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澪「恐怖、ヤッテヤルデス」#中編 【ホラー】


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澪「恐怖、ヤッテヤルデス」#前編
澪「恐怖、ヤッテヤルデス」#中編
澪「恐怖、ヤッテヤルデス」#後編



147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 21:05:05.83 ID:j7w0wo4C0

― あさ!


午前7時、緊急連絡網は今日の臨時休校を伝えた。

一方で桜高の職員室にはその時点で職員全員が集結し、

ありとあらゆる対応に当たる態勢を整えた。


しかしこの臨時休校からして危機管理マニュアルによる

台風接近時の項目にあるものをそのままなぞったに過ぎず、

もちろんそのマニュアルに異生物の襲撃という項目は用意されていなかった。

まして昨日の記憶は誰もが対処要綱の策定を嫌がることにつながり、

遂に大人達の責任逃れの火蓋が切って落とされた。

その責任逃れは後の自由登校解禁に繋がっていった。

時を同じくして紬は臨時休校の報を聞くやいなや全員に連絡を取り始めていた。



148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 21:15:06.08 ID:j7w0wo4C0

― えきまえ!


朝の涼しい空気の中、忙しない乗降客が行き交う駅前広場に律と澪は立っていた。

「ムギ、何をするつもりなんだ?」

「さぁなぁ?」

二人がボソボソと話していると唯が憂とともに現れた。

「おはようございます」

「澪ちゃん、りっちゃんおはよう!」

首元にマフラーを巻いているのはあの痣をごまかす為なのだろう。

しかし甲斐甲斐しく尽くした憂のおかげか、唯の調子は一見完全に戻っていた。

それとも天然に見えてどこかに芯には強い部分があるのだろうか、澪と律はその光景に安心した。

「おはよう」

最後にムギが現れた。

「あれ?全員じゃないのか?」

「これからみんなで梓ちゃんの家にお邪魔させてもらうのよ~」

澪が尋ねると紬は笑顔で答えた。



160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 22:57:44.83 ID:j7w0wo4C0

― なかのけ!

「ねぇ、梓ちゃんってあれについて何か知っていることはないの?」

初っ端からムギの口調は厳しく、部屋の空気は一気に重くなった。

「確かにあれって梓の顔そっくりだよな」

律がそれに追従した。しかし律は直後にそれが失言だったと悔やんだ。

しかし今まで口には誰も出してはいなかったが、その見解だけは一致していた。

「頭」は梓そっくりなのだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい!私があれとなんか関係あるって言いたいんですか!?」

朝っぱらから家に揃って押しかけられた上に

いきなり諸悪の根源扱いではいくらなんでもたまったものではない。

さすがの梓も声を荒らげて叫んだ。



161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 22:58:31.91 ID:j7w0wo4C0

「そうじゃないわ」

紬が落ち着いた口調でそれを宥めた。

「ねぇ…梓ちゃん…何か、何か思い当たることはないの?」

「…夢」

「夢?」

澪が訊き返した。

「思い出した…夢…夢に…出たんです。あれ…」

その梓の声はかすれていた。

「ヤッテヤルデス…」

「やってやるです?」

唯が繰り返した。



162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 22:59:01.05 ID:j7w0wo4C0


「あの頭…ヤッテヤルデスは…私と一緒って…夢で…」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。話がわからない」

澪が呆気に取られながら誰でもいいからと言った感じで説明を求めた。

「夢よ。ただの夢。梓ちゃんは関係ない。」

澪への回答なのか、梓への言葉なのかはたまた自分自身へ向けたものなのか、紬自身もわからなかった。

梓は今や目に涙を浮かべ、律と憂はこの状況をどうすればいいのか考えあぐねていた。

「どういう理由で生まれたかなんて私達にはわからない…でも。

 一歩間違えたら梓ちゃんだけじゃない、

 私達の姿をしたものも生まれるかもしれない…他人事じゃないのかも」

憂がそう呟いたところで澪はすかさず割って入る。

「梓。夢のなかでそいつ他に何を言ってた!?」

梓が怯えたように澪の方を向いた。



163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 22:59:35.08 ID:j7w0wo4C0


「え、えっと…」

一瞬考え込んでから梓が答える。

「多分ですが、邪魔をするのは許さない…、ヤッテヤルデスは梓がいてヤッテヤルデス…」

「なぁ、ヤッテヤルデスってのは名前か?」

律が聞き直す。

「ヤッテヤルデス…名前かはわからないですけど…」

梓は鼻水を啜りながら弱々しく答えた。

「あいつ、ヤッテヤルデスって言うのか…」

「呼びづらいね」

唯がそれに相槌を打った。



164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 23:01:35.27 ID:j7w0wo4C0

「…ねぇ、あれの目的って何かしら?」

「あー…」

紬の言葉でどういう訳か澪は梓の頭を齧る「ヤッテヤルデス」の姿が浮かべた。

「うわわっ!」

澪はとりあえず叫んで慌てて不気味な思考を払いのけた。

「どうしたの?」

紬が怪訝そうに尋ねたが澪はそれを黙った。

「梓じゃないのか」

律は澪の沈黙をを無に帰した。

「あずにゃんが危ない!?」



165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 23:10:02.30 ID:j7w0wo4C0

「ちょっと待て。じゃあなんで唯や純ちゃんが襲われたんだよ」

澪が割って入る。

「そうよね…」

「あの…もしかして私達全員が標的なんでは…」

梓が不安そうな面持ちで見回すと思わず全員が黙りこんだ。

それぞれ思い返してみても、昨日の時点で全員が標的と言っても過言ではなかった。

廊下で襲われた唯、職員室で律と梓、夜道で澪。

紬はまだ直接襲われてこそいないものの、

どう考えてもこの状況であれば標的と考えて差し支えないだろう。

「…なら私達であれをどうにかできるかも知れない」

澪が口を開こうとしたとき、律が突然呟いた。



166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 23:23:50.08 ID:j7w0wo4C0

「ど、どうやって!?」

唯が尋ねる。

「あー、ほら。私達で講堂とかに誘き出せばあとは先生たちが…」

「おおっ、りっちゃんすごい!」

それにどう乗せられてしまったのか唯が拍手する。

「武器さえあれば可能かも。例えば剣道の防具を着こんだり」

紬がそれに応じた。

律の主張によれば

「人間は首が一番弱い。ヤッテヤルデスはそこを標的としているので

 首さえ守れればヤッテヤルデスと対等に対峙することも可能」
 
ということだ。

昨日のヤッテヤルデスの攻撃は直接的な首絞めが多かった。

更にヤッテヤルデスを事実上さわ子と紬が一度撃退しているだけに、

その提案は軽音部の5人と憂にとって比較的現実味を帯びて感じられた。

「殺れるぞ…殺ってやるです」

律が広角を歪めながら呟いた。



168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 23:25:29.64 ID:j7w0wo4C0

紬が笑っていいのか悪いのかを見極めようと言わんばかりに

全員の表情を伺っていると澪の携帯電話が鳴った。

「あ、もしもし」

澪が部屋を出て行ったが、すぐに戻ってきた。

「今日は自由登校になったらしいぞ」

澪の言葉を聞いた途端、唯が律の方を見てニヤっと笑った。

「早速ですなりっちゃん隊長」

「ああ。唯隊員」


「じゃあ、まず制服に着替えて学校に集合だ!」

律を隊長に据え、かくして桜高軽音部によるヤッテヤルデス掃討作戦は開始された。



170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/15(水) 23:33:46.53 ID:j7w0wo4C0

午前11時、桜が丘高等学校では自由登校が始まった。

危険への注意を促す呼びかけに対して当事者意識をしっかりと持てるという人間は意外にも少ない。

そして情報には量と正確性が重要だと言われるが、その両方が欠けているのが今の桜高の生徒達だった。

生徒達は本格的な事態が始まる前に流されるままに帰った者が大半であったために、

昨日の事件について深く考えている者は皆無だった。

自由登校の始まった昇降口には教員が立哨し、生徒に一人ひとり登校目的を聞き、

内容いかんによっては下校させるという措置も取られた。

にも関わらず掃討作戦の装備品をどっさりと携行した軽音部の5人は

音出しで練習を口実にした結果あっさり校舎内に立ち入ることが出来た。

ちなみに何も知らない和は高文連の壮行会の準備を理由に、

憂は唯の付き添いであっさりと立ち入りが許可された。

そもそも、臨時休校のあとに打ち出された自由登校ならば大半の生徒は休みを一日享受する方を選ぶ。

軽音部や生徒会関係者以外に登校してくる生徒はほとんど現れなかった。



173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 00:11:53.64 ID:3ZvK4buE0

その頃、閑散とした校舎内をさわ子は刺股片手に図書室へ向かっていた。

自由登校の実施にあたっては校舎内を常時教員が巡回するという警戒措置を取っていた。

東西と1、2階に別れて4人態勢で行う1回目の巡回、その1階西にはさわ子が充てられた。

さわ子は昨日の教訓から今日は身軽さを最重視したジャージに運動靴という出で立ちで臨んでいる。


さわ子は職員室前を出発し、やがて渡り廊下を進み図書館の前に到着すると閉ざされたドアの施錠を確認する。

ところが真鍮色の取手は普通に回り、ドアはガチャリと開いた。



174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 00:13:52.02 ID:3ZvK4buE0

「あら?」

図書館は手が回り切らず、警戒が疎かになるという理由から危険とされて施錠されているはずだった。

にも関わらず、そのドアは開いた。

ドアを開けたその先、光の中には人影があった。

逆光で良く見えないもののどうやら窓際に1つポツンと置かれた椅子に座っているらしい。

そのツインテールの生徒はこちらに気づかないのか、向こうを向いたままだ。

「ちょっと…あなた…今日図書館は閉鎖よ。出なさーい」

だが、声を掛けてもその生徒は振り返ろうとしない。

「ちょっと、聞いてるの?」

さわ子は仕方なく刺股をドアの脇に置いて中に足を踏み入れた。

静まり返って空気の淀んだ図書館の中にはいつもより強く独特の匂いがこもり、さわ子の鼻をくすぐる。

光が宙を舞う埃を神秘的に照らし出している中、さわ子は生徒に近づいていくと突然生徒が振り返った。



175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 00:15:33.63 ID:3ZvK4buE0

…あ、首が360度回って後ろを向いたんだ。

…違う。首だけ、頭だけが立っている。

これ、椅子に上着が掛かってただけで…。

…騙された!頭だ!

さわ子がそれに気づいたときにはもう手遅れだった。


ヤッテヤルデスは昨日の復讐を果たすべく憎き山中さわ子めがけて跳躍していた。



176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 00:17:18.12 ID:3ZvK4buE0

堀込先生と教諭4人が戻ってこないさわ子を捜索に行ったのは15分後のことだった。

5人が渡り廊下に差しかかると、倒れたさわ子の姿があった。

「山中先生?」

「山中!」

駆け寄った堀込先生たちはまず水たまりに踏み入ったような感触を足裏に感じ、

次に目にしたのは血の海に沈んださわ子だった。

壊れた眼鏡、転がった刺股。

紺色のジャージは今や赤色に染まり、飛び散った血は白塗りの壁を赤く染め、血の臭いは鼻を突いた。

ヤッテヤルデスはさわ子の頚部を食いちぎって復讐を果たしたのだった。

さわ子の抵抗は頑強だったのか、整った顔には生々しい引っかき傷、ジャージには何箇所も裂けたあとがあり

その右手には長い髪の毛が握られていた。



179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 00:18:22.30 ID:3ZvK4buE0

そして堀込先生をはじめ、呆然と立ち尽くす教諭達を

古いつり下げ型非常誘導灯の上から見つめているものは他ならぬヤッテヤルデスだった。

復讐劇はさわ子殺害を皮切りに、自らを袋叩きにした堀込先生らを血の海に沈めるところからスタートした。

ヤッテヤルデスは昨日の教訓として待つことを覚えていた。

肉食動物のごとくじっと息を潜め、獲物がやって来るのを待ち続ける。

以前のように多数を相手にすることは己の死に繋がると学んだヤッテヤルデスはある程度の戦闘手段も心得え、

ひとりずつ確実に制していけば、より目的を達成が近づいてくるということも学んでいた。

その最初の標的として選ばれたのが最もヤッテヤルデスにとって最も脅威かつ強力な敵と判断されたさわ子だった。



180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 00:25:10.13 ID:3ZvK4buE0

― せいとかいしつ!


ただならぬ怒号と悲鳴に驚いた和と生徒会書記の1年生と放送局局員の2年生3人が廊下に顔を出すと、

教頭と校長が消火器やモップを片手に走って渡り廊下へ曲がっていくところが目に入った。

「何ですか?」

「わからないわ」

和は背後からの問いかけに振り向かず答えた。

後輩達は和の落ち着いた様子に安心感を覚え、再び会議机に戻っていく。

しかし当の和本人は足元から沸き上がってくる不吉な予感を感じていた。



181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 00:28:06.52 ID:3ZvK4buE0


― けいおんぶぶしつ!


高校生の年頃といえばなんとも全能感のようなものが存在している。

未来は明るい、根拠もなくそう思えたりするものである。

例え具体的な対処方法がすっぽ抜けていたとしても、

今やッテヤルデスなど大した事のない敵に感じられていた。

全員でかかればどうにかなる、それが全てであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。


自分の人生が終わる訳ない、死など有り得ないという保証はどこにも存在してはいないにも関わらずだ。

とはいえ20年生きていない高校生にして誰が人生の終焉を考えられるというのであろうか。



183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 00:29:06.36 ID:3ZvK4buE0

1階西でヤッテヤルデスが教員を制圧し尽くした頃、

軽音部では掃討作戦に伴なう防御装備装着の真っ最中であった。

当然と言えば当然だが、完全武装で立哨の教師に音出し練習を主張したところで全く説得力はない。

それを嫌った結果、装備はすべて部室で装着した上でヤッテヤルデスを捜索するとという方針となった。

ただ、軽音部の部室は校舎中央の3階であり、

篭城戦においては高所という地の利から十分な抗甚性を持ち合わせるものの、

奇襲攻撃を受けた場合、脱出場所の無い軽音部室は攻め込まれてしまえば即座に制圧されてしまう。

残念ながら部室という慣れたスペースは油断を招き、律達は全く防御措置を取っていなかった。

無論、最初の敵を制圧したヤッテヤルデスはそこを奇襲した。



187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 01:04:12.27 ID:3ZvK4buE0


ヤッテヤルデスは手すりをジャンプ台に部室のステンドガラスを割って突入した。

砕け散るステンドガラスを見たとき、5人は全く状況を理解できなかった。

「逃げろ!」

真っ先に響いた律の声で6人はようやく一斉に逃げる態勢に入った。

しかし持ち込まれた防御装備はその役割を果すどころか狭い部室の中で散乱し、

各所で障害物と化して6人の自由を奪う。

「いや!」

憂の悲鳴に近い叫び声が響き渡る。

椅子に引っかかって転んだ唯はヤッテヤルデスに手近だった澪に代わって襲撃対象として認識された。

紬はその光景を横目に捉えて転がる硬球用金属バットを拾い上げ、ヤッテヤルデスへ向かう。

「近づかないで!」

その金属バットのフルスイングは今まさに唯に飛びかからんとしていたヤッテヤルデスに命中し、

軟球ばりに思い切り打たれたヤッテヤルデスはトンちゃんの水槽を粉砕した。

「トンちゃ…」

砕け散るガラスの音で振り向いた梓が言いかけた時には、

床でのた打ち回るトンちゃんを立ち上がったヤッテヤルデスが踏みつぶしていた。



188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 01:05:25.97 ID:3ZvK4buE0

紬の金属バットはヤッテヤルデスを牽制し、

ヤッテヤルデスが反攻に移る前には全員が転がり出すように外へ飛び出した。

最後に飛び出した梓はドアを押して逃げたために、ヤッテヤルデスは閉まりかけたドアに衝突した。

衝突音を背後に聞きながら階段を駆け下りると、

全く申し合わせなどしていなかった6人は3手に別れてしまった。

紬はそのまま1階へ駆け下り、唯と憂は2階の西側へ。澪と律、梓は東側へとそれぞれ走った。

ほとんど同時に別れた直後に上からそのまま飛び降りてきたヤッテヤルデスは左右を窺うと、

まだ廊下を曲がっていく姿を確認できた律達を追った。



189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 01:07:21.68 ID:3ZvK4buE0

― わたりろうか!

走る律、澪、梓の3人。

そしてそれを嘲笑うかのような甲高い笑い声が背後から迫って来る。

まだ階段上らしいものの、その笑い声は確実に迫ってきていた。

厳密に言えば笑い声とは限らないが、

少なくとも3人はそれを笑い声以外の何かとして考えることは無理であった。

すぐに背後で何かが落下する音に続き、独特のこするような足音が響き始める。

甲高い、まるでアルミ板の角をこすり合わせるような薄気味悪い笑い声は確実に3人の精神を蝕んだ。

真正面の職員玄関は閉ざされており、律と澪、梓の3人は講堂の渡り廊下へと追い込まれる。

さらに講堂の扉は運悪く開放状態で固定されていた。



191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 01:08:38.02 ID:3ZvK4buE0

― こうどう!

広い講堂。その広さは今の3人にとっては迷惑なのかそれともチャンスなのか。

そして思い出深きステージ横にあるドアは片側、放送室側のみが開け放たれていた。

3人は横に広がって一路ドアを目指す。

「あと少しだ!」

澪が叫んだ瞬間、背後でバタンという音が響いた。

澪が音の方を振り返ると、そこには転んだ律の姿があった。

そして更に真後ろを振り返った澪は、まるで合成か何かのように白い能面じみたヤッテヤルデスが

暗い渡り廊下に浮かび上がって迫って来る所を目にした。



193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 01:11:16.06 ID:3ZvK4buE0

「律!」

澪は叫びながら最後の数メートルを一気に走り抜けて、走り幅跳びのように放送室に駆け込む。

振り返った先の律はというと転倒した際に足を挫いたのかその歩みは遅い。

懸命にこちらへ近づいてくる律。

しかし片やヤッテヤルデスは恐るべし勢いで律へ向かって突進し、ほとんどその距離はなくなっていた。

澪は梓を振り返ってから律を一瞬見て、そのままドアを閉めた。

澪にとってドアが閉まるバタン、という音はまるで絞首台の踏み板が落下したように聞こえた。



194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 01:12:17.40 ID:3ZvK4buE0

「助けてくれ!澪!」

ドアの向こうからは律の悲痛な叫び声が聞こえてくる。

そして床を打つ音。

一体何が起きているのか、それは想像に堪えない。

頼りなげな木製のドアを押さえる澪の体にその振動は確かに伝わってくる。

だが、澪はそれに耳を塞ぐしかない。見殺しにするしかないのだ。

今開ければ梓までもが餌食になるのは明らかだった。

放送機材とパイプ椅子くらいしかないこの部屋に押し込まれれば間違いなく全滅する。



195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 01:13:35.81 ID:3ZvK4buE0

「澪!」

一際悲痛な律の声が響き渡った。

それは講堂の中に反響し、澪の耳に焼き付いた。

「律先輩…律センパイ…」

床に伏せって声を押し殺して泣いている梓。

澪も泣きたかった。


やがてその悲鳴が途切れ、

ドアの向こうからは床で何かが擦れる音とや律の妙な声が時々聞こえた。

そして律の声も気配も、ヤッテヤルデスの足音も気配も消えた。



197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 01:17:30.78 ID:3ZvK4buE0

澪がドアを開けた時、最初に異様な臭気が鼻を突いた。

それはまさに血の匂いだった。そして律は講堂の中央で仰向けになっている。

あたりを見回すと無理に引きずり回されたのか、ブレザーが脱げて向こうの隅に落ちていた。

講堂の床には赤いラインが増えて、そのラインは律のところで途切れている。

澪は律へ向かっていく。

一歩一歩踏みしめるように向かっていく。

律の表情は今までに見たことのないような物だった。

絶望、恐怖、想像できないほどの何かが起きたのだろう。

もう澪がいくら声をかけても律は薄目で虚空を見つめるだけであった。



202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 01:25:04.40 ID:3ZvK4buE0

梓は屈み込んで律を見つめる澪に恐る恐る声を掛ける。

「澪先輩…」

「梓。行こう」

澪は立ち上がって梓を振り返る。その頬には涙が伝い落ちていた

澪は自分が着ていたブレザーを律に被せた。

「律…私はもう…臆病な澪じゃない」

そう律に声をかける澪の声には強い意志が感じられた。



217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 10:37:45.69 ID:Lmm/2icA0

― 3ねん2くみのきょうしつ!


唯と憂は3手に別れて以降3年2組の教室で息を潜めていた。

明らかに危険な選択である教室へはどちらかと言えば唯が主導した形であった。

あまりの事態にパニックを起こしかけていた唯は、避難先に慣れた場所である

3年2組の教室を咄嗟にチョイスしてしまったのである。

廊下側に設置された窓は教室の中を簡単に伺うことができる為に、

唯は憂を掃除用具入れに押し込み、教壇の下に隠れていた。



218 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 10:39:19.83 ID:Lmm/2icA0

時を同じくしてヤッテヤルデスは再び2階へ向かっていた。

講堂にて追撃戦で全員が揃って行動していないことは把握し、

階段で3手に別れたのだろうと読んだヤッテヤルデスは

篭城を決め込んだであろう澪と梓を後に回し、先に2階に逃げたであろう標的を屠ることを選んでいた。

中央階段に差し掛かると駆け上がってくるひとりの2年生がいた。

ヤッテヤルデスにとっては見覚えのない顔。

思わぬ遭遇に驚いたように最上段に足を掛けたまま立ち止まる生徒。

生徒が口を開く間もない内にヤッテヤルデスはその生徒を踊り場の方へ髪腕で突き飛ばす。

髪腕に足元を薙ぎ払われた生徒は驚愕の表情を浮かべたまま宙を舞って

そのまま踊り場の壁にぶつかり墜ちていき、動かなくなった。



220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 10:41:04.58 ID:Lmm/2icA0


掃除用具入れの憂と教壇下の唯の吐息以外は物音一つせず、静寂に包まれる教室。

その静寂を破り、階段の方ではまるで重い何かが落ちたような物音が響いた。

何…?

唯はその音で身を竦める。

こわいよ…りっちゃん…みおちゃん…。

物音はまたしなくなり、再び自分の息遣いの音だけが小さく聞こえてくる。

心臓は破裂しそうにバクバクと鳴り、

この音でヤッテヤルデスに場所がバレやしないかとすら唯は不安になり始めていた。

様子を見よう…、そう思い唯は恐る恐る教壇から顔を出す。

教室の中には相変わらず誰もいなかった。

しかし廊下のガラス窓には貼りついてこちらを見つめるヤッテヤルデスの顔があった。

「ひっ!」

その光のない視線はしっかりと唯を見ていた。

唯が後退りした時にはヤッテヤルデスはガラスから消えて代わりにドアが開いていた。



221 名前:本人です:2010/09/16(木) 10:44:35.61 ID:Lmm/2icA0

ヤッテヤルデスがゆっくりと教室に入ると迷わず掃除用具入れを開いた。


中にいた憂は一瞬で白日のもとに晒され、抵抗する間もなく掃除用具ともに引き摺り出される。

掃除用具もバラバラと倒れて床に散らばった。

「や、やあっ!」

悲鳴を上げた憂の首をそのままヤッテヤルデスは一気に髪腕で締め上げ始めた。

憂は軽々と持ち上げられて15センチは宙に浮き、首吊り状態にされる。

喉を潰されてみるみる顔色が悪くなっていく憂。

「いやああああああああ!!!!うい!!!!うい!!!!」

唯の叫びながら唯は教壇から飛び出すとそのままヤッテヤルデスに背後から飛びつき腕を掴む。

しかしなんなくそれは払い除けられ、唯は机に思い切り突っ込んだ。



222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 10:45:18.26 ID:Lmm/2icA0

それでも立ち上がる唯の足元には倒れた自在ぼうきがあった。

唯はそれを引っ掴んで握り直して渾身の力で自在ぼうきをヤッテヤルデスに振り下ろした。

「憂を離せ!」

自在ぼうきの木製柄はあっさりとその一発で二つに折れ、その切っ先は尖ってそれぞれ転がった。

唯はそのまま後ろに倒れて尻餅をついた。

ヤッテヤルデスは唯の反撃に対してその能面のような表情を変えないまま、

唯の方を一瞥すると憂を黒板に突き飛ばし、空いた方の手で床に落ちた自在ほうきの残骸を拾い上げた。

「う…お、お姉ちゃん…」黒板にぶつけられて痛みをこらえながらようやくふらふらと立ち上がる憂。

ようやく立ち上がった唯が近づく間もなくヤッテヤルデスはその憂に自在ぼうきの切っ先を突き立てた。

「いやあああああっ!」

唯の悲鳴が響き渡る。



223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 10:46:54.22 ID:Lmm/2icA0


「あっ…あ゛あ゛…お姉ちゃん…お姉ちゃん…」憂の呻くような声がそれに続く。

憂の唯を心配させたくないという一心は痛みを我慢させ、悲鳴を押し殺した。

だが、木切れという全く切れ味の悪いものによって刺された痛みは一気に憂を蝕む。

更にヤッテヤルデスは容赦なくそれを引き抜いた。

そのまま憂が腹部を押さえながら崩れて膝をつく。

ヤッテヤルデスはその憂の髪を掴んで引っ張り、苦渋に歪んだ憂の顔を上げさせた。

「ああああっ!」

遂に痛みに耐え兼ねた憂の悲鳴が響き渡る。

見る間に憂の周りには血溜まりが出来上がり、そのままうつ伏せに血溜まりの床へ倒れた。

動けなくなった憂を尻目にヤッテヤルデスは改めて唯に向き直る。



224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 10:48:49.29 ID:Lmm/2icA0

唯は後ずさっていき、片やヤッテヤルデスはまるでその距離を詰めることを楽しむかのようにじわじわと近づく。


そして唯が壁まで後1メートル程まで追い詰められたところで、ヤッテヤルデスは飛び掛かった。

唯はそのままヤッテヤルデスにより後頭部を壁に打ち付けられて倒れ込む。

そこをヤッテヤルデスは髪腕で肩を掴み引き起こすと執拗に唯の頭を腰板に叩き付け始めた。

教室内には異様な衝撃音と唯の悲鳴が響き渡る。

「やめて…お願いします…やめて下さい…」

薄れ行く意識の中振り絞る憂の嘆願も虚しく、

やがて唯の悲鳴は消えて耳から血を流し始め目は虚ろになり、小刻みに痙攣を始める。

そこを見るやいなやヤッテヤルデスは唯の喉を掴んで一気に締め上げた。



226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 10:49:38.46 ID:Lmm/2icA0

一般的に人間が行えうる絞殺法ではまず5秒渾身の力を込めることで対象の抵抗を削ぎ、

更に20秒程度加えることで対象を気絶させることが出来るとされる。

しかし殺害となるとその所要時間は3分を要すると言われる。

しかし、ヤッテヤルデスの恐るべき膂力は僅かそれを1分で完結させた。

なんとも言えない不気味な声をあげたのを最後に唯は動かなくなる。

失禁したのか唯の周りには水溜まりが出来ていた。

動かなくなった唯を確認するとヤッテヤルデスは唯に向かって赤い線を引きながら

這っていた憂の背中に思い切り飛び乗り、憂に思い切り悲鳴を出させて、

十分復讐劇を堪能したかのようにまたドアから廊下へ消えていった。

憂は寒気と薄れる意識の中、机に掴まり立ち上がる。

腹の傷は力をいれるたびに血を吹き、

憂は自分が助からないことを悟りながらフラフラと唯の横に座り込んだ。

そして唯を抱き寄せると前夜、やったように優しく髪の毛を撫でた。


「…お姉ちゃん」

見開いた目を撫でて瞼を閉じさせると憂は最後の力を振り絞り、唯を抱きしめてそのまま事切れた。



233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 12:38:44.77 ID:Lmm/2icA0

― せいとかいしつ!


校内のあちこちで惨劇が起きる中、生徒会室では壮行会の打ち合わせが続けられていた。

火災報知機がけたたましく鳴っている訳でも

誰も異常を知らせに駆け込んでくるわけでもないこの状況では、

事態を知らない人間としてある意味それも当然の行動であった。

和は一応打ち合わせの実施にあたっては担任のさわ子に事態の概要を問い合わせていたが、

「来ない方がいいわよ」と色よい返事を貰えなかった。

しかし一方で壮行会を仕切る書記の1年生は非常に張り切り、

渋る和に打ち合わせの日程通りの実施を懇願した。

和はその熱意に折れ、登校を嫌がる放送局長に頼み込み

打ち合わせを開いたために容易に散会とさせることを躊躇っていた。

軽音部によるヤッテヤルデス掃討作戦についてに至っては知らせを受けてはいなかった。

しかしそれは律達なりに生徒会会長という和の立場を慮ってのことであったが、

この場合律達がやるべきことはむしろ関係ない人間を

極力学校から遠ざけることであった。和への配慮は今、完全に裏目に出ていた。

唯も心配掛けまいと救急車で搬送された理由を

純と共に階段から落ちたと説明していたためにそれも和は追求してはいなかった。



234 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 12:39:36.04 ID:Lmm/2icA0

それでも和はさっきの慌しい様子から一転として訪れた静寂に違和感を感じていたところだった。

大した事ではないだろうという高を括ってはいたものの今度は遠くで悲鳴が立て続けに響き渡り、

しかも聞き覚えのあるその声にいよいよ和も落ち着いては居られなくなった。

「…ちょっと様子を見てくるわね」

そう言って立ち上がり、鞄からは念のために携帯電話を取り出してブレザーのポケットへ放り込む。

部屋を出て行く和を後輩達は頼れる前生徒会長といった表情で送り出した。



235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 12:40:14.89 ID:Lmm/2icA0

生徒会室を出てすぐ、職員室前の中央階段を上がったところの踊り場。

そこにはひとりの生徒が倒れていた。

あいにく誰かはわからないがブラウスのその赤いリボンが2年生だということを示している。

しかしその生徒の表情はまるで恐ろしい何かを見たような形相で凍り付いていた。

和はどこかでこれは大変な自体だとは理解しているつもりなのだが、

どうにも目の前に倒れているのがまるでマネキンのように感じられてならない。

結局和はそのまま彼女を無視して階段を登ることにした。



236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 12:41:23.31 ID:Lmm/2icA0

2階の廊下は静まり返り、人の気配は皆無だった。

和は左右を見回してからとりあえずと自分の教室を覗き込む。

そこには隅の壁にもたれた憂が唯を抱いている姿があった。

「あら?」

いくら人気が無いからと言って二人揃って学校でお昼寝なのか姉妹愛の確認なのか。

ちょっと。さすがにそれはないでしょう…。

和は顔が火照ってくるのを感じながら教室に足を踏み入れた。



237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 12:42:15.43 ID:Lmm/2icA0

机の間を進み、和は二人にに近づいていく。

壁にもたれた憂の足元は真っ赤に染まり、そここに夥しい量の血溜まりと合わせてその惨事を語っていた。

背を向けた唯の表情は伺えないものの、背中の汚れや乱れた髪型が異常を端的に表している。

「ねぇ…憂?」

和は憂のところに屈み込む。

少し俯いた憂は眠っているようだったがその顔に生気はなく、白い肌が際立って見える。

唯も眠っているような表情だったが、その耳からは細く生々しい赤いものが垂れていた。

同時に必死に目を逸らし続けてきた現実が和にまるで豪雨のように降りかかってきた。

唯も憂も死んでいる。さっきの生徒も死んでいた。

憂は恐らく最後の力を振り絞って唯を抱きしめながら息絶えたのだろうと和は悟った。



238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 12:43:11.82 ID:Lmm/2icA0


「ねぇ…唯…憂…どうしちゃったの…」

搾り出した問いかけに答えるものはなく、立ち上がるとそのまま足は震え出し、

どうしようもない恐怖感が爪先から一気に駆け上がってくる。

和はそのままフラフラと廊下に出ると携帯電話をポケットから取り出す。

110番をプッシュして電話を耳に当てる。

普段なら簡単に出来そうな行動が全く上手く行かず、

和は携帯を取り落としそうになりながらなんとか携帯を耳に当てた。

『警察です。どうしましたか?』

コール音もなく通信指令室の女性警察官の声が飛び込んできた。

「もしもし」

その声は震え、みぞおち辺りからは熱い何かが込み上げてくる。

『事件ですか?事故ですか?』

和は直感的に理解していた。

あの頭だ。あの頭が今、全ての事態を招いたのだと。

そして最初にあれを目撃したのは恐らく自分自身であろうということも。



239 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 12:44:23.22 ID:Lmm/2icA0

だが、相手はあんな変な生き物では誰もまともに取り合わない。このままじゃ犠牲は増える。

「刃物を持った男が生徒を…桜が丘女子高です…」

事実ではないことを話している。そんな自覚はあった。

しかし敢えて刃物を持った男が押し入ったと言えば警察は万全の備えでここにやってくる。

そうすればもう誰も傷つくことはない。そう考えたのである。


警察官は何事かまだ話しているようだったが、和にとってはもうそれだけが精一杯であった。

膝がガクガクと笑い手は震え、和は携帯を取り落としてそのままへたり込む。

開放ったドアの向こうを振り返ると永遠にもう目を覚まさないであろう眠りに落ちた憂と唯がいた。


それを見ながら和は這って壁に辿りつくと、窓枠を支えに立ち上がった。

壁にかけられた消火器を震える手で持ち上げ、すぐ側の窓に消火器を叩きつける。

フロート強化ガラスもその質量と衝撃にさすがに割れて、粒状の破片が飛び散った。

窓枠にまだ残る破片を消火器で払いのけると窓枠を押し開く。


不要になった消火器は廊下に放り投げ、和は狭い窓枠に体を押しこみそのまま飛び降りた。

身を宙に投げ出す瞬間、和はまた唯と憂とともに過ごしたいと考えていた。



240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 12:45:01.88 ID:Lmm/2icA0


気づくと和は柔らかい花壇の土の上に落ちていた。

メガネはどこかへ行ってしまったようだが、痛みはそんなに感じられなかった。

しかしゆっくりと起き上がると右足に電撃のような痛みが走った。

「…ああっ!」

右足首というより足の甲を痛めたのだろうか、と思った。

それでも痛む足を引きずりながら和は門までなんとかたどり着く。

昇降口の方を振り返ると人気は全くなく、まるで日曜日のように静まり返っていた。

そしてサイレンの音はハーモニーを奏でながらどんどん近づいてくる。

「く…」

和が門柱にもたれ掛かったと同時に、

近くの交差点の角からは警察車両が赤い回転灯の光とサイレンをばら撒きながら続々と現れた。



259 名前:帰ってきた:2010/09/16(木) 19:34:21.30 ID:jVx/fvqU0

― しょくいんしつ!


和が2階から飛び降りた同じ頃、桜高の職員室では動く者は誰もいなくなった。

自分の机で女性教諭は110番した受話器を握ったまま事切れ、

床には竹刀を片手の男性教諭と緑のリボンの1年生が転がっていた。

いずれもその視線の先は不安定にあさっての方向を向いている。

そしてその中心には顔に血糊をつけたヤッテヤルデスが立っていた。


三人を一瞥すると教頭のデスクによじ登り、

散乱した書類やファイルを踏みながら、完全に手中へと収めた職員室を改めて見回した。

そして勝どきのように鳴き始めた。

その声は力強く、そして美しかった。人気のなくなった廊下にもそのソプラノが響き渡っていった。


ヤッテヤルデスはあとに控える標的はムギ、澪、梓の三人だと把握し、

既に己の勝利を確信し始めるところに差し掛かっていた。

教員や生徒達を屠った結果、人間は思うほど強くはなく、脆弱で愚かな存在であるということを感じ始めていた。

ひとしきり声を出して気が済んだヤッテヤルデスは今度は三人をどうやって殺害するかを考え始めた。

そして1つのプランを思いつくと軽やかに廊下へと消えていった。



260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 19:36:32.44 ID:jVx/fvqU0

― いっかいのろうか!


紬は1年2組の掃除用具入れの中にいた。歌声ははっきりと紬の耳にも届いてそれは恐怖を倍増させる。

あのヤッテヤルデスに怯え暗く埃臭い掃除用具入れにずっと立てこもった所で、

自分にも他のみんなにもなんの利益もないというのは紬も重々承知ではあった。

しかしそれ以上に困るのは出たはいいが自分が餌食になってしまうことである。

しかし最初は勇敢にヤッテヤルデスと対峙していた紬自身も

じわじわと迫って来る死への恐怖をはっきりと感じ始めていた。

もし私が死んでしまったら誰も助けられなくなってしまう、改めて自己弁護のように紬は自分に言い聞かせた。

そんな所で歌声が止んだ。恐る恐る掃除用具入れのドアに耳を当てるが、特段何の音も気配も感じられない。

慎重に掃除用具入れのドアの取っ手を回すと、片手で押さえながら細く開ける。

ガラス窓には反射して廊下側の窓が映り込んでいるが、そこには誰もいない廊下が映っている。

しかし、次の瞬間紬が耳にしたのは明らかにドアが開閉する音であった。

その躊躇いのないドアの音は明らかに追い込まれた者達のものとは考えられず

紬は再び掃除用具入れを閉ざして脱出するタイミングを伺い直すことにした。



261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 19:41:56.46 ID:jVx/fvqU0

― にかい!


律の死に最初は気丈に振舞おうとした澪だったが、

自分の判断によって律が死んだという事実はじわじわと梓の気づかぬ所で澪の精神を蝕みつつあった。



紬が一階で掃除用具入れから脱出できなくなっていた頃、

澪と梓は、階段で別れて未だ二階にいると思われる唯達との合流を目指して東側階段を登っていた。

梓が角に張り付いてに廊下の状況を確認すると、二人は角にぶら下がる消火器を取ってゆっくりと前進していく。

今や床板はギシギシと音を立てて軋み、

どこからともなく冷たい風が吹き抜ける廊下は真昼にも関わらず二人の恐怖心を掻き立て、

見慣れた廊下はまるでお化け屋敷の迷路のごとく非常に不気味に感じられる。



263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 19:43:34.38 ID:jVx/fvqU0

しかし次の瞬間にはヤッテヤルデスがぶら下げていたものに二人共視線が釘付けとなる。

その髪腕の片側にはお土産と言わんばかりに髪の毛を掴まれた形の律をぶら下げていた。

「あ…り、律…」

逃げる態勢にすぐさま移った梓に対して澪はそのまま消火器を力なく落としてそこに立ち尽くす。

ぶら下がっている律の頭部を片手にヤッテヤルデスはこちらへ向かってゆっくりと近づいてくる。

「逃げましょう!」

しかし澪が梓の声を聞いている様子はまるでない。

「澪先輩!早く!」



264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 19:44:10.73 ID:jVx/fvqU0

梓は力いっぱい澪の手を引っ張るが、澪はそれを振り払った。

思わぬ行動に面食らいバランスを崩した梓はそのまま尻餅を付いた。

「いたい…」

梓が顔を上げると、澪がゆっくりとヤッテヤルデスに近づいていくところだった。

「澪先輩!行っちゃダメです!行かないで!澪先輩!」

梓の叫びも虚しく、澪はどんどん歩いていく。

そしてヤッテヤルデスはその無表情さを保ったまま、片手のそれをどういう訳か床に置くと

そのままこちらに背を向けて廊下の奥へと走り去って行った。

澪は残された律の頭をそっと抱き上げると梓の方を向く。

「梓…ちょっと先に行っててくれ…」

振り返った澪の顔はまるで眠る赤子を見つめる母のように穏やかに微笑んでいた。

その微笑みで梓は澪の精神が崩壊したのだと悟った。

これで私達に完全に勝ち目は無くなった。いや、律先輩が殺された時点でもうだめだったのかも知れない。

梓は一瞬そんな事を考えたが、まだ他の先輩たちや憂の安否も何も分かっていないことを思い出す。

澪がそのまま廊下に座り込もうとするのをなんとか制して

「隠れてて下さい」と言い残すと、梓は助けを求めるべくその場を後にした。



265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 19:45:49.71 ID:jVx/fvqU0

― にかい!


時を同じくしてようやく掃除用具入れから脱出した紬が恐る恐る中央階段を上がっていた。

見慣れた階段はまるでいつ猛獣が飛び出してきてもおかしくはない熱帯雨林に感じられ、

全神経を集中させて辺りを警戒しつつ一段一段を踏みしめる。

「律…起きてくれよ…」

そこへ階段をまだ全部上がりきらぬうちに響いた声。

あまりの驚きにムギは全身が総毛立って心臓が口から飛び出しそうになったように感じられた。

恐る恐る階段から廊下を覗き込むと澪が何かを抱えて廊下の隅に座っているのが目に入った。

しかしその様子はあまりにもおかしかった。



267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 19:46:40.51 ID:jVx/fvqU0


ムギは恐る恐る近づいていくとそれはボールのように見える。

「み、澪ちゃん…?」

「あ、ムギ…律が目を覚まさないんだ…」

澪はムギの声で顔を上げると、

まるでぬいぐるみでも見せるかのようにムギに抱えるそれを見せた。

ムギはそれを見て思わず目を逸らした。

りっちゃんだ。りっちゃんの頭…。

目の前に大事な友人の変わり果てた姿を突きつけられたムギは

一瞬そのまま意識が遠くなったが何とか踏ん張った。

「りっちゃんは…」

ムギは一瞬躊躇った。例え事実を告げた所で澪に変化はないだろう。



268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 19:48:20.22 ID:jVx/fvqU0

「律は?」

「まだ寝てるのだね…お寝坊さんなんだ…」

ムギはまるで幼稚園児にでも答えるような口調で答えを濁すと再び歩き出す。

「律?なぁ…あっ、涎なんか垂らしたらダメだぞ」

澪はブラウスの袖で律の唇を拭う。涎というそれは明らかに違うものであった。

その光景に耐えられなくなったムギは歩き出す。

背後から澪の声が聞こえてくる。

その声は穏やかで、まるで赤ちゃんをあやす母親のようだった。

「―律、大好きだよ」

一歩一歩進む紬の目からはとめどもなく涙が溢れ始めていた。



269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 19:51:14.42 ID:jVx/fvqU0

― せいもんまえ!


パトカーの電子サイレンアンプから発音される4秒周期のサイレンは

それぞれの50Wスピーカーからごちゃごちゃと鳴り響いて

緊迫感と混乱に拍車をかけ、そこら中に緊急事態の発生を告げて回る。

わらわらとやってきたパトカーの1台は和の前で停車し、

助手席から飛び出してきた警察官が傷だらけの和に駆け寄って助け起こした。

白黒パトカーはそのまま学校の前の通りに並ぶものと、

そのままタイヤを鳴らしながら一路正門から昇降口前まで突っ込むものに別れる。

紺色の合服の下に対刃防護衣を着込んだ警察官達は

パトカーのトランクから慌ただしく警杖やポリカーボネート盾や刺股を準備し、態勢を整え始める。

やがて何台かの救急車と共に、ルーフに着脱式の赤色灯を載せて

サンバイザー取り付け型補助灯を煌々と点滅させた隊長車のティアナを先頭に

県警機動捜査隊の覆面パトカーが続々と現われて正門前の広場に進入してぞろぞろと並ぶ。

降車した機動捜査隊員達はめいめい覆面パトカーのトランクから

それぞれ耐刃防護板を取り出して黒いメッシュの多目的ベストの下に着込み始めた。



273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 20:22:52.00 ID:jVx/fvqU0

この時、警察には和以外の生徒や教員からも通報が入っていた。

通信指令室の警察官は錯綜する情報を総合した結果、

刃物を持った者が学校へ侵入し、生徒や教員を切りつけていると判断して

パトカーや警察官に指令を出していた。

しかし今や通報者は和を除き全員の安否がわからなくなっていた。

警察官達はまくし立てる無線で聞いたその凶悪な犯罪者への怒りを秘め、

透明なポリカーボネート盾を構えた4人を先頭に昇降口へとなだれ込む。

下駄箱が並ぶ昇降口を駆け抜けると盾を構えた警察官は左右に別れる。

続いて後列の刺股や警杖を装備した者が後衛を務める。

なだれ込んだ自動車警ら隊と所轄署の警察官達は

左右をぎょろぎょろと見回しながらゆっくりと廊下を進みだす。

最初の検索地点は職員室とされ、両側のドアから一斉に警察官が職員室へ足を踏み入れた。



274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 20:23:45.45 ID:jVx/fvqU0

先頭を切った警察官は異様な匂いの立ち込める職員室にぎょっとして立ち止まる。

穏やかな日差しが差し込む職員室には表現しがたい「死臭」が立ち込めていた。

デスクに臥せった教員やぐちゃぐちゃになった室内は警察官にすら一抹の不安を覚えさせる。

警察官は盾を突き出したまま、左右を確認して前進する。

後衛の警察官が倒れたままの生徒と教員に駆け寄り、何名か分散しては室内をどんどん調べていく。

「誰もいません!」誰かの声は室内に響き渡った。



275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 20:26:26.37 ID:jVx/fvqU0


一方のヤッテヤルデスは紺色を纏った集団の闖入に驚きを隠せなかった。

闖入者は今まで相手にしてきた教員達とは比べものにならない人数かつ、同じような風体をしていた。

さらにヤッテヤルデスにとって未知の物を所持している。

生徒も制服姿という同じような風体を全員していたが

大した反撃をしてくるわけでもなく脅威にはならなかった。

しかし今回は似たような風体を持つ集団にもかかわらず、

漂ってくる気配にはただならぬものがあることがヤッテヤルデスにはっきりと感じられた。

今までの相手とはレベルが違う、そう判断したヤッテヤルデスは

未知の敵に対して攻撃を行ってその反応を伺うことを決意した。

勝利のためにはリスクも必要であるということをうすうす理解し、

威力偵察を考案するヤッテヤルデスは確実にその知性を高めていた。



277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 20:28:00.56 ID:jVx/fvqU0

威力偵察を決め込んだヤッテヤルデスが襲撃した時警官隊は生徒会室と相談室の検索の最中だった。

ヤッテヤルデスは集団の中で一番手前かつ、離れた場所に立っていた警察官を右上45度の角度から急襲した。

「うわっ!」

標的となった警察官の声が響きわたり、周りの警察官の視線は一斉に集まった。

まず上からのヤッテヤルデスの体当たりは思いのほか踏ん張った警察官に対して強い効力を発揮できずに終わった。

払われた活動帽が地面に落ちるなか、一度飛び退いて体制を立て直すと今度は飛びかかる。

怯ませてから再度飛びかかる、ケタ違いの素早さを持つヤッテヤルデスだからこそ出来る芸当。

この攻撃で大半の人間を制圧してきたヤッテヤルデスはある程度この戦法に自信があった。



278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/16(木) 20:29:25.48 ID:jVx/fvqU0

「この野郎!」

しかしヤッテヤルデスは警察官の顔面に飛びつく前に

強化アルミ製の伸縮警棒によって強力な一撃を受けて床に叩きつけられた。

「なんだこれ!」

「おい!こいつ血がついてるぞ!」

警察官の怒号が立て続けに響き渡った。ヤッテヤルデスは威力偵察を中断し、逃走態勢に入る。

人間に負けてしまうことを屈辱として考えていたヤッテヤルデスだったが、

今背後から迫ってくる警官隊相手では明らかにこちらが劣勢である事を感じさせた。

警棒で受けたダメージもあり、この不完全な状況で反撃は危険と判断して撤退を選ぶと

窓枠や取っ掛かり伝いに天井を使って一気に二階へと逃走した。




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澪「恐怖、ヤッテヤルデス」#中編
[ 2011/12/23 05:59 ] ホラー | | CM(0)

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