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律「終末の過ごし方」#6 【非日常系】


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http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1304790351/

律「終末の過ごし方」#index


421 名前:にゃんこ:2011/07/31(日) 21:15:23.78 ID:bwm/XcdO0






六回くらいムギと新曲を合わせ終わった時、
私は軽音部に向かってくる忙しない足音に気が付いた。
多分、走ってるんだろうその足音。
それは待ち合わせに遅刻しそうな時に唯が立てる足音に似てたけど、
今日は唯は憂ちゃんと過ごすはずで、ここには来ないはずだった。
勿論、澪の足音ともかなり違う気がする。
つまり、軽音部に近付いて来ているこの足音の持ち主は……。

私の身体が小さく硬直する。
心臓の鼓動が僅かにだけど速くなる。
逃げ出したあいつの姿を思い出して、胸が痛んでくる。
正直、辛いし、若干逃げ出したくもある。

でも、もう逃げられないし、逃げたくない。
まだ確認は取れてないけど、何が起こってもおかしくないこの時期、
あいつにあんな夜の道を一人で出歩かせるような事だけは、もうさせちゃいけない。
もう私があいつに嫌われているんだとしても、
嫌われてるなりにしなきゃいけない事もあるはずだ。

私は頷いて、スティックを片付ける。
近付いて来る足音をじっと待つ。
ふと視線を送ると、ムギもどこか緊張した表情で唇を閉じていた。
ムギは鈍感じゃない。
人の気持ちを察する事ができるし、近付く足音の持ち主が誰かも分かってるはずだ。
ムギも私と同じ気持ちなんだな……。
そう思うと勇気が湧いてくる。
今度こそあいつと向き合うんだって、そんな気持ちにさせてくれた。

「おはようございます!
 すみません、遅くなりました!」

扉が開いて、挨拶が部室内に響く。
私はムギと二人で部室の扉の方向に視線を向ける。
勿論、扉を開いたのは私達の小さくて唯一の後輩の梓だった。
走ってたせいか息を上げて、ほんの少し汗も掻いてるみたいだ。
昨日までは制服で部室に来てたのに、
今日の梓は何故か私服なのが少し気になる。

「おう、おはよう」

自分の掌にも汗を掻くのを感じながら、私は何気ない素振りで声を掛ける。
これから重大な話をしなきゃいけないんだと思うと、やっぱり緊張してしまう。

「梓ちゃん、おはよう」

ムギの声も何だか上擦ってるように聞こえた。
ムギも緊張してるんだ。
梓は自分の悩みを私だけじゃなく、誰にも語らなかったし、
それどころか自分が悩んでいる素振りすら誰にも見せないようにしていた。

自分は悩んでない。
誰にも心配される必要はない。
梓のそんな姿はかえって私達を不安にさせる。

『本当に辛い事ほど、「大好き」な人には言えないものだから』。
不意に昨日聞いた和の言葉を思い出す。
梓が私達の事を大好きかどうかは別問題としても、
本当に辛い事ほど誰かに話す事ができないのは確かだと私も思う。
私だってそうだったし、誰だってそうだと思う。
本気で悩んでるんだけど……、
って、自分から切り出すような悩みなんて、きっと本当は大した事じゃない悩みなんだ。

だから、恐い。
梓がどれだけ大きな悩みを抱えてるのか、想像もできない。
そんな悩みを私なんかがどうにかできるんだろうか。
無理じゃないかと思えて仕方がない。
私はちっぽけで凡人の単なる女子高生なんだ。
きっと、私が梓の悩みを探るのは、梓にとっても迷惑に違いない。
それでも、このまま逃げる事だけはしちゃいけないはずだ。
私と梓のお互い……な。



422 名前:にゃんこ:2011/07/31(日) 21:16:07.36 ID:bwm/XcdO0

「今日、唯先輩が来ないらしいですね。
憂から聞きました。今日唯先輩と会えないのは残念ですけど……。
でも、唯先輩もちゃんと憂の事を考えてたみたいで、何だか嬉しいです」

寂しげな笑顔で呟きながら、
梓が長椅子に自分の鞄を置きに……いかない。
そりゃそうだ。
今日の梓は私服姿で自分のギターを持ってるだけだった。
どうして私は梓が長椅子に自分の鞄を置きに行くと思ったんだ?

いや、答えは簡単だった。
梓だけじゃない。部室に入った時、私達はまず長椅子に自分の鞄を置きに行くからだ。
誰が決めたわけでもない。
その方が楽だから誰もがそうしてるってだけの習慣だ。
考えてみれば、ここ最近、梓は自分の鞄を持って来てない気がする。
まあ、授業も無いんだから、かさばる鞄を家に置いてるだけなのかもしれないけど。

「あれ?
 そういえば澪先輩は?」

梓は唯だけじゃなく、澪も部室にいない事に気付いたらしい。
部室内を見回しながら、何でもない事みたいに訊ねてきた。
そうだ。梓は今日澪も来ない事を知らなかったんだ。
澪が今日来ないのを知ってるのは、私がそれを話した憂ちゃんだけだからそれも当然だった。

ムギに伝える時もそうだったけど、他に悩みを持ってるはずの梓にはそれ以上に言いにくい。
嫌でも自分の身勝手さを実感させられて、ひどく申し訳なくなってくる。
でも、私はまっすぐに梓の瞳を見つめて、その言いにくい事を伝える事にした。
言わないで終わらせられる事じゃなかったし、
これから私は梓にそれよりもずっと言いにくい事を何度も言わなきゃいけないんだから。

「澪は今日、来ないんだ」

私の言葉に、梓の寂しげな笑顔が硬直した。
私が何を言っているのか理解できないって表情だった。
胸が強く痛い。心が折れそうだ。
梓は特に澪に憧れていた。その先輩と会えないなんて、かなりの衝撃だろう。
私なんかで澪や唯の代わりが務まるとも、とても思えない。
梓の中の自分の立ち位置を実感させられて、私の方が辛くなってきそうだ。

自業自得……かもな。
いや、私の辛さなんて、今は関係ないか。
今は梓の辛さや迷いの方に目を向けなきゃいけない時だ。
私は言葉を絞り出して続ける。

「ごめんな……。
 別に喧嘩したわけじゃないんだけど、今日はさ、澪は……」

私のその言葉は最後まで伝える事はできなかった。
突然、梓が泣き出しそうな表情に変わって、
ギターの『むったん』も置かず、そのまま部室から飛び出してしまったからだ。
止める時間も隙もない。
本当に一瞬と言えるくらいの時間に、梓は部室からいなくなってしまった。



423 名前:にゃんこ:2011/07/31(日) 21:18:31.29 ID:bwm/XcdO0

私は呆然とするしかなかった。
そこまで……なのか?
そこまで私は梓に疎ましく思われてるのか?
唯と澪が傍にいなければ、話もしたくないくらいに私を嫌ってるのか?
嫌われてるなりに……とは思ってたけど、
ここまで嫌われてるなんて私は……、もう……。
陳腐な言い方だけど、心のダムが決壊してしまいそうだった。
ダムが決壊して、涙腺が崩壊して、その場で壊れるくらいに泣きじゃくりたい気分だ。
そんなに梓は私の事を嫌ってたのかよ……。

「りっちゃん……」

ムギが私に声を掛ける。
考えてみれば、ムギも同じ立場と言えるのかもしれない。
こんなのムギだって辛いはずだ。
泣きたくて仕方がないはずだ。
そう考えて、振り返って見てみたムギの表情は辛そう……じゃなかった。
私の予想とは裏腹に、ムギは意志を固めた強い表情で私を見ていた。
自分の辛さなんかより、優先しなきゃいけない事を分かっいてる表情。

「りっちゃん!」

もう一度ムギが言うけれど、
やっぱり情けなくて弱い私は、
辛さに沈み込みそうで、
今にも泣きそうで仕方がなくて、
私は……、私は……。

「うおりゃあっ!」

大声を出して、私はドラムの椅子から立ち上がる。
歯を食い縛り、なけなしの想いを奮い立たせて、無理矢理に立ってみせる。

「追い掛けるぞ、ムギ!」

大声でムギに宣言する。
ムギが嬉しそうに私を見てくれる。
分かってる。
立ち上がれたのは別に私自身の力ってわけじゃない。
だからってムギが励ましてくれたからでもない。
そうだ。私達は二人だから……、今は二人だから、一緒に強くいられたんだ。
その場で泣くんじゃなくて、梓をどうにかしなきゃって思えたんだ。
そういう事なんだ。



424 名前:にゃんこ:2011/07/31(日) 21:19:42.30 ID:bwm/XcdO0

「うん!」

ムギがキーボードの電源を落として、力強く頷く。
二人で部室の扉を開き、お互いにお互いを奮い立たせて駆け出していく。
部室を飛び出し、階段を駆け降りて、一瞬私達の動きが止まる。

梓の事で不安になったわけじゃない。
その気持ちはずっと心に抱いてるけど、
そんな事ではもう私達の脚や心は止められない。
動きが止まったのは、単に梓がどこに走って行ったのか見当も付かなかったからだ。
普通ならここで私達の思い出の場所なんかを捜すんだろうけど、
残念だけど私達と梓の思い出の場所は軽音部の部室なんだ。
軽音部の部室から出てきた以上、私達はどこか別の場所を捜さなくちゃいけない。

梓はどこだ……?
教室か? 体育館か? 保健室か?
それとももっと予想外の場所なのか?
下手すりゃ学校外に出てる可能性も……?
仕方ない。
ひとまずムギとは二手に分かれて片っ端から……。

「律先輩! ムギ先輩!」

瞬間、私達は呼ばれ慣れた呼び方で、遠くから誰かに呼ばれた。
でも、そう呼ぶのは梓だけのはずだなんだけど、その声は梓の声とは違っていた。
それなら誰が私達を呼んだんだ?
声がした方向を見回し、その声の持ち主が近付いて来るのを見付けて思い出した。
そういえば、あの子も私達を梓と同じ呼び方で呼んでいた。
クルクルしたツインテールの梓の親友……、純ちゃんも。



429 名前:にゃんこ:2011/08/02(火) 22:27:09.14 ID:02RQBnjM0






純ちゃんが息を切らし、可愛らしい癖毛を振り乱して駆け寄って来る。
今まで見た事もない、とても深刻な表情を浮かべて。
純ちゃんの事をそんなによく知ってるわけじゃない。
だけど、純ちゃんがこんなに必死な表情を浮かべる事なんて、滅多にないはずだった。
いつも笑顔ってわけじゃないけど、
私の知ってる純ちゃんは静かに微笑んで梓を見守ってくれる子だった。
つまり、よっぽどの事が起こったんだ、きっと。

「どうしたんだ、純ちゃん?」

駆け寄って来る純ちゃんの方に私達も向かう。
今は梓を追い掛けなきゃいけない時だけど、純ちゃんの事も放ってはおけなかった。
それに純ちゃんが深刻な表情で私達を呼び止める理由なんて、梓以外の理由であるはずがない。
私とムギも必死に廊下を駆ける。
私達と純ちゃんの距離は歩いて十秒掛かる距離ですらなかったけど、今はそんな時間ももどかしかった。
一秒でも早く純ちゃんと話がしたかったんだ。
私達と純ちゃんの距離が手が届くくらいになった時、私は純ちゃんの両肩を掴んで矢継ぎ早に訊ねた。

「何? どうしたの? 梓に何かあったの?
 もしかして走るスピードが速過ぎて、転んで怪我したとか?
 それとも、階段から転がり落ちたとかか?
 梓は大丈夫なのか? 無事なのか?
 怪我してるんだったら、すぐに保健室かどこかで治療しないと……」

早口にまくしたて過ぎてたかもしれない。
でも、私の言葉は止まらなかった。
梓が私の事を嫌いでもいい。
この際、世界が終わるのだって別問題だ。
せめて世界が終わるまでは、梓には怪我もなく無事にいてほしい。
誰だろうと何だろうと梓を傷付けさせたくない。
勿論、私自身も含めて、梓を傷付けるものを許したくなかった。

「りっちゃん、落ち着いて」

私の後ろまで駆け寄って来ていたムギが私の肩に手を置く。
落ち着けるはずない。そんな事をしている余裕なんてない。
落ち着いてなんて……。
不意に。
目の前の純ちゃんの表情が少し緩んだ事に私は気が付いた。

「純ちゃん……?」

「いえ、すみません。ちょっと嬉しくて……」

必死だった表情がどこへ行ったのか、
純ちゃんの表情は普段梓を見守ってくれるような優しく静かな微笑みになっていた。
嬉しい……?
純ちゃんが何を言っているのかは分からない。
でも、少なくとも純ちゃんの表情を見る限りは、
梓が怪我をしたとか、梓に何かの危険が迫ってるとか、そういう事は無さそうだった。
私は純ちゃんの両肩を掴んでいた手から力を抜いて言った。

「梓は無事なんだよね……?」

「はい、お騒がせしてすみません、律先輩。ムギ先輩も……。
 梓は怪我なんかしてません。変質者に襲われてるって事もないですよ。
 そういう意味では梓は大丈夫です」

「そういう意味で……?」

私がそう疑問を口にすると、また急に純ちゃんが真剣な表情になった。
さっきまでの深刻そうな表情とは違って、
自分が言うべき事を口にしようって強い意志を感じる表情に見えた。
純ちゃんは真剣な表情のままで口を開く。

「あの……、律先輩……?
 律先輩は梓を苛めたりなんかしてませんよね?」

「え? 何なの、いきなり……。
 そんな……。私は梓を苛めてなんて……」



430 名前:にゃんこ:2011/08/02(火) 22:29:32.52 ID:02RQBnjM0

いきなり過ぎる。純ちゃんは何を言ってるんだ。
私は梓を苛めてない。苛めるはずなんかない。
でも、自信を持って「苛めてない」と言えない自分も確かにいた。
梓が軽音部に入って以来、私は小さな後輩ができた事が嬉しくて、
梓をいじったりからかってきたし、何度も迷惑を掛けてきたとも思う。
だけど、それは全部梓が可愛くてやってきた事だ。
梓の事が好きだから、からかいながら一緒に楽しみたかった。

梓はそれをどう思っていたんだろう?
やっぱり迷惑で頼りない部長だって思ってたんだろうか?
もしかしたら、自分は苛められてると思っていたのかもしれない。
だから、この時期になって、私から何度も逃げ出しているのかもしれない。
梓は私に苛められてると思ってたのかもしれない。
私に苛められてるって純ちゃんに相談したりもしてたのかもしれない。

……私は梓にどう思われてるんだ?
どんなに決心しても、結局は何度も考えてきた壁にぶち当たる。
無限に迷路を迷い続けてるみたいに、無限に何度も……。

「違うよ!」

唐突に廊下に大きな声が響いた。
私の声でも、純ちゃんの声でもない。
勿論、私と純ちゃんのやりとりを後ろから見ていたムギの声だった。
振り返って見てみると、ムギが今にも泣きそうな顔で胸の前で拳を握り締めていた。

「違うよ、純ちゃん……!
 りっちゃんは梓ちゃんを苛めたりしてない。
 苛めたりなんかしない!
 りっちゃんは……、りっちゃんはとっても梓ちゃんの事を大切に思ってるもの!
 りっちゃんは私達の自慢の部長なんだから……!
 勿論、私だって梓ちゃんの事が大切で……。
 だから……、だからね……、りっちゃんは……!」

それ以上、言葉にならない。
涙を堪えるので精一杯なんだ、って思った。
何だよ……。
ムギは世界が終わる事も我慢できるのに……、
それだけの強さがあるくせに……、
私の事なんかで泣きそうにならないでくれよ……。
涙を流しそうにならないでくれよ……。

でも、思った。
梓にどう思われてるのかは分からないけど、
少なくともムギは私をそういう風に見てくれてたんだって。
梓を大切にしてると思ってくれてたんだって。
こんなに皆に支えられてる私を自慢の部長だって思ってくれるんだって……。

だから、私は言った。
少なくともムギの前では自慢の部長でいられるように。

「私はさ、純ちゃん……。
 これまで梓を苛めた気はこれっぽっちもないけど、梓にどう思われてるか分からない。
 ひょっとしたら、梓の方は私の事を嫌な先輩だって思ってたのかも……。
 でもさ、本当にそうだとしたら私は梓に謝るよ。
 だって、私は梓が大切だし、梓にとっても自慢の部長になりたいからさ」

まったく……、私は何度も回り道をし過ぎだった。
どんなに決心しても、結局は何度も考えてきた壁にぶち当たる。
無限に迷路を迷い続けてるみたいに、無限に何度も……。

でも、発想の転換が得意なひらめきりっちゃんと言われる私とした事が、
どうしてこんなに単純な事に気が付かなかったんだろう。
無限に迷い続けて何度も壁にぶつかるなら、その壁を壊せばいいだけの事なんだ。
どう思われてるかなんて、結局は本人に聞くしかないんだ。
そして、今がその時だった。
いや、ひらめきりっちゃんって呼び名を考えたのも、今だけどな。

「ごめんな、何度も何度も……。
 でも、もう大丈夫。大丈夫だよ。
 無理もしてないし、落ち着いて梓と話せると思う。
 もしも梓に本当に嫌われてたらさ……。
 その時はムギが慰めてくれよな」



431 名前:にゃんこ:2011/08/02(火) 22:30:19.03 ID:02RQBnjM0

私は軽く微笑みながら、まだ泣きそうな顔をしてるムギの頭を撫でる。
私は本当に無力で、一人じゃ何もできない。
仲間がいなきゃ、何もできやしない。
でも、仲間がいるから……、もう大丈夫だと思う。
またいつか迷う事もあるだろうけど、その時もきっと仲間がいてくれるだろう。

「うん……。
 うん……!」

泣きそうな顔で、ムギが笑う。
その顔を見て、ムギは本当に可愛いな、ってこんな時だけど私は思った。
可愛くて、無邪気で、優しくて、強くて……。
そんなムギが部員でいてくれて、よかった。

唇を引き締め、純ちゃんに視線を戻す。
上手く伝わったかは分からないけど、
私達の梓に対する想いが少しでも伝わってたらいいなと思う。
純ちゃんはもう少しだけ真剣な顔を崩さなかったけど、
いつしか安心したような笑顔になっていた。

「変な事を聞いてすみません、律先輩。
 だけど、確かめておきたかったんです。
 今日、私、最近の梓の様子が気になって学校に来たんですけど、
 さっき廊下を泣きそうな顔で走ってく梓を見たんです。
 私が声を掛けても、返事もしないですごい勢いで走り去って行きました。
 すごく……辛そうな顔で走って行ったんです」

「確かめておきたかった……、って?」

「まさかとは思ったんですけど、
 もしかしたら、梓は軽音部の皆さんに苛められてるんじゃないかって思ったんです。
 そんな事はないって信じてます。
 信じてましたけど……、あんな顔の梓を見るとどうしても不安になっちゃって……。
 律先輩だけじゃなくて、ムギ先輩にも失礼な事をしてしまって……、本当にすみませんでした」

「ううん、いいの。
 純ちゃんは本気で梓ちゃんを心配しててくれたんでしょ?
 だから、いいの。
 私の方こそ、大きな声を出しちゃってごめんね……」

ムギが申し訳なさそうに頭を下げる。
純ちゃんの方は少し動揺した表情になって、胸の前で手を振った。

「い、いえいえ!
 失礼な事をしたのは私の方なんですから、謝らないで下さい。
 悪いのは私の方なんで……!
 でも……」

「でも?」

「苛めはないにしても、梓が悩んでるのは軽音部の事だと思うんです。
 この一週間、梓の様子がおかしいのは皆さんも分かってると思います。
 私もそれを何度か梓に訊ねてみたんですけど、
 梓ってば辛そうに「大丈夫。何でもないから」って答えるんですよ。
 何でもないはずないのに、梓ってば何を言ってるのよ、もう……!」

苛立たしそうに純ちゃんが地団太を踏む。
何も言わない梓に苛立ってるってのもあるんだろうけど、
そんな親友に何もしてあげられない自分にも苛立ってるんだろう。
これまでの私達がそうだったみたいに……。



432 名前:にゃんこ:2011/08/02(火) 22:30:56.03 ID:02RQBnjM0

だけど、そうなると梓は軽音部どころか、親友にも何も相談してないみたいだ。
この調子だと家族にも何も伝えずに、自分一人で悩みを抱え込んでるんだろう。
一体、何をそんなに悩んでるってんだ……。
って、そういやさっき純ちゃんが気になる事を言ってなかったか?
私はおずおずとそれを純ちゃんに訊ねてみる。

「なあ、純ちゃん。
 梓の悩みが軽音部の事……、ってのは?」

「あ、いえ、確証はないんですけど、何となくそう思うんです。
 私が軽音部の事を話題に出す度に、梓が本当に辛そうな顔をするんですよ。
 梓、『終末宣言』の前から皆さんの卒業が近付いてるのが寂しいみたいで、たまに憂鬱そうでした。
 最近の梓の様子は何だかその憂鬱が悪化したみたいに見えるんです。
 私が軽音部の話をしようとすると、怯えてるみたいに小刻みに震え出すくらいなんです。
 梓は必死にそれを私や憂に気付かれないようにしてるみたいですけど……」

「そっか……。
 そりゃ確かに軽音部で苛めがあるんじゃないか、って純ちゃんが思っても仕方ないな。
 でも、軽音部の事で、一体何の悩みがあるんだ……?
 私の事が嫌いなら、もうそれでもいい。
 だけど、話を聞く限りじゃ、どうもそんな程度の問題じゃなさそうだし……」

「梓はその何かを終焉よりも恐がってると思います。
 梓にとって、終焉より、自分の死よりも恐い何かって、何なんでしょう……。
 それもそれが軽音部の事でなんて……。
 悔しいなあ……。こんな事ならもっと早く軽音部に入っておけばよかった……」

「純ちゃん、軽音部に入ってくれるつもりだったの?」

私が訊ねるより先に、ムギが言葉に出していた。
何だかその声色には喜びが混じってるような感じもする。
ムギの言葉に、純ちゃんは「しまったなあ」と呟いて苦笑した。

「梓には言わないで下さいよ?
 実は私、皆さんが卒業した後、憂と一緒に軽音部に入部するつもりだったんです」

「憂ちゃんも?」

「はい。私が頼んだら憂は梓のためならって、快く引き受けてくれました。
 私もジャズ研の事は惜しいですけど、やっぱり梓を放っておけませんから。
 これ本当に梓には言わないで下さいよ?
 こういうのは相手に知られないでやるのがカッコいいんですから」

照れ臭そうに純ちゃんが笑う。
梓もいい親友を持ったんだな、と嬉しくなってくる。
私の隣にいるムギも嬉しそうだ。
でも、その純ちゃんの笑顔が少しだけ曇った。

「まあ、終焉のせいで、その計画も無駄になっちゃいましたけどね……」

終焉……、世界の終わりは私達からあらゆるものを奪っていく。
計画や予定、未来を奪い去る。
だけど……。

「無駄にさせないよ」

私は言った。
まだ遅くはないはずだ。まだ間に合うはずなんだ。

「世界の終わりを止めるのは無理だけど、純ちゃんのその気持ちは絶対に無駄にしない。
 軽音部に入ろうとしてくれてた事は秘密にするけど、
 それくらい梓の事を思ってくれた親友がいた事だけは絶対に梓に伝える。
 無駄にしちゃいけないんだ」

純ちゃんの瞳を覗き込んで、私は心の底から宣言する。
強がりじゃないし、純ちゃんのためでもない。
私がそうしたいと感じたいから、そうするんだ。



433 名前:にゃんこ:2011/08/02(火) 22:31:48.05 ID:02RQBnjM0

「カッコいい……」

不意に純ちゃんがそう呟いたけど、すぐにはっとして自分の口元を押さえる。
私は悪戯っぽく微笑み、照れた様子の純ちゃんの前で右手の親指を立てた。

「お、私に惚れ直したかい? 私に惚れると火傷するぜ?」

「え……、遠慮しときます! 私には澪先輩がいるんで!」

そりゃ残念だ、と私が頬を膨らませると、純ちゃんが小さく笑う。
それから聞き取るのが難しいくらい小さな声で、何かを呟いた。

「もう……、面白いなあ、律先輩は……。
 本当に先輩なのかな、この人は……。
 でも、そんな律先輩が梓も好きなんだよね……。
 ちょっと悔しいけど、律先輩なら……」

「ん? どしたの?」

「律先輩。
 実は私、梓が今どこにいるか知ってるんです」

「本当っ?」

「はい。梓を追い掛けて、どこに入っていくかも見届けましたから。
 ここから距離はありませんし、まだそこにいるはずです。
 でも……」

そこで言葉を止め、純ちゃんは人差し指を立てて凛々しい顔になった。
何だか年上のお姉さんのような仕種だった。

「最初に言っておきますよ?
 これから私は先輩達に梓の居場所を教えます。
 でも、それは先輩達に梓の事を任せるって事じゃありませんよ。
 多分、梓の抱えてる悩みは軽音部の事だから、
 私は先輩達に梓の居場所を教えてあげるんです。
 軽音部の悩みじゃ、私には梓に何もしてあげられないじゃないですか。
 だから、軽音部の問題は軽音部の皆さんで解決して下さい」

そう言った純ちゃんの頬は少し赤味を帯びていた。
梓の問題を私達に任せるのが悔しく、
同時にそれを素直に表現できない自分が恥ずかしいんだろう。
その気持ちは私にも分かる。
もしも澪が何かの悩みを抱えていて(今抱えてる悩みじゃなくて、あくまで仮の話で)、
それを解決できるのが自分じゃない誰かだったとしたら、私も悔しくて堪らないと思う。

気が付けば私は口を開いていた。
純ちゃんを気遣ったわけじゃなく、素直な気持ちが言葉になっていた。

「分かってるよ。任されたなんて思ってない。
 そうだな……。
 言うならこれは軽音部の私達と、梓の親友の純ちゃんの共同作業なんだ。
 純ちゃんは軽音部の問題に口出しできないから、私達が梓と話をする。
 私達は梓の悩みが軽音部の何かだって事を分かってなくて、それを教えてもらえた。
 これから梓の居場所も教えてもらえるしな。
 だからこれは、誰が欠けてもできない律ムギ純の共同作業なんだよ」

伝えるべき事は全て伝えたつもりだ。
純ちゃんがそれをどう受け取ったかは分からなかったけど、
しばらくして純ちゃんは困った顔で微笑んでくれた。



434 名前:にゃんこ:2011/08/02(火) 22:32:25.16 ID:02RQBnjM0

「律ムギ純って……。
 他に言い方なかったんですか?」

「え? 駄目だった?
 私的に会心の出来だったんだけど……」

「全然駄目ですよ。カッコよくないです。
 でも、共同作業って言葉は気に入りました。
 意外とやりますね、律先輩」

「意外とってどゆことかなー……」

手を伸ばして、純ちゃんのモコモコしたツインテールをくしゃくしゃに弄ってやる。
癖毛を弄るのはあんまり好ましいと思われないだろう事だったけど、
純ちゃんは梓がたまに見せる甘えたような表情を見せた。
こう見えて、純ちゃんもやっぱり後輩なんだな。

「最後に一つだけ聞きたい事があります」

私にツインテールを弄られながら、純ちゃんが真顔で私とムギの顔を見渡して言った。

「先輩達は梓の事をどう思ってるんですか?」

「大切な仲間だ!」

「大事な後輩よ!」

私とムギの答えが重なる。
流石に一言一句同じとはいかなかったけど、二人の想いは一緒みたいだった。
私達の答えを聞いて、純ちゃんは満足そうに頷く。

「分かりました。これから梓の居場所を教えます。
 軽音部の部室で待ってますから……、
 絶対に笑顔の梓を連れて帰って来て下さいよ?」

「当然だ!」

「勿論!」

また私とムギの言葉が重なって、純ちゃんが嬉しそうに笑った。



435 名前:にゃんこ:2011/08/02(火) 22:36:09.87 ID:02RQBnjM0



今日はここまでです。
純ちゃん編もこれにて終了。

話もようやく佳境に入ってまいりました。
この展開がよく分からんとか、この伏線はどうなったんだ、みたいな事があれば何でも聞いてください。
少しでもお役に立てる答えを返せたらと思います。
いや、ひょっとすると自分でも忘れてる伏線があるかもなんで……。
そんなことはないと思いたいのですが。




436 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/08/02(火) 23:53:39.87 ID:J4QDh1tXo


もう佳境なのか
梓の行動とかが気になってたけど
いよいよ解き明かされるのね



437 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/08/04(木) 23:54:39.82 ID:OnGsCNDS0


次回も楽しみだ






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律「終末の過ごし方」#6
[ 2012/03/07 19:38 ] 非日常系 | 終末の過ごし方 | CM(1)

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タイトル:
NO:5804 [ 2012/03/08 18:26 ] [ 編集 ]

続き気になる
焦らすねー

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