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律「終末の過ごし方」#14 【非日常系】


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律「終末の過ごし方」#index



640 名前:にゃんこ:2011/10/04(火) 20:48:04.38 ID:tfOQQ7Jq0






先にさわちゃんに差し入れに行った梓を見送った後、
私達はタイムカプセルとスコップを持って校庭の大きな桜の樹の下に集まっていた。

枯葉もかなり散り終わった桜の樹を見上げながら、
そういや、この桜の樹に伝えられる伝説を誰かから聞いた事があったな、と何となく思い出す。
確かこの樹の下で女の子から告白して結ばれたカップルは、
呪われた輪廻に囚われて、別れたいと思っても永遠に別れられないとか何とか。

ありがちな伝説のはずなのに、そう言われると何か恐い。
何事も物は言い様だな……。
と言うか、うちは女子高なんだが……。

まあ、伝説ってのは、古くから伝えられてるもののはずなのに、
詳しく調べてみると、その実は十年前に創作されたものだった事もよくあるらしい。
この桜の樹にまつわる伝説も、多分、誰かが適当に創作したものなんだろうな。
そうして、特に興味の無い桜の樹の伝説について考えていると……、

「すみません、お待たせしました」

さわちゃんに差し入れを終えたらしい梓が、桜の樹の下の私達に駆け寄って来た。
その梓の腕には学生鞄が抱えられている。
キーホルダーを失くしてしまった梓の学生鞄だ。

水曜日までの梓ならその学生鞄を決して私達に見せなかっただろうけど、
完全ではないながらキーホルダーの事を吹っ切れた今の梓なら大丈夫だった。
まだ少し後悔や悲しさはあるんだろうし、その顔は複雑そうな表情に見える。
でも、梓は精一杯の笑顔を私達に向けてくれた。
私も梓に笑顔を向け、何事も無いような普段通りの口調で梓に訊ねる。

「どうしたんだ、梓?
 鞄なんか持っちゃって……、中に何か入れて来たのか?」

「はい、律先輩。
 実は先生に差し入れに行った後で、
 タイムカプセルに入れられそうな物を、部室や教室で探してみたんです。
 これといった物はあんまり見つからなかったんですけど、とりあえず鞄の中に詰め込んで来ました」

「あずにゃんもタイムカプセル埋めるの楽しみなんだねー」

唯が嬉しそうに梓に言ったけど、
梓は唯から視線を逸らして、私によくやるみたいに頬を膨らませてみせた。

「別にそんな事は無いです。
 唯先輩がどんな理由でタイムカプセルを埋めようって言い出したのかは分かりません。
 でも、私はやるからには徹底的にやっておきたいんです。
 よく分かりませんけど、このタイムカプセルは未来の人達へのプレゼントなんですよね?
 だったら、適当な物なんか入れられないじゃないですか」

「もう。楽しみなくせに、あずにゃんも素直じゃないんだからー……」

梓の生意気な発言も意に介さず、唯は嬉しそうな表情を崩さない。
梓がタイムカプセルを楽しみにしてる事は間違いない、って思ってるんだろう。
普段の唯の判断は何の根拠も無い事が多いけど、
今回ばかりは唯が間違ってないと私も強く感じた。物凄く感じた。
何故なら、梓の学生鞄が何をそんなに詰め込んだんだって思えるくらい、パンパンに膨らんでいたからだ。
間違いなくとりあえずってレベルじゃない。
自分の思い出の品を片っ端から詰め込んで来たってレベルの量だぞ、これ。
前に小さく潰された梓の鞄を見ていただけに、余計にそう感じる。
あれだけ小さく潰す事ができる鞄を、ここまで膨らませる事ができるのか……。
呆れを超えて、逆に感心させられる。

視線をやってみると、澪もムギも苦笑に似た表情を浮かべていた。
勿論、そんな梓を嫌がってるわけじゃない。
生意気で素直じゃなくて、可愛らしい後輩を微笑ましく思ってるって、そんな感じの表情だった。
多分、今の私も澪達と似た表情を浮かべてるはずだ。

私達の表情に気付いたのか、
鞄を限界まで膨らませておいての自分の発言に説得力が無いと思ったのか、
梓はその場に鞄を置くと、顔を少しだけ赤く染めながら早口で誤魔化すように言った。



641 名前:にゃんこ:2011/10/04(火) 20:54:32.77 ID:tfOQQ7Jq0

「そ……、そんな事より早く穴を掘らないといけませんよね。
 先輩達に力仕事をさせるのも申し訳ないんで、私が穴を掘りますね。
 ムギ先輩、スコップを貸して頂けますか?」

歩き寄りながら、ムギからスコップを借りようと梓が手を差し出す。
ムギは柔らかい笑顔を浮かべ、スコップを持ったままで軽く首を横に振った。

「ううん、大丈夫よ、梓ちゃん。もう穴は掘らなくてもいいの」

「え? どうしてですか?
 タイムカプセルを埋めるなら、少しでも深い穴を掘っておいた方が……。
 あ、心配しないで下さい、ムギ先輩。
 ムギ先輩ほどじゃありませんけど、私、力は強い方なんですよ?」

ムギに心配させないようにしてるんだろう。
力強く微笑みながら、梓がもう一度ムギに向けて手を差し出した。
だけど、ムギはまたスコップを梓に渡そうとはしなかった。
不安そうな表情を浮かべる梓に、ムギが優しい声色で言葉を掛ける。

「穴はもういいんだよ、梓ちゃん。
 だって、ほら……」

梓を手招きながら、ムギが桜の樹の私達が立っている側の裏に歩いて行く。
梓が首を傾げながらムギの後に付いて行き、私達もその後に続いた。
桜の樹の裏側に完全に回った後、
ちょっと照れた表情を浮かべながら、ムギが自分の足下を指差した。
ムギの指の先に視線を向けた直後、梓が悲鳴みたいな甲高い声を上げた。

「早っ!! 深っ!! 凄っ!!」

何かの技の名前みたいだが、当然ながらそんな事は無い。
敬語を使うのも忘れて、梓がそんな我を忘れた声を上げるのも当然だ。

それもそのはず。
ムギの指差した先には、半径五十㎝近い大きな穴が掘られていた。
勿論、この穴は私が掘った物でも、唯や澪が掘った物でもなかった。
梓もそれくらいは分かってるんだろう。

軽い化物でも見るような視線をおずおずとムギに向ける。
梓に視線を向けられたムギは、困ったような微笑みを浮かべながら、恥ずかしそうに続けた。

「私、皆でタイムカプセルを埋めるのが夢だったの……。
 タイムカプセルを埋めるのなんて初めてだから、
 嬉しくて、張り切り過ぎちゃって……、つい穴を深く掘り過ぎちゃったの……」

「そ……、そうなんですか……。
 すみません、ムギ先輩……。
 何だか私、出しゃばった真似をしちゃったみたいで……」

「ううん。私の方こそ、梓ちゃんの申し出を無駄にしてごめんね……」

「い……、いいえ、謝らないで下さい、ムギ先輩。
 あの……、えっと……、お疲れ様でした……」



642 名前:にゃんこ:2011/10/04(火) 20:55:35.69 ID:tfOQQ7Jq0

その言葉の後、梓とムギの言葉は止まった。
無理も無い。
傍から見てた私達ですらびっくりしてるんだ。
事態を全く知らなかった梓の驚きは、私達よりも遥かに大きいはずだ。
何しろさわちゃんに差し入れを持って行った梓と別れてから、合流するまで二十分も経ってないんだ。
まさかその間にこんなに深い穴をムギが一人で掘るなんて、梓も夢にも思わなかっただろうな。

いつもあれだけ重いキーボードを平然と持ち運んでるんだ。
ムギが力持ちだって事はよく知ってたけど、まさかここまでとは思ってなかった。
「穴は私が掘りたい」というムギに、体育館倉庫で見つけたスコップを手渡して約七分。
たったそれだけの時間で半径五十㎝近い穴を掘るなんて、驚異的と言わずに何て言えばいいんだろう。
かなり固いはずの地面をプリンみたいに掘ってくんだもんなあ……。
ムギは絶対怒らせないようにしよう……。
そんな事を考えた、ムギと出会って三年目の冬。

少しだけの沈黙。
私も澪も梓もムギも、何を言うべきなのか迷ってしまってる。
放課後ティータイムの仲間達は言葉を失う。
約一名を除いて。

「穴掘るの、ムギちゃん一人に任せてごめんね。
 でも、ありがとう。これでタイムカプセルを埋められるよ!」

その約一名とは言うまでもなく唯だった。
何事にもって程じゃないけど、ほとんどの事には動じない性格の唯が何だか羨ましくなる。
唯の言葉に心が落ち着いたようで、ムギが軽い微笑みを浮かべた。

「ううん、気にしないで、唯ちゃん。
 穴を掘るのは、私がやりたくてやった事だもん。
 私の方こそありがとう、唯ちゃん。
 タイムカプセルを埋めるって夢を叶えさせてくれて」

「いえいえ、こちらこそー」

ムギのまっすぐな言葉に、唯が照れ笑いを浮かべる。
いつもなら突っ込みを入れてたところだけど、今回は別にいいかと思った。
唯のやる事はいつも突然で、いつも無茶苦茶で、
でも、それがいつも面白くて、いつも楽しくて、いつも嬉しい。
多分笑顔になりながら、私は腕を上げて宣言する。

「よっしゃ。
 穴はムギが掘ってくれた事だし、タイムカプセルを埋める事にしようぜ。
 と言うか、まずはタイムカプセルに入れる物の選別から始めなきゃいけないんだけどな。
 梓の鞄の中に入ってる物全部を入れるのは無理だもんな」

目配せをしてみると、流石に鞄の大きさを自覚している梓が小さく縮こまった。
梓も変な所で一生懸命になるよなあ……。
でも、タイムカプセルに心を躍らせてるのは、私も同じだった。
やってる事が小学生レベルではあるけど、子供の頃に戻れたみたいで何か楽しい。
気が付けば、梓の置いていた鞄をムギが軽々と持って来ていた。
そのままムギが鞄を開き、私も鞄の中身を覗き込んでみる。



643 名前:にゃんこ:2011/10/04(火) 20:56:07.41 ID:tfOQQ7Jq0

「色々持って来たよなあ……」

思わず呟いてしまっていた。
梓の鞄の中には部室に置いていた私達の写真や、
余ってたピックや五線譜、学祭でさわちゃんが用意してくれたHTTのTシャツなんかが入っていた。
あの短い間で、よく掻き集めて来たもんだ。

「おっ、これは……」

面白い物を見つけた私は、呟きながら鞄の中からそれを取り出してみる。
中身の入ったCDケース……、我が軽音部思い出のディスクとはつまり……。

「うわあっ!」

妙な声が上がったかと思うと、
そのCDケースがいきなり私の手からひったくられた。
ひったくったのは、勿論澪だ。
横目に様子をうかがってみると、
澪は顔を真っ赤にしてそのCDケースを胸の中に抱いていた。
私は若干呆れて、澪の肩を叩いて軽く声を掛けてみる。

「おいおい……。そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃんか……」

「やだ! タイムカプセルでも、これを残すのだけは絶対に嫌!」

「将来的には、きっと笑える一品になってるって」

「やだやだ! 本気で嫌だからね!」

「み……」

「いーやーだーっ!」

取り付く島も無かった。
まだこんなに心の傷が残っていたのか……。
まあ、一度封印が解かれたとは言え、再封印されたブツだ。
澪にとっては、本気で誰の目にも触れさせたくない代物なんだろう。

そう。そのCDケースの中のディスクの正体は、
梓が入部するより前に制作した新入生歓迎ビデオだった。
何故か澪にナースのコスプレをさせて撮影されたいわくつきの一品だ。
そういや、本当にあれ何でナース服だったんだろう……。
当時、さわちゃんの中でブームでも来てたんだろうか。
どうでもいいけど。



644 名前:にゃんこ:2011/10/04(火) 20:57:38.44 ID:tfOQQ7Jq0

「澪ちゃん、落ち着いて」

心配そうにムギが澪の肩に手を置く。
泣きそうな顔で、澪がムギの方向に振り返って言った。

「こんなの残したくないよ、ムギ……。
 梓もどうしてこんなの持って来たんだよ……。
 こんなのずっと封印しててよかったじゃないか……」

澪が責めるような視線を梓に向ける。
梓も澪に責められる事は分かってたみたいで、
申し訳なさそうな顔を浮かべながら、大きく頭を下げた。

「すみません、澪先輩。
 でも、私、軽音部の思い出はできる限り残しておきたくて……。
 特にそのディスクは私達の数少ない映像ですから、絶対に残しておきたいんです」

「梓の言う事も分かるけど、だからって……」

「心配しないで下さい、澪先輩。
 澪先輩だけに恥ずかしい思いはさせません。私も封印を解きます」

言って、梓がポケットの中から、また中身の入ったCDケースを取り出した。
澪が胸の中に抱くCDケースと同じく封印されしもう一枚……。

「あ、それちょっと前に作ったビデオ?」

唯が嬉しそうにそのCDケースを指差すと、真剣な表情で梓が頷いた。
私も胸の前で腕を組んで、梓に向けて神妙な声色で呟いてみる。

「軽音部にようこそにゃん……のやつだな」

「今はそこには触れないで下さい、律先輩」

「はい、すみません、梓後輩」

悪い事は言ってなかったはずだが、怒られてしまった。
釈然とはしないが、今は黙っておく事にしよう。
梓は視線を澪の方に戻すと、静かな声色で続けた。

「澪先輩がそのディスクを残すのが恥ずかしいなら、
 私も私の恥ずかしいディスクを残します。恥ずかしいけど、残したいんです。
 私達が軽音部で活動した記録ですから、
 未来の私達じゃなくても、誰かに観てもらいたいって思うんです。

 これは私の我儘ですから心苦しいんですけど、
 でも、どうかそのディスクをタイムカプセルに入れさせてもらえませんか?」

真剣な表情と、真摯な態度だった。
一度大切な物を失くしてしまった梓なんだ。
残された思い出の品を大切にしたいという気持ちが、誰よりも強いんだろう。
私は軽く微笑み、ムギの隣で澪の肩に手を置いた。

「観念するしかないな、澪。
 後輩がここまで言ってくれてるんだ。
 願いを聞き届けてやらなきゃ、女が廃るってもんだ」

「それは……、私もそうしてあげたいけど、でも……」

「分かったよ、澪。
 おまえの気持ちも分かる。
 それじゃ、梓には悪いけど、その代わりに一年の頃の学祭のビデオを……」

「わーっ!
 分かったよ! もう我儘言わないよ!
 一年の学祭のビデオ入れるくらいなら、こっちのディスクを入れてくれよ!」

澪が真っ赤になりながら、胸に抱いてたディスクを私に手渡す。
勝った……!
脅したみたいで居心地が悪いけど、
澪に早く決心させるためにはこれが一番いい方法のはずだった。
澪としても梓の願いを叶えてやりたかったんだろうけど、
一度嫌がった手前、自分から引き下がりにくかったみたいだしな。



645 名前:にゃんこ:2011/10/04(火) 21:00:42.02 ID:tfOQQ7Jq0

梓が申し訳なさそうに私と澪の顔を交互に見てたけど、
気にするなって意味も込めて、軽く梓にそのディスクを手渡してやった。

梓の言ってる事は確かに我儘ではあるけど、間違ってないんだ。
こういうのは、後輩が言っていい我儘なんだと私は思う。
私は軽音部で後輩になった事が無いから、
模範的な先輩ってやつが分からないけど、
私自身はそういう後輩の我儘を笑顔で聞き届けてやれる先輩でいたい。

「そういえば……」

ムギに支えられて立ち上がりながら、澪が不意に小さく呟く。

「さっき唯はこのタイムカプセルを、
 未来の人達へのプレゼントって言ってたよな?
 どういう事なんだ?」

それは私も気になってる事だった。
タイムカプセルってのは、当たり前だけど未来の自分達に残すための物だ。
百歩譲って自分達じゃない未来の誰かに残すのはいいとしても、
その人達へのプレゼントってのがよく分からない。

澪に合わせて私も首を傾げると、唯が急に真剣な表情を浮かべて言った。
相も変わらず、馬鹿みたいな速度で雲が流れる空を見上げながら。

「うん、実はね……。
 ほら、明日がおしまいの日だよね?
 世界から皆が消えて居なくなっちゃう日なんだよね?
 私も、りっちゃんも、澪ちゃんも、ムギちゃんも、あずにゃんも、
 憂も、和ちゃんも、純ちゃんも、さわちゃんも、皆……、皆……。

 って事は、タイムカプセルを残しても、もう私達にこのタイムカプセルは開けないよね……。
 誰も開けられなくなっちゃうよね……。
 それってすっごく悲しくて寂しい事だよね……?

 でも、私、思ったんだ。
 世界から皆が居なくなって、生き物全部居なくなっちゃって、
 しばらくこの世界から生き物が居なくなっちゃっても……。
 いつかは新しい生き物が生まれて来るはずだよね?

 理科の授業でやったけど、この地球も最初は生き物が一種類も居なかったんだよね?
 それでも、よく分かんないけど、生き物は何処かから生まれて、
 私達みたいにお茶を飲んだり、音楽を演奏できるくらいに進化したんでしょ?

 だったら……、だったらね?
 きっといつかは私達みたいにタイムカプセルを残そうって思う、
 今の人間みたいな生き物も生まれてくるって思うんだよね。

 だから、このタイムカプセルは、そんな人達へのプレゼント。
 ずっと昔、こんな人達が居たんだって、想像して楽しんでもらうためのプレゼントなんだ。

 ……勿論、私達のタイムカプセルを、
 未来の私達じゃなくても、誰かに受け取ってもらいたいって気持ちもあるけどね」



646 名前:にゃんこ:2011/10/04(火) 21:03:34.56 ID:tfOQQ7Jq0

皆、静かに唯の言葉を聞いていた。
唯がそこまで未来について考えてたとは思ってなかったんだ。勿論、私も含めて。
少し強い風に吹かれるその唯の表情は、とても力強く、頼もしく見えた。

「すげーな、唯……」

私が感心して言うと、唯が頭を掻きながら表情を崩した。

「いやー……、
 実は今言った事のほとんどが、オカルト研の子達からの受け売りだけどねー」

「私の言ったすげーを返せ!!」

一瞬にして全身から力が抜ける。
澪達も困った感じで苦笑してるみたいだ。
唯も黙っときゃいい話で終われたのに……。
まあ、そういう事を黙ってられないのが、唯って奴なんだけど。

でも、言われてみると、
確かにさっきの唯の言葉はオカルト研の子達が言いそうだった。
世界の終わりの後に生まれる新しい人類なんて、いかにもオカルト的だ。

別に悪いわけじゃない。
そう考えると楽しくなってくるし、
それを真面目に考えてタイムカプセルを残そうと思い付いたのは、確実に唯の発想だろうしな。

「でも、そうだな……」

私は空を見上げながら誰にでもなく、自分に向けて呟いてみる。

「未来の私達じゃなくても、
 未来に生きてる誰かがこのタイムカプセルを受け取ってくれたら、嬉しいよな……。
 私達が生きた証拠が残るって事だもんな……」

「人は……、二回死ぬ……か」

答えを期待したわけじゃなかったけど、私の呟きに続く言葉があった。
その言葉は澪が呟いたものだった。
澪に視線を向けて、私は小さく訊ねる。

「何だ、それ?」

「いや、唯の話を聞いてて、何となく思い出したんだよ。
 聞いた事ないか、律?

 人は二回死を迎える。
 一回目は肉体的に死を迎えた時。
 二回目は誰からも忘れ去られた時……って、よく聞く言葉だよ。

 もしもだけどさ……。
 もしも本当に新しい人類が生まれて、
 このタイムカプセルを見つけてくれたら、その人達は確実に私達の事を考えるよな?
 私達の事を考えて、心の中に残してくれるはずだよ。
 だったら……、それはつまり……」

「私達の二回目の死は無くなる……って事か?
 私達の事を考えてくれる人が居る……か。
 肉体的に死ぬ事には違いないけど……、ちょっと嬉しいな」

唯がそこまで考えていたのかは分からない。
未来の人に残す物=タイムカプセルって単純に連想しただけかもしれない。
勿論、それでもよかった。
その単純さが唯の強さで、
そんな唯が私達の仲間でいてくれる事が私達の幸せだったんだと思う。



647 名前:にゃんこ:2011/10/04(火) 21:09:02.11 ID:tfOQQ7Jq0



今回はここまでです。
タイムカプセル編かと思いきや、実はオカルト研編?

ではここでまた個人的な裏話。
No,Thank Youネタをやってしまったせいで、
ワタクシ、ED映像を見る度に泣ける体質になってしまいました。




648 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/04(火) 22:16:37.78 ID:3IeRbIgSO




ED映像捉え方によってはなんか悲しい
5人とも切なくなる表情だし



649 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/04(火) 23:13:45.56 ID:nVTrclASO


それぞれ皆はどんな品物を持ってきたんだろう



650 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/04(火) 23:38:43.91 ID:48U9mqkVo

未来の人にタイムカプセル残すことで自分達の思い出は消えずにずっと残るってことか
いいね~乙





651 名前:にゃんこ:2011/10/06(木) 19:42:07.81 ID:Vhb6Zuoq0

「素敵な考えだね」

嬉しそうな感じで、微笑みながらムギが言う。
ムギも何度も世界の終わりの事を考えて泣いたと言っていた。
まだ心の中にしこりは残っているんだろうけど、
ムギは世界の終わりを前にして歩みを止めてしまうより、
私達との最後のライブを目指す事を選んでくれた。
泣く事をやめ、取り戻せたそのムギの笑顔は眩しい。

「でも、大丈夫かな……?」

不意にムギの笑顔が曇る。
でも、それは世界の終わりに悲しみを感じてるからじゃなかった。
もしかしたら唯よりも天然かもしれない、
ムギらしい心配をしただけだって事はそのすぐ後のムギの言葉で分かった。

「ここにタイムカプセルが埋まってるって、未来の人達は気付いてくれるかな?
 何か目印みたいな物があった方がいいんじゃないのかな?」

私はそんなムギの天然な心配を苦笑しながら、ムギの肩を軽く叩いた。
天然ではあるけど、もっともな心配ではあるよな。

「そういやそうだよな、ムギ。
 世界の終わりの後にどれくらい残るかは分かんないけど、
 せめて目印になる物くらいは置いておいた方がいいかもな。
 できるだけ頑丈で、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにない目印がいいよな。
 何かちょうどいい物あったっけか?」

「ふっふっふ……」

私が呟くと、いきなり唯が不敵に笑い始めた。
腰に手を当てて、完全に悪役の笑い方だ。

「何だよ、唯。
 気持ちわりーな……」

「気持ち悪いとは失礼な。
 でも、許してしんぜよう、りっちゃん隊員。
 何故ならば、ふっふっふ……。
 目印になりそうな物は既に私が用意しているからなのです!
 ふっふっふ……。ふっふっふ……」

「ふっふっふ……はもういい。しつこい」

「えー……。
 カッコいい笑い方なのにー……」

「おまえにはそれがカッコいいのかよ。
 それはそれで別にいいけど、目印って何なんだよ?
 何を用意してるんだ?」



652 名前:にゃんこ:2011/10/06(木) 19:42:41.56 ID:Vhb6Zuoq0

私が訊ねると、いきなり唯が申し訳なさそうな顔になって、ムギを手招いた。
自分を指で指しながら、ムギが首を傾げる。

「え? 私?」

「ごめんね、ムギちゃん。
 その目印、結構重いから、運ぶの手伝ってくれる?
 皆をびっくりさせようと思って、ちょっと遠い所に置いてるんだ」

「そうなんだ。分かったわ、唯ちゃん。
 じゃあ、りっちゃん、澪ちゃん、梓ちゃん。
 唯ちゃんと一緒にちょっと行ってくるね」

「大丈夫か、ムギ?
 私も手伝おうか?」

澪が心配そうに申し出たけど、軽く笑顔を浮かべてムギが首を横に振った。
まあ、結構重いって言っても、唯基準での結構な重さなんだろう。
唯がムギ一人だけを指名した事から考えても、二人で十分持ち運べる目印に違いない。
ムギもそれを分かっているからこそ、澪の申し出を断ったんだろうな。
唯とムギが二人で駆け出していく。

取り残された私達は、とりあえずタイムカプセルに入れる物を選別する事にした。
梓の学生鞄の中から、唯が持って来た物と被ってない物を探し出していく。
ある程度選別した後、紙袋の中から金属の箱を取り出してみる。

唯が持って来たタイムカプセル用の金属の箱……、
って、よく見りゃこれ箱っつーかクッキーの缶じゃねーか。
こんなので下手すれば億単位の年月を経てまで、
缶の中身を風化させずに護れるもんなのか……?

あ、でも、唯も唯で一応それは考えてたみたいだな。
箱というか缶を開いてみると、
中にはそれより小さい缶が、四重くらいに重ねられてしまわれていた。
缶一つじゃ不安だけど、四つくらい重ねれば何とか保つかなって思ったんだろう。

単純と言うか、何と言うか……。
一缶だけよりはそりゃマシだろうけど、
億単位の年月相手じゃ付け焼き刃もいい所って感じだ。

澪達もそれは気付いてたみたいで、缶を見ながら肩をすくめている。
でも、その表情に呆れはない。私も呆れてなんかない。
まったく唯の奴は……、って思わなくもないけど、
缶の中身を守れるかどうかは、私達には別に重要じゃないんだ。

実際問題、新しい人類ってやつが生まれる可能性がどれくらいなのか、私には分からない。
残念だけど、その可能性は途轍もなく低いんだろうなって思う。
宇宙は広くて、地球に似た環境の星も多いみたいだけど、
まだ宇宙人が見つかってない事から考えても、
人間みたいな生き物がこの宇宙に生まれる確率は本当に低いんだろう。
そんなに低い可能性なのに、
地球に人間みたいな生き物が二回続けて生まれるなんて奇蹟に等しいよな。

だけど、それでもいいんだ。
届かないタイムカプセルだとしても、無駄になる想いだとしても、
少なくとも私達の生きた証はこの世界に残る。残せるんだ。
残す事と、残そうって思う事にこそ、意味があるんだと思う。
それが誰の手に届かなくても、目に触れなくても私は構わない。
もしも本当に新しい人類なんかが生まれて、
私達のタイムカプセルを見つけてくれれば、それだけで御の字ってやつだ。

そんでもって。
その新しい人類がタイムカプセルの中身を調べながら、
「この時代の技術でこんな物が残せるはずが無い!」とか言ってくれると嬉しいんだけどな。
人差し指を立てながら私がそれを言ってみると、澪から呆れた声色の返答があった。

「どういうオーパーツだよ……。
 と言うか、全部この時代の技術で作られてるものだし……」

何の面白味もない返答をありがとう、澪。
でも、澪の口からオーパーツって言葉が出てくるとはな。
キャトルミューティレーションやチュパカブラも知ってるし、
こいつって結構オカルトの事を勉強してんだよなあ……。

そういや、こいつ前に言ってたな。
恐いのを見るのは嫌だけど、恐い物の正体を知らない方がもっと恐いって。
律義と言うか、難儀な性格をしてる奴だよな、澪も。
確かに人間は分からない物を恐れる生き物だとはよく聞くけどさ……。



653 名前:にゃんこ:2011/10/06(木) 19:47:00.02 ID:Vhb6Zuoq0

「でも、もしかしたら世界のオーパーツって、そういう物かもしれませんよね」

珍しく私をフォローするように梓が言った。
梓の口からオーパーツって言葉が出るのは別に意外じゃなかった。
何となく梓は色んな事にマニアックな印象がある。
いや、私の勝手な印象で悪いけど、何故だかものすごくそんな気がする。
私の考えを知らず、マニアック(仮)な梓が続ける。

「知ってます?
 今の技術の機械を使えばすぐに作れる物なんですけど、
 機械が無い当時の技術で、人力で作ったら五十年くらい掛かるオーパーツがあるらしいんですよ。

 そのオーパーツを見つけた人達は、
 「この時代の技術でこんな物を残せるはずが無い!」って頭を悩ませたんですけど、
 後々詳しく調べてみると、本当に五十年掛けて作ってただけだったらしいんですよね。

 何とも拍子抜けな話ですけど、何事もそんな物なのかもしれませんね。
 もしかしたら、律先輩みたいな人が後世の人を驚かせるためだけに、
 そんな風に五十年掛けて趣味で作ったオーパーツも多いのかもしれないなって思います」

「おまえは私を何だと思ってるんだ……」

「え? 律先輩ってそういう人だと思ってましたけど……」

「中野ー……、いや、否定はできんな……」

「否定しろ!」

顎に手を当てて首を捻ると、澪が私の後頭部を叩いて突っ込んだ。
そんな私達の様子を梓が楽しそうに見つめる。
明日世界の終わりが来るってのに、何とものんびりしてるよな、私達も。

まあ、それが放課後ティータイムだ。
放課後こそが私達の真骨頂。
世界の終わりだって、いつもみたいに穏やかに迎えてみせる。

「お待たせ、皆ーっ!」

不意に校庭に私達の中で一番マイペースな奴の声が響いた。
声の方向に視線を向けると、唯とムギがかなり大きな何かを持って歩いていた。
私は大きく手を振って、唯達に声を掛けてみる。

「お疲れ様ー。
 目印って何だー……って、それ見覚えあるな」

「ふっふっふ……。皆さんももうお分かりですね。
 何を隠そうこれこそ……、えーっと……」

首を捻りながら、唯が私達の立つ桜の樹の下にまで歩き寄って来る。
どうやらそれの正式名称を忘れたらしい。
突っ込もうかとも思ったけど、
それをわざわざ運んで来てくれた唯にそんな扱いをするのも申し訳なかった。
私は口を閉じて、唯がそれの正式名称を思い出すのをじっと待つ事にした。
実を言うと、私もそれの名前をよく憶えてないしな。

「えーっと……、何だっけ……?
 何かの石で……、えっとー、何とかストーンって名前で……。
 何ストーンだったっけ……?」

そうこうしている内に、唯達は穴の横まで辿り着いてしまっていた。
唯はムギと腰を下ろしてそれを地面に置くと、
何故かピースサインをしながら不敵に笑ってそれを指差して言った。

「そう!
 これこそ私達のタイムカプセルの目印……、
 ジュリエットのお墓(仮)なのです!」

あ、こいつ諦めた。
これの名前、思い出すの諦めやがった。

「ジュリエットのお墓(仮)って……」

梓が呆れ顔で呟く。
まあ、唯の言う事も間違ってはいないんだが……、

いや、やっぱり間違っていた。
唯の持って来たタイムカプセルの目印は、
前に私達がロミジュリの劇を演じた時にオカルト研から借りた何かの模型だった。

あの時、ジュリエットのお墓の代わりに使ったから、
確かにその模型はジュリエットのお墓(仮)と言えるんだが、
せめて正式名称くらい憶えてないと、いまいち締まらないぞ、唯よ……。
私がそれを指摘すると、不機嫌そうに唯が頬を膨らませた。



654 名前:にゃんこ:2011/10/06(木) 19:47:26.95 ID:Vhb6Zuoq0

「何さー……。
 じゃあ、りっちゃんはこの石の名前、憶えてるのー?」

それを私に振るのかよ。
一度聞いた気はするけど、
私もあの時はジュリエットを演じるので精一杯だったからなあ……。
首を捻り、どうにか頭の中に浮かんだ名前を言ってみる。

「ロ……、ローゼンストーン……?」

「ロゼッタストーンだろ、律」

一瞬にして突っ込んだのは澪だった。
ロミオを演じてたのに意外と余裕があったのか、
それともオカルトに詳しいからこの石の名前を知ってたのか……。
どっちでもよかったけど、多分後者なんだろう。
澪に突っ込まれた私を指差して、唯が実に嬉しそうに笑った。

「りっちゃんだって憶えてないじゃん。
 それでこそりっちゃんだよ!」

「ロゼッタのロの字も出て来なかったおまえに言えた事か!」

言いながら、私は唯の頬を軽く引っ張ってやる。
それでも、唯は笑うのをやめずに、嬉しそうににやけていた。
唯の奴は前々から私の事ばかり馬鹿にしてかかるが、
真面目な優等生が多い我が軽音部の中で、自分サイドの仲間が居る事が嬉しいんだろうな。
まあ、私も同じ様に唯に救われてる所は結構あるけどさ。

とは言え、馬鹿にばかりさせるのも腑に落ちない。
もう機会も無いかもしれないし、思う存分唯の頬を引っ張っておく事にしよう。

ある程度唯の頬を引っ張った後、私が唯の頬から手を放すと、
若干呆れた表情を浮かべてた澪が少し神妙な顔になって言った。

「でも、よかったのか?
 そんな高そうな物、オカルト研から借りて来ちゃって。
 迷惑だったんじゃないか?」

それは確かに澪の言うとおりだった。
結構な大きさだし、本格的な造形だから、相当高価な物に違いない。
私が少し不安に思いながら唯の顔を覗き込んだけど、
唯は幸せそうに微笑んでから指でピースサインを形作った。

「大丈夫だよ、澪ちゃん。
 オカルト研の子達、「新人類へのメッセージのためなら喜んで」って笑って貸してくれたもん」

あのオカルト研の子達が笑って……?
全然想像できないけど、嘘を言う必要も無いし、その唯の言葉は本当なんだろう。
学祭以来、唯はオカルト研の子達とかなり交流があったみたいだし、
無表情に見えるあの子達の笑顔を引き出せるくらい仲良くなってたんだろうな。
流石は唯だよな。
笑顔のまま、幸せそうに唯が続ける。

「このジュリエットのお墓(仮)を貸す代わりに、
 タイムカプセルにオカルト研の研究レポートも入れてほしいって頼まれたけど、
 別にいいよね、皆?」

「まあ、お世話になってる立場だし、
 それくらいこっちも喜んで入れてあげようぜ、唯。
 でも、『終末宣言』以来、会う機会が無かったけど、あの子達も元気そうでよかったよ」

私が返すと、珍しく唯が苦笑した。
苦笑される方ならともかく、唯が苦笑するなんて、何かすごい事があったんだろう。



655 名前:にゃんこ:2011/10/06(木) 19:51:41.88 ID:Vhb6Zuoq0

「うん。元気だったよ、オカルト研の子達。
おしまいの日の後に生まれるはずの新人類の研究が忙しいって楽しそうにしてたし。
何だったかなあ……?
終末をちょ……ちょうえつ? したエク何とかって新人類が生まれるって言ってたよ」

「エク何とか……?
 よく分からんが、それはすげーな……」

「エクシードですか?
 超越と書いてエクシードって読む」

私の言葉に続いたのは、マニアック(仮)な梓だった。
何でここでおまえが答えるんだ……。
私だけじゃなく、梓の事なら基本的に全肯定する唯も複雑そうな表情を浮かべた。

「す……、すごいね、あずにゃん!
 確かそういう名前だったと思うけど、まさかあずにゃんが知ってるなんて……」

「前に本で読んだ事があったんですよ」

何の本だよ!
そう突っ込もうかと思ったが、
何だか藪蛇になりそうだったからやめておいた。

それでも、私にはただ一つ思う事があります……。
多分その超越(エクシード)ってのは、
オカルト用語じゃなくて、少年漫画的な用語に違いないという事です……。
いや、深くは突っ込まないけどさ。
とりあえず、これから先は梓の枕詞のマニアック(仮)から、(仮)を取る事にしよう。

「それじゃあ、タイムカプセルの中身を入れちゃわない?」

タイムカプセルを埋めるのを一番楽しみにしてるはずのムギが、楽しそうに声を上げる。
私達の会話に割って入るなんてムギらしくないけど、早く埋めたくてうずうずしてるんだろう。
いつまでも雑談してるわけにもいかないし、私もそのムギの提案に異論は無かった。

見渡してみると、唯達にも異論は無さそうで、それぞれに頷いていた。
思い思いに色々な物を詰め込んでいく。

唯が預かったオカルト研のレポート。
放課後ティータイムのマークを描いたピック。
さわちゃんの作ったHTTのTシャツ。
新曲を含めた私達の全曲分の楽譜。
新入生歓迎ビデオのディスクの新旧二枚。
猫耳に虎耳にウサミミに犬耳に象耳。
予備で持って来てた私の白いカチューシャ。
ライブハウスで演奏した時以来、
皆の楽器のケースに貼っていたバックステージパス。
私が授業中に唯と回し合ってた手紙。
唯が憂ちゃんと制作した、一年の頃の私達と梓との合成写真。
『終末宣言』後、試しに何曲か演奏を録音してみたカセットテープ。

そして、その一番上には……。

「えっ……?」

梓が小さく声を上げる。
まさかこれをタイムカプセルの中に入れるとは思ってなかったんだろう。
半分泣きそうな表情になって、それを入れようとする私の右腕の袖を掴んだ。



656 名前:にゃんこ:2011/10/06(木) 19:52:11.80 ID:Vhb6Zuoq0

「そんな……。それを入れちゃ駄目ですよ、律先輩……。
 だって……、それを入れちゃったら……、先輩達の思い出が……。
 私……、私のせいで……」

その声色は掠れてきていた。
泣きそうになっているのを、ぐっと堪えているんだろう。
私は私の右の袖を掴む梓の手を左手で優しく包んで伝える。
そうじゃないんだって。
梓のせいなんかじゃないんだって。

「違うぞ、梓。
 これをタイムカプセルに入れようって思ったのは、梓のせいじゃない。
 梓のおかげなんだぜ?」

「梓がさわ子先生に差し入れに行ってる間に、皆で話し合ったんだ。
 こうするのが一番いいんだってさ」

私の言葉に続き、澪が梓の頭を軽く撫でながら言う。
私の包む梓の手が強く震え始める。
恐怖から震えてるわけじゃない。
いよいよ涙を堪えられなくなってきてるんだろう。

勿論、梓を泣かしたいわけじゃないけど、
私達のこの言葉だけは大切な後輩に伝えなきゃいけなかった。

「梓ちゃんが教えてくれたのよ?
 私達は物に頼らなくても、絆を信じられるんだって」

母親みたいな優しい顔を浮かべながら、ムギがタイムカプセルにそれを入れる。
『い』という文字のキーホルダー……、
梓が居ない間に学生鞄から外しておいたキーホルダーを。

「そうだよ、あずにゃん?
 私達は大丈夫。思い出のお土産が無くたって、心はいつまでも一緒だもんね」

『ん』のキーホルダーをタイムカプセルに入れ、
唯は涙をこぼし始めていた梓を後ろから強く抱き締める。
また梓の手が大きく震えるのを感じる。

「大切なのは物じゃなくて、物に込められた気持ちだからな。
 梓がそれを信じてくれてるのに、
 先輩の私達が信じないわけにはいかないだろ……?」

澪が『お』のキーホルダーを置く。
妹を見守るみたいに、置いた手を動かして梓の頭を撫でる。

「でも……、それはやっぱり……。
 うっ……、ううっ……、私が……、
 私がキーホルダーを失くしちゃった……、せいで……。
 そんな私の……、ひっく……、馬鹿みたいな失敗に……、
 先輩を付き合わせてしまうなんて……、私の……せいで……」

泣き声を混じらせながら、梓が声を絞り出す。
梓は責任感の強い子だ。皆への優しさから、責任を背負い込む子だ。
自分一人が耐える事よりも、周りの人達を巻き込む方を辛く感じる子なんだ。

だから、どうにか乗り越えた気でいたキーホルダーの事で、
また私達に迷惑を掛けてしまってる気になっているんだろう。
でも、私達には決してそれが迷惑じゃなかった。
それを示してやりたいと私は思った。



657 名前:にゃんこ:2011/10/06(木) 19:52:42.62 ID:Vhb6Zuoq0

「前も言っただろ、梓?
 私はおまえのおかげで私自身や軽音部の事を、深く考えられたんだよ。

 私だけじゃない。
 唯も澪もムギも、おまえの思い悩む姿を見て、色んな事を考えられた。
 おまえが教えてくれたんだ。
 私達がどれだけ軽音部の事が大切だったのかってさ。
 だから……、大丈夫だ」

言って、私は『け』のキーホルダーをタイムカプセルの中に入れた。
『け』『い』『お』『ん』の配置で、キーホルダーがタイムカプセルの中に並ぶ。
そこに『ぶ』のキーホルダーが無い事は少し寂しかったし、
梓もそれを申し訳なく思ってるんだろうけど……、

その『ぶ』のキーホルダーの事を皆が忘れなければ、それでいいんだと思う。
澪の話じゃないけど、私達がキーホルダーの事を忘れなければ、
キーホルダーは私達の手元から無くなった事にならないんだ。

「私達はキーホルダーの事を憶えてる。絶対に忘れないよ、梓。
 キーホルダーが無くても平気だし、何の心配もしてない。
 梓が心苦しく思う必要は何も無いんだ。

 でも、一つだけ心に残しておいてくれ。
 私達はキーホルダーとおまえの事を憶えてる。忘れてやるもんか。
 だから、おまえも憶えておいてほしい。
 失くしたキーホルダーと私達の事を。

 私達はおまえの事を憶えていて、おまえは私達の事を憶えていてくれる。
 結局の所、それが私達の絆に繋がるんだって思うからさ。
 その絆があったって事実だけは、世界が終わったって変わらないんだよ。
 それだけは頼むぜ、梓」

「は……い……!」

「声が小さいぞ、中野!」

「はい……っ!」

涙を流しながら、梓が力強く宣言してくれる。
唯が梓を支えながら、その場に立たせてやる。
涙こそ流れていたけど、梓の瞳には強い光が宿っていた。
もう大丈夫だ。梓も、私達も。

穴の中に置いてから、皆でタイムカプセルを埋めていく。
土を完全に戻し終わった後、その上にロゼッタストーンを配置する。
未来の人達に届くかどうかは分からないけど、
少なくともこれで私達の生きた証は残せたと思う。
それだけで勇気が湧いて来る。
後は私達が今生きてるんだって、世界に向けて見せ付けてやるだけだ。

誰が言うでもなく、一人一人が音楽室に向けて駆け出していく。
世界最後の……、いや、高校最後のライブに向かって、突っ走っていく。
世界の終わりなんか関係なく、このライブだけは最高のライブにしてみせる。
絶対、歴史に残してやるんだ。

走っている途中、
ふと目に入った校舎の時計は、午後二時三十分を回っていた。
ライブの開演時刻は午後六時三十分。
ライブまで、残り四時間。



658 名前:にゃんこ:2011/10/06(木) 19:54:28.30 ID:Vhb6Zuoq0



今夜はここまでです。
意外とタイムカプセル編も長くなりましたが、
そろそろライブ……の前にあの人が出る予定です。




659 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/06(木) 20:55:22.12 ID:sF7v8SXDO

おぅつ
てっきりりっちゃんはカチューシャをカプセるんだと思ってた
キーホルダーとは…やられました



660 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/07(金) 00:24:17.60 ID:idrq5b8SO

タイムカプセル編も面白かった
あの人ってのは○編になってない人かな


661 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/08(土) 13:32:58.60 ID:v/BbX6eDO

乙です。
いつも読ませてもらっています。

ちょっと気になったのですが、キーホルダーの場面で、ムギが「い」、澪が「お」となっているのですが、本編では確か澪が「い」で、ムギが「お」だったと思いまして…。何か意図があってのことだったらすみません。



662 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/08(土) 13:59:37.55 ID:uJfC0AT0o

2期5話ではムギが「い」澪が「お」、2期22話では澪が「い」ムギが「お」になってる
どっちが正しいんだろう
入部した順番なら律「け」澪「い」紬「お」唯「ん」梓「ぶ」なんだろうけど




669 名前:にゃんこ:2011/10/08(土) 21:49:57.94 ID:YRwqUe4v0


>>661

>>662の方が書いて下さいましたが、
キーホルダーは2期5話を参考にして書いておりました。
最近、違う話だとキーホルダーの字が違う事もある事に気付きまして、どっちなんだと思ってましたが……。
>>662の方に書いて頂いたとおりに、
入部した順だとドラマになるんで、そっちを採用しておけばよかったと後悔中です。
もうこのssでは仕方ないので、三年生は全員同じクラスだし、
気分で皆のキーホルダーを付け替えてたって事でどうか一つお願いします。




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