れただろう、一緒に休もうか?」

紬母「…………ええ」

紬「おやすみなさいませ、お母様、お父様」


紬父「おやすみ…紬」

 父は一足先に部屋に戻る。

 母も、私の顔を見て…申し訳なさそうな声で話してくれた。


紬母「…紬、本当に苦労を掛けるわね…」

紬「いいえ…お母様、私…お父様の気持ちも、来賓の皆様のお気持ちも、すごく嬉しいんです」

紬「こんな私でも、誕生日を祝ってくれる方がいて…すごく…すごく、幸せです」


 その気持ちに嘘は無い。

 でも、何故だろう…言ってる自分が、すごく…白々しく思えた…。



39 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:05:28.91 ID:PNdIIEYCo

紬母「…紬、あなたは……本当に立派になったわ…」

紬母「紬がそこまで決めたのなら私も何も言いません、
   あなたのお誕生日、私も精一杯お祝いさせてもらうわね」

紬「…ありがとう…ございます」

紬母「それじゃ、おやすみなさい」


 ばたんっ…と、扉が閉まる。

 私はそのままベッドに横たわり、枕に顔を押し付ける…


紬「………………っ…ぅっっ…っう……っ…っ」

 涙が溢れる…



40 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:05:59.73 ID:PNdIIEYCo

 何故だろう…止めようとしても…涙が…止まらない……

 めでたい事なのに…楽しい事なのに………涙が…止まらない……っっ

 なんで…私は…泣いているの?

 どうして…私は………こんなに辛いの?

 どうして…私は………どうして…………。


紬「……ぐずっ…うっ……ううぅぅぅ…っっ…!」

紬「う…ぁ……っっ……あっ……ぁぁぁ……っっ!」


 理由のわからない涙が枕を濡らす。

 私は……私…は………。



41 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:07:19.34 ID:PNdIIEYCo

 翌日放課後 部室


 開け放した窓からはぬるい風が通る。

 6月の終わりの異常な暑さ。 太陽はもう既に元気真っ盛りだった。


律「ぁ…暑い……」

澪「言うな……余計に暑くなる…」

唯「今年の暑さは堪えるねぇ…だめ、力出ないよぉぉ」

梓「唯先輩…気持ちは分かりますけど、練習しましょうよ…」

紬「みんな~、冷たいデザートが用意できたわよーっ」

 ここ最近の暑さでばててるみんなに、一際元気な声で私は声をかけた。

 …学校に来れば、昨日の事は忘れられる。

 だから、もう昨日の涙の事なんて、私は気にしてはいなかった……。

 そう…気にしてなんて……いなかった。



42 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:08:00.02 ID:PNdIIEYCo

律「きたっ♪ 今日は何だろーな☆」

澪「さっきのダルさはどこ行ったんだ…?」

紬「今日はメロンのシャーベットを持って来たの~」


 持って来たクーラーボックスからメロンのシャーベットを取出す。

 先日のパーティーで来賓から貰ったもので、その人が言うには、それなりに高級なメロンだそうだ。

 
唯「わぁぁ~~♪ おっきなメロン~」

梓「…メロンをそのままシャーベットって、なんて贅沢な…」

澪「まさか、これ丸ごと一個が一人分なのか?」

紬「ええ、先日のパーティーで頂いた品なの、
  私ひとりじゃ食べきれないから、みんなにもおすそ分けしようかと思ってね」

澪「おみやげでこんな立派なの貰うんだ…すごいよな…ムギ」

律「へへっ…早く食べようぜぇ~」

紬「はいはい、少し待っててね~」



43 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:08:33.64 ID:PNdIIEYCo

 我慢しきれないりっちゃんをなだめ、全員分のシャーベットを机に並べる。

 全員分を配り終えた時、顧問のさわ子先生が来たタイミングで、今日のお茶会は始まった。

―――
――


梓「お…おいしい…」

澪「でも、今日のデザートはいつもよりもその…気合、入ってるよな」

紬「はい、アイスティーも用意できたわよ♪」

唯「んんん…冷たくて美味しいいいい♪」

律「甘くて美味しひ…」

さわ子「……私、こんなに素敵なデザート、初めて食べたわぁ…♪」

紬「私には、これぐらいしかできないから…」

唯「そんな事ないよー、ムギちゃんのおかげで、みんなすっごく助かってるんだよっ」



44 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:09:11.44 ID:PNdIIEYCo

律「そーだそーだ、ムギがいてくれたから、
  私達はこうして毎日美味しいデザートに……なんってね。
  …でも、ムギのおかげで、放課後ティータイムは成り立ってるんだと思うよ」

澪「ああ、作曲もそうだし、毎年の合宿も綺麗な別荘用意してくれて…ムギには本当、感謝してるよ」

梓「ムギ先輩の作る曲…私達のレベルに合わせてくれて…
  でもちゃんとリフとか譜も良い感じに仕上がってて…すごく素敵だと思います」

唯「ムギちゃんのぽわぽわした所…私大好きだよぉ~♪」

さわ子「みんな褒めるわねぇ~。
    ねえムギちゃん、もうちょっと自分に自信を持っても良いんじゃないかしら?」

紬「うふ…みんな…ありがとうっ」


 心の底から嬉しかった… 

 私を令嬢としてじゃなく…私を『私』と見てくれるのは…ここにいるみんなだけなんだ…

 それが、すごく…すっごく、嬉しかった……。



45 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:10:00.86 ID:PNdIIEYCo

 …ゆったりとした放課後が過ぎて行く…

 私の、1日で一番素敵な時間が、穏やかに過ぎて行く…

 このままいつまでも、いつまでも、こんな穏やかな日々が続けばいいな……

 そう思いながら、シャーベットを口に運んでいた時だった。


女生徒「あの…琴吹さん」

 部室のドアから同級生の女生徒が顔を覗かせる。

 久しぶりに見たその顔は、1年生の頃、同じクラスだった女の子の顔だった。

紬「はい?」

女生徒「あの…今忙しい?」

紬「ううん、今は大丈夫よ」

女生徒「良かったぁ~~、いやねぇ、ちょーっと頼みたい事があるんだけど、今いいかな?」

紬「うん、分かったわ。 みんなごめんね、私、少し席を外すわね?」

律「あいよー、いってら~」

 女生徒に連れられて、私は部室を後にする。



46 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:10:32.06 ID:PNdIIEYCo

――――――――

律「そーいえばさ、ムギの誕生日ってもうじきだったよな?」

澪「確か、2日の土曜日だったよな」

唯「あ、あのさっ! もしよかったら、みんなでムギちゃんのお誕生日パーティー開かない?」

律「ああ、私もそう思ってたんだ~」


唯「いつかのクリスマス会みたいにさ、
  私んちでケーキとかプレゼントとか持ってきて、みんなでやろうよ!」

梓「いいですね、ムギ先輩、きっと喜んでくれますよ」

律「前のお泊り会、ムギは出席できなかったからな…来てくれるといいよな」

澪「…でもムギの予定、大丈夫かな?」

唯「戻ってきたら聞いてみようよっ」

梓「ええ、そうですねっ」

さわ子「あらあら、私は誘ってくれないのかしら?」

律「さわちゃんは…誘わなくても勝手に来るだろ?」

さわ子「…ふふっ、まぁねぇ~♪」

さわ子「それじゃ、私もう行くわね。 お茶会も良いけど、みんなたまには練習しなさいよ?」

一同「は~いっ」



47 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:11:31.49 ID:PNdIIEYCo

―――
――


女生徒「ホント助かった…いやぁ琴吹さん、ありがとっ♪」

紬「ううん、それぐらいだったらお安い御用よ、じゃあ部活、頑張ってね」

 女生徒と話を終え、私は部室へ戻る。

 ちなみに内容はいたって簡単、うちにあるクラシックのCDを、何枚か借りたいと言う事だった。


紬「ただいまー」

唯「おかえり~~」

律「あのさムギ、今度の土曜日空いてるかな?」

紬「…あら? 何かあるのかしら?」

 私は何気なく理由を尋ねる。

 りっちゃんの言ったその言葉の意味が、どんな大きな意味を持っているのかも知らず、
 
 ついいつもの感覚で訪ねてしまっていた。



澪「実はさ…、今度の土曜日に、ムギの誕生日会を開こうって唯がさ」



48 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:12:01.10 ID:PNdIIEYCo

………………。


 澪ちゃんのその言葉に、一瞬思考が止まる。

 今度の土曜日……私の…お誕生日……会?

 ………あれ、その日って…もう…………。


唯「ムギちゃん、この前のお泊り会来られなかったしさ…
  だから、今度はムギちゃんも一緒にどうかなって思って…」

 ………なんてタイミング。

 もう少し…あと1日…この話をお父様よりも早く聞いていれば…


紬「その……ね……っ」

 …私は大きく腰を折り、みんなに深く頭を下げる。

紬「ごめんなさいっっっ…!! その日は…私……っ…わたし…!」

 平身低頭、まるですごく悪い事をした子供の様に、私は頭を下げてみんなに謝っていた。

 申し訳なさと寂しさが混合して、昨日あれだけ流した涙が出そうになるのを必死で堪える…。



49 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:12:33.47 ID:PNdIIEYCo

唯「む…ムギちゃん! そんな…そこまで謝らなくても…」

澪「そ…そうだよムギ、急に思いついた事だから、気にしなくていいんだよ?」

梓「ムギ先輩…とにかく、頭を上げて下さい…」


紬「ごめんなさい……ごめんなさい…みんな…」

 みんなが私をフォローしてくれる…
 
 でも、今の私には……満足にみんなの顔を見れる自信が無かった…。


律「………もしかして、家の事情か何か?」

紬「…うん…大勢のお客さんを呼んでのパーティーって…昨日…お父様がね…」

唯「そ…そうだったんだ……ごめんねぇ…ムギちゃん、迷惑…だったよね?」

紬「そんなことないっ! 私の方こそごめんなさい…
  せっかく…せっかくみんながお祝いしてくれるって言うのに…っ!」

澪「ムギ……」

梓「ムギ先輩……」



50 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:13:14.84 ID:PNdIIEYCo

紬「本当に…本当に……ごめん…なさい」

律「…………………」


澪「ま…まぁ、最初から予定があったんじゃあ…仕方ないよな…」

唯「…そうだね、翌日とか、落ち着いた時にやってもいいんだし…ね?」

梓「私、ムギ先輩に喜んでもらえるプレゼント、探しておきますねっ!」

律「…………」


 みんなの優しさが胸を打つ…


 どうして私は…こんなにもダメなんだ……

 せっかくの友達の好意すら、満足に受け取れないのか…

 なんで…私は……



51 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:13:55.85 ID:PNdIIEYCo

 それから、特に練習をする事もないまま、私達は帰る事になった。

 事情を話してからみんなの表情が重苦しかったのが心苦しかった…。

 こういう時、りっちゃんも唯ちゃんも
 
 いつもは場を明るくするために面白い事をやってくれるのだけど……
 
 そんな様子は微塵もなく…ただただ、重苦しい空気が続くだけだった…


 何もかも私のせいだ…

 みんなには…本当に申し訳ない事をしてしまった……

 どうして…私は………



52 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:14:33.84 ID:PNdIIEYCo

――――――――

 帰り道

律「あ、私このあとムギと用事あったんだ、だからみんな、先に帰ってて貰っていい?」

紬「…?」

 帰る途中、りっちゃんが思いがけない事を言う。

 …このあと、予定なんかあったっけ?


唯「あれ、りっちゃんどうかしたの?」

律「ん~、ちょっと…ねぇ」

澪「なんだよ、私達に言えない事?」

律「んっふっふっふ…実は、私達愛し合っておりますのよ?」

紬「…え?」

 りっちゃんの意外な一言に場の空気が固まる。

 …どういう事?



53 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:15:38.84 ID:PNdIIEYCo

唯「えぇ!? そうだったの??」

梓「まさか…2人がそんな関係だったなんて…」

澪「い…いつの間に…いつからだ?
  なあムギ、いつからそういう関係だったんだ???? なあっ?????」

紬「私にもさっぱり……え…えええ???」

 澪ちゃんがしきりに私に詰め寄って来る。

 私にも何が何やらさっぱりだ…りっちゃん…いきなり何を?


律「…っぷ……くくく……っ!」

 みんなが困惑した表情をしている時、笑いを堪えていたりっちゃんが唐突に吹きだした。

律「なーんてウソウソ! もうみんなマジに受け取るなってっ!」

唯「…な、な~~んだ………」

梓「びっくりしましたよ…もう」

澪「ははは…わ、私は分かってたぞっ! 女の子同士なんて…そんなこと、普通は無いもんな…」

律「一番本気にしてた澪が言っても説得力ねえよ」

澪「……………っっ」

 りっちゃんの突っ込みに顔を赤くして黙り込む澪ちゃん。

 恥ずかしがりで可愛らしい、澪ちゃんらしい照れ方だった。



54 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:16:15.36 ID:PNdIIEYCo

律「ま、冗談はさておいて…いやね、ちょっと曲の事でムギに相談があってさ」

唯「あ、そうだったんだ」

澪「そういう事か…うん、分かった」

梓「そういう事でしたらお邪魔しちゃ悪いですよね。 じゃあ、私達はこれで…」

澪「じゃあ律、また明日な」

律「おう、また明日~」

唯「ムギちゃんりっちゃん、ばいばーいっ!」

梓「ムギ先輩、今日は素敵なデザートありがとうございました」

紬「いいえ、またおみやげがあれば持って来るから、楽しみにしててね」


唯「ムギちゃん今日はごめんね、明日は練習しようねっ♪」

紬「いいえ、こちらこそごめんね…」

律「んじゃムギ、行こうか?」

紬「ええ、そうね」

 そして、みんなと解散した私は、りっちゃんに連れられて歩き出す。



55 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:17:38.57 ID:PNdIIEYCo

 通学路を少し外れて歩いたそこは、普段来ない河川敷だった。

 夏の夕日は遠くに浮かび、目の前の川を一面、真っ赤な夕日が染め上げる…

 遠くの空は薄紫に染まり、星が微かに輝く。

 夕闇に溶ける空は、そう遠くない時間で夜が来ることを伝えてくれていた…


 私達は手頃なベンチに座り、しばらく2人で夕日を眺めていた…


律「ほいよ、炭酸で良かった?」

紬「わざわざありがとう、あ、お金…」

律「いいよいいよ、私の奢りでさ」

紬「…ありがとうね」

律「気にしないの、あ、開けれるよね?」

紬「うん…」

 りっちゃんから渡された缶ジュースを開け、中身を一口飲み込む。

 冷たい炭酸と果汁の香りが口内に広がり、思わず身震いする。



56 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:18:46.26 ID:PNdIIEYCo

紬「んっ…く…美味しい…」

律「だろ? 私のお気に入りだよん」

紬「本当にりっちゃんは、私の知らない事をたくさん教えてくれるわ…ありがとう」

律「いいっていいって…あんまり褒められると照れるだろ?」


紬「それで、曲の話って…?」

律「ああごめん、それも嘘」

紬「…嘘?」

律「うん。 でも、ムギに聞きたい事があるってのは本当だよ」

紬「りっちゃん…」

 そして、彼女の顔から笑顔が消え、真剣な面持ちで私を捉える…


律「…なあムギ、私達に隠してる事、無いか?」

紬「…そんな、みんなに隠してる事なんて…」

 いきなり、何を言いだすんだろう…

 私がみんなに隠し事なんて…ある筈がない。



57 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:19:31.13 ID:PNdIIEYCo

律「…じゃあ、聞き方を変えるよ。 『私達に遠慮してる事』、無いか?」

紬「それは……」

 確かに、それはあるにはある…でもそれを話した所でどうにかなるわけでもないし…

 それにこれは私の家の問題であり、私個人の問題…
 
 そんな事に、りっちゃんを巻き込むなんて事……

律「…いやね、さっきから気になってたんだよなぁ…その…」

律「言いたい事…違うか、本当は言いたいんだろうけど、遠慮して言えないって感じがするっつーかさ」

律「澪もよくあるんだ、そーゆーの。
  本当は何かを言いたいんだけど、それを言ってもどうにもならないし、
  言われた相手の事考えて、勝手に自分の中で押し込めて…結局後悔するって事がさ」

紬「…………」

律「今のムギ、そーゆー時の澪とそっくりの顔してるからさ」

紬「………りっちゃん…」


 隠していたつもりだったけど…りっちゃんには全部見抜かれていた…

 多分これは、誰にでもできるものじゃないと思う…

 人一倍、友達の事を思いやれて空気を読める、りっちゃんだからこそ、出来る事…

 部活の部長であり、私達のリーダーであり…私の自慢のお友達……

 そんなりっちゃんだから、悟ってくれたんだろう………。



58 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:20:01.79 ID:PNdIIEYCo

律「多分だけど…ムギ、本当は家で開かれるパーティー、嫌なんじゃないか?」

 ほら…やっぱり。

 思わず笑ってしまう。 この子は…どこまで、私の事を……。


紬「私…ね………わた…し………」

律「うん、ゆっくりでいいから話して…」

律「前にも言ったけどさ…私、ムギが落ち込んでる顔だけは見たくないんだ…」

律「それに、ムギは仲間だ。
  放課後ティータイムの一員とか、同じクラスメイトとかじゃなくて…さ」

律「『琴吹紬』っていう、私にとって掛け替えの無い、大事な友達だから」


 そしてりっちゃんは、私の頭を優しく撫でてくれた。

 まるでお姉さんの様に優しく暖かい手が髪を撫でてくれる、
 
 その暖かさが…私に本心を告げる勇気を、与えてくれる……



59 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:20:31.19 ID:PNdIIEYCo

紬「…っ…りっ…ちゃん………」

 気付けば、また私は泣いていた…。

律「…ああ…」

 堪えてた涙がぽとぽとと芝生に吸い込まれていく…


 そして私は、少しずつ…小さな声で、彼女に本心を打ち明けて行った―――。


紬「私…本当は……行きたくない……パーティー…行きたくない……っっ」

紬「私の…為に来てくれるって…言っても……誰も、私の事なんて……見て…くれてない……っっ」

紬「あの家で私は……ただのお嬢様で……私は…琴吹の…社長の娘で…っぅ…っうっ…」

律「…うん…うん……」

紬「もちろんね…嬉しくないわけじゃないの……私の為に遠くから来てくれる人もいるし…」

紬「私がいる事で……あの人達の為になるのなら…それでもいいって…最初は思えた…でもね……」

紬「でもね…違うの……あの人達が見てるのは…私なんかじゃなくって…私の後ろ……」

紬「私の後ろにいる…『琴吹』っていう…看板……」

紬「私…もう……嫌だ…っ……琴吹の為に、楽しくもないパーティーに参加するの…嫌だ……っっ」

律「……………」



60 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:21:01.08 ID:PNdIIEYCo

 それから、私は…思いの全てをりっちゃんに話した…

 心の中で思っている事、心に仕舞っていた本音を…
 
 自分の中で仕方ないと割り切って…でも、割り切れなかった本心を、全て彼女にぶつけた…

 彼女はそれを黙って聞いてくれて…時折、寂しそうに…頷いてくれて……


 私の中の黒いモノを…彼女は全部…受け入れて…くれた……


律「……そっか………」

紬「りっちゃん…ごめんね……こんな事言われても…」

律「ストップ、それ以上言わないの」

紬「……うん…ごめん」

律「…ばかムギ、もっと早く話してくれればよかったのに」

紬「……うん…」

律「……でも、少しは楽になったろ?」

紬「……うん………」

律「……頑張ったな…ありがと、話してくれて…さ」

 そして…そっと、私を抱きしめてくれる。

 うっすらと香るシャンプーの匂いが鼻をくすぐり…妙な感覚が全身に広がっていく………



61 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:21:31.07 ID:PNdIIEYCo

紬「りっちゃん……その…人が…」

律「いいじゃない、唯だってよくやってるだろ?」

紬「でも…その……」

 らしくない…というか、いつものりっちゃんとは違う一面で内心驚きだ。

 …でも、すごく落ち着く……

 強張っていた感情はどこかへ飛んでいき…とてもリラックスできる……。


律「へへへ…まあ、見てろって……」

 りっちゃんは立ち上がり、夕日をバックに私に微笑みかけてくれる。



律「―――私が、なんとかしてやっから」

 …にっこりと、どの夕日よりも眩しく、明るい笑顔で。

 そう…私に言うのだった――――。



62 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:22:01.21 ID:PNdIIEYCo

 翌日


律「ん~~~~~…………アレをこうして…えっと…んん~、それともこうやった方がいいかな…?」

澪「律、何を考えてるんだ?」

律「んにゃ、ちょーっとねぇ」

梓「律先輩、またよからぬ事を考えてるんじゃ…」

律「よからぬ事なんて失敬な、友達の事を考えてたんだよ」

唯「それってムギちゃんの事?」

律「ああ、やっぱり気付いてた?」

唯「うん、なんとなくね~」

律「…なら早いか。 みんな、今から私が話す事、よーっく聞いてくれ」


 一同が息を飲む。

 そして、律の口から思いもよらぬ言葉が継げられた。



律「―――来週の土曜日、ムギを誘拐するぞ」



63 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:22:48.57 ID:PNdIIEYCo

 ある日小鳥は決心します。

 この窓を開けたい…私も、あの大空を飛んでみたい……!



 小鳥は窓を何とか開けようと頑張ります。

 何度も何度も、その小さな身体を窓にぶつけます…。
 
 けれど、どう頑張ってもその窓は一人では開けられない…。

 決して開くことの無い窓を前に小鳥が絶望していたその時、仲間が来てくれました。



 小鳥の願いを聞き入れた4匹は、力を合わせて窓に体当たりをします。

 仲間と共に窓を開けようと、5匹の小鳥は窓に体当たりをします。

 ギシギシと音を立て、窓は少しづつ…少しづつ、微かに開いて行きました………

 ですが、どれだけ5匹が力を合わせても…決して窓が開き切る事はなかったのでした…。



64 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:24:06.33 ID:PNdIIEYCo

 7月2日 琴吹邸 大ホール


紬「…………はぁ…………」


 この日が来てしまった。

 本来であれば、私にとって最高に素敵で、とてもおめでたい日。 誕生日……。

 でも、気分はすごく憂鬱で、気が重い…。


 どうして私は、こんな所にいるのだろう……。



男「紬お嬢様、本日はお誕生日おめでとうございますっ!」

女「お祝いの品をお持ちしましたわ、是非受け取ってください…」

おじさん「社長もめでたいですなっ! 本日はお招き頂き光栄ですぞ!」

おばさん「琴吹家の更なる発展を祝し、乾杯させていただきますわ」


紬父「いやぁ~、みなさんありがとうございます!」

紬「みなさん、どうもありがとうございます…」



65 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:25:12.42 ID:PNdIIEYCo

 来賓が来るたびに繰り返される挨拶。 私も、笑顔を意識してそれに応えては見る…けど…。

 ……心なんかちっとも籠っちゃいない…それはもはや、定型業務のようなものだ……

 来賓のニコニコ顔からもそう、『おめでとう』と言うその言葉の裏からは、
 
 父や私にただ気に入られようとする、そんな魂胆が見え隠れしている…。

紬「あの、ごめんなさいね、これを…」

メイド「はい、プレゼントですね、かしこまりました」


 手渡されたプレゼントを近くのメイドに手渡す、
 
 あとで部屋に送って貰う事になっているが、中身は大体察しがついていた。

 そのプレゼントのほとんどが高価な貴金属類に花束に、
 
 それぞれの会社の自慢の新作商品だったりするのだ。

 それらの品々は、少なくとも私には要らないもの。


 そもそも、今だって父や母の顔を立てる為に
 
 高価なドレスや宝石類を身に付けてはいるけど、それだって自分で選んだものではない。

 メイクさんやメイドがコーディネートしてくれた、
 
 “私を一層際立たせる為”に選ばれたドレスや貴金属を、言われるがままに身に付けているだけだ。



66 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:25:40.80 ID:PNdIIEYCo

紬「…………はぁ………」

 誰にも気づかれぬよう、私はまたため息を吐く。

 息を一つ吐き出すたびに心の重さはより一層重くなり、気分は全然晴れない……

 こんな気分になるのであれば………やっぱりみんなと一緒にいた方が良かった…。

 でも、やっぱり私は琴吹の娘で…………

 …いや、もう考えるのはよそう、考えても、前みたいに堂々巡りになるだけだ…


 …ただ、これだけは言えた。

 ――――私はこのパーティーを、心の底からは楽しんではいなかった…。

 ―――会いたい…みんなに…会いたい……

 今は、それだけしか頭に浮かばなかった………。



67 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:27:53.13 ID:PNdIIEYCo

――――――――――――

声「お嬢様」 

紬「斎藤…」

 心配そうな顔で私を見る斎藤に、私は作った笑顔で応える。

斎藤「ご気分が優れませぬか?」

紬「いいえ、大丈夫よ、ただ少し…夏バテ気味なだけだから…」

斎藤「あまり、ご無理をされぬよう…
   お嬢様に何かがあっては、この斎藤、旦那様に合わす顔がございませぬ……」

紬「…ええ、心配かけてごめんなさい」

斎藤「…今日は、私めにとっても記念すべき日でございます…」

斎藤「お嬢様が生まれる前より、私は琴吹家と旦那様と奥様に、
   そして…紬お嬢様に忠誠を誓っておりました、
   そして、それはこれからも変わらぬ所存でございます」

紬「ありがとう、あなたがいてくれたおかげで、私はすごく幸せよ…」



68 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:28:32.03 ID:PNdIIEYCo

 それは本心からだった。

 生まれた時からずっと私を守ってくれて、今でも変わらず私の味方をしてくれる、
 
 まるで父代わりのような、大切な存在。

 そしてこれからも、斎藤は私の味方でいてくれる……

 そう…だからこそ、私は斎藤の前で泣き言は言えない。

 歳を重ねた斎藤に、これ以上個人的な事で負担をかけさせるのはいけない事だと思うから。


斎藤「18歳のお誕生日…真におめでとうございます…」

 さっと、斎藤がやや大き目の箱を渡してくれた。

紬「これは…?」

斎藤「ささやかではございますが、私からのバースデープレゼントでございます」

紬「まぁ…開けても良いかしら?」



70 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:29:06.22 ID:PNdIIEYCo

斎藤「ええ、どうぞ…」

 がさ…ごそ…

 包装紙を丁寧に開ける。

紬「…わぁ…」

 そこに入っていたのは、様々な駄菓子類だった。

 以前、りっちゃんや唯ちゃんがくれた駄菓子類を、私は部屋で食べていたことがあって…
 
 それで、たまたま私の部屋に用事で部屋に上がった斎藤にそれを食べさせて見た事があったんだっけ…

 みんながくれた駄菓子はとても美味しくて、私は嬉々としてそれを斎藤に勧めて…

 きっと斎藤は覚えていてくれたのだろう、あの時の事を…。



71 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:30:05.33 ID:PNdIIEYCo

紬「…くすっ、もう、何なのよこれ」

斎藤「おやおや、お気に召しませんでしたかな?」

紬「違う違う、そんなんじゃなくて……」

斎藤「私も色々と探しては見たのですが、あの時ほどお嬢様の喜んだ顔は見られなかったものでして」

斎藤「いや、私も驚きました、あれほどに美味しいお菓子が、まさかどれも10円辺りで買えるとは…」

紬「高いお菓子も美味しいけど…私は、こっちの方が好きよ」

 …だって、これを食べていると、私はみんなと同じなんだって…実感できるんだもの…


紬「プレゼントは値段じゃないのよね…やっぱり」

斎藤「ええ、私も視野が狭かったようです……
   この歳になってみても、世間には、私の知らない事がまだまだありますな…」

紬「安くても、気持ちが籠もっていれば私は嬉しいわ…斎藤、本当にありがとう」

斎藤「お嬢様に喜んでもらえて、この斎藤、とても光栄でございます…」


紬「是非、今度一緒に食べましょ」

斎藤「ほっほっほ…そうですな、では、今度のお茶菓子にでもお出しいたしましょうか」



72 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:30:52.72 ID:PNdIIEYCo

紬「うふふっ、ありがとう……えへへっ」

斎藤「やっと、笑って下さいましたな…」

紬「……うん、少しだけど、元気が出てきたわ…」

 斎藤は、さっきまで憂鬱にしてた私を元気づけてくれた。

 このプレゼントもきっと、
 
 今日の事を杞憂にしてた私の事を察して、わざわざ用意してくれたのだろう。

 …ありがたい……。

 パーティーが終わったら、あとでたくさん食べよう。


 それを支えに、今はもう少しだけ元気でいよう…。



73 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:31:31.08 ID:PNdIIEYCo

紬父「紬、そろそろ開宴の時間だ、今日の主役として舞台でお客様に挨拶なさい」

紬母「紬、緊張しないようにね?」

紬「ええ、行って参りますわ、お父様、お母様…」

 父と母に案内され、私は舞台に上がる。

 舞台に上がる私に向かい、たくさんの拍手と声援が飛び交う。


客「今日はまた一段と輝いてるなぁ~いや、是非お近付きになりたいもんだ…」

客「さすが、琴吹社長のお嬢様ですわぁ……」

客「娘さんもまた大人になり、そしてお美しくなられ……琴吹グループも安泰ですな…はっはっは!」

紬「……………」



74 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2011/07/25(月) 19:32:02.12 ID:PNdIIEYCo

司会「それでは、本日の主役であり、琴吹グループ社長の愛娘、紬お嬢様のご挨拶でございます」

 100か200…それ以上の数の来賓に向かい、私は、凛とした声で言う。


紬「皆さん、本日は私の誕生日の為にお集まり頂き、ありがとうございます」

紬「父も母も…そして私も、お集まりいただいた皆様に祝福して頂き、非常に光栄です」

紬「お集まり頂いたささやかなお礼として、
  こちらも美味しいお酒と料理も多数用意させて頂きました。 本日は、大いに楽しんで行って下さい!」


 ―――パチパチパチパチ…!

司会「お嬢様、ありがとうございました。 では、続いて社長とその親族の皆さんからのご挨拶を…」


 ―――パーティーは始まったばかり。

 相変わらずどこか寂しくて、気だるい感のある、
 
 でも、父と、琴吹にとって、とても大事な宴の夜は、こうして幕を開けた………。




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紬「はみんぐばーど」#前編
[ 2011/10/26 21:32 ] 非日常系 | | CM(0)

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