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律「終末の過ごし方」#12 【非日常系】


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律「終末の過ごし方」#index


587 名前:にゃんこ:2011/09/23(金) 21:32:10.10 ID:rKkuuigL0






被服室に行ったさわちゃんを見送り、
皆でぞろぞろと音楽室に戻ると、一人の人影が私達を待っていた。
もうさわちゃんが眼鏡を取って来たのかと一瞬思ったけど、そうじゃなかった。
私達を待っていたのは、大きな弁当のバスケットを持った憂ちゃんだった。
私達にお弁当の差し入れを持って来てくれたらしい。

そういえば、もう昼時だ。
気配りのできる子の憂ちゃんに、私達は感心する。
でも、予想外に人数が増えちゃったから、弁当足りるかな。
私達だけで食べるのも、和達に悪いし。
さわちゃんは間違いなく、つまみ食いしてくるだろうし。

……とか思っていたら、
憂ちゃんの持って来てくれたバスケットには、明らかに十人分を超える量の弁当が入っていた。
憂ちゃんが言うには、軽音部のお客様が居ると思って、
念を入れて多めにお弁当を作って来たんだそうだった。
すげー。エスパーか?
本当に準備のいい子の憂ちゃんに、私達は心底感心する。

量的に問題が無くなった事だし、
私達は和達と一緒に一足早めの弁当を頂く事にした。
床にシートを敷いて、憂ちゃんの弁当を広げる。
一応私達が個人で持って来ていた弁当も一緒に並べると、
異常なくらい豪勢な食卓がシートの上にできあがってしまった。

こう言うのも何だけど、最後の晩餐……って感じか?
不謹慎な上に不吉ではあるけど、本当にそんな気がしてくる。
……って、駄目だ駄目だ。
何だかんだと、あの空の光景に少し圧倒されちゃってるのかもしれない。
負けないよう、しっかりしなきゃな。

頭の中に浮かんだ後ろ向きな考えを振り払い、私はどんとシートの上に腰を下ろす。
あぐらを組んだ事を澪に注意されたけど、それは気にしない事にした。
これから訪れる世界の終わりに真正面から向き合うには、
正座で縮こまるより、あぐらで大きく構えてた方がいいと思ったからだ。
勿論、あぐらの方が楽だからってのもあるけどな。

そうして皆で弁当を食べていると、
何故か少し疲れた感じでさわちゃんが音楽室に入って来た。
どうしたのか訊ねると、被服室の眼鏡はすぐに見つけたんだけど、
走って音楽室に来ようとしているところを、古文の掘込先生に見つかったらしい。
それで「終末が近いのに変わらんな」とか、
「そもそも高校生の頃から何も変わってないぞ」とか説教されたんだそうだ。
道理でさわちゃんにしては音楽室に来るのが遅かったわけだ。
普段のさわちゃんなら、下手すりゃ私達より先に音楽室に来ててもおかしくないもんな。

疲れた様子のさわちゃんを尻目に、
唯が興味津々な表情でさわちゃんの持って来た袋の中に手を入れる。
私も唯の腕の隙間から袋の中に目をやると、中には大量の眼鏡ケースが入っていた。



588 名前:にゃんこ:2011/09/23(金) 21:32:43.48 ID:rKkuuigL0

「おーっ……」

唯は興奮した声を上げながら適当な眼鏡ケースを手に持つと、
即座にケースの中から眼鏡を取り出して、赤いアンダーリムの眼鏡を装着した。
装着した……って言い方も変だけど、
唯の眼鏡の掛け方は、掛けたって言うより、装着したって言い方の方が絶対に正しいと思う。
蔓も持たず掌を広げてレンズごと掌を顔に密着させるとか、装着以外の何物でもないだろ……。
と言うか、その掛け方だと絶対にレンズが指紋で汚れるし……。

「何だよ、その掛け方は……」

若干呆れながら突っ込んでやると、
流石に自分でも変な掛け方だって事は分かってみたいで、唯が軽く舌を出して笑った。

「でへへ。皆でお揃いで眼鏡を掛けられると思うと嬉しくってつい……」

「ま、いいけどな。それさわちゃんの眼鏡だしさ」

「ちょっと、唯ちゃん、りっちゃん。
 その眼鏡、まだ新品同然なんだから、あんまり粗末に扱わないでよー」

疲れた様子のさわちゃんが、弁当を食べながら軽く唯に注意する。
服を少し着崩してるし、私が言うのも何だけど、
あぐらを組んでだらけてるそのさわちゃんの姿は非常にだらしない。

それに加えて、担任モードの口調から言葉が崩れて来てる。
まあ、和と高橋さんに自分の本性が知られてるのは分かってるみたいだし、
残る宮本さん一人相手に猫を被ってても仕方が無いって思ったんだろう。
疲れたから、猫を被ってる余裕が無いってのもあるんだろうしな。

ちょっと視線をやると、宮本さんが驚いた表情でさわちゃんを見つめていた。
私は苦笑しながら立ち上がり、宮本さんに近寄って耳元で訊ねてみる。

「驚いた?」

私の方を向いて、宮本さんが小さく頷く。
実を言うと、うちのクラスの大体はさわちゃんの本性を何となくは知っているみたいだ。
上手く演じてはいるけど、意外と粗があるもんなあ、さわちゃんの猫被り。

ただ、知ってはいても、
さわちゃんの本性を直接目にした事があるクラスメイトは少ないようで、
宮本さんもさわちゃんの素の姿を目にするのは初めてみたいだった。
特に宮本さんは気弱な印象があるから、
初めて見るさわちゃんの本性に怯えたりしてるんじゃないだろうか。
宮本さんのためにも、さわちゃんの名誉のためにも、私は少しだけフォローする事にした。

「大丈夫だよ、宮本さん。
 今のさわちゃんの姿は、その……色々と変ではあるけど……、
 でも、生徒思いである事は間違いない……はずだし、
 宮本さんに気を許してるからこそ、あんな姿を見せてるんだと思うよ?」



589 名前:にゃんこ:2011/09/23(金) 21:33:12.60 ID:rKkuuigL0

私の言葉に安心してくれたのか、宮本さんは軽く表情を緩める。
何だか少しだけ笑ってるようにも見える。
ちょっと分かりづらいけど、これが宮本さんの笑顔なのかもしれない。
その表情のまま、宮本さんはさわちゃんの姿を見ながら呟いた。

「ありがとう、田井中さん。
 うん……、私……、大丈夫だよ?
 山中先生のこんな姿を見るのは初めてだし、ちょっと驚いちゃったけど……。
 でも……、何だかすごく面白いと思うから」

おお、意外とタフだ。
強がりかとも少し思ったけど、
宮本さんの表情から考えると、その言葉は本音なんだろうな。
宮本さんの言葉じゃないけど、その宮本さんの様子は私としても面白かった。
本好きで気が弱そうなクラスメイトってだけの印象だったけど、実はそういうわけでもなかったらしい。

クラスメイトの意外な一面を見られて、気が付けば私は笑っていた。
何だか、とても嬉しい。
もうほとんど宮本さんと関われる時間は無いだろうけど、
その短い時間でもっと宮本さんと仲良くなれたらいいな、って私は思った。

「ねえねえ、アキヨちゃん」

眼鏡を強調するポーズを取りながら、
唯が軽く宮本さんの顔を覗き込んで声を掛ける。
宮本さんとそんなに関わりがあるわけじゃないだろうに、
いきなり名前で呼んでる上に途轍もなく馴れ馴れしい奴だ。

でも、それが唯って奴なんだし、私はそんな唯が嫌いじゃない。
いいや、大好き……なのかな。多分だけど。
宮本さんもそんな唯が嫌じゃないらしく、穏やかな表情で首を傾げた。

「どうしたの、平沢さん?」

「唯でいいよ、アキヨちゃん。
 私ももうアキヨちゃんの事、アキヨちゃんって呼んでるし」

「えっと……、あの……」

唯はともかく、宮本さんは人をいきなり名前で呼ぶ事には慣れてないんだろう。
戸惑ってる様子で、宮本さんが少し顔を赤く染める。
ちょっと残念だけど、私は苦笑しながら唯を諌める。

「おいおい、遠慮しろよ、唯。
 宮本さん困ってるだろ?」

「えー……。
 私、変な事言ってるかなあ……」

「変じゃないけど、そういう呼び方になるには時間が掛かる人も居るんだって。
 ごめんね、宮本さん。
 唯も悪気があって言ってるわけじゃないんだよ」

私が軽く頭を下げると、困ったように宮本さんが首を振った。
ただ、困ってるのは唯の遠慮の無い行動じゃなくて、私が頭を下げた事らしかった。



590 名前:にゃんこ:2011/09/23(金) 21:33:40.77 ID:rKkuuigL0

「ううん、ごめんね、二人とも……。
 田井中さんも頭なんて下げないで。

 ごめんなさい。
 私、そういうの慣れてなくって……。
 でも……、ねえ、平沢さん……、
 ううん、唯ちゃんって呼んでいいんなら、私……、唯ちゃんって呼んでいいかな?」

「うん、勿論だよ、アキヨちゃん!
 アキヨちゃんが唯って呼んでくれて、私すっごく嬉しいな!」

「ありがとう、唯ちゃん……」

宮本さんが言うと唯が満面の笑顔を浮かべ、
それに釣られるようにして、ぎこちないながら宮本さんも嬉しそうに頬を緩めた。
これまでクラスメイトって接点しかなかったのに、一瞬にしてもう仲の良い友達って感じだ。

まったく……。
唯は本当に誰とでもすぐに仲良くなれるんだな……。
ライブハウスに出た時も、ナマハ・ゲやデスバンバンジーの皆とすぐ仲良くなってたしな。

考えながら、不意に気付く。
そういえば、唯は私と最短記録で親友になれた奴じゃないだろうか。
出会った時期こそ違うけど、澪よりも遥かに短い時間で、唯は私と親友になっていた。
天真爛漫で、楽しくて面白くて、誰にでも優しい唯。
皆、そんな唯の笑顔に助けられてるんだろう。
勿論、私も含めて。

ただ、それだけにうちが女子高でよかったって思わなくもない。
これが共学だったら、多分、唯の奴、男子を勘違いさせまくりだぞ。
うちが共学だったとしても澪のファンクラブは設立されるかもしれないけど、
高嶺の花みたいな雰囲気になっちゃって、澪に声を掛ける男子はほとんどいないだろう。

その点、唯は親しみやすくて誰にでも優しいから、そりゃもうとんでもない事になるな。
しかも、唯の事だから、告白して来た男子全員と付き合ったりなんかして……。
恐るべし、唯。
流石にそれは無いと思いたいが、唯の場合は洒落にならんな……。

「そうそう、アキヨちゃん」

私の心配なんて想像もしてないんだろう無邪気な笑顔で、唯が続ける。

「私だけじゃなくて、りっちゃんの事もりっちゃんでいいよ。
 りっちゃんもアキヨちゃんの事、名前で呼ぶから」

「おいおい……。
 私の意思を無視して話を進めるなよ……」

「駄目なの、りっちゃん?
 ねえ、知ってる?
 名前で呼ぶとね、すぐに皆と仲良くなれるんだよ?」

それが簡単にできるのはおまえだけだよ。
そう言いたくもあったけど、私はそれを言葉にするのをやめた。
きっとそれは唯に伝えなくてもいい事だから。
唯はそのまま自分を特別と思わずに、ありのままの唯でいてほしい。
苦笑して、宮本さんと視線を合わせる。
宮本さんは照れながら、少し嬉しそうにしながら、小さく言った。



591 名前:にゃんこ:2011/09/23(金) 21:34:08.72 ID:rKkuuigL0

「……じゃあ、りっちゃん……って呼ぶね?
 いいかな……?」

「了解だ。これからもよろしくな、アキヨ」

そうして、私と宮本さん……アキヨは軽く握手を交わした。
残り少ない時間でも、人間関係は変えていける。
当たり前の事だけど、唯は無意識にそれを私達に教えてくれたみたいだった。

「そういえば、唯ちゃん……?」

宮本さんが遠慮がちに訊ねる。
名前で呼び合う仲になったと言っても、距離が完全に縮まったわけじゃない。
でも、だからこそ、これからも縮めていきたくなるんだよな。

「何、アキヨちゃん?」

「さっき私に話し掛けて来てくれたけど……、どうかしたの?
 私に何か訊きたい事があったの?」

アキヨに言われ、何かを思い出したって表情で唯は自分の手を叩いた。
それから、さっきと同じように、眼鏡を強調したポーズを取る。

「そうそう。そうなんだよ、アキヨちゃん。
 眼鏡のスペシャリストのアキヨちゃんに、私に眼鏡が似合ってるか訊きたかったんだ。
 どうかな? 頭がよく見える?」

眼鏡のスペシャリストって何だよ……。
それを私が突っ込むより先に、アキヨが軽く微笑みながら言う。

「うん。よく似合ってると思うよ」

何のお世辞も無いまっすぐな口調だった。
アキヨの言うとおり、確かによく似合ってる。
頭がよく見えるかどうかはさておき、ファッションとしては完璧だ。

「そうだよ、お姉ちゃん!
 眼鏡を掛けたお姉ちゃんも、すっごく素敵だよ!」

アキヨの言葉に力強く続いたのは、勿論憂ちゃんだ。
何だか頬を赤く染めてる様にも見える。
滅多に見ない姉の眼鏡姿を新鮮に思ってるんだろうな。
唯のくせに目立っちゃって、ちょっと悔しい。

「ありがと、憂。
 憂も眼鏡、すっごく似合ってるよ」

唯が言い、眼鏡を掛けた姉妹が顔を合わせて笑う。
気が付けば、いつの間にか私以外の皆も眼鏡を掛けていた。
その横で、さわちゃんが皆の眼鏡姿を嬉しそうに見つめている。
……さわちゃんは置いといて。

出遅れた形になってしまった私も、袋の中から眼鏡ケースを取り出した。
一人だけ掛けてないのは、空気的にも悪いしな。
そのまま眼鏡を掛けようとして……、私の手が止まる。



592 名前:にゃんこ:2011/09/23(金) 21:34:35.93 ID:rKkuuigL0

何故だろう。
すごく嫌な予感がする。
こういう時って、大体が最後に掛けた奴がオチ担当になったりしないか?
皆が似合うってお互いを褒め合ってる中、
最後に勿体ぶったナルシスト的なキャラが登場した瞬間、
皆に「似合わねー!」と笑われたりするそんなシーン……。
漫画でよく使われる黄金パターンじゃないかよ……。

掛けたくねー……。
眼鏡を掛ける事自体はいいんだけど、からかわれたくねー……。

でも、この空気の中で、一人だけ眼鏡を掛けないわけにもいかなかった。
何となく視線を戻すと、唯と憂ちゃん、
アキヨが悪意の無い表情で私が眼鏡を掛けるのを待っていた。
この三人の事だ。本当に悪気無く、私が眼鏡を掛けるのを待ってるんだろう。

仕方が無い。
私の心は決まった。
笑いたければ笑えばいい。
皆の笑顔のために、この田井中律、あえてピエロになってやろうじゃないか。

蔓を手に持ち、鼻先に眼鏡を乗せる。
立ち上がって、「どうよ」と言わんばかりに親指で自分の顔を指してやる。
さあ、御照覧あれ。
これがりっちゃんの眼鏡姿だ!

すぐに音楽室が笑い声で包まれるかと思ってたけど、そうはならなかった。
しばらく音楽室を沈黙が支配する。
突然立ち上がった私を、黙り込んだ皆が静かに見守っていた。

くっ……、何だよ……。
放置プレイって手法かよ……。
そんなに私の眼鏡姿を笑いたいのかよ……。
分かってるよ、似合わないのは分かってんだよ……。
もう耐えられない。
私は愚痴る様に皆から視線を逸らしながら呟く。

「いいよ。笑いたきゃ笑ってくれ。
 自分でも分かってるよ。
 私に眼鏡なんておかしーし……」

情けない。自分で言ってて情けない……。
でも、容姿に関してだけは、私だって自信が無いんだよ……。
だけど、その私の情けない愚痴には、意外な所から意外な返答があった。

「いや、似合ってるよ、律……」

言ったのは澪だった。
澪の事だ。私を慰めるために気休めの言葉を言ってくれたんだろう。
まったく、優しい幼馴染みだよ。

「やめてくれよ、澪……。
 こんなのおかしーって自分でも分かってんだからさ……」

「いやいや、普通に似合ってるんだよ、律」

驚いて私が皆に視線をやると、誰もが真顔のままで頷いていた。
笑いを堪えてるわけじゃなく、気休めの表情をしてるわけじゃなく、
ただ感心した様子で私の顔を見ていた。

「意外よね。律にこんなに眼鏡が似合うなんて」

「真面目な委員長に見えるよ、りっちゃん」

「うんうん、漫画に出てくるおでこ委員長って感じだよ」

「あ、確かにそうですね、唯先輩。
 何処かで見た事がある気がしてたんですけど、
 言われてみれば確かによく見る委員長キャラです」

「りっちゃんには眼鏡が似合いそうだと思ってた私の目に狂いは無かったわね」

「自信持ってください、律さん」



593 名前:にゃんこ:2011/09/23(金) 21:35:39.27 ID:rKkuuigL0

皆が口々に私を褒めて(?)くれる。
……意外に好評だったとは。
よく見る委員長キャラって評判は喜んでいいのかどうか分からないけど、
からかわれて笑われたりするよりはよっぽどマシだった。

でも、そうなると、愚痴ってた自分の事が途端に恥ずかしくなってくる。
勝手に被害妄想抱いちゃって本当に恥ずかしいし、皆に申し訳ない。
私は素直に皆に頭を下げる。

「ごめん、皆。
 眼鏡掛ける事なんて滅多に無いから、
 皆にからかわれるんじゃないかって思っちゃってさ……。
 変な事言い出しちゃってごめんな……」

「律先輩ってば、変な所で繊細ですよね。
 自信を持って下さいよ。
 意外とですけど、似合ってるんですから」

「意外と、ってのは余計だけど、ありがとな、梓。
 梓も眼鏡似合って……」

言い掛けて、思わず言葉が止まる。
何だろう。この何とも言えない違和感は。
梓の言葉に嘘は無いし、皆の言葉や態度にも嘘は無い。

でも、皆、私じゃなくて、違う誰かに対して違和感を抱いてる雰囲気がある。
勿論、私も皆と同じ深い違和感を抱いてる。
その違和感の正体はすぐに分かった。
分かった……んだけど、それを言葉にするのは躊躇った。

だって、その違和感の正体は私を気遣ってくれた梓本人だったんだから。
正確に言えば、眼鏡を掛けた梓の姿が違和感に満ちていたんだ。

梓に眼鏡は似合ってる。
小さな後輩の眼鏡姿は本当に可愛らしい。

のだが。
黒髪のツインテールと眼鏡という組み合わせが違和感バリバリだった。
何て言えばいいんだろう。
言葉は悪いけど、すげーインチキ臭いんだよな……。

前にテレビでメイド喫茶を見た事があるんだけど、
そのメイド喫茶の中に眼鏡でツインテールのメイドを見つけた時にもそう感じた。
可愛い要素を無理矢理二つ組み合わせた違和感って言うのかな。
可愛い事は間違いないのに、とにかくすごく無理矢理でインチキっぽいんだ。
特に襟足ならともかく、梓の場合、
頭の上の方で結んでるツインテールだから、インチキ臭さは更に倍を超える。

「どうしたんですか、律先輩?」

急に言葉を止めた私を不審に思ったのか、梓が首を傾げながら訊ねてくる。
その様子を見る限り、梓は自分のインチキ臭さに気付いてないんだろう。
ど……、どうしよう……。



594 名前:にゃんこ:2011/09/23(金) 21:38:33.22 ID:rKkuuigL0



今回はここまでです。
まだまだ続く眼鏡編。

ところで今回、これまでの投下の中で一番緊張しています。
「てめーはおれを怒らせた」にならないか緊張しております。
いや、自分も眼鏡ツインテールは好きなんですが、
どうもインチキ臭く見えてしまうのです。
自分だけではないと思いたい。




595 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/09/23(金) 22:04:49.86 ID:4FZxVfNJo


スレで時々眼鏡の話題が出てて何んだろうと思ってたんだけど
元ネタググってやっとわかったwwそういうことだったのねww



596 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/09/23(金) 23:53:13.84 ID:sGSWE3bV0

俺も眼鏡ツインテール好きだが
インチキ臭いっての何となくわかるよww





597 名前:にゃんこ:2011/09/25(日) 18:08:59.56 ID:KBG5C+uw0

私は救いを求めて周囲の皆を見渡してみる。
誰か……、誰かこの状況を打開できる奴は居ないのか……?

そうだ。
どんな服装でも自在にコーディネートするさわちゃんならどうだろう?
さわちゃんなら、この梓のインチキ臭さを緩和する融和策を考え……、いや、駄目だ。
「このインチキ臭さがいいんじゃない」とか言いながら、
猫耳やメイド服やリボンやフリルなんかを更に付加させて、
何処を目指してるのか分からない、痛々しくて新しい梓を誕生させちゃいそうな気がする。

そう考えながら、私は疑念に満ちた目でさわちゃんに視線を移してみる。
やっぱりと言うべきか、さわちゃんはインチキ臭い梓をうっとりした目で見ていた。
この人……、本気で眼鏡梓をコーディネートする気だ……!

こうなると、やっぱり私が梓の眼鏡姿のインチキ臭さを直接伝えるしかないのか。
それが優しさなんだろうし、場の空気を和ませるのが部長の役割ってやつだ。
軽い感じに言えば、少しは頬を膨らませるだろうけど、
梓も私の言葉を素直に受け止めてくれるはずだ。

さあ、梓に伝えよう。
眼鏡姿を恥ずかしがってた私が言うのも何だけど、
ツインテールの髪型をした梓の眼鏡姿は途轍もなくインチキ臭いんだって。
深呼吸をしてから、私はゆっくりと皆の顔を見回す。
唯と澪が梓の眼鏡姿に私がどんな反応をするのか、期待を込めた表情で私を見ている。
憂ちゃん、和、高橋さん、アキヨもじっと私の言葉を待ってるみたいだ。
梓を含めた十人……、眼鏡の奥の二十の瞳が私を見つめていた。

十人……?
一人多くないか?
確か音楽室で弁当を食べていたのは、私を含めて十人だったはずだ。
何と……!
十一人いる…だと…!?

少し動揺して、私はもう一度皆の顔を見回してみる。
えっと……、音楽室に居るのは……、
私、唯、憂ちゃん、ムギ、澪、さわちゃん、いちご、梓、アキヨ、高橋さん、和だろ……。

ん?
もう一度、落ち着いて数えてみよう。
私、唯、憂ちゃん、ムギ、澪、さわちゃん、いち…

「おまえか、若王子いちごーっ!」

気が付けば、つい叫んでしまっていた。
私があんまり突然に叫んじゃったもんだから、
アキヨと澪が驚いて身体を硬直させてたけど、驚いたのは私だって同じだった。
唐突な上に馴染み過ぎだろ、いちご……。

勿論、その驚きは唯達も同じだったみたいだ。
いつの間にか眼鏡を掛けて弁当を食べているいちごの姿を見つけると、
私と同じくいちごの姿に気付いてなかった何人かが驚きの声を上げ、澪に至っては半分気絶していた。

「おまえは何でいきなりこんな所に居るんだよ……」

半分気絶した澪の肩を抱えながら、私はおずおずといちごに訊ねてみる。
いちごは私の言葉に反応せず、憂ちゃんの弁当のおむすびを淡々と食べ続ける。
女の子座りな上に両手でおむすびを頬張るそのいちごの姿は、悔しいくらい絵になっていた。
って、そんな事は今はどうでもよかった。
私は意を決して、もう一度いちごに訊ねようと口を開く。



598 名前:にゃんこ:2011/09/25(日) 18:10:43.77 ID:KBG5C+uw0

「だから、何でおまえは……」

その言葉はいちごが急に私の方に掌を向ける事で制された。
しばらく黙ってて、という意味らしい。
釈然としなかったけど、こういう時のいちごには何を言っても無駄だろう。

私は小さく溜息を吐いて、
とりあえず手の中の澪の肩を揺さぶりながら待つ事にした。
澪の意識がはっきりし始めたのと同じ頃、
いちごは手に持っていたおむすびを完全に食べ終わっていた。
軽く私に視線を向け、淡々とした口調でいちごが喋り始める。

「食べてる時に話し掛けないで。行儀が悪いでしょ」

お利口さんか、おまえは!
そう言いたいのを私はぐっと堪える。
まずは疑問をいちごにぶつける方が先決だと思ったからだ。

「それでおまえはどうしてここに居るんだよ」

「居たら駄目?」

「いや、そういうわけじゃなくて、ここに居る理由をだな……」

やきもきしながら私が言うと、
いちごが表情を変えずに自分の隣に座っている人物に視線を向けた。
その人物とは、いちごの存在に驚いてなかった内の一人……、さわちゃんだった。
一斉に私達の視線をさわちゃんに集中させると、
さわちゃんは「てへっ」と可愛らしい感じに舌を出しておどけた。

「実はね、さっきお弁当を頂いてる時に、音楽室の外に人の気配を感じたのよ。
 誰かと思って見に行ってみれば、若王子さんじゃない。
 折角だから音楽室の中に誘って、一緒にお弁当を食べてもらう事にしたのよ。
 いいじゃない。クラスメイトじゃないの」

「それは教師として正しい行動だと思いますが、それを皆に伝える事を忘れないで下さい。
 報告、連絡、相談のホウレンソウを欠かさないで下さい」

わざわざ敬語まで使って、私はさわちゃんに伝えてやる。
悪びれた風でも無く、さわちゃんは楽しそうに笑う事でそれに応じた。

「いやー、若王子さんの眼鏡姿に見入っちゃってて……」

「うんうん。それは分かるよ、さわちゃん!」

急にさわちゃんに賛同したのは目を輝かせた唯だった。
身を乗り出しながら、少しだけ興奮した様子で唯が続ける。

「前からお姫様みたいに可愛いって思ってたけど、
 いちごちゃんにこんなに眼鏡が似合うなんて思ってなかったよ!
 お姫様なのには違いないんだけど、
 それに知的な感じが加わったって言うか……、とにかくすっごく可愛いよ!」

「流石は唯ちゃん。
 分かってるじゃない。可愛い物を見極める目はやっぱり確かね」

可愛い物を愛するという点では似通った二人が、
初めて目にするいちごの眼鏡姿を見ながら、だらしなくにやける。
何をやってるんだ、と思わなくもないけど、その点については私も同意見だった。
眼鏡を掛けたいちごの姿は、こう言うのも悔しいけど、はっとするくらい可愛かった。
言うならば、まさしくモエモエキュン……ってか?

いちごも一応ツインテールではあるんだけど、
梓とは違っていちごのツインテールだと眼鏡も似合うから不思議だ。
可愛い子は何をやってても可愛いから得だよなあ……。
別に梓が可愛くないってわけじゃないけど、いちごはどうにも別格なんだよな。

いやいや、いちごの可愛さに見惚れてる場合じゃない。
私は意識がはっきりした澪をその場に置き、いちごの近くにまで歩いていく。
梓にいちごの隣を空けてもらい、私はいちごの隣にそのまま腰を下ろす。
いちごが軽く私に視線を向けた。



599 名前:にゃんこ:2011/09/25(日) 18:11:28.81 ID:KBG5C+uw0

「何か用?」

「結局、いちごが何しに来たのかと思ってさ」

「様子を見に」

「様子……って軽音部の?」

「うん」

「それならそう言ってくれりゃいいじゃんか。
 こんな驚かすような事しなくても、
 普通に訪ねてくれればいちご姫をもてなしてたのに……」

「驚かすつもりなんてない」

少しだけいちごの声が変わった。
声色はほんの少し低く、声の速度もゆっくりになっている。
表情も無表情には違いなかったけど、何処か強張ってるみたいにも見える。

「律が気付かなかったんでしょ」

いちごが続け、私から視線を逸らす。
そこでようやく、いちごが不機嫌になってるんだって事に私は気付いた。
言われてみれば、さわちゃんの様子を見る限りは、
さわちゃんもいちごも、別に私達を驚かそうとして隠れてたわけじゃないみたいだ。

いや、そもそもいちごは隠れてたわけじゃない。
自分の存在こそ主張しなかったけど、普通に音楽室の中で座ってただけなんだ。
憂ちゃんや和を含む何人かはいちごに気付いてたみたいだし、
単にアキヨや唯と話すのに夢中になってた私が、いちごの姿に気付かなかっただけらしい。
これはいちごに悪い事をしてしまったかもしれない。

私は私から目を逸らすいちごの背中を軽く擦った。
この前、いちごが私にしてくれた事だった。
そうしたのは、こうすればいちごが私の方を向いてくれるはずだと思ったのもあるけど、
何より私がいちごの存在や優しさを忘れたわけじゃないって事を伝えたかったからだ。

「ごめんな、いちご。怒らないでくれよ。
 まさかいちごが部活の様子まで見に来てくれるなんて思ってなかったんだよ。
 気が回らなくてごめんな。それ以上に、ありがとな。
 私達の事を気に掛けてくれるなんて嬉しいよ」

「別に、怒ってない」

またいちごが私に軽く視線を向ける。
無表情なままではあるけど、声色は柔らかくなってる気がした。
少しは私の事を許してくれたんだろうか。
いちごの顔を覗き込んでから、私は微笑む。
気難しいクラスメイトだけど、私達の事を気に掛けてくれてる。
私を助けてもくれた、優しい子なんだよな。
その事がとても嬉しかった。

「律は」

不意にまたいちごが呟くみたいに言った。
いちごの背中に手を置きながら、私はいちごの瞳を覗き込んで見る。
何故だか、眼鏡の奥の瞳が少し潤んでるように見えた。

「律は大丈夫なんだね」

火曜日の事を言ってるんだろう。
確かに火曜日の私の様子は酷かったよな。
吐いた上に青白い顔もしてたみたいだし、精神的にも最悪だった。
いちごが私のその後を気にするのも無理は無いだろう。
これはいちごに前向き元気なりっちゃんを見せてやらないとな。

だから、私は何かを言うよりも、歯を見せるくらいただ大きく笑った。
私の心からの笑顔を見せたかった。
恐怖と絶望に負けそうだった私を最初に引き戻してくれたのは、誰あろういちごなんだ。
今、私が皆と笑えてる最初のきっかけをくれたのは、いちごだったんだ。
ありがとう、いちご。
その想いを込めて、私にできる最高の笑顔をいちごに向けていたい。



600 名前:にゃんこ:2011/09/25(日) 18:11:58.45 ID:KBG5C+uw0

しばらくその顔を向けていると、いちごがとても意外な表情を見せた。
口の端を上げて、目尻を柔らかく下げて、
軽くとだけど、それは確かに……、初めて見るいちごの笑顔だった。

「よかった」

いちごがそう言って、すぐにまたいつもの無表情に戻った。
でも、笑ってくれていたのは確かなはずだ。
その瞬間、私はとても自意識過剰な考えを抱いていた。
ひょっとすると、いちごは軽音部じゃなくて、私の様子を見に来てくれたのかもしれない。
他の誰よりも私の事を気にしていてくれたのかもしれない。

だから、私がいちごの姿をすぐに見つけられなかった事に、不機嫌になってたのかもしれない。
恥ずかしくなるくらい自意識過剰だけど、私にはそう思えてならなかった。
何だかすごく照れ臭い気分になりながら、私はまたいちごの背中を擦る。

「ありがとな。本当にありがとう、いちご」

「いいよ。律が元気なら。
 元気じゃない律は、律じゃないから」

「何だよ、それ」

言って私が笑うと、いちごは少し目尻を細めた。
すごく温かい雰囲気。
胸がいっぱいになりそうだ。

不意に。
恐ろしいほど多くの視線を感じた。
私は恐る恐る周囲を見回してみる。
気が付けば、私達を様々な感情が宿った視線が包んでいた。

まず和と高橋さんが苦笑して、
ムギはうっとりとして、
アキヨは照れた様子でチラチラと、
憂ちゃんは顔を少し赤く染め、
さわちゃんと唯は若干楽しそうにしていて、
梓が心配そうに澪と私の顔を交互に見ている。
そして、澪は……、えっと……、その……、何だ……。
嫉妬に狂った顔とかならまだよかったんだけど、
よりにもよって今にも泣き出しそうな表情で私達に視線を向けていた。

気まずい……。
別にいちごと私がそんな関係ってわけじゃないし、
いちごだってクラスメイトとして私を心配してくれただけなのに、何だかすごく気まずい。
澪には後で二人きりになった時にフォローしておく事にするとして、
私はどうにか話を誤魔化すようにいちごに話を振ってみた。

「そういやさ、いちご。
 前も聞いた話だけど、いちごは何しに毎日学校に来てるんだ?
 バトン部の活動もしてるみたいだけど、毎日じゃないみたいだしさ。
 でも、いちごは毎日登校して来てるだろ?
 よかったらでいいんだけど、それがどうしてなのか教えてくれないか?」

「あ、それは私も気になるな」

私の言葉に続いたのは高橋さんだった。
そういえば、高橋さんも図書室でたまたまいちごに会ったって言ってたよな。



602 名前:にゃんこ:2011/09/25(日) 18:14:21.18 ID:KBG5C+uw0

「そうね。もしよければ、私にも教えてもらえるかしら?
 若王子さん、先週くらい生徒会室に見学に来たじゃない?
 若王子さんが生徒会室に来るなんて意外だったから、驚いたわ。
 何か込み入った事情があるのなら、話を聞くのは諦めるけど……」

そう言ったのは和だ。
和の言葉通りなら、いちごは図書室だけじゃなく、生徒会室にも出没してたらしいな。
そういや、そもそも何でいちごは火曜日に音楽室の近くに居たんだ……?

「いちごちゃん、毎日、何してたの?」

「教えてくれると嬉しいな」

「図書室や生徒会室に若王子さんって組み合わせも意外よね」

質問がいちごに集中する。
普段から謎の多いいちごなだけに、
皆いちごの真意が気になって仕方が無いみたいだった。
勿論、私もそうだけど、私が振った話題なだけに、
それを無理矢理いちごに答えさせる形になるのは、言い出しっぺとしていちごに悪い気がする。
両腕を左右に広げ、「ストップ、皆」と言おうとした瞬間、いちごが口を開いた。

「じゃあ、律にだけ教えてあげる」

「へっ? 私っ?」

思わず私は間抜けな声を出してしまっていた。
まさかいちごがそんな事を言い出すとは思わなかった。
まあ、全員に知られるよりは、誰か一人にだけ話す方が気が楽なんだろう。
いや、いちごってそういう事を考えるタイプだっけ?
もう一度覗き込んでみたいちごの表情からは何も掴めない。

「いいなー、りっちゃん。
 いちごちゃんは私の心の友なのに、りっちゃんだけずるいなー」

羨ましそうに唯が呟く。
いつからいちごとおまえが心の友になったんだ。
もしかしたら、唯にとってはクラスメイト全員が心の友なのかもしれないけどさ。

「悪いな、唯。
 おまえはいちごの心の友かもしれんが、私はいちごの心の故郷だからな」

冗談のつもりだったけど、
その言葉を聞いた澪がまた泣き出しそうな表情になった。
おいおい、またかよ……。
でも、澪の気持ちも分からなくはないか。

今までの関係ならともかく、
友達以上恋人未満っていう複雑な関係の今じゃ、細かい事が気になっちゃうんだろうな。
それは私も同じで、私もムギと澪の関係を気にしちゃったりもしてたからな。
そんな事があるはずないと分かってても、どうしても不安になっちゃうんだ。
それだけ澪が私にとって特別な存在になってきてるって事なんだろう。
勿論、それはまだ口に出して澪には言えないけど……。



603 名前:にゃんこ:2011/09/25(日) 18:16:33.43 ID:KBG5C+uw0

とりあえずこれ以上澪を不安にさせないように、
まずは早くいちごの話を聞かせてもらう事が先決かな。
私はいちごと一緒に立ち上がって、音楽室の隅の方まで移動する。
私の耳元に口を寄せると、いちごが囁いた。

「誰にも言わないでよ、律。
 笑われたくないから」

「……笑われるような理由なのかよ?」

「違うけど」

そう囁いたいちごの頬は少し赤くなっていた。
どうも恥ずかしがっているらしい。
いちごが恥ずかしがるなんて、一体どんな理由で登校してたってんだ……?
何だか不安になりつつも、私は真剣な顔で囁き返す。

「誰にも言わないよ。笑いもしない……と思う。
 聞いてみなきゃ分かんないけど、
 少なくともいちごが私を信じて話してくれる事なんだ。
 馬鹿にして笑ったりなんかしないよ」

「約束」

「うん、約束だ」

「じゃあ、話す。私が学校に来てた理由は……」

そうして、いちごが私の耳元でその理由を囁いた。
世界の終わりを目前にして、
クールでお姫様みたいないちごが登校してた理由は……。

「……あはっ」

思わず私は声に出して笑っていた。
笑っちゃいけないって事は分かってるのに、湧き出る笑いを止められない。

「あはははっ!
 そっか……! そっかあ……!」

笑いを止められない私を、
唯が不思議そうに見つめて訊ねてくる。

「どしたの、りっちゃん?
 そんなに面白い理由だったの?」

「いや、そういうわけじゃなくてだな……。
 ははっ、あはははっ!」

途端、無表情なまま、いちごが笑いを止めない私を何度も叩き始めた。
叩いたって言っても、あまり勢いは乗せず軽くって感じだ。
いや、バトン部で鍛えたスナップの効いたそのチョップは結構痛かったが。

しかも、無表情ではあったけど、そのいちごの顔面は真っ赤だった。
よっぽど恥ずかしいんだろう。
真っ赤な顔をして、いちごは私をチョップするのを止めなかった。
冗談みたいな理由だったけど、いちごの反応からすると本当に本音だったみたいだ。



604 名前:にゃんこ:2011/09/25(日) 18:17:08.28 ID:KBG5C+uw0

「馬鹿にしないって言ったのに。
 笑わないって言ったのに。
 律なら分かってくれると思ったのに。
 律に話した私が馬鹿だった」

淡々とした口調だったけど、かなり恨み節がこもっていた。
こんなに心を揺らしてるいちごを見るのは初めてで、
それはとても新鮮だったけど、これ以上勘違いさせ続けるのも可哀想だった。
私は少しだけ笑いを堪えて、
でも、笑顔のままでいちごの手首を軽く掴んだ。

「悪かったよ、いちご。
 つい笑っちゃったけど、馬鹿にしたわけじゃないんだよ。
 誰にも話さないし、いちごが登校してた理由はずっと私の心の中にしまっとくからさ。

 それに、いちごの気持ちは分かるよ。
 全部じゃないけど、私もきっと同じ理由で学校に来てたんだと思う。
 それが嬉しかったし、
 いちごと私の理由が一緒ってのが意外でさ、それで笑っちゃったんだよな」

私の言葉を分かってくれたらしく、
いちごは私を叩くのをやめてくれたけど、
赤く染まったその顔はしばらく元に戻らなかった。
かなりの一大決心で私に話してくれたんだろうと思う。
そんないちごの様子を見ていると、また私の顔が緩んでいった。
悪いとは思うけど、でも、これだけは勘弁してもらいたい。
いつもクールないちごがこんな理由で学校に来てたなんて、
それで毎日学校を歩き回ってたなんて、嬉しくなってくるじゃないか。
嬉しくて、幸せになっちゃうじゃないか。
だって、そうじゃん?
世界の終わりを間近にして、いちごが毎日登校してた理由が……。
『学校が好きだから』なんてさ。



605 名前:にゃんこ:2011/09/25(日) 18:19:52.03 ID:KBG5C+uw0



今回はここまでです。
存外に長い眼鏡編。
もう終わりますけれども。

しかし、なん…だと…!?
眼鏡編に見せかけて、いちご編だった…だと…!?




606 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/09/25(日) 20:33:56.19 ID:qB7KvQ3Yo

乙!



607 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/09/25(日) 21:25:25.66 ID:mRQ+22+SO


眼鏡かけたいちご見てみたいな



609 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/09/25(日) 23:31:50.64 ID:/F6oYYiSO


かわいいちご
前に眼鏡を掛けた画像を見かけたが…キャワイイかったぞ





610 名前:にゃんこ:2011/09/27(火) 19:05:25.22 ID:buxu7BEn0






皆で弁当を食べ終わった後、
「練習を邪魔するのも悪いから」と和達は音楽室から出て行った。

高橋さんとアキヨは本好き同士、
いつの間にか気があったらしく、これから図書室に向かうらしい。
和はもう少しだけ生徒会の仕事をまとめるとの事だ。
憂ちゃんは次は純ちゃんのいるジャズ研に差し入れに行くそうで、
音楽の先生として純ちゃんの練習を見に行ったのか、
それともまだ憂ちゃんの弁当を食べ足らないのか、
さわちゃんも大量の眼鏡を抱えてジャズ研に向かった。

いちごは楽器に興味を持ったらしく、
キーボードやドラムを無表情ながら興味深そうに見ていた。
私が「いちごも何か楽器を演奏できるのか?」と聞いてみると、
「マラカスなら」とこれまた冗談なのか本気なのか、よく分からない返答があった。
マラカスねえ……。
マラカスもバトンみたいなもんだと思えば、いちごに似合う……のかな?

それから少しだけ滞在した後、いちごもふらりと音楽室から出て行った。
『学校が好きだから』という理由で学校に来てたいちごだ。
ふらりとクラスメイトの誰かを探しに行くんだろう。
清水さんや春子なら何度か見掛けた事があるし、
もしかしたらその辺の子達に会いに行くのかもしれないな。
清水さんはともかく、春子といちごがどんな話をするのか想像も付かんが。
まあ、意外と気が合ってたりしてな。

それにしても、いちごに本当にマラカスが演奏できるんだったら、
折角だし最後のライブにゲストで一曲くらい参加してもらうのも面白いかもしれない。
マラカスを組み込めそうな曲か……。
ふわふわ時間(タイム)なんかだと、結構合うかも。

音楽室に五人残された私達は、
ムギの用意してくれたFTGFOP(よし、もう憶えた)を飲んだ後、練習に取り掛かった。
練習自体はかなり上手くいったと思う。
新曲の演奏自体はほとんど完成してたんだし、
私の知らない所で猛練習してたんだろう澪の歌声も、完璧に新曲の旋律に乗った。
これなら多分、皆に完成した新曲を届けられそうだ。
私達のこれまでの曲とは雰囲気の違う新曲に、アキヨ辺りが驚く顔が目に浮かぶ。

ただ演奏中に困ったのは、梓のインチキ臭い眼鏡姿を何度も思い出しちゃった事だ。
いちごとのやりとりのおかげでうやむやにできたけど、
不意に頭の中にその姿が浮かんで笑いを堪えるのが正直辛かった。
梓に伝えなきゃって緊張感が切れたせいもあるんだろうな。
何かツボに入っちゃってる。
これだけは本番までにどうにか克服しとかなきゃな。

でも、それ以外の点で練習に問題は無かった。
それは、あの世界の終わりを告げるみたいな空を見たからかもしれない。
あの空模様には圧倒された。
音楽室から出て行く時、アキヨや高橋さんだけじゃなく、
和やさわちゃんですらも何度も目にしたはずの空模様を見て、複雑な表情を浮かべていた。

勿論、それは私達も同じだ。
窓の外の空模様が目に入る度、否応なしに世界の終わりを実感させられて、胸が鼓動する。
恐いのかどうかは自分でも分からない。
ただ、終わりに近付いてる世界を、心の奥底から分からされる。
もう逃げようがないんだって事を。



611 名前:にゃんこ:2011/09/27(火) 19:05:59.06 ID:buxu7BEn0

だから、逆に覚悟が決まった。
世界が終わるのは逃げようがない現実なんだし、逃げたところで同じく世界が終わるだけだ。

世界は、
終わる。
どうしたって、
終わるんだ。

だったら、私達は私達のしたい事を、最後まで精一杯やってみせるだけだ。
それに、世界の終わりを目の前にしても、したい事がある私達は幸せだと思う。
目標に向かって進んでいける。
私達は進める。
だからこそ、生きていける。

唯がギターのギー太を奏でる。
マイペースな唯とはいえ、流石に世界の終わりの事を実感してないわけじゃないだろう。
本当は世界の終わりが悲しくて仕方が無いはずだ。
でも、いつもと変わらず、楽しそうに、幸せそうに唯は音楽を紡いでいく。

ムギがキーボードで私達を導く。
初めて会った時とは随分と違う印象になったムギ。
だけど、その本質は変わってないんだと思う。
楽しい事が好きで、全てを楽しもうという姿勢を崩さないでいて、
私達と音楽を楽しんでくれてる。

梓が楽しむ唯をフォローするみたいに、むったんを演奏する。
自由奔放な私達を真面目の型に嵌めるんじゃなく、
自由奔放なままだからこそ演奏できる曲を模索してくれるようになった梓。
それが自由な私達の中でのアクセントになって、
私や唯も新しい可能性を見つけていけるようになった。

澪……。
誰よりも臆病で、誰よりも世界の終わりを恐がってるはずの澪。
今でも逃げ出したいと心の底では思ってるのかもしれない。
だけど、澪は逃げない。
逃げずに立ち向かい、私達をベースという土台で支える。
臆病だからこそ、誰よりも多くの勇気を振り絞って、
そんな眩しい勇気の力を私達に見せてくれて、私達はその勇気に支えられている。

私……はどうだろう?
結局、私は皆を支えられたんだろうか?
唯やムギは強い子で私を支えてくれて、
梓が立ち直れたのも強い想いを持てる子だったからで、
澪に至っては私の我儘をぶつけてしまうだけだった。
大した事は何もできなかった。
そんなので部長として部を支えられたなんて、逆立ちしたって言えないけど……。

ひょっとしたら、それでもいいのかもしれない。
私は私のままで生きていけばいい。
皆、そんな私でいいって言ってくれてる。
間違えた道を行こうとしたら、澪が拳骨で引き戻してくれるだろうしな。

だから、自分がこの部に必要だったかなんて、そんな事を考えるのはもうやめよう。
誰の役に立ててなかったとしても、私は最高の仲間達に囲まれて幸せなんだ。
その想いをライブにぶつけようと思う。
それで少しでも、私の幸せを誰かに分けてあげられたら、
誰かが笑顔になってくれるなら、それだけで私は世界の終わりまで笑ってられるはずだ。



612 名前:にゃんこ:2011/09/27(火) 19:06:26.13 ID:buxu7BEn0






――土曜日


今日で実質的に世界は終わる。
日曜日、いつ頃に世界が終わるかは分かってないからだ。
陽の落ちる前に世界の終わりは来るらしいけど、そんな事を気にしているわけにもいかない。
結局の話、何事も無く終われるはずの最後の日が今日って事だ。

純ちゃんのライブを観終わった後、私達は徹夜で練習をしていた。
不安だったわけじゃないけど、できる限りの事はしておきたかったんだ。
形式的なものだけど和に宿泊届を出して、さわちゃんにも寝袋を借りた。

ある程度の練習を終えた後、私達は寝間着に着換える事にして、気付いた。
そういえば、パジャマもジャージも持って来てなかった事に。
でも、まあいいか、と皆で頷く。
パジャマは無いけど、服なら軽音部の負の遺産がたくさん残ってるんだ。
唯と澪が浴衣、ムギがチャイナ服、梓と私がゴスロリに着替えた。

そんなバラバラの服装で、
私達は夕方に観たジャズ研のライブを口々に語り合う。
いいライブだった。心の底からそう思う。
ジャズを観る機会自体そうは無かったんだけど、
ほとんど初めて見ると言っていいジャズバンドの本格的な演奏はカッコよかった。

当然、ジャズだからカッコいいってだけじゃなく、
純ちゃんの演奏も様になっていて、思わず舌を巻いちゃうくらいだ。
もしかしたら、澪に匹敵する実力なんじゃないか?
普段おどけてる純ちゃんの姿からは想像もできないその見事な実力。
これなら来年の軽音部も安泰だ。
ひょっとすると、今の軽音部よりよっぽどすごい部になるかも……。
それはそれで複雑な気分だけど、梓が一人軽音部に残る事にならないってのは純粋に嬉しい。

寝なきゃいけない事は分かってた。
それでも、いつまでも話し足らなくて、誰からも言葉が途切れる事が無かった。
話し終えたら、眠らなきゃいけなくなるから。
眠ったら、残り少ない朝を迎えてしまう事になるから。

朝が来なきゃいいのに……。
別れの日の朝が……。
勿論、ライブに響くし、眠らずにいていいはずがなかった。

三時を回ったくらいに、私は意を決して皆に「もう寝よう」と伝えた。
唯あたりが嫌がるかと思ってたけど、
意外にも泣きそうな顔でそれを嫌がったのは梓だった。
普段見せない梓の我儘な姿に唯達が困惑した姿を見せる。
梓もこの時間を終わらせたくないと思ってる事は嬉しかったし、
それくらい私達との時間を大切にしてくれてるんだろう。
ちょっとやそっとじゃ、梓も眠りたくない事を譲りそうになかった。

私も同じ気持ちだけど、ここを譲るわけにはいかない。
私はわざと儚そうな雰囲気を装ってから、梓に向けて言った。

「朝までずっとお休みを言い続けたいの。
 だって夜が明けて欲しくないんですもの。別れの朝なんて来なければいいのに……」

少し間があったけど、しばらくして梓が「似合いませんよ」と笑ってくれた。
「中野ー!」と言いながら、私は梓の後ろに回ってチョークスリーパーを仕掛けてやる。
似合わないのは分かってるよ。
大体、これ学園祭でやったジュリエットの台詞だしな。
私の雰囲気に似合わないこの台詞を言えば、梓の頭も少しは冷えるかと思ったんだ。
結果はとりあえずは成功だったみたいだ。

梓も自分が我儘を言ってる事は気付いていたみたいで、
頭を私達に下げてから、もう寝る事を承知してくれた。
「お休みを言い続けるなんて、律先輩には似合いませんしね」と照れ隠しに笑いながら。
こうして、私達は最後の徹夜を終え、眠りに就く事になった。

それからしばらくの間、
似合わない私の台詞に対する唯の笑いが止まらなかったけどな。
まったく……、失礼な奴だ。



613 名前:にゃんこ:2011/09/27(火) 19:19:25.35 ID:buxu7BEn0



今回はここまでです。
遂に土曜日ですね。

あ、超今更ですが、
このSSの舞台設定はけいおん!!の番外編1の直後くらいが冒頭という設定です。
いや、書いてなかったなと思いまして。




614 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/09/27(火) 19:41:15.93 ID:7AF4Jf6SO

乙乙、ライブが楽しみだな



615 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/09/27(火) 20:03:28.02 ID:qDLGBI0F0

終末が近づいてきてる描写いいね






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