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律「終末の過ごし方」#1 【非日常系】


SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)@VIPServiseより

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1304790351/

律「終末の過ごし方」#index




1 名前:にゃんこ:2011/05/08(日) 02:45:52.11 ID:cflo9fRe0

SSはよく書く方ですが、こういう形のアップは初めてなので、至らない事もあるかと思います。
何か問題などあれば、どうかご指導ご鞭撻をお願いします。

このSSは今は無きアボガドパワーズの『終末の過ごし方』の設定を下敷きに、
『けいおん!』のキャラクターが動くという感じのSSになっています。
もしよろしければ、読んでやって下さいませ。
地の文多めで、りっちゃん視点です。

あとネットカフェなどでの更新となるので、もしかしたらIDにバラつきが出るかもしれません。
申し訳ありませんが、どうかその旨もご了承下さい。



Wikipedia:終末の過ごし方 -The world is drawing to an W/end-
YouTube:終末の過ごし方


『終末の過ごし方 -The world is drawing to an W/end-』
(しゅうまつのすごしかた ザ ワールド イズ ドローイング トゥ アン ウィークエンド)は
1999年4月9日に発売されたスクリプトノベルAVG。
2003年にはDVD版とMSX版、更に2005年には、DVDPG版が発売されフルボイス化もされた。

キャッチコピーは「―次の週末に人類は滅亡だ。」「私がこの世界でする―最後の約束」。

制作期間は約三ヶ月。それ故にプレイ時間の短さがネックとなっているが、
パステル調のグラフィックや透明感あふれるBGM、
そして丹念に練りこまれたシナリオにより独特の終末感漂う雰囲気を生み出すことに成功している。

ヒロインは全員眼鏡っ子であり、主要男性キャラクターも含め眼鏡着用率が高い。






2 名前:にゃんこ:2011/05/08(日) 03:06:57.04 ID:cflo9fRe0

「りっちゃんが着たがってたあの高校の制服、お友達から借りられる事になったのー」

ほんの少しの楽器の練習の後、お茶の準備をしながら、
いつもと変わらないほんわかとした柔らかい表情でムギが微笑んだ。

「えっ? マジで? ホントに?」

少し大袈裟に私はムギに尋ねてみる。
勿論、疑ってるわけじゃない。
三日前に何となく「あの高校の制服、着てみたいよなー」
と雑談のついでに出した話題を、しっかりとムギが覚えていた事に少し驚いたからだ。
その私の驚きを分かっているのかどうなのか、それでもムギはいつもの優しい笑顔で続けてくれた。

「うん。中学の頃のお友達があの高校に通ってて、休日でよければ貸してくれるんだって」

中学の友達から借りられるとか、流石は相変わらずのムギの人脈の広さには驚いてしまう。
あの高校はかなりの進学校で、私なんかじゃ背伸びしても足下にも及ばない偏差値の進学校だ。
しかも、ついでに言うと県外だ。
それなのに、そんな進学校に通う友達が居るとか、どんな人脈だよ……。

「ムギちゃん、すごーい」

そう無邪気に感心した声を上げたのは唯だった。
もっとも、唯の場合はムギの人脈の広さに驚いているのか、
何でも出来るムギ自体に驚いているのか、どちらなのかは微妙なところだけど。



3 名前:にゃんこ:2011/05/08(日) 03:26:22.31 ID:cflo9fRe0

「あの高校の制服か。私も着てみたかったんだよな」

普段、さわちゃんの衣装を着る時には、
ほぼ確実に無駄な抵抗する澪も意外に乗り気な様子で呟いた。
まあ、あの高校の制服は流石に進学校の制服だけあって、別に露出度とか高くないしな。
最近では際限なく露出度の限界を極めようとしているさわちゃんの衣装を考えれば、
あの高校の制服なら内気な澪でも百倍は気楽に着れるだろうし。

不意に視線をやると、何かを言いたそうにしながらも、
言い出す機会を見失っている様子の私の後輩を見付けた。
悪戯に微笑み、私は座っていた自分の席から少しだけ身を乗り出して、
ツインテールの後輩の頭を撫でてやる。

「大丈夫、大丈夫。成長の様子の見られない梓にもぴったりな制服があるって。なあ、ムギ?」

「なっ……! だから、律先輩には言われたくないです!」

ムギが応じるよりも先に、梓が自分の胸を押さえて赤面した。
胸の事は一言も触れてないのに、相変わらず可愛らしい反応を見せる後輩だ。
まあ、さっきの言葉は胸を見ながら言ったんだけどね。
その私達の伝統となりつつあるやり取りを見守った後、ムギがフォローの言葉を入れてくれた。

「大丈夫よ、梓ちゃん。私の友達にも、梓ちゃんくらいの身長の子がいるもの」
「そうですか……。安心しました。ありがとうございます、ムギ先輩」

本気で自分のサイズの制服があるか心配だったんだろう。
梓は本当に胸を撫で下ろすような表情をしていた。



10 名前:にゃんこ:2011/05/09(月) 15:35:20.67 ID:m9tD4tO90

「でも、ありがとな、ムギ。あの高校の服、女子高生のうちに着ておきたかったんだ」

私が言うと、ムギは給仕しながら、いえいえ、と微笑んだ。
学園祭が終わり、少し秋が深まり始めたこの頃、
私達軽音部は受験シーズン真っ直中にも関わらず、ほとんど毎日部室に集合していた。
部室ではお茶をしたり、少し練習したり、やっぱりお茶したり、まあ、大体がそんなところ。

いやいや、勿論受験勉強だってしてるぞ?
私達は高校三年生で、やらなきゃいけない事とやるべき事があって、
当然今やるべき事は受験勉強なわけで。
でも、私が、私達が大切にしたいのは、それだけじゃなくて。

こう言うのも照れるけど、放課後に部室に集まって、お茶をしたり、他愛もない事を話したり、
そんな時間が本当に楽しくて、とても大切な時間で、手放したくないくらい素敵な時間なんだと思う。
皆がそう考えているからこそ、こんな受験シーズンにも皆で集まっていられるんだろう。
自分で言うのも何だけど、本当にいい部だなって思う。
これも部長の人望の賜物だな。なんて自慢するわけじゃないけどさ。



11 名前:にゃんこ:2011/05/09(月) 15:36:05.54 ID:m9tD4tO90

「どしたの、りっちゃん?」

私が少しだけ黙っていたのが気になったのか、
いつも隣の席に陣取っている唯が私の顔を覗き込んで首を傾げた。
何となく考えていた事を察された気がして、私は軽口を叩く事で誤魔化す事にした。

「いやー、梓くらいの身長の子はいるんだろうけどさ。
 梓くらいのスタイルの子がムギの友達にいたらいいよなー、
 って部長として心配してあげてたんだよ」

そう言うと、やっぱり梓が胸元を押さえて、
だから律先輩には言われたくありません、と頬を膨らませた。

ははっ、お約束お約束。
まあ、確かに私も梓の事を言えた立場じゃないのが、悲しいところなんだけど。



12 名前:にゃんこ:2011/05/09(月) 16:01:36.81 ID:m9tD4tO90

「おいおい、後輩をあんまりいじめるなよ、律」

幼馴染のくせに一人だけ嫌味なくらい成長した澪が、諌めるように言いながら肩を竦める。
何だよー、富裕層め。
持つ者には持たざる者の苦しみは分かるまい。
この私と梓のやり取りは、持たざる者同士の魂の触れ合いなのだ。
梓……、おまえだけはずっとこちら側の人間だと信じているぞ……。

そういう思いを込めて視線を移してみると、
私の思いには一切気付いていないらしい梓が自分のポケットを探っていた。
こちら側の人間……だよな?
そんな願いも込めつつ、私は梓に訊ねてみる。



13 名前:にゃんこ:2011/05/09(月) 16:05:58.64 ID:m9tD4tO90

「どうした、梓? 忘れ物?」

「あ、いえ、すみません。忘れ物じゃないです。どうも携帯が鳴ってるみたいで……」

「あー、マナーモードにして、制服のポケットとかに入れとくと結構気付かないよねー」

私の質問に答えた梓の言葉に唯があるある的な表情で腕を組んで頷いていたが、
着信音が鳴る状態にしておいても、
休日は寝てて着信に気付かない事が多い唯が言っても説得力は無かった。
いや、そんな事は今はどうでもいいか。
ポケットの中から携帯電話を取り出した梓が液晶を見ると、あ、純だ、と小さく呟く。

「すみません、ちょっと電話に出させて頂きますね」

そう丁寧に断ると、梓は席から立って、私達の鞄を置いている長椅子まで歩いて行った。
純ちゃんか……。今度の日曜に遊ぶ約束でもするのかな?
そう軽く考えていた私の耳に、それを打ち崩す非日常的な梓の会話が届いた。



14 名前:にゃんこ:2011/05/09(月) 16:08:03.83 ID:m9tD4tO90

「急にどうしたの、純。え? やっと繋がったって、何? 電波が悪いの?
 え? そうじゃないって? うん、今軽音部だけど……。え? 変な冗談やめてよ。
 冗談じゃないって……。嘘でしょ?
 そんな……、世界が終わっちゃうなんて、急にそんな事言われても……」

世界が終わる?
映画かゲームの話か?
だけど、梓の様子を見る限りとても冗談には……。
突然過ぎる会話の流れに、あまり出来が良いとは言えない私の思考回路ではついていけない。

と。
不意に私の携帯電話のバイブレーターが震え始めた。
いや、私のだけじゃない。
周囲を見渡すと、唯の携帯電話のバイブも震えているようだった。

唯と二人で携帯電話を取り出して、
突然過ぎる不自然な着信に不安な面持ちでお互いの顔を見合わせる。
何だ……? 何が起こってるんだ……?

更に数秒後。
その携帯電話の着信を取るより先に、私達の日常を完全に壊す無慈悲な音が響いた。
それは聞き慣れた校内放送のチャイム。
だけど、その内容はあまりにも私達の日常とはかけ離れていて……。
それが私達の……、いや、人類の終わりの始まり。
そして、終末までの長くて短い最後の日常の始まりだった。



18 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 00:57:23.46 ID:zY479YXo0



――月曜日



19 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 00:57:53.53 ID:zY479YXo0

自宅でドラムの練習をしていた私は手を止め、ラジカセの電源を入れる。
少し遅れたかと思っていたけど、ちょうど時間はぴったりみたいだった。
軽快な音楽が流れる。



20 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 00:58:21.52 ID:zY479YXo0

「胸に残る音楽をお前らに。本当の意味でも、ある意味でも、とにかく名曲をお前らに。
 今日もラジオ『DEATH DEVIL』の時間がやって来た。
 まあ、時間がやって来たって言っても、
 休憩時間以外は適当に喋ってんのはお前らも知っての通りだけどね。

 こんな人類滅亡の寸前で死の悪魔なんて縁起の悪い事この上ないけど、
 聴いてくれてる物好きなお前らに感謝。

 そんな物好きなお前らには今更だけど、一応毎度の番組紹介から入らせてもらうよ。
 日曜休みで一日空いたし、もしかしたら初めてこの番組を聴いてくれてる新顔もいるかもしんないしね。
 知ってるお前らはトイレにでも行って、スタンバイしといて。



21 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 00:59:42.73 ID:zY479YXo0

 この番組は人類の終わりまでとにかく色んな曲を紹介し続けようって、
 適当でご機嫌なソウルフルラジオ。

 それで、メインパーソナリティーのこのアタシがクリスティーナってわけ。
 新顔のお前らがいたらよろしく。
 クリスティーナって言っても、本当はガチで日本人なんだけど、
 その辺りは触れないのがお約束。オーケー?

 さてさて、前回の放送から、日曜挟んで遂に訪れちゃった人類最後の一週間。
 日本政府が国家非常事態宣言……、誰が言ったか通称『終末宣言』を宣言して一ヵ月半。
 宣言されての一週間は暴動やら何やらで、今思い出しても相当に騒がしかったよね。



 
22 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 01:00:17.42 ID:zY479YXo0

 変な宗教は出てくるし、自暴自棄に適当な暴動を起こす奴等もいるし、そりゃ騒がしかった。
 芸能人なんかも海外に逃げ出す奴がいるかと思ったら、
 急に自分はロリコンだとか、同性愛者だとかってカミングアウトする奴までいる始末。

 まあ、海外に逃げ出す奴より、カミングアウトする奴等の方がよっぽど信用出来るけど。
 ただあの大御所がロリコンでショタコンで
 バイセクシャルだってカミングアウトしたのは、流石のアタシでも驚いたけどね。
 でも、それだけ皆、最後くらいは偽らざる本当の自分を
 誰かに知っていて欲しいって事なのかもしれないね。



23 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 01:01:12.13 ID:zY479YXo0

 あ、期待しても駄目だぞ、お前ら。
 残念だけど、アタシにはカミングアウトする様な秘密なんか持ってないからね。
 強いて言えば、本当は日本人だってことくらい?
 それはさっき聞いたって?
 こりゃまた失礼。



24 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 01:01:43.84 ID:zY479YXo0

 とにかく『終末宣言』から約一ヵ月半、悟ったのか、飽きたのか、
 最近は各地の暴動も沈静化してきたみたいで、ひとまずは一安心ってところだよね。
 暴動なんかよりやるべき事が見つかったんならいいけどさ。
 ただ最低限の警戒だけは忘れないでよ。
 意味不明の暴動に巻き込まれて、
 終末より先に死んじゃうとかそれこそ馬鹿らしいってもんだ。
 願わくば、お前らがこの番組を最後まで無事に聴き終えられますように。



25 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 01:02:20.43 ID:zY479YXo0

 週末まではお前らと一緒!
 それがこの番組の最後のキャッチコピーってね。



26 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 01:02:46.92 ID:zY479YXo0

 似合わないって?
 ほっといて。
 さて、ラジオとは言え、アタシだけずっと喋ってても仕方がない。



27 名前:にゃんこ:2011/05/12(木) 01:03:15.81 ID:zY479YXo0

 そろそろお前らからのリクエストの一曲目といってみようか。
 メールだけど、こんな状況でも届くもんだね。
 さて、それじゃ今週の記念すべき一曲目、岐阜県のガンレックスからのリクエストで、
 L'Arc~en~cielの『Driver's High』――」



31 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:48:35.82 ID:O4OQsKgL0

放課後、と言うべきなのかどうなのか、
とにかく普通だったら全ての授業が終わっている放課後の時間。
私は一人、部室で軽くドラムを叩いていた。
『終末宣言』から約一ヵ月半、多くの同級生が学校に来なくなる中、
私はといえばほとんど毎日学校に足を向けている。

勿論、勉強が好きなわけじゃないし、
高校生なら学校に登校しなきゃって使命感に燃えてるわけでもない。
人類の終末が近付いているらしいけど、焦って何かをする気にはなれなかったし、
この状況で何処かに旅行するのも危険だった。
それにもうすぐ世界が終わるとしても、終わりまではいつも通りの日常が続くわけで、
下手に特別な行動を取れるわけでもないわけで。



32 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:49:05.42 ID:O4OQsKgL0

だからというわけじゃないけど、私は平日休日を問わず登校している。
飽きっぽい私にしては、これは快挙なのかもしれない。
でも……、



33 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:49:33.42 ID:O4OQsKgL0

「日常に逃げ込んでんのかなあ、私……」

ドラムを叩く手を止め、自分に言い聞かせるように呟いてみる。
世界の終わりが一週間後に迫ったらしい今になっても、
私は未だにその実感が湧いて来てなかった。



34 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:50:02.17 ID:O4OQsKgL0

そりゃあそうだ。
もうすぐ死ぬと言われても、
私の身体に異変が起こっているわけでもなし、私自身は健康体そのものだし。
病気にかかっているわけでもないし、大怪我を負っているわけでもない。
これで死の実感を持てと言われても、誰にとっても無理な話だろう。



35 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:51:07.58 ID:O4OQsKgL0

だけど、思う。
それを実感しないように、私は『終末宣言』前の生活を繰り返してるんじゃないんだろうか。
いつも通りに過ごしていたら、一週間後の世界の終わりなんて夢みたいに消えて無くなって、
何事もなくいつも通りの生活に戻れる。

澪をからかって、唯とふざけて、ムギとお茶をして、梓をいじってやる。
そんな変わらない日常が戻って来る。戻れる。



36 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:51:41.27 ID:O4OQsKgL0

心の何処かでそれを期待してるんじゃないか。
だから、こんな時期になってもしつこく登校し続けてるんじゃないかって、そう思えてしまう。
けれど、そう思えたところで、今更私には他にどうする事も出来ないんだけど。
少しだけ溜息を吐いて、ドラムの練習に戻ろうかと思った瞬間、部室の扉がゆっくりと開いた。



37 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:53:15.05 ID:O4OQsKgL0

「りっちゃん、おいっす」

扉を開いたのは唯だった。
『終末宣言』以来、私に次いで登校数の多い唯は、やっぱりいつも通りの唯に見えた。
こいつも私と同じように、一週間後に世界が終わるなんて、そんな実感は無いんだろうか。

そんな考えを顔に出さないように、
おいっす、と軽く私が返すと、長椅子に鞄を置いて唯が続けた。



38 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:53:41.06 ID:O4OQsKgL0

「相変わらず早いね、りっちゃん」

「まあなー。家に居てもやる事無いしなー」

「駄目だよ、りっちゃん。時間はちゃんと使わないと青春の無駄遣いだよ」

「家に居ても大体ゴロゴロ転がってるだけのお前が言うな」

「甘いね、りっちゃん。それが私の充実した青春なのです!」

「うわっ、言い切りやがった……」



39 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:54:07.84 ID:O4OQsKgL0

苦い顔で私が言ってやると、唯はいつもの、してやったり、といった感じの表情を浮かべる。
ホント、こいつはいつでも何処でも変わらんなー。
それが唯の持ち味であり、唯の強さでもあるんだろうな。

『終末宣言』直後、私は軽音部の活動は以降自由参加という形式に変更する事を提案した。
そもそもが自由参加に近い軽音部だけど、
あえて言葉にする事で皆の自由意思を尊重する事を伝えたかった。
勿論、誰も欠席するつもりなんてないだろう。



40 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:54:35.77 ID:O4OQsKgL0

それでも、こんな状況だし、家庭や色んな事情で
仕方なく欠席する事も多くなるだろうと思ったからだ。

幸いなのか我が田井中家は放任主義で、
数日家族で過ごすだけで家族の時間は終わって、
後は家族各々が自由に過ごすという形になっていた。
少しクール過ぎやしないかと思わなくもないけど、
それがうちの家族だし、聡もそれで不満はないみたいだった。

とにかくそれ以来、軽音部の活動に参加する頻度は
多い順に私、唯、梓、澪、ムギという順番になっている。



41 名前:にゃんこ:2011/05/13(金) 22:55:02.81 ID:O4OQsKgL0

「それより、りっちゃん」

急に真剣な顔になって、唯が言った。
何を言い出すのかと思って身構えたが、
次の唯の言葉は本当にいつもと何も変わらない普段通りの唯の言葉だった。

「今日は久々にムギちゃんに会える日だねー。
 美味しいお菓子いっぱい持って来てくれるって言ってたし、すっごく楽しみだよねー」



47 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 18:31:43.00 ID:M7ASOsG90

まったく……、こいつは何にしろお茶とお菓子が行動の基準なんだな。
そう思いながらも、私は微笑んでしまっていた。
ムギに会えるのが楽しみなのは私も同じだし、久々のムギのお菓子が楽しみなのも確かだった。

「うん、そうだな……。楽しみだよな、やっぱり。うん……」

「ん? どしたの、りっちゃん?」



48 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 18:34:22.03 ID:M7ASOsG90

つい何度も頷いてしまう私の様子を、唯が不思議そうに眺めながら訊ねる。
自分でも上手くは説明できないけれど、何故だかとても嬉しかった。

多分だけど、こんな状況でも
顔馴染みと変わらず顔を合わせられるという事は、きっと幸せな事なんだ。
勿論、そんな恥ずかしい事を私が口に出来るはずもない。
その代わりに私は立ち上がって、唯の近くにまで歩いてからその腕を軽く取った。



49 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 18:37:32.49 ID:M7ASOsG90

「よっしゃ、行こうぜ」

「行くって……、何処に?」

「校門だよ、校門。そろそろムギも来る時間だし、紬お嬢様をお迎えにあがろうぜ!」

「おっ、いいねー。私達で紬お嬢様をお迎えしちゃおう! あ、そうだ!」

「お、どした? 何か面白いアイディアでもあるのか?」



50 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 18:41:17.02 ID:M7ASOsG90

「メイド服を着てお迎えするのはどうかな? ちょうどさわちゃんの服があるし!」

「いや、そこまではせんでいい……。軽音部の負の遺産については触れてくれるな……」

「えー……」



51 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 18:44:03.16 ID:M7ASOsG90

不満そうに唯が頬を膨らませたが、それでもその表情は少し笑っているようにも見えた。
そして、それは私も同じ。
いつもの唯のボケに呆れた表情を浮かべるように演じながらも、
こみ上げてくる笑顔を抑え切れない。

馬鹿みたいだけど、本当に心地良い二人の距離。
良くも悪くも、これが私と唯の関係なんだろう。
それは変わらず続くはずだと思う。



52 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 18:45:09.06 ID:M7ASOsG90

世界の終わりまで。
きっと。
ずっと。



53 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:14:46.34 ID:M7ASOsG90

「とにかく行こうぜ。お嬢様をお待たせしては、執事の名折れ。遅れるわけにはいかん!」

「あ、メイドじゃなくて、執事って設定だったんだ。じゃあ、さわちゃんの執事服を着るとか?」

少し深呼吸をしてから唯に向けて宣言すると、
途端に笑顔になった唯が、嬉しそうにまた天然なのか本気なのかよく分からない発言をしてくれた。
やれやれ。
まあ、執事とか言っちゃってる私も、唯の事は言えないんだけどさ。



54 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:17:08.12 ID:M7ASOsG90

「いや、服に関してはもういい。とにかく行くぞ」

「ラジャー!」

そうして二人で部室から出て、私達はゆっくりと校舎の中を歩く。
お待たせするのは執事の名折れとは言ってみたけれど、
実のところムギが来る予定の時間まではまだ三十分近くある。
校舎を二人でゆっくり歩く時間くらいはあった。



55 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:20:25.80 ID:M7ASOsG90

さっきまでの騒ぎぶりは何処へやら、私の隣に居る唯は珍しく静かに歩いていた。
私もその珍しい唯の様子を横目に、
何となく口を噤んでゆっくりと校舎を見回しながら歩いてみる。
世界の終わりまであと一週間。もう一週間。
来週の月曜日は来ない……かもしれない。
かもしれない、と思うのは私の弱さなんだろうけど、とにかく今週で世界は終わるらしい。



56 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:23:46.28 ID:M7ASOsG90

そう考えると三年間過ごした何の変哲もない校舎が、何処となく特別に見えた。
今現在、登校する生徒が全校生徒の三割くらいになってしまった、我らが桜が丘女子高等学校。
登校してくる同級生達も目に見えて少なくなってきていた。
ほとんどの同級生の顔は、よくて数日に一度しか見ない。
逆によく目にするのは和に清水さん、それに意外といちごくらいかな。



57 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:25:25.95 ID:M7ASOsG90

関係ないけど、いちごをよく見かけるのは本当に意外だ。
いや、いちごの真似をしているわけじゃないんだけど。
とにかく、そんな生徒の少なくなった私達の校舎を見ながら、私は思う。
勿体ないなあ、って、そう思うんだ。
この光景を見られるのは、あとほんの少しかもしれないのに。



58 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:32:10.21 ID:M7ASOsG90

多分、そう思ってるから、私はずっと学校に来てるし、唯もよく来てくれているんだろう。
だから、私と唯は目に焼き付ける。
例え世界が終わらなくて、何事もなく卒業する事になったとしても、それでも。
私達の校舎を大切に思い出せるように。



59 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:33:17.83 ID:M7ASOsG90

「あれ、唯に……律?」

玄関の靴箱まであと数歩という距離にまで近付いた時、急に後ろから声を掛けられた。
聞き覚えのある声だった。
って、私と唯を知ってる人なんだから、その声に聞き覚えがあるのも当然なんだけど。



60 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:37:33.53 ID:M7ASOsG90

自分で自分に突っ込みながら振り返ってみると、そこに立っていたのは信代だった。

「あ、信代ちゃんだ! おひさー!」

久しぶりの同級生との再会が嬉しかったのか、唯が信代に駆け寄っていく。
唯が軽く手を上げると、信代も手を上げてお互いに軽く叩き合う。



61 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:44:08.13 ID:M7ASOsG90

当然、私も信代と久々に会えて嬉しかったんだけど、
それよりも信代が学校に居る事の方が意外で唯に一歩出遅れる形になってしまった。
それも仕方がないと言えば仕方ないと思う。
『終末宣言』の直後、誰よりも先に学校に来なくなったのは、この信代だった。
見る限りでは学校が嫌いなわけでもなさそうだったし、
友達を大切にする面倒見のいいタイプの信代が
真っ先に学校に来なくなったのは、私としても気になるところだった。



62 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:51:16.93 ID:M7ASOsG90

もしかしたら、何かの暴動に巻き込まれて……、なんて嫌な想像もしていたくらいだったし。
携帯電話で連絡を取ろうかとも思ったんだけど、
もし繋がらなかったら、って思うと、情けないけどその一歩を踏み出せずにいた。

でも、とりあえずは元気そうな信代を見て、私は心の底から安心した。
親友と呼べるほど親しいわけじゃないけど、それでも同じクラスで友達なんだ。
無事でいてくれて、本当に嬉しかった。
唯と違い、その場で黙ったままの私の様子を不思議に思ったのか、信代が首を傾げながら言った。



63 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 19:53:41.48 ID:M7ASOsG90

「どうしたの、律? ひょっとして私と会えなくて寂しかったとか?」

心情を見透かされた気がして、私は目を逸らしながら、違うやい、と返してやった。
くそー、信代のくせに生意気な……。
悔しいからこのまま信代と唯を置いてムギを迎えに行こうかとちょっとだけ思ったけど、
やっぱり信代が今まで何をしていたのか気になって、私はその場から立ち去る事が出来なかった。
悔しがっている事が分からないよう声のトーンを少し変えて、結局、私は信代に訊ねてみる事にした。



64 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 20:08:15.15 ID:M7ASOsG90

「そんな事より本当にどうしたんだよ、信代。
 急に学校に来なくなったと思ったら、いきなりそんな私服で学校に登校してきて。
 色気づいて指輪なんかもしちゃってさ。校則違反だぞ、校則違反ー!」



65 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 20:14:32.59 ID:M7ASOsG90

学校外で会う事が少ないから、
私は信代の私服姿をそんなに見た事がないからはっきりとは言えない。
だけど、今日の信代の私服姿は、妙に色っぽいというか艶っぽいというか、とにかく色気があった。
服自体はしまむらで見かけるような普通の服装なのに、どうにも輝いてる感じがする。
普段は私と同じく、可愛いのとか興味ない感じだったのにさ。
何だよー。さわちゃんにキラキラ輝く方法でも教えてもらってたのか?



66 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 20:18:10.55 ID:M7ASOsG90

ひょっとしたら、この見慣れない信代の指輪の魔力とかだったりして。
この指輪をはめただけで志望校に合格、宝くじにも当たり、身長も伸びてお肌もツヤッツヤー!
ホントもう次々と幸運が舞い込んで来て、今ではあの頃の悩みが嘘のように! なんてな。

特に左手の薬指にはめる事で幸運が舞い込む確率が更に倍とか?
……って、あれ? 左手? そんでもって、薬指……?
えっ……?



67 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 20:19:02.59 ID:M7ASOsG90

「まあまあ、指輪くらいいいじゃん、りっちゃん。
 いいなー。その指輪可愛いなー。その指輪、信代ちゃんが自分で買ったの?」

何も気付いていない唯が、羨ましそうに信代の指輪を見つめる。
私はと言えば固唾を呑んで、信代の次の言葉を待つ事しか出来なかった。

まさか……だよな?
ラブリングとかそういうの……だよな?
それはそれで、結構衝撃的ではあるんだけど。
そして、しばらく後、信代は照れた顔で頭を掻きながら、
ある意味私の予想通りの言葉を言った。



68 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 20:19:42.67 ID:M7ASOsG90

「ははっ。校則違反は勘弁してよ。これ旦那から貰ったもんなんだからさ」

「えっ……? 信代……ちゃん……? 旦……那……?」

流石の唯でも事態が呑み込めてきたらしく、静かに深刻に信代に訊ねていた。
唯の質問に答えるために、ゆっくりと信代が口を開く。



69 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 20:20:15.07 ID:M7ASOsG90

その瞬間、もう確定している、と私は思った。
これから信代はもう確定している事を口にするだけだ。
それを私は分かっている。何を言うかも分かっている。分かり切っている。

だから、私は驚かないようにしよう。
これから多分叫ぶ唯を、大声で叫ぶな、と説教する役に徹しよう。
大丈夫。私は冷静だ。今更、信代の言葉なんかに驚かない。
私はクールに定評のあるりっちゃんだ。



70 名前:にゃんこ:2011/05/17(火) 20:20:42.73 ID:M7ASOsG90

そうして、
信代が、
私達の疑問に答える、
言葉を発した。

「うん、結婚したんだよ、私」

「ええええええええええええええええっ!」



73 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:30:37.22 ID:re1EXFoM0

しまった。
唯を説教するつもりが私も唯と一緒に一緒に叫んでしまった。
でも、それも仕方が事だった。
会話の流れからある程度予想してはいたけど、実際本人の口から聞くとやっぱり衝撃的だ。
これまでそんな素振りを全然見せなかった信代が結婚なんていきなり過ぎだろ。



74 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:31:06.25 ID:re1EXFoM0

「何? 私が結婚した事がそんなに意外?」

怒ってる様子じゃなく、普段見せる豪快な笑顔で冗談交じりに信代が言った。
さっきの私達の反応は失礼だったかもしれないけど、
信代はそんな事なんか全然気にしていないみたいだった。
凄い余裕だ。
まさかこれが主婦の余裕ってやつか?



75 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:31:42.47 ID:re1EXFoM0

「いや、意外っつーか……。何つーかさ……」

私は頬を掻きながら言葉を探してみたけど、中々いい言葉が見つからなかった。
何て言うべきなんだろう。
友達が結婚した事自体が初体験なんだ。
この様子を見る限り、信代の結婚は嘘とか冗談じゃないみたいだし。
やっぱりこういう時は笑顔で祝福するのが正しい反応なんだろうか。
いや、それだと普通過ぎるから、少し冗談交じりに反応するべきなのか?



76 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:32:11.69 ID:re1EXFoM0

あー、分からん!
そうして私が悩んでいると、私が何を言うより先に唯が信代の両手を握って微笑んだ。

「凄いね、信代ちゃん! おめでとう!」

「ははっ、ありがとう、唯」



77 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:32:40.88 ID:re1EXFoM0

そう言って、いつも豪快な信代が照れた表情ではにかむ。
そうか。唯の反応が正解だったのか。
私はつい一人で感心して頷いてしまう。

前から思ってるんだけど、こういういざという時の唯の行動は間違いがない。
物怖じもしなくて、感じるままに行動してるだけなんだけど、
そんな風に単純だからこそ、正解までの最短距離を見つけられてるって感じだ。
私もそんな唯の単純さを見習う事にした。



78 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:33:06.68 ID:re1EXFoM0

「うん、そうだな。結婚おめでとう、信代。
 先を越しやがってー。こいつめー!」

言いながら、信代に駆け寄って肩を軽く叩いてやる。
本当はチョークスリーパーを仕掛けてやりたかったんだけど、
私と信代の身長差じゃ信代にチョーキングを仕掛けるのは無理があった。



79 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:39:24.31 ID:re1EXFoM0

「律もありがとう。
 私なんかあんた達みたいに可愛くないから、先に結婚しちゃって申し訳ないね」
 
「お、言うようになったな、こいつー!」

私が笑いながら何度も肩を叩くと、信代は更に気持ちいいくらいはにかんだ。



80 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:39:52.92 ID:re1EXFoM0

その笑顔は本当に眩しくて、信代だって十分可愛いよ、と私は思った。
確かに信代は体格もよくて、女子高生って言うより肝っ玉母さんみたいだけど、
それでもその笑顔や照れた仕種は女の私から見ても本当に魅力的だった。
会った事もない人だけど、信代の旦那さんも
信代のそんなところに惹かれたんじゃないかな、と何となく思う。



81 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:40:25.70 ID:re1EXFoM0

「ねえねえ」

信代の手を取ったままの唯が、聞きたくて仕方がないといった素振りで信代に訊ねた。

「信代ちゃんの旦那さんって一体誰なの?
 私達の知ってる人? 年上? 年下? ねえねえ、教えてよー」



82 名前:にゃんこ:2011/05/19(木) 22:40:59.20 ID:re1EXFoM0

信代より年下だと日本の法律では結婚出来ないんだが……。
突っ込もうかと思ったけど、今それを言うのも何だか無粋な気がした。
私はその唯の言葉をスルーして、信代の返事を待つ事にする。



85 名前:にゃんこ:2011/05/23(月) 21:11:18.30 ID:EGGW5WVl0

「三歳年上だよ。幼馴染みの腐れ縁でさ。
 元々、旦那が大学を卒業したら結婚するつもりだったんだけど、こんな状況だしね。
 今の内にって事で、一ヶ月前に婚姻届けを出したんだ。

 受け付けしてないんじゃないかと思ってたけど、
 意外と役所も開いてて律儀なおじさんが受理してくれたんだよ。
 ちゃんと戸籍にまで反映されてるかは分かんないけど、
 でも、受け取って貰えただけでも気分的に嬉しかったな」

ほんの少し顔を赤くして、信代が語ってくれた。
本当に嬉しそうに。



86 名前:にゃんこ:2011/05/23(月) 21:39:42.00 ID:EGGW5WVl0

幼馴染みか……。
一瞬、私の頭の中に澪の顔が浮かんだ。
他に幼馴染みがいないわけじゃないけど、
私にとって一番近い幼馴染みはやっぱり澪だった。
傍に居なくちゃいけない。居て当たり前の私の幼馴染み。
勿論、そんな事を本人に伝える事はないだろうけど。

と言うか、伝えたらあいつの中の感情が一周回って
「恥ずかしい事を言うな!」と逆に殴られそうな気がする。
あいつに殴られ慣れているせいか、どうしてもそんな気がする。
非常にそんな気がする。
私の思い過ごしならいいんだけど……。



87 名前:にゃんこ:2011/05/23(月) 22:07:08.92 ID:EGGW5WVl0

「おー! 幼馴染み!
 いいなー! 私も幼馴染み欲しいなー」

そうやって声を上げたのは、勿論唯だった。
私と違って、唯の方は自分の幼馴染みを思い浮かべなかったらしい。
おいおい。この事を知ったら、和泣くぞ。

いや、泣く……かな?
どうにも和には何かで泣くイメージが無いな。
和の事だから、冷静に何も聞かなかった事にするだけのような気がするし。
それはそれで長い付き合いの幼馴染みの姿ではあるんだろうけど。



88 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 00:53:45.00 ID:q+DyXaNG0

「だけど、水臭いぞ、信代ー。
 幼馴染みと付き合ってるなんて、一言も言ってなかったじゃんかよー」

私が頬を膨らませて言ってやったけど、それでも信代は穏やかな表情のままで続ける。

「ごめんって。聞かれなかったし、自分から言うのも何か恥ずかしくってさ。
 大体、嫌じゃん? 聞いてもないのに自分から彼氏が居るって言い出す奴って」

それは確かに嫌だな……。



89 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 01:01:27.51 ID:q+DyXaNG0

信代から見ても嫌そうな顔をしていたんだろう。
苦笑しながら、信代は話題を変えた。

「でも、こんな時期だからって、本当はこんなに急いで結婚するつもりじゃなかったんだ」

「え? そうなのか?」

私が信代の顔を覗き込みながら訊ねると、軽く信代は頷いた。
頷いたその信代はこれまでの照れ臭そうな笑顔じゃなくて、
そうだな……、何て言うんだろう……、
何かを懐かしそうに考えているみたいな……、『郷愁』……だっけ?
とにかくそんな静かで優しい表情をしていた。



90 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 01:10:52.80 ID:q+DyXaNG0

「卒業したら進路はどうするつもりか、確か唯には話した事あったよね?」
「うん、覚えてるよ。酒屋さんのお手伝いだよね?」

信代が訊ねると、間髪入れずに唯が自信満々で応える。
てっきり「そうだっけ?」と首を捻るもんだと思ってたんだけど、
意外に覚えてる事は覚えてるんだな、と私は唯の記憶力に感心した。

と言うか、普段から私と唯自身の言った事も覚えておいてくれると助かるんだけどさ。
とにかく、その信代の進路については私も知っていた。
信代自身から直接聞いた事はないけど、
信代の家が酒屋だって事は聞いた事があるし、
卒業後はそこを手伝うらしいという話も、又聞き程度で聞いた事はあった。



91 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 01:21:57.33 ID:q+DyXaNG0

「先月に『終末宣言』があったじゃん。
 それでさ、私はこれからどうしたいのか考えたんだよ。
 これからどうなるか分からないし、
 テレビで言ってる通りなら一ヶ月半後には死んじゃうわけだし」

死んじゃう。
何気なく言ったんだろうその信代の言葉に、少しだけ私の心臓が高鳴る。
だけど、それを顔に出さないように、黙って信代の言葉の続きを私は待つ。
今はまだ、誰かが死ぬとか自分が死ぬとか、そういう事を考えたくなかったから。



92 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 01:33:54.31 ID:q+DyXaNG0

「それで単純だけど、私はやっぱりうちの酒屋を手伝いたいって思ったんだ。
 欲を言うと日本一の酒屋になりたかったんだけど、流石にこんな短期間じゃね……。

 でもさ、だったらせめて少しでも日本一の酒屋に近付いてやりたくってさ。
 それで長いこと、学校に来てなかったんだよ。
 ずっと家で酒屋の仕事をやっててさ。大変だけど、とてもやりがいがある仕事なんだ。
 こんな時期でも、うちの常連の飲んだくれのおっちゃんとかが毎日来るしね。
 どんだけ飲むんだよー、って感じだけどね」

「信代ちゃん、カッコイイ!」

茶化すわけではなく、本気の表情で唯が拍手していた。
釣られて私も拍手してしまう。
唯の言うとおり、そう語った信代の姿は本当にかっこよかったから。
少なくとも、色んな事を考えないようにしてる私より数十倍は。



93 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 01:43:46.35 ID:q+DyXaNG0

……って、そんな卑屈になってる場合でもないか。
私は頭を振って気を取り直して、信代に話の続きを催促する事にした。
卑屈になる事はいつだって出来るからな。そういうのは一人ぼっちの時にするべきだ。

「それで信代?
 酒屋さんの手伝いをしてたのは分かったけど、
 結婚するつもりはなかったってのはどういう事なんだ?
 何か旦那さんに不満でもあったのか?」

そう私が訊ねると、また顔を赤くして信代が笑った。



94 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 01:51:39.23 ID:q+DyXaNG0

「いやいや、旦那に不満なんてないよ。
 そもそも私を嫁に貰ってくれるだけで感謝ですよ。
 小さい頃から、嫁の貰い手があるかお父さんにはよく心配されてたからね」
 
「じゃあ何で?」

「まだ結婚する前の旦那にさ、
 学校を辞めてうちの酒屋を手伝いたいって伝えたんだ。
 少しでも酒屋って仕事を経験しておきたいって。

 そうしたら、あいつ、言ってくれたんだよ。
 『俺もお前と酒屋をやる。お前のやりたい事が俺のやりたい事だ』ってさ。
 気障だよね。言ってて自分で恥ずかしいよ」



95 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 01:57:15.06 ID:q+DyXaNG0

確かに気障だった。
気障で気恥ずかしいけど、素敵な話だった。
信代はそういう最後の時まで一緒に居られる相手を見つけられたって事なんだ。
それはとても素敵な話だ……、けど、つい私の背中が痒くなってしまっていたのは内緒だ。

いや、分かってはいる。
分かってはいるんだけど、そういう気障な話とかメルヘンな話とかはどうにも痒くなる。
それは私の持って生まれた性格で、どうにも変えようがないんだよなー。
申し訳ないけど、この辺は本当に勘弁して頂きたい。



96 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 02:08:39.88 ID:q+DyXaNG0

だけど、羨ましかったのも確かかな。
私にも最後の瞬間まで一緒に居たい誰か、居てくれる誰かは出来るんだろうか。
その時、またも一瞬浮かんだのは澪の顔だった。

我ながら色気無いな、と思いながらも、澪だったらどうだろうと私は考える。
澪なら最後まで居てくれる……とは思うけど……、いや、多分……。
腐れ縁の関係ではあるけど、あいつも私と一緒に居たいとは思ってくれているはず。
それが世界の最後までかどうかは分かんないけど、
少なくとも私の方はまだあいつと離れたくなかった。

でも、もし……。
もしもあいつが誰か違う人と一緒に居たいと言い出したら、
私は気持ち良くあいつを送り出してやる事が出来るだろうか……?



97 名前:にゃんこ:2011/05/24(火) 02:20:22.57 ID:q+DyXaNG0

それはまだ、考えても仕方がない事だけどさ。
と。

「信代ちゃん、いいなー。私も結婚したいなー」

そんな私の思いに完全に気づいてないだろう唯が信代に向けて憧れの眼差しを向けていた。
やっぱりこいつの方はずっと変わらないんだな。

「はいはい。
 唯ちゃんは結婚するよりも先に彼氏を作りまちょうねー」

からかう感じで私が言ってやると、
唯はまた頬を膨らませて「りっちゃんだってそうじゃん」と呟いた。
それはそれとして、そんな変わらない唯の姿にとても安心している私が居た。
色んな事が変わっていく。
世界も、人も、終わりに向けて変わっていく。
それは多分、必要な事なんだろうけど……。
でも、変わらない誰かが居てくれるってのは、何だかとても嬉しかった。



99 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 20:55:46.21 ID:REPpvMfk0

「それでさ」

急にまた信代が続ける。
私は苦笑して唯を見ながら、信代の言葉に耳を傾けた。

「そんな感じであいつがうちを手伝ってくれる事になったんだ、それも住み込みでさ。
 もうこの際だから、入籍して夫婦で酒屋を盛り上げようって事になってね。
 それでずっとうちを手伝ってて忙しくてさ、つい皆に連絡を取り忘れてたんだよ。
 律も唯もごめんね」

私は軽く頭を振って、いいよ、とまた信代の肩を叩く。
そういう事情なら怒るに怒れないじゃないか。
そもそも怒ってたわけでもないけどさ。



100 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 20:57:44.18 ID:REPpvMfk0

「でも、今日はどうにか時間が出来たから、学校に来てみる事にしたんだ。
 しばらく皆と会えてなかったし、それに……」
 
「それに……?」

私が先の言葉を催促すると、何処か寂しそうな顔で、
でも、何かを決心した顔で、信代は言った。
あくまで明るく、いつも通りの肝っ玉の太い信代の声色で。

「今日はお別れの言葉を伝えに来たんだよ。
 友達とか、先生とかにさ。もう皆と会えるのも最後かもしれないからね」



101 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 20:59:54.04 ID:REPpvMfk0

そんな今生の別れでもあるまいし、
と私は明るく軽口を叩こうと一瞬考えたけど、やめた。

そうだったな。
本気で今生の別れになるかもしれないんだよな。
もう、そんな時期なんだよな……。
ほんの少しの沈黙。
唯も少し視線を落として、何となく寂しそうに見える。



119 名前:にゃんこ:2011/05/29(日) 01:56:36.48 ID:oaeVjkUw0

私も何を言えばいいのか分からなくて、どうしようかと少し迷ったけど……。
それでも私は信代の背中側に周って、背中から飛び付いてチョーキングの体勢を取っていた。
信代もちょっと驚いたみたいだったけど、私を振り落としたりはしなかった。
やっぱりと言うべきなのか、その体勢はチョーキングと言うより、
私が信代におんぶされてるみたいになってて、それを見てた唯が軽く笑った。



102 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:00:54.68 ID:REPpvMfk0

「あはは。二人とも何やってんのー?」

「いやいや、私は何もやってないし。律が勝手に飛びついて来ただけだよ」

「うるへー。考えてみりゃ、信代にチョークスリーパー掛けた事無かったからな。
 折角だから、存分に味わっとけい!」
 
「うわ、無茶苦茶だ」



103 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:01:23.20 ID:REPpvMfk0

顔は見えないけど信代が苦笑したらしく、
信代の背中越しに見えた唯もそれに釣られてまた笑っていた。
私も多分笑っていた。
その顔は三人とも寂しさを含んではいただろうけど、今出来る最高の顔だったと思う。

そうして一分くらい信代の背中におんぶされて、
私は存分に信代をチョーキングしてから身体を離した。
唯の隣に戻って、信代の表情をうかがってみる。
ずっと私をおんぶしていたのに、信代は疲れた様子を全然見せずに笑っていた。
流石は信代。桜高最強の女(多分)。



104 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:03:06.53 ID:REPpvMfk0

「さてと……」

名残惜しそうに信代が呟く。
私も、多分唯も、次に信代が何を言おうとしているのか分かっていた。
その言葉は出来れば聞きたくなかったけど、それを止めるわけにもいかなかった。
私達は私達で、信代は信代で、しなきゃいけない事は違ってるんだから。



105 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:03:54.98 ID:REPpvMfk0

「そろそろ行かないと。まだ挨拶したい人は多いし、約束もあるしさ」

「そっか……」

「でも、律達に会えて本当によかったよ。
 一応、軽音部の部室にも顔を出そうかとは思ってたんだけど、時間が取れるか分からなかったし……」
 
「もうすぐムギも来るから、会っとけよ」

「いや……、でも行くよ。春子とか待たせてるしさ。流石にもう行かないと」

「だったらさ、信代ちゃん。よかったらなんだけど……」



106 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:05:10.94 ID:REPpvMfk0

珍しく遠慮がちに唯が言った。
私は口を噤んで、唯の言葉を待つ事にする。
こいつが口ごもりながら何かを言う時は、本当に真剣に何かを考えてる時だから。



107 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:05:38.29 ID:REPpvMfk0

「どうしたの、唯?」

「今度、軽音部でライブやる予定なんだけど、よかったら信代ちゃんも見に来てよ。
 部室でやる小さなライブなんだけど、本当にすごいよ!
 歴史に残るくらいのすっごいライブだから!」
 
「おいおい……」



108 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:08:11.03 ID:REPpvMfk0

呆れた表情で軽く唯の頭をチョップしてやる。
唯の発案自体が悪いわけじゃないんだけど……。
私はチョップを唯の頭に置いたままノコギリみたいに動かしながら、言葉を続けた。

「歴史に残るライブって、まだ日にちも決まってないだろ。
 大体、身内で、ライブやれたらいいな、って話してるだけじゃんか」
 
「えー……。でも、きっとすごいライブになるよ!
 絶対歴史に残るし! て言うか歴史に残すし!」
 
「何だよ、その自信は……」



109 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:09:29.99 ID:REPpvMfk0

普段と変わらない私と唯の馬鹿なやり取り。
自分でも馬鹿みたいだな、とつくづく思う。
でも、それを見てる信代は笑ってくれた。

「いいね。時間は出来るだけ……、ううん、絶対空ける。
 澪達にも会いたいし、放課後ティータイム……だったよね?
 私、実は結構あんた達のバンドのファンだし、楽しみに待ってる。
 ライブの日程が決まったら、すぐに教えてよ」
 
「おー、流石は信代ちゃん!」



110 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:13:11.18 ID:REPpvMfk0

何が流石なのかは分からなかったが、信代の言葉に唯は満面の笑顔で喜んでいた。
私も、オッケー、と言いながら、信代とハイタッチを交わした。

ありがとう、信代。
心の中でだけそう言って、そうして私達はまずは春子と会うという信代を見送った。
三人とも笑顔で、とりあえずの別れを交わせた。
完全に信代の姿が見えなくなった頃、唯が何かに感心している様子で呟いた。



111 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:13:43.73 ID:REPpvMfk0

「何か……カッコよかったよね、信代ちゃん……。
 女の『みりき』に溢れてるって言うか……」
 
「『魅力』な」

「むー……。分かってるよ。ついだよ」

「どっちだよ。
 でも、分かるよ。
 人妻の艶めかしさっつーか、セクシーさっつーか、とにかく余裕があったよな」
 
「あれが人妻のみりきなのか……」

「魅力な。まあ、いいや。とりあえずムギを迎えに行こうぜ」



112 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:14:44.86 ID:REPpvMfk0

私がそう言った瞬間。
背筋に何らかのどす黒いオーラ的な何かを感じた。
そのオーラ的な何かは本当に何の前触れも無く、私達の背後に現れていた。
瞬間移動でもしているかのようだった。
な、何を言ってるか分からねーと思うが、私も何をされたのか分からなかった。
催眠術とか超スピードとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。
もっと恐ろしい物の片鱗を……。



113 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:15:11.77 ID:REPpvMfk0

って、よく考えなくても私の知っている人の中には、そういう神出鬼没な人が居たんだった。
若干呆れつつ振り返ってみると、予想通り私達の顧問の先生が何故かその場に崩れ落ちていた。

「何やってんだよ、さわちゃん……」

小さく訊ねてみたけど、
さわちゃんは私の言葉に反応せずに何かを呟いていた。



114 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:15:39.43 ID:REPpvMfk0

「……された」

「何?」

「先を越された……」

「だから何?」

「中島さんに先を越された……。
 生徒に……、よりにもよって生徒に……」
 
「あー……」



115 名前:にゃんこ:2011/05/28(土) 21:17:39.36 ID:REPpvMfk0

それ以上、私は何を言う事も出来なかった。
とても残念ではあるんだけど、
それに関して私がさわちゃんに言ってあげられる言葉はありそうにない。

と言うか、ずっと聞いてたのかよ。
いや、確かに信代が結婚したって話を聞いたら、そりゃ顔を出しにくかっただろうけど。
どうしたものか、と首を捻っていると、唯が事もなさげに軽く言い出した。

「大丈夫だよ、さわちゃん!
 さわちゃんはまだ結婚してないかもしれないけど、私達だってまだ結婚してないから!」
 
「いや、それ何の慰めにもなってないから……」



120 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:09:14.12 ID:Qb/2+Hqe0

私は唯の頭を掴んで軽く揺らしながら突っ込む。
それでも、唯は自分の発言の何が問題だったのか分かってないみたいで、きょとんとしていた。

そうなんだ。
こいつはこれでも本気でさわちゃんを慰めてるつもりなんだ。
私はそれをよく分かっているし、さわちゃんもそれだけは長い付き合いでよく分かってるみたいだった。
その場に崩れ落ちた体勢のままだったけど、さわちゃんは軽く苦笑を浮かべて私達を見つめた。



121 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:10:33.18 ID:Qb/2+Hqe0

「そうね……。私はまだ結婚してないけど、貴方達も結婚してないものね……。
 特に貴方達は彼氏が出来た事すらないものね……。
 それに比べれば私なんてまだまだ幸せな方よね! ファイトよ、さわ子!」

拳を握り締めて、さわちゃんは自分に言い聞かせるよう気合を入れる。
ちょっと心配してみたらこれだ……。
彼氏が出来た事がないのは本当だけど、それを人に言われるのはちょっと腹立つな。
私の隣に居る唯も微妙な顔でさわちゃんを見つめていた。
私の知る限り、唯にも彼氏が出来た事はなかったはずだし。
そもそも男に興味があるのかどうかも怪しいし……。



122 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:11:43.98 ID:Qb/2+Hqe0

まあ、さわちゃんが元気になったのは何よりだ。
私は唯の手を取って、唯と顔を見合わせる。

「さて、もうすぐムギも来る事だし、幸せな人は置いといて急ごうぜ、唯」

「あいよ! そうだね、りっちゃん!」

そうして二人でさわちゃんに背中を向け、私達は校門への新たな一歩を踏み出そうとして……。



123 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:12:14.37 ID:Qb/2+Hqe0

「ちょっと、二人ともぉ!」

「うわっ!」

「おっとと! 掴まって、りっちゃん!」

さわちゃんに私の脚を掴まれ、体勢を崩して倒れそうになってしまった。
唯が私の手を支えてくれたおかげで倒れずにすんだけど、正直、結構危なかった。
体勢を立て直し、ありがとな、唯、と軽く頭を下げた後、
私は出来るだけ嫌そうな顔でさわちゃんに言った。



124 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:13:36.92 ID:Qb/2+Hqe0

「ちょっとさわちゃん……、危ないじゃんかよー」

「それはごめんなさい……。確かにやり過ぎちゃったわね……。
 でも、一週間ぶりに会った先生を置いて、そんなに急いで行かなくてもいいじゃないの。
 この一週間何やってたの? とか聞いてくれてもいいじゃない」

聞いて欲しいのか……。
確かにこの一週間、さわちゃんの姿を見かけなかったし、何をやってたのかは気になるけど……。
でも、その言葉通りに、ただ聞いてあげるのも面白くないな。

そこで私は一つ少し意地の悪い事を思い付いた。
信代の結婚にショックを受けてた姿から考えるに、
この一週間彼氏と過ごしてたわけでもなさそうだ。

倒されそうになった仕返しにその辺を弄ってみる事にしよう。
私はニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべ、さわちゃんの肩に手を置いた。



125 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:14:25.53 ID:Qb/2+Hqe0

「この一週間何をやってたかなんて、聞かなくても分かるよ、さわちゃん。
 彼氏とめくるめく愛へのハイウェイ的なアバンチュールを過ごしてたんだろ?」
 
「おー、アバンチュール!」

アバンチュールという言葉の響きが好きなのか、唯が大袈裟に強調してくれる。
相変わらずよく分からない所にツボがある奴だな。

それに対して、何故かさわちゃんはしばらく反応を見せなかった。
あれ、おかしいな。いつも通り顔を伏せて嘆いてくれると思ったんだけど……。
ちょっと意地悪過ぎたかな、と私が不安になりかけた時、急にさわちゃんが驚いた表情を浮かべた。



126 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:16:00.17 ID:Qb/2+Hqe0

「ど……、どうして知ってるのっ?」

「えっ? マジでっ?」

「いや、マジで、って何よ。私だって彼氏とアバンチュールする事くらいあるわよ。
 実はね、前の彼氏とやり直す事になったの……。
 それでこの一週間、二人で温泉旅行に行ったりして、ずっとアバンチュールしてたのよ」
 
「すごいよ! 温泉でアバンチュールなんて大人の関係だよね、りっちゃん!」

「そうだな、唯……。まさか本当にさわちゃんにそんなアバンチュールが……」



127 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:17:37.80 ID:Qb/2+Hqe0

唯と二人で意外なさわちゃんの大人の一面に感心してしまう。
彼氏と二人で温泉旅行のアバンチュールしてたなんて……。
つい私はタオルも巻かずに混浴に入るさわちゃんと彼氏を想像してしまう。

二人は見つめ合い、いつしか唇を重ねてそのまま……って、何考えてんだ私!
何だか顔が熱い。自分でも自分の顔が赤くなってしまっているのが分かるくらいだ。
知っている人のそんな姿を想像してしまうのは、どうにも気恥ずかしくてたまらない。



128 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:19:37.66 ID:Qb/2+Hqe0

どうしても落ち着かなくて、私は唯の顔を気付かれないように覗いてみる。
唯も私と同じ様な事を考えているんだろう。唯の顔も少しだけ赤くなっているように見えた。
そういう情報に疎く見える唯だけど、普通の女子高生並みの知識はあるに違いない。

って、そういえば前に唯に聡の隠してたそういうビデオを貸したのは私だった。
いや、ほら、私達も女子高生なわけで。そういうビデオを観たくなる事もあるわけで。
あー、もう、だから、とにかく!
そんな感じで私と唯が黙り込んで悶えていると、急にさわちゃんが大きな笑い声を上げた。



129 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:20:39.68 ID:Qb/2+Hqe0

「あっははは! 何、赤くなってんのよ、二人とも。
 冗談よ、冗談。この一週間は実家の整理とか同級生と会ったりとかしてただけよ。
 彼氏が居たとしても、流石に一週間も温泉旅行なんか行くわけないじゃない。
 それにしてもそんなに赤くなるなんて、幼く見えるけどあんた達も年頃なのねえ」

一瞬、さわちゃんが何を言い出したのか、私には分からなかった。
それくらい状況が呑み込めなかった。



130 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:21:19.97 ID:Qb/2+Hqe0

数秒経ってからようやく私は、ああ、そうか、と思った。
からかったつもりが、逆にからかわれてたんだ。
それが分かった瞬間、急に悔しさが込み上げてきた。

「くっそー、騙したな!」

「謀ったな、さわちゃん!」

唯と二人で頬を膨らませて文句を言ってやったけど、
さわちゃんは、てへっ、と舌を出して首を傾げるだけだった。



132 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:23:33.35 ID:Qb/2+Hqe0

やられた……。
普段、彼氏ネタで弄ってるからお約束の鉄板だと思ってたのに、
まさかそれに返しネタを用意してくるなんて……。
大体、信代の結婚にショックを受けてたんだから、
彼氏が居ない事は分かってたはずなのに、完全に予想外の返しに思考停止しちゃってた……。
さわちゃんめ。悔しいけど三年生のこんな時期になってお約束を崩すなんて、敵ながら天晴れ。



133 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:24:03.40 ID:Qb/2+Hqe0

「でもね。一つ嘘じゃない所もあるのよ」

急にさわちゃんが遠い目になって語り始める。
まだ悔しくはあったけど、とりあえずさわちゃんの言葉を聞いてみる事にした。

「そう。あれは一週間前の事……」

「その語り口、好きだよな、さわちゃん」



134 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:24:32.54 ID:Qb/2+Hqe0

「黙って聞きなさい。
 それでね、さっき前の彼氏とやり直す事になったって言ったでしょ?
 実は前の彼氏から「やり直そう」って言われた事だけは本当なのよ。
 これだけは嘘じゃないわよ。
 急に一週間前に呼び出されてね、何の用事かと思ったらそう言われたの」
 
「でも、やり直さなかったの?」



135 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:25:17.15 ID:Qb/2+Hqe0

また聞きにくい事を平然と唯が聞いていた。
でも、聞かないわけにもいかない事でもあるか。
今も彼氏が居ない事を嘆いてるって事は、
つまりその前の彼氏とはやり直さなかったって事なんだから。

さわちゃんもその辺はちゃんと話そうと思っていたのか、
特に唯を怒るわけでもなく続けた。



136 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:26:13.33 ID:Qb/2+Hqe0

「そりゃそうよ。もう終わっちゃった関係だもの。
 大体、振られちゃったのは私の方なのに、
 それをこんな時期だからって都合よくやり直したいって言われてもね。
 そう言われてもね……」



137 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:27:14.40 ID:Qb/2+Hqe0

そこまで言うと、急にさわちゃんの身体が痙攣するように震え始める。
冬の始まりと言っても、まだ寒いわけじゃない。
勿論、唯の発言に怒っているわけじゃない。
私達に対する怒りじゃない。
つまり……。
と。
さわちゃんが唐突に立ち上がって眼鏡を外してから叫んだ。



138 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:28:03.43 ID:Qb/2+Hqe0

「大体なあっ!
 もうすぐ死ぬからって昔の女に縋り付くって根性が気に入らねーんだよ!
 死が何だっつーの! こちとら死の悪魔の『DEATH DEVIL』だっつーんだよ!
 しかも、後で調べてみりゃ、いつの間にか結婚してて妻子持ちだっつーじゃねーか!
 不倫させるつもりだったのかよ!
 ざけんじゃねーッ!」



139 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:28:46.44 ID:Qb/2+Hqe0

あーあ、やっぱり出たよ、『DEATH DEVIL』……。
でも、まあ、仕方ないか。
自分から振っておいて、しかも結婚してて、
それでこの際だからって感じで
昔の彼女とやり直そうとするとか、さわちゃんじゃなくても怒るよ。
勿論、その前の彼氏の方に何か事情が無かったとは言い切れない。



140 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:29:22.32 ID:Qb/2+Hqe0

ひょっとしたら、この時期になって、最後の時間を目前にして、
本当に傍に居たかったのはさわちゃんだって気付いたのかもしれない。
それで今更だけど、やり直そうとしたのかもしれない。
気持ちは分からないでもないけど……。
だけど、それは多分、やっちゃいけない事なんだ。
だから、さわちゃんは怒ってるんだろう。



141 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:29:59.15 ID:Qb/2+Hqe0

「大体なあっ! 大体なあ……。
 何よ、もう、今更……。
 あーあ、もう……」

さわちゃんの『DEATH DEVIL』モードは結構短い。
これまで何回か見て来たけど、どの時も数分で元に戻っていた。
今回も同じ様に素に戻ったんだろう。
眼鏡を掛け直して、さわちゃんはまたその場に崩れ落ちた。



142 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:30:52.61 ID:Qb/2+Hqe0

泣いているわけじゃなかったけど、そのさわちゃんの姿はとても寂しそうに見えた。
身勝手な前の彼氏の行動に怒っているのは確かなんだろう。
それでも、本当は少しだけやり直したい気持ちもあったんだろう。
だから、信代の結婚を羨ましく思っているわけだし。

残された時間も少ないし、本当はやり直すという選択もありなんだろうとは思う。
思い残しの無いように、最後に何もかも捨てて誰かに縋るのも一つの選択なんだ。
それを選んでも、誰もさわちゃんを責めないだろうけど……。

だけど、さわちゃんはそれを選ばなかった。
さわちゃんには悪いけど、私はそれがとても嬉しいと思う。
それは多分……。
私はしゃがみ込んで、またさわちゃんの両肩に手を置いて言った。



143 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:31:30.48 ID:Qb/2+Hqe0

「さわちゃんは立派だよ。皆、そんなさわちゃんの事が好きだよ」

「りっちゃん……」

「私だってさわちゃんの事が大好きだよ!」

「唯ちゃん……」

「さあ、立って、さわちゃん。
 もうすぐムギが美味しいお菓子を持って来るからさ。
 部室で一緒に食べよう」
 
「ムギちゃんが……。ねえ、りっちゃん……」

「うん……」

「りっちゃんの分のお菓子も分けて貰っていい?」

「うん……。って、うおい!」



144 名前:にゃんこ:2011/05/30(月) 23:32:12.52 ID:Qb/2+Hqe0

私が突っ込んで頭を軽く叩くと、その時のさわちゃんはもう笑顔だった。
悲しくないわけでもないし、後悔してないわけでもないと思う。
それでも、さわちゃんは……、私達の顧問の先生は笑顔だった。
きっとそういう風に生きて、そういう風に終わりを迎えてくれるんだ。




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[ 2012/01/29 19:59 ] 非日常系 | 終末の過ごし方 | CM(0)

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