SS保存場所(けいおん!) TOP  >  クロス >  朋也「軽音部? うんたん?」#3

お知らせ

SS保存場所は移転しました。
現在けいおん!関連の更新はしていません。
今後更新するかは未定です。
SS保存場所






朋也「軽音部? うんたん?」#3 【クロス】


http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1285377812/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1285419494/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1285456022/

朋也「軽音部? うんたん?」#index




157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:22:05.15 ID:1qYNd8dxO

4/9 金

唯「おはよ~」

朋也「ああ、おはよ」

からっぽの鞄を机の横に提げ、椅子に腰掛ける。

唯「岡崎くん、私、考えたんだけどね…」

朋也「ああ、なんだ」

唯「えっとね、朝、私が迎えにいくっていうのはどうかなぁ」

朋也「はぁ? いや、つーか、いろいろ言いたいことはあるけどさ、
   まずうちの住所知らないだろ…」

唯「うん、だからね、よかったら教えてくれないかなぁ、なんて」

朋也「いいよ、いらない」

唯「そっか…残念」

朋也「つーか、おまえの家から遠かったらどうしてたんだよ…」

唯「あ、そこまで考えてなかったよ…」

無計画にもほどがあった。
本当にただの思いつきで言ったようだ。

朋也「なぁ、なんでそうまで世話焼きたがるんだ?」



158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:22:23.23 ID:cUBlBpOS0

朋也「俺が遅刻しようが、欠席しようが、関係ないだろ」

これは純粋な疑問だった。
わりと話すようになったとはいえ、まだお互いのこともよく知らない。
それなのに、やたら俺を気遣って、遅刻のことを言ってくる。

唯「なんでかな…私もよくわかんない」

唯「でも…ここ何日か一緒にいて、岡崎くんのこと見てたらさ…」

唯「うん…おもしろい人だなって。それに、不良なんていってるけど、ほんとは優しくて…」

唯「だから、もっと普通に学校生活を楽しめたらいいのにって…」

唯「それで、まずは遅刻から直していけばいいんじゃないかと思ったんだけどね」

朋也「そういうことなら、春原の奴にでもやってやれよ」

唯「まずは岡崎くんからだよっ。その次が春原くんね」

ふたり共を更生させる気でいたのか…。

朋也「…そうか、がんばれよ」

もう、放っておくことにした。
そうすれば、こいつも、自然とそのうち飽きるだろう。

唯「うんっ、がんばるよっ…って、実際がんばるのは岡崎くんのほうだよっ」

―――――――――――――――――――――



159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:23:35.61 ID:1qYNd8dxO

………。

―――――――――――――――――――――

昼。春原と共に学食へ。

春原「やっぱふたりだと身軽でいいよね」

朋也「そうだな」

春原「ついてくる素人もいないことだし、やっと玄人らしく食べられるよ」

朋也「ただの学食に玄人もクソもあるかよ」

春原「おまえ、何年学食で食ってるつもりだよ。あるだろ、決定的な違いが」

朋也「知らねぇよ…」

春原「マジで言ってんの? わかんないかねぇ…」

朋也「なんだよ、言ってみろ」

春原「ほら、あれだよ。あの…アレ…だよ」

げしっ

春原「ってぇなっ! あにすんだよっ!」

朋也「もったいぶっておいて、リアルタイムで考えるな」



160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:23:54.74 ID:cUBlBpOS0

―――――――――――――――――――――

ずるずるずる

春原「学食のラーメンってさ、けっこううまいよね」

ずるずるずる

朋也「ああ、意外としっかりしてるな」

春原「カップラーメン以上、うなぎパイ未満って感じ?」

朋也「なんで比較対象の上限が非ラーメンなんだよ」

春原「僕、あれ好きなんだよね、うなぎパイ」

春原「おまえも、前にうまいって言ってたじゃん」

朋也「言ったけどさ…」

春原「だろ?」

だからなんだというのか。
本当に意味のない会話だった。

―――――――――――――――――――――

昼飯の帰り、廊下を歩いていると、その先でラグビー部の三年を発見した。
俺は立ち止まる。



161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:26:02.12 ID:1qYNd8dxO

春原「どうしたの」

朋也「おまえ、きのう異名がどうとか言ってたよな」

春原「ああ、エスケープ春原ね」

にやり、と得意げな顔をしてみせる。

朋也「おまえの実力みせてくれよ、あいつで」

ラグビー部員を指さす。

春原「え!? う、ま、まぁいいけど…」

明らかに動揺していた。

朋也「じゃ、ちょっとここでまってろ」

春原を待機させ、俺はラグビー部員のもとへ寄っていく。

朋也「なぁ、ちょっといいか」

ラグビー部員「あ?」

談笑を止め、俺のほうに振り返る。

朋也「春原がさ、おまえの部屋のドアに五発蹴りいれたって自慢してくるんだけどさ…」

ラグビー部員「はぁ? んなことしてやがったのか、あいつはっ」



162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:26:19.57 ID:cUBlBpOS0

朋也「ほら、今もあそこで挑発してるし」

俺の指さす先、春原はカクカクと生まれたての小鹿のように足が震えていた。

ラグビー部員「春原ぁっ!」

春原「ひぃっ!」

両者ほぼ同時に駆け出す。

朋也(お、意外に早いな)

俺も小走りで追ってみる。

―――――――――――――――――――――

春原「うわぁ、どけっ、どけっ!」

春原は通行人を弾くようにして逃げていた。

春原「とぅっ」

階段を下から数えて2段目から飛び降りる。

朋也(2段じゃあんま意味ないだろ…)

俺はその様子を上から見下ろしていた。

ラグビー部員「まて、おい、こらっ」



163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:27:42.79 ID:1qYNd8dxO

春原「ひぃぃぃっ」

だんだんと差を縮められているが、かろうじて捕まっていなかった。
だが、それも時間の問題だろう。

朋也(アホくさ…)

俺は追うのをやめ、教室に戻ることにした。

―――――――――――――――――――――

朋也(ん…?)

再びさっきの場所まで戻ってくると、窓の外、金髪が疾走する姿が見えた。

朋也(あいつ、外まで逃げてんのか…)

よくよく見ると、追っ手が5人に増えていた。

朋也(敵増やしてどうすんだよ…)

しかし、あんな人を踏み台にするような逃げ方をしていれば、恨みを買うのも無理はない。
俺はこの後訪れるであろう春原への制裁を案じて、合掌を送った。

朋也(成仏しろよ…)

キーンコーンカーンコーン…

朋也(やべ、ちょっと急ぐか…)



165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:28:14.94 ID:cUBlBpOS0

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

5時間目が終わると、教室の入り口、春原が戻ってくるのが見えた。

朋也(あれ…? 無傷か…)

てっきりリンチされたものだとばかり思っていたが…。
不思議に思っていると、春原がこちらにやってきた。

春原「逃げおおせてやったぜ…」

朋也「すげぇじゃん」

春原「まぁね。あいつら、チャイムが鳴ったら、引き返してったからね」

春原「僕の逃げ切り勝ちさ。今後はおまえも、僕をリスペクトしろよ、メーン?」

言って、背を向けて帰っていく。

唯「春原くん、なにかしてたの? 背中にクツ跡ついてたけど」

朋也「さぁな。鬼が複数、獲物ひとりの鬼ごっこでもしてたんじゃねぇの」

唯「それ、楽しいの?」

朋也「知らん」



166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:30:03.87 ID:1qYNd8dxO

一撃もらっていたようだ。
あいつをリスペクトする日は永遠にこないだろう。

―――――――――――――――――――――

………。

―――――――――――――――――――――

SHRも終わり、放課となる。

春原「岡崎……」

朋也「うわ、なんだよ、いきなり」

数瞬もしないうち、いきなり春原が現れた。

さわ子「逃げようとしても、無駄だからね」

そのとなりで、さわ子さんが春原の首根っこを掴んでいた。
その温和な表情と、やっていることのギャップが怖い。

春原「この人、速すぎるよ…」

春原も大概素早いほうだったが、それを上回るほどなのか。
やはりこの人は底知れない。

唯「ねぇ、さわちゃんさぁ、最近こないよね」

隣から平沢が語りかける。



167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:31:15.53 ID:cUBlBpOS0

さわ子「吹奏楽部の方がちょっと立て込んでたからね」

さわ子「新勧ライブもみてあげられなくて、ごめんなさいね」

唯「私達だけでもなんとかなったよぉ、えっへん」

さわ子「みたいね。頼もしいわ。今日はいけるから、琴吹さんによろしく言っておいてね」

さわ子「じゃ、岡崎くん、春原くん、ついてきて」

春原「自分で歩くんで、そろそろ離してくれませんか…」

さわ子「あら、ごめんなさい」

ぱっと手を離し、解放する。

さわ子「いくわよ」

言って、背を向ける。

さわ子「ああ、それと、平沢さん、さわちゃんって呼ぶのはやめなさいね」

振り返り、それだけ告げると再び歩き出した。
俺と春原もそれに従った。

―――――――――――――――――――――

今日さわ子さんに命じられたのは、中庭の整備だった。
ぼうぼうに生い茂った雑草や、生徒が不法投棄したゴミなどの処理が主な仕事だった。



168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:32:42.70 ID:1qYNd8dxO

春原「こんなもん、業者にやらせればいいのによ…」

スコップでざくざく地面を削りながら、愚痴をこぼす春原。

春原「岡崎、落とし穴でも作って遊ぼうぜっ」

朋也「ガキかよ…」

春原「じゃ、アリの巣みつけて、攻撃は?」

朋也「同レベルだっての…」

春原「じゃ、なんならいいんだよっ。砂の城か? 秘密基地か?」

朋也「おまえ、ほんとに高三かよ…」

春原「少年の心を忘れてないだけさっ」

朋也「ああ、そう…」

―――――――――――――――――――――

朋也「ふぅ…」

空を見上げる。
陽も落ち始め、オレンジ色に染まりだしていた。

朋也「春原、そっちはどうだ」

春原「ああ、完璧さ…みてみろよ」



169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:33:01.04 ID:cUBlBpOS0

そこには、立派な城が出来上がっていた。

朋也「………」

こいつ、黙々と作業してると思ったら…。

げしっ げしっ

春原「ああ、なにすんだよっ! 春原王国がぁああっ!」

朋也「なにが春原王国だ、さっさと滅べ」

げしっ

春原「寝室がぁああっ! 謁見の間がぁああっ!」

朋也「細かく作りすぎだろ…」

もはや職人芸の域だ。

声「お~い、ふたりとも~」

春原「あん?」

こっちに近づいてくる人影。

唯「おつかれさまぁ~」

平沢だった。



170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:34:30.06 ID:1qYNd8dxO

唯「ジュースの差し入っ…うわっ」

突如、足が地面にめり込み、つまづいて倒れた。

春原「やべっ…」

こいつの落とし穴だった。

ぼかっ

春原「あでっ!」

とりあえず一発殴っておいた。

―――――――――――――――――――――

朋也「足とか手、大丈夫か?」

唯「うん、平気だよ」

春原「いや、悪いね、ははっ」

唯「こんなところに落とし穴なんて作っちゃだめだよっ、春原くん」

春原「つい出来心でさ」

朋也「恩をあだで返しやがって。最低だな」

春原「そんなの、作ってる最中にわかるわけないだろ」



171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:34:49.83 ID:cUBlBpOS0

平沢は、さわ子さんから話を聞いて俺たちがここにいることを知ったらしかった。
そして、部活が終わって、渡り廊下から中庭を覗いてみると、まだ俺達がいた。
そこで、差し入れを持ってくることを思いついたのだという。
他の部員たちには先に帰ってもらったらしい。

春原「ま、せっかくもらったことだし、一杯やりますか」

プルタブを開ける。

ブシュッ

春原「うわっ!」

噴き出した液体が春原を襲う。

春原「平沢…おまえ、振ったなっ! 炭酸じゃねぇかよっ!」

唯「ご、ごめんね、走ってきたから、無意識に…」

朋也「お、すげ、今のでおまえから虹がかかってるぞ」

春原「かかってませんっ」

唯「あははっ」

―――――――――――――――――――――

三人で坂を下る。

唯「ここの桜って綺麗だよね」



172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:36:10.44 ID:1qYNd8dxO

坂の脇にずっと並んでいる桜の木。
今はもう、その花も少し散りはじめていた。

春原「毛虫がうざいだけだよ」

唯「だとしても、いいものだよ」

朋也「こいつにそんなこと言っても無駄だぞ」

朋也「花より団子を地でいくような奴だからな」

朋也「この前なんか、変な虫に混じって花の蜜にむしゃぶりついてたし」

春原「んなことしてねぇだろっ!」

唯「春原くん…桜は荒らさないでね?」

春原「信じるなっ!」

―――――――――――――――――――――

春原「じゃあな」

唯「ばいばい」

朋也「また後で寄るぞ、俺は」

春原「ああ、だったね」

俺たちに背を向け、歩いていく春原。



174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:38:18.69 ID:cUBlBpOS0

平沢とふたりきりになる。

唯「いこっ、岡崎くん」

朋也「ん、ああ…」

一緒に帰るつもりのようだ。
どうせ、途中どこかで分かれることになるのだろう。
それまでなら、いいかもしれない。

―――――――――――――――――――――

予想に反して、いっこうに平沢と道を違えることはなかった。
もう通学路の道のりを半分以上来てしまっている。
今までと同じだけ歩けば、家に帰りついてしまう。

唯「岡崎くんも、家こっちのほうなんだ?」

朋也「ああ、まぁな」

唯「私と同じ通学路なのかもね」

朋也「かもな」

唯「でも、今まで一度も遭ったことないよね」

朋也「俺とおまえの通学時間が違うからじゃないか」

唯「あ、そっか。岡崎くん、二、三時間目くらいにくるもんね」



175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:39:37.52 ID:1qYNd8dxO

唯「一、二年生の時もそうだったの?」

朋也「ああ、もうずっとそうしてる」

唯「そっか…でも、帰りは…」

唯「あ、帰りも、私、部活やってて遅いからなぁ…そりゃあ、時間、合わないよね」

朋也「大変なんだな、部活」

唯「そんなことないよ。いつもお菓子食べたり、お話したりが大半だから」

朋也「でも、ライブではすごかったじゃないか。素人の俺にはよくわかんないけどさ」

朋也「上手くやってるように見えたぞ」

唯「そこが私達のすごいところなんだよっ。なんていうのかな…」

唯「そう、仲のよさがそのまま演奏のよさにつながってるんだよっ」

唯「だから、お菓子食べてだらだらするのも練習のうちなの」

謙遜で言っているのではなく、本当にそんな風に過ごしているのだろうか。
確かに、茶を飲んでいるところは見たが、
練習と本番も同じく見ているので、あまり想像できない。
普段は、こいつの言うように、緩いところなんだろうか。

―――――――――――――――――――――

唯「びっくりだよ…」



176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:40:10.36 ID:cUBlBpOS0

もう、目の前には俺の自宅があった。

唯「私のうち、この先をずっといって、信号二つ渡ったところだよ」

唯「同じ地区だったんだね」

朋也「みたいだな」

唯「中学校はどこだったの?」

朋也「隣町のほうだ」

そこは、公立であるにもかかわらず、バスケが強いことで有名な中学だった。
俺がこの町にある近場の中学ではなく、隣町を選んだのは、それが理由だった。
毎年そこからは何人もスポーツ推薦でうちの高校に進学している。
俺もそのうちの一人だ。

唯「じゃ、小学校は?」

朋也「あっちの、大通りを通って、坂下ってったとこのだよ」

唯「うわぁ、そっちかぁ」

唯「私は、和ちゃんが桜高のある方面にしたから、私もそっちにしたんだよね」

唯「あ、私と和ちゃんって、幼馴染なんだよ」

朋也「そっか」

唯「うん。でも、どおりで今まで知りあってないはずだよね。家、そんなに遠くないのに」



177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:42:37.67 ID:1qYNd8dxO

朋也「なにか力が働いたのかもな。風水的な。俺とおまえが遭わないようにさ」

唯「風水?」

朋也「ああ。なんかこう、立地が魔よけ的になってたりな…」

唯「それ、私が魔だっていいたいの?」

朋也「まぁ、そんなところだ」

唯「ひどいよっ! こんな愛くるしい魔なんていないよっ!」

自分で言うか。

朋也「でもおまえ、頻繁にピンポンダッシュとかしそうじゃん」

唯「しないっ!」

とん、と軽く俺の胸を叩いてきた。

唯「もう…変な人だよ、岡崎くんは」

朋也「そりゃ、どうも」

唯「…えへへ」

朋也「は…」

笑いかけ、止まる。



178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:42:58.64 ID:cUBlBpOS0

親父「おや…お友達かい。女の子だね」

親父だった。

唯「あ…」

親父は、平沢の後方からやってきて、俺たちの横についた。
今、帰りだったのだろう。
なんてタイミングの悪い…。

唯「あ、は、はじめまして。岡崎くんのクラスメイトで、平沢唯といいますっ」

やめてくれ、平沢…
会話なんてしなくていいんだ…

親父「これは、どうも。はじめまして」

唯「えっと…岡崎くんの、お父さん…?」

親父「………」

なんと答えるのだろう。
はっきりと、父親だと言うのだろうか。
こんな子供だましのような、薄っぺらい、ごっこ遊びを続けたまま。

親父「そうだね…でも、朋也くんは、朋也くんだから」

親父「私が父親であることなんて、あまり意味がない」

唯「え…?」



179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:44:31.92 ID:1qYNd8dxO

熱を帯びた嫌悪感が、頭の奥から湧いてきて、全身を巡り、体が熱くなる。
俺は家に入ることはせず、そのままそこから立ち去った。

もう、これ以上あの場にいられなかった。
あの人の中では、全部終わっているのだ。
これからのことなんて、なにもありはしない。

ずっと、衝突することもなければ、
何も解決することもない場所に居続けるんだ。
たった、ひとりで。
そこに俺はいない。

唯「岡崎くんっ」

声…平沢の。
すぐ後ろから聞えてくる。
けど、俺は無視して進み続けた。

―――――――――――――――――――――

朋也「…おまえはもう帰れよ」

唯「でも…」

朋也「もう、だいぶ暗くなってるぞ」

陽は完全に落ちきって、外灯が灯っていた。

唯「岡崎くんは、どうするの」

朋也「いくとこあるからさ」

唯「どこに」



180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:45:02.45 ID:cUBlBpOS0

朋也「どこだっていいだろ」

言って、歩き出す。
それでも、まだ平沢は黙ってついてきた。

朋也(勝手にしろ…)

―――――――――――――――――――――

朋也(はぁ…)

どこまで行こうが、帰る気配はなかった。
俺の後方にぴったりとくっついてきている。

朋也「…腹、減らないか」

立ち止まり、そう訊いてみた。

唯「…うん、すごく減ったよ」

朋也「じゃあ、どっかで食ってくか」

唯「私…憂が…妹がご飯作ってくれてると思うから…」

朋也「そうか。なら、早く帰ってやれ」

唯「岡崎くんは、外食でいいの? 帰って、ご飯食べなくて…」

朋也「帰ってもなにもないからな」



182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:46:20.78 ID:1qYNd8dxO

唯「え?」

朋也「いつも弁当で済ませてるんだよ」

唯「えっと…お母さん、ご飯作ってくれないの…かな?」

ためらいがちに訊いてくる。

朋也「母親は、死んじまってて、いないんだ」

唯「え…」

朋也「うち、父子家庭でさ、どっちも料理できなくてな。だからだよ」

唯「…ごめんね…嫌なこと言わせちゃって…」

朋也「別に。小さい頃だったから、顔も覚えてないからな」

朋也「いないのが当たり前みたいになってるからさ」

唯「そう…」

唯「………」

何か思案するように、押し黙る。

唯「もし、よかったら…」

ぽつりとつぶやいて、その沈黙を破った。



183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:46:51.87 ID:cUBlBpOS0

唯「岡崎くんも、うちで食べていかない?」

それは、俺を気遣っての誘いだったのか。
世話焼きたがりのこいつらしかった。
でも…

朋也「遠慮しとく」

家族団らんの中、
いきなり俺のような男が上がりこんだら、こいつの両親も困惑するはずだ。
なにより、俺がそんな訝しげな目を向けられることが嫌だった。
それに、どう対応していいかもわからない。

唯「そう…」

泣きそうな顔。
それは、外灯の光に照らされ、瞳が潤んで見えたからかもしれなかったが。

朋也「じゃあな。気をつけて帰れよ」

ポケットに手を突っ込み、きびすを返す。
一歩前に踏み出すと、くい、と制服の裾を引かれた。

朋也「…なんだよ」

振り返ると、平沢は顔を伏せていた。

唯「やっぱり、気になるよ…だって、いきなりなんだよ…」

唯「楽しくお話できてたと思ったのに、すごく悲しい顔になって…」



185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:48:11.60 ID:1qYNd8dxO

唯「それで、どこかに行っちゃおうとするんだもん…」

唯「だから、もしかして私、なにかしちゃったのかなって…」

こいつは…そんなふうに思っていたのか。
俺についてくる間も、ずっと不安を抱えていたのかもしれない。
俺は無粋な自分を呪った。

朋也「違うよ…おまえじゃない。おまえはなにも悪くない」

唯「じゃあ…どうして?」

今度は顔を上げて言った。
俺の顔を、じっと見据えていた。

朋也「…親父と喧嘩してるんだ。もう、ずっと昔から」

少し違ったが、わかりやすく伝えるため、そういうことにしておく。
きっと今のひどさなんて誰にも伝わらない。
俺にしかわからない

唯「お父さんと…」

朋也「ああ」

唯「なにかあったの…?」

朋也「ああ。色々あった」

もう取り返しのつかないほど色々と。



186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:48:30.54 ID:cUBlBpOS0

唯「えっと…」

その先は、続かなかった。

朋也「ま、父子家庭ってのはそんなもんだ」

朋也「男ふたりが顔を突き合わせて仲良くやってたら、逆に気持ち悪いだろ」

フォローのつもりでそう付け加える。

唯「そう…」

唯「でもどこかで…喧嘩してても、どこかで通じ合ってればいいよね」

そうまとめた。

朋也「そうだな」

息をつく。
俺は不思議に思った。どうしてここまで自分の家の事情など話してしまったのか。
慰めて欲しかったんだろうか、こいつに。
虫のいい話だ。ここまで何も言わずに付き合わせておいて。

朋也「…もう、いいな? 俺、行くから」

だから、俺からそう切り出した。
黙っていれば、きっとこいつは優しい言葉を探して、俺になげかけてくれるだろうから。

唯「あ、うん…」



188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:49:59.21 ID:1qYNd8dxO

背を向け、歩き出す。
しばらく進んだところで…

唯「岡崎くんっ! 辛いことがあったら、私に愚痴ってくれていいからねっ!」

唯「だれかに話せば、それだけで楽になれると思うからっ!」

後ろから、声を張って俺に呼びかけていた。
俺は立ち止まらず、左腕を上げ、それを振って返事とした。
そして、気づく。もう、俺は落ち着きを取り戻し始めていることに。
それは、あいつの懸命さがそうさせてくれたのかもしれなかった。

―――――――――――――――――――――



189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:50:35.32 ID:cUBlBpOS0

4/10 土

朝。用を足し、自分の部屋に戻ってくる。
モヤがかかった意識で、時計を見た。
これも、もう目覚ましとして機能しなくなって久しい。
今朝はその唯一の役割を立派に果たしてくれた。
今から準備して学校に向かえば、
四時間目には間に合うだろう時間であることがわかったのだから。

朋也(今日、土曜だよな…)

朋也(行っても、一時間だけか…)

朋也(たるい…サボるか…)

布団にもぐりなおし、目を閉じる。
………。

朋也(ああっ、くそっ…)

頭はぼんやりとしているが、体が落ちつかず、眠れない。

朋也(運動不足かな…)

………。

朋也(学校…いくか)

そう決めて、布団から這い出た。

―――――――――――――――――――――



190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:52:41.79 ID:1qYNd8dxO

支度を終え、居間に下りてくる。
親父の姿はなかった。
もう、出かけた後なのだろう。

―――――――――――――――――――――

戸締りをし、家を出る。

―――――――――――――――――――――

ちょうど角を曲がったところ。
見覚えのある顔をみつけた。
壁に背を預け、空を見上げているその少女。
手には、その形から察するに、大きなギターケースなんかを持っている。

「あっ」

こっちに気づく。

唯「おはよう、岡崎くん」

平沢だった。

朋也「おまえ…なにしてんだよ」

唯「ん? 岡崎くんを待ってたんだよ?」

朋也「そういうことじゃなくてさ…」

なにから言っていいのやら…。



191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:53:05.26 ID:cUBlBpOS0

朋也「もう、とっくに学校始まってんだぞ。むしろ、もう終わるだろ、今日は」

唯「そうだね」

朋也「そうだねって…」

ここまで軽く返されるとは思わなかった。

朋也「つーか、きのう迎えはいらないって言っただろ」

唯「だから、迎えてはないよ。待ってただけだからね」

朋也「同じことだろ…」

唯「いいでしょ、待つだけなら、私の自由だし」

それならいっそ、呼び鈴でも鳴らしてしまえばいいのに。
俺に拒否された上でやるならば、ただ待つよりは手っ取り早いはずだ。

言おうとして…やめる。
もしかしたら、とひとつの考えが頭をよぎった。
こいつは、昨夜俺から聞いた話を考慮して、こんな行動に出たのかもしれない。
俺が親父と接触することにならないよう、下手に干渉することを避けて。
………。

朋也「…朝からずっと待ってたのか」

唯「うん。いつ来てもいいようにね」

そんなの、俺の気分次第で変わってしまうのに。
最悪、サボることだってありうる。現に直前まで迷っていた。



193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:56:02.46 ID:1qYNd8dxO

それなのに、こいつは…

朋也「…なんで、そこまで…俺、なんかおまえに気に入られるようなこと、したか」

思い当たる節がない。
むしろ、その逆に当てはまる事例の方が多いような気がする。

唯「う~ん…そう言われると、特別、なにもないような…」

腕を組み、小首をかしげる。

唯「でもさ、人が人を気になるのって、理屈じゃないところもあると思うけどな」

胸を張ってそう言った。

朋也「…おまえ、俺のこと好きなの?」

唯「え?」

朋也「恋愛的な意味で」

唯「へ!? いや…それは…違う…かな?」

流石にそれは自分でも都合がよすぎるとは思ったが。
きっと、こいつはただ、俺のように腐っている奴を放っておけないたちなんだろう。
ストレートにいい人間なんだ。

唯「でも、岡崎くん、かっこいいし、その…いい人が現れると思うよっ」

フォローされてしまった。



194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:56:29.31 ID:cUBlBpOS0

朋也「そっか。ありがとな」

ぽむ、と彼女のあたまに手を乗せる。

唯「わ…」

朋也「いくか」

唯「うんっ」

―――――――――――――――――――――

朋也「これっきりにしとけよ」

唯「なにが?」

朋也「だから、俺の出待ちだよ」

唯「私と一緒に登校するの、嫌?」

朋也「そうじゃなくて、俺を待ってたら遅刻するって話だよ」

いいや奴だと思うからこそ、巻き込みたくはなかった。
こいつはまともでいるべきだ。

唯「じゃあ、岡崎くんが朝ちゃんと起きればいいんだよ」

朋也「おまえがやめればいいんだ」

唯「やだよ。私、待ってるって決めたんだもん」



195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:57:54.64 ID:1qYNd8dxO

唯「だから、私がかわいそうだと思うなら、はやく来てね」

朋也「まったく思わないし、今まで通り起きる」

突き放すつもりで、そう言った。

唯「ひどいよっ、開店前のパチンコ店に並ぶ人くらい早くきてよっ」

また、わかりづらい例えを…。
というか、まったく堪えていない様子だ。
初めて会った時の再現のようだった。

唯「あ、今の通じた?」

朋也「まぁ、一応…」



196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:58:14.79 ID:cUBlBpOS0

唯「よかったぁ、少し自信なかったんだ」

唯「だけど、あえて冒険してみました」

朋也「あ、そ…」

平沢のペースに巻き込まれてしまい、
それ以上なにか言う気になれなくなってしまっていた。
こいつのボケをまともに受けてしまうと、こっちの調子が乱される…。
なるべく捌くように心がけよう…。

―――――――――――――――――――――

ふたり、坂を上る。
あたりまえだが、周りには誰もいない。俺たちだけだった。
そんな状況にあるため、なんとなく隣を意識してしまう。



197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:59:31.80 ID:1qYNd8dxO

俺は平沢をそっと盗み見た。
前を向いて、ひたすらに歩いている。
時々風で髪がそよぐ。
桜を背景にして、景色によく映えていた。
こいつのふわふわとした感じが、春という季節にマッチしているのだ。
俺は、いつかの春原の言葉を思い出す。
確か、軽音部はかわいいこばかりだとか言っていた気がする。

朋也(こいつも、かわいい部類には入るよな…)

大きい目、小さい口、通った鼻筋、弾力のありそうな頬、ふんわりとした髪質…

朋也(つーか、余裕で入るな…)

春原の言ったこと…少なくとも、こいつにはあてはまると思う。

唯「? なに?」

朋也「いや、別に」

俺はすぐに視線を前に戻す。
長く見すぎていたようだ。気づかれてしまった。

唯「?」

―――――――――――――――――――――

教室、四時間目までの休み時間に到着する。

律「唯~、どうしたんだよ」



198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 14:59:49.32 ID:cUBlBpOS0

ふたりとも席に着くと、部長がやってきた。

律「とうとう、憂ちゃんに見捨てられたか?」

唯「そんなんじゃないよ~。今日はちょっと先にいってもらっただけだよ」

律「ふーん、先にねぇ…」

ちらり、と俺に目をやる。

律「こいつと登校するために?」

朋也(げ…)

やっぱり、一緒に教室に入ってきたのはまずかったか…。
そういえば、ちらちらとこっちを見ていた奴らもいたような気がする…。

唯「そうだよ」

朋也(おまえ…んなはっきりと…)

律「お? マジだったか」

嫌な汗が出てくる。
話がそういう方向へ向かっているように見えたた。
実際は、平沢の親切心から出発したことなのに。
昨日あったこと、俺が話したこと…
全部含めて、そう決めたというのも、少なからずあるだろう。
そういういきさつを知らずに結果だけ見れば、おおいに誤解される可能性があった。



200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:01:05.05 ID:1qYNd8dxO

律「岡崎…あんた、やるねぇ。短期間で、あの唯を落とすなんてな」

唯「落とす…?」

思った通り、ばっちりされていた。

律「いやぁ、唯はそういうこと、興味あるようにみえなかったんだけどなぁ」

朋也「違う。勘違いするな」

律「なにいってんだよ。遅刻してまであんたと登校したかったんだろ」

律「思いっきり惚れられてんじゃん」

朋也「だから、それは…」

どう説明したものだろうか…。

唯「ねぇ、りっちゃん。落とすって、なに? 業界用語?」

律「うん? そんなことも知らないのか、おまえは…」

律「落とすっていうのは、口説き落とすってことだよ」

唯「口説く…って、岡崎くんが、私を?」

律「うん。それで、今ラブラブなんだろ」

唯「そ、そんなんじゃないよっ! 第一、岡崎くんには、私じゃ釣り合わないし…」



201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:01:25.13 ID:cUBlBpOS0

律「見た目のこといってんなら、釣り合い取れてると思うぞ」

律「唯は当然かわいいとして、岡崎もなんだかんだいって男前だからな」

唯「そ、そうかな…って、ちがうちがうっ!」

唯「今日一緒にきたのは、なんていうか…私のわがままっていうか…」

唯「とにかく、そういうのじゃないからっ!」

律「ふぅ~ん、でも、なぁんかあやしいなぁ」

唯「もう許してよ、りっちゃん…」

律「いやいや、こういうことは、はっきりさせなきゃだな…」

キーンコーンカーンコーン…

律「っと、タイムアップか。ま、昼にまた詳しく聞くからな。ばいびー」

そそくさと自分の席へ戻っていった。

唯「もう…ごめんね、岡崎くん。りっちゃん、いつもあんなだから…」

朋也「いや、いいけど…」

なんとなく挙動が誰かに似ている気がして、逆に親近感が湧くような…。
そう思うのは気のせいだろうか。

ガラリっ



202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:02:47.11 ID:1qYNd8dxO

乱暴にドアが開かれる。
教師かと思ったが、目に入ってきた金髪で、その予想が裏切られたことを知る。
普通に春原だった。
肩で息をしながら着席し、そのまま机に突っ伏すと、微動だにしなくなった。

朋也(あ、死んだ…)

かのように見えたが、呼吸のためか、上体が上下しはじめた。

朋也(寝たのか…なにしにきたんだ、あいつは…)

―――――――――――――――――――――

生徒「気をつけ、礼」

声「ありがとうございました」

授業が終わり、弛緩した空気になる。
そこかしこから、昼は何にするだとか、そんな声が聞えてきた。

唯「いこ、岡崎くん」

朋也「ああ」

いつものように平沢と職員室に向かう。
土曜日は、4時間目が終わると、清掃なしで即SHRが行われ、放課となる。
昼を摂れるのはそれからだった。

―――――――――――――――――――――



203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:03:04.66 ID:cUBlBpOS0

声「平沢さん」

唯「はい?」

職員室でボックスの中を漁っていると、後ろから声をかけられた。

さわ子「今日、なんで遅刻したの? 欠席かと思って、お家に電話したのよ」

俺が主な原因だっただけに、どうもばつが悪い。

さわ子「でも、誰も出ないし…携帯もつながらなかったし…」

さわ子「だから、なにかあったんじゃないかって心配してたんだから」

俺や春原なんかは常習犯だったし、
この人は大体の事情も知っているから、いつものことで済まされる。
だが、これが普通の生徒に対する、一般的な反応だった。

唯「ごめん、さわちゃん。ただの寝坊だよ。携帯は電源切ってたんだ」

部長の時とは違い、ごまかして伝えていた。
仲がいいとはいえ、教師なので、俺の名前を出すことをしなかったのかもしれない。
それを思うと、罪悪感を感じてしまう。

さわ子「寝坊って…岡崎くんや春原くんじゃあるまいし…」

さわ子「まぁ、いいわ。それで、いつきたの」

唯「三時間目の終わりだよ」

さわ子「それ、寝すぎじゃない? 夜更かしでもしてたの?」



204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:04:18.96 ID:1qYNd8dxO

唯「えへへ、まぁね。ギー太がなかなか寝かせてくれなくて…」

さわ子「よくわからないけど、夜中にギターを弾くのは近所迷惑でもあるから、やめなさい」

唯「は~い」

さわ子「夜はしっかり寝て、ちゃんと学校に来なさいね」

唯「はぁ~いぃ」

さわ子「過剰に間延びした返事はやめなさい」

唯「へいっ」

さわ子「ほんとにもう…。あ、それと、岡崎くん」

朋也「…なんすか」

少し落ちた気分を引きずったままこたえる。

さわ子「中庭、がんばってくれたみたいね。用務員のおじさんも喜んでたわ」

朋也「はぁ…」

さわ子「今日は特にやること決めてないから、帰ってもいいわよ」

朋也「そっすか」

さわ子「春原くん…は今日来てる?」



205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:04:37.58 ID:cUBlBpOS0

朋也「ああ。来てるよ」

さわ子「じゃ、あの子にも言っておいてね」

そう言い残し、職員室の奥へ去っていった。

唯「私達も、いこっか」

朋也「ああ」

―――――――――――――――――――――

唯「ねぇ、今日なにもないんだったらさ、部室に遊びにこない?」

配布物を運ぶ途中、平沢が口を開いた。
前にもこんな調子で誘われた覚えがある。

朋也「遊びって…いいのかよ」

唯「うん、もちろん。一緒にお茶飲んだり、お話したりしようよ」

普段はそうしていると聞いていたが、真剣な平沢たちも見てしまっている。
それもあって、やはり、俺がその中に割って入るのは野暮ったく感じる。

唯「ね? 春原くんも誘ってさ」

黙っていると、そうつけ加えてきた。

朋也「俺は遠慮しとく。あいつはどうか知らないけどさ」



206 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:05:54.45 ID:1qYNd8dxO

仮に春原がその気になったとして、俺は止めることはしない。
あの連中の中に入っていくことをどう思うかなんて、あいつの勝手だ。

唯「ぶぅ、つまんないなぁ。くればいいのに」

朋也「おまえがよくても、他の奴らがよく思わないかもしれないだろ」

唯「そんなことないよ。みんな、ふたりがいた時はいつもより賑やかでよかったって言ってたし」

朋也「部長もか」

唯「うん。いないと、なんとなく寂しいって言ってたよ」

朋也「そっか」

少し意外だった。あんなにも春原と仲が悪かったのに。

唯「だから、ね? 遠慮しないでいいんだよ?」

朋也「いや…それでもやっぱ、いいよ」

むこうが歓迎ムード寄りだったとしても、どうしてもおれ自身が気兼ねしてしまう。

唯「ちぇ~…」

―――――――――――――――――――――

SHRも終わり、やっと昼食の時間を迎えた。

唯「岡崎くん、お昼どうするの? 学食?」



207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:06:14.38 ID:cUBlBpOS0

朋也「ん、ああ…決めてないな」

唯「じゃあさ、また私たちと一緒に…」

春原「おい、岡崎。さわちゃんなにも言わずに出てっちゃったんだけど、なんか聞いてる?」

平沢がなにごとか言いかけた時、春原が現れた。

朋也「今日はもう帰っていいってよ」

春原「マジ? ラッキー」

唯「ていうか春原くんって、さわちゃんって呼んでるんだね」

春原「ああ、もう長い付き合いだからね」

唯「私とりっちゃんもそう呼んでるんだよ。まる被りだね」

春原「ま、最初にそう呼び始めたのは僕だろうけどね」

なぜか対抗心を燃やし始めていた。

唯「む、そんなことないよっ。私たちなんて、会った瞬間からそう呼んでたんだから」

春原「甘いな。僕なんて、物心ついた頃から雰囲気でそう呼んでたんだぞ」

朋也「時系列的にもありえないからな…」

唯「だよね」



209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:08:49.41 ID:1qYNd8dxO

春原「岡崎、余計なこというなよっ。あとちょっとで勝てたのによっ」

なににだ。

春原「ま、いいや。んなことより昼、食いにいこうぜ」

朋也「ああ、そうだな」

言って、立ち上がる。

唯「どこいくの?」

春原「ラーメン屋…でいいよな?」

確認を取るように、俺を見る。

朋也「いいけど」

唯「あ~、外かぁ。じゃ、しょうがないか…」

春原「あんだよ、なんかあんのか」

唯「いや、学食だったら、一緒にどうかなと思ったんだけどね」

春原「そんなにどうしても僕たちと一緒がいいなら、ラーメン屋ついてくりゃいいじゃん」

そこまで熱望していない。

唯「お弁当持ってきてるからね。学食なら一緒のテーブルにつけたでしょ」



210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:09:07.11 ID:cUBlBpOS0

春原「あそ。じゃだめだな」

春原「もういこうぜ、岡崎」

言うが早いか、ぶっきらぼうに歩き出した。
俺もそれに続く。

唯「あ、春原くんっ、ご飯食べ終わったら、部室に遊びにこない?」

春原「あん? 遊び?」

振り返り、そう聞き返した。

唯「うん。みんなでお菓子食べたり、お話したりするんだよ」

春原「………」

しばし逡巡する。
こいつのことだ、食べ物に釣られて快諾するかもしれない。

春原「それ、僕だけ? こいつは?」

唯「岡崎くんは、こないんだって」

春原「ま、そうだよねぇ、こいつは」

俺を見て、納得したような顔をする。

春原「僕も行かねぇよ」



212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:10:25.75 ID:1qYNd8dxO

唯「春原くんもかぁ…残念…」

春原「ま、僕たち、部活なんか大嫌いだからね。わざわざそんなとこ、寄りつかないよ」

どうしてそこまで話してしまうのか。
ただ、行かないとだけ言っていればいいのに。
俺は春原を恨めしく思った。
それほど触れられたくないことだった。

唯「え? どうして…」

春原「別にいいだろ、なんでも。とにかく嫌いなんだよ」

曖昧に答える。
こいつも、詳しく話す気はないようだ。

唯「…もしかして、楽しくなかったかな、私たちといて…」

どうやら平沢は、断る口実として言ったものだと受け取っているようだった。
…よかった。内心かなりほっとする。

春原「ばぁか。んなもん、僕とこいつの友情にくらべれば屁みたいなもんだよ」

春原「だよな? 岡崎っ」

朋也「ああ、その通り。屁の化身みたいな奴だよ、おまえは」

春原「なにを肯定してるんだよっ!? 一言もそんなこといってないだろっ!」

唯「あははっ、確かに、仲いいよね、ふたりとも」



213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:10:47.05 ID:cUBlBpOS0

春原「ふふん、まぁね」

ぴと ぴと

春原「あん? なに背中つついてんの、おまえ」

朋也「いや、俺の服、ちょっとほつれてたからさ、その糸くずだよ」

ぴと ぴと

春原「いや、もうやめろよっ! 地味に嫌だよっ!」

背に手を伸ばし、はたきだす。

朋也「動くなよ、もう少しでバカって文字が完成するんだから」

春原「あんた、めちゃくちゃほつれ多いっすね!」

唯「あははっ」

―――――――――――――――――――――

朋也「おまえは行くと思ってたんだけどな」

春原「なにが」

朋也「軽音部」

春原「はっ…行かねぇよ。おまえと同じ理由でな」



214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:12:08.51 ID:1qYNd8dxO

朋也「そうか…」

秤にかけるまでもなかったということか。

朋也「でも、昼飯は一緒でもいいんだな。ラーメン屋ついてきてもよかったんだろ」

春原「ああ、それくらいならね」

こいつの中では譲れるラインらしい。
普通ならもう関わることさえしなくなっているだろうに。
やっぱり、こいつもどこか軽音部の連中のことを気に入っていたのかもしれない。

春原「ま、ムギちゃんがいるってのがデカイんだけどね」

朋也「ふぅん。つーか、おまえマジなの」

春原「ムギちゃん?」

朋也「ああ」

春原「彼女にできれば、将来明るそうじゃん? お嬢様だぜ?」

朋也「そんな理由かよ」

春原「まぁ、それだけじゃないよ。かわいいし、いいこだしね」

春原「僕の彼女になれる条件を満たしてるってことだよ」

こいつは琴吹の『いつか殺りたい人間』リストの最上段に載れる条件を全て満たしているはずだ。



215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:12:29.51 ID:cUBlBpOS0

―――――――――――――――――――――

春原「はぁ、うまかった」

ラーメン屋で昼を済ませ、外に出てくる。

春原「学食のもいいけどさ、たまにはがっつり、ニンニク入ったラーメンも食いたくなるよね」

朋也「そうだな」

これはかなり共感できた。
チーズバーガーが無性に食べたくなる衝動と同じ原理だ。多分。

春原「あ、コンビニ寄ってかない?」

朋也「いいけど」

―――――――――――――――――――――

近くのコンビニに入る。
同じ学校の制服もちらほら見かけた。

春原「今週は載ってるかな…」

小さくつぶやき、雑誌コーナーへ向かう。
俺もそれに倣った。

―――――――――――――――――――――

春原「うぉ…ははっ」



216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:17:22.63 ID:cUBlBpOS0

手に取った雑誌を読みふけり、興奮を織り交ぜながら笑いをこぼしていた。

朋也(口に出すなよ…うるせぇな…)

朋也「春原、もうちょい奥にいってくれ。立ち読み客がつかえてる」

春原「ん、おお」

雑誌から目を離さずに移動する。

朋也「まだ足りないって」

春原「ん…」

端までたどりつく。
そう、そこはまさに、警告標識で仕切られた、いかがわしい雑誌コーナーの目の前。

春原「うっお…へへっ」

そんな場所で不気味なうめき声を上げるこの男。
ただの変態だった。

女生徒1「あれって…」

女生徒2「えぇ…やばいよ…」

女生徒1「大丈夫だって…」

うちの学校の生徒にも目撃されていた。
その女生徒たちは、なにやら携帯を取り出すと、
カメラのレンズを春原に合わせているように見えた。



219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:20:07.41 ID:1qYNd8dxO

そして、ちゃらりん、と音がすると、ダッシュで店を出ていった。

朋也「………」

あの春原の姿が全校生徒のデータフォルダに保存される日は近いかもしれない…。

―――――――――――――――――――――

春原「岡崎、なんか思いついた?」

朋也「いや、なにも」

俺たちはなんの目的もなく、ただ駅前に出てきていたのだが…
そんなことだから、当然のように間が持たなくなっていた。
今は適当なベンチに腰掛けて、遊びのアイデアをひねり出していたのだ。

だが、どれも不毛なものばかりで、一向に納得できる案が浮かんでこない状態が続いていた。
つまりは…いつもの通り、暇だった。
これが俺たちの日常だったから、もういい加減慣れてしまっていたが。

春原「じゃあさ、白線踏み外さずに、どこまでいけるかやろうぜ」

朋也「おまえ、ほんとガキな」

春原「いいじゃん、この際ガキでもさ。あそこのからな出発なっ」

指をさし、その地点へ駆けていく。

朋也(しょうがねぇな…)

俺も仕方なくついていった。



220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:20:25.92 ID:cUBlBpOS0

―――――――――――――――――――――

春原「おい、おまえもやれよ」

俺は春原の横につき、白線の外にいた。

朋也「俺は監視だよ。おまえがちゃんとルールに則ってプレイしてるかチェックしてやる」

朋也「確か、踏み外すと、その足が粉砕骨折するってことでよかったよな」

春原「んな過酷なルールに設定するわけないだろっ! どんなシチュエーションだよっ!」

朋也「じゃあ、落ちてる犬の糞を踏んだら残機がひとつ増えるってのは守れよ」

春原「なんでそんなもんで1UPすんだよっ!? むしろダメージ受けるだろっ!」

朋也「いや、そういう世界観のゲームなのかなと思って。おまえが主人公だし」

春原「めちゃくちゃ汚いファンタジーワールドっすね!」

朋也「いいから、早くいけよ、主人公」

春原「おまえがいろいろ言うから開幕が遅れたんだろ…」

ぶつぶつと愚痴りながらも白線に沿って進み始めた。

―――――――――――――――――――――

春原「あー、もういいや、つまんね…」



221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:21:43.32 ID:1qYNd8dxO

商店街を出て、しばらく来たところで春原が白線から出た。

朋也「なに言ってんだよ、十分楽しんでたじゃん」

朋也「その辺に生えてるキノコ食って巨大化とか言ってみたりさ」

春原「どうみてもそのキノコのせいで幻覚みてますよねぇっ!」

朋也「で、これからどうすんだよ」

春原「帰るよ、普通に…ん?」

春原の視線の先。
電柱のそばに、作業員風の男がヘルメットを腰に提げて立っていた。
時々電柱を見上げ、手にもつボードになにかを書き込んでいる。
点検でもしていたんだろうか。

春原「んん!? うわっ…マジかよ…やべぇよ…」

その男を見つめたまま、春原がうわごとのようにつぶやく。

朋也「どうした。禁断症状でもあらわれたか」

春原「もうキノコネタはいいんだよっ。それより、おまえ、気づかないのかよっ」

朋也「なにが」

春原「ほら、あの人だよっ」

男を指さす。



222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:21:59.52 ID:cUBlBpOS0

朋也「作業員だな」

春原「そうじゃなくて、あの人、芳野祐介だよっ! おまえも名前ぐらい聞いたことあるだろ」

朋也「芳野祐介…?」

確かに、どこかで聞いたことがあるような…。

春原「ほら、昔いたミュージシャンの」

朋也「ふぅん、ミュージシャンなのか。名前はなんとなく聞いたことあるような気はするけど」

春原「メディア露出がほとんどなかったからな…顔は知らなくても無理ないか…」

春原「でも、それでもかなり売れてたんだぜ? おまえもラジオとかで聞いてるって、絶対」

朋也「そうかもな、名前知ってるってことは」

春原「はぁ…でも、この町にいたなんてな…しかも電気工なんかやってるし…それも驚きだよ…」

朋也「ただのそっくりさんかもしれないじゃん」

春原「いや、絶対本人だって」

朋也「なんでそう言い切れるんだよ」

春原「あの人が出てる数少ない雑誌も全部読んでるからね」

朋也「おまえ、んなコアなファンだったの」



223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:23:20.54 ID:1qYNd8dxO

春原「いや、妹がファンでさ、そういうの集めてたんだよ」

春原「それで、僕も影響されて好きになったんだけどね」

朋也「おまえ、妹なんかいたのか!?」

春原「ああ。言ってなかったっけ?」

朋也「初耳だぞ。紹介しろよ、こらぁ」

春原「実家にいるから無理だっての」

…それもそうか。確か、こいつの実家は東北の方だったはずだ。
というか…春原の妹なんていったら、きっとゲテモノに違いない。
それを思うと、すぐに萎えた。

春原「それよか、サインもらいにいこうぜ」

朋也「俺はいいよ。ひとりでいけ」

春原「もったいねぇの。あとで後悔しても遅いんだからな」

朋也「しねぇよ」

春原「じゃ、いいよ。僕だけもらってくるから」

言って、芳野祐介(春原談)に振り返る。

春原「あ…」



224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:23:42.95 ID:cUBlBpOS0

その先へ向かおうとしたところで、ぴたっと動きを止めた。

春原「………」

朋也「どうしたんだよ」

春原「いや…ちょっと思い出したんだよ」

朋也「なにを」

春原「いや、芳野祐介ってさ、もう引退してるんだけど、
   その最後がすげぇ荒んでたって聞いたんだよね…」

春原「当時のファンだったら絶対声かけないってくらいにさ…」

朋也「もう時効なんじゃねぇの。いけよ」

春原「おまえ、ほんと誰にでも鬼っすね…」

朋也「あ、おい、もう行こうとしてないか」

芳野祐介(春原談)は、軽トラの荷台に仕事道具を積み始めていた。

春原「やべっ…」

春原「岡崎、おまえも協力してくれっ」

朋也「なにをだよ」

春原「それとなくサインもらえるようにだよっ」



225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:24:58.67 ID:1qYNd8dxO

朋也「ああ? どうやって」

春原「そうだな…」

あごに手を当て、考える。

春原「僕が合図したら、おまえは、
   うんたん♪うんたん♪ いいながらエアカスタネットしてくれ」

朋也「はぁ? 意味がわからん」

春原「いいから、頼むよっ」

朋也「いやだ」

春原「今度カツ丼おごるからっ」

朋也「よし、乗った」

―――――――――――――――――――――

春原「あのぉ、すみません…」

積み作業を続ける芳野祐介(春原談)の手前までやってくる。

作業員「あん?」

一時中断し、俺達に振り向いた。

春原「僕たち、大道芸のようなものをたしなんでるんですけど…」



226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:25:23.10 ID:cUBlBpOS0

春原「もしよかったら、今、みていただけませんかね?」

作業員「大道芸なら、繁華街のほうでやればいいんじゃないか」

春原「いや、まだそれはハードルが高いっていうか…」

春原「まずは少人数でならしていこうと思いまして…」

作業員「ふぅん…そうなのか」

腕時計を見て、なにか考えるような顔つきで押し黙る。

作業員「…まぁ、少しなら付き合ってやれる」

春原「ほんとですか!? あざすっ!」

春原「それじゃ…」

春原が俺に目配せする。
合図だった。

朋也「うんたん♪ うんたん♪」

春原「ボンバヘッ! ボンバヘッ!」

いつかみたヘッドバンギング。
その隣で謎のリズムを刻む俺。
………。
俺たちは一体なにをしているんだろう…。
というより、なにがしたいんだ…。



227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:26:47.22 ID:1qYNd8dxO

やっている自分でさえわからない。

作業員「………」

芳野祐介(春原談)も明らかに怪訝な顔で見ていた。

春原「…ふぅ」

作業員「…もう終わりか?」

春原「え? えっと…まだありますっ」

多分、今ので終わる予定だったんだろう。

朋也(まさか、いいリアクションがくるまでやるつもりじゃないだろうな…)

と、また目配せされた。

朋也「うんたん♪ うんたん♪」

春原「ヴォンヴァヘッ! ヴォンヴァヘッ!」

今度は横に揺れていた。
くだらなさ過ぎるマイナーチェンジだった。

―――――――――――――――――――――

春原「ぜぇぜぇ…こ、これで終わりっす…」

結局一度もいい反応を得ることなく、春原の体力が底を尽いていた。



228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:27:05.44 ID:cUBlBpOS0

作業員「…ひとつ訊いていいか」

春原「はい? なんですか…」

作業員「一体、なにがしたかったんだ?」

それは俺も知りたい。

春原「え? やだなぁ、エアバンドじゃないっすか」

そうだったのか。
というか、おまえがやったのはどっちかというとエア観客じゃないのか。

作業員「そうか…よくわからんが、まぁ、がんばれよ」

励ましの言葉をくれると、車のドアを開け、そこに乗り込もうとする。

春原「あ、ちょっといいっすか?」

作業員「なんだ、まだなにかあるのか」

春原「あの…このシャツにサインしてくれませんか」

強引過ぎる…。
話がまったくつながっていなかった。
エアバンドの前フリは一体なんだったのか…。

作業員「俺がか?」

春原「はい。最初のお客さんってことで、記念にお願いします」



229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:28:33.53 ID:1qYNd8dxO

作業員「…まぁ、あんたがいいなら、やるが」

春原「あ、本名でお願いしますよ。あと、春原くんへってのもお願いします」

ますます話が破綻していた。
普通は役者がファンにするものだろうに。

春原「春原は、季節の春に、はらっぱの原です」

作業員「ああ、わかった」

書き始める。
これで名前が芳野祐介じゃなかったら爆笑してやる。

作業員「これでいいか」

春原「っ…ばっちりっす! あざした!」

朋也(おお…)

そこに書かれていたのは、芳野祐介という名前。
同姓同名の他人…なんてことはやっぱりなくて、本物なのか…。

芳野「…はぁ」

また腕時計で時間を確認する。

芳野「あんたら、時間あるか」

春原「え? はい、有り余ってますっ」



230 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:28:50.50 ID:cUBlBpOS0

芳野「なら、バイトしないか」

春原「バイトっすか」

芳野「ああ。作業を手伝って欲しいんだ」

春原「もちろんやりますよっ」

芳野「助かる。なら、車に乗ってくれ」

春原「はいっ」

元気よく答えて、助手席に向かう。

春原「岡崎、なにつっ立ってんだよ。早くこいって」

朋也「俺もかよ…」

春原「ったりまえじゃん」

朋也(なにが当たり前だ…)

しかし、バイトだと言っていたのだから、当然バイト代も出るのだろう。
どうせ、暇だったのだ。
金がもらえるなら、それも悪くないかもしれない。

―――――――――――――――――――――

春原「うぇ…しんど…」



233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:30:18.93 ID:cUBlBpOS0

朋也「俺も、脚パンパンだ…」

梯子や街灯を支えていたのだが、これが大層な力作業だった。
不安定なものを固定するというのが、
ここまで神経を使い、なおかつ筋力も酷使するものだったとは…。

芳野「助かったよ。ご苦労だったな」

ちっとも疲労感を感じさせない、余裕のある佇まい。
俺達よりよっぽど過酷な作業をこなしていたというのに…。

春原「きついっすね…いつもこんなことしてんすか…」

芳野「ああ、まぁな。今日はこれでも軽い方だ」

春原「はは…これでっすか…」

これが社会人と、俺たちのような怠惰な学生の違いなのだろうか。
こんなにも疲弊しきっている俺たちを尻目に、この人は涼しい顔で軽い方だと言ってのける。
午前中にも、ずっと同じような作業をしてきたかもしれないのに…。
小さな悩みとか、そういうことをうじうじ考えているのが馬鹿馬鹿しくなるほどに、しんどい。
社会に出るというのは、そんな日々に身を投じるということなのだ。
想像はしていたけど…想像以上だった。
今までどれだけ働くということを甘く考えていたか、いやというほど思い知らされた気分だ。

でも、芳野祐介だって、俺たちとさほど変わらない歳の若い男だ。
その男からいとも簡単に『軽い方だ』などと言われれば、ショックもでかかった。
俺は歴然とした差を感じ、いいようのない焦燥感に襲われていた。

芳野「あんたら、予想以上によく動いてくれたよ。体力あるほうだ」

春原「はは…」



235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:31:42.81 ID:1qYNd8dxO

朋也「そっすか…」

なんの救いにもならない。

芳野「今から事務所の方に行ってくるから、少し待っててくれ」

春原「はい…つーか、動きたくないっす…」

ふ、と笑い、俺と春原の肩を軽く叩き、労いの意を示してくれた。

―――――――――――――――――――――

芳野「待たせたな。ほら、バイト代」

灰色の封筒を差し出した。
下の方に何やら会社名が書いてあった。

春原「あざす」

朋也「ども」

芳野「悪いな、半分しか出なかった」

芳野「一日働いてないのに、丸々出せるかって言われてな」

俺は痛みの残る腕で封筒を開けた。ひのふのみの…

朋也「これ、間違いじゃないんすか?」

春原「はは…」



237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:32:09.78 ID:cUBlBpOS0

春原もその額になにか思うところがあるようだ。

芳野「ん? そんなことないと思うが」

俺は芳野祐介に封筒を渡し、見てもらった。

芳野「違わない。そんなに少なかったか?」

いや、逆だ。どうみても、多いと思った。
話では、これでも半分の額だという。
もし満額もらっていたのなら。
この額ならば、自分の力だけで食っていける…。

けど、それはやっぱり甘い考えなんだろう。
俺のように冷めやすい性格の人間に勤まるような仕事じゃなかった。
きっとすぐに嫌気が差して、投げ出してしまうに違いなかった。
じゃあ、俺はどんな場所に収まれるというんだろう…。
俺はかぶりを振る。
そんなことを今から考えていたくなかった。

春原「いや、めちゃ満足っす。こわいくらいに…」

芳野「そうか。なら、よかった」

芳野「また暇な時にでもバイトしにきてくれ。ウチはいつだって人手不足だからな」

芳野「ほら、名刺」

春原「いいんすか? もらっちゃって」

芳野「名刺くらい、別にいい」



238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:33:41.17 ID:cUBlBpOS0

春原「っしゃ! ざぁすっ!」

俺も名刺を受け取る。そこには電設会社の名前と、芳野祐介という文字が記されていた。

芳野「じゃあ、急ぐんでな」

芳野祐介は荷物を持つと、向かいに止めてあった軽トラへと歩いていく。
中に乗り込み、最後にこちらを見て片手を上げると、低いエンジン音と共に去っていった。

―――――――――――――――――――――

春原「いやぁ、今日は大収穫があったね」

ベッドに寝転び、もらった名刺を眺めながらごろごろと二転、三転している。

春原「臨時収入はあったし、あの芳野祐介の名刺まで手に入るなんてさ」

春原「やっぱ、日ごろの行いがいいと、こういう幸運に恵まれるんだね」

朋也「確かに、この雑誌の後ろの方にある占いによると、おまえの星座、今日運気いいってあるぞ」

春原「マジで?」

朋也「ああ。でも、今日までらしいぞ。明日以降は確実に死ぬでしょう、だってよ」

春原「どんな雑誌だよっ! 死期まで占わなくていいよっ!」

朋也「ラッキーアイテムは位牌です、ってかわいいキャラクターが満面の笑みで言ってるぞ」

春原「諦めて死ねっていいたいんすかねぇっ!?」



239 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:35:04.53 ID:1qYNd8dxO

―――――――――――――――――――――

朋也「そういやさ…」

春原「あん?」

朋也「おまえ、芳野祐介のCD持ってんの」

春原「テープならあるけど。聞く?」

朋也「ああ、頼む」

春原「じゃ、ちょっと待ってて」

立ち上がり、ダンボールを漁りだす。

朋也「つーか、今時テープって、古すぎだろ。音質とかやばいだろ」

春原「文句言うなよ。ほらっ」



240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/09/25(土) 15:35:25.38 ID:cUBlBpOS0

テープの入ったラジカセをよこしてくる。
電源をいれ、再生してみる。
ハードなロック調のメロディが流れてきた。
歌詞もよく聴いてみると、音は激しいのに、心にじぃんとくるものがあった。

春原「どうよ?」

朋也「…いいわ、かなり」

春原「だろ?」

今日入った金もあることだし…。
今度、中古ショップでも回ってCDを探してみよう。そう決めた。

―――――――――――――――――――――




関連記事

ランダム記事(試用版)




朋也「軽音部? うんたん?」#3
[ 2011/12/31 04:12 ] クロス | CLANNAD | CM(0)

コメント(アンカー機能)
●>>1と半角で書き込むと>>1と記事へのアンカーが生成される。
●*1と半角で書き込むと1とコメントへのアンカーが生成される。
上記の2つのアンカーが有効なのは該当記事のみ。

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

サイト関連
メール ツイッター 最新記事一覧(30件)
ユーザータグ 検索

U:
P:
色々変更
好みのカラーコードをどうぞ

記事の背景色変更


本体の背景色変更


名前の色変更
IE8:重
火狐4.01:軽
chrome:軽


広告4
広告5
広告6