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律「終末の過ごし方」#5 【非日常系】


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律「終末の過ごし方」#index


390 名前:にゃんこ:2011/07/21(木) 23:47:10.34 ID:Pj2QSlyz0






朝、軽音部の部室で私は一人座っていた。
ほんの少し曇っているけど、雨は降りそうにない空模様を私は見上げる。
太陽にたまに雲が掛かる程度のよくある天気。
確か数日前に天気予報で聞いた限りでは、世界の終わりの日まで雨は降らないらしい。
雨が好きなわけじゃないけど、もう体験できないと思うと何だか名残惜しかった。
でも、空模様に関しては私には何もできない。
何となく溜息を吐くけど、別に憂鬱ってわけでもない。
ただちょっと寂しかっただけだ。

それにできない事を考えていても仕方が無かった。
私にできない事はいくらでもある。
多分、できる事よりもできない事の方が遥かに多いだろうな。
でも、そんな事より、今の私にできる事を考えるべきだろう。
それは憂ちゃんのためでもあるけれど、それ以上に私のためでもあるんだから。

夜、話が終わり、和と一緒に家に帰る直前、
「梓ちゃんの事、助けてあげてください」と憂ちゃんは言った。
唯の事が大好きだけど、唯の事ばかり考えてるわけじゃない。
憂ちゃんはちゃんと友達の事にも目を向けられる子だ。
だから、自分が唯と二人で過ごすのが申し訳なくて、嬉しくて辛かったんだろう。

私の家に来る前、憂ちゃんが梓の家を訪ねた時、
頭を下げる憂ちゃんに梓は笑顔で答えたらしい。
「大丈夫だから」と。
「でも、唯先輩がいなくて、
全員が揃わない中で律先輩がちゃんと練習するか心配だな」と。
普段と変わらない様子と口調で笑っていたらしい。
泣きそうな顔で、笑っていたらしい。

梓の親友の憂ちゃんにも、その梓の表情をどうにかする事は出来なかった。
本当に大丈夫なのか、
悩み事があったら何でも言ってほしい、
そんな事を何度伝えても、梓は微笑むだけ。
今にも泣き出しそうな顔で微笑むだけ。
軽音部の皆にも、親友にも、誰にも、本心を見せずに辛そうに笑うだけ。

そんな梓を見て、憂ちゃんは一日も唯を独占してしまう自分に罪悪感を抱いてるみたいだった。
心の底から唯を必要としてるのは梓じゃないかと思うのに、
憂ちゃん自身も唯から離れたくないし、
唯と最後に一緒に過ごせる一日がどうしようもないくらいに嬉しくて……。
だからこそ、罪悪感ばかりが膨らんでいるみたいだった。



391 名前:にゃんこ:2011/07/21(木) 23:48:08.14 ID:Pj2QSlyz0

でも、それは憂ちゃんが悪いわけじゃない。
唯が悪いわけでもない。
唯だって梓の異変には気付いていた。
梓の悩みを何とかしてあげたいと考えていた。

だけど、梓は自分の悩みを一言も口にしなかったし、
その気遣い自体を誰にもしてほしくないみたいに見えた。
梓がそう振る舞う以上、
唯には何もできないし、憂ちゃんにも、誰にも何もしてあげられない。
どんなに辛い事でも、口にしない限りは他人には何もしてあげられないんだから。

それで迷った末に唯はこの水曜日って中途半端な時に、憂ちゃんと過ごす事に決めたんだと思う。
梓の悩みを解決したいとは勿論、思ってる。
でも、梓の悩みはいつになれば解決するのか分からないし、
下手をすれば世界の終わりの時に至っても解決する事はないかもしれない。
だから、その前に妹と過ごしたいと考えたんだ。
梓の事も大切だけど、妹の憂ちゃんの事だって同じくらい大切だからだ。

それに憂ちゃんと過ごすのが水曜日だけなら、
まだ木、金曜、土曜日と三日間を梓のために使えるから。
それで水曜日を選んだんだ。
いや、本当にそこまで考えてたのかどうかは分からないけど、
私の中では唯はそういう事を考えて行動する奴だった。
きっとそうなんだろうと思う。

だから、悪いのは梓なんだ。
自分の抱えている何かを隠し通そうとする梓が一番問題なんだ。
どんなに辛くても、恐くても、誰かに伝えるべきなんだ。
私に何ができるかは分からないけど、それでも伝えてほしかった。
例えその悩みが人の生死に関わるような重大な問題でも……。
それを想像すると震えてしまうくらいに恐いけど……。

だけど、それでもいいと思う。
そんな問題を梓が抱えてるとしても、私はそれを梓の口から聞きたい。
最後に部長として梓のために何かできるんだったら、私はそうしたいんだ。
困った後輩を持って災難だよな、まったく。
でも……。



392 名前:にゃんこ:2011/07/21(木) 23:49:14.27 ID:Pj2QSlyz0

「部長だからな」

自分に言い聞かせる。
そうだ。
私が部長。五人だけの部だけど、部長は部長だ。
それにドラマーでもある。
皆の背中を見ながら、何かを感じ取れるパートでもあるんだからな。

そういや前に唯が言ってたっけか。
「大丈夫。りっちゃんならできる。
部長だし、お姉ちゃんだし、ドラマーだし!」って。
何の保障にもなってないし、何の説明にもなってないけど、
それでも何かができそうな気になってくるから不思議だ。
よし、と私は一人で拳を握り締めて頷く。

と。
急に何の前触れもなく軽音部の扉が開いた。

「おはよう。早いね、りっちゃん」

自分だけでなく、周りまで優しい気分にさせてくれる声色が部室に響く。
顔を上げて確認するまでもなく、それはムギの声だった。
いや、そもそも何の前触れもなく扉が開いた時点で、
部室に来た人の選択肢はムギかさわちゃんの二人に絞られてたけどな。
足音も立てずに部室にやってくるのはこの二人くらいだ。
二人とも神出鬼没なんだよなあ……。

まあ、ムギの方はお嬢様的な教育か何かで、
足音を立てないよう歩く練習をしているとしても(勝手な推測だけど)、
さわちゃんの方はマジでどうやって足音も立てずに現れてるんだろうか。
……別にどうでもいい事だった。
私は顔を上げてムギの顔を見つめ、「おはよう、ムギ」と言った。



396 名前:にゃんこ:2011/07/23(土) 23:32:01.72 ID:XoDlxcvB0

部室に入ったムギは長椅子に自分の鞄を置きに行く。
私はムギに気付かれないよう、少しだけ微笑んだ。
ひとまずは安心した。
下手をすれば、今日は誰も軽音部に来ないかもと思わなくはなかったんだ。

憂ちゃんの話では、唯が来なくても梓は登校して来るつもりみたいだったけど、
それにしたってちゃんとした確証がある話じゃないしな。
だから、嬉しかった。
ムギが部室に顔を出してくれた事が、私は本当に心から嬉しい。

「ムギと部室で二人きりってのも珍しいよな」

胸の中だけでムギに感謝しながら私が言うと、
鞄を置き終わったムギが顔を上げて応じてくれた。

「そうだね。りっちゃんと二人きりなんて、何だかとっても久し振り。
 ひょっとしたら、夏に二人で遊んだ時以来じゃないかな?」

「そうだっけ?」

夏に二人で遊んだ時……、確か夏期講習が始まる前日くらいの事だ。
まだ四ヶ月くらいしか経ってないはずなのに、随分と前の出来事の様な気がする。
『終末宣言』以来、この一ヶ月半、本当に色んな事があった。
世界が終わるなんて夢にも思わなかった事が現実になったし、
変わらないと思ってた私と澪の関係も、今更だけど大きく動き出そうとしている。

目眩がしそうなくらい多くの事があった。
でも、それも終わる。もうすぐ終わる。
その終わりがどんな形になるかは分からないけど、
少なくとも最後のライブだけは私達の結末として成功させたい。

……ムギはどうなんだろうか?
不意に気になって、私の胸が騒いだ。
そうやって人の考えが気になってしまうのは、私の悪い癖かもしれない。
でも、考え出すとどうにも止まらなかったし、胸の鼓動がどんどん大きくなった。

琴吹紬……、ムギ。
合唱部に入ろうとしてたところを私が引き止めて、軽音部に入ってもらったお嬢様。
キーボード担当で、放課後ティータイムの作曲のほとんどを任せてる。
いつも美味しいお茶とお菓子を振る舞ってくれて、
それ以外にも合宿場所とか多くの事で助けになってくれる縁の下の力持ち。
実際にもキーボードを軽々と運べる力持ちでもある。



397 名前:にゃんこ:2011/07/23(土) 23:36:49.58 ID:XoDlxcvB0

『終末宣言』直後から、ムギが軽音部に顔を出す事は少なくなった。
深く踏み込んで聞いた事はないけど、どうも家の事情が関係しているらしい。
世界の終わりが間近になったと言っても、いや、間近だからこそ、
名家と言えるレベルのムギの家にはやるべき事がたくさんあったみたいだ。

眉唾な話だけど、人類存続のためにそれこそSF的な対策への協力も行われたんだとか。
人類の遺伝子を地下深くに封印するとか、
超強力なシェルターを急ピッチで開発したりとか、
できる限り多くの人達を宇宙ステーションに避難させてみたりとか、
とにかくムギの家はそういう冗談みたいな世界の終わりへの対抗策に追われていたらしい。
家族思いのムギはこの約一ヶ月のほとんどを、
それらの対抗策に追われる両親の手伝いをする事で過ごしてたみたいだ。

「心配しないで」と月曜日に久し振りに会えたムギは言った。
「これからはずっと部活に顔を出せるから」と笑ってくれた。
家の事情で大変だったはずなのに、
登校するのもやっとの状況のはずなのに、
ムギは疲れを感じさせない笑顔でそう言ってくれた。
それ以来、ムギは一日も欠かさずに登校して来てくれている。

対抗策が成功したのかどうかは聞いてない。
国もやれる事はやったみたいだけど、それ以上の事はムギも分からないみたいだった。
まあ、名家とは言え、ムギの家も協力程度で深くは関わってないんだろうし、
もしも対抗策が成功していたとしても、庶民の私達には多分関係ない事だろう。
だから、それに関してはそれ以上の話をしない。
聞いたところで、ムギが困るだけだろうしな。
そんな事よりも、私はムギが登校してくれる事の方が嬉しかった。
それだけで十分だ。

それに最後のライブなんだけど、ムギは誰よりも成功させたいと思ってる気がするんだ。
家の手伝いをしている時でも、メールで澪のパソコンに新曲の楽譜を送って来てくれてたし、
久し振りに合わせたセッションでも全くブランクを感じさせなかった。
きっと時間を見ては練習をしてくれてたんだろう。
今でこそ何としても成功させたいと私も思ってるけど、
憂ちゃんと話すまではムギほど最後のライブに熱心じゃなかった。
軽い思い出作り程度にしか考えてなかったんだ。

考えてみれば、ムギは『終末宣言』前から軽音部の活動に本当に熱心だった。
いつも一生懸命に楽しんで、練習も、練習以外も楽しそうで、
そんなムギの楽しそうな姿が私には嬉しかった。
それだけで軽音部を立ち上げた甲斐があったって思えるくらいに。
私達の軽音部が、この五人の音楽が一番なんだって思えるくらいに。
だから、私はムギに訊ねる。
五人揃っての放課後ティータイムの今と先を考えるために。



398 名前:にゃんこ:2011/07/23(土) 23:37:46.44 ID:XoDlxcvB0

「ムギは私と二人で寂しかったりしない?」

持って回った言い方だったかもしれない。
でも、それ以上の言葉は思い付かなかったし、
思い付いたとしても口に出しては言えなかっただろう。
ムギは自分の椅子の前まで移動しながら、私の言葉に首を傾げる。

「どうして?
 私、寂しくなんかないよ?
 どうして、そんな事を聞くの?」

「いや……、折角家の用事も終わって、
 部活に顔を出してくれてるのに、今日は全員揃えないじゃんか。
 一番忙しいムギが参加してくれてるのに、何か悪いなって思ってさ」

私が頭を掻きながら言うと、ムギがまた微笑んだ。
優しい笑顔で、「心配しないで」と言ってくれた。
言葉自体は最近梓が泣きそうな笑顔で言う物と同じだったけど、
ムギのその言葉は梓の言葉とは優しさとか、想いとか、色んな物が違う気がした。

「大丈夫よ、りっちゃん。
 勿論、今日唯ちゃんと会えないのは残念だけど、それは仕方の無い事だもの。
 私だってずっと部活に来れなかったじゃない?
 そんな事で唯ちゃんを責めたりしないし、それならむしろ責められるのは私の方。
 ずっと出て来れなくて、私の方こそごめんね、りっちゃん……」

自分の椅子に手を置きながら、
それでも自分の椅子に腰を下ろさないままで、ムギが困ったように笑った。
困らせないようにしようと思っていたのに、
結局は私の行動がムギを困らせてしまったみたいだ。
私は自分の馬鹿さ加減に大きく溜息を吐いて、椅子から立ち上がった。
ムギが立って謝ってくれてるのに、私だけ座ったままじゃいられなかった。
立ち上がって目線をムギと合わせて、私は真正面からムギに頭を下げた。



399 名前:にゃんこ:2011/07/23(土) 23:39:10.37 ID:XoDlxcvB0

「謝らないでくれよ、ムギ。
 こっちこそ変な事を言っちゃったみたいでごめんな。
 だけど、気になったんだ。
 唯もそうなんだけど、今日は……、澪も来ないからさ」

今日は澪も来ない。
それはとても言いにくい事だったけど、伝えないわけにもいかなかった。

「澪ちゃんも? 何かあったの?」

ムギが残念そうな声を上げる。
昨日、唯はムギの家に行った後、澪の家を訪ねたと憂ちゃんが言っていた。
例え澪が唯に今日登校しない事を伝えていたとしても、
それが唯からムギに伝える事は時間的にもできなかったんだろう。

結局、夜から携帯電話の電波も、ラジオ電波も、
それどころかテレビ回線と家の電話の電話回線も切れていて、復旧されていなかった。
連絡手段が無い私達は、お互いの出欠確認もままならなかった。
信じるしかなかったんだ。皆で交わした約束を。
部室に集まるって約束を。

だからこそ、私はムギの顔を見るのがとても恐かった。
唯も澪もいない軽音部に、ムギはがっかりしてるんじゃないだろうか。
約束を果たせなかった軽音部に、少なからず失望してるんじゃないだろうか。

しかも、それは澪が悪いわけでも、唯が悪いわけでもない。
この場合、梓だって悪くない。
梓に嫌われてると思えて仕方なくて、梓の悩みから逃げ出した私が無力だったんだ。
今日、全員が揃えない責任は全部部長の私にある。
だから、私はムギの顔を見られないんだ。

「ごめんな……」

顔を上げられないまま、私は絞り出すようにどうにか言葉を出した。

「澪に何かあったんじゃない。
 澪が来ないのは私のせいなんだ。
 こんな状況なのに、もう時間も残り少ないのに、
 それでも答えが出せなくて、悩まずにはいられない私の責任なんだ。
 本当にごめん……」



400 名前:にゃんこ:2011/07/23(土) 23:45:04.00 ID:XoDlxcvB0

実を言うと、澪の件に関しては私の中で一つの答えが固まりつつあった。
今からでもそれを澪の家に行って伝えたなら、
もしかすると澪の悩みは晴れるのかもしれない。
今日の昼過ぎからでも、登校して来てくれるかもしれない。

だけど、私はそれをしたくなかった。
それを澪に伝えるのが恐いって事もあるけど、
曖昧なままでその答えを伝えたくなかったし、
こう言うのも変かもしれないけど、私は悩んでいたかった。
澪にも今日一日は悩んでいてほしかった。
悩んでいたいなんて、滑稽で無茶苦茶にも程がある。
きっとそれは私の我儘なんだろうと思うけど、簡単に答えを出したくないんだ。

世界の終わりも間近なのに、
とても自分勝手で、周りにすごく迷惑を掛けてしまってる。
勿論、ムギにだって……。
だから、私はムギに謝るしかないんだ。

頭を下げる私に、ムギはしばらく何も言わなかった。
何を思って私を見てるのかは分からない。
胸の中で私を責めているのかもしれない。
でも、責められても仕方ないし、私はムギのどんな言葉でも受け入れようと思う。

どれくらい経ったんだろう。
突然、普段より低い声色で、ムギが深刻そうに呟いた。

「りっちゃんは……、澪ちゃんと喧嘩したの?」

何て答えるべきか少し迷ったけど、私は大きく頭を横に振った。

「いや……、喧嘩じゃ……ないな。
 喧嘩じゃないんだけど、今日は会えないんだよ。
 変な事を言ってるとは思うんだけど、悩んでるんだよ、お互いに……。
 悩まなきゃ……、駄目なんだよ、私達は。
 こんな状況で何を悠長な、って思われても仕方ないのは分かってる。
 でも……、でもさ……」

上手く言葉にできない。
自分の中でも曖昧にしか固まってない考えなんだ。
そんな考えを人に上手く伝えられるはずなんてない。
だけど、上手くなくても私はムギに伝えなきゃいけなかった。
ムギも当事者だ。軽音部の仲間なんだ。
そんな私の我儘や曖昧な考えで振り回してしまってる事だけは、謝らなきゃならない。

勿論、まだムギの表情を見るのが恐くて堪らなかったけど、私は顔を上げた。
謝り続けたくはあったけど、単に頭を下げ続けるのも逃げの様な気がしたからだ。
これから責められるにしても、
私はムギの顔を見ながら責められるべきなんだと思うから。
だから、私は伏せていた視線をムギの顔に向ける。真正面から見つめる。



401 名前:にゃんこ:2011/07/23(土) 23:46:08.47 ID:XoDlxcvB0

「やっと顔を上げてくれたね、りっちゃん」

視線を合わせたムギは微笑んでいた。
さっきまでの困ったような笑顔じゃない。
安堵……って言うのかな。
すごくほっとしたみたいな笑顔だった。すごく意外な表情だった。

「よかった……。喧嘩じゃなかったんだね。
 りっちゃんと澪ちゃんが喧嘩してるわけじゃないなら、私はそれで十分よ。

 勿論、今日澪ちゃんと会えないのは残念だけど、
 誰よりも澪ちゃんと付き合いの長いりっちゃんが言う事だもん。
 きっとりっちゃんも澪ちゃんも今日は悩まなきゃいけない日なんだよね。
 だったら、私も応援する。応援したいの、二人の事を」

責められると思ってた。
責められるだけの事はしたと思ってたし、今でも思ってる。
だけど、ムギは笑顔で私を見守ってくれている。
ムギの笑顔は本当に温かくて、それが辛くて、私はまた呟いた。

「でも……、それは私の我儘で、こんな状況なのに……。
 それなのに応援してくれるなんて……、こんな私の我儘を……」

「ねえ、りっちゃん?
 りっちゃんは優しくて、誰のためにでも一生懸命になってくれるよね?
 私はそれが嬉しいし、そんなりっちゃんが大好きよ。

 でも……、でもね……、
 私、りっちゃんにはもっと自分に自信を持ってほしい。
 我儘だって、もっと言ってほしいの」



404 名前:にゃんこ:2011/07/25(月) 23:18:51.01 ID:mNeqt+dR0

「自信って……、だけど私は……」

「学園祭の時だってそう。
 メンバー紹介の時、りっちゃんの自分の紹介がすごく短かったじゃない?
 私、それがとても残念だったの。
 私達の軽音部の部長なんだって、自慢の部長なんだって、もっと皆に紹介したかったな」

「それは……、確かにそうだったけどさ……」

学園祭の時は夢中で記憶はあんまりないけど、何となくは覚えてる。
ムギの言葉通り、学園祭のメンバー紹介の時、私は自分の自己紹介を早々に切り上げた。
それは照れ臭かったからってのもあるけど、
私よりも他のメンバーの紹介をした方が観客の皆も喜んでくれると思ったからでもある。

部長ではある私だけど、
私自身を目当てにライブに来てくれた人はあんまりいないはずだと思ったんだ。
だから、皆の紹介を優先した。
その方が多くの人に喜んでもらえると思ったんだけど、ムギはそれを残念だと言った。
自慢の部長だって言ってくれた。

私はそのムギの言葉にどう反応したらいいのか分からない。
自慢の部長だと言ってくれるのは嬉しいけど、
私にそう言われるだけの価値があるのか自信が無かったからだ。

自信が無い……か。
考えていて、気付いた。
ムギが言うように、確かに私は自分に自信があんまり持ててないみたいだ。
それはもしかすると無意識の内に、
部のメンバーと自分を比較してるからかもしれなかったけど、それは別の問題だった。

ムギが私に自信を持ってほしいと言ってくれている。
今はそれを優先的に考えるべきなんだろう。
少し声を落として、小さな声でムギに訊ねる。

「私、自慢の部長かな……?」

「勿論!」

即答だった。
迷いがなく、お世辞でもなく、ムギは強い瞳でそう言った。
拳まで握り締めて、強く主張してくれた。
元々、ムギは嘘が吐けるタイプでもないし、本気でそう思ってくれてるんだろう。

でも、その理由が私にはどうしても分からなかった。
悪い部長ではなかったと思うけど、
ムギに力強く主張されるほどいい部長だったとも思えないんだ。
私のその疑問を感じ取ってくれたのか、ムギがまた珍しく強い語調で続けた。

「さっきも言ったけど、りっちゃんは部員の私達の事を考えてくれてる。
 自分よりも優先して考えてくれてるよね。

 いつも明るいし、楽しませてくれるし、
 軽音部の皆もそんなりっちゃんの事が大好きだと思うわ。
 この高校生活、途中で終わっちゃう事になっちゃったけど……、
 それはすごく残念だけど……、
 でも、これまでずっとずっと楽しかった。
 本当に本当に嬉しくて……、楽しくて……、
 それは軽音部の部長でいてくれたりっちゃんのおかげよ。

 だから、りっちゃんは自慢の部長よ。
 何度でも自信を持って言えるわ。
 りっちゃんは私達の自慢の部長なの」



405 名前:にゃんこ:2011/07/25(月) 23:21:10.71 ID:mNeqt+dR0

嬉しかった。
そのムギの言葉が心から嬉しくて、舞い上がってしまいそうだった。
私はそんな部長でいられたんだな……。
それだけで軽音部を立ち上げた意味があったと思える。

だけど、同時にそれでいいのかって思ってしまう自分もいた。
ムギが軽音部を楽しんでくれたのは本当に嬉しい。
でも、それは……、それは……。

「ありがとう、ムギ。
 私の事、自慢の部長って呼んでくれて嬉しい。
 楽しんでくれて、私も嬉しい。
 だけど……、それもさ……、私の我儘なんだ……」

私は言ってしまった。
言わない方がいい事だったんだろうけど、私はそれを伝えたかった。
ずっと心の中に引っ掛かっていた事、
皆と笑顔でいながらも少しの罪悪感に囚われてしまっていた事を。
伝えたかったんだ、ずっと。

「私はさ、皆にはいつも楽しんでほしいし、笑っててほしいよ。
 そのためには何だってしてあげたいし、そうしてきたと思う。
 さっきムギは私が優しくて、皆のために一生懸命になれるって言ってくれたけど、
 それは全部、皆のためじゃなくて自分のためなんだよ。
 私は皆が楽しんでるのが嬉しくて、自分が喜びたくて、皆を楽しませてるんだ。
 軽音部の部長をやってるのも、自分が楽しみたかったからで……。

 ごめんな……。
 私はそんな自慢の部長なんかじゃなくて……。
 澪との事でもムギに迷惑掛けてる自分勝手な奴なんだよ……」

私の言葉はどんどん小さくなって、最後には止まった。
こんな事を伝えてもムギが困るだけって事は分かってたのに、
私は何でこんな事を言っちゃってるんだろう。
でも、ずっと気になってる事だった。

皆の……、特にムギと唯の笑顔を見ると、たまに不安になってたんだ。
私は私のために軽音部をやってて、
自己満足のためにムギや唯を楽しませてて、
そんな自分勝手な私の姿を知られたくなくて……、
でも、知ってほしかった。
謝りたかったんだ、それだけは。

急にムギが歩き始める。
手を伸ばせば私に届く距離にまで近付く。
誰かのために一生懸命のようで、
その実は自分の事ばかり考えてた私にムギは失望したんだろうか。
平手打ちの一つでも来るんだろうか。
それも構わない、と私は思った。
平手打ちの一つどころか、好きなだけ叩いてくれていい。
ムギが私の目の前で両腕を上げ、勢いよく振り下ろす。
衝撃に備え、私は覚悟を決めて瞼を閉じる。
一瞬後、私の両側の頬に衝撃が走った。



406 名前:にゃんこ:2011/07/25(月) 23:23:37.61 ID:mNeqt+dR0

だけど……。
その衝撃は私の想像していたそれとは、痛みが全然違った。
平手打ちなんてものじゃない。
友達を呼び止める時、ちょっと勢いよく肩を叩く程度の衝撃だった。

「もう……。駄目よ、りっちゃん」

ムギの穏やかな声が響き、閉じていた瞼を開いてみて、気付く。
ムギが私の頬を両手で優しく包んでいる事に。
気が付けば、私は絞り出すように呟いていた

「何……で……?」

「いいんだよ、りっちゃん。
恐がらなくても、大丈夫。恐がる必要なんてないわ。
だからね、そんなに自分を責めちゃ駄目よ、りっちゃん」

「私が恐がってる……?」

私の言葉にムギがゆっくり頷く。
そのムギの頷きを見て、
そうか、私は恐かったのか、と妙に冷静に私は考えていた。

世界の終わりは勿論恐いけど、それ以外の事も多分恐かった。
澪との関係に答えを出す事も恐かったし、梓の問題を解決できるかも不安でたまらない。
これからの事に不安は山積みだ。
でも、何より恐いのは、最後のライブを成功できるのかって重圧かもしれなかった。
それは聡や憂ちゃんのせいじゃない。
ライブを楽しみにしてくれる人が想像以上に多かった事を、自分一人で恐がってたんだと思う。

「そうだな……。恐かったのかもな……」

軽く私が頷くと、「うん」とムギもまた頷いた。
それから困ったような笑顔を浮かべる。
微苦笑とでも言うんだろうか。私が困らせてしまった時、ムギが浮かべる表情だ。



407 名前:にゃんこ:2011/07/25(月) 23:25:31.44 ID:mNeqt+dR0

「私もね……、本当はすっごく恐かったの。
 この一ヶ月、私、お家のお手伝いをしてたじゃない?
 詳しい事は分からないんだけど、でもね、ずっとお手伝いをしてると実感してくるの。
 家族や、お手伝いの皆や、色んな人が必死に頑張ってる姿を見てると、感じるの。
 世界の終わりの日は冗談なんかじゃなくって、本当に来るんだって。
 それを皆、分かってるんだって……。

 私、恐かったわ。
 世界の終わりも恐かったし、私の大好きな皆も消えちゃうのがすっごく恐かった。
 だからね、私、お家で何度も泣いちゃったわ」

「泣いちゃったのか?」

「うん。自分で言うのは、ちょっと恥ずかしいね……。
 でも、本当よ?
 毎日、お家のお手伝いが終わったら、ベッドの中でずっと泣いてたの。
 お手伝い中、泣かないように我慢してた涙を全部流しちゃうくらい、大声で泣いてた。
 しばらくの間、朝起きたらすごい顔してたな」

そう言うと、ムギの微苦笑から苦笑が消えた。
簡単に言えば、普段の優しい微笑みに戻ってた。
こんな時だけど、私は気が付けば軽口を叩いていた。

「そっか……。見たかったな、その時のムギの顔」

「駄目よ。その時の顔だけはりっちゃんにも見せられないわ」

「そりゃ残念だ」

わざと悪い顔になって私が言うと、「もう」とムギは軽く私の頬を抓った。
いや、これも抓ったってほどじゃない。
指に少し力を入れただけなのが、どうにもムギらしい。
そう感じがら、私は安心してる自分に気付いていた。

この一ヶ月、泣き過ぎてすごい顔になってたとムギは言った。
毎日じゃないだろうけど、学校に来なかった日にはそういうすごい顔をしてた日もあったんだろう。
だけど、少なくとも今のムギはそんなすごい顔をしてなかった。
今のムギは私達を安心させてくれる優しい顔をしてる。
つまり、ムギは泣かなくなったんだ。
世界の終わりに対する恐怖は完全には消えてないにしても、泣く事だけはやめたんだ。
笑顔でいる事に決めたんだ、最後まで。



408 名前:にゃんこ:2011/07/25(月) 23:26:02.46 ID:mNeqt+dR0

「ムギはいい子だな」

言いながら、私も右手を伸ばしてムギの頬を触る。
柔らかく、温かいムギの頬。
ムギは首を傾げながら、少しだけ赤くなる。
もしかしたら、珍しい私の言動に照れてるのかもしれない。
顔を赤くしたまま、またムギが優しく微笑んで言った。

「りっちゃんだって素敵よ。
 とっても素敵な私達の自慢の部長。
 だって、世界の終わりの日が恐くなくなったのは、りっちゃんのおかげだもの」

「私の……?
 でも、私は何も……」

してない、と言うより先に、ムギは首を横に振った。
癖のある柔らかいムギの髪が私の手をくすぐる。
その後に私に向けたムギの顔は、これまで見たどんなムギの顔より綺麗に見えた。

「ううん。
 りっちゃんの……、りっちゃん達のおかげで私は恐くなくなったよ。
 確かに『終末宣言』の後、りっちゃん達と話す機会は少なかったけど、
 私の中のりっちゃん達が私を励ましてくれたの。
 離れていたけど、ずっと傍にいてくれたの」

「ムギの中の私達……?」

「うん。私の中のりっちゃん達が……。
 あ、でもね、妄想とか、妖精さんとかね、そういう事じゃないの。
 泣いてた時、本当に恐かったのは世界が終わる事より、
 りっちゃん達ともう会えなくなるって考える事だったんだ。

 あんなに楽しかったのに、あんなに夢中になれたのに、
 その時間がもうすぐ終わっちゃうなんて、とっても辛かった。
 りっちゃん達が私と同じ大学を受けてくれるって聞いて、
 まだ楽しい時間を続けられるって思ってたのに、それができなくなるのが嫌だったの。
 だから、何度も何度も泣いちゃった」



409 名前:にゃんこ:2011/07/25(月) 23:27:36.50 ID:mNeqt+dR0

「私も……、そうだよ、ムギ……。
 自分が死ぬとかより、皆と会えなくなる事の方が辛かった」

「でもね、泣きながら気付いたんだ。
 離れてても、りっちゃん達が私の中にいる事に。
 勿論、離れてても平気って事じゃなくて、
 上手く言えないけど、上手く言えないんだけど……」

ムギが言葉を失う。
何か大切な事を伝えようとしてくれてるんだろうけれど、いい言葉が見つからないに違いない。
でも、それをムギには言葉にしてほしいし、私もそのムギの言葉を聞きたかった。
その手助けをしてあげたかったけれど、私はどうにも無力だった。
自分の想いすら曖昧にしか表現できない私には、ムギのその言葉を導いてあげられない。
くそっ……、何やってんだ、私は……!
どうにか……、どうにかしたいのに、してあげたいのに……!
左手で頭を抱え、私はつい唸り声を上げてしまう。
瞬間、ムギが笑った。
これまでの優しい微笑みとは違う、何かが楽しくて浮かべる様な笑顔だった。

「もう、りっちゃんたら……。
 また私のために一生懸命になっちゃうんだから……。
 本当に優しいよね、りっちゃんは」

「あっ……」

今度は私が赤くなる番だった。
ムギの頬から手を放して、視線を逸らす。
その私の様子をムギは嬉しそうに見てたみたいだったけど、
しばらくしてから、「そうだわ」と何かを思い付いたように言った。

「ねえ、りっちゃん?
 これから新曲を合わせてみない?
 微調整をしておきたい所もあるし、私、りっちゃんのドラムが聞きたいな」



413 名前:にゃんこ:2011/07/27(水) 22:49:40.83 ID:X9dpuirv0






ドラムとキーボートだけの曲合わせ。
前代未聞ってほどじゃないけど、結構珍しい事だとは思う。
私もムギと二人だけで曲を合わせるなんてほとんどした事なかったし、
二人だけで合わせるのが完全な新曲なんて事は初めてのはずだった。

それにドラムとキーボートだけで曲の微調整なんてできるものなのか?
私は少しそう思ったけど、
作曲なんてした事ない私に詳しい事は分からなかったし、
こう言うのもなんだけど、曲の微調整の方は別にどうでもよかった。

「りっちゃんのドラムが聞きたい」とムギは言った。
そう言ってくれるならすぐにでも聞かせてあげたいし、
私の方だってムギのキーボードが聞きたかった。
この三日間、ムギが登校して来てくれるようになったおかげで、
ムギのキーボードを全然聞けてないってわけじゃないけど、
月曜日も火曜日も私の心に迷いがあったせいで集中しては聞けてなかった。

だから、私はムギのキーボードを聞きたい。
いや、違う。聞きたいんじゃなくて、聴きたい。
耳を澄まして、肌を震わせて、身体全身でムギのキーボードを感じたいんだ。
勿論、私の方にはまだ多くの迷いや恐怖がある。
それを忘れる事はできないし、しちゃいけないと思うけど、
せめて迷いは頭の片隅に置くだけにしておいて、気合を入れて演奏したいと思う。

……って、気合を入れてみたんだけど、私にはまだ不安があった。
だけど、その不安の原因は澪の事でも、梓の事でもなかった。
実は我ながら恥ずかしいんだけど、新曲を上手く叩けるか自信が無いんだよな……。
だって、新曲、超難しいんだぜ?

いや、難しい事は難しいんだけど、
それより新曲のジャンルに慣れてないからってのが大きいかな。
新曲とは言ってもいつもの甘々な曲調になるだろうって思ってたんだけど、
ムギの作曲した新曲は何故か今までの放課後ティータイムには無い激しい曲だったんだ。
ひょっとすると、澪の意向があったせいかもしれないな。

何故だか分からないけど、澪は今回の曲だけは激しい曲に仕上げたいらしかった。
恩那組って感じの熱く激しいロックスピリッツなバンドをしたかった私としては嬉しい限りなんだけど、
いくら何でもバンドを結成して二年以上経ったこの時期に、
いきなりこれまでと全然違うジャンルの曲をやれと言われても難しいってもんだ。
まったく……。
困ったもんだよ、澪の気紛れも……。

でも、そう思いながら、気が付けば私は頬が緩んでいた。
何だかとても懐かしい感覚が身体中に広がってる。
新曲を上手く演奏できるかどうかで不安になれるなんて久し振りだ。

あんまり褒められた話でもないけど、
そんな事で不安になれる感覚が自分に残ってた事がとても嬉しい。
キーボードの準備をするムギに視線を向けて、気付かれないように頭を下げる。
これから先も私は迷い続けていくんだろうけど、
今だけだとしてもこんなに落ちつけてるのはムギのおかげだ。

私の視線に気付いたのか、ムギが私の方に向いて首を傾げる。
私は頭を上げて、何もなかったみたいに笑顔で手に持ったスティックを振る。
まだ少し首を傾げながらも、ムギは微笑んで右手の親指と人差し指で丸を作る。
キーボードの準備が完了したって事だ。

私は椅子に座り直し、背筋を伸ばしてから深呼吸する。
上手く演奏できるか分からないし、
そもそもドラムとキーボートだけでどれだけ合わせられるかも微妙なところだ。
だけど、それでも構わない。
これはこれからも私達が放課後ティータイムでいられるかの再確認なんだから。



414 名前:にゃんこ:2011/07/27(水) 22:50:16.34 ID:X9dpuirv0

頭上にスティックを掲げる。
両手のスティックをぶつけ、リズムを取る。
ムギのキーボードが奏でられ始める。
普段の甘い曲調かと錯覚させられる穏やかな曲の始まり。

だけど、即座に変調する。
激しく、滾るような、今までの私達には無い曲調に移行する。
歌詞が無いどころか、まだ曲名すら決まってない未完成の新曲。
でも、この曲は間違いなく私達の新曲で、恐らくは遺作となるだろう最後の曲。

私は全身で、これまでの曲以上に激しくリズムを刻む。
曲は所々で止まる。サビの部分も満足な形で演奏できない。
リードギターも、リズムギターも、ベースすらもいないんだから当然だ。
ドラムとキーボードだけの、ひどく間抜けなセッション。
セッションと呼んでいいのかも分からない曲合わせ。

でも、私とムギは目配せもなしに、演奏を合わせられる。
確かに私達の出番が無い箇所では演奏が短く止まる。
そればかりは誰だってどうしようもない事だ。
だけど、再開のタイミングを合わせる必要は私達には無い。

そりゃ楽譜通りに確実に演奏すれば、
タイミングを合わせる必要なんて無いだろうけど、残念ながら私にはそこまでの実力はない。
楽譜通りに完璧に演奏できれば、ドラムが走り過ぎてるなんて言われないだろうしな。
それでも私が確実に合わせられるのは、聞こえるからだ。
私だけじゃない。きっとムギも聞こえてるはずだ。
私達以外のメンバーの演奏が。

勿論、こう言うと台無しなんだけど、それは幻聴だ。
今ここにいないメンバーの演奏が聞こえるなんて、幻聴以外の何物でもない。
幻聴が聞こえる理由だって分かってる。
覚えてるからだ。
耳が、身体が、心が、皆の演奏を刻み込んでるからだ。
何度も練習した新曲を覚えてるから。覚えていられたから。

上達の早い唯のリードギターを。
努力の果てに手に入れた堅実な澪のベースを。
安定して皆を支える梓のリズムギターを。
仲間の、音楽を。

だから、そこにいなくても、私達は皆の演奏を心で聴く事ができる。
その演奏に合わせる事ができるんだ。
何も奇蹟って呼べるほどの現象じゃないだろう。
こんな事、多分、誰にだってできる。
仲間がいれば、きっと誰にでも起こるはずの日常だ。
日常で上等だ。特別なんて私には必要ない。
私は嬉しかった、その日常が。

さっきムギの言っていた事が理解できてくる。
「私の中のりっちゃん達が私を励ましてくれたの」ってムギの言葉。
傍にいるだけが仲間じゃない。
傍にいる事に越した事はないけど、傍にいなくても仲間は胸の中にいてくれる。
だから、ムギは泣くのをやめる事ができたんだ。
私もそうなんだって気付いた。

世界の終わりが辛くて悲しいのは仲間がいるからだけど、
世界の終わりを直前にしても前に進もうと思えるのは仲間のおかげなんだ。
当然だけど、皆が傍にいないのは寂しくて胸が痛む。

でも、それ以上に安心できて嬉しくなるし、胸が熱くなってくる。
私はまだ生きている。
私達はまだ生きていられる。

だから、逃げたくないし、世界の終わりに負けたくない。
もうすぐ死んでしまうとしても、それだけは嫌だ。嫌なんだ。
そうか……。
私があの時、澪の前で泣き出してしまった理由は……。



415 名前:にゃんこ:2011/07/27(水) 22:52:45.37 ID:X9dpuirv0

演奏が終わる。
一度もミスをする事なく、ムギとの演奏を終えられた。
完璧に合わせる事ができた。
ムギの演奏だけじゃなくて、私の中の皆の演奏とも。
心地良い疲れを感じながら、私はムギに声を掛ける。

「やっぱドラムとキーボードだけってのは寂しいよな」

「うん。それはそうよね。流石に少し無理があったね」

そう言いながら、ムギも微笑んで私を見ていた。
多分、私がすごく嬉しそうな顔をしてたからだろう。
仕方ないじゃないか。すごく嬉しかったんだから。

「ありがと、ムギ。
 ムギの言いたい事、何となく分かったよ。
 言葉にはしにくいけど、心の中では分かった気がする。
 仲間と離れたくはない。離れてても平気なはずない。

 だけど……、離れてても私達の中には、良くも悪くも仲間がいるんだよな……。
 ドラムを叩いてると聞こえるんだよ、皆の演奏が。
 それが辛いんだけど、悲しいんだけど……、それ以上に嬉しい……な」

「私も聞こえたよ、皆の演奏。
 だから、もっと頑張らなくちゃって思うの。

 それと、私の方こそありがとう、りっちゃん。
 涙が止まらなったのはりっちゃん達がいたからだけど、
 涙を止められたのもりっちゃん達のおかげなの。
 だから、本当にありがとう、りっちゃん」

「考えてみりゃ、
 私の勝手でムギを軽音部に引きずり込んだわけだけど、
 今思うとそうしてて本当によかったと思うよ。
 私の我儘に付き合ってくれて、ありがとな、ムギ」

「ねえ、りっちゃん?
 私の持って来るお菓子、好き?」

唐突に話題が変わった。
ムギが何の話をしようとしているのか分からない。
私は面食らって変な顔をしてしまったけど、素直に頷く事にした。

「勿論好きだぜ?
 美味しいもんな、ムギの持って来るおやつ。
 前持って来てくれたFT何とかって紅茶も美味しかったしな」

「FTGFOPね。
 今日も持って来てるから、後で淹れてあげるね」

「おっ、ありがとな、ムギ。
 そういや、もしかしたら軽音部が廃部にならなかったのって、ムギのおかげかもな。
 唯が入らなきゃ廃部になってたわけだけど、
 唯の奴、ムギのおやつがなかったら、うちに入ってなかった可能性が高いからな……。

 あっ、やべっ。冗談のつもりだったけど、何だか本当にそんな気がしてきた……。
 ……本当にありがとな、ムギ。その意味でも!」



416 名前:にゃんこ:2011/07/27(水) 22:54:58.75 ID:X9dpuirv0

私のお礼にムギは微笑んだけど、急に表情を曇らせて目を伏せた。
ムギがそんな表情をする必要なんて無いのに、何があったのか不安になった。
目を伏せたままで、ムギが小さな声で呟く

「そのお菓子をね……、
 本当は私のために持って来てたって言ったら、りっちゃんは私を嫌いになる?」

「え? 何だよ、いきなり……」

「私ね、皆に美味しいお菓子を食べてもらいたかったの。
 皆が喜んでくれるのは嬉しいし、皆の笑顔を見るのが好きだったから。

 でもね……、それだけじゃないの。
 ずっと隠してたけど、私ね、皆が喜んでくれるのが嬉しいから、
 自分が嬉しくなりたいから、お菓子を持って来てたんだ。
 「ムギちゃん、すごい」って言われたくて、自分のために持って来てたの」

「でも、それくらい誰だって……」

「ううん、最後まで聞いて。
 それにもう一つ隠してた事があるの。

 私、恐かったの……。
 お菓子を持って来ない私を好きになってもらえる自信がなかったの……。
 お菓子を持って来ない私なんて要らないって言われるのが恐くて、
 だから、そんな私の我儘を通すためにずっとお菓子を持って来てた。

 ねえ、りっちゃん?
 そんな自分勝手な私の話を聞いてどう思う?
 嫌いに……、なっちゃったかな……?」

そんな事で嫌いになるかよ!
ムギの気持ちは分かる。本当によく分かる。
私も恐かった。
いつも明るく楽しいりっちゃんって言われるけど、
そうじゃない私が人に好かれるか恐くなった事は何度もある。

たまに落ち込んで辛い時もあったけど、
そんな時でも無理して明るい顔をしてた。
恐かったからだ。明るくない自分が拒絶されるのが恐かったから。
だから、ムギの言う事がよく分かるんだ。
確かにそれは自分勝手かもしれないけど、そんな事で嫌いになるわけなんてない。

私はそれをムギに伝えようと口を開いたけど、それが言葉になる事はなかった。
言葉にする直前になって、
そのムギの言葉が新曲の演奏前に、私がムギに言っていた事と同じだと気付いたからだ。
そうだよ……、何を言っちゃってたんだよ、私は……。
自分勝手に動いてる罪悪感に耐え切れなくて、ムギに弱音を吐いてただけじゃんかよ……。
真の意味で自分の馬鹿さ加減に呆れてきて、放心してしまう。
そんな間抜けな表情を浮かべる私とは逆に、柔らかく微笑んだムギが続けた。



417 名前:にゃんこ:2011/07/27(水) 22:58:57.52 ID:X9dpuirv0

「分かってくれたみたいね、りっちゃん。
 だから、自分の事を自分勝手だなんて、我儘だなんて思わないで。
 誰かのために何かをしてるみたいで、
 本当は全部自分のためだったなんて、誰だってそうなんだって私は思うの。

 私だってそうだし、本当の意味で誰かのために何かを行動できる人なんていないと思うわ。
 皆、自分の得のために、誰かの手助けをするの。
 自分を好きになってもらうためだったり、自分をいい人だと思うためだったり、

 でも、それでいいんだと思うわ。
 それにね……、それでも私は嬉しかったの。
 軽音部に入って、皆の仲間に入れてもらえて、すっごく嬉しかった」

「私だって……。
 私だって、ムギが仲間に入ってくれてすごく嬉しかった。
 澪にも言ってないけど、実はムギが入部してくれた日さ、
 家に帰った後も布団の中で何度も何度もガッツポーズするくらい嬉しかったんだ。
 本当に嬉しかった」

二人とも、いや、多分、誰でも自分のために生きてる。
自分のためにしか生きられない。
でも、ムギはそれでいいと言ってくれた。
私が私のためにムギを部に誘ったとしても、それがすごく嬉しかったからだ。
それを私に気付かせてくれるために、
隠してたかったはずのムギ自身の本音まで教えてくれて……。
私のせいでそんな事をさせてしまって、またムギに謝りたくなってしまう。

いや、きっとムギはそんなの望まないだろう。
今はごめんなさいって言葉よりも、ありがとうって言葉が必要なんだ。
だから、私はムギに感謝する。
仲間になってくれて、親友になってくれてありがとう。
心からそう伝えたい。

だけど、最後に一つだけ……。
私の最後の不安をムギに聞いてもらいたいと思う。

「私は我儘だと自分でも思う。でも、本当にそれでいいのか?」

「いいの。りっちゃんは我儘でもいい。
 りっちゃんの我儘の中は、単に我儘だけじゃなくて、
 私達の事を考えて言ってくれる我儘の方が多いんだから。
 それが私達には嬉しいの。

 りっちゃんの我儘のおかげで、私達は軽音部でとても楽しかったんだしね。
 だから、もっと自分に自信を持って。
 私達に自慢の部長って自慢させてほしいな」

「だけど、思うんだよな。
 たまに私は度の過ぎた我儘を言っちゃう事があるって。
 それで何度も皆を傷付けた事があると思ってる。
 もしもまたそうなっちゃったら……。
 気が付かないうちに皆を傷付ける我儘を言っちゃってたら……」

「大丈夫よ。その時は……」

言葉を止めたムギが、右手で自分の右目を吊り上げ、左手で何もない場所を軽く殴る。
何だか見慣れた光景を思い出す。

「その時は澪ちゃんが叩いてくれるよ」

言って、ムギが吊り上げてた目を元に戻す。
ツリ目で左利きの拳骨……、澪の物真似のつもりだったらしい。
そういや、マンボウ以外のムギの物真似は珍しい。
少しおかしくなって笑いをこぼしながら、私は自分に言い聞かせるように呟いた。



418 名前:にゃんこ:2011/07/27(水) 22:59:29.67 ID:X9dpuirv0

「そっか……。そうだよな……」

「勿論、そんな時は私達だってちゃんと言うよ。
 唯ちゃんは突っ込んでくれるだろうし、きっと梓ちゃんも注意してくれる。
 私だってりっちゃんのおやつを抜きにしちゃうからね」

「それだけは勘弁してくれ……」

うなだれて呟きながらも、私は嬉しくて泣きそうになっていた。
私が失敗してしまっても、注意してくれる仲間がいる。
そう思う事で、すごく安心できる。
おやつ抜きは嫌だしな。

最初こそ私の我儘から始まった部活だったけど、
皆にとってこんなにも大切な居場所にする事ができたのか……。
もうすぐ失ってしまうこの部活だけど、
このままじゃ終わらせない。絶対に終わらせてやらない。
もう世界の終わりになんか負けるもんか。

「ありがとう、ムギ」

これまで何度も言ってきた言葉だけど、
こんなに心の底から滲み出て、極自然にありがとうと言えたのは初めての気がする。

「どういたしまして」

ムギがとても綺麗な笑顔で微笑む。
私は照れ臭くなって、両手に持ったスティックを叩き合わせる事で誤魔化す事にした。

「よし。じゃあ、練習続けるぞ、ムギ!」

「あいよー!」

唯みたいな返事をして、ムギがまた演奏を始める。
私も難しい新曲に体当たりでぶつかっていく。
私達の音楽を、奏でる。
そこにいないメンバーの曲を心で再現しながら、未完成な曲を心で完成させる。

難易度の高いパートを終え、曲の繋ぎのパートに入った時、急にムギが演奏を止めた。
私も手を止め、振り返って私の方を見るムギに視線を向ける。
ムギがミスをしたわけじゃないし、私だってミスしてない。
急な訪問者があったわけでもない。
何の前触れもなく、唐突にムギが演奏を止めたんだ。
でも、その急展開の理由には、私にも心当たりがあった。
もしかしたら……。

「なあ、ムギ。ひょっとして……」

「うん、ごめんね……。
 難しい所が終わって気を抜いてる私の中の唯ちゃんがギターを失敗しちゃって……。
 それが気になって演奏止めちゃった……」

「確かにそこ何度も唯がミスした所だよな。
 実を言うと、さっき私の思い出してる時も唯がそこでミスしてたし。
 難易度の高い所はできるのに、何でそこが終わると気を抜いちゃうんだ……、

 って、うおい!
 そこまで再現せんでいい!」

長い乗り突っ込みだった。
私達の心の中にはいつだって軽音部の仲間がいる。
いい意味でも、悪い意味でも……。
今回は悪い意味だったみたいだけど。
勿論、それが嫌なわけじゃない。
ムギがばつの悪そうに苦笑して、私もそのムギに合わせて笑った。
明日、唯に会ったら、このパートを重点的に気を付けるように言っておこう。




412 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/07/27(水) 18:30:09.85 ID:/gLROacZ0

にゃんこさん乙
元ネタ調べて知っといた方が楽しめるのかな
それともネタバレになるから知らないほうがいいのだろうか





419 名前:にゃんこ:2011/07/27(水) 23:03:36.23 ID:X9dpuirv0



此度はおしまいです。
ムギ編もこれでおしまい。
長かったですね。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。
原作の『終末の過ごし方』ですが、プレイしてもネタバレ要素は少ないかもしれません。
『終末~』なのは設定だけで、このSSのほとんどは『けいおん!』寄りなので。
プレイしてたら、ニヤリと出来るくらいだと思います。
でも、いいゲームなんで、機会があればプレイしてみて下さい。




420 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/27(水) 23:25:13.37 ID:bibpY6gko

ムギ編も面白かった






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