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律「終末の過ごし方」#3 【非日常系】


SS速報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)@VIPServiseより

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1304790351/

律「終末の過ごし方」#index


262 名前:にゃんこ:2011/06/19(日) 02:48:17.55 ID:Hc43SAZ70






部室。
いちごと別れた私は、
逃げ出しそうになる脚を無理矢理動かして、軽音部の自分の席に座っていた。
部室の中には私以外誰も居なかった。
代わりと言っては何だけど、私の机の上には変な落書き付きのメモが置かれている。

『あずにゃんをさがしてくるよ!』

落書きといい、文字といい、間違いなく唯の書き置きだった。
いや、書き置きを残してくれるのはありがたいんだけど、相変わらずこの落書きは何なんだ?
猫みたいな生物の両耳の辺りから、
妙に長くて太い毛がにょろりと生えているんだが……。

ひょっとして、これが唯の『あずにゃん』のイメージなんだろうか。
この長くて太い毛をツインテールだと考えれば、
梓+猫のイメージで『あずにゃん』だと考えられなくもない……気もする。
と言うか、自分をこういうイメージで見られてると知ったら、多分梓怒るぞ。

でも、我ながら情けない事だけど、その現状に私はとりあえず安心していた。
別に落書きの正体が『あずにゃん』なんだろうって事とは関係ないぞ。

勿論、今の部室の中に誰も居ない現状の事だった。
色んな問題を解決しなきゃいけないのは分かってる。
それでも、今の私にはその解決の糸口すら見つけられていない。
無理矢理にやる気と使命感を湧き上がらせる事だけは出来ても、
解決のための具体的な方法が全然思い浮かんで来てなかった。



263 名前:にゃんこ:2011/06/19(日) 03:09:45.95 ID:Hc43SAZ70

「いつもこうなんだよなあ、私……」

机に突っ伏しながら、つい呟いてしまう。
ドラムを叩いてる時もよく言われる事なんだけど、私は結構勢いだけで動いちゃうタイプだ。
よく考えて動くべきなんだろうって思う事も勿論あるけど、
それでもこれは私の持って生まれた性格って言うか、
変えたくない自分の中のこだわりって言うか、
とにかく勢いに乗っちゃうノリのいい自分でいたかった。

勢いに乗り過ぎて失敗する事も、誰かを傷付けちゃう事もいっぱいあったけど、
勢いだけでも動いていれば、何かが上手くいくはずだって、多分心の何処かで信じてた。
ううん、今だって、信じてる。
そうやって私は生きて来たんだから。
生きて来れたんだから。

だけど、今は勢いだけじゃどうにもならない。
そんな気もしてる。
何かをしなきゃとは思うし、
勢いで梓や澪の悩みに踏み込んでみるのもありだと思う。
そうすれば案外と簡単に、二人の悩みを晴らしてあげる事も出来るかもしれない。
そうだったらどんなにいいだろう。

でも、今勢いだけで動いたら、これまでの私の経験から考えて、
間違いなく私だけで空回っちゃって、余計に二人を傷付けてしまう気がする。
そんな……気がする。

思い出すのは、二年の時、澪と喧嘩をしてしまった時の事だ。
あの頃、私は自分の傍から澪が離れていく感じがして、凄く焦ってた。
今でも何故かは分からないけど、澪が離れていくのがとても嫌だった。

もしかしたら、ずっと傍に居てくれた澪が私の傍から居なくなったら、
それ以外の誰かもどんどん離れていって、
最後には独りぼっちになっちゃうなんて事を考えてたのかもしれない。
はっきりとは自分でも分からない事だけどさ……。



264 名前:にゃんこ:2011/06/19(日) 03:26:38.52 ID:Hc43SAZ70

だから、私はどうにか澪の注意を自分に向けさせようって思ったんだと思う。
勢いに乗ってふざけたりしていれば、いつもどおり澪がこっちに向いてくれるって思った。
でも、それは失敗した。
私のした事は澪を怒らせ、困らせるだけだった。

分かってくれない澪に私は腹を立てて、
それ以上に澪を困らせてしまった私に腹を立てて、しばらく軽音部にも顔を出せなかった。
それどころか風邪までひいちゃって、顔を出したくても出せない状況にまでなった。

さっき吐いたのもそうなんだけど、
私って意外と繊細で、少しでも精神的に参るとすぐに身体の方にも影響が出るんだよな。
こんな繊細さなんて、何の自慢にもなりゃしないけど……。

あの時、私は澪を傷付けた。
傷付けてしまったと思った。
そう思うと自分のしてしまった事が恐くて、何も出来なくなって。
勢いで前に進みたい自分と、それを止めようとする自分で雁字搦めになって……。
本当に意外に繊細で、それが自分でも嫌になる。

そういう意味で考えると、澪以上に気になるのが今の梓だった。
私の姿を見て逃げ出した梓。
嫌われてしまったのかもしれないし、嫌われる原因はいくつも思い当たる。
でも、それは被害妄想として片付ける事は出来る。
それだけなら、私もどうにか梓のために動き出せると思う。
動けなくなるのは、自分が梓に好かれる要素が一つも思い当たらなかったからだ。



265 名前:にゃんこ:2011/06/19(日) 03:48:59.08 ID:Hc43SAZ70

唯は梓を可愛がってるし、梓もかなり唯に懐いてると思う。
澪は梓の憧れの先輩で、澪の梓に対する指導は的確だ。
ムギも梓に優しいし、お互いに信頼し合っているみたいだ。

私……はどうなんだろう?
私は梓に対してどんな先輩だ?
可愛がっていたか?
いい先輩だったか?
優しくしてやれたのか?

……答えは出せない。
それでも、嫌われてると考える事よりも、
好かれてないのは間違いないと考えられる事の方が、私にはとても辛かった。

「なあ、お前は梓から何か聞いてないか?
 私の事について……とかさ」

ちょっと思い立って、私は水槽に視線を向けてトンちゃんに呟いてみる。
トンちゃんは私の言葉を聞いているのかいないのか、
いつもと変わらず優雅に泳いでいた。
そりゃそうだ。

でも、思った。
梓は私だけじゃなく、軽音部の他の皆にも今の自分の悩みを話してくれなかった。
だけど、もしかしたらトンちゃんになら話しているかもしれない。
トンちゃんを一番世話しているのは梓だ。
『終末宣言』後も、梓はずっとトンちゃんの世話を欠かさなかった。
だから、梓もトンちゃんにだけは、自分の悩みを打ち明けているかもしれない。

勿論、それでどうなるわけでもない。
トンちゃんが私達の言葉を分かってるかどうかも分からないし、
もし分かってたとしても、私にもトンちゃんにもどうしようもない。
だって……。

「喋れないもんなあ、お前……」



266 名前:にゃんこ:2011/06/19(日) 04:07:37.67 ID:Hc43SAZ70

私は呟きながら、つい苦笑してしまう。
トンちゃんは喋れないって当たり前の事をおかしく思ったからじゃない。
もしも喋れたとしても、
トンちゃんなら梓の悩みを人に言ったりしないんじゃないかと思えたからだ。
梓もそう思っているから、トンちゃんに悩みを打ち明けているんだろうか。

「トンちゃんより信頼されてない部長か……」

それは全部私の勝手な思い込みだけど、少し落ち込んだ。
駄目だ駄目だ。
弱気になってるばかりじゃ、本当に何も出来ないままに終わっちゃうじゃないか。

突然。
そうやって頭を振っている私の耳に予想外の声が響いた。

「ハーイ! アタイ、スッポンモドキのトンちゃん!
 チェケラッチョイ!」

「喋ったあああああ!」

つい叫んでみたけど、勿論そんな事があるわけない。
乗っておいて何だけど、呆れた視線を部室のドアの方に向けてみる。
聞き覚えのある声だからその声の正体は分かっていたけど、
それでも、その人の顔を確認しない事には、ちょっと信じられなかったからだ。

「何やってんだよ、和……」

その声の正体を確認して、私はつい肩を落としてしまう。
私のせめてもの願いも空しく、そこに立っていたのは予想通り和だった。
いや、本当に何やってんだよ、和……。
せめて和だけはボケ担当になってほしくなかった……。



271 名前:にゃんこ:2011/06/21(火) 01:28:38.77 ID:cHOTjrFR0

私がそうやって呆れた視線で見つめてみたけど、
和は何でもない様な顔で部室の中に入って来ながら言った。

「たまにはね」

「たまにはって和……」

「律がトンちゃんと話したいみたいだったから」

「……見てたのかよ」

「ええ」

「そっか……」

本当なら見られたくない自分の姿を、
人に見られてしまった私は焦るべきだったんだろう。
だけど、何故かそんな気は起きなかった。
見られた相手が和だからかもしれない。
「お母さんみたい」ってのが皆の和に対する評価だけど、私も何となくそう思ってる。
だから、私は不思議なくらい焦らなかったんだろうな。



272 名前:にゃんこ:2011/06/21(火) 01:44:46.03 ID:cHOTjrFR0

和は私がトンちゃんに話しかけていた事について、とりあえずはそれ以上触れなかった。
ただ部室の中に入って来て、長椅子の辺りで軽く微笑んでるだけだった。
私も釣られて軽く笑ってしまう。

何だかとても落ち着く空気が流れてる気がした。
でも、二人して微笑んでるだけっていうのも、何となく気恥ずかしかった。
私は頭を掻きながら、微笑んでる和に訊ねてみる。

「ところでどうしたんだ、和?
 唯ならいないぞ」

「いいのよ。唯がいないのは知ってるわ。見てたもの」

それもそうだった。
私がトンちゃんに話しかける姿を和が見てたって事は、
和が部室の外からドアの隙間越しに部室内の様子を伺ってたって事だ。
唯がいない事は分かり切ってる事だった。

でも、だったらどうして部室に?
その疑問を私が口にするより先に、私の考えを読み取ったのか、和がその答えを口にした。

「今日は律に用があって来たのよ」

「私に?」

少しだけ意外だった。
和とはいい友達だけど、二人きりで話をする事は少なかった。
特に和自身に私への用事があるなんて、滅多にない事だったからだ。
私は好奇心を抑え切れず、和にまた訊ねてみる。

「何? 私に何の用?」



273 名前:にゃんこ:2011/06/21(火) 01:59:34.47 ID:cHOTjrFR0

すると和が少し激しい表情になって、
私達の間ではお決まりになっている台詞を口にした。

「ちょっと、律!
 講堂の使用届がまだ提出されてないわよ!」

「忘れていたー!
 ……って、何の届けやねん!」

習慣でつい叫んじゃったけど、途中で思い直して和に突っ込んだ。
確かに私は書類を提出するのを忘れがちだけど、今は提出する書類なんてなかったはずだ。
疑いの眼差しで和を見つめたけど、
和はそれを気にせずにまた平然とした普段の表情に戻るだけだった。

怒った様子は演技だったみたいだけど、
書類の話自体は本当だったって事なのか?
何か出さなきゃいけない書類なんてあったっけ?
って、確か和は講堂の使用届って言ってたよな……。
まさか……。
そう思いながら、私はおずおずと和に訊ねる。

「講堂の使用届……?」

「そうよ」

「講堂を何のために使うの……?」

「放課後ティータイムのライブのため」

「使用届、必要なの……?」

「それはそうよ。
 使いたがってる部も多いんだから」

「マジで?」

「マジよ」

「大マジ?」

「大マジよ」



274 名前:にゃんこ:2011/06/21(火) 02:15:35.91 ID:cHOTjrFR0

知らなかった……。
と言うか、まだそんなシステムが生きてたとは思わなかった。
それに講堂を使いたがってる部が他にあったなんて、
世界が終わる直前って言っても……、

いや、直前だからこそ、考える事は皆同じなんだな……。
これは素直に自分の考えが甘かったって思った。
私は和に頭を下げる。

「ごめんな、和。
 まさか私達以外に何かやりたがってる部があるなんて思わなくて……。
 でも、何で和がライブの事を知ってるんだ?
 それに私達が講堂を使うかどうかも、まだ決めてなかったんだけど……」

私の言葉に和が少し優しい顔になった。
でも、それは私に対して優しくなったわけじゃない。
それは和が唯の事を話す時にする顔だったし、
その後に和が話し始めたのはやっぱり唯の話だった。

「唯がね。
 最後に大きなライブをやるって言ってたのよ」

「やっぱり唯だったか。
 信代だけじゃないとは思ってたけど、
 唯の奴、あっちこっちで宣伝してんな……」

「そうね。でも唯、楽しそうだったわよ。
「絶対、歴史に残すライブにする!」って言ってたしね」

「あいつ、そのフレーズ好きだな、オイ」



275 名前:にゃんこ:2011/06/21(火) 02:30:32.77 ID:cHOTjrFR0

私が笑いながら言うと、和も「そうね」と優しく笑った。

「私とライブの事を話した時も五回くらい言ってたし、
 今はそれが唯の好きなフレーズなのね。
 でも、あの子、何処でライブをやるのかも決めてないみたいだったから、
 それで律に講堂の使用届の事を話しておこうと思ったのよ」

「いや、別に私も部室でするか、
 最悪グラウンドでやれればいいか、って思ってたんだけど……」

「駄目よ。
 部室だと小さなライブになるし、グラウンドだと天候に左右されるじゃない。
 「絶対、歴史に残すライブにする」んでしょ?
 こういう準備はちゃんとしておかないとね」

「そうだな……。ありがとう、和。
「絶対、歴史に残す」んなら、会場もでっかいライブにしないとな……。
 なあ和、講堂の使用届、まだ間に合いそうか?」

「深夜なら空いてなくはないけど、金曜日までは無理ね」

「もうそんなに予定が埋まってるのか?」

「ええ。どこの部も最後に何かを発表したいみたいだし、
 桜高以外の団体からも申し込みがあるから、ほとんど埋まってるわね。

 こんな時だけど、こんな時だからこそ、
 そういう予定はきちんと組んでおかないと……。
 それでまだ空いてる時間となると、金曜日か土曜日の夕方になるわ」

「金曜か、土曜か……」



280 名前:にゃんこ:2011/06/23(木) 01:20:18.23 ID:74LZJUpb0

そう呟きながら、私は迷っていた。
本当なら考えるまでもなく、金曜日にライブをやるべきだ。
いや、どうしても金曜日が好きってわけじゃなくて、
消去法で考えると必然的に金曜日しかなくなるだけだ。

だって、そうじゃないか。
よりにもよって世界の終わりの日の前日の土曜日にライブをやるなんて、
演奏する私達はともかく、呼ばれた皆にとっては迷惑この上ないだろう。
馬鹿らしい例えだけど、
それこそ富士山頂でやる結婚式に招待されるくらい迷惑に違いない。

だから、考えるまでもない。
ライブは金曜日の夕方。
これで決まりだ。

でも……。
そこまで考えて私は不安になる。
本当に金曜日で間に合うのか、とても不安になってしまう。
新曲は完成してないし、
梓の問題も澪との関係もまだ解決してない。
こんな状態でまともに演奏なんて出来るんだろうか……。

そうやって私は唸っていたけど、
気になって目をやると、私の様子を和が静かに見てくれている事に気付いた。
唯の事を話す時みたいな優しい表情の和が私の瞳の中に映る。
見守ってくれてるんだな、和……。
思わずそう考えていたけど、その考えは少し気恥ずかしくて、
私は顔が熱くなるのを感じながら、その気恥ずかしさを誤魔化す事にした。

「和、悪いけどもう少し考えたいから、ちよっと待ってくれるか?
 あと立たせたままってのも悪いし、何処か空いてる席に座ってくれよ」



281 名前:にゃんこ:2011/06/23(木) 01:44:54.00 ID:74LZJUpb0

「じゃあ、お言葉に甘えて」と和が私の言葉に従って、席の近くまで移動する。
バランス的に澪の席に座るんだと思ってたけど、
それから和が選んだのは意外にも私のすぐ隣の梓の席(と言うより椅子)だった。
予想外に和と接近する事になって、私は少し緊張してしまう。

同時に普段梓が座っている席に和が座っている状況に新鮮さを感じる。
ありえない話ではあるんだけど、
もしも和が軽音部に入ってくれていたら、
こういう席割で一緒にお茶してたりしてたのかな。

「どうしたの、律?」

「ん、あ、いや、何となく……さ。
 新鮮だなー、って思って」

「何が?」

「和と二人でこんなに近くで話すなんて、あんまりなかったじゃん?」

私がそう言うと、和が何となく悪戯っぽい顔を見せた。
最近、和がたまに見せてくれるようになった顔だ。

「そうね。
 私が律に話し掛ける時は、大抵がお説教だったものね」

「いやいや、そんな事はありませんって。
 和様にはいつも本当に感謝しておりますって。
 たまに頂くお説教もありがたい事ですって」

笑いながら私が言うと、和も小さく微笑んでくれた。
いつも真面目で優等生な和だけど、冗談が通じないわけじゃない。
本当にたまにだけど、和の方から冗談を言ってくれる事も最近は増えてきた。
確信はないけど、それが私達の仲良くなった証拠だったら嬉しい。



282 名前:にゃんこ:2011/06/23(木) 02:02:23.39 ID:74LZJUpb0

「そういえば、それは何なの?」

微笑みながら和が指差したのは、唯の置いた書き置きだった。
机の上に置いたままにしてたから、目に入って気になったんだろう。
私はその質問には答えずに、「あいよ」と和にその書き置きを手渡した。
見てもらった方が分かりやすいし、自分で考えた方が面白いだろうと思ったからだ。

渡された書き置きを見た和は一瞬困った顔をしたけど、
すぐに「ああ、そっか」と明るい顔になって呟いた。

「この猫みたいな何かが『あずにゃん』って事ね」

「分かるの早いな!
 私でも分かるのに二十秒くらい掛かったぞ?
 流石は幼馴染みってやつか?」

軽くからかったつもりだったけど、
急に和の表情が萎んでいくのが目に見えて分かった。
あんまり急激に表情が変わるもんだから、
何かまずい事を言っちゃったのかって私が不安になるくらいに。

冗談を言う時の悪戯っぽい顔は見せてくれるようになった和だけど、
そんな本当に辛そうな表情の和を見るのは初めてだった。
そんな今にも泣き出しそうな和なんて……。

何て声を掛ければいいのか迷ったけど、私はまずは謝る事にした。
和の表情が辛そうに変わった原因が私の言葉なんだとしたら、
私は和に謝らないといけない。



283 名前:にゃんこ:2011/06/23(木) 02:15:39.18 ID:74LZJUpb0

「あの、和……。
 ごめん……な」

「何……が……?」

「だって、そんな……。
 そんな辛そうな顔してるの、私のせいなんだろ……?
 ごめん……。いつも私、そういうのに気付けなくて……」

「律のせいじゃないわ……」

「だけど……」

「いいのよ。私の方こそごめんなさい、律……。
 律相手なら、何とか耐えられるって思ってたんだけど……。
 駄目みたいね。本当にごめんなさい……」

「耐えられる……って?」

一瞬、弱気な私が顔を出して、
和が私の事を嫌いだからその嫌悪感に耐えてる、って後ろ向きな考えをしてしまう。
和がそんな人じゃないのは分かっているのに。
分かり切ってるのに。
何を考えてるんだよ、私。
本当におかしいぞ、今日の私は……。

勿論、和の「耐えられる」って言葉は、そういう意味じゃなかった。
和は静かに私のその被害妄想を解き放つ言葉を口にしてくれた。

「唯の事を考えるとね……。
 駄目なのよ……」



284 名前:にゃんこ:2011/06/23(木) 02:27:11.90 ID:74LZJUpb0

私は自分の被害妄想を恥じながら、
それでも今は和の言葉の続きを聞く事にした。
恥ずかしがるのは後からでも出来る。
今は和に失礼な考えをした分、和の言葉を聞かなきゃいけない時だった。

「唯と……、何かあったのか……?」

「ううん、そうじゃないわ。
 唯はずっと私の幼馴染みで腐れ縁で、こんな時でも明るく話し掛けて来てくれる。
 本当に明るい顔で笑ってくれる。
 だから、唯の事を思うと、辛くなるの……」

「だけど、さっきは……」

「ええ。唯の話で笑えたわ。笑えてたと……思う。
 でも、それはライブをするっていう未来の事を考えられるからなのよ。
 まだ先に唯の笑顔を見られる時間があるって、それが嬉しくて安心出来るのよ。

 だから、先の話じゃなくて、昔の話を思い出しちゃうと駄目だわ。
 まだ私達が小さくて、小さい唯が笑ってた頃を思い出しちゃったら、
 否応無しに私達に残された時間は本当に短い事に気付いちゃって……。
 それが、辛いのよ……」



285 名前:にゃんこ:2011/06/23(木) 02:44:53.66 ID:74LZJUpb0

和の言葉を聞いていて、私は一つ気付いた。
さっき和は軽音部に入る前に、ドアの隙間から部室の中を覗いていた。
それは私がトンちゃんに話し掛けているところを覗き見したかったからじゃない。

きっと和は唯が部室の中に居るかどうかを確かめてたんだ。
唯の顔を見ると辛くなるから、
私一人しか居ない事を確かめてから部室に入ってきたんだ。
今の私が澪と顔を合わせる事が恐いのと同じように。

和はまた言葉を続けようと口を開く。
多分、ずっと我慢していたんだろう。
和の言葉は止まる事はなかったし、私も止めようとは思わなかった。
タイプは違っているけれど、私と和は本当はかなり似てるんじゃないかと思えたんだ。

「もうすぐ終末が来るらしいわよね……。
 それは私も分かってるし、もう逃れられないってのも分かってる。
 勿論、私自身が死ぬのは恐いし、嫌だわ。
 私だってまだやりたい事が沢山あるもの。まだ死にたくないわよ。

 でも、私が死ぬ事よりもっと恐い事があるの。
 それは多分、律も同じだと思う」

「私も……?
 そうか……。うん、そうだよ……。
 私だって死にたくない。死ぬのは本当に恐い。
 周りに恐がってる様には見せないけど、やっぱり恐いよ。
 でも、私も和と同じにもっと恐い事があるな……」

そのもっと恐い事について、
和はとりあえずは触れなかった。私も今は触れなかった。
その代わり、和が少しだけ落ち着いた表情になってから、私に訊ねた。



286 名前:にゃんこ:2011/06/23(木) 02:55:45.29 ID:74LZJUpb0

「律もやっぱり恐いのよね……」

「和もな」

「私が言うのも何だけどね。
 律ってこんな時でも毎日学校に登校してるみたいだし、
 いつも唯と一緒に楽しそうに遊んでるから、終末なんて恐くないように見えたのよ」

「和が言うなよ。
 和だって毎日じゃないけど学校で見るし、
 ちょっとボケてみてもすごい冷静な顔で私に突っ込むじゃんか。
 和には世界の終わりなんて何ともないんだって思ってたぞ」

「失礼ね。私を何だと思ってるのよ、律は」

「和の方こそ、私を何だと思ってんだよ」

言って、私は頬を膨らませて和を軽く睨む。
和も少し不機嫌そうな顔で私を見つめて……。
それから、すぐ後に二人して苦笑した。

何だよ。
二人ともお互いを同じ様な目で見てたってわけか。
やっぱり私達は何処か似てる所があるのかもしれない。



287 名前:にゃんこ:2011/06/23(木) 03:15:30.36 ID:74LZJUpb0

「何かさ……。
 強がっちゃうんだよな……」

つい私は口に出していた。
和の前だと何故か素直になれている気がする。
近過ぎず、遠過ぎず、とても微妙な距離感の仲の私と和。
遠い他人じゃないけど、近くて本音を言えない相手とも違う。
二人きりになる事は少ないし、ずっと傍に居たいと依存してるわけでもない。
それでも、絶対失いたくない相手。
多分だけど、私と和はそんな関係の大切な友達なんだろう。

和もそう思ってくれているのかもしれない。
辛そうな表情は完全になくなってはいなかったけど、
それでも少しの優しさと穏やかさを取り戻した表情で和が言った。

「私は強がりとは違うんだけど……、
 どんな時も落ち着いてなきゃって思ってたわ。
 兄弟も小さいし、恐がってる姿なんて見せられないもの。
 でも、それってやっぱり強がりなのかしらね?
 下手に落ち着こうとするのは、逆に恐がりな証拠って話もよく聞くし……」

「難しい話はよく分かんないけど、でも、言いたい事は分かるな。
 私は世界の終わりが恐くて、それよりも恐がってる自分がもっと恐くて……さ。
 上手く言えないけど、だから、恐がりたくなかったんだよな。
 多分、いつもの自分じゃない自分になるのが、本当に恐かったんだと思う。
 でも、それよりももっと恐いのが……、悲しいのが……」



288 名前:にゃんこ:2011/06/23(木) 03:29:43.94 ID:74LZJUpb0

そこで私は口ごもる。
言葉にするのが恐かった。
言葉にして実感してしまうのが恐かったし、
言葉にして和に実感させてしまうのが恐かった。

これからも強がるためには、それに気付かないふりをしている方がいいんだろう。
でも、その私の言葉は和が力強く継いでくれた。
そう。和は見ないふりをするのをやめたんだ。

「死ぬのは恐いわ。
 きっと色んな物を失っちゃうんだろうって思うと恐いわよね……。

 だけど、そんな事より、皆が死んじゃう事の方がずっと恐いわ。
 家族が、唯が、憂が死ぬ事を考えたら、自分が死ぬ事を考えるより嫌な気分になる。
 悲しくなるのよ、とても……」

「そうだよな……。
 そう……なんだよな……」

私も父さんや母さんに聡……、
澪がもうすぐ死んでしまうって現実がすごく恐くて、悲しかった。
自分が死ぬのは嫌だけど、多分、それだけなら私も耐えられると思う。

だけど、私以外の誰かが死ぬって想像だけは、恐くてたまらなかった。
私自身より、澪が死んでしまう事の方が、何倍も辛かった。
だから、和は泣きそうな顔をしてるんだ。
私も泣き出したくなってるんだ。



291 名前:にゃんこ:2011/06/25(土) 01:48:08.98 ID:NEewVLDL0

もうすぐ私達は消えていなくなってしまう。
人間も、人生も、歴史も、何もかもが消え去ってしまう。
大切で、大好きな人が跡形もなく消えてしまう。
残された時間は本当に少なくて、
それまでの時間を私はせめて大切な幼馴染みと過ごしたいと思った。

幼馴染みに無理をさせて、自分で無理をして、
お互いに無理ばかり重ねながらだけど、それでも一緒の時間が欲しかったんだ。
もうすぐ終わる世界で、泣きながら過ごしたくなかったから。

「友達が居なくなるのは、嫌だもんな……」

私は自分に言い聞かせるように呟いてみる。
言葉にしてみると、少しずつ実感出来てくる気がした。

そうだよな。
別に難しい事じゃなかったんだ。
この世界の終わりが恐くて、悲しい理由は本当はすごく単純だったんだ。
友達を無くしたくないんだ、私は。
だから、澪を無理して学校に登校させてる。
だから、梓に嫌われたと思うのが、本当に悲しかったんだ。



292 名前:にゃんこ:2011/06/25(土) 02:07:45.82 ID:NEewVLDL0

「そうよね。
 自分の傍に居てくれた誰かが居なくなるなんて、嫌よね……」

私の呟きは和にも聞こえていたらしい。
和も私の言葉に頷きながら呟いた。
馬鹿みたいに単純だけど、
人が死にたくない本当の理由はそんなものなのかもしれないよな。
勿論、友達が死んでほしくない理由も。

少し違うかもしれないけど、
前は私はこういう話を聞いて不安になった事がある。
自分が二十歳前後で自立するとして、両親が七十歳まで生きるとする。
そうすると、自分が年に十日の里帰りを毎年行ったとしても、
両親と一緒に過ごせる時間は、合計しても半年と少しという計算になるんだそうだ。

その話を高橋さん(だったと思う)から聞いた時、私はとても不安になった。
受かればの話だけど、大学生になったら寮に入るつもりだったし、
将来的には家自体の事を聡に任せて、私は家から出てく事になってたんだろうと思う。

それは普通の事で、特に意識した事もなかったけど……。
それでも、具体的に数字にして表されると、何だか焦ってしまって仕方がなかった。
そんなに短いんだ……、ってそう思えて不安だった。
いつかは居なくなる両親なんだって分かってたつもりだったけど、
単に私は考えないようにしてただけなのかな……、どうにも分かってなかったみたいだ。



293 名前:にゃんこ:2011/06/25(土) 02:24:50.78 ID:NEewVLDL0

自分と誰かの関係は時間制限付きなんだ。
両親とだってそうなんだから、誰とだってそうなんだ。
世界が終わるからってだけじゃなくて、
普通に生きてても、友達との時間制限は一つずつ尽きていってたんだろう。

こう考えるのは嫌だけど、
澪との関係もいつかは尽きてたんだろうな……。
その原因が喧嘩別れなのか、どっちかの死なのかは分かんないけどさ。

「頑張らないと、いけないわよね」

急に和が言った。
これまでみたいな呟きじゃなくて、少しだけど力強い言葉だった。

「唯の顔を見てると泣きそうになるし、辛いけど……。
 でも、私は唯と一緒に居たいもの。
 残された時間は少ないから、早く唯の顔を見ても泣かないように頑張るわ」

「無理はするなよ……って、そんな事は言ってられないか。
 ははっ、こう言うのも変だけどさ」

お決まりの台詞と逆の言葉を言ってしまって、私はちょっと笑ってしまう。
和も眼鏡の奥の表情が緩んだように見えた。

「でも、終末だからってだけじゃなくて、
 どんな時だって、誰だって無理して生きてるものだって私も思うわ。
 勿論、無理せずに生きられるなら、
 それに越した事は無いんでしょうけど、中々そうはいかないものね。
 ……頑張らなくちゃね」



294 名前:にゃんこ:2011/06/25(土) 02:36:56.60 ID:NEewVLDL0

「そうだな、和。
 だからさ」

「そうね」

「これからも無理しよう、和」

「これからも無理しましょう、律」

二人の言葉が重なって、二人で笑った。
「無理しよう」なんて、基本努力が苦手な私に言えた事じゃないけど、
それでも多分、今は無理した方がいい時なんだろうって思えた。
私達に残された時間は少ないし、悲しくて辛い事も多い。

だけど、私達は立ち止まってなんかいられない。
立ち止まってるわけにはいかないんだ。
こう言うと少年漫画の台詞みたいだけど、実はそんな格好のいい決意表明じゃない。

本当は立ち止まっていられないから。
立ち止まったら不安で死にそうになるから。
泳いでないと死んでしまうらしいイルカやマグロ的な意味で、
無理をしてでも、私達は立ち止まっていられないんだ。

それがいい事なのか、悪い事なのかは分からない。
無理をする事で、また誰かを傷付けてしまうかもしれない。
また自分が傷付くかもしれない。
だけど、そうしながら、私と和は進み続けていくんだと思う。

和ならきっと大丈夫。
和ならもうすぐ立ち直れて、いつもみたいな冷静な突っ込みを見せてくれるようになれる。
最後の日まで唯と笑い合えるようになれるはずだ。



295 名前:にゃんこ:2011/06/25(土) 02:51:56.45 ID:NEewVLDL0

私の方は……、まだ分からない。
進み続けるのはやめないと思う。
もしかしたら、その先には誰からも嫌われて、
一人で生きていくしかない未来が待っているのかもしれないけど……。

また少し気弱になってる私の考えを察したんだろう。
机の上に出してる私の右手に、和が軽く自分の右手を乗せた。
唯や私とは違って、普段は決して誰かの身体に触ったりしない和の意外な行動だった。

「後悔だけは、したくないものね」

それは私に向けられた言葉ではあったけど、
きっと和自身にも向けられた言葉でもあったと思う。
どんな結果になっても、後悔はしたくない。
それは世界の終わりが近くなくても当たり前の事だったけど、
世界の終わりが近いからこそ、よくある言葉だけど重く心に残る言葉になった。

「確かに後悔は、したくないな……。
もう残り少ない時間だけど、せめて自分の気持ちに正直に……。
最後まで……」



301 名前:にゃんこ:2011/06/29(水) 22:09:31.41 ID:6fUAm3zg0

後悔は、したくない。
和の手の温かさを感じながら、思う。
おかげで一つだけだけど、答えも出せた。

「決めたよ、和」

「決まったの?」

「ライブだけど、土曜日の夕方にする事にする」

「それでいいのね?」

「ああ」

私が言うと、和は頷いて、私の答えを受け入れてくれた。
本当は金曜日の夕方にライブをした方がいいんだろう。
私もそう思わなくはないし、和もそっちの方がいいと考えてるはずだ。

でも。
金曜日じゃ、間に合わない。
今のままの私たちじゃ、どうやっても満足のいくライブは出来ない。
絶対、悔いの残るライブになってしまうだろうから。
そう思ったから。
私は土曜日の夕方に、最後のライブをする事に決めた。

勿論、一日の猶予じゃ、ライブの出来にそう変わりはないかもしれないけど……。
少しでも私達の目指す「歴史に残すライブ」に近付けるのなら、そうするべきなんだ。
私は後悔はしたくないし、誰にも後悔させたくない。



302 名前:にゃんこ:2011/06/29(水) 22:11:57.16 ID:6fUAm3zg0

ライブを見に来てくれる人は大幅に減るだろう。
今のところ三十人くらいを呼ぶ予定だけど、何しろ世界の最後の日の前日の事だ。
誰にだって私達のライブなんかより大切な予定があるだろうし、それは仕方のない事だと思う。

大体、土曜日の夕方にライブをする事自体、私の我儘なんだ。
ライブに来れない人達を責める事なんて出来ない。
最低、本当に数少ない身内だけのライブになる可能性も大きいな。
憂ちゃんはまず間違いなく来てくれるだろうけど、
放任主義の私の家族はどうなるかは分からないな。
聡にだって最後に何か予定があるかもしれないし。

それも仕方なかったし、それでいいんだと私は思った。
私達は最後に私達の満足のいくライブをやりたい。
多分それが世界の終わりに対して出来る、私の最後の抵抗だ。

「ねえ、律」

不意に和が温かい指を私の指に強く絡める。
強く強く、包んでくれる。
私は少し気恥ずかしい気分になりながら、でも訊ねた。

「どうしたんだ、和?」

「私、軽音部の最後のライブ、絶対見に行くから」

「いいのか?」



303 名前:にゃんこ:2011/06/29(水) 22:19:13.83 ID:6fUAm3zg0

予定とか大丈夫か?
私がそう言うより先に、和は優しく静かに頷いてくれた。

「スケジュールは絶対に空ける。
 貴方達のライブ、絶対に見届けるわ。
 見届けたいもの。唯が夢中になった音楽の魅力を。
 唯を夢中にしてくれた律の音楽をね」

「そんな大したもんじゃ……」

「ううん、そんな事ないわ。
 動機はどうであっても、律はぼんやりしてた唯の生きる理由を見つけてくれた。
 そのきっかけになってくれた。そんな音楽を律は作ってくれた。

 あんまり上手くなくても、お茶ばかりしてても、
 それは全部、貴方達の音楽に、放課後ティータイムに必要なものだったんだって思うもの。
 だから、見届けたいのよ、私のためにもね」

和の言葉に私は目を伏せてしまう。
滅多に自分の音楽について褒められた事がないから、
嬉しいんだか恥ずかしいんだか、どうにも身体中がむず痒かった。

その私の気恥ずかしさも察したんだろう。
本当に気の利く和は微笑んで、自分の制服のポケットの中から何かを取り出した。
何かと思えば、それは澪ファンクラブの会員証だった。



304 名前:にゃんこ:2011/06/29(水) 22:21:57.44 ID:6fUAm3zg0

「それに私、ファンクラブの会長だしね。
会長として、澪の演奏も見ておきたいしね。
勿論、律の演奏も楽しみにしてるわ」

「律義だよなー、和も……」

「『律』に『義』を通すから、『律義』ってところかしらね」

「また和がボケた!」

「たまにはね」

ボケはボケなんだけど、
ちょっと難しくて理知的なところが和らしく、それがおかしくて私は軽く笑った。
和も微笑んでいた。
その笑顔は不安を拭い切れていなかったかもしれないけど、私達は笑い合えていた。

世界の終わりまで、あとほんの少し。
それまでに出来る事は本当に少ない。
力のない凡人の私に出来る事は、ライブの成功のために駆け回る事だけだろう。

唯のように天才肌じゃなく、澪みたいな努力家でもなく、
梓やムギみたいな幼い頃からのサラブレッドでもなく、単に部長ってだけの私。
軽音部の中で一番足を引っ張ってるのは、多分私なんだろうって自覚はある。

でも、私は部長だから。
こんなんでも部長だから、最後くらいは部のために何かをしないといけないと思う。



305 名前:にゃんこ:2011/06/29(水) 22:22:37.14 ID:6fUAm3zg0

何かを……、出来るだろうか……?
いいや、やるんだ。やらなきゃいけないんだ。
これが無理を出来る最後の機会なんだ。
ここで無理をしなきゃ、きっと私は世界の最後の日まで後悔をし続ける事になる。

「大丈夫よ」

和が私に視線を向けて力強く言った。
励ましでも気休めでもなく、心の底からそう思ってくれているみたいだった。

「律なら大丈夫。
 それに梓ちゃんも、律の事を大好きだと思うわよ」

「「大好き」……って、流石にそれは言い過ぎだろ……。
 せめて「嫌いじゃない」くらいならいいな、って私も思うけどさ……」

「ううん。梓ちゃんは絶対に律の事が「大好き」だと思うわ。
 だから、言えないのよ、色んな事が。
 本当に辛い事ほど、「大好き」な人には言えないものだから……」

そうかな、と言おうと口を開いて、私はすぐに口を閉じた。
そうだったな。
和は唯が「大好き」だから顔を合わせられなくて、
私も多分、澪が「大好き」だから逃げ出しちゃったんだ。

梓も、そうなんだろうか……?
こう思うのは不謹慎過ぎるけど、そうだったらいいな、と私は思った。
もしもそうだとしたら、私の手がまだ梓に届くかもしれないから。
まだ梓の力になれるんだから。



306 名前:にゃんこ:2011/06/29(水) 22:25:25.97 ID:6fUAm3zg0






和は唯達が戻って来るより先に軽音部から出て行った。
生徒会の仕事が残ってるみたいだったし、
唯と顔を合わせるにはまだ心の整理が出来ていないらしかった。
和にもまだ少しだけ迷いが残っているんだろう。

それについて私が和に出来る事はなかったし、逆にしなくていいんだって思った。
和は一人で立ち直れるし、一人で立ち直りたいんだ。
最後まで和が私に助けを求めなかったのは、そういう事なんだと思うから。
私に出来るのは、その和を見守る事だけなんだ。

軽音部から出て行く時、和は私の顔色が悪い事を指摘してくれた。
鞄の中に入れっ放しだった手鏡で自分の顔を見てみると、確かに酷い顔をしていた。
別に和との会話で疲れ果てたってわけじゃない。

さっきまで吐いてたんだから、この顔色はある意味当然だった。
いちごや和のおかげで気分の方は良くなっていたけど、顔色はまだ正直だ。
私は洗面所で顔を洗い、一足先に弁当を食べる事でどうにか顔色を誤魔化す事にした。
それがどれくらい効果があるかは分からないけど、
軽音部の皆の前では少しでも落ち着いた顔をしておきたかった。

弁当を半分くらい食べ終わった頃、唯達が梓を連れて部室に戻って来た。
唯達が梓を探しに行ったのは、今日は昼前から梓が来ているはずだったのに、
全然姿を見せる気配が無かったのを不安に思ったからだそうだった。

その時の唯とムギはいつも通りに見えたけど、澪と梓の様子はどうもよくないように見えた。
とは言っても、澪と梓が昨日の険悪な雰囲気を引きずってるわけじゃなく、
お互いがお互いに別の事を悩んでいるようだった。



307 名前:にゃんこ:2011/06/29(水) 22:28:35.66 ID:6fUAm3zg0

まず澪の方は私と目を合わせず、唯やムギとばかり話している。
それも話しているのはイルクーツクとか、カムチャッカとか、
明らかに何かを誤魔化しているような内容ばかりだった。
オカルト研の部室の中の二人の事を考えてしまっているのか、
それとも全く違う事を考えて私から目を逸らしているのか、それは分からない。

梓は梓でまた無理をして笑っていた。
学校を一人でうろついていた事も、今日軽音部に中々顔を出さなかった事も、
「何でもないです」と口癖みたいに繰り返しながら、澪とは違って何度も私の方に視線を向けていた。
声を掛けようとした私の前から逃げ出した事を気にしているんだろう。

それについて、私は梓に何も聞かなかった。
聞かなかった理由は私にも分からない。
今聞くべき事じゃないのは確かだったけど、もしかしたら私もまだ恐かったのかもしれない。
うっかり訊ねてしまって、梓から嫌悪感に満ちた視線を向けられるのが恐かったのかも。
勿論、そうやって恐がり続けていいはずがないし、いつかは梓にそれを訊ねないといけない。

だけど、流石に澪と梓の二人の事を同時に考えるのは、私には出来そうもなかった。
まずは片方の問題から解決しないといけないだろう。
二人とも大切な仲間なんだし、
どちらかに優先順位を付けるのは嫌だったけど、そうも言っていられない。

少し悩んだけど、私はまず澪との問題を解決しようと思った。
澪の方が好きだったから。
……という理由ならまだよかったのかもしれない。
澪の方を選んだのは、本当はもっと消極的な理由からだった。
簡単な理由だ。
澪との関係に対する問題は、私が勇気を出して澪に訊ねるだけで済む事だ。
それはそれでとても難しい事だけど、少なくとも自分の意志だけでどうにかなる事だった。



308 名前:にゃんこ:2011/06/29(水) 22:30:15.11 ID:6fUAm3zg0

それに対して、梓の悩みに関しては私はまだその解決の入口にも立てていない。
梓が何に対して悩んでいるのか、全然見当も付いてない有様だ。
梓は何も言ってくれないし、言ってくれないからこそ、余計に不安が募ってくる。
まさか……、まさかだけど……、こんな事は考えたくないけど……。
家庭内暴力……とか……、麻薬……とか……、強姦……とか……。
悲惨過ぎて逆にリアリティの無い話が、私の頭の中に浮かんで離れなくなる。

まさか、とは思う。
そんなはずがない、とも思う。
でも、今はそういう事が起こってもおかしくない状況で、
梓の様子はそれくらい重大な何かが起こっているようにしか思えなくて……。
もしそうだとしたら、梓の悩みの件は私だけではとても手に負えない。
唯やムギ、それに澪の力を借りなければ、梓を助ける事なんてとても出来ない。

だから、私は勇気を出そうと思った。
まずは澪の考えをはっきりと聞いて、それから梓の問題を少しでも好転させたい。
澪との関係については、多分私の自意識過剰だろう。
澪が私の事を好きだなんて、
そんな事を考えてるなんて事を知られたら、誰からも笑われるだろうな。
女同士とかいう問題以前に、澪が私なんかを好きになるはずがなかった。
澪には、そう、もっと釣り合いの取れた素敵な相手が似合うだろう。
あいつにはそれだけの価値があるんだ。

だからこそ、私はあいつと話そうと思う。
私の我儘で無理に外に連れ出してしまってる事を謝ろう。
寂しいけれど、他に一緒に過ごしたい人が居たら、その人と過ごしてくれていい事を伝えよう。
その結果、澪が私達から離れていく事になっても、私はそれで後悔しないと思う。
友達を無くしたくはないけど、無理して友達でいてもらう事の方が、ずっと辛い事だから。



309 名前:にゃんこ:2011/06/29(水) 22:30:40.97 ID:6fUAm3zg0

でも、ひとまず今は全員で演奏をするべき時間だった。
これから離れ離れになってしまうとしても、
五人で居られた時間をもう少しだけでも感じていたかったから。
今の皆の気持ちはバラバラかもしれないけど、その想いだけは一緒だったはずだ。

その日の練習でぎこちないながら完璧に演奏出来たのは『冬の日』。
意識して選んだわけじゃなく、元々、今日練習する予定だった曲で、
澪が作詞したけど、私が没にしたはずの歌詞の曲だった。
澪には悪いとは思ったけど、
自分へのラブレターだと勘違いした歌詞を歌われるなんて、恥ずかしいにも程があるじゃないか。

でも、今日、私達はその曲を演奏していた。
何故かと言うと、ちょっと前、
澪がパソコンに残していた『冬の日』の歌詞を唯が見つけて、
「すごくいい歌詞だから私が歌いたい」と言って譲らなかったんだ。
私が何を言っても唯はその私の言葉を聞かずに、
「逆にりっちゃんはこの曲の何が駄目だと思ってるの?」と言った。
そう言われると私も弱くて、没にするのを断念するしかなかった。
悔しいけど、私も歌詞自体はとても気に入ってたからな。

そんなわけで、私達の曲に『冬の日』が追加される事になったわけだ。
まあ、今は気に入ってる曲で、私も大好きなんだけど……。
よりにもよって今日この日に練習する事になるなんて、何だかとても因縁めいたものを感じてしまう。
ひょっとしたら、澪じゃなくて、私の方が澪を意識してしまってるのかもしれない。



314 名前:にゃんこ:2011/07/02(土) 02:26:05.60 ID:LzvfiuWO0






夕焼けで街中が赤く染まる。
世界が終わると言っても、夕焼けが赤いのは変わらない。
多分、私達が居なくなっても、街は同じ様な時間帯に赤くなり続けるんだろう。

私達も私の部屋で赤く染まっていた。
来週には感じられなくなる夕焼けを特別感じてたいわけじゃないけど、
それでも今の私達は夕焼けに照らされ、赤く染まっている。染まっているんだ。
私達の頬も何となく赤く染まってるのは、そういう事のはずなんだ。
私達というのは、私と澪だった。

軽音部での練習が終わって皆と別れて、
二人きりの帰り道になった時、自分の家に帰ろうとする澪を私は呼び止めた。
少し戸惑ってる感じの澪に、私は私の家で話したい事があると伝えた。
これから私が話そうとしている事は、道端で話すような内容でもないと思ったからだ。
今、その自分の行動を、ほんの少し反省してる。

だって、自分の家の自分の部屋なんて、完全に私に都合のいい舞台じゃないか。
私はこれから勇気を出さなきゃいけないのに、
最初から自分に有利な状況を作り出しておくなんて、
情けないし、これじゃ澪にも申し訳なかった。

でも、だからと言って、今の私には澪の部屋に自分から行く事も出来なかった。
澪の部屋で、もしかしたら今生の別れになるかもしれない話を切り出すなんて、私にはとても出来ない。
そんな状況、考えただけで震えてしまう。
その話を終えた帰り道、自宅に帰れるかどうかも自信がないよ……。



315 名前:にゃんこ:2011/07/02(土) 02:48:11.77 ID:LzvfiuWO0

だから、私は卑怯だと思いながら、
私の部屋で澪と二人で夕焼けに照らされてる。
私はベッドの上で足を崩して。
澪は私のその隣で上品に足を揃えて。
二人、沈黙して、静かに。
たまに目に入る夕焼けに目を細めて。

私の部屋に入って十分……、いや、五分か……?
私達はずっとそうしていた。
本当に珍しい状況だった。

普段は私の方から澪に思い付いた事を何でも話した。何でも話せてた。
澪も私の話を真面目に聞いたり、私の話が下らないと思った時はスルーしたり。
スルーされると少し悔しかったりもしたけれど、
面白いと感じた時は二人で心の底から笑い合えて……。
澪とはずっとそういう風に過ごせると思ってた。
ずっとそんな感じで居たかった。

もう、そういうわけには、いかないのかな?
そうしてちゃ、いけないのか?
私はどうしてもそう思ってしまう。
世の中は緊急事態で、自分の命すらももうすぐ消えてしまいそうで、
そんな状況で、普段の私達のままでいちゃ、駄目なんだろうか?
答えを出さなくちゃいけないんだろうか?

分かってる。
時間がないのは、分かってる。
時間が解決してくれるなんて、悠長な事を言ってられないんだって分かってる。
時間は、もう無い。
なのに迷ってしまうのは、単に弱気な私が逃げ出したいからだ。
だから、普段のままの自分達でいたい、ってそう思ってしまうんだろう。



316 名前:にゃんこ:2011/07/02(土) 03:02:22.09 ID:LzvfiuWO0

「そういうわけにも、いかないよな……」

私は小さく呟いてみる。
逃げてばかりいられないんだ。
立ち向かわなきゃいけないんだ。
澪のためにも、私は私の我儘を終わらせなきゃいけないんだ。
きっとそれが一番いいんだ。

「え、何?」

私の呟きは澪の耳にも聞こえていたらしい。
ずっと黙ってたんだから、それも当然かな。
ちょっとだけ隣の澪に視線を向けてみる。
澪は顔を赤く染めて、何かに緊張しているみたいに見えた。
まるで小さな頃に戻ったみたいだ。澪だけじゃなくて、私も。
私の部屋で、今よりもずっと恥ずかしがり屋だった澪と二人きり。
確かあれは澪の作文の朗読の特訓中だったか。
何だか懐かしくて、微笑ましくて、楽しかった頃が思い出されて……、
………。

って、うおっと、危ない。
今、泣きそうだったな。
何だよ、どうも感傷的だなあ、私。
でも、駄目だ。今は泣いちゃいけない。
何をするべきなのか、何をすればいいのか確信は持てないけど、
少なくとも泣いてる場合じゃない事だけは、私にも分かってるんだから。
私は深呼吸して心を落ち着かせて、出来る限り笑ってみせる。



317 名前:にゃんこ:2011/07/02(土) 03:22:12.21 ID:LzvfiuWO0

「いや、さ。
 そういや澪と私の部屋で二人きりになるのは、久し振りだと思ってさ。
 最近は澪の部屋の方にばっか行ってたじゃん?」

「そう……だな。
 ごめん……」

澪の顔が少し曇る。
部屋の中に閉じこもってた自分を思い出したんだろう。
それでも、だからこそ、私は澪に向けて微笑んだ。
そんな事は気にしなくていいんだって。
むしろ私の我儘の方を責めてくれていいんだって。
そう澪に伝えられるように。

「謝んなくてもいいって。
 私の方こそ、何度も澪の部屋に押し掛けちゃっててごめんな。
 何か他にしたい事があったんだったら悪かったな、って今更だけど思ってる。
 だから、それはごめんな」

私の言葉に澪が目を伏せる。
でも、表情が暗くなったわけじゃないし、
よく見ると少しだけ顔が赤くなってるのも分かる。
きっと何かを言おうとしてくれてるんだけど、
何を言えばいいのか迷って、それが頭の中で一周して、
照れ臭い言葉や気恥ずかしい言葉なんかを思い付いたんだろうな。



318 名前:にゃんこ:2011/07/02(土) 03:37:50.09 ID:LzvfiuWO0

『終末宣言』前の私だったら、そんな澪をからかったりしてたんだろう。
でも、今日はそんな気分は起きなかった。
そんな普段と変わらない澪の姿に私は安心した。
これでいいんだって、思えたんだ。

「いいんだよ、律。
 謝らなくてもいい……、ううん、謝らないでほしい。
 だって……、私、嬉しかったんだよ?」

澪が顔を赤くして目を伏せたままで、
私よりも大きいくせに物凄く縮こまって、それでも想いを言葉にしてくれた。

「一ヶ月前……にさ……。
 世界が終わっちゃうって聞いて、本当に恐かったんだ……。
 自分でもおかしいと思うけど、外に出るのが恐かったんだよ。
 家の中に居ても何も変わんないって分かってるのにさ……。

 でも恐くて……、本当に恐くて……さ。
 分かってても、外に出られない自分がまた情けなくて、ずっと泣いてた。
 律が来てくれなかったら、多分まだ泣いてたと思う」

「私の方こそ……」

こんな事を言うつもりはなかった。
こんな事を言ったら、澪に呆れられると思ってたから、ずっと言わずにいようって思ってた。
でも、気が付けば、言葉にしてた。
呆れられても、軽蔑されても、澪には聞いてほしい事だったのかもしれない。



319 名前:にゃんこ:2011/07/02(土) 03:47:58.39 ID:LzvfiuWO0

「私もさ……。
 澪が部屋から出てきてくれなかったら、ずっと泣いてたかもな……」

「律……も……?」

澪が顔を上げて、意外そうな顔で私を見上げる。
その表情は何故か少し嬉しそうに見えた。

「何だよ。そんなに意外か?
 私だってそんなに図太いわけじゃないんだぜ?
 恐いものは恐いし、泣く時は泣いてるじゃんか。
 それに今だから言うけどさ、本当はずっと恐かったんだ。
 私が澪の迷惑になってたら、どうしよう……ってさ」

「迷惑って……、何で?」

「断っておくけど、今だからだぞ?
 今だから言う事だぞ。この事、誰にも言うなよ?」

「分かったってば」

「ほら、小さい頃からさ。
 私って結構、澪を引っ張ってたじゃん?
 軽音部だって、私が引っ張る形で澪に入ってもらったわけだし。
 ……入りたかったんだろ、文芸部」

「そりゃ入ろうとは思ってたけど……。
 と言うか、よく覚えてるな、私が文芸部に入ろうとしてたこと」



320 名前:にゃんこ:2011/07/02(土) 03:55:38.61 ID:LzvfiuWO0

「覚えてるよ。
 澪との事は……、全部覚えてるよ。
 澪との事だもんな」

「真顔で恥ずかしい嘘を言うな」

少し笑って、澪が私の胸を軽く叩いた。
私は頭を掻きながら、それについては笑って誤魔化した。
でも、全部覚えてるってのは流石に嘘だけど、
文芸部の事についてはずっと気に掛かってたのは確かだった。
小さな頃から、澪にはずっと私の我儘に付き合ってもらってた。
嫌な顔もせずに……は言い過ぎか、

だけど、嫌な顔をしながらも、澪は私の我儘に付き合ってくれていた。
軽音部に入ってくれた事もそうだし、
今、こんな時期に学校に来てくれてる事だって……。



325 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 22:49:08.40 ID:DuUAFoKR0

私はどれだけ澪に頼ってきたんだろう。
私はどれだけ澪に迷惑を掛けてきたんだろう。
残り少ない時間、迷惑を掛け続けていいわけがない。
本当はこれからも傍にいたかったけど……、
こんな負い目を感じたままで一緒にいちゃいけないんだ。
だから、私は本当の事を伝えようと口を開いたんだ。

「文芸部の事もそうだけどさ。
 今だってそうなんだよ。
 迷惑掛けてるんじゃないかって、そう思うんだ。
 なあ、だから、今更だけど……、聞いておきたいんだよ。
 澪はさ、世界の終わりまで……」

言葉が止まる。
喉が渇く。
手足が震えて、全身が震えて、私の言葉が止められてしまう。
本当は聞かなくてもいい事。
聞かずにいれば、気付かないふりをすれば、私達はこのままでいられる。

それでもいいんじゃないか、と考えてしまう。
逃げたって悪くないじゃないか。
逃げ出したからって、誰も私を責めたりしないだろう。
だけど、その逃げた先の私達の関係は、何もかも誤魔化した関係だ。
今だって誤魔化してる。それを死ぬまで続ける事になる。
それが嫌だから、私は勇気を出すんだろう?

私は唾を飲み込んで、拳を握り締めて、言葉を続ける。
私の言葉を待ってくれている大切な幼馴染みに向けて。



326 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 22:51:08.25 ID:DuUAFoKR0

「世界の終わりまで……、終わりまでさ……、
 他に過ごしたい誰かはいないのか……?」

私は言ってしまった。
今の私達の関係を終わりにしてしまうかもしれないその言葉を。

だけど、不思議と後悔はなかった。
ずっと聞きたかった事だったからだ。
世界が終わるからってだけじゃない。本当はずっと聞きたかった。
聞きたかったけど、恐くて聞けずにいた。

もしも、私の存在を澪が迷惑に感じていたとしたら、
そんな答えを澪の口から聞いてしまったら、
私は……、私は……。

でも、もう誤魔化したくはないから。
自分の気持ちもそうだし、澪にも自分の気持ちを誤魔化してほしくなかったから。
今は一歩を踏み出すべき時なんだ。

「他に過ごしたい人って……?」

澪が静かな声で私に訊ねる。
そう言った澪の表情は分からない。
私は視線を足下に落としたままで、隣の澪の表情なんてとても見られない。
それでも、どうにか口だけは動かした。



327 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 22:52:38.98 ID:DuUAFoKR0

「えっと、ほら……、あのさ……。
 私、いつも澪に付き合ってもらってて……。
 軽音部に入ってくれた事も、ずっと傍にいてくれた事も、
 楽しくて、嬉しくて、本当に感謝してる……んだけど……。

 でも……、でもさ……。
 澪は本当にそれでよかったのかなって、
 考え出したら申し訳なくなってきて……。
 それで……、えっと……」

言葉がまとまらない。
頭の中が色んな言葉が渦巻いて、混乱して、ぐちゃぐちゃになっちゃってる。
こんなんで本当に私の気持ちは伝わるのか?
でも、もう途中で言葉を止めるわけにもいかなかった。

「今だってそうだよ。
 『終末宣言』の後さ……、
 澪は別に自分の家にいてもよかったんじゃないかって思っちゃうんだ。
 もうすぐ世界が終わるなら、
 澪の好きなように過ごさせるべきだったんじゃないかって……。
 それを私が私の都合で、私の我儘で無理矢理に連れ出しちゃって、
 澪はこんな時期まで私に付き合ってくれて、それが嬉しくて、それが申し訳なくて……。

 だから……、今更だけど聞かせてくれ。
 澪はこれから世界の終わりまで、誰か他に過ごしたい人はいないか……?
 何か他にしたい事はないのか……?

 私に遠慮せずに正直に言ってくれ。
 澪が他の誰かと過ごしたいなら、私はそれを止めない。止められないよ……。
 軽音部の事も気にしなくていいから、本当の事を言ってほしい。
 最後のライブだって何とかする。
 だから……」

上手く伝えられなかったのは自分でも分かってる。
我ながら酷い言い回しだ。
だけど、これまで恐くて言えなかった言葉は、全部言えたと思う。
もう後戻りはできない。
後は澪が出す答えを、どんなに辛くても受け止めるだけなんだ。



328 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 23:08:17.84 ID:DuUAFoKR0

澪はしばらく何も言わなかった。
澪はどんな表情をしてるんだろう。
私の今更な質問に怒ってるんだろうか。悲しんでるんだろうか。
だけど、澪がどんな表情をしていても、私はそれを受け止めないといけない。
足下にやっていた視線を少しずつ上げていく。
恐い。逃げ出したい。身体中が震えてしまう。
それでも、私は何とか顔を上げて、隣にいる澪の方に視線を向けた。

「やっとこっちを向いてくれたな、馬鹿律」

そう言った澪の顔は静かに微笑んでくれていた。
私が我儘を言った時や私が失敗してしまった時、
そんな時にいつも澪が見せてくれる優しい笑顔だった。

「何を気にしてるんだよ、律。
 律の言うとおり文芸部には入りたかったし、終末まで家に閉じこもってもいたかったよ。
 でも、それを律が引っ張ってくれたんじゃないか。
 私は律に引っ張られて軽音部に入ったし、
 律に引っ張られて終末の前に最後のライブをやる事にしたんだ。
 それは律のせいでもあるけど、それ以上に律のおかげなんだよ」

「私の……おかげ……?」

「成り行きで入部する事になった軽音部だけど、私はそれを後悔してないよ。
 終末の事だって、律のおかげで最後まで頑張ろうって思えたんだ。
 すごく恐かったけど、律のおかげで恐いままじゃなくなったんだ。
 全部、律のおかげなんだよ。
 だからさ、他に過ごしたい誰かなんていないんだ。
 そんな寂しい事を言わないでくれよ、律。
 終末まで一緒に過ごしたいのは、軽音部の皆なんだから……」



329 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 23:09:18.41 ID:DuUAFoKR0

語り過ぎたと思ったのか、澪は赤くなって、
だけど、私から視線を逸らさなかった。
私も澪から視線を逸らさなかった。逸らしたくなかった。
二人の視線が合って、二人でお互いの気持ちを確かめ合ってたんだと思う。

でも、そんな事をしなくても分かり切ってた。
お互いに本音を伝え合ってるって事を。
気が付けば、私は小さく笑ってしまっていた。
澪の様子がおかしかったわけじゃない。
自分のしてきた事がとても滑稽に思えたんだ。

「あ、何笑ってんだよ、馬鹿律」

「馬鹿って言うなよ、馬鹿澪」

そう言いながらも、確かに馬鹿だったな、って思った。
私は何を考えていたんだろう。
考えてみれば、澪の好きにしてほしい、ってのも私の我儘だったかもしれない。
それもまた私の考えの押し付けだったんだ。
澪の事を考えているようで、
本当は自分の中の不安に耐えられなかっただけなんだろう。
自分が嫌われてるかもしれないと思うと、
それをどうにか確かめたくなってしまう時みたいに。

だけど、澪は私のその不安に付き合ってくれた。
また澪は私の我儘に付き合ってくれたんだ。
でも、多分、それでよかった。
勿論、度の過ぎた我儘は問題だろうけど、そういうのが私達の関係なんだろうな。
それをまた申し訳なくは感じたけど、
それ以上に私はそんな澪を幼馴染みに持てて喜ぶべきだと思った。



330 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 23:10:52.26 ID:DuUAFoKR0

「……悪かったな、澪。
 変な事、聞いたりして」

「いいよ。律の気持ち、分かったから。
 こう言うのも何だけど、律も不安なんだって分かって、嬉しかったから」

「何だよ、それ。
 でも……、ありがとな」

照れ臭くなって私が笑うと、澪も顔を赤らめて笑った。
夕焼けの中の二人。穏やかな時間を過ごせている二人。
もう残り少ない時間だけど、私達はこうして大切な幼馴染みとしていられる。
大切な存在でいられるはずだった。
このままの二人だったなら。



331 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 23:15:21.37 ID:DuUAFoKR0






それから私は、澪と最後のライブについて少しだけ話す事にした。
今日会った和にライブの会場を用意してもらっている事は話したけど、
和に口止めされてた事もあって、ライブの日付と会場が講堂だって事は話さなかった。

和が言うには、講堂の使用届自体は完璧に受理したんだけど、
一介の生徒会長程度の権限じゃ、非常時には講堂を会場として用意出来ないかもしれないらしい。
非常時ってのは、世界の終わりの前に災害や暴動が起こった時の事だ。
確かにそんな事が起こってしまったら、講堂でライブなんてとてもできないだろう。
会場が確保できるかどうかの返事は、最低でも予定日の二日前までは待ってほしいとの事だった。
皆をぬか喜びさせたくないから、と和は真剣な表情で言っていた。

別にいいんだけどな、と私は思う。
もしも講堂が使えなくなったとしても和の責任じゃないし、
講堂を用意しようと提案してくれただけでも嬉しかった。
講堂が使えなくたって、唯達だってぬか喜びだなんて思わないだろう。

でも、和としてはそれだけは避けたいらしかった。
少しでも唯が悲しむ可能性のある事はしたくないんだろう。
本当に唯の事が大切なんだな……。
それが何だか嬉しい。

そんなわけで会場と日付については隠しながら、
私は澪と最後のライブについてどうにか話を進める。

「最後のライブか……。
 ちゃんと練習してるんだろうな、律?」

言葉は厳しかったけど、そう言った澪の唇の形は笑っていた。
どうもからかってるつもりらしい。
やれやれ。
そういう態度に対しては、私もこのキャラを使わざるを得ない。



332 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 23:17:45.78 ID:DuUAFoKR0

「んまっ、失礼ね、澪ちゃん。
私の練習は完璧でしてよ。
そう言う澪ちゃんこそ、新曲の歌詞は完成してるのかしらん?」

「うっ……」

痛い所を突かれたって感じの表情を澪が見せる。
私は苦笑して、軽く澪の頭に手を置いた。

「おいおい……。
 まだ出来ないのか、新曲の歌詞?」

「うん……。
 どうしても納得のいく歌詞が書けなくてさ……」

「まあ、曲はもう出来てるし、
歌うのは澪の予定だから焦る事はないんだけど……。
そんなに悩む歌詞なのか?」

「だって、私達の最後の曲じゃないか。
 最後に相応しい悔いの無い曲を作りたいんだよ。
 私達の集大成って言えるみたいなさ……」

「そっか……」

澪がそう言うんなら、私から言える事は何もなさそうだ。
私は作詞の専門家じゃないし、甘々ながら澪の歌詞は観客に好評なんだ。
私があれこれ言うより、ギリギリまで澪に悩んでもらった方が、いい歌詞ができるだろう。
そうは思ったんけど、私は澪に一つだけ伝える事にした。
伝えた方がいい事だと思ったからだ。



333 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 23:18:22.81 ID:DuUAFoKR0

「なあ、澪」

「どうしたの、律?」

「私には作詞はよく分かんないし、
 お節介だとは思うけど言わせてもらうよ。
 多分だけどさ……、最後とか集大成とか、
 そういう事は考えなくていいんじゃないか?」

「でも……、最後の曲なんだよ?」

「いや、よくあるじゃん?
 歌手が「私の集大成としてこの歌詞を書きました!」って言う曲。
 ああいう曲って大抵が今までの曲の歌詞をつぎはぎしたり、
 完結してた前の曲の続きの曲を蛇足で作ったりで微妙だったりするんだ。
 過去の曲に引きずられまくってるんだよな。
 お祭り曲としてはアリだと思うけど、そういうのは集大成とは違うと思うんだ」

「それは……、そうかもな。
 思い当たる曲は何曲もあるし、作詞してる身としては耳に痛いな……」

「大切なのは過去よりも今なんだって私は思うな。
 こう言うのも何だけど、最後の曲とは言っても単なる完全新曲のつもりでいいはずだよ。
 前の曲なんて関係なくて、今の自分に作詞できる精一杯の歌詞でいいんだよ」

「驚いた。律も色々と考えてるんだな……」

「ふふふ。もっと褒めたまえ」

「いや、本当にすごいよ、律。
 私、そんな事、考えもしなかったから」

珍しく澪が私に賞賛の視線を向けて来る。
自分で「褒めたまえ」と言った身だけど、
そこまで褒められるとどうにも気恥ずかしくなってくる。
頭を掻きながら私はベッドから立ち上がって言った。



334 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 23:20:04.25 ID:DuUAFoKR0

「そういや、喉乾いてないか?
 ずっと話しっぱなしだったしな。
 冷蔵庫から何か飲み物持って来るよ。
 私はコーラでも飲もうかな」

「えっと、律……」

「分かってるって。澪のは炭酸じゃないやつな」

「なあ、律……」

「澪は紅茶がいいか?
 確か缶のやつの買い置きがあったはず……」

「律!」

何だよ、と言おうとしたけど、その言葉が私の口から出てくる事はなかった。
いつの間にか背中にとても柔らかい感触を感じていたからだ。
澪に抱き付かれたんだと気付いたのは、十秒くらい経ってからの事だった。

別に澪に抱き付かれる事自体は珍しい事じゃない。
基本は恐がりな澪だ。何かあればよく私に抱き付いてきていた。
面倒ではあったけど、よく抱き付いてくる澪の事を私は嫌いじゃなかった。
澪の身体は柔らくて気持ち良かったし、頼られているんだと思うのは嬉しかった。

でも、今回の抱き付きは違った。
普通なら澪は私の腰かお腹に手を回して抱き付いてくる事が多い。
抱き付きなんだ。そりゃ手を回すのは腰かお腹だろう。



335 名前:にゃんこ:2011/07/05(火) 23:20:30.36 ID:DuUAFoKR0

今回は違った。何もかもが違った。
澪は私の肩から手を回して、私の背中に全身を預けて抱き付いてきていた。
いや、そうじゃない。
これは抱き付かれたって言うより、抱き締められたって言う方が正しいか。

澪に抱き締められるのも初めてじゃない。
あれは学園祭の時、『ロミオとジュリエット』を演じた時にも澪に抱き締められた事がある。
劇の演出上、抱き合わなきゃいけなかったあの時、確かに私は澪に抱き締められた。
それに関して私は特に何も感じなかった。
劇の配役の事だし、相手が澪なんだ。
抱き締められる事には特に何の抵抗もなかった。
澪も私を抱き締める事について感じるものはないみたいで、
私を抱き締める澪の胸や腕から特別な感情は何も感じなかった。

でも、
これは、
違う。

私には分かる。分かってしまう。
澪は心の底から私を抱き締めている。
腕の中に抱き止めようとしているんだって。

それについて私は何も言えない。
言葉が見つからない。
さっき今生の別れになるかもしれない話を切り出した時よりも、頭が混乱してしまっている。
まさか……、やっぱり……、だけど……。

何も言えない私の様子を不安に感じたんだろう。
澪が震えながら、言葉を絞り出した。
私は背中で澪の震えを感じながら、その言葉を聞いた。

「……行かないでよ」

「……み……お……?」

「行かないで……。
 傍にいてよ、律……!」




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律「終末の過ごし方」#3
[ 2012/02/02 20:37 ] 非日常系 | 終末の過ごし方 | CM(1)

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