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唯「あずにゃん、エレベーター動かない…」#後編 【非日常系】


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唯「あずにゃん、エレベーター動かない…」#前編
唯「あずにゃん、エレベーター動かない…」#中編
唯「あずにゃん、エレベーター動かない…」#後編




289 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 13:00:49.89 ID:hsE8QGEl0

 がこん。
 また天井裏から音が聞こえたかと思ったら、すぐにドアの開く音がした。
 ざわつく男の声。すすり泣き。……あれは憂だろうか?

男「救急隊です。負傷者の方はこちらですか?」

 通気口から顔をのぞかせた四十歳ぐらいの救急隊員に呼びかけられた。

梓「はい……はい! えっと、唯先輩が――」

 他人の声を今日はじめて聞いたせいで、うまく反応できない。
 さっきの律先輩のことがあって、助けがきたという実感もまだ追いつかない。
 とにかく唯先輩の熱くなった身体を抱き起こす。
 思わず起こしたせいか、かすかなうめき声が上がる。

男「では我々がそちらに向かいます。ちょっと足元空けてもらっていいかな?」

 慌てて唯先輩を連れて荷物を向こうに押しやると、すぐに通気口から二人の隊員が降り立った。
 瞬く間に唯先輩は救急隊員に背負われ、通気口から救助される。
 助け出されていくところはあたかも映画の救助シーンのようで、どこか実感が湧かないままだった――。



290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 13:03:45.72 ID:hsE8QGEl0

 それから先のことは、よく思い出せない。
 私も救助隊から助け出された頃にはすぐ倒れこんでしまったせいだ。
 昔テレビで見た歓楽街の喧騒のように、脱出した直後の記憶はあやふやだ。

 気づくと私は白いベッドの上で、右腕には点滴がつながれていた。
 あのエレベーターに比べると病院の真っ白な天井はやけに高い。


梓「あれ……どこ」

 お母さんが飛び起きて涙ながらに私を抱きしめてくれた。
 普段忙しいはずのお父さんも仕事着のままそこにいて、目を覚ました私の手を強く握った。
 私はそこで、最近お父さんやお母さんの体に触れてなかったなあ、なんて見当違いなことを思う。

 助かったと実感できたのは、
 お母さんやお父さんの泣き顔につられて自然と嗚咽がこみ上げてきてからだった。

 ――唯先輩は、大丈夫なんだろうか?



298 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 14:18:46.54 ID:hsE8QGEl0


【2010年08月15日 22:17/桜ヶ丘記念病院】

 待合室の壁はやけに冷たくて背中から熱を奪われていくような感覚を覚える。
 左手に汗がにじむほどiPodを握って、イヤホンから私たちの演奏を流す。
 気持ちを落ち着けるために流したのに、かえってみんなのことで頭が一杯になった。

 唯の声、梓のギター。私のベースとムギのキーボード。そして、律のドラム。
 一つとして欠けては生まれない奇跡をmp3に閉じ込めた、宝物の曲だ。
 私は受験勉強や人間関係で悩むたび、何度も聞き返しては。
 唯たちが事故に遭って不安な時も、頭の中で流れるメロディが安心感を生んでくれた。

 でも、今の私はいつものようにバンド演奏をまともに聞けそうもない。
 ドラムの強弱ばかりを耳で追ってしまって、他の楽器が聞こえないほどだったから。

 ……唯、大丈夫かな。
 これから先、ギターが弾けなくなるなんてことは……だめだ、そんなこと考えちゃ。
 梓だって、助け出された直後に気を失ってしまった。
 二人に何かあったらと思うと不安でたまらなくなる。

 私がこんな思いにとらわれた時、律はいつだって助け出してくれた。
 茶化して、愚痴って、それでも誰よりも分かってくれていた。
 それなのに――神様は、その律まで傷つけてしまった。



299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 14:19:47.10 ID:hsE8QGEl0

 頭の中に元気だった律の姿を浮かべる。
 バスドラの重低音や軽快なスネアはそこに陰影や確かな存在感をくれる。
 ハイハットやシンバルの強い響きは、私に話しかけてくる律の声を思い出させる。
 演奏する姿を浮かべて、元気な律がそばにいるように考えて、それでどうにか自分を保つ。

 だから、音楽が終わってしまうのが怖かった。
 曲が終わる寸前に止めて、冒頭に戻して再生する。でなければ曲が終わらぬうちに次の曲に進む。
 落ち着きなく親指を動かし、演奏を反芻しては律にリアリティを与えていく。

澪「りつ…大丈夫、だよね……離れないよね……やだよ、りつぅ…」

 iPodを握る手に力がこもって、また涙が抑えられなくなる。
 律のママもパパも、病室に入ったまま出てこない。
 最悪の結末ばかりが脳裏にちらつく。

 ふと、律の家で外国の恋愛映画を見たあとのことが頭に浮かんだ。
 人種差別を超えた愛が引き裂かれて、密告されて、
 女が連れ去られるんだけど男の自己犠牲で助ける、みたいな映画。

  律『でもたまにあこがれねー?
    私が誰か助けて死んで、残った澪が私の死を乗り越える的なさぁ!』

  澪『なんで私なんだ。っていうか、律が死んだら元も子もないだろ』

  律『えーでも全米泣くって絶対!
    「私は、律の死を乗り越えて生きていくからね……うるうる」、みたいな!』

澪「……やだよ。ぜったい、やだそんなの…!」

 ふざけるな。私は律のいない世界なんて乗り越えたくもない。
 だから……お願いだから、元気で帰ってきてよ。
 私はiPodのボリュームを上げて不安をかき消そうとしたけれど、ついに消えてくれなかった。



303 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 15:19:43.50 ID:hsE8QGEl0


 ちょうど二十四時間ぐらい前、律から電話が掛かってきた。
 そのとき私は今日やるはずだった勉強会ではやれないような、辞書引きとか英作文の確認をしていた。

  律『澪。これが、俺たちの最後の電話になると思う。だから…一言だけ、聞いてくれないか』

  澪『あの映画かよ……で、お前は何して捕まった設定なんだ』

  律『――月曜の英文法の練習問題、答え持ってない?』

  澪『もったいぶって言う台詞か! 切るぞ』

  律『あぁん待ってみおー! 答え失くしたのもそうだけどさ、他に話あるんだってば』

  澪『先にそっちから言えよな…』

  律『唯と梓の話なんだけど』

 律の声のトーンが変わって、私もベッドで少し身構えた。



304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 15:20:16.23 ID:hsE8QGEl0


  澪『ああ……あの二人、なんか進展あったのか?』

  律『結局コクるみたいだぜ? 梓の方から』

  澪『そっか…』

  律『たとえ付き合えないとしても想いだけは伝えたい、んだってさ。妬けるねー』

  澪『……なんかあの映画みたいだな。付き合えない運命とか』

  律『超思った』

 私と律はあえて他人事のように、大事な友達と後輩の恋路について語った。
 唯の気持ちははっきりとは分からないけれど……唯だったら受け入れそうな気がする。
 でももし付き合うことにしたらどうなるのか。
 クラスメイトたちの唯に対する見方はどう変わるか。

 小学校のとき、律にくっついてばかりの私がからかわれたのを思い出す。
 あの時のような幼稚ないじめが起きるとは思わない。
 ただ……唯たちが避けられるような予感は、その時もしていた。



305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 15:26:43.72 ID:hsE8QGEl0

 律は二人の未来を一番悲観的な形で語る。

  律『唯がうれしくて言いふらすだろ。そしたら二人とも変な目で見られるだろ』

  澪『うん』

  律『そしたら梓辺りが変な風に言われだしてさ』

 小学校の教室。捨てられた上履き。机の落書き。
 嫌な思い出ばかりが頭をよぎる。

  澪『……唯が「私のせいだから」って別れを切り出す、と』

  律『でも絶対受け入れないよな。梓も変に頑固だし』

  澪『揉めるよな、絶対』

  律『そうはしたくないよな…』

 私たちはあくまで唯と梓の未来予想図として話し続けた。
 でも、二人とも「本当は誰の、なんの話をしているか」なんて分かってたんだ。

 だから……あんな話になってしまった。



311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 15:51:14.49 ID:hsE8QGEl0

 その時、心の奥で冷たい嫌なものを感じた。
 枕のかどを反対の手で握り締めてみたりして気を紛らわす。

  澪『……なぁ、律』

  律『なんだよ』

  澪『正直な話、律は女の子同士が付き合うことを……本気で反対してるのか?』

 沈黙。耐えられなくて、つなぎの言葉を探す。
 つかえたものを吐き出すようにして言葉を繋げる。
 そしたら今まで封じてたことまで口から出てきてしまった。

  律『……なんでそんなこと聞くんだよ』

  澪『……例えば…例えばだよ? 私が律のことを好きで――』

  律『ああもうやめやめ!
    ってかそんなんふつー気持ち悪いでしょ、女同士でいちゃつくのなんてさあ!』



312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 15:57:58.07 ID:hsE8QGEl0

 急に大声を上げられて、身体が震えた。
 「気持ち悪い」って律は言った。
 うかつに近づこうとした私を遠ざけるために、「気持ち悪い」とまで言わせてしまった。

  律『……ごめん、言い過ぎた。気持ち悪いとか、別に思ってねーし』

  澪『分かるよそれぐらい…何年の付き合いだと思ってるんだ』

  律『…だよな』

  澪『律、ごめん』

  律『なんで澪が謝るんだよ。っていうか、もういいだろこの話』

 このときも、小学校のことを思い出してしまった。
 律が私をからかってた男子たちに蹴りを入れて、手を引いて私と逃げた日のこと。

 昨日のあの時も手を差し伸べていたんだ。
 その手は、問題から逃げるための言い訳だったけれど。

  澪『あのさ、律』

  律『なんだよ。もう寝るから私』

  澪『私さ、律のこと――』


  澪『――大事な友達だと思ってるからね。それじゃ』

 私はまた、律の手にすがってしまった。



320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 16:49:27.98 ID:hsE8QGEl0

 気づいたら曲の再生が止まっていた。
 昨日のことを思い出しているうちに時間が経ってしまったらしい。
 携帯が光ってるのに気づいて開く。十時四十分。
 ママからのメール。「今日はもう遅いから、そろそろ帰ってきなさい」って。
 十一時過ぎには帰るとメールして、充電の切れそうなiPodをしまった。

 そういえば、この携帯電話も律とおそろいのやつなんだ。
 中学二年の冬の定期試験で二人ともいい成績取ったら携帯とMDプレイヤーを買う。
 ママとそう約束して、二人で勉強がんばったんだっけ。

 私のMDプレイヤーは壊れてしまったけれど、律は未だにあれで音楽を聴いている。
 もう角の塗装がはげて、時々音飛びもする。……律の扱いが悪いからだ。
 次の誕生日プレゼントはiPodにしようって、決めてたのに。

澪「律……私、りつのこと、本当に・・・・・」



律母「あら、澪ちゃん? ……まだいたの?!」



323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 16:52:31.93 ID:hsE8QGEl0


 いつの間にか病室から出てきた律のママに話しかけられて、少し動揺する。
 化粧もせずに飛び出したらしいその顔はまだ涙で崩れていて、目が真っ赤になっていた。

澪「あ……お母さん、あの――律は、律の具合はどうなんですか?」

律母「……澪ちゃん。行って顔見せてあげて」

 病室の方を指差した。
 すぐに飛び出そうとしたけれど……ダメだ。足がすくんでしまう。
 もし……もし、律がどうにかなっていたら?
 私の気持ちも、私の声も、何一つ届けられなくなっていたとしたら?

 怖かった。
 怖くて、なにかにすがりたくて、動けなくなりそうになる。

 そんな時。
 数時間前に聞いた梓の声が頭に響いた。

 ――私たちは、大丈夫だから。



324 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 17:01:26.21 ID:hsE8QGEl0

 昨日の放課後、梓と別れた時の不安げな声とはまるで違っていた。
 梓はあの時――あの極限状態のなかで、本当に覚悟を決めたんだ。
 唯を助けよう、唯と共に生きのびよう、と。
 あの声は私にも勇気をくれた。

 私だって、律の手に頼り続けてるわけにはいかないんだ。


 行かなくちゃ。
 立ち上がると、さっきまで動けそうもなかった身体がすっかり軽くなっていた。
 少しとまどってふらつきながらも、律の病室へと駆け寄る。


 金属製の冷えたドアノブを握りしめて、深呼吸。
 はやる気持ちを落ち着ける。
 もう、逃げない。
 そしてできることなら……律に、今度こそ誰にも頼らず伝えるんだ。

 ドアノブがすっかり手の熱で温まった頃、私は病室のドアを開けた――。



329 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 17:35:57.54 ID:hsE8QGEl0


律「……ん? おぉー澪まだいたんだ」

 ……え?

律「なぁーにそんな変な顔してんだよ! 私がどうかしたか?」

 ベッドの上でカチューシャを外した入院着の律が、変わらない笑顔を向けていた。
 うそ……夢、じゃないよな?

律「あっそだプレイヤーと携帯壊れた! みおー、退院するまでiPodかしt――うわっ」

 駆け寄った。
 抱きしめた。
 腕の中で、身体の感触を確かめる。
 ほんとに律だ……律は、無事だったんだ――。
 たくさん言いたいことがあって、いろいろ責めたくて、
 伝えたいこともあって……だけど、涙声はぜんぜん言葉にならなかった。
 でも……本当にうれしかった。

律「ごめんなー、澪。心配かけちゃってさ」

 どうしようもなく泣きじゃくる私の髪を、律はそっとなでてくれた。



330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 17:48:06.60 ID:hsE8QGEl0

澪「りつ…どうして? 体はだいじょうぶなの?」

 いや、それがさあ――。
 そう言って取り出したのは、焦げ跡のついたMDプレイヤーと、おそろいだった携帯電話。

律「ほら私、プレイヤー胸ポケットに入れっぱなしだったじゃん?」

澪「いまそんな話はしてないよ…」

律「そしたら携帯とプレイヤーの方に電流が通電して、心臓とかへの直撃が避けられたんだってさ」

澪「うそ…」

律「あれで右腕の火傷だけって奇跡の生還だよな!
  もう私アンビリーバボーとか出れんじゃね? あはっ」

 映画みたいな話だよな、律はそう言って笑ってた。
 私はまだ気持ちが抑えられなくて、ずっと律を抱きしめ続けた。

律「ってかさ、澪のおかげだよ。澪のじゃなかったらプレイヤーとっくに捨ててたもん」

 ありがとうな、澪。
 そう言って律は私の髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。

 律。
 私、律のことだいすきだよ。

律「……目、真っ赤になってるぞ。ティッシュあるから顔拭いとけよな」

 私がそう言ったら、律は照れたように顔をそらした。
 でも、私が泣き止むまでずっと抱きしめた腕は離さずにいてくれた。



335 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 18:19:40.29 ID:hsE8QGEl0


   ◆  ◆  ◆


またまたかえりみち!

律「じゃあ私らこっからバスだから、そろそろなー」

唯「りっちゃん澪ちゃんまたね!」

澪「唯、明日の勉強会は遅れるなよ?」

唯「だーいじょうぶだって! 憂がちゃんと起こしてくれるもんっ」

梓「そこは自分で起きましょうよ!?」

紬「まぁまぁまぁまぁ」にこっ



336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 18:21:52.31 ID:hsE8QGEl0

梓「唯先輩、みなさんってこれから毎日勉強会なんですか?」

唯「そうだよ、だって受験生ですもん!」ふんすっ

梓「…わき目もふらず、ギターにもさわらず?」

唯「うっ…ギー太は、まあちょっとは夜中にかまってあげたりしてるかなぁ…えへへ」

梓「はぁ…そんなことだろうと思いましたよ」くすっ


梓「…そうそう唯先輩、ちょっと寄り道していいですか?」

唯「いいよ~。どこに?」

梓「川の方いきましょうよ。ゆいあず練習したとこです」

唯「そうだね! ・・・・ってもうここ土手じゃんっ」

梓「いつの間に着いたんでしょうか…」



339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 18:35:57.50 ID:hsE8QGEl0

どて!

梓「ずいぶん涼しくなりましたねぇ」

唯「昼間はすごかったのにねぇ。私、あまりの暑さにおかしくなっちゃうかと思ったよ」

梓「唯先輩、暑いの苦手ですもんね・・・・・あ、おみずのみましょうか」

唯「おぉ~ポカリ! やっぱ夏はこれだよねぇ」

梓「アクエリより甘くて好きなんでしたよね。はい」

唯「ねぇあずにゃんのませてぇ」

梓「なっ…はずかしいことさせないでください!」

唯「でも、ここ私たちしかいないよ?」

梓「もっもう……しょうがないですね、今回だけですよ?」



361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 21:10:10.93 ID:BRop5ZVQ0


 なんと、お願いしたら本当に飲ませてくれました!

 あずにゃんの膝に私の頭を乗せると、
 指でそっと私の唇を開いてポカリをちょっとずつ飲ませてくれます。
 なんだか普通に飲むより身体中に冷たさが沁みいるようで、すごく心地よかったです。

唯「……ありがと、あずにゃん」

梓「唯先輩だけですからね、こんなことするの」

 恥ずかしそうに顔を背けるあずにゃん。
 その時は、なんだかいつもと様子が違って見えたんです。

 なんだか夢みたいで、すぐにも消えてしまいそうなほどおぼろげで……突然怖くなりました。
 あずにゃんが、どこか遠くに行ってしまいそうな気がして。
 ――すぐ隣にいるのに、変な話だよね。

梓「ねぇ、唯先輩」

唯「なぁに?」

梓「……高校卒業したら、放課後ティータイムってどうするんですか?」



362 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 21:10:52.83 ID:BRop5ZVQ0

唯「続けるよ、いつまでも。みんなと離れたくないもん」

梓「ほんとですか?!」

 あずにゃんは大きな目を輝かせて喜びました。
 あはは、顔に出やすいなぁ。
 ……でも、すぐにまたなにかを諦めてしまったような顔になってしまいます。

唯「どうしたの? あずにゃん、元気ないよ」

梓「なんでもないです。ちょっとナーバスになってるだけですよ」

 その時、なぜか嫌な予感がしました。
 私はもう二度とあずにゃんをぎゅってできなくなるのかもしれない。
 いつかはあずにゃんも私から離れていって、思い出になってしまう。
 そう思ったら、気づかない振りをしてた気持ちがどうしようもなく膨れ上がってしまったのです。

 ――私は、あずにゃんのことが好きなのかもしれない。
 友達ではなく、後輩でもなく、一人の女の子として。

 でもそれを言ってしまったら、あずにゃんは気持ち悪がってしまうに決まってます。
 だから……この気持ちはそっと封じ込めることにしました。
 それなのに。

梓「……ゆいせんぱい」

 あずにゃんの方から腕を伸ばし、私を抱きしめてしまったんです。



367 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 22:13:10.90 ID:BRop5ZVQ0

唯「……あは、あずにゃんからってめずらしいね」

梓「・・・・・・唯先輩のうそつき」

 あ・・・・あずにゃん?
 私、なにか嘘ついたかな……。
 目に浮かんだ涙を私に見せまいとして、また顔をそむけようとするあずにゃん。
 私は離れようとするあずにゃんを抱きしめようとして――なぜか、できませんでした。

唯(あれ……からだが、動かない?!)

 さっきまで自由に動いていた腕も足も力が抜けてしまって、指一本動かせません。
 どうしよう、このままじゃ本当にあずにゃんと離れ離れになっちゃう…!
 焦る私に向かって、あずにゃんは背中に回した腕をそっと緩め始めます。
 あずにゃんの後ろに見えていた河川敷も、気のせいかぼやけていってる気がして。

唯「…ねぇあずにゃん、これって、どういう」

梓「夢だったんですよ、全部。唯先輩も、たぶん私も」

梓「私たちは、事故に遭ったんです」

唯「事故?」

梓「エレベーターの中に十時間近く閉じ込められて、唯先輩は熱中症起こして倒れたんです」



369 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 22:17:17.82 ID:BRop5ZVQ0

唯「そんな……そんな、ことって」

 けれど、思い出そうとすると切れ端のような記憶が浮かんでは消えて。

  屋上でフェンス越しに二人だけで見た夜明けの街。
  カバンをまくらにして寝転がって、二人で音楽を聴いたこと。
  ストックホルム・シンドローム。
  澪ちゃんにメールが届いたとき、抱き合って喜んだこと。

 認めたくないのに、認めざるを得ないほどつじつまが合っていて。
 やっぱり、今見えてるのは夢で――


梓「それだけじゃないです」

 あずにゃんはそう言うと、抱きしめていた腕をぱっと離しました。

唯「あずにゃん……行かないでよ、こっちでもっとおしゃべりしよ?」

梓「私が今まで見てたのも……たぶん、夢みたいなものだったんですよ」

 唯先輩のとは違う意味ですけどね、そう言ってあずにゃんはさみしげに笑うんです。
 やだよ……そんな顔で笑わないでよ。
 本当に、離れなきゃいけないみたいじゃん。

 川の向こう岸はもう蜃気楼のように薄れて、溶けていくばかりです。
 もう少しであずにゃんまでそれに飲み込まれそうでした。
 なんとか腕を伸ばそうとしたけれど……腕は動きそうになくて。



371 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 22:39:10.77 ID:BRop5ZVQ0


梓「私が入学した年の新勧ライブ、覚えてますか?」

唯「うん…あのライブ見て、あずにゃんは入部してくれたんだよね」

 あの日のライブは夢みたいでした。
 あずにゃんはそう言って懐かしげにほほえみます。

梓「それからすぐに軽音部に入部して、唯先輩のことを見つけました」

梓「けど…そこで出会った唯先輩は、私がステージ上で見た人とは違ってたんです」

唯「あはは……」

 やっぱ、幻滅されちゃったんだろうな。
 私ってものごとが続かないし、コードも音楽用語も覚えてないし、
 いっつも後輩のあずにゃんを頼ってばかりだったしね……しょうがないよね。

梓「そりゃ、はじめはちょっとがっかりしましたよ。でも同時に、もっともっと気になったんです」



372 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 22:41:00.27 ID:BRop5ZVQ0

唯「……え?」

梓「あの日あんなにたやすく私の心を奪っていった、唯先輩ってどういう人なんだろうって」

 芝生に寝転がる私のすぐ横で、膝立ちで話すあずにゃん。
 こぼれそうでこぼれない涙に気づきもせず、真剣な眼差しを向けています。
 息づかいが伝わるほど、髪の匂いがわかるほど近くにいるのに……私はまだ抱きしめられないでいます。

梓「軽音部で過ごした時間は――もっと言うなら、唯先輩と過ごした時間が、夢みたいでした」

梓「気がついたら唯先輩は三年生で、もう卒業する年で」

梓「・・・・・それを考えたら、とたんに怖くなって」

 本当に夢なら、いつかは覚めちゃうんじゃないか。
 夢から覚めたら私はあずにゃんから、ただの中野梓に戻ってしまって、思い出しか残らないのかも。
 あずにゃんは、そんな悲しいことを言うのです。



375 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 23:24:40.45 ID:BRop5ZVQ0

唯「ねぇ…あずにゃん?」

 恐怖に耐え切れず、私は聞いてしまいました。

唯「私たち、夢から覚めたらどうなるの?」

梓「どうもしないですよ。唯先輩は無事救出されて、病院のベッドで眠ってますから」

唯「じゃ、じゃああずにゃんは?! あずにゃんの身に何かあったら――」

梓「安心してください、私も無事でした。それから、唯先輩を助けようとした律先輩も」

 そっか……よかった、これからもあずにゃんと一緒にいられる。

梓「でも、夢は夢のまま終わらせようと思います」

 えっ…いま、なんて?



378 名前:変な文字入った(>>377):2010/08/16(月) 23:26:54.72 ID:BRop5ZVQ0

梓「軽音部はすごく楽しくて、唯先輩は素敵な人でした。……けど全部あれ、夢だったんですよ」

唯「そんな…夢なんかじゃないよ、現実だよ!」

 必死であずにゃんに言うけど、あずにゃんは諦めてしまったみたいにかぶりを振ります。

 ――二人で、夢だったことにしましょう。そしたら気持ち悪い思いなんて捨てられますから。
 愛する人が傷つくかもしれないのに、それでも付き合いたいとか、キスしたいとか、
 そんな思いも全部思い出だったことにしてきれいなまま過去に閉じ込めてしまえますから。
 私は、ただの後輩です。ただの、中野梓です。

 ……あずにゃんは、ついにこぼれた涙をぬぐうこともせずに、そう言いました。

梓「これ以上、こんな気持ちを持ち続けるのは辛いんです。それは……唯先輩もそうでしょう?」

唯「なんであずにゃんにそんなことがわかるのさ!? 私は、あずにゃんのことが、本当に……」


梓「……分かりますよ。痛いぐらい伝わってます。だって今の私、唯先輩が見てる夢なんだもん」



380 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 23:44:31.02 ID:BRop5ZVQ0


梓「私が言ってること、半分以上は唯先輩が考えてたことじゃないですか」

 そう……気づいていたんだ。
 一緒に過ごす時間が夢みたいで離れたくないって思ってたのも、
 諦めようって考えたのも、あずにゃんって呼ぶのやめようっていうのも、全部。
 私があずにゃんへの気持ちをなんとか押し込めようとして考えたことだったって。

唯「でも……やっぱり、いやだよ。私――あずにゃんを他人にしたくないよ」

梓「他人じゃなかったら、なんなんですか?」

 ……ダメだ。うまく言えない。
 いや、ほんとうは分かってるんだ。
 でもちゃんと言ってしまったら、現実に口に出してしまったら――



381 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/16(月) 23:46:40.09 ID:BRop5ZVQ0


梓「口に出したら終わってしまう、こうですか?」

 あずにゃんは、あの映画で別れた恋人の台詞をそらんじてみせた。

 そうだよ、終わってしまうんだ。
 だってさあ、女同士だよ? 普通だったら、気持ち悪い関係なんだよ?
 私はそういう人間だし、どう見られたって仕方ないと思うけど。
 でも、あずにゃんが変な目で見られたり、傷ついたりするのは……耐えられない。

 そう思って、何度も何度もあずにゃんとの未来を考えては忘れて、考えては忘れて、
 ……そうやって、なかったことにしようとしたんだ。

 だからかな……私の夢の中のあずにゃんも、
 少しずつ蜃気楼に取り込まれて消えていこうとしている。

 でも。
 でも、やっぱり、

唯「・・・・・あずにゃんは、あずにゃんだよ」

 決めた。
 私だって、あずにゃんと離れ離れになるのはいやだ。



唯「夢から覚めても、あずにゃんはあずにゃんのままでいてほしいよ!」



388 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 00:15:27.13 ID:6ERHRTn30


 目の前のあずにゃんが、ついにしゃくり上げて泣き出した。

梓「……今さら、ずるいです。私の気持ちなんか、見ないふりしてたくせに」

 ごめんね、あずにゃん。
 あずにゃんが私のこと好きだって言うのも、本当は分かってたんだ。
 だけど……口にするのが怖かった。
 だったら仲のいい先輩と後輩でいいやって、そう思ってたから。

梓「いえるんですか。私のこと、どう思ってるか」

唯「いえるよ!? 私はあずにゃんのことが好き!
  離れたくない、抱きしめたい、キスしたい、愛してる!」

梓「夢から覚めてもそれ言えるんですか?! 今まで逃げてたのに!」

 あずにゃんの言葉が胸に刺さる。
 今まで見てみぬ振りして、そうやってあずにゃんを振り回してたんだ。
 このままじゃ……夢から覚めたら、本当にあずにゃんが離れていっちゃうかもしれない。



391 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 00:25:14.03 ID:6ERHRTn30

 河川敷はもう白い光でいっぱいで、もうここがどこだかも分からなくなっている。
 もうここには私とあずにゃんだけしかいなかった。
 でも、そのあずにゃんも……腕や足の輪郭が薄くなっていく。

梓「夢を夢のままであらせ続けるって、唯先輩が考えてるよりずっと大変ですよ?」

 わかってるよ、あずにゃん。
 ステージ上で夢を見せるバンドマンだって、現実では夢を形にする努力をしてるんだもんね。
 あずにゃんが教えてくれたことだもん。ちゃんと覚えてるよ。

唯「それでも、私はあずにゃんとずっと一緒にいたい」

 だから、今度こそちゃんと言うよ。
 ――待っててね、現実のあずにゃん。

唯「約束する。目が覚めたら、あずにゃんに私の気持ちを伝える」

梓「……分かりました。じゃあ、お願いがあります」

唯「なに?」

梓「最後に私のこと、いままでみたいにぎゅって抱きしめてください」

 もう二度と離れ離れにならないように、ちゃんとその腕で抱きしめてください。
 あずにゃんはそう言った。



392 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 00:25:45.54 ID:6ERHRTn30


 私は動かない腕に力を込める。
 するとゆっくりだけど身体が動いて、あずにゃんに少し近づく。
 がんばればなんとか腕が動かせる。

 抱きしめなきゃ。今すぐ、ぎゅうってしなくちゃ。
 でもあずにゃんの身体はどんどん白い光に飲まれていく。
 時間がない。

梓「…ゆいせんぱい」

 さっきより身体が軽くなった気がした。
 私は全力で手を伸ばして、
 なんとか消えそうな輪郭をつかんで、
 背中に腕を回して、小さくてやわらかい身体を私のもとに引き寄せて、


 ――力を込めて、抱きしめた。

 すべてが光に包まれる、ほんの一瞬。
 泣き晴らしたあずにゃんが、笑ったように感じた。



397 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 00:58:00.48 ID:6ERHRTn30


【2010年08月16日 14:32/桜ヶ丘記念病院】

 目が覚めて点滴を外し、一通りの検査を終えて
 問題なしと判断された私はすぐに唯先輩の病室に向かった。
 着いたのはたしか十一時ぐらいだったと思う。
 中に入ると既に憂と律先輩と澪先輩が待っていた。

 私はまず危険な目にあわせてしまったこと、それから心配をかけたことを謝った。
 謝って許されることじゃないとは思ってたけど。
 でも律先輩は「新学期に自慢するネタが増えた」なんてふざけて喜んでいたし、
 澪先輩からも「梓のおかげで成長できた」って、なぜか感謝してくれた。
 でも、憂から「お姉ちゃんが助かったのは梓ちゃんのおかげ」って言ってくれたのはうれしかった。
 とはいっても全力で謝るつもりだったのに感謝されてしまったから、なんだかむずがゆかった。

 それから律先輩は得意げに武勇伝を語って聞かせてくれた。
 といっても、MDプレイヤーのおかげで奇跡的に助かったってだけの話だけれど。
 でもその壊れたプレイヤーも携帯も澪先輩との思い出の品で、
 やっぱり私はうらやましいなんて思ってしまう。

 唯先輩は静かに目を閉じたままで、まだ目覚めない。
 憂の話だと心配された熱中症の後遺症もなく順調に回復しているらしい。
 だから今眠っているのは、昨日一日の疲れが大きいのだろう。
 私たちは寝かせておいてあげることにした。

 少し前に憂は唯先輩の着替えを取りに、律先輩と澪先輩は二人で家に帰ることになった。
 残された私は唯先輩の手を握り締めて、いろいろなことを話した。
 律先輩の生還談、澪先輩のうれしそうな顔。
 卒業したら離れ離れになってしまって、本当はとてもさみしかったこと。
 ステージ上で輝く唯先輩に憧れて入部して、
 最初はがっかりしながらもどんどん惹かれていったこと。

 そして……今の私の気持ち。



417 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 06:16:33.06 ID:6ERHRTn30


梓「ゆいせんぱい」

 静かに寝息を立てる唯先輩はもちろん答えてはくれない。
 でも時々ほんの少しずつ表情を変えるから、
 もしかしたら私の言葉も伝わっているのかもしれない。
 唯先輩、どんな夢見てるんだろう?
 はやくあなたに会いたいよ。

梓「・・・・・・あなたのことが、大好きです」

 手を握り、夢の中に向けてそう伝える。
 もし唯先輩の目が覚めたら……そのときは、ちゃんと直接伝えたいな。
 受け入れてくれるかどうかは不安だけれど、
 せめて元気になった唯先輩が私の言葉を聞いてくれるだけでもいい。

 でももし、今みたいに言葉だと届かないのなら――することは一つだ。



418 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 06:22:52.69 ID:6ERHRTn30


 私は身を乗り出して、布団を少しだけ寄せて、唯先輩のやわらかい身体に腕を回した。
 言葉が伝わらなくたって腕の感触なら伝わるかもしれない。
 今まで唯先輩がしてくれたことのと、同じように――抱きしめた。

 唯先輩の胸に頭をうずめる。
 耳を澄ますと、心臓の鼓動が聞こえる。
 呼吸に合わせて胸が少しだけ膨らんでは戻る。
 ほのかな唯先輩の匂い。やわらかい皮膚の感触。
 穏やかな気持ちになって、私まで眠ってしまいそうになったとき。


 ――唯先輩の腕が、私の背中に回った。



420 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 06:27:51.70 ID:6ERHRTn30


 驚いて、ぱっと顔を上げる。
 すると唯先輩がねぼけ眼で、はっきりと笑顔を浮かべていた。

唯「あずにゃん……だきしめたよ?」

梓「ゆ…ゆい、せんぱい・・・・?」

 唯先輩は今度こそ私を強く抱きしめた。
 数時間ぶりに味わった腕の感触。
 帰ってきたんだ。
 みるみる瞼が熱くなって、涙があふれてくる。

唯「……あずにゃん、あずにゃんは、現実だよね?」

梓「あは・・・なにいってんですか、当たり前でしょ、ずっと…待ってたんですよ」

 たまらなくなって、唯先輩に負けじと私も強く抱きしめる。
 そしたらちゃんと目を覚ました唯先輩に、もっと強く抱きしめられた。
 私たちは声を上げて泣いた。
 心の奥まで抱きしめあえたのは、これがはじめてかもしれない。



421 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 06:32:32.25 ID:6ERHRTn30


唯「ねぇ…あずにゃん」

梓「なんですか?」

 さっきね、夢の中のあずにゃんにしかられちゃったんだ。
 泣き顔のまま、ちょっと困ったように唯先輩は言った。頬に流れた涙がきらめく。

梓「もう…しょうがないですね、唯先輩は」

唯「えへへ…ごめんね、今まで」

梓「いいんですよ。私だって……同じ気持ちだったから」

 そっか、やっぱりか……うつむき、笑顔を隠そうとする唯先輩。
 この人はいつもきゃらきゃら楽しそうに笑っているのに、
 本当にうれしいときは照れてしまうんだよね。
 ……あは、以心伝心かも。

 唯先輩はふっと笑顔を消して、真摯な眼差しをこちらに向けた。

唯「あずにゃん……聞いて。」

梓「……はい」

 唯先輩はあふれてくる涙を抑えることもなく、
 泣きはらして真っ赤な顔を隠しもせずに、
 ちゃんと私に向けて気持ちを言葉にしてくれた。


 ――私、あずにゃんのこと……世界で一番愛してる。



422 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 06:49:14.41 ID:6ERHRTn30


梓「……私もですよ」

唯「私も、って?」

 とたんにこわばった表情がくずれて、にへっと笑う唯先輩。
 あずにゃん。私も、どうなの?
 いたずらっ子みたいに私に気持ちを言わせようとする。
 おかしくて、少しふき出してしまう。
 この人は私が本当の気持ちをいえないとでも思っているのかな。

梓「私も、出会った時からずっと、唯先輩のことが好きでしたよ」

唯「うん。……ありがと」

梓「世界で一番。唯先輩のことを愛しています」

唯「なんか・・・・照れるね、その言葉」

 まったく、もう。
 私に言ってくれたことを、自分が言われたら恥ずかしがるんだから。



423 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 06:58:23.16 ID:6ERHRTn30


 ――ねぇ。お互い好きなんだったら、付き合いませんか。

 わざと冗談めかして言ってみる。
 照れ隠しのつもりだったら、私も唯先輩と変わんないな。

唯「えへ…あずにゃんいいアイデアだね」

梓「私、ずっと付き合った時のこと、考えてたんですよ」

 律先輩と話したこと。憂に相談したこと。
 昨日の朝に屋上で言おうとして、言えなかった気持ち。
 恋人として手を繋ぎ、恋人になって抱きしめる。
 本当に何度も考えては消してきた、一番の願いだった。

唯「私だって……さっきも夢に出てきたよ、あずにゃん」

梓「あは…いっしょですね、私たち」

 私は今度こそ、ちゃんと唯先輩に思いを打ち明けた。


梓「唯先輩。私と、付き合ってください」



424 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 07:25:27.26 ID:6ERHRTn30


唯「……ありがとう。付き合おうね、あずにゃん」

 唯先輩は、今日一番の笑顔で応えてくれた。
 気持ちが抑えきれなくてすぐに抱きしめ、顔をうずめる。
 そんな私の頭を唯先輩はずっと撫でていてくれた。
 そしてもう一方の手で、震える私の手をそっと握っていてくれた。

唯「ねぇあずにゃん。顔、みせて」

 不意に唯先輩が呼びかける。
 私の身体を少し引き離す唯先輩。どうしたんだろう?
 きょとんとしてる私のまぶたを、唯先輩は人差し指で優しく閉じた。

 ああ、そういうことか。
 私の頭は、自然と少しだけ上に向いた。
 まぶたの裏に唯先輩の姿を浮かべ、何十秒にも思える一瞬を待った。

 ――唇に、やわらかい感触がした。

 溶けるような、温かいその感触に身をゆだねると、唯先輩は抱きしめてくれた。
 抱きしめられた私もそれに応えて、強く唇を押し付ける。
 自然と絡めた指と、抱きしめあった身体。
 私たちは、ようやく確かなもので繋がれた気がした。


 こうして、八月十六日は私たちにとって忘れられない日となった。



427 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 07:53:16.72 ID:6ERHRTn30


【2010年08月18日 11:27/桜ヶ丘記念病院】

 今日は待ちに待った唯先輩の退院の日。
 はやる気持ちを抑えて病室のドアを開けると、いきなり飛び出してきた唯先輩に抱きしめられちゃった。

唯「あずにゃぁん…! 待ってたよぉ、やっとあずにゃんと一緒になれる!」

梓「ちょ…いきなり抱きつかないでください! 誰か見てたらどうするんですかっ」

唯「ええー? おとといのファーストキスだって、憂とかりっちゃんたちに見られてたじゃん」

 思い出して顔が熱くなる。
 あのあとは散々からかわれたんだっけ……主に律先輩に。

梓「・・・・・もう。唯先輩はデリカシーってものをわかってください」

唯「いいじゃんさー、今だって誰も見てないよ?」

梓「……はぁ。しょうがないですね、唯先輩は」

 そうやって唯先輩のせいにするけれど、私だって待ち望んでいた。
 一日ぶりの口付け。
 舌をほんの少し触れ合わせる。
 そこから先は……まだ怖い。
 でも、少しずつ進んでいきたいな。



428 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 08:02:49.14 ID:6ERHRTn30


 病室を出て、唯先輩と手を繋いで廊下を歩く。

 昨日はお見舞いに来たさわ子先生とムギ先輩に会って、迷惑をかけてしまったことを謝った。
 なのに唯先輩と付き合うことにしたって言ったらムギ先輩は目を輝かせて祝福してくれた。
 デートの話とかのろけ話とかたくさん聞かせてねって、手を握られて。
 ……ムギ先輩がどういう人なのか、私はいまだによく分からない。

 逆にさわ子先生はぶーぶーむくれていた。
 こっちは出会いがないっていうのに、あんたたちは幸せそうでいいわね、なんて。
 でも「受験生なんだから、唯ちゃんをちゃんと応援してあげなさいよ」って言ってくれた。
 決まってますよ。
 私とつきあったせいで大学に落ちたなんて、絶対許さないもん。

 昨日のことを思い出していたら、いつの間にかエレベーターホールに着いた。
 階数表示。ボタン。目の前の、個室に続くドア。

 ――私は思わず、唯先輩の手を強く握ってしまう。

唯「ねーあずにゃん、エレベーター混んでそうだから階段で行ってもいいかな?」

 唯先輩はそう言って、私の手を引っ張っていってくれた。
 エレベーターがまだ怖いって、何も言わなくてもわかってくれた。
 やっぱり……唯先輩はすごいな。
 あれだけ知っていた唯先輩のことでも、恋人になってからまた違った面を見つけられた気がする。



429 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 08:14:39.43 ID:6ERHRTn30


 一階のロビーに降りると律先輩と澪先輩が待っていた。

律「おぉー! 新婚さんがいらっしゃったぜっ」

梓「ほっといてください! ていうか先輩だって澪先輩と…」

律「なっ…いま私の話はしてないだろ?!」

澪「お前ら、元気だな…」

 ふと見ると、澪先輩の持っている携帯が新品に変わっていた。
 いいなあ、私も唯先輩に合わせてAUに乗り換えようかな?
 あっでもソフトバンクだと電話代がほぼ一日タダになるんだっけ……。

唯「あっ手続きおわったよー!」

 気づいたら唯先輩が憂と連れ立って戻ってきていた。

憂「みなさん、お姉ちゃんのことでいろいろとありがとうございました」

 憂は唯先輩の代わりに頭を下げた。できた妹だなあ、ほんとに。

憂「それから梓ちゃん。……がんばってね!」

 にこにこと言われてしまって、返す言葉も浮かばずまた頬が熱くなる。

律「おっまた照れてんのか梓?」

澪「いいかげんにしろ馬鹿律!」



430 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 08:23:48.63 ID:6ERHRTn30


 それから私たちは和さんとムギ先輩と落ち合って、ケーキバイキングのお店に向かった。
 和さんも私たちの関係は聞いていたらしく、「唯を甘やかしちゃだめよ」と忠告してくれた。
 ……憂といい、和さんといい。
 唯先輩って、本当に保護者に恵まれてるなあ。

 ケーキを食べながら、あの一日の話を交換し合った。
 閉じ込められた私たちがどう過ごしていたのか。
 私たちを探す先輩たちが、どんな思いで探してくれてたのか。
 その話を聞いて、本当にこの軽音部に入ってよかったなって素直に思えた。

 澪先輩たちも「梓は事故からなんか変わった」って言ってくれた。
 ……自分では、変わったことなんて唯先輩の恋人になれたぐらいしか浮かばないけれど。

 あと、唯先輩が人目もはばからずにケーキを「あーん」なんてしてくるのが恥ずかしかったな……。
 まあ食べたんだけど。それに、私だって食べさせてあげてしまった。
 なんだかどんどん唯先輩のペースに乗せられてってる気がして、いけない気もする。



431 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 08:34:10.38 ID:6ERHRTn30


 帰り道。
 憂は羽田空港に到着するご両親を迎えに行くので、私と唯先輩だけで家に帰ることになった。

唯「ねえ、あずにゃん」

梓「なんですか?」

唯「今度、どっか行こうよ。時間作るよ」

梓「勉強の方はいいんですか?」

唯「それもがんばるからぁ! あずにゃんおねがいだよぉ…」

梓「……はぁ、分かりました。約束ですよ?」

 根負けした振りをしてしまう。
 私も素直じゃないな、ほんとうに。



432 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 08:38:02.66 ID:6ERHRTn30


唯「やったあ! じゃあ二十二日の日曜、水族館とか行こうよ!」

 唯先輩はいつもみたいにはしゃいでいた。
 まるで今までと同じように、子供みたいに。
 だけど……やっぱり、私たちは何か変われたんだと思う。

 唯先輩はすぐに携帯で日曜日の天気をチェックする。
 ――八月二十二日、天気は晴れ。

唯「よかった、デート日和だね! じゃあ日曜まであずにゃんのために勉強がんばるからねっ」

 夕焼けで伸びていく繋がった二つの影を見つめながら、気づいた。
 あの事故の後で変わったもう一つのこと。
 話したら笑われそうなほどささいなことだけど、なんとなく大事な気がした。
 それは……雨の日だけじゃなくて、晴れの日も好きになれたこと、だと思う。

梓「楽しみにしてますね。勉強、がんばってください」

唯「まかせてよ! 明日から取り戻すからねっ」

 八月二十二日、天気は晴れ。
 ――唯先輩の天気予報、当たるといいな。


おわり。




435 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 08:46:13.20 ID:JnS4sYbSO

乙しときますね



437 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 08:52:31.70 ID:6J8KxfEL0

良かったよ




440 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 08:58:56.23 ID:McuIpIBx0

おつかれ



442 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 09:08:25.57 ID:tNnzCsJcO

おつ



444 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 10:03:17.27 ID:90dYCgOSO





453 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 12:03:53.29 ID:18oiCrVNP

よかったよ乙



454 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 12:51:25.68 ID:s5sMxOEO0

乙なり



457 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/17(火) 13:58:59.45 ID:2z3RuPSAO

よかった乙






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唯「あずにゃん、エレベーター動かない…」#後編
[ 2011/11/26 17:31 ] 非日常系 | | CM(3)

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タイトル:
NO:4552 [ 2011/11/28 20:58 ] [ 編集 ]

感動したよ~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

タイトル:
NO:4555 [ 2011/11/28 22:42 ] [ 編集 ]

レベルたけえ・・・

タイトル:承認待ちコメント
NO:6678 [ 2012/08/05 22:27 ] [ 編集 ]

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