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律「終末の過ごし方」#4 【非日常系】


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律「終末の過ごし方」#index


340 名前:にゃんこ:2011/07/08(金) 00:33:05.09 ID:scC/KyzD0

澪ちゃんは甘えんぼでちゅねー、とからかう事は出来なかった。
肝試しの時や怪談を話してみた時、色んな場面で澪は私に抱き付いてきた。
その時も澪は震えていたけど、
今回の澪の震えはそのどれよりも強く、心の底から震えてる感じがした。

さっき頼もしい姿で私の弱音を受け止めてくれたのは、強がりだったのか?
いや、それも違う。
あの姿とあの言葉は澪の本音だと思うし、強がってたわけじゃないはずだ。
だけど、今の澪は心底怯えてる様子だ。
という事は、さっきまでの頼もしい姿の真実は、つまり……。

「大丈夫だって、澪。
 飲み物取ってくるだけだから。
 ほんの少し離れるだけなんだからさ」

私は背中に澪の感触を感じながら囁いた。
そう囁いてあげる以外、どうすればいいかは思い付かなかった。
それにこれでよかったはずだ。
澪の姿を見て、私は一つの事を考えていた。
こう考えるのは、何度も感じてきた事だけど自意識過剰だと思う。

だけど、必要以上に卑屈でいる事も、もうやめるべきなんだろう。
私はあまり自分に自信がないけど……、
自信があるように見せておいて、本当はとても自分に自信が持てないけど……、
でも、分かった。
もう目を逸らさずに、そう考えなきゃいけなかった。

さっき澪が私の前で頼もしい姿を見せられたのは、私の前だったからだ。
私が傍にいたからなんだ。
私が近くにいたから、澪は強い姿の澪でいられた。
私の悩みを吹き飛ばしてくれる頼れる幼馴染みでいられたんだ。



341 名前:にゃんこ:2011/07/08(金) 00:35:35.13 ID:scC/KyzD0

だからこそ、今の澪は震えてるんだ。
怯え切って、私を行かせまいと私に縋り付いているんだ。
一人になってしまったら強い自分でいられなくなるから。
世界の終わりが恐ろしくて、居ても立ってもいられなくなるからだ。
その気持ちは私にもよく分かる。私だからこそよく分かる。

私も澪と同じだった。
流石に誰かと一瞬でも離れたくないほど怯えてたわけじゃないけど、
私だって世界の終わりが恐かったし、自分が死んでしまう事が嫌だった。
だから、澪に傍にいてもらいたくて、学校に連れ出したんだ。
澪にはそれに無理に付き合ってもらってるんだって、私はさっきまで思ってた。
それが負い目で、それが辛くて、
もう無理に付き合ってくれなくてもいいって、なけなしの勇気で澪に切り出した。

でも、澪は顔を横に振ってくれた。
他に過ごしたい誰かなんかいない。
最後まで一緒に過ごしたいのは軽音部の皆だって言ってくれた。
それはとても嬉しかったけど……。

違ったのか?
本当に一人でいる事が恐くて耐えられないのは、
私じゃなくて澪だったのか?
私が澪を必要とするよりも、澪の方がずっと私を必要としてたのか?
私は自分に自信が持てなくて、そう考えないようにしてた。
自分が誰かに必要にされるなんて、そんなの恥ずかしくて考えられなかった。

特に前に和と澪の仲の良さを見て、つい嫌な気分になって皆に迷惑を掛けちゃった私だ。
あれ以来、自分が澪に必要な人間だなんて、出来るだけ考えないようにしてたしな。
勿論、誰かに……、それも澪に必要にされる事が嫌なわけがない。

本当に嬉しい。
どうにか澪を助けてあげたい。
澪が私を支えてくれたみたいに、私も澪を支えてあげられたら……。
そう思えたから、私はもう一言だけ澪に伝えられた。

「大丈夫。傍にいるよ。
 世界の終わりまで、もう澪が嫌だって言っても傍にいるぞ?
 だからさ、そんなに抱き付かなくっても大丈夫だって」

恥ずかしい言葉だった気は自分でもする。
でも、それが私の本音だったし、今はそんな言葉を言ってもいい時だったと思う。
その私の言葉は、全部は無理だったけれど、
少しは私の後ろの澪の震えを弱めてあげられたみたいだった。
震えより柔らかさの方が気になるくらいになった頃、
落ち着いた声色を取り戻した澪は私の耳元で小さく囁いた。



342 名前:にゃんこ:2011/07/08(金) 00:36:20.98 ID:scC/KyzD0

「ごめん……。
 ありがとう、律……。
 何だかすごく不安になっちゃって。
 私の隣から律が離れるのがすごく恐くて、行ってほしくなくて……。
 こんな急に……、ごめん……」

「いいよ」

「傍に……、いてくれる?」

「いるよ」

私が言うと、澪はしばらく黙った。
私達二人には珍しい沈黙の時間。
でも、それが嫌じゃない。

澪は私から身体を離しはしなかったけど、
それでも震えを少しずつ弱めていって、その内に完全に震えを感じなくなった。
腕の力は弱めずに、少し強く私を抱き締めたままで澪が続ける。

「考えてみたら、私って律に抱き付いてばっかりだよな……」

「もう慣れたから気にすんなって。
 でも、気を付けろよ?
 相手が私だからいいけど、間違って男子になんか抱き付いてみろ。
 澪は美人さんだからな、一発で恋されちゃうぞ?」

「美人……かな……」

「ファンクラブもある澪さんが何をおっしゃる。
 間違いなく美人だよ、澪は。
 いいよなー。羨ましいよ。
 私が男子に抱き付いたりした日にゃ、「さば折りかと思った」とか言われる有様だし」

「……っ!
 男子に抱き付いた事……、あるの……?」

「いや、ないけど。
 同じ学校のおまえに言う事じゃないけど、うち女子高じゃんか。
 単なる予測だよ、予測」

「びっくりさせるなよ……」

「そんな驚く事じゃないだろ、失礼な奴だな。
 くそー、今に見てろよ。
 私だって澪が羨ましがるようなセレブリティなイケてるメンズを彼氏に……、って、痛!」



343 名前:にゃんこ:2011/07/08(金) 00:37:38.25 ID:scC/KyzD0

急に私を抱き締める澪の腕に力が入って、私はつい叫んでしまう。
正直、かなり苦しい。
単なる冗談なのに、何がそんなに気に入らないんだ。
私はわざと少し不機嫌な声色になって、後ろの澪に不満をぶつけてやる。

「私、何か変な事言ったか?」

「なあ、律……。
 一つ聞いて欲しいんだけど……」

「何だよ……。
 先に腕の力を緩めてくれよ。ちょっと苦しいぞ……」

「先に聞いてほしいんだ」

「……あ、ああ」

澪の妙に真剣な声に私は頷く事しかできなかった。
澪の言葉を聞かなきゃいけないと思った。
その時、私には一つの予感があったからだ。
できる限りだけど目を逸らす事をやめて、
目の前の事を受け入れようと思った私が正面から向かい合わないといけない問題。
その問題と向き合う時が目前に迫ってるって予感が。

「さっき律は間違えて誰かに抱き付くなって言った」

「……言ったな」

「でも、私は他の誰かに抱き付いたりなんかしないよ。
 私が抱き付くのは、律だけだから。
 いや、違うか。
 抱き付くくらいなら、女子限定だけど誰かにする事はあるかもしれない。
 でも……、私が自分の意志で、自分から抱き締めるのは律だけなんだ」



344 名前:にゃんこ:2011/07/08(金) 00:39:03.98 ID:scC/KyzD0

どういう意味?
って聞くのも不躾だろうし、もう今更過ぎる気もした。
澪の言いたい事は、さっき分かったんだ。
いや、分かってたんだ。自分で見ないようにしてただけで。
私はそれに応えないといけない。

また少しだけ二人で黙る。
それは多分、これから向き合わなきゃいけない事があるって、お互いに知ってるからだ。
しばらく経って、後ろの澪がほんの少し震え始めて、でも、強い言葉で澪が言った。

「私は律に傍にいてほしいんだ」

「……傍にいるよ」

「うん……。それは嬉しいけど、そうじゃないんだよ。
 私……、私はもっと違った形で律と一緒にいたい。
 私は……、律の事が好きだから」

「……私だって好きだよ」

「それは友達として……だよね?
 私は、そう……、上手く言えないけど……、そうじゃなくて……。
 そう……だな……。えっと……。
 例に出すのは変だと思うけど……、
 私は律と……、今日見たオカルト研の中の二人みたいになりたいんだ」



345 名前:にゃんこ:2011/07/08(金) 00:41:25.34 ID:scC/KyzD0



此度はここまででございます。
大筋は考えているのに、話が予想外に色んな方向に膨らんでいる感じです。
と言うか、澪編が終わらないですね。
流石はメインヒロイン(暫定)。




346 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/08(金) 01:17:13.69 ID:g8P5Xx8h0

おつー
澪の告白に律は何て答えるんだろうwwktk



348 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/08(金) 22:13:54.31 ID:dlWCTxG00

澪がメインヒロインか
出番いっぱいありそうで澪好きの俺得
しかし、簡単に問題解決とはいかなそうですね





349 名前:にゃんこ:2011/07/09(土) 22:09:40.09 ID:VESLlKEp0

オカルト研の中の二人……。
その澪の言葉で最初に思い浮かんだのは、裸で絡み合う二人の姿だった。
いや、それは勿論、単なる分かりやすい例えで、
澪が言いたいのはそういう意味じゃないのは分かってるんだけど、
どうしてもあの裸の二人を思い出してしまう。

仕方ないじゃないか。
忘れるにはまだ時間が全然経ってないし、それくらい衝撃的な光景だったし。
何も言わない私の姿を見て、澪も自分が何を言ったのか気付いたんだろう。
顔が見えないから分からないけど、多分顔を真っ赤にしながら焦って訂正した。

「いや、オカルト研の中の二人っていうのは、違くて……。
 そういう意味じゃなくて……。
 あ、でも……、そういう意味に、なっちゃう……のかな……。
 私は律が好きで……、
 友達よりも……、親友よりも深い関係になりたくて……。

 つまり……ね?
 それは……、恋人……って事に……なる……のかな。
 恋人……って事はやっぱりあのオカルト研の中の二人みたいに……。
 いや、でもでも……」

私の後ろで澪はまた自分の発言の恥ずかしさに悶え始める。
私も何だか顔中が熱くなるのを感じながら、
澪の言った事を頭の中で何度も噛み締めていた。

律と恋人になりたい。
はっきりと言ったわけじゃないけど、澪はそういう意味の事を言った。
多分、私はその澪の言葉が嬉しかったと思う。
赤くなってるんだろう自分の顔を隠したくなるくらい、
澪に悟られないように自分の震えを止めるのが大変なくらいに、
多分、私は嬉しかった。

でも。
恋人というのがどんな物なのか、私は知らない。
恋愛漫画を読んだ事はあるし、
普通の女子高生より遥かに少ないだろうけど、恋愛モノのドラマも何本か観た事はある。

ただ、大抵の恋愛モノは主人公と相手役の恋模様や修羅場はよく見られるけど、
主人公が相手役を好きになった理由を深く表現した作品は少なかった気がする。
相手役が好みだったからとか、少し優しくしてもらえたからとか、
そんな理由で恋に落ちるもんなのか? って、私は何度も思ったもんだ。
格好いいな、と思う男子も何人かいた事はあるけど、
それだけで恋に落ちた事もないし、男子を恋愛的な意味で好きになった事もなかった。
恋を知らない女……なんて、まるで安い恋愛モノのキャッチフレーズみたいだけど、
そういう意味で私は確かに恋を知らない女なんだよな。



350 名前:にゃんこ:2011/07/09(土) 22:12:18.10 ID:VESLlKEp0

澪の事は好きだ。
幼馴染みで親友だし、澪とはもっと仲良くなりたいっていつも思ってる。
その先に澪との恋愛関係を期待してたのかどうかは分からないけど、
少なくともこれまでも、これからも私の人生から澪を外して考えるのは無理だった。
私の心のずっと深い所に澪がいるし、多分澪の深い所にも私がいる。
もう今生の別れになるような話は二度と切り出したくないし、
澪とはもう離れたくないよ……。
だから、私は澪に言ったんだ。できる限り私の想いが届くように。

「なあ、澪。
 手を放してくれないか?」

「えっ……。
 ご……ごめんなさい、私……。
 律の気持ちも考えずに……、律の迷惑も考えずにこんな……、
 ごめ……ん……」

澪が消え入りそうな声で呟いて、私を抱き締めていた手から力を緩める。
今にも泣き出してしまいそうな小さくて震える声。
きっとすごく悲しい顔をしてるんだろう。

でも、私は澪から身体を離して、向き合ってかなり久し振りに澪と顔を合わせて。
行き場を無くした澪の手を取って、できるだけ優しく包み込んで。
伝えられるように。
そうじゃないんだと。

「違うって、澪。
 ほら、おまえだけ後ろで私の様子を見られるなんて、ずるいじゃん。
 私にも澪の顔を見せてくれよ」

「えっ……」

やっぱりすごく悲しそうな顔をしてた澪が戸惑った表情に変わる。
こんな時に私と顔を合わせるなんて、恥ずかしがり屋の澪には難しい事だろう。

だけど、私は澪と顔を向け合いたかった。
私だって顔が赤い自分を見られる恥ずかしさに耐えてるんだ。
澪にだってその恥ずかしさには耐えてほしい。
まだ何が起こってるのか分からないといった感じで澪が呟く。



351 名前:にゃんこ:2011/07/09(土) 22:18:04.29 ID:VESLlKEp0

「り……つ……?
 えっと……、私は……ごめん、その……」

「私はさ、澪の事が好きだよ」

「えっ……」

澪が驚いた表情に変わる。
まさかそんな事を言われるなんて思ってなかったんだろうか。
確かに私も自分の口からそんな言葉が出るなんて思ってなかった。

でも、その私の言葉に嘘はなかった。
私は澪が好きだ。大好きだ。
それが恋愛感情なのかどうかは分からないけど、
私と恋愛関係になりたいと、あの恥ずかしがり屋の澪が言ってくれた。
だから、私は澪の気持ちに応えていいんだと思った。

「澪は私の恋人になってくれるんだろ?」

「……いいの?」

「いいよ。
 ……澪こそいいのかよ、私なんかで。
 もっと素敵な誰かは他にたくさんいるだろ……?」

そうだ。
澪には私なんかより他に相応しい相手がいるはずだ。
ずっとそう思ってた。
だから、こんな世界の終わりを間近にして、
私なんかが澪の傍にいていいのかって思えてしまって辛かった。

でも、澪は言ってくれた。
私の両手を握り返して、伝えてくれた。

「ううん……、そんな人なんていないし、
 例えどんなに素敵な人がたくさんいたとしても、
 私は……、その誰よりも律がいい。律の傍がいい。
 律が一番いい」

「そっか……。
 ありがとう……」

ずっと近くにいた私と澪。
女同士ではあるけれど、この気持ちに嘘はないはずだ。
私達の結末は恋人同士という関係でいいはずなんだ。
二人とも分かってる。
もう私達には時間が無い。解決してくれる猶予もない。
はっきりとさせないまま世界が終わるって結末に至っていいはずがない。
本当の事を言うと、私は澪の事を恋愛対象として好きなのかまだ分からない。

でも、それでいいんだ。
恋愛モノの作品で、恋に落ちるきっかけが腑に落ちないのも、そういう事のはずなんだ。
恋に落ちるきっかけなんてなくて、愛に理由なんてなくて、
恋人として付き合っていくうちに、本当の恋愛感情を抱くようになるはずなんだ。
もうすぐ世界が終わる。
それまで自分を好きでいてくれる人の気持ちに応え続けるのが、一番いい選択肢だと思ったから。
私は、澪の、恋人になろうと思う。



352 名前:にゃんこ:2011/07/09(土) 22:19:21.73 ID:VESLlKEp0

澪と無言で見つめ合う。
かなり色の濃くなった夕焼けに二人で照らされる。
二人の顔が赤いのは、その夕焼けのせいだけじゃない。
お互いに恋人になれた気恥ずかしさと緊張に頬を赤く染めながら、
すごく自然に……、誰かに操られるみたいに唇を近付けて……。
………。

瞬間。
何故だか目の前がぼやけた。
水の中にいるみたいに、焦点がはっきりしない。
何が起こったんだ……?
澪の手を握っていた右手を放して、私は自分の目尻を擦ってみる。
それで私はやっと気付いた。
自分が涙を流してる事に。

あれ……?
何でだ……?
どうして私は涙を流してるんだ……?
澪と恋人になれた嬉し涙なのか……?
いや……、違う……? 哀しく……て……?
いいや、駄目だ、泣くな、私!
こんな時に泣いてどうするんだ。
私は澪と恋人になるって決めたんだ。
こんな涙なんて澪に見せられないんだ!

私は急いで何で流れるのか分からない自分の涙を拭って、
もう一度澪と視線を合わせようと瞳を動かして……、
そこでまた気付いた。
澪も涙を流していた。
嬉し涙なんかじゃなく、澪が悲しい時に何度か見せたのと同じ顔で涙を流していた。

二人で、
顔を合わせて、
泣いていた。

どうして泣く?
何で泣いちゃってるんだよ、私達は……!
もう時間が無い私達を、どうして涙なんかが邪魔するんだよ……!
世界が終わるって聞いた時も、
今日の朝に死を実感した時にも流れなかったくせに、どうして……!
どうして、こんな今更……!



353 名前:にゃんこ:2011/07/09(土) 22:22:16.36 ID:VESLlKEp0

「違……っ。
 こんな……泣いてなんか……」

止まらない涙を拭いながら、私はどうにか言い繕おうとする。
涙を流しながら説得力はないけれど、これを涙だと澪に思わせたくなかった。
これは汗なんだ。
単に澪と唇が近付いたから緊張して流れただけの汗なんだ。
どんなに無理があっても、そうでなくちゃいけないんだ。

だけど、やっぱり私のその言葉には無理があった。
澪も自分の涙を拭いながら私から手を放すと、
急いで自分の鞄を担いで私の部屋の扉を開けた。

「律、ごめん……」

「澪……、これは違くて……、その……」

「ごめん、今は……、帰らせて……。
 本当に……ごめん……」

澪がそう言う以上、私には何もできなかった。
何かをしようにも、
私の邪魔をする涙は次から次へと溢れ出て来てしまって、何もできなくなる。
涙の海に溺れて、動き出せなくなる。
部屋から出て行く時、澪は最後に一つだけ言った。

「明日、学校には行けない……。
 ごめん……。律を嫌いになったわけじゃ……ない。
 でも……、無理……。無理なの……。
 こんな時に……、本当にごめんなさい……」

私の部屋の扉が閉まり、私は一人部屋の中に取り残される。
結局、最後まで、意味の分からない二人の涙は止まらなかった。
もうほとんど残されていない私達の時間が、どんどん削ぎ取られていく。

「何だよ……。
 何だってんだよ……」

夕焼けが落ちても、
部屋を月明かりが照らすようになっても、
私はベッドに顔を埋めてわけの分からない涙を流し続けた。
何度も、ベッドに拳を叩き付けながら。



354 名前:にゃんこ:2011/07/09(土) 22:24:37.13 ID:VESLlKEp0






――水曜日


泣いているうちに眠っていたらしい。
気が付けばセットしている携帯のアラームが鳴り響いていた。
アラームを解除して、私は何も考えないようにしながらラジカセの電源を入れる。
軽快な音楽が……、流れない。
雑音だけがスピーカーから耳障りな音を立てる。



355 名前:にゃんこ:2011/07/09(土) 22:27:30.78 ID:VESLlKEp0



此度はここまでです。
やっと火曜日が終わりました。
長かったですが、ここまで読んでくれた皆さんのおかげです。
ありがとうございます。

ここで澪編は一旦終わりです。
ようやく水曜日を迎えます。




356 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/09(土) 23:56:33.43 ID:L4nkikaSO


澪編は長かったけどハラハラしながらあっという間に読んじゃったよ



357 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/10(日) 20:36:20.59 ID:PsghyG6w0


意を決して話し合いするも問題は悪化してしまったか?
律にはなんとか澪との関係修復がんばってほしいね
次は誰編になるんだろう





358 名前:にゃんこ:2011/07/11(月) 19:09:54.61 ID:XhGUk/oI0






私は電気を点けて、もう一度ラジカセを確認してみる。
コンセントは抜けてないし(雑音が出てるんだから抜けてるはずないけど)、
周波数も間違ってないし、AMとFMの切り替えを間違ってるわけでもなかった。
じゃあ、どうしてなんだろう、と思うけど、答えは出ない。
ラジオ局や電波自体に何かトラブルが起こったんだろうか?

「世界の終わり……か」

何となく呟いてみる。
正直な話、まだあまり実感は湧いてない。
でも、少しずつ、その終わりに近付いてる。
何かが一つずつ終わっていって、最後の日には何もかも無くしてしまう。
そんな気だけはする。

私は深い溜息を吐いて、自分の携帯電話を手に取った。
他の家のラジオの状況を確認してみようと思ったからだ。
ほとんど無い可能性だけど、
私の家だけ電波の入りが悪いとかそういう可能性がないわけじゃないしな。
それに何かが一つずつ終わってしまうとしても、
紀美さんのラジオ番組をもう無くしてしまうのはきつい。

世界の終わりが近付いていても、
そんな事関係なく発信してくれるラジオ『DEATH DEVIL』が私は好きだ。
言い過ぎな気もするけど、救いだったって言えるかもしれない。
本当はすごく恐くて、逃げ出したくて、
それでも、紀美さんの元気な声を聴いてるだけで、私は今までやってこれた。
だから、私はあの番組を無くしてしまいたくない。

「週末まではお前らと一緒!」と紀美さんは言ってくれた。
週末まで……、終末まで……。
だから、何があっても、何が起こったとしても、
それまでは紀美さんとあのスタッフは放送を続けてくれるはず。
私はそう信じたい。

携帯電話の電話帳を開いて、誰に電話を掛けようかと私は少し迷う。
軽音部のメンバーはさわちゃん含めて全員があのラジオを聴いてるらしかったけど、
流石に全員が全員、毎日聴いてるわけじゃないみたいだった。
唯は早寝に定評があるし、ムギも家の手伝い(社交的な意味で)で聴けない日が多いらしい。
さわちゃんも「恥ずかしいから何回かに一回聴くだけで十分」と苦笑してた。
そんなわけで、ラジオを毎日聴いてるのは私と澪、それと梓になる。



359 名前:にゃんこ:2011/07/11(月) 19:11:46.20 ID:XhGUk/oI0

澪……にはまだ電話を掛けられない。
あんな別れをした後だし、私もまだ自分の涙の理由を見つけられてない。
涙の理由が分かるまで、私は澪に会っちゃいけないし、何かを話せもしないと思う。
何かを話そうとしたって、また私達は涙を流し合ってしまうだけになるだろう。
勿論、澪とはもう一度話し合わないといけないけれど、今は無理だ。
もう時間は無いけれど、でも、今は駄目だと思う。
となると……。

「梓になる……よな」

自分に言い聞かせるように呟く。
考えるまでもない。
今の私が連絡を取るべきなのは梓だ。
最近、梓にはあんまりいい印象を持たれてないみたいだけど、
電話をすればラジオの受信状況くらいは教えてくれるだろう。

でも、それだけでいいのか?
折角のチャンスなんだ。
その電話で梓の悩みを聞いておく方がいいんじゃないのか?
そう思い始めると、梓の番号に発信できなくなる。
梓の悩みについても、もう触れてあげられるだけの時間も少ない。
部長として……、じゃないか。
一人の梓の友達として、本当は梓の悩みを解決してあげたい。
だけど、こんな私に何かできるのかって、不安になる。

動かなきゃ何も始まらない。
それを分かってるから、昨日私は動いた。
でも、動いた結果がどうだ?
意味不明の涙に縛られて、何もいい方向には動かなかった。
分かり合ってるはずの幼馴染みの澪との問題すら、何も解決させられなかった。

そんな私に何ができる?
まだ梓の悩みが何なのかさえ分かってない私に何をしてやれる?
何度も立ち止まりそうになる。
恐くて動き出せなくなる。

それでも……。
私はやっぱり馬鹿なのかもしれない。
気が付けば梓の電話番号に発信しようと、私は携帯電話の発信ボタンに指を置いていた。
動かないままでいる方が恐いから。
私の知らない所で梓が苦しんでると考える方が何倍も恐いから。
私は梓に電話を掛けようと思った。

いや、掛けようと思ったんだけど……。
ふと重大な事に気が付いて、私はベッドに全身から沈み込んだ。
身体から力が抜けていくのを感じる。
自分が情けなくて無力感に支配されてるとか、そういう事じゃない。
私は枕に顔を沈めて、自分の間の悪さに呆れながら呟く。



360 名前:にゃんこ:2011/07/11(月) 19:16:36.58 ID:XhGUk/oI0

「圏外かよー……」

そう。
私の携帯電話の電波状況は圏外を示していた。
これだけ気合を入れておいて、電波が圏外とかギャグかよ……。
私らしいと言えば私らしいんだけど、こりゃあんまりだ……。

でも、まあ、よかったと言えば、よかったのかもしれない。
これでとりあえずラジオ局の方に問題がある可能性は少なくなった。
こんな住宅地で携帯電話の電波が圏外になるなんて、普通はありえない。
そうなると電波塔か、衛星か、
とにかく電波そのものにトラブルがあったって事になる。
ラジオ局がテロか何かで壊された可能性も少しは考えていただけに、
ひとまずは胸を撫で下ろしたくなる気分だった。

「それにしても、どうするかなー……」

私は立ち上がって、自室の窓に近寄りながら呟く。
澪本人が言っていた事だし、今日、澪は登校してこないだろう。
家の中で一人、私と同じように涙の理由を考えるんだろう。

私は学校に行こうと思う。
澪が登校してこなくても、私は軽音部に行かなきゃいけない。
言い方は悪いけど、私は軽音部の最後のライブの主犯格で首謀者なんだ。
誰が来ても、誰も来なくても、私は軽音部の部室に行かなきゃいけない。
間違ってばかりの私だけど、それだけは間違ってないと思う。

でも、それを部の皆に押し付けるのはよくないとも思う。
今日、澪は登校しない。軽音部の皆が揃う事はない。
それなら、その事を皆にも伝えておくべきだ。
それで澪のいない軽音部に、
皆が揃わない軽音部に意味がないと思ったなら、
今日は登校せず思うように過ごす方が皆のためになるはずだ。

だけど、携帯電話が使えないとなると、それを伝えようがない。
どうしたものか……、と唸ってみたけど、
またそこで私は簡単な事に気付いて、またも脱力してしまった。
家の電話があるじゃんか。
最近、全然使ってなかったから、存在自体忘れてた。
ごめんな、家の電話。

電波が悪いと言っても、流石に電話線で繋がってる家の電話は無事なはずだ。
もしかしたら家の電話も使えなくなってるかもしれないけど、まだ試してみる価値はある。
窓の外を見ながら、自分の間抜けさ加減に何となく苦笑してしまう。
そういやカーテンも閉めずに寝ちゃったな、
と思いながらカーテンを閉めようと手に持って、そこで私の手が止まった。



361 名前:にゃんこ:2011/07/11(月) 19:17:02.66 ID:XhGUk/oI0

それは偶然なのか……、必然なのか……、
あってはいけないものがそこにあった。いてはいけない人がそこにいた。
見つけてしまったんだ。
それが私の妄想か幻覚ならどんなによかっただろう。

よく見えたわけじゃない。
そいつは窓の外でほんのちょっと私の視界の隅に入り込んで、すぐに消えていった。
だから、気のせいだと思ってもいいはずだった。
妄想や幻覚だと思い込んでも、何の問題もなかった。
だけど……!
万が一にでもそれがそいつである可能性があるのなら……!
放っておけるか!

「あの……馬鹿!」

思わず叫んで、朝から着たままの制服姿で私は部屋から飛び出る。
玄関まで走り、靴を履く時間ももどかしく感じながら、無我夢中で駆ける。
あいつが何処に行ったのかは分からない。
進んだ大体の方向も分かるかどうかだ。

それで十分だった。
こんな時期、こんな真夜中に、たった一人で出歩くなんて、正気の沙汰とは思えない。
それもあんな小さな……、
私よりも小さな後輩が……、
梓が……!
こんな真夜中に……!

放っておく事は出来なかった。
無視する事なんて出来なかった。
嫌になるほど泣いていたせいか、
普段使ってない身体の筋肉が筋肉痛で悲鳴を上げる。
それでも駆ける。
夜の闇の中、申し訳程度に点いた街灯の下を精一杯走る。
走らないといけなかった。見つけ出さないといけなかった。

あいつは馬鹿か。
あいつが何を悩んでいるのか知らない。
あいつに何が起こっているのかも知らない。
だけど、こんな何が起こるか分からない状況で、
何が起こっても自己責任で片付けられてしまうような状況で、
こんな真夜中にあんな女の子が一人きりでいていいはずがない。

別に戒厳令が出てるわけじゃない。
夜間外出禁止令が出てるわけでもない。
この付近は比較的治安のいい方だとも聞いてる。

でも、そんな事は関係ない!
私の後輩に……、大切な後輩に……、
嫌われていたとしても大好きな後輩に……、
何かが起こってほしくないんだ。
何かが起こってからじゃ遅いんだ!

私の間抜けな気のせいならそれでいい。
万が一にでもあの影が梓の可能性があるなら、私は走らなきゃ後悔する。
絶対に後悔するから。

だから!
私は夜の暗がりの中、目を凝らして梓を捜し続ける。
失いたくない後輩を走り回って探す。
かなり肌寒い季節、汗だくになって走る。
走り続ける。
息を切らす。
身体が軋む。
それでも、走り続け……。



362 名前:にゃんこ:2011/07/11(月) 19:24:10.11 ID:XhGUk/oI0

気が付けば、あまり知らない公園に私は辿り着いていた。
汗まみれで、息を切らして、
さっき転んだ時に膝を擦りむいて血を流しながら、私は一人で公園に立っていた。

三十分は捜していたはずだ。
ドラムをやってるんだし、
体力的にはかなり自信のある私が本気で限界を感じるくらいに走り回った。
梓は何処にも見付からなかった。

やっぱり私の見間違いだったんだろうか……。
気のせいだったんだろうか……。
何にしろ、これ以上捜し回っていても意味が無いかもしれない。
ひとまずは梓の家に連絡を取ろう。
間抜けな事に、さっきまでの私にはそこまで思いが至らなかった。
そうだ。連絡を取るべきだったんだ。
連絡を取って、その後にどうするか考えよう。

私は息を切らしながら、
持ち出していた携帯電話に目を向け、
瞬間、背筋が凍った。

分かっていた事だ。
分かっていたのに、動揺して忘れてしまっていた。
携帯電話の画面には、圏外と表示されていた。
そこでようやく私は気付いたんだ。
さっきまで馬鹿と責めていた梓と同じ状況に自分が陥ってしまっている事に。

急に身体が震え始める。
冬の夜の肌寒さだけじゃない。
恐怖と不安で、全身の震えを止める事が出来ない。

「大丈夫……。
 大丈夫……のはずだ……」

自分に言い聞かせるけど、自分自身が納得できていない。
梓よりは背が高いけれども、男の子っぽいともよく言われるけども、
結局、私は平均よりも背の低くて力の弱い、小さな女の子でしかなかった。

考え始めると止まらない。
さっき梓に対して考えていた事が、そのまま自分に跳ね返ってくる。
酷いなあ……。
我ながら本当に酷いブーメランだよ……。



363 名前:にゃんこ:2011/07/11(月) 19:24:38.45 ID:XhGUk/oI0

少しの物音に怯える。
何かと思えば猫で胸を撫で下ろすけど、逆に人通りの無い事が余計不安に感じる。
夜の闇は深く、誰の気配もない。
世界にひとりぼっちになってしまったのような不安感。

いや、平気なはずだ。単に私はこのまま家に帰ればいいだけだ。
家に帰って、梓の家に連絡するだけだ。
分かっているのに、足を踏み出せない。
さっきまで三十分も走ってここまで辿り着いた。
家までの帰り道は何となく分かるけれど、
単純に計算して一時間近くは掛かる計算になってしまう。

一時間……。
この闇の中を一時間も歩くなんて、意識し出すと恐ろしくてたまらない。
誰か知り合いの家が近くに無いかと考えてみるけど、どうしても思い当たらなかった。
叫び出したくなる恐怖。
逃げ出したくなる現実。
恐い……。
恐いよ……。

と。
立ち竦む私を急に小さなライトが照らした。

「ひっ……」

小さく呻いて、身体を強張らせる私。
逃げ出したくても、足が動かない。
本当に弱い私……。
泣き出したくなるくらいに……。

でも。
こんな所で終わってしまうわけにはいかないから。
涙の理由を澪に伝えられてないから。
拳を握り締めて、勇気を出して、そのライトの光源に視線を向けて……。

「あれ……?」

またそこで私は力が抜けた。
今日は何だか空回りする事が多い気がする。
そういう星回りなのか?

「まったく、しょうがねえな……。
 帰るぞ、姉ちゃん」

そうやって頭を掻きながら言ったのは、
母さんのママチャリに乗った私の弟……、聡だった。



364 名前:にゃんこ:2011/07/11(月) 19:25:50.69 ID:XhGUk/oI0



今回はここまで。
梓編かと思ったら聡編。
しまった。誰も得しない。




365 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/11(月) 22:00:45.90 ID:azXkqVaZo


ここでまさかの聡編
でも、世界の終わりだし家族との話も必要か





366 名前:にゃんこ:2011/07/15(金) 22:21:13.86 ID:HiDnOgid0






夜道、聡の後ろ、ママチャリの荷台に乗って、私は運ばれていた。
さっき何で聡は自分のマウンテンバイクじゃなくて、
どうして母さんのママチャリに乗ってるんだろうと思ったけど、
それは私を後ろに乗せるためだったんだな。
確かにマウンテンバイクじゃ二人乗りは難しいだろう。
ちゃんと先まで考えてる聡の行動に私は何とも言えない気分になる。

「ごめんな、聡。
 迷惑掛けちゃったな、また……」

荷台で揺られ、私は小さく呟いた。
後先を考えない自分の行動と、先まで見据えた弟の行動を比べてしまうと、
こんな自分が本当に梓を助けてやれるつもりだったんだろうか、とつい自虐的になる。

空回りばかりしてしまう自分。
情けなくて、不安で、溜息ばかりが出て来て、止まらない。
そんな私に向けて、聡は自転車を漕ぎながら軽く笑った。

「いいよ。姉ちゃんに迷惑掛けられるのは慣れてるしな」

「何だよ、もう……」

私は頬を膨らませてみるけど、言い返す言葉は無かった。
聡の言う通りだ。
私はいつも後先考えずに動いちゃって、人に迷惑を掛けてばかりだ。
友達だけじゃなく、弟の聡にだって……。

世界の終わりの直前のこんな夜道、
軽口を叩いているけど聡だって恐かったはずだ。
それなのに私を見付けて、駆け付けてくれるなんて、
私と違って本当によくできた弟だと思う。

「ごめん……な」

無力感が私の身体に広がりながら、消え入りそうな言葉で言った。
走り回って疲れ果てたせいもあるけど、勿論それだけじゃなかった。

世界の終わりまで残り四日。
日曜日は実質的に無いも等しい日だと聞いてるから、
普通通りに過ごせるのは土曜日が最後になる。
私はその土曜日を後悔なく過ごせるんだろうか。
最後のライブを悔いなくやり遂げられるんだろうか。
……今の状況じゃ、どう考えてもそれは無理そうだ。

だから、私は「ごめん」と言った。
「ごめん」としか言えなかった。
聡にだけじゃなく、何もしてやれない澪と梓に。
最後のライブを楽しみにしてるムギと唯に。
私を気に掛けてくれている全ての人に。



367 名前:にゃんこ:2011/07/15(金) 22:29:40.12 ID:HiDnOgid0

「おいおい、姉ちゃん。
 そんなに落ち込まないでくれよ。俺、気にしてないしさ」

笑顔を消して、真剣な表情で聡が言ってくれる。
ふざけた感じじゃなくて、本気でそう思ってくれているみたいだった。
その様子が、私にはまた心苦しい。

「だけど……、聡にだって最後の日まで、
 したい事や、それの準備なんかもあるだろ?
 それをこんな……、私の考えなしの行動に時間を取られちゃって……。
 そんなの……、いいわけないじゃんか……。
 だから……」

「いいんだって。
 だって、姉ちゃんだもんな。
 そんな姉ちゃんでいいんだよ、俺」

「……どういう事?」

「姉ちゃんってさ。
 自分に何か起こった時より、誰かに何か起こった時の方が心配そうな顔してるよな。
 自分の事より、誰かの事を心配してるって思うんだよな。

 だから、気が付いたら動いちゃってるんだよ、姉ちゃんは。
 考えなしではあるけど、考えるより先に誰かの事を心配しちゃってるんだよ。
 それってすごく馬鹿みたいだけど……、すごく嬉しいんだ」

何も言えない。
聡の言葉が正しいのかどうかは分からないし、
自分が何を考えて梓を追い掛けたのかも分からない。
聡が言ってくれるように、
梓の事が心配でそれ以上の事を考えられなかったのかもしれないし、
もしかしたらそうじゃない可能性もある。

でも、迷惑を掛けてばかりなのに、聡はそれを「すごく嬉しい」と言ってくれた。
それだけで私は救われた気になって、何だかとても安心できて、
気が付けば前でペダルを漕ぐ聡に手を回して、全身で抱き付いてしまっていた。
とてもそうしたい気分だった。



368 名前:にゃんこ:2011/07/15(金) 22:34:21.03 ID:HiDnOgid0

「ちょっと、姉ちゃん……。
 くっ付くなよ、暑苦しいぞ……」

嫌がってるわけじゃない口振りで聡が呟く。
姉とは言っても、年の近い異性に抱き付かれて照れてるのかもしれない。
そんな反応をされてしまうと、私の方も少し恥ずかしくなってくる。
だけど、まだ聡から離れたくもなくて……。

「あててんだよ」

ちょっと上擦った声で、前に唯から流行ってると聞いた事のある漫画の台詞を言ってみる。
「あててんのよ」だったっけ?
まあ、いいか。
とにかく私は恥ずかしさを誤魔化すために、そうやってボケてみた。
だけど……。

「何をだよ」

と、そうやって聡が真顔で返すから、私は悔しくなって軽く聡の頭を小突いた。
「何すんだよ」と聡が非難の声を上げたけど、私はそれを無視した。

いや、自分でも分かってんだよ……。
最近、梓にすら追い抜かれそうで辛いんだよ……。
前に色々あって梓に胸を触られる事があった時、
これなら勝てると言わんばかりの表情を浮かべられた時の屈辱を私は忘れん。

流石に梓になら負ける事は無いだろう、と思いたいけど、
今じゃ化物レベルの澪だって中学の頃は私よりも小さかったんだ。
油断は出来ない。
豊胸のストレッチやら何やらは当てにならないけど、
少なくとも栄養だけは確実に摂取しておかないとな……。

そう思った瞬間、急に私のお腹が大きく鳴った。
考えてみれば、夕飯も食べてなかった。
夕食抜きで泣き疲れた上に三十分以上も走り回ったんだ。
そりゃ私のお腹も大声で鳴くよな。
仕方がない。それは必然的な生理現象なのである。
生理現象なのである……のに、振り向いた聡がとても嫌そうな顔で言った。



369 名前:にゃんこ:2011/07/15(金) 22:36:00.50 ID:HiDnOgid0

「うわー……。
 姉とは言え、女の人のそんなでかい腹の音を聞きたくなかった……」

「うっさい。誰だって鳴る時は鳴るんだ。
 澪だって、唯だって、ムギだって、梓だって鳴るんだ。
 おまえの好きなアイドルのあの子だって、腹が減ったら腹が鳴るんだ」

「嘘だ!
 春香さんはお腹を鳴らしたりなんかしない!」

「昭和のアイドルかよ……」

呆れて私が突っ込むと聡は小さく笑った。
どうやら冗談だったらしい。
流石にアイドルでもお腹を鳴らすという現実くらいは分かってたか。
それは何よりだ。たまに分かってない人もいるからなあ……。

そうして二人で小さく笑いながら、自転車で帰り道を走る。
たまに不満を口にしながらも、聡は後ろでくっ付く私を振り払いはしなかった。
私の好きにさせてくれるつもりなんだろう。

今更ながら、聡と二人乗りをするのはとても久し振りだと気付いた。
特に聡が漕ぐ方の二人乗りは初めてのはずだ。
聡も私を乗せて二人乗りできるくらいに成長したんだな、と何だか姉みたいな事を思ってしまう。
って、実際にも姉なんだけどさ。

「そういえば……」

不意に気になって、私は気になっていた事を訊ねる事にした。
少しだけ聡に回す手に力が入る。

「どうして私があんな所にいるって分かったんだ?」

「超能力だよ。
 姉ちゃんも知ってるだろ?
 双子には超常的なシンクロ能力が……」

「冗談はよせい。と言うか、私ら双子じゃねーし」

「はいはい、分かったって。
 いや、部屋で漫画読んでたらさ、急に家の中がバタバタ騒々しくなったんだよ。
 何かと思って部屋から出てみたら、姉ちゃんが家から出てくところじゃんか。
 まるで親と喧嘩して家出してく娘みたいだったぞ?

 それで一応、父さんに事情を聞いてみようと思って部屋に行ったら、父さんと母さん寝てたし……。
 しかも、姉ちゃんに電話掛けようと思ったのに圏外だし……。
 それで母さんのママチャリ借りて、姉ちゃんを追い掛けてきたんだよ。
 結構捜し回ったんだぞ? 姉ちゃんって足速いよな」

「家出娘みたいだったか、私?」

「うん。とても必死で、何かに焦ってて、すごく泣きそうな顔に見えたし」

「……泣いてねーよ」

「見えたってだけだよ」

「泣きそうな顔に見えた……か」



370 名前:にゃんこ:2011/07/15(金) 22:36:41.40 ID:HiDnOgid0

弟の聡にそう見えたって事は、私は本当に泣きそうだったのかもしれない。
それは梓の事が心配だったからってのもあるんだろうけど、
これ以上、何かを無くしたくないっていう自己中心的な悲しみが原因でもあるような気もした。

聡は私が誰かを心配すると、考えるより先に動くと言ってくれた。
それは私自身もそう思わなくもないけど、
その心の奥底では誰かを失う事が恐くて、
自分が悲しみたくなくて、居ても立ってもいられなかっただけかもしれない。
勿論、そんな事を口に出す事はできなかった。

だけど……、それでも……。
聡は一人で怯えていた私の所に来てくれた。
それだけは本当に嬉しくて、私はまた全身で強く聡を抱き締めた。
そんな私の姿に、また聡が苦笑して言う。

「痛いよ、姉ちゃん」

「あててんだよ」

「肋骨を?」

「肋骨が当たったら、そりゃ痛いわな……。
 って、何でやねん!」

「だから、冗談だって。
 でも、何はともあれ、家に帰ったらゆっくり休めよ、姉ちゃん。
 ライブやるんだろ? 体調管理も大事な仕事だぜ」

「ライブやるって伝えたっけ?」

「前にたまたま会った澪ちゃんに聞いたんだよ。
 澪ちゃん、すごく楽しみにしてるみたいだった」

「澪ちゃん……ねえ」

「いや、澪さんな、澪さん!」

焦って聡が訂正する。別に恥ずかしがらなくてもいいのにな。
最近、聡は澪の事を『澪さん』と呼ぶようになった。
小学生の頃までは『澪ちゃん』と呼んでいたのだが、
中学生男子にとって、年上の女をちゃん付けで呼ぶのは抵抗があるものらしかった。
我が弟ながら、よく分からない所で繊細な男心だ。
いや、今はそれよりも……。



371 名前:にゃんこ:2011/07/15(金) 22:38:29.80 ID:HiDnOgid0

「そうか……。
 あいつも楽しみにしてくれてるのか……」

私は声に出して呟いてしまっていた。
私だけじゃなく、聡もそう感じるって事は、
澪も本当に最後のライブを楽しみにしてくれてるんだろう。

「成功させたいな……」

本当に、成功させたい。
笑って、終わらせたい。
楽しみにしてくれてる皆の期待に応えたい。
そうして、最後に私達の結末を見せ付けたい。
世界に刻み込んでやりたい。
私達は軽音部でよかったんだと。

そのために越えなきゃいけない壁は大きいけど、
ライブを成功させたいのは自己中心的な理由ばかりかもしれないけど、
それでも……。

私の考えを感じ取ってくれたんだろうか。
不意に優しい声色になって、聡が言った。

「とにかく頑張ってくれよ、姉ちゃん。
 ライブ、俺も観に行こうと思ってんだからさ」

「いいのか?」

「何だよ。俺が観に行っちゃ駄目なの?」

「いやいや、そうじゃなくて……。
 実はさ、まだ確定じゃないけど、ライブは土曜日にやる予定なんだよ。
 土曜日……、つまり世界の終わりの日の前日だぞ?
 いいのかよ? 聡にだって予定があるんじゃないのか?」

「残念だが、無い!」

「うわっ、言い切りおった!
 言い切りおったぞ、我が弟め!」



372 名前:にゃんこ:2011/07/15(金) 22:39:07.74 ID:HiDnOgid0

「実はさ、俺が世界が終わるまでにやりたかったのは、あのRPGのコンプリートなんだ。
 いや、焦ったよ。始めたばかりの頃に『終末宣言』だったからさ。
 大作RPGでコンプまで300時間は掛かるって聞いてたから、本気で頑張ったんだよ。
 でも、それもこの前、鈴木と手分けして終わらせたから、後の予定は何もないんだ。
 いや、本当はあったのかもしれないけど……」

「何かあったのか?」

「これ恥ずかしいから、あんまり言いたくないんだけど……」

「何だよ?」

「同じクラスの女子に告白したら、振られた。
 だから、もう予定はないし、できる予定もないんだよな」

「あちゃー……」

言いたくない事まで言わせちゃっただろうか?
私は申し訳なくなって聡の顔を覗き込んだけど、
月明かりに照らされる聡の顔は何故かとても清々しく見えた。

「まあ、駄目で元々だったしさ。
 告白できただけで十分……、なんて言うほど割り切れてはないけど、すっきりはしたよ。
 だからさ、姉ちゃんのライブを観に行くよ。
 鈴木達も予定無さそうだし、誘ってみる。
 実は鈴木の奴、「おまえの姉ちゃん可愛いな」って言ってたから、多分姉ちゃんに気があるぞ?」

「マジな話?」

「うん。髪が長くてスタイルいいし、ツリ目な所も本当に可愛いって……」

「それ澪じゃねえか!」

「いや、実は姉ちゃんが澪さんと遊んでる時に見掛けた事があって、
 「あれが俺の姉ちゃんなんだ」って鈴木に言ったら、
 澪さんの方が俺の姉ちゃんだって勘違いされて、何となく訂正できなかった……」

「訂正しとこうぜ、そういう時は!」

「安心して。ライブの日に訂正しとくから」

「それ恥ずかしいの私じゃねえか!
 やめてくれ……。
 その鈴木君が幻滅した目で私を見るのが想像できる……」

げんなりと私が呟くと、本当に楽しそうに聡が笑った。
本当に生意気な弟だ。
でも、そんな所がやっぱり私の弟だな、って思えて、何だか私も笑えた。
これだけは『終末宣言』前からも変わらない私達の関係。
変わり行く世界で、変わらないものもあるんだ。
本当は私も変わらなきゃいけないのかもしれない。
でも、『変わらない』事がその時の私には嬉しかった。



373 名前:にゃんこ:2011/07/15(金) 22:39:43.19 ID:HiDnOgid0






結構長い時間、自転車の後ろで揺られて、自宅に戻った私を誰かが待っていた。
私の家の前、二つの影が寄り添って立っている。
誰だろう、と思って目を凝らすと、それは和と唯だった。
こんな時間に何の用なのか見当も付かないけど、少なくとも変質者の類じゃなくて安心した。
私は自転車から降りて、二人に近付いて話し掛けようとする。

瞬間、唯が予想外な行動を取って、私は言葉を失った。
行動自体は普通だったんだけど、普通なら唯が取るはずもない行動だったからだ。
だって、唯は膝の前で手を揃え、深々とお辞儀をしたんだ。
こんな事されたら、何かの異常事態じゃないかと思えて、硬直するしかないじゃないか。
そんな私の様子を分かっているのかどうなのか、
唯は頭を上げてから、柔らかく微笑んで続けた。

「こんばんは、律さん。
 こんな時間にごめんなさい。今、お時間よろしいですか?」

そこでようやく私は気付いた。
唯が取るはずもない行動を取るのも当然だ。
和の隣で私に頭を下げたのは唯じゃなく、
髪を下ろした唯の妹の憂ちゃんだったんだ。



374 名前:にゃんこ:2011/07/15(金) 22:54:10.94 ID:HiDnOgid0



今回はおしまいです。
次は憂編です。
絡みの無さそうなキャラまでフォローする痒いところに手の届くこのSS。

そんな事よりメインを充実させた方が……?
すみません。出てないキャラもあと少しなんで、どうかお付き合い下さいませ。




377 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/15(金) 23:58:55.70 ID:G6ug0puSO

おつ
いい姉弟関係だな
しかし梓は真夜中に出掛けて何をしてたんだろう



379 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/16(土) 05:07:47.16 ID:f61WzCsKo

次は憂編か
メインも読みたいけど、いろんなキャラとの話も面白いよ乙





380 名前:にゃんこ:2011/07/18(月) 21:56:19.96 ID:ETGi5jXN0






「ごめんね、待たせて」

シャワーを浴びて、少しの腹ごしらえを終えてから、
私は私の部屋で待っててもらっていた憂ちゃんに声を掛けた。

「いいえ、こちらこそごめんなさい、律さん。
 こんな時間に非常識だと思いますけど、律さんにどうしても話したい事があったんです」

申し訳なさそうな顔で憂ちゃんが頭を下げる。
私はそれを軽く微笑む事で制した。
私の方こそ、こんな時間に来てくれた人を待たせるなんてとんだ非常識だ。

でも、流石に空腹な上に汗まみれで話を聞く方が何倍も失礼だったし、
私の方も多少はマシな状態になってから、憂ちゃんの話を聞きたかった。
こんな時間に真面目で良識的な憂ちゃんが来てくれたんだ。
きっとよっぽどの事情があるんだろう。
少なくとも、疲れ果てて身の入らない状態で聞き流せる話じゃない事だけは確かだった。

ちなみに現在、和はリビングで聡と話をしている。
和はボディガードとして憂ちゃんに付き添ってきただけらしく、
私と憂ちゃんの話が終わるまでリビングで待っていると言っていた。
風呂上りにリビングをちょっと覗いてみた時、意外にも二人の話は盛り上がっていた。

聡がコンプリートしたらしいあの大作RPGは和の兄弟もプレイしているそうで、
攻略法やストーリー、キャラクターを演じている声優に至るまで幅広く会話してるみたいだった。
澪以外の女子と話す弟の姿は新鮮で、照れた様子で年上の女と会話する姿が可愛らしくて、
姉としてはいつまでも見ていたくはあったけど、そういうわけにもいかない。
少し後ろ髪を引かれる気分ながら、
どうにかその誘惑を振り切って、こうして私は自分の部屋に戻って来たわけだ。

「えっと……、ですね……」

何だか緊張した面持ちで憂ちゃんが目を伏せている。
とても話しにくい、だけど、話したい何かがあるんだろう。
私は律義に座布団に正座してる憂ちゃんの手を取って、私のベッドまで誘導する事にした。

少し躊躇いがちではあったけど、
すぐに私の考えが分かってくれたらしく、憂ちゃんは私のベッドに腰を下してくれた。
その横に私も腰を下ろし、憂ちゃんと肩を並べる。
憂ちゃんとこんなに近くで話をした事はあんまりないけど、
多分、今回の憂ちゃんの話はこれくらい近い距離で話し合うべき事のはずだと思った。



381 名前:にゃんこ:2011/07/18(月) 21:57:22.64 ID:ETGi5jXN0

「それでどうしたの、こんな時間に?
 唯の事?」

私と憂ちゃんの間に他に話題が無いわけじゃない。
それでも、私は唯の事について訊ねていた。
これまでも私と憂ちゃんの会話で一番話題に上っていたのは唯の事だったし、
憂ちゃんがこんな真剣な表情で緊張しているなんて、その緊張の理由は唯以外に絶対にない。

「はい、お姉ちゃんの事なんですけど……、
 あのですね……、明日……、いえ、もう今日ですね。
 今日……なんですけど、お姉ちゃん、学校には行かないそうなんです」

「……来ない……のか?」

呟きながら、不安になる。呼吸が苦しくなるのを感じる。
唯も何かを悩んでいたんだろうか。
それとも、私が唯の気に障る何かをしてしまったんだろうか。
少しずつ、一人ずつ、軽音部から去ってしまうのか?
澪、唯、次は梓、最後にムギと去って、私だけが部室に取り残されちゃうのか?
その私の不安を感じ取ったんだろう。
憂ちゃんが軽く頭を振って、隣にいる私の瞳を覗き込んで言ってくれた。

「あ……、違うんです。
 律さんが何かしたとか、軽音部に行きたくないとか、そんな事はないんです。
 お姉ちゃん、ずっと……、今でも勿論、軽音部の事が大好きなんですよ?

 いいえ、違いますね……。
 大好きって言葉じゃ言い表せないくらい、
 お姉ちゃんの中では軽音部の事が大きい存在なんだと思います」

だったら、唯はどうして?
ついそう訊きそうになってしまったけど、私はどうにかその言葉を押し留めた。
憂ちゃんはそれを話しに来てくれたんだ。
急いじゃいけない。焦っちゃいけない。
どんなに時間が無くても、憂ちゃんが言葉にしてくれるまで、それを待つだけだ。

それに急ぐ理由は私の中から一つ減っていた。
さっきシャワーを浴びる前、「先に梓の家に電話させて」と憂ちゃん達に伝え、
私が梓の家に電話しようと受話器を上げた時、憂ちゃんは首を傾げながら言ったんだ。

「梓ちゃんの家ならついさっき行って来ましたけど、梓ちゃんに何かご用なんですか?」

憂ちゃんの言葉に私は張り詰めていた糸が切れて、しばらくその場に座り込んだ。
ひとまずは安心できる気分だった。
憂ちゃんが言うには、私の家に来る二十分前には梓の家に行って、
話をしてきたばかりなんだそうだった。

夜道に私が見た梓の姿は単なる見間違いだったのか、
それとも何かの用事が終わった後の帰り道の梓を見たのか、
色んな可能性がありはしたけど、そんな事はどうでもよかった。
今は梓が無事に自分の家にいてくれるだけで十分だった。



382 名前:にゃんこ:2011/07/18(月) 22:01:25.69 ID:ETGi5jXN0

私は上げた受話器を元に戻し、
「用事はあったけど、やっぱり学校で会った時でいいや」と憂ちゃん達に伝えた。
梓の悩みについては、電話で話すような内容でもない。
直接あいつから聞き出さないといけない事だ。
今日、学校で会ったら、それを梓に聞こうと思う。
もしも本当に梓に嫌われていたとしても構わない。
それでも私は梓の悩みの力になるべきなんだ。
私はあいつの先輩で、軽音部の部長で、嫌われていてもあいつが大切なんだから。

そういうわけで、今の私は焦ってはいない。
時間が無い私だけど、焦る事だけはしちゃいけない気がする。
焦ると正常な判断ができなくなる。
当然の事だけど、私は少しずつ身に染みてそれを理解し始めていた。

はっきりとは言えないけど、澪との事も焦っちゃいけない気がする。
いや、違うな。
焦っちゃいけなかったんだ。
あの時、私は焦ってしまってたんだ。
だから……。

小さく溜息を吐いて、私は憂ちゃんの次の言葉を待つ。
今は梓の事、澪の事より、目の前の憂ちゃんの事だ。
じっと憂ちゃんの瞳を覗き込んで、話してくれるのを待ち続ける。
少しもどかしい時間だったけど、それはきっと私達に必要な時間だった。
しばらく経って……。
考えがまとまったのか、憂ちゃんがまっすぐな瞳で私を見つめながら口を開いた。

「お姉ちゃん、軽音部の事がすごく大切なんです。
 軽音部の事も、律さんの事も、大切で仕方が無いんだと思います。
 それでも、今日は部に顔を出さないって、お姉ちゃんは言ってました。
 水曜日は……、「今日一日は憂と二人で過ごしたいから」って言ってくれたんです……」

そういう事か、と私は思った。
残り少ない時間、唯はその内の一日を大切な妹と過ごす事に決めたんだ。
それはそれで構わなかった。
軽音部の事も大切ではあるけど、私は唯の選択肢を尊重したい。
家族と過ごしたいのなら、私達に遠慮なんかせずにそうするべきなんだ。

「ごめんなさい、律さん……」

言葉も弱く、辛そうな表情に変わりながらも、
視線だけは私から逸らさずに憂ちゃんが言ってくれた。
本当に申し訳ないと思ってくれてるんだろう。
でも、本当に謝るべきなのは私の方だった。
こんなにお互いを大切に思い合ってる姉妹に気を遣わせるなんて、
私の方こそ謝るべきなんだ。
そう思って私は口を開いたけど、その言葉より先に憂ちゃんがまた言った。



383 名前:にゃんこ:2011/07/18(月) 22:03:09.10 ID:ETGi5jXN0

「私の事は気にしなくてもいいって、お姉ちゃんに何度も伝えたのに、
 お姉ちゃんは絶対に私と過ごすって言ってくれて……。
 ライブの準備がとても楽しいって、お姉ちゃん言ってたのに、それなのに……。
 それが律さん達に申し訳ないのに、本当はすごく嬉しくって……。

 そんな私が嫌で、せめて今日お姉ちゃんが軽音部に行かない事だけは、
 皆さんに直接伝えたいと思って……。
 それが私にできる精一杯で……。
 ごめんなさい、律さん。本当にごめんなさい……」

「唯……は今、どうしてる?」

「最初……、本当はお姉ちゃんが皆さんの家を直接回るって言ってました。
 でも、無理を言って、私と手分けして回ってもらう事にしたんです。
 それで私は梓ちゃんと律さんの家に、
 お姉ちゃんは紬さんの家と澪さんの家に、直接話しに行く事になったんです。
 先に紬さんの家に向かったから、多分、今は澪さんの家で話をしてると思います」

「一人で?」

「いえ、それは大丈夫です。
 お父さんが車で送ってくれてますから。
 私の方はお母さんが付き添いで来てくれるはずだったんですけど、
 うちのお母さん、ボディガードにはちょっと頼りなくて……。
 それで、お姉ちゃんが和さんに電話で私の付き添いを頼んでくれたんです」

「そっか……。だったら、二人とも安心だな」

「それで……、実はですね、律さん……」

憂ちゃんの顔が辛そうな表情から、何かを決心した表情に変わる。
憂ちゃんは決して弱い子じゃない。
強い子ではないかもしれないけど、唯の事が関係するなら強くいられる子だ。
つまり、これから唯に関する大切な話を始めるんだろう。

「私、最初は軽音部の事が好きじゃありませんでした」

「そうなんだ……」

憂ちゃんの言葉に、意外と驚きはなかった。
何となくそんな気がしていた。
仲のいい姉妹の間に入って、
二人の関係を邪魔してしまっていいのかって思わなくもなかったんだ。

憂ちゃんは続ける。

「少しの時間、部活に行ってるだけなら気になりませんでした。
 でも、少しずつ……、どんどんお姉ちゃんが家に帰ってくる時間が遅くなって……。
 お休みの日も家にいてくれる事が少なくって、それが嫌で……。
 軽音部の部長の会った事もない『りっちゃん』って人が嫌いになりそうでした。

 確かお姉ちゃんが一年生の頃のテスト勉強の日だったと思うんですけど、
 初めてその『りっちゃん』……、律さんに会って、その顔を見てるのが辛くて……。
 それでついゲームの律さんとの対戦で本気を出しちゃったんです。
 『これ以上、お姉ちゃんを私から取らないで』って、そんな気持ちで……。
 あの時はごめんなさい……」

「えっ? あれってそんな意図がある重大な戦いだったの?
 いや、マジで強いなー、とは思ってたんだけど……」

思いも寄らなかった真相に私は驚きを隠せない。
勿論、多少は大袈裟に言ってるんだろうけど、人には色んな考えがあるもんなんだな……。
憂ちゃんがその私の様子に表情を緩める。



384 名前:にゃんこ:2011/07/18(月) 22:03:55.45 ID:ETGi5jXN0

「でも、学園祭で初めてのお姉ちゃん達のライブを見て、
 ライブ中のお姉ちゃんはすっごく格好良くて、すっごく楽しそうで……。
 私……、思ったんです。
 軽音部のお姉ちゃんが、今までのお姉ちゃんよりもずっと好きだって。

 それから、お姉ちゃんが大好きな軽音部の事も、好きになっていきました。
 もう、軽音部じゃないお姉ちゃんなんて、考えられないです。
 私、軽音部の……、放課後ティータイムのお姉ちゃんが大好きです。
 それを私、律さんにずっと伝えたかったんです。
 軽音部の部長でいてくれて、ありがとうございます。
 お姉ちゃんをもっと好きにさせてくれて、本当にありがとうございます」

憂ちゃんが頭を下げながら、私の手を握る。
私の方こそ、お礼を言いたい気分だった。
大好きなお姉ちゃんと一緒にいさせてくれてありがとう、と。
最初こそ頼りない初心者だったけど、唯はもう軽音部に無くてはならない存在だ。
軽音部はあいつの才能に引っ張られて機能していると言っても過言じゃない。

唯がいたからこそ、軽音部はこんなに楽しく、大切な部活にできた。
それは私達だけじゃどうやっても辿り着けなかった境地だろうし、
例え他にギター担当の誰かが入部して来てくれていたとしても、やっぱり無理だったと思う。
三年間、こんなに楽しかったのは、唯がいたからこそ、だ。
だから、私は唯に、憂ちゃんに感謝しなきゃいけない。
同時にやっぱり申し訳なくなった。
私は目を伏せたかったけど、どうにか耐えて憂ちゃんの瞳から目を逸らさずに言った。

「ありがとう、憂ちゃん。
 そんなに私達を好きでいてくれて、本当に嬉しいよ。
 でも……、これまではそれでよかったかもしれないけど、
 この状況でも、それでいいの?
 『今日一日は一緒にいる』って事は、逆に言うと今日一日って事でしょ?
 世界の終わりを間近にして、たった一日だけで本当にいいの?」

憂ちゃんはその私の言葉に微笑んだ。
無理をしているわけでもなく、強がりでもなく、本当に心からの笑顔に見えた。



385 名前:にゃんこ:2011/07/18(月) 22:04:48.20 ID:ETGi5jXN0

「違いますよ、律さん。
 『一日だけ』じゃありません。『一日も』ですよ、律さん。
 こんなおしまいの日まで残り少ないのに、
 お姉ちゃんはそんな貴重な時間を、私に『一日も』くれるんです。
 私はそれがすっごく……、
 すっごく嬉しいです……!」

そう言った憂ちゃんの笑顔は輝いていた。
眩しいくらいの笑顔。
そんな笑顔をさせる唯の時間を、私が一日以上も貰うんだと思うと少し震えた。

参ったなあ……。
絶対にライブを成功させなくちゃならなくなったじゃないか……。
恐いわけじゃないし、重圧に負けそうってわけでもない。
これは武者震い……、とりあえずはそういう事にしておこう。
何はともあれ、私は私のためにも、憂ちゃんのためにも、
私達は何としてもライブを成功させなくちゃならない。
ふと思い立って、私は隣に座る憂ちゃんの肩を抱き寄せて囁いた。

「成功させるよ。
 最後のライブ、絶対に成功させる。
 憂ちゃんに、これまで以上に格好いい唯の姿を見せたいからさ」

憂ちゃんは私の腕の中で、
「はい」と、笑顔で頷いてくれた。



386 名前:にゃんこ:2011/07/18(月) 22:07:14.63 ID:ETGi5jXN0



今日はここまで。
さて、次は誰編になるのでしょうか。
次回をお楽しみ……、すんません、調子乗ってました。
次は普通にムギ編です。

↑次回をお楽しみに。と言う重圧に耐えられませんでした。




387 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/18(月) 22:27:27.69 ID:qzPHWGKCo

乙。憂ちゃん健気やなぁ



388 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/07/18(月) 22:37:35.52 ID:i3CN0gwC0

ええ子達や・・・・・・



389 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東日本):2011/07/20(水) 21:23:53.60 ID:/NNI6//30

悟りすぎてるような気もする
ええ子すぎる
大人びすぎてる



でも面白い
続き待ってるよ






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律「終末の過ごし方」#4
[ 2012/02/07 21:52 ] 非日常系 | 終末の過ごし方 | CM(0)

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