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律「終末の過ごし方」#10 【非日常系】


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律「終末の過ごし方」#index


530 名前:にゃんこ:2011/09/07(水) 21:27:19.45 ID:tJM7Uq2s0






唯には先に部室に行ってもらって、私は少しだけ教室に残る事にした。
胸が詰まって、皆の前には顔を出せそうになかったからだ。
まだ泣いてるわけじゃないけど、ちょっとした事で大声で泣き出してしまいそうだ。
それは悲しみの涙じゃないけれど、皆の前で見せるのはちょっと恥ずかしかった。
ネタや悲しい涙ならともかく、
嬉しさから出る涙はあんまり人前で見せたいもんじゃないからな。

今頃、唯は謝る梓を笑って許して、いつもと変わらず梓に抱き付いてる事だろう。
いや、いつもとは言ってみたけど、そういえばこの一週間、唯は梓に抱き付いてない気がする。
梓が悩む姿を見せるようになってから、多分、一度も抱き付いてないはずだ。

自由に見える唯だって、空気が読めないわけじゃない。
梓が笑顔を取り戻せるようになってからじゃないと抱き付けなかったんだろう。
だから、唯は今、笑顔を取り戻した梓に存分に抱き付き、強く抱き締めてるに違いない。
これまで抱き付けなかった分、そりゃもう強く、強く……。
梓もそんな唯の姿に安心して、私と同じように嬉しさの涙を流しそうになってるかもな。

もしかしたら、唯だけじゃなく、ムギも梓に抱き付いてるかもしれない。
ムギだって梓の事を心配してたんだし、ムギが梓に抱き付いちゃいけないなんて決まりも無い。
唯が嬉しそうに梓に抱き付いてるのを見ると、私だってたまに梓に抱き付きたくなるもんな。
三人はそうして、今まで心を通わせられなかった時間を取り戻してるはずだ。
世界の終わりを間近にして、それでもギリギリでいつもの自分達を取り戻す事ができるはずだ。

できれば私もその場に居たかったけど、そういうわけにもいかなかった。
それは三人に涙をあんまり見せたくないからでもあったけど、
それ以上に私には最後に伝えなきゃいけない答えがまだあったからだ。

梓の悩みをきっかけに、私達放課後ティータイムは深く自分達の事について考えられた。
長い時間が掛かったけど、皆がそれぞれの答えを出して、
それぞれが世界の終わりに向き合って、どう生きていくか決める事ができた。
変な話だけど、梓が悩んでくれた事で、私達はまた強く一つになれたんだと思う。
だから、私がこれから伝えなきゃいけないのは、単なる個人的な問題の答えだ。

別にその答えがどんなものでも、私達が放課後ティータイムである事は変わらない。
必ず伝える必要がある答えでもない。
答えを伝えなくても、曖昧なままでも、私だけじゃなく、
あいつだって最後まで笑顔のまま、放課後ティータイムの一員でいられるはずだ。

曖昧なままで終わらせてもいい私達の最後の個人的な問題。
それはそれで一つの選択肢だけど、私はそれをしたくはなかった。
馬鹿みたいな答えしか出せてないけど、私はあいつにそれを伝えたい。
それが、私と私達が、最後まで私と私達でいられるって事だから。

だからこそ、私は教室に残ったんだ。
二人の関係にとりあえずでも、結論を出してみせるために。

予感があった。
いや、予感と言うより、経験則って言った方が正しいかもしれない。
経験則ってのは、経験から導き出せるようになった法則って意味でよかったはずだ。
その意味で合ってるとして、私はその経験則から教室に残った。

あいつは登校した後、間違いなく最初にここに来る。
部室に顔を出すより先に、私と二人きりで会おうとする。
皆の前で笑顔でいられるために、最初に私と話をしておきたいって考える。
それで何処に私を呼びだそうか考えるために、とりあえず教室に足を踏み入れるはずだ。

……って私が考えるだろう事を、あいつは分かってる。
分かってるから、今、あいつは自分を待つ私に会いに教室に向かっている。
そうして教室に向かって来るあいつを、私は待つ。
そんな風に私達はお互いが何を考えているか分かってしまっている。痛いくらいに。

だから、待つ。
心を静め、高鳴る胸を抑えて、自分の席に座ってその時をじっと待つ。
多分、その時はもうすぐそこにまで迫ってる。

それから数分も経たないうちに。
耳が憶えてるあいつの足音が近付いて、
教室の扉が開いて、
少し震えた声が、
教室に響いた。

「……おはよう、律」

ほら……、な。
私は立ち上がり、声の方向に視線を向ける。
震えそうになる自分の声を抑えながら、言った。

「よっ、澪。
 ……久しぶり」



531 名前:にゃんこ:2011/09/07(水) 21:27:48.16 ID:tJM7Uq2s0






会わなかったのは一日だけだったけれど、澪と会うのはすごく久しぶりな感じがした。
たった、一日。だけど、一日。
特に世界の終わりが近くなった一日を澪と離れて過ごすなんて、
思い出してみると気が遠くなるくらい長い時間だった。

片時も澪の事を忘れなかったと言ったら流石に嘘になるけど、
それでも、心の片隅にずっと澪が居たのは確かだし、
誰かと話してる時にもまず最初に考えてしまうのは澪の反応だった。

私がこうしたら澪はどう反応するんだろう。
私がこの言葉を言ったら澪はどんな話をし始めるんだろう。
そんな風に、何をする時でもそこには居ない澪の反応が気になってた。

そうだな。そう考えると、澪が居たのは私の心の片隅じゃない。
澪は私の心の真ん中をずっと占領していたんだ。
だから、一日会わなかっただけで、澪の存在がこんなにも懐かしいんだ。

「よっ、律……」

言いながら、澪はまず自分の席に近付いて行く。
私の「久しぶり」という挨拶については、何も突っ込まなかった。
澪も私と同じように考えているんだろう。
こう考えるのは自信過剰かもしれないけど、
多分、澪も自分が何かをしようとする時には、私の反応を気にしてくれてるはずだ。

去年の初詣だったか、私が電話を掛けると急に澪に怒られた事がある。
「今年は絶対騙されないからな」と、意味も分からず私は澪に怒られた。
澪が言ってるのがそれより更に一年前の初詣の事だと気付いたのは、結構後にムギに指摘されてからだ。

そういえば一昨年の初詣の時、
私は澪に晴れ着を着てくるのか聞いて、澪にだけ晴れ着を着させた事があった。
晴れ着を着るかと私が聞けば、真面目な澪は皆が晴れ着を着るって勘違いすると思ったんだ。

私の狙い通り、澪は一人だけ晴れ着を着て来て、恥ずかしそうにしていた。
からかうつもりがあったのは否定しないけど、
そんな事をした本当の理由は澪の晴れ着が見てみたかったからだ。
勿論、そんな事を口に出す事は、これからも一生ないだろうけど。
例え澪と恋人同士になったとしても、な。

とにかく、去年の初詣の時、澪はそういう理由で私を怒ったみたいだった。
そんな事気にせずに好きな服を着ればいいのに、澪はどうしても私の反応が気になるらしい。
「澪ちゃんはいつもりっちゃんの事を気にしてるんだよ」って、
去年の初詣前の事情を話した時にムギが妙に嬉しそうに言っていた。

何もそこまで、とその時は思わなくもなかったけど、
今になって考えてみると、私も人の事を言えた義理じゃない。
小さな事から大きな事まで、私の行動指針の中央には確かに澪が居る。
和と澪が仲良くしてるのが何となく悔しくて、
澪に嫌われたかもって考えた時には、恥ずかしながら体調を崩しちゃったくらいだしな。
いや、本当に今思い出すと恥ずかしいけどさ。

どんな時でも、そんな感じで私達はお互いの事を意識し合ってる。
それくらい私達はお互いの存在をいつも感じてる。
いつからこうなったんだろう……。
嫌なわけじゃないけど、何となくそう思う。

最初は特別仲良しだったわけじゃない。
元々は正反対な性格だったし、澪の方も最初は私を苦手に思ってた感じだった。
それなのに少しずつ二人の距離は近付いていって、
一日会わなかっただけでお互いの存在が懐かしくなるくらい身近になった。
禁忌ってほどじゃないけど、女同士で恋愛関係にさえなりそうになるくらいに。
そんな中で私に出せた答えは……。



535 名前:にゃんこ:2011/09/12(月) 21:24:05.48 ID:ouRyDjbN0

「梓の悩み、分かったんだな……」

自分の席に荷物を置きながら、小さく澪が呟いた。
その言葉からはまだ澪の真意や心の動きは掴めない。

「まあな。梓、おまえにも謝りたがってたよ。
 後で会いに行ってやれよ」

「ああ……。
 でも、まさかキーホルダーを失くした事で、
 梓があんなに悩んでくれてたなんて思いもしなかったよ。
 そんな小さな事であんなに……」

「小さな事に見えても、梓の中ではすごく大きな事だったんだ。
 それに、人の事は言えないだろ?
 私達も……さ」

「小さな悩み……か。
 うん……、そうかも、しれない。
 生きるか死ぬかって状況の時なのにさ、私は何を悩んでるんだろうな……」

少しだけ、澪が辛そうな表情をする。
ちっぽけな悩みやちっぽけな自分を実感してしまったのかもしれない。
死を目前にすると、悩みなんて何処までも小さい物でしかない。
勿論、私自身も含めて、だ。

私も『終末宣言』後、小さな事で心を痛め、死の恐怖に怯え、
声にならない叫びを上げそうになりながら、無力な自分に気付く。
その繰り返しを何度も続けるだけだった。
世界の終わりを間近にした人間がやる事なんて、何もかもがちっぽけなんだろう。
これから私がやろうとしている最後のライブだって……。

私は自分の席から立ち上がって、まだ立ったままの澪に近付いていく。
澪は動かず、近付く私をただ見つめている。
澪の前の……、いちごの席くらいにまで近付いてから、私はまた口を開いた。

「小さな悩みだよ、私達の悩みも。
 すっげーちっぽけな悩みだ。
 世界の終わりが近いのに、私達二人の関係なんかを悩んでる。
 小さいよな、私達は……」

私の言葉に澪は何も返さない。
視線を落とし、唇を噛み締めている。
無力で弱い自分を身に染みて感じてるみたいに見える。

昔から、澪は弱い子だった。
恥ずかしがり屋で、臆病で、弱々しくて、
私より背が高くなった今でも何処までも女の子で……。
そんな風に、弱くて、儚い。
私の、
幼馴染み。

私はそんな弱くて儚い澪を、何も言わず見据える。
ちっぽけな私達を、もうすぐ終わる残酷な世界の空気が包む。
心が折れそうになるくらい、辛い沈黙。
言葉を失う私達……。

だけど。
不意に視線を落としていた澪が、顔を上げた。
強い視線で、私を見つめた。
辛そうにしながらも、言葉を紡ぎ出してくれた。

「でも……、でもさ……、律……。
 小さい悩みだけど、その悩みは私にはすごく大きい悩みなんだ……。
 終末の前だけど……、そんな事関係なくて、
 ううん、終末なんかより私には大きい悩みでさ……。
 馬鹿みたいだけど、それが私が私なんだって事で……。
 上手く言えないけど……、上手く言えないんだけど……」

言葉がまとまってない。
言ってる事が無茶苦茶だ。
多分、澪自身も自分が何を言いたいのか分かってないんだろう。
でも、馬鹿みたいだと思いながらも、澪は自分の悩みを大きい物だと言った。
それくらい大きな……、大切な悩みなんだって、自分の口から言葉にして出してくれたんだ。



536 名前:にゃんこ:2011/09/12(月) 21:25:00.92 ID:ouRyDjbN0

「そうだよな……。馬鹿みたいだよな……」

私は囁くみたいに言った。
でも、それは辛いからじゃなくて、全てを諦めてるからでもない。
上手くなくても、自分の想いを澪が口にしてくれたのが嬉しかったからだ。
私は沈黙を破り、澪に伝えたかった言葉をまっすぐにぶつける。

「馬鹿みたいだし、何もかも小さい悩みなんだって事は分かってる。
 私なんて物凄くちっぽけな存在で、
 多分、居ても居なくてもこの世界には何の関係も無いんだろうな、とも思うよ。
 私はそれくらい小さくて、そんな小さい私の悩みなんてどれくらい小さいんだって話だよな。

 でもさ……、やっぱりそれが私でさ。
 小さくて、世界の終わりの前に何もできなくても、私は生きてるんだ。
 誰にとっても小さくても、私だけは私の悩みを小さい悩みなんて思いたくない。
 大きくて大切な悩みなんだって思って、抱え続けたいんだ。
 勿論、澪の悩みもな」

澪は何も言わなかった。
これまでみたいに、言葉を失ってるわけじゃない。
多分、私の真意が分かって、少し呆れてもいるんだろう。
しばらくして、澪はいつも見せる苦笑を浮かべながら呟いた。

「……試したのか、律?」

「別に試したわけじゃないぞ。
 澪の気持ちを澪の口から聞きたかったんだ。
 澪ってば、自分の気持ちを中々口にして出さないからさ。
 その辺の本当の気持ちを聞いときたかった。
 ごめんなー、澪ちゅわん」

「何だよ、その口調は……。
 私は律が思うほど、自分の気持ちを隠してるわけじゃないんだぞ。
 律は昨日、私が律の事を思って、
 ずっと泣いてたって思ってるかもしれないけど、お生憎様、そんな事は無いぞ。

 そりゃ律の事は考えてはいたけどさ、でも、それだけじゃないぞ。
 ちゃんと新曲の歌詞を考えたりもしてたんだ。
 おかげで律が感動して泣き出しちゃうくらいいい歌詞が書けたんだからな。
 後で見せてやるから、覚悟しとけよな」

多少の強がりはあるんだろうけど、澪のその言葉は力強くて心強かった。
昔から、澪は弱い子だった。
でも、それは昔の話だ。
今もそんなに強い方じゃないけど、弱さばかり目立ってた昔とは全然違う。
澪は強くなったと思う。高校生になってからは特にだ。

それは私のおかげ、と言いたいところだけど、私のおかげだけじゃないだろうな。
唯やムギ、和や梓……、
色んな仲間達との出会いのおかげで、澪は私が驚くくらい強くなった。
そうでなきゃ、私と恋人同士になりたいなんて言い出さなかっただろうしな……。

昔の澪なら、仮にそう思ったとしても、
言い出せずにずっと胸にしまい込んでるだけだっただろう。
強くなったんだな、本当に……。
私はそれが少し寂しいけれど、素直に嬉しくもある。

「私の事を一日中考えてたわけじゃなかったのは残念だが、その意気やよし。
 それにさ、小さな悩みだって分かってても、
 それが世界の終わりより大きな悩みだって言えるなんてロックだぜ、澪。
 世界に対するいい反骨心だ。
 それでこそ我等がロックバンド、放課後ティータイムの一員と言えよう。
 褒めてつかわすぞよ」

「……なあ、律。
 今更、こんな事を聞くのは、おかしいかもしれないんだけど……」

「どした?」

「放課後ティータイムってロックバンドだったのか?」

本当に今更だな!
と突っ込もうとしたけど、私の中のもう一人の私が妙に冷静に分析していた。
実を言うと、前々からそう考えてなくもなかったんだ……。
軽音部で私がやりたいのはロックバンドだったし、
甘々でメルヘンながらも放課後ティータイムは一応はロックバンドだと思おうとしてた。

しかし、よくよく考えてみると、やっぱりロックバンドじゃない気がどんどん湧いて来る。
そういえば、今日の放送で紀美さんが言っていた。
ロックってのは、曲の激しさじゃなくて、歌詞や心根が反骨的かどうかなんだって。



537 名前:にゃんこ:2011/09/12(月) 21:26:10.27 ID:ouRyDjbN0

……やっべー。
放課後ティータイムの曲の中で、反骨的な歌詞の曲が一曲も無い気がする……。
いや、そんな事は無いはずだ。
いくらなんでも、一曲くらいはあってもいいはず。

えっと……、ふでペンだろ?
それとふわふわ、カレー、ホッチキス……。
ハニースイート、冬の日、五月雨にいちごパフェにぴゅあぴゅあ……。
あとはときめきシュガーとごはんはおかず、U&Iなわけだが……。

あー……。
見事なまでに反骨的な歌詞が無いな……。
作詞の大体を澪に任せたせいってわけじゃない。
ムギの作曲と唯の歌詞のせいでもある。

考えてみれば、放課後ティータイムの中で辛うじてロックっぽいのが私と梓しか居ない。
しかも、その二人が揃いも揃って、作詞も作曲もしてないわけだから、
そりゃ何処をどうやってもロックっぽい歌詞が出てくるわけが無いよな……。
そう考えると放課後ティータイムは、
ガールズバンドではあってもロックバンドとはとても言えんな……。

私は溜息を吐いて、澪の肩を軽く叩いた。
頬を歪めながら、苦手なウインクを澪にしてみせる。

「何を言ってるんだ、澪?
 放課後ティータイムはロックバンドだぜ?」

「えっ……、でも……。
 ほら、歌詞とか……さ。
 私、ロックをイメージして作詞してないし、唯だって……」

「いや、ロックバンドなんだよ。
 ロックバンドでありながら、反骨的な歌詞が無いというのが反骨的なんだ。
 ロックに対するロック精神を持つロックバンド。
 それが放課後ティータイムなのだよ、澪ちゃん……!」

「何、その屁理屈……」

澪が呆れ顔で呟く。
私だって、放課後ティータイムがロックバンドじゃないという事実は分かっている。
分かってはいるが、分かるわけにはいかん。

「まあ、律がそれでいいなら、それでいいけど……」

「そう。私はそれでいい。
 ……って事にしといてくれれば、助かる」

「それより、律?
 私の方の昨日の話はしたけど、そっちは昨日はどうだったんだ?
 どんな風に……、過ごしてたの?」

「気になるか?」

私が訊ねると、うん、と小さく澪が頷く。
私だって、澪が昨日過ごしたのか気になってたんだから、澪の言葉ももっともだった。
一日会わなかっただけだけど、その一日が気になって仕方ないんだよな、私達は。
ずっと傍に居た二人だから……。
私は澪の肩から手を放して、腕の前で手を組んで続けた。

「澪と別れてから、色々あったよ。
 聡と二人乗りしたり、憂ちゃんと話したり、
 ムギと二人でセッションしたり、梓と梓の悩みについて話したり……さ。
 それに純ちゃんとムギと梓と私で、パジャマフェスティバルをしたりしたな」

「パジャマフェスティバル……?」

「いや、それはこっちの話。
 まあ、とにかく色々あったよ。本当に目まぐるしいくらい、色々な事があった。
 その分、ムギや梓……、純ちゃんともずっと仲良くなれたと思うけどさ」

「ムギと梓はともかく、律が鈴木さんと過ごしてたなんて意外だな……」



538 名前:にゃんこ:2011/09/12(月) 21:27:38.99 ID:ouRyDjbN0

「私だって意外だったけど、話してみると楽しい子だったよ。
 梓の親友だってのも分かるくらい、いい子だったし。
 澪も苦手意識持ってないで、純ちゃんと仲良くしてあげてくれよ。
 金曜日にジャズ研のライブがあるみたいだから、観に行ってあげようぜ。
 純ちゃん、きっと喜ぶと思うよ」

「鈴木さんか……。
 律がそう言うなら、もうちょっと話してみるのもいいかもな……」

「まあ、苦手なのも分かるけどな。
 澪に憧れてるのは分かるんだけど、えらく距離感が近いもんなあ。

 でも、いい子だよ。
 それに話してみると、純ちゃんも現実の澪の姿に幻滅して、
 少しはちょうどいい距離に落ち着くかもしれないしな」

「どういう意味だよ、律……」

「言葉通りの意味だが?」

言ってから澪の拳骨に備えてみたけど、意外にも澪の拳骨は飛んで来なかった。
その代わり、少しだけ寂しそうに、澪は呟いた。

「そっか……。
 律は昨日、元気だったんだな……」

私が居なくても……。
とは言わなかったけど、多分、澪はそういう意味で呟いていた。
私が私の居ない所で楽しそうにしてる澪を見るのが辛かったみたいに、
澪も澪の居ない所で私が元気に過ごしているという現実が辛かったんだろう。
何処までお互いの事を気にしてるんだろうな、私達は……。

それは依存なのかもしれなかったけど、
多分、私達はその依存のおかげで、まだ正気を失わずに世界の終わりに向き合えてる。
私は軽く微笑んでから、澪の耳元で囁く。

「うん……、元気だった。
 澪が居なくても元気だったけど……、でも、物足りなかったよ。
 片時も澪の事を忘れなかったって言うと嘘になるけど、
 でも、楽しいと思う度に、澪が傍に居たらな、って思った。

 一緒に楽しい事をしたかったよ。
 梓の悩みの件でも、澪なら私の言葉をどう思うか考えながら梓と話してた。
 ずっと、澪の事が気になってた。
 考えてたよ。澪の言葉をさ。
 私は澪とどうなりたいのかってさ」

澪はじっと私の言葉を聞いていた。
澪が次の私の言葉を待っている。
私の答えを待っているのを感じる。
もうすぐにでも、私が澪の想いに対する答えを言葉にするのを、澪は多分予感している。
私も澪に向けて、私の答えを伝えようと激しく響く心臓を抑えて口を開く。

思い出す。
澪に恋人同士になりたいって言われた時の喜びを。
きっと澪なら、私には勿体無いくらいの恋人になってくれる。

また、思い出す。
私を抱き締めた澪の柔らかさと、私が重ねようとした澪の唇を。
澪と恋人同士として、そういう関係で世界の終わりを迎えるのも悪くないって思えたのを。
澪と恋人になるのは、私達に安心と喜びを与えてくれると思う。
だから、澪と恋人同士になるのは、きっと悪くないんだ。

私は言葉を出す。
澪と私の関係をどうしたいかを、震えながらもまっすぐに伝えるために。
私の本当の気持ちを澪に伝えるために。

「私はすごく考えた。考えてた。それで、答えが出たんだ。
 これから伝えるのが私の答えだよ、澪。

なあ、澪……。
私はさ……、
私はおまえと……、
恋人に……、
恋人同士には……なれないよ」



542 名前:にゃんこ:2011/09/13(火) 21:22:29.73 ID:lE/2SYIz0

伝えたくない言葉だった。
けれど、伝えたい言葉だった。
これが偽りの無い、澪に対する私の本音だ。
澪と恋人になるのは悪くないと思えた。
悪くないけれど……、良くもないって思ったんだ。
私は澪の告白が嬉しかった。澪と恋人になりたいと思った。安心できるって思えた。

でも、同時に思い出したんだ。
澪と自分の唇を重ねる直前、自分が涙を流したのを。
ほとんど同時に澪も泣き出してしまっていたのを。
長い事、私は私の涙の理由が分からなかった。
澪の涙の理由も分からなかった。

今はもうその涙の理由を確信している。
確信できたのは、軽音部の皆と話せたからだ。
唯もムギも梓も、苦しみながら、悩みながらも同じ答えを出していた。
皆が同じ答えを出していて、私の答えもそうなんだって気付けた。

だからこそ、あの時は泣いてしまってたんだ、私も、澪も。
世界の終わりが間近だからって、その選択だけはしちゃいけなかったんだ。
いや、しちゃいけないわけじゃないか。
選択したくなかったんだ、簡単な選択肢を。

「澪の告白は嬉しかった。
 嬉しかったんだ、本当に……」

私は言葉を続ける。
どうしようもなく我儘な私の答えを澪に伝えるために。
上手く伝えられるかどうかは自信が無いけど、
少なくとも私が何を考えているかだけは分かってもらえるために。

「澪の事は好きだ。
 澪はずっと傍に居てくれたし、一緒に居るとすごく楽しい。
 そんな澪と恋人になれたら、どれだけ楽になれるかって思うよ。
 でも、今の私達にそういうのは違う。違うと思う。

 気付いたんだ。
 一昨日、私が澪と恋人になろうとしたのは、世界の終わりから逃げたかったからなんだって。
 澪と恋人になれば、世界の終わりの事なんて考えずに、澪と二人で笑顔で死ねるって思った。
 自分の不安から目を逸らすために、私は澪を利用しようと思っちゃってたんだよ。
 世界の終わりが近いんだし、そういう生き方も間違ってないんだろうけど……。

 嫌だ。私は嫌なんだよ。澪をそんな風に利用したくなんかないんだよ……。
 大切な幼馴染みを、そんな扱いにしたくないんだ。
 今更……、今更な答えだと思うけど……、それが私の答えなんだよ」

澪は何も言わない。
私の瞳を真正面から見つめて、ただ私の言葉を黙って聞いている。
澪が何を考えているのかは分からない。

でも、少なくとも、私の言っている事の意味は分かってるはずだと思う。
澪は頭がいいし、一昨日、私と同じように涙を流したんだ。
澪も心の何処かでは、私と同じ答えを出していたはずなんだ。
私達は今、恋人同士にはなれないんだって。

「何度でも言うよ。
 私は澪の事が好きで、傍に居たい。澪が本当に大切なんだ。
 でも、それは恋人同士としてって意味とは違う。
 一昨日、私はおまえと恋人同士になろうと思って、
 雰囲気に流されるままにキス……しようとして、気が付けば泣いてた。

 あの時はその涙の理由が分からなかったけど、今なら分かるよ。
 急に澪と恋人になるなんて、何かが違うって心の何処かで分かってたからなんだ。
 そんなの私達らしくないって気付いてたからなんだ。
 だから、私はそれが悲しくて泣いちゃってたんだ……」

「私達らしくない……かな」

澪が久しぶりに口を開いて呟いた。
それは反論じゃなくて、純粋な疑問を言葉にしてるって感じの口調だった。
私はゆっくりと首を縦に振って頷く。

「うん……。私達らしくないと思う……。
 澪もそれを分かってたから、あの時、泣いてたんだろ?
 少なくとも、あの時、私はそういう理由で泣いたんだ。
 私達が私達でなくなる気がして、それが嫌だったんだと思う。
 軽音部の皆と話しててさ、思ったんだ。
 唯もムギも梓も、世界の終わりを目の前にした今でも、これまでの自分で居たがってた。
 皆、世界が終わるからって、自分の生き方を変えたくないんだ。

 それは私達も同じなんだよ、澪。
 もうすぐ死ぬからって、死ぬ事を自覚したからって、急に生き方を変えてどうするってんだよ。
 そんなの、今まで私達がやってきた事を否定するって事じゃんか。
 あの楽しかった時間全部を無駄だったって決め付けるって事じゃんか。
 私達が私達じゃなくなるって事じゃんか。
 嫌だ。そんなの嫌だ。私はそんなのは嫌なんだよ……」



543 名前:にゃんこ:2011/09/13(火) 21:22:58.49 ID:lE/2SYIz0

私の想いは伝えた。
すごく不安だったけれど、とりあえずは私の考えを伝える事ができた。
多分、澪も私の言う事を分かってくれたはずだ。
いや、最初から分かってたのかもしれない。
分かってたけど、それを認めたくなかっただけなんだろう。

「でもさ、律……」

不意に澪が小さく呟いた。
少しだけ辛そうに、でも、自分の想いを強く心に抱いたみたいに。

「終末から目を逸らしたいって意味があったのは、否定しないよ。
 逃げようとしてたのは確かだと思う。

 でもね……。
 それでも、私は律と恋人になりたいと思ってたんだよ?
 女同士だからそんなのは無理だって分かってたけど、でも……。
 ずっと前から、私は律の事が……」

それも嘘の無い澪の想いなんだろうと私は思う。
世界の終わりから目を逸らすための手段だとしても、
完全に何の気も無い相手に恋心をぶつける事なんて澪は絶対にしない。
『終末宣言』の前から、澪は少しだけ私の事を恋愛対象として好きでいてくれたんだろう。

でも、それは私にとって急な話で……、
澪の事は好きだけど、澪と恋人になるっては発展し過ぎた話で……。
だから、私は自分でも馬鹿だと思う答えを澪に伝える事にした。
この答えを聞けば、多分、誰もが私を馬鹿だと思うだろうし、私自身もかなりそう思う。
だけど、それこそが私に出せた一番の答えだし、私の中で一番正直な想いだから……。

私は、
その答えを、
澪に伝えるんだ。

「女同士なんて私には無理だよ、澪……。
 親友に急にそんな事を言われたって、
 いきなり恋愛対象として見る事なんてできないよ……。
 最初は恋人になろうとしておいて本当に悪いけど、無理なんだよ……」

ひどく胸が痛む言葉。
伝えている方も、伝えられる方も傷付くだけの辛い言葉だった。
私の言葉を聞いた澪は、自分の席にゆっくりと座り込んだ。
机に肘を着いて、絞り出すみたいにどうにか呟く。

「そっか……。
 そうだよな……。迷惑だった……よな……。
 ごめん……な、律……。
 私が勝手に律を好きになって……、こんな時期に戸惑わせちゃって……。
 本当に……ごめ……」

最後の方は言葉になってなかった。
澪の声は掠れて、涙声みたいになっていた。
多分、本当は泣きそうで仕方が無いんだろう。
それでも私に涙を見せないようにしてるんだろう。
もう私の負担になりたくないから。
もう私を戸惑わせたりしたくないから……。

だけど、私は澪に伝えなきゃいけない事がまだあった。
澪を余計に傷付けるだけかもしれないけど、それも私の本音だったから。



544 名前:にゃんこ:2011/09/13(火) 21:23:46.19 ID:lE/2SYIz0

「まったく……、本当に迷惑だよ。
 こんなに私を迷わせて、私を戸惑わせて、
 もうすぐ世界の終わりが来るってのに、こんなに私の心を揺らして……。
 おまえって奴はさ……」

「ごめ……ん。り……つ……。
 ごめん……なさ……」

「おかげでまた考えなくちゃいけない事ができちゃったじゃないか」

「え……っ?」

「私がおまえの事を恋愛対象として好きになれるかって事をさ」

「り……つ……?」

「私は澪と恋人にはなれないよ。今は……さ。
 だって、そうじゃん?
 おまえと知り合ってから大体十年くらいだけど、
 その十年間、おまえとは幼馴染みで、ずっと親友で、
 そんな奴をいきなり恋人だと思えってのは無理があるだろ、そりゃ。

 実を言うとさ、
 澪が私の事を好きなんじゃないかって思う事もたまにはあったけど、
 そんな自意識過剰な事ばっか考えてられないし、確信が無かったから気にしないようにしてた。

 でも、世界の終わり……終末がきっかけだったとしても、おまえは私に告白してくれただろ?
 おまえが私とどういう関係になりたいのか、私はそこで初めて知ったって事だ。
 おまえとは長い付き合いだけどさ、
 私とおまえが恋人になるかどうかを考えるスタートラインは、私にとってはそこだったんだ。
 それがまだ一昨日の話なんだぜ?

 だから、考えさせてほしいんだよ、澪。
 考える時間が無いのは分かってるし、どんなに頑張っても三日後までに出る答えでもない。
 だけど、時間が無いからって、焦っておまえとの関係を結論付けるのだけは嫌なんだ。

 それだけは嫌なんだ。絶対に絶対に嫌なんだ。
 そんな適当にこれまでのおまえとの関係を終わらせたくないんだよ。
 馬鹿みたいだし、実際に馬鹿なんだろうけどさ……、
 その答えを出せるまで、私達は友達以上恋人未満って関係にしてくれないか?」

私はそうして、抱えていた想いの全てを澪にぶつける事ができた。
これが私の出せた我儘で馬鹿な答え。
馬鹿だけど、嘘偽りの無い私らしい答えだ。

正直、こんな答えを聞かされた澪の身としては、たまったもんじゃないだろうと自分でも思う。
世界の終わりが近いのに、何を悠長な話をしてるんだって怒られても仕方が無い。
怒ってくれても、構わない。
でも、焦って結論を出す事だけは、
これまでの私達を捨てる事だけは、絶対に間違ってると私は思うから。
だから、これが私の答えなんだ。

「それじゃ……」

澪が震える声で喋り始める。
目の端に涙を滲ませながら。

「それじゃ少年漫画みたいじゃないか、律……」

そうして澪は、泣きながら、笑った。
これまでの辛そうな顔じゃなくて、
呆れながら私を見守ってくれてた少し困ったような笑顔で。
私も苦笑しながら、小さく頭を掻いた。



545 名前:にゃんこ:2011/09/13(火) 21:24:16.30 ID:lE/2SYIz0

「しょうがないだろ?
 私は少女漫画より少年漫画の方をよく読んでるんだから。
 でも、確かに友達以上恋人未満って関係は、少年漫画の方が多いよな。
 少女漫画は一巻から主人公達が付き合ってたりするもんな。

 だから、勘違いするなよ、澪。
 私が言ってるのは、そういう少年漫画的な意味での友達以上恋人未満の関係だからな。
 付き合うつもりが無い相手を期待させるだけの便利な言葉を使ってるわけじゃないからな?
 私が澪となりたい友達以上恋人未満ってのは、恋人になる一段階前っつーか……。
 恋人になる前に、何度もデートを重ねてお互いの想いを確かめ合ってる関係っつーか……。
 ごめん。上手く言えてないな、私……」

「……大丈夫。分かってるよ、律。
 私を期待させるだけ期待させて便利に使うなんて、
 そんな器用な事ができるタイプじゃないもんな、律は。

 それにさ、律の表情を見てると、
 私との事を本気で考えてくれてるんだって、分かるよ……。
 同情や慰めで私と恋人になるんじゃなくて、
 終末から目を背けるために恋人との蜜月に逃げ込むわけでもない。
 律はただ私の想いをまっすぐに受け止めようとしてるんだって分かるんだ。
 心の底から、私との関係を考えようとしてくれてるんだって……。
 そんな律だから、私はさ……」

そこで言葉が止まって、また澪の瞳から涙がこぼれた。
でも、それは単なる悲しみの涙じゃない。
涙を流しながらも見せた澪の顔は、これまで見た事が無いくらい晴れやかな笑顔だった。

「やだな、もう……。
 涙が止まらないよ、律……。
 恥ずかしいよな、こんなに涙を流しちゃって……」

「いいよ。どれだけ泣いたっていい。
 恥ずかしがらなくても、いいんだよ。
 こう言うのも変だけど、今の澪の顔、すっげー綺麗だよ」

それは私の口から自然に出た言葉だった。
泣きながら笑って、笑いながら泣いて、
すごく矛盾してるけど、そんな澪の表情は見惚れてしまいそうになるくらい綺麗だった。
だから、私の言葉は何の飾りも無い私の本音だった。

……んだが、気が付けば、私の頭頂部が澪の拳骨に殴られていた。
さっきまで座ってたくせに、わざわざ一瞬のうちに立ち上がって、私の頭を殴ったわけだ。

「何をするだァーッ!」

私の方もわざわざ誤植まで再現して、澪に文句を言ってやる。
いや、マジでかなり痛かったぞ、今のは。
これくらい言ってやっても罰は当たらないだろう。ネタだし。
だけど、澪の奴は顔を赤くして、あたふたした様子で私の言葉に反論を始めた。

「だ……、だって律が恥ずかしい事を言うから……!
 すごい綺麗とか……、真顔でそんな恥ずかしい冗談を言うな!
 こんな時にそんな事言われたら、冗談でもびっくりするじゃないか……!」

「いや、別に冗談じゃなかったんだが……って、あぅんっ!」

最後まで言う前にまた澪に叩かれ、私は妙な声を出してしまう。
自分で言うのも何だが、「あぅんっ!」は我ながら気持ちの悪い声だったな……。
それはともかく、本音を言ってるのに、
どうして私はこんなに叩かれないとならんのか。

「何をするんだァーッ!」

今度は誤植を訂正して澪に文句を言ってみる。
あの漫画を読んでない澪がそのネタに気付くはずもなく、
顔を赤くどころか真紅に染めて、更に動揺した口振りで澪が続けた。

「だから……、そんな恥ずかしい冗談はやめろって……!
 どうしたらいいか、分からなくなっちゃうじゃないか……!
 やめてよ、もう……!」

「恥ずかしい冗談って、おまえな……。
 これくらいの事で恥ずかしがっててどうすんだよ。
 恋人同士ってのは、もっと恥ずかしい事をするもんなんだぞ」



546 名前:にゃんこ:2011/09/13(火) 21:25:08.14 ID:lE/2SYIz0

呆れ顔で私が返すと、澪はまた自分の椅子に座って、黙り込んでしまった。
顔を赤く染めたまま、視線をあっちこっちに動かしている。
どうも澪の許容できる恥ずかしさの限界を超えてしまったみたいな様子だ。
その瞬間、私は気が付いたね、澪が変な事を考えてるんだって。

「おい、澪。おまえ今、変な事考えてるだろー?」

「へ、変な事って何だよ……」

「私が言う恋人同士の恥ずかしい事ってのは、
 夕陽の下で愛を語り合ったり、「君の瞳に乾杯」って言ったり、
 そういう背中が痒くなるような恥ずかしい事って意味だぜ?
 今、おまえが考えてる恥ずかしい事って、そういうのじゃないだろ?

 例えば、そうだな……。
 前に見たオカルト研の中の二人みたいな事、想像してただろ?
 いやーん、澪ちゃんのエッチ」

「なっ……、か、からかうなよ、馬鹿律!」

叫ぶみたいに言いながら、澪が自分の拳骨を振り上げる。
もう一度拳骨が飛んで来るかと思ったけど、
澪はそうせずに、拳骨を振り上げたままで軽く吹き出した。
それはこれまでの笑顔とは違って、面白くて仕方が無いって表情だった。
微笑みながら、澪が嬉しそうに続ける。

「何か……、こういうのってすごく久しぶり……。
 そんなに前の話じゃないはずなのに、懐かしい感じまでしてくるよ。
 何だか、嬉しい。
 律の言ってた事が、何となく実感できる気もするな。

 多分だけどさ、
 もし一昨日に私達があのまま恋人になってたら、今みたいに笑ってられなかった気がする。
 今までの私達とは、全然違う私達になってた気がする。
 律にはそれが分かってたんだな……」

「そんな大層な意味で言ったわけじゃないけどさ……。
 でも、私はそれが嫌だったんだと思うよ。
 勿論、恋人同士になって、
 全然違う自分達になるのも悪くはないんだろうし、
 そういう恋人関係もあるんだろうけど……。
 私は澪とはそういう関係になりたくなかった。

 もしもいつか私達が恋人になるんだとしても、
 これまでの幼馴染みの関係の延長みたいな感じで私は澪と付き合いたい。
 それこそ少年漫画みたいにさ。

 よくあるじゃん?
 十年以上連載して、長く意識し合ってた幼馴染みが、
 最終回付近でようやく恋人になるみたいな、そんな感じでさ……。
 それでその幼馴染みを知ってる仲間達から、
 「あいつら本当に付き合い始めたのか? これまでと全然変わってないぞ」とか言われたりするわけだ」

「ベタな展開だよな」

「誰がベタ子さんやねん!」

「いや、ベタ子さんとは言ってないけど……」

「私は澪とそんなベタな関係になりたいんだけど……、
 澪は嫌じゃないか?」

少し不安になって、囁くように訊ねてみる。
これは完全に私の自分勝手な我儘なんだ。
これまでの澪との関係をもっと大事にしたい。
いつか恋人になるんだとしても、澪との関係に焦って結論を出したくないって我儘だ。
だから、それについての答えを、私は澪自身の口から聞きたかった。
どんな答えだろうと、それを澪に言ってほしかったんだ。



547 名前:にゃんこ:2011/09/13(火) 21:25:43.66 ID:lE/2SYIz0

「嫌じゃないよ」

いつも見せる困ったような笑顔で、
いつも私を見守ってくれてる笑顔で、澪は小さく言ってくれた。

「嫌なわけないよ。
 律がそんな真剣に私の事を考えてくれるなんて、それだけですごく嬉しいんだ。
 焦って今までの私達の関係を壊しそうになってた私を、律が止めてくれたんだから。
 一昨日、もしも律が私を恋人にしてくれてたとしても、今頃きっと後悔してた。
 そうして後悔しながら、終末を迎えてたと思うよ。
 だから……、私は律とこれから友達以上恋人未満の関係になりたいよ」

そう言った澪の本当の気持ちがどうだったのかは分からない。
女性は何でも結論を急ぎたがる、って感じの言葉を聞いた事がある。
確かにそうだと私も思わなくもない。
少女漫画なんか、特にその傾向があるような気がする。

さっき澪に言った事だけど、少女漫画は一巻から主人公達が付き合ってる事が多い。
こんなの少年漫画じゃ考えられない事だよな。
それくらい女の子達は(いや、私も女の子だけど)、曖昧な関係に満足できないんだ。
早く結婚するのも、自分から結婚を迫るのも、女性の方が遥かに多いみたいだし。
迷うくらいなら、とにかく早く結論を出して、とりあえずでも安心したい子が多いんだ。
それが女の子の本音なんだろうと思う。

私はどっちかと言うと少年漫画を読む方だし、
弟がいるせいか考え方もちょっと男子っぽいかな、って自分でも思う。
それで澪との結論を急ぎたくなかったのかもしれない。

だけど、昔から女の子っぽい性格の澪は、
強がってはいるけど、その実は誰よりも女の子な澪は、
私の答えを本当はどう思っていたんだろうか……。
本当はやっぱり私とすぐにでも恋人になりたかったんじゃないだろうか。
傷の舐め合いみたいな関係だとしても、
世界の終わりまで安心していたかったんじゃないだろうか。
そう考えると、私の胸が痛いくらい悲鳴を上げてしまう。

でも。
それはもう考えても意味の無い事だった。
本音が何であれ、澪は私の考えと想いを受け止めてくれた。
私と友達以上恋人未満の関係になると言ってくれた。
私にできるのは、その澪の気持ちに感謝して、
これからの澪との事を心から真剣に考える事だけだ。

「週二だ」

私は澪の前で指を二本立てて、不敵に笑った。

「え? 何が?」

「だから、週二だよ、澪。
 今週はライブで忙しいから、来週から週二でデートするぞ。
 覚悟しろよ。色んな場所に付き合ってもらうからな。

 勿論、単に遊びにいくわけじゃない。
 友達以上恋人未満ってのを意識して、恋人みたいなデートを重ねるんだ。
 そこんとこ、よく覚えとけよ」

来週の約束……。
恐らくは果たせない約束……。
でも、その約束は私の心に、ほんの少しの希望を持たせてくれて……。

「ああ、分かったよ、律。
 来週から週二でデートしよう。
 私達、友達以上恋人未満だもんな。
 ……言っとくけど、遅刻するなよ?」

屈託の無い笑顔で、澪が左手の小指を私の前に差し出す。
「わーってるって」と言いながら、私は自分の小指を澪の小指に重ねる。
願わくば、この約束が本当に果たせるように。



552 名前:にゃんこ:2011/09/15(木) 20:14:12.41 ID:ExCrT+4b0






かなり長い間、二人で視線を合わせながら小指を絡ませていたけど、
いつまでもそのままでいるわけにもいかなかった。
二人で名残惜しく指切りを終えて、
それから私は澪が書き終えたと言っていた新曲の歌詞を見せてもらう事にした。

新曲の歌詞はこれまでの甘々な感じとは違って、
ロックってほどじゃないけど、少し硬派な感じの歌詞に仕上がっていた。

確かにこれまでとは違う感じの歌詞にしたいと言ってたけど、
まさかこんなに普段と印象の違う歌詞を澪が仕上げて来るとは思わなかった。
過去じゃなくて、未来でもなくて、
今を生きる、今をまだ生きている私達を象徴したみたいな歌詞……。
残された時間が少ない私達の『現在』を表現した歌……。

頭の中で、ムギの曲と澪の歌詞を融合させてみる。
悪くない。
……いや、すごくいい曲だと思う。
これまでの私達の曲とはかなり印象が違うけど、これもこれで私達の曲だと思えるから不思議だ。
早く皆と合わせて、澪の歌声を聴きながらこの曲を演奏したい。
ただ、激しい曲なだけに、私の技術と体力が保つかどうかが少し不安だけどな。
まあ、その辺は何とか気力と勢いでカバーするという事で。

はやる気持ちを抑えて、肩を並べて二人で音楽室に向かう。
音楽室まで短い距離、私達はどちらともなく手を伸ばして、軽く手を繋いだ。
お互いの指を絡め合うほど深く手を繋げたわけじゃない。
流石にそれはまだ恥ずかし過ぎるし、
例え私が澪とそうやって手を繋ごうとしても、澪の方が真っ赤になっちゃってた事だろう。

だから、私達は本当に軽く手を繋いだだけ。
二人の手を軽く重ねて、軽く握り合っただけだった。
でも、それがとても心地良くて、嬉しい。
それが『現在』の私達の距離。
友達以上で、恋人未満の距離。
背伸びをしない、恋愛関係に逃げ込んでもいない、極自然な距離なんだ。

もしも世界が終わらず、これからも続いていったとして、
私と澪が本当に恋人になるのかどうかは分からない。
単なる友達じゃないのは間違いないけど、
それを単純に恋愛感情に繋げるのはあんまりにも急ぎ過ぎだろう。

それこそ私達は女同士だし、私が女の子相手に恋心を抱けるかも分からない。
もしかしたら、友達以上恋人未満を続けていく内に、
お互いに自分の恋心は勘違いか何かだったと気付くのかもしれない。

でも、私の幼馴染みを……、
澪を大切にしたい事だけは、私の中でずっと前から変わらない事実だ。
多分、訪れない未来、例え私達が恋人同士になれなかったとしても、
私は澪と一生友達でいるだろうし、澪も私の傍で笑っていてくれるだろう。
先の事は何も分からないけど、その想いと願いだけは私の中で変えずにいたい。

音楽室に辿り着く直前、
澪が繋いでいた手を放そうとしたけど、私はその澪の手を放さなかった。
友達以上恋人未満って関係はまだ皆には内緒にしとこうとは思う。

でも、二人で手を繋いで音楽室に入るくらいなら問題ないはずだ。
特に何処まで分かっているのか、
唯とムギは私達の関係を心配してくれていたから、
これくらいアピールした方が二人にも分かりやすいはずだ。
私達はもう大丈夫なんだって。
軽音部の問題は、今の所だけどこれで全部解決したんだって。
何の心配もなく、最後のライブに臨めるんだって……な。

隣の澪は顔を赤くしてたけど、
音楽室に入った私達を待っていたのは、私達以上に仲が良さそうな二人だった。
言うまでもなく、唯と梓の事だ。
私が澪と話している間に全ての事情を話し終わったんだろう。
唯がここ最近見られなかった嬉しそうな表情を浮かべ、
梓に抱き着きながら、キスをしようとするくらいに顔を寄せていた。

梓はと言えばそんな唯の顔を右手で押し退けながらも、
左手では唯に渡されたんだろう写真を大事そうに掴んでいる。
こういうのツンデレ……って言うんだっけ?
まあ、とりあえず二人とも仲が良さそうで何よりだ。



553 名前:にゃんこ:2011/09/15(木) 20:15:18.74 ID:ExCrT+4b0

私達が若干呆れながら唯達の様子を見てると、ムギが嬉しそうに駆け寄って来た。
唯と梓もそれに続いて私達に駆け寄って来る。
三人が肩を並べ、繋がれた私と澪の手に揃って視線を向ける。
ムギが嬉しそうに微笑み、珍しく梓が私に抱き着いて来る。

唯が「妬けますなー、田井中殿」と茶化しながら笑う。
澪が顔を更に赤く染めて、私が「おうよ!」と澪と繋いだ手を頭上に掲げる。
五人揃って、笑顔になる。
心の底から、幸せになれる。

とても長い時間が掛かった。
世界の終わり……終末っていう、
対抗しようもない強大な相手の恐怖に私達が怯え出してから、本当に長い遠回りをした。
本当に気が遠くなるくらいに長い長い遠回り……。

だけど、そのおかげで、取り戻せた私の絆は、これまで以上に深く強くて……。
今なら、身震いするほどの最高のライブができる。
そんな気がする。

勿論、それには今日明日と精一杯練習しなきゃいけないけどなー……。
でも、やってやる。やってみせる。
私達のために、ライブに来てくれる皆のために、『絶対、歴史に残すライブ』にしてやる。
まずは唯がミスしそうな新曲のあのパートを注意しかないと、だな。

不意に。
「盛り上がってる所、悪いんだけど」という言葉と一緒に、誰かが音楽室に入って来た。
そんな事を言うのは、勿論、我等が生徒会長しかいない。
私が和に視線を向けると、既に唯が和の方に駆け寄っていた。
早いな、オイ。
まあ、これもこれで、私達と違った仲の良い幼馴染みの関係って事で。

「どうしたの、和ちゃん」と嬉しそうに唯が和に訊ねる。
苦笑しながら、「ちょっとね」と和が私と視線を合わせる。
瞬間、和が滅多に見せない晴れ晴れとした笑顔を見せた。
本当に嬉しそうな表情……。
今の私と和の間で、二人だけが分かる笑顔の理由……。
それが分かった途端、意識せずに私も笑顔になっていた。

高鳴る鼓動を抑えられない。
私は笑顔のまま、和以外の全員の顔を見渡す。
皆、何が起こってるのか分かってない表情を私達に向けている。
いや、一人だけ……、唯だけちょっと不機嫌そうだ。
私と和がアイコンタクトで語り合ってるのが気に入らないんだろう。
自分だけの大切な幼馴染みの和を、私に取られちゃった気分なんだろうな。
でも、私がその理由を話せば、きっと唯も皆も笑顔になる。
講堂の使用許可が取れた事を、
最後のライブの最大の会場を用意できた事を皆に話せば……。

私はもう一度、皆の顔を見回す。
最高の仲間達に、私の言葉を伝える。

「なあ、皆……、前々から話してた事だけど、
 軽音部で最後のライブを開催したいと思うんだ。
 もう会場の用意もできてるから、安心してくれ。
 だからさ……、今更だけど聞かせてほしい。

 皆……、
 しゅうまつ、あいてる?」



554 名前:にゃんこ:2011/09/15(木) 20:15:51.07 ID:ExCrT+4b0






――金曜日


今日は澪が私の家に泊まりに来ていた。
いやいや、別に友達以上恋人未満として、色んな事をしようと思ったわけじゃないぞ。
澪が私とパジャマフェスティバルをしたいと言ってきたからってだけだ。
ムギ達との話をした時には平静を装ってたけど、
本当は澪も参加したくてしょうがなくなってたらしい。

そういや、前に私がムギと二人で遊んだ時も、
「私もムギと遊びたかった」って、誘ってたのに文句を言われたな。
今も昨日、ムギとどうやって過ごしたのかとか訊いて来てるし……。
澪の奴……、ひょっとして、私よりムギの事を好きだったりするんじゃないか?
ちょっとだけそんな考えが私の頭の中に浮かぶ。

……はっ、いかんいかん。
それじゃ、何だか私が澪にやきもち妬いてるみたいじゃないか……。
私はそんな照れ臭い気持ちを隠すために、立ち上がってラジカセのスイッチを入れる。
幸い、そろそろ紀美さんのラジオの時間だ。
軽快な音楽が流れる。



555 名前:にゃんこ:2011/09/15(木) 20:18:24.85 ID:ExCrT+4b0



今夜はここまで。
遂に金曜日です。

個別ルートはこれにて全員終了。
後はグランドエンディングルートに入ります。
……自分で言った事ですが、グランドエンディングって何なんだ……。
最近よくありますが。




556 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/09/15(木) 20:42:16.82 ID:7FR+M80qo


やっと全員笑顔で部室に集まれたな
よかった



557 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛媛県):2011/09/16(金) 04:57:30.75 ID:KkHRMbhGo

いよいよしゅうまつか。






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