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梓「一体何が起きているの……?」 【非日常系】


梓「一体何が起きているの……?」 より
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1278918749/
梓「一体何が起きているの……?」 続き より
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1279000880/




1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 16:12:29.15 ID:oQgXtHgi0

      『最後の願い』

        一、

夏休み。

中野梓は平沢家を訪れた。

冷たいものでも用意するからちょっと待っててね、
という憂の言葉に従い、リビングくつろいでいたところ、
鈍器のような物で頭を殴られた。

それは梓にとって全く予期しなかった出来事であり、
背後からの襲撃だったことも併せて防ぐことが出来なかった。

梓はなんとか意識を保つために目を開けようとしたが、
結局は無駄な努力に終わった。

彼女にとって気絶するのは始めての経験だった。





3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 16:18:10.50 ID:oQgXtHgi0

……。


それからどれだけ時間が過ぎたのか、梓には分からない。
強烈な頭痛に耐えながら重いまぶたを開けると、
飢えた獣のような顔をした先輩の姿があった。


「目が覚めたの?」

「……」

梓は無言だった。

というより話す余裕がないのだ。
なにより今は考える時間が欲しかった。



4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 16:24:05.67 ID:oQgXtHgi0

梓が周囲を見渡して分かったことは、目の前でいやらしい
笑みを浮かべているクソ女が平沢唯だということ。

それとここは唯の部屋ということだ。


「あずにゃん。ごめんね、こんなことして」

「……?」

梓が疑問に思ったのは、唯の言葉に
全く誠意がないように感じられたからだった。

唯が何を企んでいるのかは知らないが、
無性に腹が立った。



6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 16:30:12.80 ID:oQgXtHgi0

「どうしてこんなことするの?」

梓は唯をきつく睨みながら聞いた。
怒りで唇がわずかに震えている。

「うふふふ。それは内緒」

唯は涼しい顔で答えた。

梓は唯が少しでもひるんでくれることを
期待していたのだが、無駄だったようだ。

唯の顔は普段のけいおん部で見せるものではなく、
冷たくて無機質な印象を感じさせるものだった。



7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 16:36:29.68 ID:oQgXtHgi0

「答えてよ。どうして私にこんなことするの!?」

梓の言葉に敬語は含まれてなかった。
憎い相手を敬う必要はないと判断したのである。

「……私があずにゃんのことが好きだからだよ」

唯は唇を醜くゆがめた。

「今日は大好きなあずにゃんと一緒にいたくて、家に連れてきたんだぁ」

「……一緒にいるのに拘束する意味はあるの?」

梓は両手をばんざいする形で縛られていた。

ベッドで仰向けに寝かされている梓に、
唯がのしかかるように馬乗りになっている。



8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 16:42:17.95 ID:oQgXtHgi0

唯が梓の耳元で囁いた。

「だって、こうしないとあずにゃんが逃げちゃうじゃない」

「そうね。できれば今すぐ逃げたいわ。
 その前にあんたを殺してからだけどね」

「殺す……? 私のことそんなに嫌いなの?」

「大嫌い。今すぐ死んでよ。このクサレ池沼女」


遠慮のない梓の言葉に、唯は切れた。

「……言ってくれるね」



11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 16:48:18.99 ID:oQgXtHgi0

「ぐ……!!」

梓が発したのはくぐもった悲鳴のようなものだ。
それが唯に首を絞められた状態で出した精一杯の声だった。


「全く酷い子だね。どうして……そんなこと言うの?
 そんなこと言う子じゃなかったのにねぇ」


唯が心の中で悲鳴をあげながら両手に力をこめていた。

その病人のようにうつろな目は、梓の顔を見ておらず、
空中をさまよっていた。



12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 16:54:33.08 ID:oQgXtHgi0

「う……ぐ……!!」


梓は絶望の真っ只中で歯軋りした。

どうせ拘束されているのだから、せめてもの抵抗と
して唯を罵倒したのが失敗に終わった。


呼吸ができないというのは、思っていた以上に苦痛だった。

底知れない恐怖と不安で、死がすぐそばにあるように感じられた。


このままでは本当に殺されるかもしれないと梓が
思ったとき、唯の手から開放された。



13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:00:09.84 ID:oQgXtHgi0

「う、ゲホッ……ゲッホ……ゴホ…!!」

梓は涙目で激しく咳き込んだ

唯は梓に寄り添うように抱きしめながら眺めていた。


「うふふふふふふ。苦しんでいるあずにゃんも可愛いね」


唯はペットを観察するような目で梓を見ていた。

やがて呼吸を落ち着かせた梓が唯を睨むが、
唯はそれを受け流したかのようにニコニコと笑っていた。

梓の中で憎悪の炎が燃え上がる。

(この女……!! 人を殺そうとしておいて!!)



15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:06:09.02 ID:oQgXtHgi0

梓は口を大きく開けて、唯に吼えた。


「くたばっちまえ、この池沼女!!」


「……ふーん。今のはちょっとカチンときちゃったなぁ」


唯が舌打ちし、その顔に狂気が宿った。

唯は梓のツインテールの片方を掴んで持ち上げた。


「__痛い!!」



17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:12:09.25 ID:oQgXtHgi0

梓は涙目で激痛に耐えていた。
髪の毛を思いっきり引っ張られたため、
頭が枕から持ち上がってしまった。

まるで毛髪が引き千切られるような痛みは
耐え難いものだった。

唯は人の苦しんでいる姿を見るのが好きなのか、
極上の笑みで梓を観察していた。


「どうかな、髪の毛を引っ張れてた感触は?
 すんごく痛いでしょ? 目に涙がたまってるよ」

「い、痛い……!! 髪の毛が千切れちゃうよ……!!」



19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:19:41.56 ID:oQgXtHgi0

「ほら、ごめんなさいは? 許してもらいたかったら、
 ちゃんと謝らないと駄目でしょ?」


しかし、梓は維持でも謝りたくなかった。

梓は悪いことなど何もしていないという自信があるからだ。

謝ってしまえばすぐに開放されるにしても、
目の前で微笑んでいる悪魔に魂を売るつもりはなかった。

地獄の苦しみを味わっていても、
人間としてのプライドは捨てていないのだ。



21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:25:13.52 ID:oQgXtHgi0

「……く……誰が……誰が言うもんか!!」


それは理不尽な暴力に決して屈しないという誓いだった。


「うふふふふふ。強情だね。それじゃ、お仕置きだよ?」


唯の顔がさらに醜くゆがんだ。

まるで梓のその言葉を待っていたかのように思えた。



22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:31:10.09 ID:oQgXtHgi0

「そーれ」


短い掛け声と共に、唯は平手打ちを食らわした。

思い切り振りかぶって遠心力をつけた一撃だった。


「ひゃ!」

梓は叩かれた反動でベッドに倒れるが、
唯が馬乗りになり、さらにビンタを展開する。

「いくよ~」

唯の往復ビンタで梓の顔は右へ左へと次々に叩かれ、
頬が真っ赤に染まっても攻撃は続けられた。



23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:35:50.95 ID:oQgXtHgi0

「やめ…!」

梓は両手が拘束されているため、唯の暴挙を防げない。

抵抗する術を持たず、一方的に暴力を振るわれるのは
恐ろしい経験だった。

まして相手は得体の知れない怪物なのだ。


「どんどんいくよ~」


唯は、表面上は子供のような無邪気な声で梓の顔を叩き続けた。

部屋には梓が殴られる乾いた音だけが響いた。



24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:41:11.98 ID:oQgXtHgi0

「………………!!」


梓はもう頬の感覚がなくなってきた。

こんなに人に殴られたのは初めての経験だった。
友達と殴り合いの喧嘩などしたことがないからだ。




「ち……ちくしょう……!! くやしい……!!
 どうして私が……」


永遠に続くと思われた拷問に梓が泣き出してしまうと、
唯は攻撃を止めた。



26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:47:13.69 ID:oQgXtHgi0

「泣き虫だねぇあずにゃん。泣くほど痛かったの?
 その顔、とってもかわいいよぉ?
 うふふふふふふふふふふふふふ。いひひひひひひ」


その顔は地獄の底からやってきた悪魔のようだった。


「ひぐっ……平沢唯……ころして……やるからね……絶対に…!!」


例えどんな苦痛を与えられても、
梓は鋼の精神で耐えてみせるつもりだった。



30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:53:16.72 ID:oQgXtHgi0

「ふーん。まだ生意気な口を聞く余裕があるのかな?」

唯は恐ろしい目つきで梓を見下ろした。

そして梓の太ももを思い切りつねった。


「あああああああ!!」


たまらず梓が叫んでしまう。

握りつぶすような力でつねられたのだ。

まるで万力で締め付けられているのではないかと
錯覚してしまうほどだった。



31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 17:58:24.78 ID:oQgXtHgi0

「うあああああああああ!!」

梓は痛みに耐えながら冷や汗をかいていた。

「ほら。ごめんなさいは?」

唯が鍵を回すように指を捻った。

梓の太ももの痛みが倍増する。


「ぎゃああああああああああああああああああ!!」

「ごめんなさいは? 早く言わないともっと酷いことするよ?」

「嫌だ……!! あんたなんかに……絶対に言うものか……!!」



32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:03:21.90 ID:oQgXtHgi0

梓は顔中に嫌な汗をかきながら荒い呼吸をしていた。

絶対にこの悪魔に屈したくない。
その誓いは今でも変わらなかった。

「君は本当に強情な女の子だね。賞賛に値するよ。
 まあ、そういうところも好きなんだけど……」

唯は責めを中断し、扉の方を向いて叫んだ。

「憂~!! 入ってきなさい!」

「は、はい。お姉ちゃん」

憂がびくびくしながら入室してきた。

タイミミングが良いのは、憂が部屋の前で
待機していたからだろうか。



35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:08:06.20 ID:oQgXtHgi0

「梓の奴が言うことを聞かなくて困ってるんだぁ。
 ちょっと道具を持ってきくれる?」

「え? あれを使うつもりなの?」

「そうよ。いいから早く持って」

「で……でも、それじゃ梓ちゃんが……」


憂が恐縮した様子で反対しようとするが、
唯にすごい顔で睨まれた。


「…………憂。あんたも口答えする気なのかな?」



36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:13:16.93 ID:oQgXtHgi0

「は、はい!! すぐに用意します!!」

憂は駆け足で部屋から去っていった。

唯は口を尖らせながら愚痴をこぼす。

「ったく、すぐに言うことを聞けばいいのにね。
 憂はいつまでたってもグズでノロマなんだから。
 そう思わないあずにゃん?」


「……」


梓はそっぽを向きながら無視した。



37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:19:11.91 ID:oQgXtHgi0

「ねえってば。無視する気? 感じ悪いなぁ」

「…………話しかけないで。池沼女」


梓にできる唯一の反撃が暴言を吐くことだった。

無論、それは唯を激怒させることになるだろう。


それが分かっていても、
梓は唯にやられたままでいるのは我慢できなかった。


「…………はい。私カチンときちゃいましたぁ。
 お仕置きタイムでーす!!」



38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:25:15.20 ID:oQgXtHgi0

案の定というべきか、唯は苛立ったようだ。

彼女は勢いよくベッドから飛び降り、机の引き出しを開けた。

そしてあるものを取り出し、それを片手に持って
梓の足の裏にあてた。


「ひゃあ!?」

「くすぐったいでしょ? こちょこちょ~~~」

唯が猫じゃらしを上下左右に揺らした。

じゃらしの先端のやらわかい部分が触れると、
信じられないほどくすぐったい感触がして狂ってしまいそうだった。



39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:31:13.73 ID:oQgXtHgi0

「く!!  んんんんんんん!!」


梓は唇をきつく閉じて声を出さないようにしていた。
ここで笑ってしまっては唯を楽しませるだけだと思ったのだ。


「ほーら。どんどんくすぐっちゃうよ♪」

「………あは……ひゃひゃ……んん!!…ん」

「足を暴れさせたって無駄だよ?」


梓は苦痛から逃れるために足を暴れさせたが、
足首を唯につかまれていた。



40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:36:28.02 ID:oQgXtHgi0

こうなってしまっては唯にされるがままだ。
唯は梓の反応を楽しみながらじゃらしを動かした。

「ほらほら」

「くうううううう!!……あははははははっはははははははは!!」

耐え切れなくなったのか、梓は笑い始めた。


「もっと笑ってごらん?」

「あはあはははははははあははは…!! ……やめ……やめて!!」

顔は笑っているが、梓は死んでしまいたいほどの苦痛だった。



42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:40:44.33 ID:oQgXtHgi0

笑い続けているため、息を吸うタイミングが見つからず、
窒息死してしまいそうだった。

「ねえあずにゃん。私ね、池沼って言われるのが大嫌いなんだ。
 本当はあなたのこと八つ裂きにしたいくらいムカついてるんだけど、
 特別にお仕置きするだけで許してあげてるんだよ?」


「ひゃっひゃひゃひゃひゃあひゃはy!!」


唯が言っていることなど梓の頭に入っていなかった。

息を吐き続けているため腹筋にすごい力がかかり、
視界がだんだんとぼやけていった。

もう我慢するのは限界に近かった。



44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:46:05.49 ID:oQgXtHgi0

「もう二度と私のことを池沼って呼ばないって約束できるかな?
 約束できたらくすぐるのをやめてあげる」

「あはyはひゃはやはyはやひゃはや!! わかりました!!
 二度と……二度と言いませんから!!」


「…よし。いい子だね。ご褒美にキスしてあげるよ」


唯は猫じゃらしを投げ捨てて梓にキスした。


「……きゃ!?」

「ぶちゅ~」



45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 18:52:10.24 ID:oQgXtHgi0

梓にとってその強引な接吻は暴力のように感じられた。

(き、気持ち悪い……!! 
 こいつ、どうして女同士でこんなことが平気でできるの!?)

梓は信じられないものを見てしまった顔で唯を見ていた。


「ん……く……苦し………!!」

「ちゅ~」

「い……き……できな……!!」

唇は唯に塞がれたままだ。

梓は息が苦しくて顔をゆがめた。



53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 19:55:01.95 ID:oQgXtHgi0

先程のくすぐり攻撃とは違う種類での苦しさだった。

唯の吐息が口腔に入ってくるのが気色悪かった。

そんな梓を知ってか知らずか、唯は舌をからめてきた。

「ちょ………やめ……!!」

ぬるぬるした唯の舌が気持ち悪くて、
梓は吐いてしまいそうになる。
同性同士のキスなど、梓の望む所ではなかった。

いっそのこと唯の舌を噛み切ってしまおうかと思ったが、
その後のことを考えると怖くて実行できなかった。



55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 20:01:37.25 ID:oQgXtHgi0

「__ぷはぁ」

唯はようやく唇を離した。

互いの口に唾液がしたたり、
細い糸のように銀色に光る液体の橋ができた。

梓はますます気持ち悪くなって、
我慢できずに悪態をついてしまった。

「この大バカの変態!! どうして女同士で
 こんなことができるのよ!! 本当に気持ち悪い!!」

梓の怒鳴り声はいままでで最大のものだった。
もし縄で拘束されていなければ、唯を殺してやりたいほどだった。



56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 20:09:25.68 ID:oQgXtHgi0

「ふーん。せっかくのキスが台無しにされた気分だよ。
 そこまで言うからには……覚悟はできてるんだろうね?」

唯の覚悟はできているんだろうね、
という部分に抑揚がついていなかった。


部屋の空気が寒気がするくらいに張り詰めた。


梓は自分の置かれた立場を再認識させられた。


唯を怒らせれば最悪の場合、殺されてもおかしくはないのだ。



57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 20:15:23.50 ID:oQgXtHgi0

梓は全身に走る悪寒に耐えながら、
自らの失言に後悔する。

梓には唯が怒れる魔獣のように思えた。

「厳しいお仕置きといきたいところだけど、
 その前に憂が持ってきてくれる道具がないとね」

唯は壁にかけてある時計を見上げた。

「それにしても遅いなぁ。憂のバカたれ。
 いつになったら持ってきてくれるのかな?」

唯が愚痴をこぼすのも無理はなかった。

憂が部屋を出て行ってから、
それなりに時間が経過していた。



58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 20:21:07.56 ID:oQgXtHgi0

もしかしたら、妹になにかあったのかもしれない。

そう判断した唯がドアを開けて様子を見に行った。




部屋には、梓1人が残された。


(今の内に早くなんとかしないと……!!)


梓は顔面蒼白になりながら脱出の方法を考えた。



59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 20:27:07.50 ID:oQgXtHgi0

現状では両手を縛られている。
縄はベッドに固定されており、頑丈のようだが、
幸いというべきか足は拘束されていない。


せめて近くに刃物のようなものでもあれば、
縄を切ることができるかもしれないが、
そんなものはどこにもない。


あるいは電話のような連絡手段があればいいのだが、
残念なことにこれも見当たらなかった。


(どうしよう。このままじゃ唯が帰ってきちゃうよ……!!)



60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 20:34:09.91 ID:oQgXtHgi0

壁掛けの時計を見ると、
唯が出て行ってから五分が過ぎようとしていた。


(ど、どうすればいいの!?)


あせる気持ちが、やがて絶望に変わろうとしていた。

そういえば憂は何をしているのだろうと梓は考えた。
いまごろ唯にお仕置きをされている最中かもしれない。

何しろ唯の言いつけを守らず、最悪の場合は
命令違反を犯しているかもしれないからだ。



61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 20:40:12.17 ID:oQgXtHgi0

あのキチガイの姉に逆らうなど万死に値する行為だろうに。


梓はそう思いながら、
時計の針が時を刻んでいくのをぼーっと眺めていた。


時計の秒針が動くとともに、
死神が行進してくる様子が頭に浮かんでいた。



62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 20:45:40.90 ID:oQgXtHgi0

ダンダンダン



「!?」



梓は体を緊張させた。


誰かが階段を勢いよく昇っている音が聞こえたからだ。



63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 20:50:06.72 ID:oQgXtHgi0

ダンダンダン


ダン



その足音は部屋の前で止まった。


そしてゆっくりと扉が開かれる。



(神様…………私は……助からないのでしょうか)



69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 21:26:43.46 ID:oQgXtHgi0

梓は大粒の涙を流しており、扉の方など見ていなかった。

できるのは目をつむって自身の運命を呪うことだけだった。

「大丈夫か、梓」

耳に入った声は唯でも憂のものでもなかった。

驚いた梓が顔を勢いよく目を開けると、
そこにいたのは秋山澪だった。

「澪……先輩……!?」

「ああ、もう大丈夫だぞ。憂ちゃんから話は聞いている。
 ここから脱出しよう」



70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 21:32:11.93 ID:oQgXtHgi0

澪が梓の拘束を解いていった。

久しぶりに自由になった両手の感触を確かめながら、
梓の心に希望の光が宿り始めた。

「せ、先輩……脱出するにしても、唯はどうしているんですか?」

「私が倒したよ」

「え?」

「不意をついて唯に襲い掛かかった。
 今頃、唯は気絶しているはずだ」



71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 21:38:11.49 ID:oQgXtHgi0

「そうなんですか…」

「とにかく、長話してもしょうがないから早く行こう」

「はい!」


梓は澪と手をつなぎながら部屋を出た。

まるで魔界のように感じられるこの家の廊下を恐る恐る歩く。

すると、階段の少し手前に人が倒れている姿が見えた。



72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 21:44:11.18 ID:oQgXtHgi0

「ひ!」

梓が脅えて声を出した。

倒れているのは平沢唯のようだ。
うつ伏せの状態で頭から血を流している。

梓は他人の流血している様子を見るのは初めてだったので
ひどく動揺したが、表に出さないようにした。

しかし、唯の不気味な姿はまるで死体のように感じられた。

まさか本当に死んでないだろうかと不安になり、
梓が澪に聞いてみると、

「バットで頭を強く打ったからな。
 血は出ているけど死んではいないと思うよ」



73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 21:50:06.76 ID:oQgXtHgi0

「それならいいですけど……」

澪の答えに少し疑問を抱きつつも、梓は階段を下りた。
階段を下りてすぐのところに玄関がある。

ようやくここから脱出できるのだと梓が考えていると、
澪が急に立ち止まった。


「?」


梓が不審に思い、澪にどうかしましたかと尋ねた。

「いや、一つ気になったことがあって。
 梓の顔……赤く腫れているよ」



74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 21:56:20.55 ID:oQgXtHgi0

「え? あ……これは唯にぶたれたんですよ。
 あれは痛かったなぁ。力いっぱい叩かれました」

「……そうなんだ」

「そんなことはどうでもいいですから、早く外に出ましょうよ」


しかし、澪は一歩も動こうとしなかった。

平沢家は不気味な静寂に包まれている。


「あ、あの、どうしましたか先輩?」

梓は不安になりかけてきた。



75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 22:02:34.49 ID:oQgXtHgi0

直感で分かるのは、澪の様子が普通ではないということだった。

梓は澪の無言が怖くて、足が震えていた。


「…………うらやましい」


澪が呟いた。


「え?」



76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 22:08:21.14 ID:oQgXtHgi0

現在、梓には澪の後姿しか見えていない。

ずっと澪に手を引かれながらここまで歩いてきたのだ。

気のせいか、澪のロングヘアーが震えている気がした。

梓は恐る恐る話しかけた。

「あの……大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だよ。ただ、どうしても我慢できないことがあるんだ」

「な……なにがですか?」



77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 22:14:06.10 ID:oQgXtHgi0

「聞きたい?」

そう言って澪は振り向いたが、梓は悲鳴をあげた。


「ひ!」


澪の目は血走っていて人間のそれではなかった。

しかし、梓はその恐ろしい目に見覚えがあった。


唯の目である。

梓に暴行を加えた時の唯もこのような目をしていた。



78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/12(月) 22:20:08.74 ID:oQgXtHgi0

「やっぱり唯だけずるいよな。梓を独り占めするなんて。
 本当は私だって『あずにゃん』をいじめたいんだよ?」

「いやああああああ!! こないでええええ!!」


梓は両手を突き出して澪を突き飛ばそうとしたが、
がっちりと両手をつかまれてしまった。


「無駄な抵抗はするなよ。
 これから楽しいことをしてあげるから」


澪の獣のような吐息が梓にかかる。



5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 16:33:10.64 ID:nqR5cia20

梓は澪の体が迫ってきたのでなんとか手で押しのけた。


先程まで澪が立っていた場所のすぐ後ろに憂がいた。

肩で息をしながら大きいフライパンを握り締めている。

どうやらあれで澪の頭を叩いたらしい。

「あずさちゃん……大丈夫だった!?」

「え? あ、そうか。ありがとうね憂。助かったよ!!」

梓は飛び上がりたいくらいにうれしかった。

まさか憂が助けにきてくれるとは思っていなかったが、
これで障害となるものは全て消えたのだ。



6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 16:36:08.55 ID:nqR5cia20

澪が突然豹変したことは気がかりだが、
今は気絶しているようなので問題ないだろう。

後は玄関から脱出するだけだ。

梓が安堵していると、
階段の方から足音が聞こえてきた。



タンタンタン


ゆっくりとした足音が二階から聞こえてくる。
何者かが降りてきているのだろう。

その音は梓に死の恐怖を呼び起こさせた。


(唯が目覚めたの!? どうしよう!? 
 早く逃げないと……殺される!!)



7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 16:41:21.55 ID:nqR5cia20

唯に捕まればどうなるかは想像するのも恐ろしかった。
憂を含めて皆殺しにされても不思議ではない。

梓は全身の毛が逆立つような思いをしながら、
玄関の扉に手をかける。


タンタンタン


今も何者かが階段を降りる音が聞こえるが、
そんなものにかまっている暇はない。

震える手をなんとか押さえながらドアノブを回そうとしたが、
びくともしなかった。


(そんな……!?)


梓は目を見開いた。



8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 16:48:07.62 ID:nqR5cia20

開かない理由は梓の手が震えているためでも、
ドアノブが壊れているせいでもない。


そばにいる憂が……ドアノブをそっと押さえていた。


「どこに行くの?」


憂は梓の行動を非難するような目つきをしている。
しかし、梓の方がよほど憂を非難したい気持ちだった。
たまらず声を張り上げてしまう。

「どこって……ここから脱出するに決まってるでしょ!! 
 ふざけるのもいい加減にしてよ!!
 どうして私の邪魔をしようとするの!?」

「……もう遅いんだよ。わからないの?」

「は!? 意味が分からないこと
 言ってないで早くその手を離して!!



9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 16:54:06.43 ID:nqR5cia20

その問答の時間が無駄だった。


タン、タン


何者かは階段を降りてしまった。

そいつは玄関にいる梓の方を真っ直ぐ見つめていた。


「…………!?」


その人物と目が合った瞬間、梓は気絶しそうなほどの衝撃を受けた。

これは幻覚だと信じたいが、
階段から降りてきた人物は憂だった。

髪の毛は憂と同様のショートのポニーテールに
まとめられていて、梓のすぐそばにいる『憂』と
瓜二つだった。



11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:00:10.85 ID:nqR5cia20

頭から出血が確認できることから、先程まで
二階の階段前で倒れていた人物で間違いはないはずだ。

血塗られたシャツを着た人物は、
機械人形のような無機質な表情で梓を見つめていた。


「……………な……!?」

梓はまともな言葉を発することができないでいた。

耐え難い現実に頭が混乱しているのだ。

いっそのこと思考を停止して発狂してしまえば、
どんなに楽になるだろうかと考えたほどだった。

(ありえない……同じ人間が二人もいるわけない……
 きっと唯がどちらかに化けているんだ)

梓は深呼吸して偽者探しを始めた。



12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:06:00.78 ID:nqR5cia20

今日梓をベッドの上で襲っていたのは間違いなく唯だった。

いくら姉妹がそっくりだとはいえ、
話し方や微妙な仕草の違いから、
あれは唯本人だったことが判断できる。

ゆえに、階段の近くにいるのは憂に変装した唯。

そして梓のそばにいる憂は本物のはずだ。

そうでなければ、澪から梓を助けてくれるはずがないからだ。

毎日のように平沢姉妹に接してきた梓だけに、
姉妹の見分け方は心得ているつもりだった。

それは健全で常識的な思考であったはずだった。

本来であれば……



13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:11:12.51 ID:nqR5cia20


「すごい汗だよ?」 

それは隣から聞こえた声。

そばにいる憂がハンカチを取り出して梓の顔を拭いていた。

それに反応する余裕がない梓は黙ってされるがままの
状態だった。恐怖のあまり、ハンカチが肌に触れるたびに
ナイフで命を削られているような錯覚に襲われた。

「そんなに震えてどうしたの? 具合でも悪いの? あずにゃん」

「…………!?」


梓が疑惑の目でそいつの顔を凝視した。


今のは聞き間違いだと信じたいが、
間違いなく目の前の憂が発言したものだった。



14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:17:07.91 ID:nqR5cia20

(あずにゃん……ですって?)


その呼び名はけいおん部に入部して間もないころに
唯から頂戴したあだ名であり、唯以外の者が使用することはない。

通常であれば……。


(まさか……こいつ……もしかして…)


梓は背中に冷や汗が流れているのを感じていた。

口の中はすっかり乾いてしまって気持ちが悪いが、
今はそれでことではない。

梓は恐怖のあまり感覚が狂い、
金縛りにあったように体を動かせないままでいた。



15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:22:48.50 ID:nqR5cia20

ドサッ


突然、人の倒れるような音がした。

何が起きたのかと梓が驚くと、
階段から降りてきた憂が倒れていた。

先程と同じようにうつ伏せの状態で、
後頭部のあたりから出血が確認できる。

まるでその姿は力つきて
倒れてしまったかのようにも思えた。

先程までは立っているだけでも
限界だったのだろうか。


「あーあ。お姉ちゃんが倒れちゃった」


梓のそばいる憂がゴミを見るような目で
倒れている者を見ていた。



17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:28:45.87 ID:nqR5cia20

(お姉ちゃんですって……!? 白々しい!
 あんたが変装した唯なんでしょうが……!!)

梓は今にもそいつに食って掛かりたいのを我慢していた。


「あちゃー。死んだのかな?」

その憂は倒れている憂に近づいて頭を持ち上げていた。

傷の様子でも確認しているのか、その場に膝をついていた。

ちょうど梓には背中を見せている位置になる。


(……!!)


この時点で梓に最大の好機が訪れた。



18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:33:12.72 ID:nqR5cia20

背後には玄関の扉があるので、今すぐここから脱出することができる。

しかし、どうしても確かめたいことがあった。

それは犯人についてだった。

今日リビングで頭を殴られて部屋に拉致されて以降、
梓を痛めつけたあの人物の正体は一体誰なのか知りたかった。

同時に、梓はそいつのことを殺してやりたいほど憎んでいた。
あれだけのことをされたのだから、それは当然の感情だ。

地獄の拷問に耐えながらも、
いつか復讐してやると心に決めていたのだ。


「うああああああああああああああああああああああ!!」

梓は大声を出しながらその人物へ接近した。



19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:38:39.80 ID:nqR5cia20

その勢いのまま、そいつの頭を後ろからつかんで壁にぶつけた。

「ぎゃ」

そいつの悲鳴のようなものが聞こえたが、
梓は無視して行為を続行する。

何度も、

何度も壁に打ち付けた。


「げ」



打ちつけるたびに肉がつぶれるような音と
血が飛び出る音が聞こえたが、梓は容赦しなかった。

そいつの頭を掴む手に思い切り力をこめた。



20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:44:26.72 ID:nqR5cia20

グチャ


ピチャ


そいつの頭から出る血があたりに飛び散る。

梓は返り血で洋服を汚す。

それでも梓は打ち付けるのを止められなかった。

文字通り、そいつを殺してやりたいほど恨んでいた。

あの時の痛みと恐怖が梓の心に鬼を生んでしまったのだ。


「ぐげ」


そいつは両手をだらりと垂らして倒れた。



21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:50:23.95 ID:nqR5cia20

壁にはそいつの血がこびり付いていたが、
梓はそれには目も向けず、そいつのそばに膝をつく。

白目をむいているそいつの顔を持ち上げ、
髪の毛をほどいてやった。

梓はふわりとしたボリュームのある
彼女のショートカットを注視した。


(やっぱり……こいつは唯だった)


梓がそう思った理由として、唯の髪の毛は
くせのある髪であるのに対して憂の髪は直毛に近い。

そして目の前にいるそいつの髪は前者のものだった。

それに加えてあずにゃんと呼んでいたこと、
梓の逃亡を阻止しようとドアノブに手を
かけていたことも根拠になりうるだろう。



22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 17:55:29.63 ID:nqR5cia20

その結論が梓の表情を凍らせた。


(なら……あいつの正体は憂だ)


梓はぞっとした。

階段から降りてきた人物が唯ではなく憂ということは、
いままで梓を拷問したのはかつての親友だったことになる。

憂は恐るべき変装技術で梓を欺いていたとでもいうのだろうか。

(でも、あいつも間違いなく唯だったはず)

今でも自分の考えに自信が持てなかった。

念のため、階段から降りてきた方も確認してみることにした。

同じように髪の毛をほどいてやる。



23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 18:00:10.06 ID:nqR5cia20

ショートカットの髪質を細かく確認したところ、
こちらも唯と全く変わらないくせのついた髪だった。

梓は流れ出す冷や汗をぬぐうこともなく、
両方の女の口元や目元、眉毛、体型などあらゆる部分に
違いを見つけようとしたが、何もかもが瓜二つだった。



まるで唯が二人いるかのように。




(……もうやめよう……今日はきっと疲れてるんだ。
 家に帰ってゆっくり休めば、何もかも忘れられる)


ふらふらする足取りで梓は立ち上がり、玄関の扉を開いた。



30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:05:15.52 ID:nqR5cia20

一歩外に踏み出て道路を見た瞬間、梓は猛烈な吐き気に襲われた。


(…!!)


なんと表現していいかわかならい感覚だった。
吐き気を通り越して失神してしまいそうな苦しみだった。

もう立っているだけでも限界に近かった。

手足が痺れて感覚を失っていくのが恐ろしかった。


(もう……だめ……がまんできない)



31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:11:08.13 ID:nqR5cia20

梓がその場に手をついて嘔吐しそうになった時、
今度は強烈な頭痛が発生し、何も考えられなくなった。


(頭が……ぐるぐると回っている……気持ち悪い……)


梓の意識はそこで途絶えた。



32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:16:09.19 ID:nqR5cia20

           二、


梓は暗闇の世界にいた。


「~~~~~♪」


闇にわずかな光が差すような感覚で、
誰かの鼻歌が頭に流れてきた。

「~~~~~~♪」

梓にとって聞き覚えのあるその曲は、
ふでペン・ボールペンだった。

楽しかったけいおん部の思い出が形となって
梓を祝福しているような気がした。

次第に気分が高揚し、梓の意識が覚醒していく。



33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:21:23.42 ID:nqR5cia20

「目が覚めたの?」

その声に反応して梓は目を開けた。

「ここは……?」

「けいおん部の部室だよ。
 あずにゃんが気持ちよさそうに寝てたから、
 起きるまで待っててあげたの」

梓は唯に膝枕されて頭を撫でられていた。

顔を持ち上げてあたりを見渡すと、他には誰もいなかった。

窓から真っ赤な夕日が差し込んでいた。

「他の皆はもう帰ったよ。
 私だけあずにゃんとずっと一緒にいたの」

「そ、そうなんですか。すいません。迷惑かけて」

「全然気にしてないよ。
 可愛い後輩の面倒をみるのも先輩の務めだよ」



34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:27:13.32 ID:nqR5cia20

屈託無い顔で笑う唯は、いつもの唯だった。

「ところでさ、あずにゃんはずっとうなされていたけど、
 もしかして怖い夢でも見たの?」

「え? 私、うなされてましたか?」

「うん。すごく苦しそうな顔をしてたよ。それに泣いているし」

「…?」


梓が自分の顔に手をあてると、涙を流していることに気がついた。


「夢を……見ていたんだね。とても怖い夢を……」


梓は唯に抱きしめられた。

抱きしめられた瞬間の安堵感は
形容しがたいものだった。



35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:33:11.47 ID:nqR5cia20

梓は涙が止まらなかった。


「はい…本当に……本当に怖い夢でした……」

「もう大丈夫だよ。私が一緒にいてあげるからね」

「…………ありがとう」


梓は気がすむまで唯の胸の中で泣き続けた。

その暖かさに包まれながら、
暗い感情が洗い流されるような気がして心地よかった。




その後は何事もなく、梓は家に帰ってぐっすり寝た。



36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:37:31.31 ID:nqR5cia20

           三、


次の日の放課後、梓は音楽室に直行して
先輩達が来るのを待っていた。

現在、音楽室にいるのは梓と亀のトンちゃんだけだ。

待っていても暇なので、何気なくトンちゃんにエサを与えていた。

(1人……か)

梓は水槽を眺めながら妙な孤独を感じていが、
やがて音楽室の扉が開かれた。


「来てるのは梓だけか?」


一番最初に来た先輩は秋山澪だった。



37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:42:28.61 ID:nqR5cia20

「はい。待ってたんですけど、まだ誰も来てないんですよ」

「ああ。唯達は掃除当番だからちょっと遅れてくるよ」

「そうなんですか……」

梓が水槽の中の亀を見ながら呟いた。

「来年は……」

「え?」

「澪先輩達が卒業したら、私は一人ぼっちになるのかな……」


不安そうな梓の顔が水槽に写っていた。



38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:49:34.33 ID:nqR5cia20

それは反応に困る話題だったため、
澪は難しい顔をしながら少し考えてこう言った。


「大丈夫だよ。私と律だって廃部寸前だったこの部を
 復活させたんだから。
 梓なら真面目だし、きっと立派な部長になれるよ。」

「……ありがとうございます。気休めでもうれしいです」

「そんな……気休めで言ったんじゃないよ……」

「__うるさい!!」

「__!?」


澪は驚いて梓の目を凝視した。

梓に怒鳴られるのは初めてだったので、
心臓を飛び出すんじゃないかと思うほどの衝撃だった。



39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 19:54:26.13 ID:nqR5cia20

「私は毎日不安に思っているんだ!!
 いつかこのけいおん部が廃部になるんじゃないかって!!
 今年だって部員が一人も入ってこなかったじゃない!!」

ものすごい剣幕だった。

普段梓が唯達の不真面目さに
怒鳴るようなものとは別種のものだった。

澪はなぜ梓がここまで怒っているのか理解できなかった。

恐らく、梓は日頃から溜めていたストレスをここで
発散しているのではないのだろうかと分析した。


「澪先輩はいいですよ! 同年代の仲間が四人もいて!!
 私なんて一人ぼっちですよ!? 先輩達が卒業したら
 私は一人ぼっちなの!! このトンちゃんみたいに!!」

「……梓、落ち着いて……今日はどうしたんだ。
 いつもの梓らしくないぞ……」



40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 20:00:46.56 ID:nqR5cia20

澪は梓にゆっくりと近づいて肩に手を置こうとしたが、

「触るな!!」

梓に冷たく払いのけられた。

瞬間的にカッとなった澪は、大きく息を吸って梓に怒鳴った。


「__梓!!」


「ひ!」


梓はびくっと震えて床に座り、
子猫のように縮こまって鳴き始めた。

声を押し殺して泣いているその姿は哀れだった。

梓とて自分でも最低のことをしている自覚はあったが
暴走する感情を制御できなかった。



42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 20:06:32.81 ID:nqR5cia20

入部以来、自分を大切にしてくれた先輩に対しての
この仕打ちは、誰から見ても酷すぎる。

自らがそれを分かっているからこそ辛いのだ。



澪は梓を呆然としながら見続けていたが、
音楽室の扉が開かれて唯が入ってきた。


唯はうずくまって泣いている梓を見て取り乱した。


「あずにゃん!? __どうしたの!?」


唯は梓に駆け寄って抱きしめた。

梓は澪の時とは違い、唯に対しては抵抗しなかった。



43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 20:11:37.57 ID:nqR5cia20

唯は昨日のように梓を抱きしめながら頭を撫でていた。


「ごめん澪ちゃん。少し席を外してくれないかな?
 あずにゃんと二人っきりになりたいの」


唯が澪と目線を合わさずにそう言った。

澪は何か言いたそうな顔をしていたが、
ため息をついた後、部屋を出て行った。


梓は唯にしがみつきながら震えていた。

「うぅ…………ごめんなさい……」

「いいんだよ」

「私……いらいらしてて……澪先輩に酷いことを……」

「大丈夫だよ」



45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 20:17:31.72 ID:nqR5cia20

「どうしてだろう……唯先輩といると落ち着きます……」

「ふふ。そう言ってもらえるとうれしいな」


唯に抱きしめられると暖かくていい匂いがした。

頭を撫でられると心がふわっとして落ち着いた。

梓は……唯が愛しくてたまらなかった。


「欲しいです……唯先輩が……」

「__あ」


梓に胸を触られた唯が短い声を発した。



47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 20:50:07.87 ID:nqR5cia20

「やわらかい…」

梓は唯の制服の上からこねるように触っていたが、
だんだんと興奮して唯のブレザーを脱がしてしまった。

Yシャツもブラジャーも脱がしていくが、
唯は抵抗しなかった。

梓は唯の胸に顔をうずめた。

両手で唯の乳房を持ち上げながら、
吸い付いてその感触を味わっていた。

「やさしい匂いがします……唯先輩の匂い……」

梓は唯の背中に手を回しながら、
赤子のように甘えていた。

唯はそんな梓を責めることもなく、
ただ頭を撫でていた。



48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 20:55:59.30 ID:nqR5cia20

それが心地よくて、梓はいつまででもこうしていたいと思った。


「キス……してもいいですか?」

涙目で上目遣いの梓がそう言った。

梓は唯の他には何も考えられなくなっていた。

もう唯以外は誰も必要としていなかった。



「__ごめんね。それは無理」


対する唯の反応は淡白だった。

唯は申し訳なさそうな顔をして梓から顔をそらした。



49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:01:16.88 ID:nqR5cia20

今の梓の心はガラス細工のように繊細で崩れやすかった。

それを支えてくれた母のような存在に否定されたことで、
梓は悲鳴をあげたいのを必死で我慢していた。


「__どうしてですか?」


それは唯にではなく、この世界の不条理に対して
放たれたような言葉だった。

唯は目をつむりながらこう答える。


「もう時間切れなんだよ」

「……? どういう意味ですか?」

「ほら、__が来てるよ?」


唯は音楽室の扉を見ながらそう言った



50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:05:28.07 ID:nqR5cia20

何か嫌な予感がして梓はおびえそうになるが、
歯を食いしばって耐えた。


梓はゆっくりと唯の視線の先を追ってみた。



「………………………………………………え?」


音楽室の扉は開けられている。

扉を開けた体勢でこちらを見ている人物が一人いた。


中野梓だった。


(うそ…………でしょ…………!?)



51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:10:14.36 ID:nqR5cia20

その梓は患者衣を着ていた。

彼女の顔色はその服と同様に青白くて恐ろしかった。

まるで病院から抜け出してきた入院患者のようだった。



「あ………………う………………ああ…………」


梓の歯が震えてカチカチと音を鳴らしていた。

反応しようにも体が固まってしまって反応できない。

圧倒的な恐怖で瞳孔が開いており、
手足は機能を失うように痺れてしまった。



52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:16:34.06 ID:nqR5cia20

「……」


そいつは無言で梓を親の敵のように睨んでいた。

特に襲い掛かってくる様子もなく、扉の所で立ち尽くしている。

髪の毛は下ろしていてストレートのロングヘアーの状態だ。

その姿は寝起きに鏡に写る自分の姿と瓜二つ。

無論、現時点では別人という可能性は完全に否定できない。

だが常識で考えれば、
患者衣を着て音楽室を訪れる人などいるわけがない。


(……………………あいつは………一体誰?)


梓は混乱する頭をなんとか落ち着かせながら、
答えを探そうとしていた。



53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:22:26.50 ID:nqR5cia20

しかしすぐに無駄だということを悟った。


(この世界が……狂っているんだ……!!)


そう思った瞬間、目に見える世界がくるりと
反転し、梓は床に手をついて嘔吐した。


「_______おえっ」


凄まじい勢いで異の中のものが逆流してきた。

胸がむかついて、気持ち悪くて、寒気がして
死んでしまいたくなった。


「______________うえ」


吐いたものが音を立てて床に落ちていった。



54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:28:04.65 ID:nqR5cia20

その勢いでしぶきが梓の服にかかるが、
そんなことを気にする余裕はなかった。

唾液と鼻水を垂らしながら吐き続けていたが、
もう吐き出すものがなくなると、その場に倒れた。

酸味のかかった激臭が音楽室に充満した。

梓は目がかすんで何も見えなくなりそうだった。
気が遠くなってこのまま気絶するのだと思っていた。

だが、もう一人の梓がそれを許してくれなかった。


「……」


そいつは無言で梓の体を持ち上げた。


(何を……するつもり……_?)



55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:34:11.64 ID:nqR5cia20

梓は死人のような顔でそいつにされるがままの
状態だったが、やがて何かに乗せられた。

車椅子のようだった。



「何をするの……?」


梓は声に出して言ったが、
返事が返ってくることはなかった。

そいつは淡々とした様子で梓の車椅子を押して、
部屋の外へ連れ出そうとしていた。

強烈な死の恐怖を感じ、
梓は唯に助けを求めようとしたが、
いつのまにか消えていた。



56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:40:25.51 ID:nqR5cia20

梓は唯の名前を叫び続けたが、
むなしく梓の声が木霊するだけだった。


やがて車椅子は部屋の扉をくぐった。


(……………!!)


梓は発狂しそうなほど驚愕した。

そこにあるはずの廊下や階段がなかったからだ。


ここは手術室のような部屋だった。

薄暗くて部屋の全貌を見ることは出来ないが、
中央にベッドのようなものに寝せられてた
少女の姿があった。



57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:45:24.66 ID:nqR5cia20

少女の周りに医者と数人の看護士がいて、
オペをしている最中だった。

医者は少女の体にメスを入れ、臓器を取り出そうとしていた。

ここにあるのは、血と薬品と体臭が混じった匂い。

梓は再び吐きそうになったが、
すでにもどすものは異の中に残っていなかった。


「……」

相変わらず、もう一人の梓は無言で佇んでいたが、
しばらくすると注射器を取り出した。

それを見た梓がパニックを起こしそうになり、
ここから逃げ出そうとしたが、体が動かなかった。

手足を見ると、いつのまにか
車椅子にベルトで拘束されいる。



58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:50:11.01 ID:nqR5cia20

「薬だから……」


そいつは初めて言葉を発したかと思うと、梓の腕に注射した。


「……………………………………ぁぁ」

梓は力の限り叫ぼうとしたが、
出せたのは蚊の鳴くような声だけだった。

意識が混乱し、迷走し、全ての思考回路が切断されて
しゃべることさえできなかった。

(これで……この……世界とはおさらばってわけね……)


最後にそう思いながら梓は意識を失った。



59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 21:56:14.77 ID:nqR5cia20

          四、

目が覚めると、ここは砂浜だった。

定期的に押し寄せる波はすんでいて透明だった。

足元の砂は照りつける夏の太陽で焼けていて、
素足でいるのは熱くてしょうがなかった。


(足が熱い……?)

そう疑問に思いながら自分の格好を確認し、
水着を着ていること気がついた。


デジャブ。


梓はこの場所に見覚えがあったのですぐに思い出せた。
ここは一年の時に合宿で訪れた紬の別荘だ。



60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:01:09.46 ID:nqR5cia20

陸地に琴吹家所有の別荘がある。

一年前に見たそれと寸分違わない景色と夏の暑さ。


なんともバカバカしいと思った。

タイムスリップしたわけではない。
ここは夢の世界なのだと一瞬で気がつくことができた。

夢の中で夢を見ていることに気がつくという滑稽さに
苦笑しそうになりながらも、海へ入った。


そのまま海に浸かりながら塩水の匂いと
ゆっくりと流れる雲を眺めていると、
異変はすぐに起きた。

雲はありえないくらいの速さで動き始め、
やがて雷雲に変わって雨が降ってきた。



61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:06:19.57 ID:nqR5cia20

雨は一瞬で強さを増し、
シャワーのような勢いになった。


「おーい! 梓ー!! そこにいたのか」


遠くから誰かが呼んでいた。

後ろを振り向くと、
澪が別荘から走ってくるのが確認できた。

雨で濡れる砂浜を駆けている先輩の姿を見て、
妙に懐かしく感じるのが不思議だった。

まるで数年ぶりに澪に会うような気分だった。


「梓、まだ一人で遊んでいたのか? 
 この天気だし、今日は泳ぐのは諦めよう。
 早く別荘に戻るぞ」



62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:13:43.16 ID:nqR5cia20

「え? 他のみんなは?」

「もうとっくに戻ったよ。
 梓の姿が見えなかったから探しに来たんだ。
 どうして雨の中、ずっと浜辺にいたの?」

「……」


梓にとっては答える必要のない質問だった。
目が覚めたらここにいたので、いつからここに
いたかなんて分かりようがない。

それよりも澪に言いたいことがあった。


「あの時はすいませんでした……私、イライラしていて、
 澪先輩に八つ当たりをしてしまいました」

「……いきなり何の話?」

今度は澪が首をかしげる番だった。



63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:18:13.23 ID:nqR5cia20

それはこの世界の澪にとって、
記憶にない事柄だったからだ。

しかし梓はあの世界でのことをはっきりと
覚えていて、いつか澪に謝りたいと思っていた。
たとえそれが梓の知っている澪とは違う人であってもだ。


「えっと……なんで梓は泣いているの?
 私、梓に八つ当たりされた覚えがないぞ……?」

「いいんです。ただ一言謝りたかったんです……。
 ごめんなさい。変なこと言って……。
 でも私のこと嫌いにならないでください……」

「あはは。悪い夢でも見たんだろ。
 私が梓のことを嫌いになるわけないじゃないか。
 他のみんなも梓のことが大好きだよ」

「はい……うれしいです……先輩……」



64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:23:51.43 ID:nqR5cia20

それは梓が一番聞きたい言葉だった。

けいおん部という大切な居場所。

そこに所属することが梓の生きがいだった。

梓の心の中に暖かい感情が生まれた。

梓は涙を拭きながら澪に抱きつこうとしたが、
澪の体は消えていた。


「…………………!!?」


全周囲を見渡しても澪の姿は確認できなかった。

つまり、一瞬で消えてしまったのだ。

まるで煙のように。



66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:30:43.59 ID:nqR5cia20

澪が消えた後で身を切り裂くような寂しさが残ったが、
梓はすぐに落ち着きを取り戻した。

ここは夢の世界なのだから、異変が起きるたびに
いちいち驚いていてはきりがないと判断したのだ。


雨は今も降り続けている。

先程より勢いは弱くなって小雨ほどになった。

広大な海の水面をじっと見てみると、
地平線の彼方まで続いているように思えた。


(いつになったら……この夢は終わるのかな……)


気力を失った梓が浜辺に座り、ボーっと海を
眺めていると、人の話し声が聞こえてきた。



68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:36:23.28 ID:nqR5cia20

無論、あたりに人の姿はない。

その声は館内放送のように
何処からか聞こえてくる特殊なものだった。


「ねえ、聞いた? 二年の生徒の話……」

「聞いた聞いた。四階から飛び降りたんだって?」

「そうそう、何でも薬をやってて
 頭がおかしくなったんだって」

「怖いよねぇ~。幻覚でも見えてたんじゃないの?」


話し声から察するに、女子高生の会話のように思えた。

女の子同士の他愛ない噂話のようだが、
なぜか梓には他人事のようには思えなかった。



69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:41:25.73 ID:nqR5cia20

「その女の子、部活をやってたんでしょ?」

「確かあの有名な……けいおん部だっけ?」

「ギターがすごくうまくて有名な子だよね。
 私、あの子のファンだったのに……。
 本当に残念だよ……」

「あの子供っぽいツインテール、可愛かったよぇ。
 一体何が不満で薬なんてやったんだろうね。
 人って分からないなぁ」


それを最後に会話は聞こえなくなった。


梓は眺めていた海に変化が起きているのに気がついた。


水面のはるか先に人影が浮かんできたのだ。



70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:46:20.89 ID:nqR5cia20

遠く離れすぎてそのシルエットは親指程度の大きさ。

それはまるで蜃気楼のようにあやふやとしたものだが、
遠めでも分かるくらいの狂気が感じられた。


(また……あいつが現れたんだ……)


水面に浮いているのは自分の分身だった。

あの時と同じ服を着ていて、
氷のように冷たい無表情だった。

死人のような気味の悪い肌が印象的だった。


そいつは直立不動のまま水面をすーっとすべり、
梓に接近した。


「な……!!」



71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:52:05.81 ID:nqR5cia20

梓はそいつに手を引かれ、海の中に引きずり込まれた。

水の中で息が出来ない梓に抱きつきながら、
そいつは耳元で語りかけた。


「戻ろう。現実に」


水中にもかかわらず、
そいつの言葉がはっきりと聞こえた。

そもそもなぜそいつが水中で話が
できるのかと考えようとしたが、
そんな些細なことはどうでもよくなった。

梓は息が苦しくて返事をするどころではないが、
かまわずそいつは話し続けた。



72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 22:57:21.07 ID:nqR5cia20

「もう夢を見るのは……終わりにしよう。
 あなたはもう戻ることはできない場所まで
 来てしまったの」

「だからね、一緒に行こう?」


そいつはもう梓を睨んでいない。

慈悲深い聖母のような目で微笑んでいた。

そいつと目を合わせると。
梓は夢から覚めるような不思議な感覚に襲われた。

水の中の温度は次第に暖かくなってきた。

その温度は安らぎを感じさせ、
梓は何もかもがどうでもよくなってきた。


死が間近に迫ろうとしていた。



73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 23:02:03.11 ID:nqR5cia20

梓はそいつの手を握ってこう思った。


(いいよ。早く連れて行って……)


それは梓の最後の願いだった。




「あずにゃん……」



空耳に違いないが、
大好きだった先輩の声が聞こえた気がした。

そして梓の意識は永遠に途絶えた。



74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 23:07:33.49 ID:nqR5cia20

         五、


数日前の新聞にこう書かれている記事があった。

『○月×日 ○○県の桜ヶ丘高校に所属する
 二年の女子生徒が四階から飛び降りた。
 女子生徒はすぐに病院へ運ばれたが、
 その日のうちに死亡した。医者の話によると
 落下した際に頭を強く打ったことが原因と見られている。
 なお、警察の調べによると、女子生徒はドラッグを
 服用していたことが明らかになっているとのこと』


それを読んでいた娘が顔を上げ、
キッチンで朝食を作っている母親にこう言った。


「ねえ、母さん。例の女子高生の事件知っているでしょ?
 薬って怖いよね。まさかうちの学校の生徒から自殺者が
 出るとは思わなかったよ」



75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 23:12:09.26 ID:nqR5cia20

「あなた、まだその新聞を読んでたの? 
 ……薬は一度やったら止められないし、
 人生を棒にする恐ろしいものなの。
 あなたは絶対にやったらだめよ?」

「わかってるよ」

そう言うとその女子生徒は席を立ち、
カバンを持って登校の準備を始めた。

「あら、朝ごはん食べていかないの?」

玄関で靴を履いている娘を呼び止める母。

娘は笑顔でこう答えた。

「うん。今日は早く学校に行ってやらなくちゃ
 いけない事があるの。それじゃ行ってきます」

その娘のカバンには、学校用に製作した
ドラッグ防止を呼びかけるポスターが入っていた。

     『最後の願い』  THE END  




77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 23:17:26.12 ID:UV7reEpM0

おつ!!

結局よくわからなかった



78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 23:23:03.21 ID:V11y+FrtO

なんであずにゃんは薬やってたんだ?



80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 23:31:02.04 ID:morBXT4E0

あれか、唯たちの卒業後に絶望してたとか?



81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 23:32:04.02 ID:mWQZbxsO0

終わり?
さっぱりわからなかった乙





82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/07/13(火) 23:32:42.48 ID:nqR5cia20

作者よりネタバレ。

一から四まで梓の走馬灯。実は物語の最初から梓は病院にいた。
全ては死ぬ直前に見た梓の妄想 (悪夢と理想の狭間の精神世界)
四の最後で梓が昇天した(病院で死んだ)

梓がドラッグをやっていたのはけいおん部の
将来に不安を感じてヤケクソになったため。

もう一人の梓は妄想世界の梓に現実を教えようとして現れた。
自分を律しようとする心が生み出した想像上の産物。




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梓「一体何が起きているの……?」
[ 2011/11/01 19:16 ] 非日常系 | | CM(0)

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