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梓「一緒に」 【非日常系】


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http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1319901150/




1 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:12:31.40 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

「……唯先輩って、好きな人はいますか?」

 部室に人がいないと広く感じる。
 いつもはゴチャゴチャしていると思っていたけど、
 改めて見れば物自体は少ないことがわかる。

 他の先輩たちは遅れるそうだけど、唯先輩は先に練習なんてしないはず。
 二人でベンチに腰かけて、とりとめのない話をしていた、でも。

「おおぅ、本人の前で言わせるなんて。
 あずにゃんってば、大胆。……言っちゃおうかなぁ?」

 どうしてこんな話になったんだろう。
 きっと、偶然二人きりになったから。
 なんでもない振りをして、「言ってみてください」と返答した。

「えっとね、あずにゃんが大好き!
 それからね、ういは本当によくできた妹で――」

 一人分ほど距離を空け、私たちは座っている。





2 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:14:52.75 ID:vLZ8LXsOo

「でね、のどかちゃんはちっちゃいころからずっと――」

 返ってきたのはお決まりの答えだった。
 いわゆる『みんな大好き』という答え。
 でも、一番最初に『あずにゃん』と、私の名前を出したことはうれしかった。

「――はいはい、そう言うと思ってましたよ。
 ……私も好きです、唯先輩のこと」

「あずにゃ~ん! おそろいだね、わたしたち」

 飛びかかる彼女を避けることはせず、いつも通りに抱擁を受けいれた。

 なんでもないように『好きです』と言ってみたけど、私の動揺は隠せた気がしない。
 頬ずりをされながら、内心では二人の『好き』の違いに戸惑っている。

「暑苦しいです、離れてください」

 おそろいだからといって素直に喜ぶことはできない。
 私の『好き』と唯先輩の『好き』は違っているから。



3 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:16:35.34 ID:vLZ8LXsOo

「あらあら、お邪魔しちゃったかしら?」

 扉が遠慮がちに開かれ、ムギ先輩がやさしい声と共に現れた。
 はっとなった私に、「どうぞ続けて」という言葉を投げる。

「違うんですムギ先輩! これは唯先輩から――」

「違わないよあずにゃん、私たちの仲だもんね~」

 ムギ先輩は静かに横を通りながら、「それじゃごゆっくり」と笑顔を向ける。
 唯先輩は「了解しました!」なんて言うものだから、
 私の抵抗もあえなく終了となった。

「もう! 離れてくださいよ」



4 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:17:32.53 ID:vLZ8LXsOo

 部室にはカチャカチャという音がひびいている。
 ムギ先輩がティーセットを準備する音。

 心地のいいひびきに誘われ、
 先日食べたショートケーキの味を思い出した。

「あずにゃんも楽しみなんだね、ティータイムが」

「ち、違います! 私はただ……、
 このあいだ食べたショートケーキが美味しかったな、って……」

 二人の視線を一身に受け、動けない。
 地雷を踏んだというのはこのことだろう。

「喜んで梓ちゃん、今日も同じシェフのケーキだから」

「よかったね~あずにゃん」



5 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:19:48.52 ID:vLZ8LXsOo

「もう! 子ども扱いしないでください!」

 そう反発したけど内心は心地よかった。
 私を受け止めてくれる場所がある、人がいる。
 ここに入部するまでは感じたことのない安心感。

「え~、そんなこと思ってないよ。あずにゃんはしっかり屋さんだもん」

「そうよ、だからティータイムが終わったらちゃんと練習しましょう」

 私が唯先輩へ本当に『好き』と伝える。
 その行為はこの空間を崩してしまうんじゃないか。

「……それならいいです」

 黙っていればいいのかもしれない。
 でも閉じ込めておける自信もない。

「唯先輩、そろそろ離れてください」

 もうすぐ律先輩と澪先輩が来てにぎやかになる。
 机に五人分のケーキと紅茶を並べてティータイム。
 それから少しだけ練習をする。

「もうちょっとだけお願い、あずにゃ~ん」

 もうちょっとだけ浸っていたいのは、私のほうかもしれない。



6 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:22:12.25 ID:vLZ8LXsOo

「おーっす! みんなやっとるかね」

「そろってもないのにやってるわけないだろ」

 扉が勢いよく開かれ、律先輩と澪先輩が姿を見せる。
 律先輩は、「相変わらずお熱いですなあ、二人とも」と、荷物をベンチに置く。

「ラブラブですから~、えへっ」

「みんなそろいましたよ? ほら、離れてください」

 唯先輩はしぶしぶ離れ、律先輩に泣きついた。

「あずにゃんのいけずぅ。りっちゃん隊員、わたし振られてしまいました!」

「よーしよし、わかった唯。私の胸で泣け」

「りっちゃん隊員、膨らみが確認できません」

 二人はふざけ合いながら机へ向かい、澪先輩は私に近づいて来る。

「梓、待ったか?」

 そういって少ししゃがみ、「どうかしたか?」と、私の顔をのぞきこんだ。
 私は「いえ、なんでも」と答え、澪先輩は「そっか」と返す。

「みんな、用意できたわよー」

 ムギ先輩の声で集まって、いつも通りのティータイムが始まった。



7 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:25:23.22 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

『梓、それって憧れてるだけじゃない? 唯先輩に』

「そうかなあ?」

 眠る前、純に電話をかけ今日のことを報告した。
 というより、相談したかった。
 憂に相談する気はない、彼女は唯先輩の妹なんだから。

『そうだよ。私だって澪先輩に憧れてるけど、梓の言う好きとは違うもん』

「参考になると思ったんだけどなあ」

 ため息をひとつ、「はあ」とつく。
 ベッドの上を寝転びながら天井を見つめ、そのまま言葉を区切る。

『なーんか残念そう。
 じゃあ梓、唯先輩とどうなりたいの?』

「それは――」

 返す言葉が思い浮かばない。
 気持ちだけが走りすぎて、伝えたあとはなにも考えていない。

『それとも……、唯先輩みたいになりたいの?』



8 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:27:43.52 ID:vLZ8LXsOo

 わからない、ただ唯先輩に『好き』と伝えたいだけなのに。
 答えを出さないといけないのか、わからなかった。

「そういうわけじゃない、じゃないんだけど……。
 そうかもしれないし――」

 我ながらハッキリしない。
 ハッキリしているのは『好き』という気持ちだけ。

「ごめん純、わかんないよ……。どうしたらいいのかな?」

『あ、ごめん梓。そんなつもりじゃなくて』

 少し気まずくなった。
 私のせいかもしれないけど。

『……えっとさ、澪先輩に相談してみたらどう?』



9 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:31:32.62 ID:vLZ8LXsOo

「え、なんで澪先輩に?」

『これは私の主観だけど、梓と澪先輩って似てない?
 見た目もだけど性格的にさ』

 確かにそうかもしれない、どっちも真面目といったところがある。
 私が髪を下ろせば同じような見た目になる。
 でも、澪先輩のほうがお姉さんという雰囲気がしてうらやましい。
 決してプロポーション的な意味ではなく、あくまで雰囲気が。

『それにね、唯先輩と律先輩。この二人も似てると思うんだ』

「あ、わかる気がする。元気だもんね二人とも」

 自分を引っ張って行ってくれそうな相手。
 心の中に踏み込んできて、それでも不快に思わない相手。

『でしょでしょ、だから思ったの。相談してみなよ』

 澪先輩を私、律先輩を唯先輩に置き換える。
 想像すると自然と笑みが浮かぶ。

 思いつきといえばそれまでだけど、それでもよかった。

「そうするよ純。ありがと」

『うん、なんか混乱させたみたいで。ホントごめん』



10 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:33:16.85 ID:vLZ8LXsOo

「いいよそんなの、原因は私なんだし」

『……がんばってね梓、応援してるから』

 電話越しに彼女の心が伝わって来るみたいでうれしかった。
 一人では解決できないことも、二人、三人と集まれば解決できる。
 高校に入ってみんなに出会って、そんな当たり前のことを確認した。

「うん、それじゃおやすみ」

『おやすみ』

 通話を切って枕元に置く、着替えと歯みがきも済んでるしこのまま寝よう。
 相談すればきっと上手くいく。
 律先輩と澪先輩、あの二人みたいになれる。
 純に相談してよかった、持つべきものはなんとやらだ。

「おやすみなさい、唯先輩」

 ここに彼女はいない。
 でも、名前を呼ぶだけで胸が高鳴る。

 もう一度「唯先輩」と呼んでみる。
 目を閉じると姿が浮かんだ、笑顔で私のことを『あずにゃん』と呼ぶ。
 知ってよかった、『好き』という気持ちを。

 おやすみなさい、唯先輩。



11 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:35:28.11 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

 澪先輩と待ち合わせたカフェは繁華街の外れにあった。
 そのたたずまいは隠れ家を連想させ、路地裏にひっそりと存在している。
 レンガ色の外装は落ち着いた雰囲気を感じさせた。

 店内にはジャズ音楽と初老を迎えたであろう店主、
 ドラマの中から抜け出してきたような。

「……苦い」

 澪先輩がストローでアイスコーヒーをすすり、そうつぶやいた。

 静かな店内にカランと氷の音がひびく。
 透明なグラスに注がれた黒い液体、私の印象では大人の飲み物だと感じる。

「ミルクとガムシロップは入れないんですか? そこにありますけど」

「いや、そのまま飲んだらどんな味かなって」

「苦い経験になりましたね」

 イスやテーブルは深い茶色で、白い壁と上手く調和していた。
 壁に物は少なく、風景画が二、三枚。
 床にはところどころ観葉植物。
 天井からぶら下がった照明がそれらを照らし、店内を程よい明るさに保っている。



12 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:36:14.77 ID:vLZ8LXsOo

「それにしても驚いたよ。まさか梓が唯のことを好きだなんて」

「あ……、あのときはちょっと浮かれてたんです」

 澪先輩に電話したとき、第一声に、『唯先輩が好きなんです』と言ってしまった。
 こんな簡単に自分の心を打ち明けるなんて、私はどうかしている。

「澪先輩って……、律先輩のことどう思ってます?」

「それって……梓の言う『好き』か、ってことだよな?
 友達とか先輩後輩じゃなくて」

「……はい」

 私はミルクティーに口をつけ、澪先輩の話に耳を傾ける。

「そうだな……、確かに律のことは好きだけど。梓の言う『好き』とは違うと思う」

 澪先輩は透明な容器を手に取り、ガムシロップを注ぎながら語り始めた。



13 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:37:25.09 ID:vLZ8LXsOo

「ずっと同じ時間過ごすとさ、食べ物とか飲み物の好みが重なってくるんだよ」

 滑らかな動作でストローがまわされ、浮いた氷がカラカラと音を立てる。
 澪先輩はストローに口をつけて飲み、「やっぱりミルクもいるな」とつぶやく。

「……今アイスコーヒー飲んでるけど、これも律の影響なんだ」

「なんだか大人っぽく見えます」

「中学のとき二人でファミレス行ってさ、私はオレンジジュースを頼もうとしたんだよ。
 そしたら律の奴、『アイスコーヒーにする』って言うもんだから、私もそうした」

 今より少し幼い二人、仲良くしている光景を想像すると微笑ましい。

「ちょっと大人ぶりたかったのかな、私も律も」



14 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:38:54.04 ID:vLZ8LXsOo

 澪先輩は使いきりサイズのミルクを開け、コーヒーに注ぐ。
 最後の一滴を確認してから、容器を隅にやって話を続けた。
 私もミルクティーを飲み、聞き役を続ける。

「他にも音楽の好みとか、言葉づかいとか、
 律に影響されてるんだなって思うよ」

「そういうものなんですか? 幼なじみって」

「うん、逆に律も私に影響されてると思う」

 コーヒーに注がれたミルクは溶けきらず、
 白と黒が不規則に入り混じっている。



15 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:40:17.22 ID:vLZ8LXsOo

「そのうちわからなくなるんだ、
 どこからどこまでが自分の範囲なんだろう、って。
 だから……、私の好みの三分の一は律と重なってると思う」

「なんだかうらやましいです、そういうの」

「そうか? そういうものなのかな……」

 澪先輩は少し考えた表情をしながら、再びストローをまわす。
 かき混ぜるうちに白と黒が混じり合い、きれいな茶褐色になった。

「――まあ、悪くないのかもしれないな」

 そう言って、澪先輩は再びストローに口をつける。
 まるで恋人に口づけをするみたいに。

「うん……やっぱり、こっちのほうが私の口に合ってる」

 澪先輩は表情をやわらかく崩し、今日初めての笑顔を見せた。



16 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:41:46.77 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

「なにかいいことあったの? 梓ちゃん」

 表情に出さないようにしていたけど、憂に言われて気がついた。
 昼休みの教室、昼食を終えていつものメンバーで談笑をしていたところに。
 集まるのは私の机のまわり。
 憂はしゃがんで両腕と頭を机に乗せ、純は立ちながら片手を机に乗せている。

「え? なにもないけど。……憂こそほら、いいことあったんでしょ」

「こらこら梓、憂に振らないの」

 純にたしなめられ、私は一旦黙ることにした。
 二人の話を横耳で聞き、教室のにぎやかさをながめる。

 ぼうっとしているときに考えることは、唯先輩のこと。



17 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:43:13.42 ID:vLZ8LXsOo

「――――でね、昨日――お姉ちゃん――、こんなこと、――」

「ホントに? うん――面白いね、――、憂のお姉ちゃんって――」

 静かにしていようという決意も、唯先輩の名前が出れば別の話。
 猫じゃらしを見せられた猫みたいに、私は憂にくらいついた。

「憂! もう一回聞かせて。唯先輩なんて言ったの?」

「う、うん。もう一回言うね」

「はあ、これだよ梓は。唯先輩のことになったら目の色変えてさ」

 純は後ろを向き机に腰かけ、「お熱いことで」とつけ足した。



18 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:44:05.84 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

『ねえ梓、澪先輩に相談してみてどうだった?』

「うーん、そうだなあ……」

 今日も純に電話、そして憂にはまだ打ち明けていない。
 純と澪先輩に話してなにを今更と思うけど、
 上手くいくまでは内緒にしておきたい。

 ベッドに腰かけ、澪先輩との会話を思い出す。
 結んだ髪をほどきながら、話を始めた。

「律先輩と澪先輩みたいになりたいな、って思った」

『は? それだけ? なにかアドバイスとかは?』

「それだけって、大事なことだよ。
 澪先輩がアイスコーヒーを頼んでね、それは律先輩の影響だ、って言ってた」

『人選をまちがえたかな……』

「ずっと同じ時間過ごしてて、それで好みが重なってくるんだ、って」



19 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:45:48.17 ID:vLZ8LXsOo

 律先輩と澪先輩、二人はただの幼なじみという関係ではないと思う。
 親友という言葉では言い表せないほどの関係。

 息を吸って一旦止め、「私は!」と強く前置きした。
 声を張り上げて、叫ぶみたいに。

「唯先輩とそんな関係になりたいの!
 同じ時間過ごしてお互い影響し合って!
 どこまでが自分の範囲かわからなくなって――」

『ちょっと待ってよ! 梓、私に告白してどうするの?』

「あ、ごめん……純」

 感情が激しくなり、心臓の鼓動が伝わってきた。
 自分でも驚いている。
 こんなに体が熱くなったり、いても立ってもいられなくなるなんて。

『……なんかうらやましいな、梓が』



20 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:46:38.29 ID:vLZ8LXsOo

「え?」

 なにがうらやましいんだろう、私にはわからない。
 こんなに我を忘れて、声を張って、恥ずかしくて仕方ないのに。

『なんかね、梓イキイキしてる』

「そう?」

『……好きになっちゃうかも』

「かも……って。純、冗談やめてよ」

『こらこら、真面目に取っちゃだめだって』

 私が好きなのは唯先輩だけなのに、そう言われても答えようがない。



21 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:47:56.61 ID:vLZ8LXsOo

『ま、応援してるから。大丈夫、梓なら上手くいくよ』

 気休めかもしれないし、根拠はないのかもしれない。

 それでもよかった。
 背中を押して欲しかっただけなんだから。

「……ありがと、純。気休めでもうれしいよ」

『気休めじゃないってば。ホントに』

「ごめんごめん」

 なんだろう、本当に上手くいきそうな気がしてくる。
 舞い上がっていると言えばそれまでだけど。
 勢いがあるうちに言っておかないと、伝えられない気がする。

「決めた! 決めたから」

『え、なになに?』

「唯先輩に告白する」



22 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:50:46.32 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

「お、あずにゃん! 偶然だねー」

 本屋で唯先輩と出会うのはなかなか珍しい。
 でも、隣に和先輩がいるということで、これなら可能性もあるなと思った。

「梓ちゃんは買い物?」

「はい、好きなバンドのスコア……楽譜のことです。
 それを買いに来ました」

 唯先輩に告白すると決めても、簡単に勇気が出るはずもなく。
 だからといって落ち着くこともできず、本屋をうろうろしていた。

「へ~、あずにゃんは努力家だね。ところで楽譜は見つかった?」

「いえ、やっぱり本屋じゃなかなか見つかりません。楽器店に行ってみます」

 和先輩がいなければ、このまま唯先輩と二人きりで楽器店に行けたのかも。
 こんな意地の悪い考えが浮かんで、私は視線を足元に沈めた。

「ところでお二人とも買い物ですか?」

 私は視線を戻し、ごまかすように質問をした。



23 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:51:48.30 ID:vLZ8LXsOo

 唯先輩は和先輩の腕をとりながら、「へへ~」と明るい声を出す。

「今日はのどかちゃんとデートなのです」

 平然と言いのけて、さらに和先輩とくっつく。

「こら、唯。買い物に来ただけでしょ」

 和先輩はそう言うが振りはらうことはせず、唯先輩にまかせるような感じだ。

「……そうですか。私、お邪魔だったですか?」

 この二人は『邪魔』だなんてほんの少しも思わないだろう。
 それをわかっていながら口にした。

「全然、そんなこと思ってないよ」

「そうよ、よかったら私たちと来ない?」

 私の悪意なんて見えないかのように誘ってくれた。
 このまま帰ったら、嫌な気持ちを抱えたままになりそうだ。

「はい、よろしくお願いします」



24 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:53:51.51 ID:vLZ8LXsOo

 三人で本屋を出て、次の目的地を話し合いながら歩く。
 ぶらぶらしながら店を物色し、なにも買わずに時間を過ごす。

「はいはいはい、ここで提案があります!」

 唯先輩が発表する小学生みたいに手を挙げた。
 和先輩は「なに?」と、唯先輩に視線を送る。

「おなかを満たす必要があると思うのです」

「……要するに唯はファミレスに行きたいってことね」

 和先輩は、「梓ちゃん、そういうことだから」と、顔を傾け腕時計を見つめる。

「そうね、ちょっと早いけどいいかしら?」

 私は「わかりました、行きましょう」と答えて、二人について行くことにした。



25 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:54:58.71 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

 お昼にはまだ早い時間帯だったので、店内にそれほど人はいない。
 店員さんに、「こちらの席へどうぞ」と案内され、ボックス席へ向かう。

 唯先輩と和先輩が隣同士、私はその向かいに座った。

「あずにゃんはなに食べるの?」

「そうですね――、唯先輩は決まりましたか?」

「うん、わたしはミートソーススパゲティにする。あとストロベリーパフェ」

 ここのパフェはかなりのボリュームみたいだけど、
 一人で食べきれるのか心配だ。
 そう思いつつ、「和先輩はどうします?」と話を振った。

「そうね、私は……カキフライ定食にするわ」

 ファミレスには若干違和感のあるメニュー。
 唯先輩は、「のどかちゃんはひと味違いますなぁ」と納得済みの顔だ。

「ところで梓ちゃんは?」

「私は……トマトソーススパゲティと、チーズケーキにします」

 和先輩は、「それじゃ呼ぶわね」と呼び鈴を鳴らした。



26 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:55:58.85 ID:vLZ8LXsOo

「唯、大丈夫なの?」

 オーダーを取ったあと、和先輩が水を飲みながら声を出す。
 唯先輩も水を飲みながら「ん?」と答える。

「パフェのことですか? 私たちも手伝いましょう」

 私がそう言うと、和先輩が「違うわ」と、唯先輩の白いブラウスに目をやった。

「そんな白い服着て、ミートソースだなんて……。帰ったらすぐ洗濯するのよ」

「もう汚すこと前提? のどかちゃん厳しいよ……」

 相変わらずこの二人は微笑ましい。
 そう思うと同時に壁のような存在を感じている。
 幼なじみと先輩後輩、長い年月という壁を。

 そんなことを考えながら二人を見つめていると、
 水を飲むタイミングが重なっていることに気づいた。

 二人が一瞬見つめあったように見えたけど、錯覚かもしれない。
 こんなのは日常茶飯事で、特別なことではないんだろう。

 気にしてるのは私だけ。



27 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:58:14.78 ID:vLZ8LXsOo

「ふう、お腹一杯です」

 なんとかストロベリーパフェを片づけ、ひと息つくことができた。
 目の前には空になった容器、涼しい顔をした和先輩、ぐったりしている唯先輩。

「うう、苦しい……」

「唯、大丈夫?」

 心配そうにしている和先輩を見て、私はある考えを思いついた。
 これ以上二人を見ていると、胸が苦しくなってしまうから。

 いつもならなにも思わないのに。
 なんだろう、この気持ちは。

「和先輩、唯先輩を家まで送ってあげてください」

 もういいんだ、告白なんて。

 唯先輩には和先輩がいる、私は隣にいられない。



28 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 00:59:11.72 ID:vLZ8LXsOo

「それじゃ梓ちゃん、私たちは帰るわね」

「はい、唯先輩をお願いします」

「うっぷ、あずにゃんもお達者で……」

 二重の意味でお願いしますと、言ったつもりだ。
 和先輩は唯先輩の背中をさすりながら、二人は遠ざかっていく。

 ファミレスの前、残ったのは私一人。
 楽器店でスコアを買おう。
 そう思って来た道を引き返すことにした。

 もともとそういう予定だったんだ。
 偶然二人に出会って食事をした、ただそれだけ。



29 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:00:08.52 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

 とりあえず楽器店に入り、目当てのスコアを見つけた。
 特別欲しかったわけじゃない。
 唯先輩と来れなかった以上どちらでもよかった。

 あとはなにか買おうか、そう思っていろいろと物色することにした。
 唯先輩は太めの弦使ってたな、とか。
 このピックは唯先輩が気に入りそうだな、とか。

 楽器店に来て唯先輩のことばかり考える。
 今までこんなことはなかった。

 二人で来たかった。
 私が弦やピックを選んであげたかった。
 それを唯先輩に使ってもらって、演奏して欲しかった。

 いつか考えた『自分の範囲』というのを、唯先輩にまで広げたかったんだろう。
 私は独占欲が強かったらしい。
 唯先輩を好きになってようやく気がついた。

 もういいんだ、唯先輩と私は先輩後輩なんだから。
 特別な関係でもなんでもない。



30 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:01:50.41 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

「――そういうわけで、すいません律先輩。
 ――――はい、――ありがとうございます」

 通話を切って携帯を閉じ机に置く。
 学校を休むため担任に連絡したあと、
 部活を休むため律先輩に連絡を入れた。

「はあ、風邪ひくなんて……」

 ベッドにうつ伏せになり顔を枕に押しつける。
 ぼうっとした頭ではロクな考えも浮かばない。

 ショックな出来事があったわけじゃない。
 勝手に舞い上がって勝手に落ち込んだだけ。

 唯先輩と私の関係は先輩後輩、それ以上でも以下でもない。



31 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:03:23.90 ID:vLZ8LXsOo

 窓から差しこむ日差しが少し弱くなってきた。

 携帯のディスプレイで時間を確認する。
 授業はすでに終わって放課後の時間帯だ。
 練習は始まっていないだろう、まだティータイムをしているはず。

「先輩たちどうしてるんだろ……」

 ずっと寝ているのは退屈だ、考えもぐるぐるしてしまう。
 とはいえ出かける元気なんてない、精神的にも肉体的にも。

 今にして思えば、あのティータイムが元気をくれてたんだな、と感じる。
 真面目と思われる澪先輩もなじんでいた。
 そしてムギ先輩がティータイムの張本人。

 ふいにメールの受信音が鳴り、机に手を伸ばし携帯を取った。
 ディスプレイに映し出された文字は『ムギ先輩』だ。

 受信箱を開くと、『今から梓ちゃんの家に行っていいかしら?』と表示されている。



32 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:04:28.82 ID:vLZ8LXsOo

 それからしばらくして、ムギ先輩が家にやって来た。
 玄関で出迎え、そのまま部屋へと案内する。

「おじゃまします。これが梓ちゃんの部屋ね」

「おもてなしできなくてすいません」

 ムギ先輩は、「ううん、いいのよ」と、辺りをキョロキョロしている。
 本棚の上のぬいぐるみ、机、カレンダー、他にもいろいろ。

 どんな物でも好奇心一杯の目で見つめる。
 一体どんな世界が写っているんだろう、ムギ先輩の目には。

「イスに座っていいかしら?
 それと、窓開けていい? 空気入れかえなくちゃ」

 そう聞かれたので、「遠慮なくどうぞ」と返した。



33 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:07:29.88 ID:vLZ8LXsOo

 風は窓の隙間から通り、ピンク色のカーテンをわずかにゆらす。

「今日はケーキを持ってきたの。
 梓ちゃん、ショートケーキが好きみたいだから」

 ムギ先輩は机の上にコトンと箱を置き、その隣に水筒を置いた。
 まるで陶磁器のような白さで、花柄で彩られている。

「その水筒にはなにが?」

 ムギ先輩の表情は、『よくぞ聞いてくれました』と語っているみたいだ。

「紅茶よ。アールグレイ」

「水筒なんて持ち歩いてました?」

「家に帰って持って来たの」

 ムギ先輩は電車で通学しているはず、それなのにわざわざ家から持って来たなんて。
 どんな気分で電車に乗ったんだろう、なにを思って私の家に来たんだろう。



34 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:08:46.55 ID:vLZ8LXsOo

「できればティーセットも持って来たかったな」と、ムギ先輩。

「そんなに気をつかわなくても、すごくうれしいです」

 ベッドに腰かけながらそう答え、イスに座るムギ先輩に視線を向けた。

 風がやさしく流れ、部屋の空気を入れ替えてくれる。

「今日はありがとうございます」

「どういたしまして、喜んでくれてなによりね」

 ムギ先輩はわずかに視線をそらし、「唯ちゃんすごく心配してたから」とつぶやく。
 心配してたと聞いて、私はうれしかったけど。
 それと同時に複雑な感情も渦巻いた。

「……そうですか」

「どうかしたの? 梓ちゃん」

 私はうつむき、「どうもしてないです」と答えた。



35 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:09:32.56 ID:vLZ8LXsOo

 差し込む日差しが弱くなっている、日はだいぶ傾いているだろう。

 私は顔を上げることができず、ムギ先輩を視界からそらし続けた。

「梓ちゃん……? 悩みがあったら、なんでも言ってね。
 私でよければ……力になるから」

 頼もしいけど、どうすることもできない。
 唯先輩と私、親密に見えて埋められない時間がある。

 律先輩と澪先輩みたいにはなれないんだ。

「えっと、梓ちゃん?」

「……唯先輩には、もう……いるんです」

「え……?」

 抑えれきれなかった。
 黙っていればいいのに、それができない。



36 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:11:26.29 ID:vLZ8LXsOo

「唯先輩には……幼なじみが…………、和先輩が……。
 ……もういるから、私じゃダメなんです……」

 目から涙があふれ、膝の上に置かれた手を濡らす。
 言葉が詰まり、何度もしゃくり上げた。

「あの……、梓ちゃん……。落ち着いて、ね」

「……唯先輩が、好きなんです。
 他の人より何十倍も何百倍も好き……。
 違います……、そもそも先輩後輩としての『好き』じゃないんです」

 どうして好きになってしまったんだろう、
 ただ苦しいだけなのに。
 こんな思いをしてまで好きでいたくない。



37 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:12:35.42 ID:vLZ8LXsOo

「気づかなければよかった……。
 『好き』なんて気持ち……知らなければよかったんです」

 せっかくムギ先輩が来てくれたのに、
 こんな後ろ向きの感情を吐き出してしまった。
 謝ることもできず泣きじゃくるばかり。

 そうしていると、ムギ先輩は私の目にハンカチを当ててくれた。
 やさしく涙を拭いてくれて、濡れた手の甲まで拭いてくれて。
 そのうえ、「そんなことないわよ」と、私を肯定する言葉までくれた。

 ゆっくり目を開くと、カーペットの上に正座している姿が見える。

 ムギ先輩はハンカチを手に持ちながら、「私ね……」と前置きし、
 子どもに絵本を読むみたいに話し始めた。

「軽音部のだれにも負けないことがあるの。
 梓ちゃん、わかる?」



38 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:14:00.76 ID:vLZ8LXsOo

 私は返事をする代わりに首を横に振った。
 財力でないのは明らかだけど、それがなにかはわからない。

「……それはね、『軽音部に入ってよかった』っていう気持ちなの」

 ムギ先輩は足を崩し、スカートの折り目を整え座りなおした。
 胸に手を当て歌い上げるような仕草をして、上目遣いで私を見つめる。

「この話って梓ちゃんにしたかしら?
 最初ね、軽音部じゃなくて合唱部に入るつもりだったの。
 それで見学に行ったんだけど――」

 一旦言葉を区切り、私の目を見たまま表情をやわらかく崩す。
 私もじっと座ったまま、相槌も入れずに聞いていた。

「――そのとき、りっちゃんと澪ちゃんに初めて会ってね。
 それで勧誘されて今に至る、ってわけ」

 しばらく沈黙が続き、ムギ先輩が訴えかけるような目線を寄こす。

 静けさが逆に心地よかった。
 私が言うべき言葉も、ムギ先輩が待っている言葉も、すでに決まっていたから。

「……私もムギ先輩と同じです、軽音部に入ってよかった……。
 最初は迷いました。こんなに不真面目でいいのかな、って。
 でもやっぱり、この人たちと演奏したいな……って思ったんです」



39 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:15:47.72 ID:vLZ8LXsOo

 ひとつ気づいたことがある、ムギ先輩と私は似ているということを。
 新しい環境に飛び込んで充実感を得ている。
 他の先輩たちと違うわけじゃない、『よかった』という気持ちが大きいだけ。

「ねえ、梓ちゃん。これからも素敵なことが一杯あるわ。
 思いきって飛び込んで、それが今につながってるの」

 窓の隙間から、風が入り込んでくる。
 さっきよりも少し冷たい風が。

「だからね……梓ちゃん、『好き』って気持ちを伝えてみたらどうかしら?
 伝わったらすごく、素敵なことだと思うの」

「そう……、でしょうか?」

 私の問いに笑顔で返し、スッと立ち上がり窓に手をかけた。

「ちょっと冷えてきたかしら。
 換気も必要だけど、体冷やすとよくないわね」



40 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:16:26.99 ID:vLZ8LXsOo

 ムギ先輩は窓を閉めて鍵をかけ、続けてカーテンを静かに閉めた。

「梓ちゃん、風邪は大丈夫?」と、私のほうに向き直る。

「はい、大丈夫です。明日には学校と部活に行けます」

「よかったわ、ひと安心ね」

 ムギ先輩はそう言って、再びカーペットに座った。

 風邪はよくなっていた、というよりたいした風邪じゃなかった。
 少し弱気になっていただけ、気にするほどの症状でもない。

「……でも」

「でも?」

 私の顔をのぞきこみ、不思議そうな表情で声を出した。



41 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:17:20.56 ID:vLZ8LXsOo

 頬を両手で触れると、かすかに熱を感じた。

「まだ、顔は熱いし……」

 首元に触れると、血管が脈を打っているのがわかる。

「心臓も、どきどきしてます……」

 私の手のひらが、体の変化を読み取っていた。
 それは、心の変化と呼ぶべきかもしれない。

 どちらにしても、数日前とは全く違う。
 確かな変化を感じていた。

「こうなったのは……、唯先輩のせいなんです。
 私に抱きついて、頬ずりしてきて。
 いつも『やめてください』って言ってるのに、やめなくて……」

 ムギ先輩はじっと聞いてくれている。
 子どもを見守る母親みたいに。

「……でも、本当は……やめて欲しくなくて。
 素直に、言えなくて……」



42 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:19:24.84 ID:vLZ8LXsOo

 歪んだ視界の中で、ムギ先輩が私に手を伸ばす。
 ハンカチで目を拭かれ、自分がまた泣いていることに気づく。

「……ありがとうございます」

 震える声でそう答えた。

 ムギ先輩は手を引っ込め、ハンカチをたたみながら、私に笑顔を向ける。
 その表情は、『よく言えました、頑張ったわね』と私に伝えているみたいだ。

 ハンカチをたたみ終わり、次は私に話しかける。

「私ね……、今ちょっと、梓ちゃんがうらやましいかも」

 その言葉は、私に「え?」と、間の抜けた声を出させた。
 こんなことを言われたのは純に続いて二人目だ。

「どうしてですか?」

「だって……梓ちゃん素直になってるから。
 あ、普段は素直じゃない、って意味じゃないのよ」

 ムギ先輩は両手を開いて、目の前で否定するように手を振っている。

「確かに、普段は素直じゃないです。
 でも……今回は、特別ですから」



43 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:20:39.64 ID:vLZ8LXsOo

 ムギ先輩は、「否定しないのね」とひとこと。
 私は軽くうなづき、「唯先輩が好きですから」と、つけ加えた。

「人って――、恋をしたら素直になれるのかもね」

 なんてことを言うんだろう、この人は。

 もう顔を触らなくてもわかる。
 熱を帯び、赤面しているに違いない。

「恥ずかしいこと言わないでください!」

 素直にだなんて、そんな言葉は似合わない。
 ただ、気持ちを吐き出しただけ。
 唯先輩にではなく他の人へ。

「抑えきれなかっただけです」

 純、澪先輩、ムギ先輩。
 少しずつ打ち明けてきたけど、その場しのぎに過ぎなかった。
 本人に言わないことには、なにも始まらない。



44 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:21:32.04 ID:vLZ8LXsOo

「それで梓ちゃん、どうするの?」

「もう、決まってます」

 唯先輩に告白しよう。
 諦めかけてたけどちゃんと伝えないと。

「ムギ先輩に話したら……、スッキリしたっていうか、勢いがついた感じです」

「少しでも役に立てたのなら、うれしいわ。
 それで、私にできることってないかしら」

「たいしたお願いじゃないんですけど――」

 ムギ先輩には偶然を起こしてもらおう。
 待ってるだけじゃ、なにも始まらないから。



45 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:22:20.79 ID:vLZ8LXsOo

――――――――――――――――

「……唯先輩って――、いえ……なんでもないです」

 部室に人がいないと広く感じる。
 このあいだはそう思っていた。
 二人でベンチに腰かけ、他の先輩たちを待っている。

 私の右隣には唯先輩、距離は一人分ほど。

 体をひねり視線を唯先輩に移すと、部室が狭く思えた。

 律先輩のドラムセットも、落書きされたホワイトボードも、
 ティータイムの机も、憂が弾いたオルガンも、全部見えなくなって。

 まるで、私と唯先輩のまわりだけ、
 世界から切り取られてしまったみたいに。

「ん……、あずにゃん? どうしたの?」



46 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:23:43.27 ID:vLZ8LXsOo

 部室で二人きりになれるように、ムギ先輩に頼んで、
 律先輩と澪先輩を引き止めてもらっている。
 唯先輩には偶然と思えるように。

「他の先輩方来ませんね、どうしたんでしょう?」

「んー、みんなはね。クラスの手伝いするみたい。
 ムギちゃんから聞いたよ」

 どうやら上手く話してくれたみたいだ。

 ムギ先輩には『ありがとうございます』と、
 律先輩と澪先輩には『すいません』と、
 それぞれ心の中で伝えた。

「また二人っきりだね、あずにゃん」



47 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:24:37.05 ID:vLZ8LXsOo

「そうですね、ところで唯先輩――」

 まだ言うには早い、さり気なく伝えようか。

「あずにゃん?」

 それとも、しっかりと向き合って伝えようか。

「えっと、ですね。その……」

「どうしたの?」

 思わず顔を背け、両手をぎゅっと握り、全身が緊張して動けなくなった。

「もしかして……、カゼ治ってないの?
 だったらみんなに言っとくから、
 帰ったほうがいいかも……。わたし送ってくよ」

 私は「違います」と首を横に振り、また沈黙した。



48 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:26:19.78 ID:vLZ8LXsOo

「もしかして、怒らせること言っちゃったかな?
 そうだったら……ごめん、あずにゃん」

 唯先輩は困ったような声で、そうつぶやく。
 私との距離を測りかねているみたいに。

「……唯先輩はそんなこと言いません」

「だったら――」

 唯先輩は身を乗りだし、一瞬たじろいだ。
 二人のあいだに見えない壁があって、ぶつかるのを避けるみたいに。

 手を伸ばせば触れる距離なのに、ちっとも届く気がしない。



49 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:26:57.73 ID:vLZ8LXsOo

 そう思っていたのに、唯先輩は両手を伸ばしてきた。
 私の肩に手を置き、悲しそうな目で見つめてくる。

 その目は、『お願いだから話して』と語りかけているみたいだ。

 たった二文字。
 いや、先輩に対してだから四文字。

 それを言うために悩んで、相談して、くじけそうになって、また勇気を出して。

 ひとこと伝えるだけなのに。

 そんな簡単なことができないなんて。
 自分が情けなかった。

 私の震えが唯先輩に伝わり、ますます心配そうな目を向けてくる。



50 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:27:47.84 ID:vLZ8LXsOo

「……唯先輩。怖いんです……。
 言ったら嫌われるかも、軽音部にいづらくなるかも。
 そんなことばかり考えてて、
 もうちょっとなのに……勇気が、出なくて……」

 唯先輩は体を近づけ、顔を私の左側に寄せる。
 そのまま背中に両腕を回し、抱きしめてくれた。
 いつものような強い抱擁とは違って、包み込むみたいに。

 私の耳に、「あずにゃん」と言う声が飛び込んでくる。
 それから、「大丈夫だよ」と言う声が飛び込んできた。

「わたしは……あずにゃんを嫌ったりしないよ、絶対。
 軽音部のみんなも、そんなこと思ったりしないから」



51 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:28:53.87 ID:vLZ8LXsOo

 抱き合ったまま、顔は見えない。
 ベンチと壁と床しか見えず、唯先輩も似たようなものだろう。

「……はい」

 目を合わせなければ言えると思った。
 人の目を見て話さないなんて失礼な行為だけど。

 でも、そうしないと言えそうになかった。
 目を合わせたら、きっと伝えられない。

 私は目を閉じて、両腕を唯先輩の腰に回して抱きしめた。
 雪山で遭難した人間が、救助してくれた人間に感謝するみたいに。

「すき……、です…………」



52 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:29:37.47 ID:vLZ8LXsOo

 腕に力を込める。
 ぎゅっと。

「ゆい、せんぱい…………」

 言えた、ようやく。

 唯先輩は強く抱きしめてくれた。
 それが告白の返事かもしれない。

 長い時間そのままで。
 二人抱き合ったまま、時間が過ぎる。



53 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:30:53.02 ID:vLZ8LXsOo

 校庭からは運動部の声。
 校内からは合唱部の声。

 唯先輩の力がゆるみ、私もそれに合わせて力をゆるめる。

 プレゼントのリボンがほどかれるみたいに体を離した。
 私の体には、ぬくもりがかすかに残っている。

「えっとね……、あずにゃん」

「……はい」

 いつになく真剣な顔で、落ち着いた声で、唯先輩が口を開く。

「…………ごめんね」

 私の体から、ぬくもりが消えた。



54 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:31:54.55 ID:vLZ8LXsOo

 こうなる気はしていた、やっぱり唯先輩は和先輩が。

「わたし気づけなくって、ごめんね……あずにゃん」

 少しは可能性あると思ったんだけど。

「そういう――恋愛っていうのかな? よくわかんなくて」

 初恋は実らないっていうし。

「だからね、教えて欲しいんだ。
 あずにゃんの言う『好き』って気持ちを」

 意外と冷静に受け入れていた、けど。

「は? え? どういうことですか?」

 混乱して考えがまとまらない。
 唯先輩は和先輩が好きで、私の告白を断ったはず。



55 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:33:04.75 ID:vLZ8LXsOo

「唯先輩!」

「う~ん、ようするに。
 返事はオッケーで、だめかな?」

 気の抜けた返事に、考えるのは面倒になって。
 でも体は熱くなって。
 主人に再会した猫みたいに飛びかかった。

「唯先輩のバカ! バカバカ! ばか……」

 二人でベンチにもたれこみ、唯先輩の上で言葉を叩きつけた。
 制服を引っかくように握り、顔を寄せて、涙声で。

「すごく怖かったんですから!
 どれだけ悩んだと思ってるんですか!」

「あ、あずにゃん……。ちょっと待っ――」

「だいたい! 好きになるなってほうが無理なんです。
 あんなに抱きついてきて……それだけじゃないけど、とにかく!」



56 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:34:18.58 ID:vLZ8LXsOo

「好きなんです! 唯先輩が!」

 言いたいことは全部言った。
 体をすり寄せながら、彼女の制服を涙で濡らす。

 満足感とも脱力感ともいえない感覚に包まれ、体を唯先輩へ沈めた。

「――ありがと、あずにゃん」

「……なにがです?」

 顔を見ないまま、力なく返事をした。
 体を密着させると、心臓の鼓動が伝わってくるようだ。

「こんなにわたしのこと、考えてくれてたなんて」

「そんなの……感謝されることじゃないです」

 唯先輩の腕が背中に回され、ぎゅっと抱きしめられる。

 私の体に、ぬくもりが戻ってきた。



57 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:35:39.17 ID:vLZ8LXsOo

 唯先輩の体温が私に染みわたり、心臓まであったかくなってくる。
 いいな、こういうの。
 今まで『やめてください』と言っていたけど、次からは黙っていようかな。

 お互いひとことも発さず、放課後の喧騒に身をゆだねていた。

 部室には相変わらず二人きり。
 他の先輩たちはまだこない。

 ベンチに両手をつき、肘を伸ばす。
 体を浮かせ、二人のあいだに空間を作った。
 そっと離れ、仰向けになっている唯先輩に視線を落とす。

 彼女の肩が小さく上下している。
 その様子から、深い呼吸をしているのがわかった。
 満足気な目をして私を見つめなおす。



58 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:36:38.00 ID:vLZ8LXsOo

 しばらく笑顔を交わし合い、唯先輩は上体を起こす。
 私の隣に座りなおし、制服のタイと髪を整え、そっと身を寄せた。

 二人の距離は肩が触れ合うほど。

「ねえ、あずにゃん。なんでわたしのこと好きになったの?」

「え……っと、そうですね――」

 いざ聞かれると答えに詰まる。
 いつも抱きついてくるけど、それだけじゃ決め手にならない。
 好きになる要素というのは、あまりないのかもしれない。

 でも、好きになるにも理由があるはず。



61 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:40:23.15 ID:vLZ8LXsOo

「まず最初に」

 できるだけ冷静に、自分を分析するように。
 唯先輩の目をまっすぐに見つめて。
 お互い向き合って話を始めた。

「新歓ライブです。
 親がジャズバンドをしているもので、
 音楽に触れる機会はたくさんあります」

 唯先輩は真面目に聞いてくれている。
 馴染みのないことでも理解しようというふうに。

 もっとも、『あずにゃんが話すから』なんて理由だったら、
 それはそれで唯先輩らしいな、と思うけど。

「なんていうか――、
 感動って言葉じゃ足りないけど……、感動したんです」

 少し恥ずかしくなって、うつむいて視線を落とす。



62 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:41:49.13 ID:vLZ8LXsOo

 視線を戻すと、唯先輩は指先で唇をなぞっていた。

「もちろん、他のバンドだって素晴らしいですよ。
 でも、技術とかじゃないんです。
 この人たちと演奏したいなって思ったから――」

 今でも思い出せる、新歓ライブの光景を。
 ステージ上の四人、ライトに照らされ演奏をする。
 みんな輝いて、本当にキラキラして、言葉じゃ言い表せないくらい。

「――唯先輩を見てたら引き込まれる感じだったんです。
 あとで憂に聞いたんですけど。
 私、つま先立ちで見てたらしいです」

 そのときから唯先輩が好きだったのかもしれない。

「――と、まあ。これが一つ目の理由です」

 やっぱり、説明より感情が優先している。



63 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:42:33.83 ID:vLZ8LXsOo

「次に」

 しっかり分析できているだろうか。
 わからないけど説明を続けた。

 唯先輩は首をかしげながら、それでも聞いてくれている。

「唯先輩にはギャップがあります、普段と演奏してるときの」

「うんうん」

「普段は……、だらしないです。悪いですけど」

 でも、たまにドキッとするようなことも言う。
 そんなところも好きになった理由だ。

「演奏になっても、間違えることがあります」

「そっ、それを言われたら……言い返せないよ。
 あずにゃん、本当にわたしのこと好きなの?」

 好きなのは間違いない、それを今分析している。

「でも、やるときは本当にやりますよ。
 特にステージに立ったときなんてすごいです」

 もし唯先輩が普段からしっかりしていたら。
 きっと理想の姿なんだろうけど、
 それを好きになるかは別の話だと思う。



64 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:43:07.58 ID:vLZ8LXsOo

 唯先輩は舌なめずりをしながら聞いている。
 なにか企んでいるような仕草で。

 かまわず言葉を発する。

「それから」

「まだ続くの?」

「やっぱり……抱きつかれたら、
 うれしかったんです」

 過剰ともいえるコミュニケーション、
 でも不快に思わなかった。
 私はそういうの苦手なほうなのに。
 それが唯先輩の魅力なのかもしれない。



65 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:44:01.14 ID:vLZ8LXsOo

「いつも『やめてください』って言ってたんですけどね」

 なんだか恥ずかしくなって、正面に向き直り本音を言う。

「まんざらでも……なかったんです」

 唯先輩が初めてだった、こんなに私のことを好いてくれる人は。
 私の『好き』とは違うんだろう、でも。

「唯先輩、私……」

 彼女のほうを向こうとしたとき、
 唇の右横、頬とのあいだに、やわらかくて濡れたものが押しつけられた。

「んっ……?」

 思わず声が出て、あたたかさの正体に気づいたとき、
 私は冷静でいられなくなった。



66 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:44:49.15 ID:vLZ8LXsOo

「なっ! なにするんですかっ!」

 自分でも驚くほどの声が出て、
 唯先輩は猫に引っかかれたみたいに後ずさった。

 声の振動が空気中を伝わり、
 窓ガラスを揺らしたようにさえ思える。

「なにって、ほっぺにチューだけど。
 あずにゃんいきなり振り向くから……、
 唇にしちゃうとこだったよ?」

「そんな問題じゃないです!
 い、いい、いきなり……キスするなんて!」

 口づけをされた、唯先輩に。
 唇のすぐ横、頬とのあいだに。



67 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:45:50.11 ID:vLZ8LXsOo

「そっか、あずにゃんは唇がよかったんだね。次からは――」

「なんでそんなに軽いんですか!」

「だってあずにゃん、むずかしい話するんだもん。
 だから『チューしちゃえ』って、ね」

「どうしてそこでキスするんですか!」

 思わず立ち上がり、私は部室をうろうろしだした。
 恥ずかしくて唯先輩から離れようとして。

 歩きまわると顔に空気が当たり、濡れたところがより意識される。
 唇のすぐ横、頬とのあいだ。

 それがうれしくてつい口元がゆるんでしまう。
 見られないように、そっと手で唇を隠した。

「あずにゃんや」

「……はい」

 私は振り向き、口元がゆるまないようにしていた。

「たぶん『好き』ってそんなんじゃないと思うよ」



68 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:47:07.11 ID:vLZ8LXsOo

 私はベンチのほうに向かい、唯先輩のそばに寄った。
 近くに立って話を聞くために。

「私にはよくわかりません。
 唯先輩に『教えて欲しい』って言われたけど、
 私自身よくわかってないんです」

「じゃあ、二人で探してみない?」

 まるで落し物を探すみたいに話を持ちかける。
 落し物どころか、まだ手に入れたこともない。

「探すって、物じゃないんですから……」

「たぶん、一人じゃ見つからないと思うんだ」

 ベンチに座った彼女は、いつもと違う目線を寄こす。
 演奏するときの真剣な目でもなく、後輩をかわいがる目でもない。
 なにかを期待するような目で見つめてくる。

「だから、あずにゃん。二人で、ね?」

 二人で『好き』を探す、か。
 この人らしいというか、なんというか。

「私でよければ」

 そう答えて、お互い顔を見合わせ微笑んだ。



69 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:48:20.92 ID:vLZ8LXsOo

 唯先輩の左隣に腰をおろし、体をそっと寄せる。
 もう遠慮はしない。
 ムギ先輩は、『恋をしたら素直になれるのかもね』と言っていた。
 そういうことにして、私は唯先輩に体重を預けた。

「唯先輩」

「なあに?」

「週末になったら買い物へ行きませんか?
 楽器店で唯先輩が好きそうなピックを見つけたんです」

「それはデートのおさそい……ってことでいい?」

「はい」

 唯先輩は「楽しみだね」と言って、私の頭をなでてくれた。
 子ども扱いされたと思ったけど、もうそんなことで怒ったりはしない。



70 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:49:23.25 ID:vLZ8LXsOo

「楽器店だけじゃなくて、他にも行きたいところはあるんです」

「あずにゃんにまかせるよ」

 私たちは口を閉じ、同じ目線で部室を見つめる。
 唯先輩に寄り添い、「それにしてもみなさん遅いですね」と入り口を眺めた。

「ねえ、あずにゃん。二人で先に練習しない?」

 思いもよらない台詞が出た。
 唯先輩から練習しようだなんて。
 でも、思いもよらないというのがこの人らしいと、そう感じる。

「――いえ、もうちょっとこのままで」

 練習をしたくないわけじゃない。
 ただ、寄り添う時間と天秤にかけると、練習のほうが浮いたというだけ。

 せっかくだから浸っていたい、その気持ちに従うことにした。

「うん」

 そう答えた唯先輩の声に、残念そうな色は混じっていない。



71 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:50:16.26 ID:vLZ8LXsOo

「あずにゃん」

「はい?」

「呼んでみただけ」

「なんですか、それ」

 今までと同じ呼び方だけど、なぜか愛おしく感じる。
 そう思えるのは、特別な関係になったからかもしれない。

 だから意味も無く同じことを繰り返したくなる。

「ゆいせんぱい」

「うん?」

「呼んでみただけです」

「そんなあずにゃんもかわいいよ」



72 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:52:56.34 ID:vLZ8LXsOo

 唯先輩は私のほうに振り向き、笑顔を向ける。
 私もそれに答え、笑顔を返した。

 お互い見合わせて、唯先輩は明るく声を出す。

「見つかったらいいね、『好き』って気持ちの正体」

「いいね、じゃなくて。見つけるんです」

 唯先輩は力強く「うん!」と答える。
 私は「二人で」とつけ足し、彼女の肩に頭を乗せた。

 そっと目を閉じ、週末のデートを想像してみる。
 自然と笑顔になり、告白してよかったなと、心から思える。

 願い事を唱えるように、もうひとことつぶやいた。

「一緒に」


 おわり



73 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:56:30.97 ID:vLZ8LXsOo

これで終わりです、ありがとうございました。




74 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 01:58:16.39 ID:XTWxK/K8o


気が向いたらデートの話も書いてほしいです



75 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/10/30(日) 02:09:39.58 ID:jKYWkOWEo

乙です。
きれいにまとまってて良かったです。
あずにゃん、かわぇぇ



76 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越):2011/10/30(日) 07:50:21.53 ID:AgmaBgxAO

こういうの久々に見た気がする
王道まっしぐらというかなんというか





79 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 18:15:46.18 ID:Okl+X2lAo


たしかにこういう正攻法な感じは却って新鮮だったわ



80 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/30(日) 18:21:54.11 ID:bEfCRpmbo


正攻法な感じのほうが好きだし面白かった
澪やムギもちゃんと先輩やってていい感じ



81 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府):2011/10/30(日) 19:51:36.32 ID:MqKIMHFpo


すごくよかった。ごめんねって見えた瞬間あっ…て声が出てしまったw
それだけ読み応えがあって、本当に気持ちよく読めた






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[ 2011/11/01 19:30 ] 非日常系 | 唯梓 | CM(0)

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