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律「終末の過ごし方」#15 【非日常系】


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律「終末の過ごし方」#index


664 名前:にゃんこ:2011/10/08(土) 21:33:01.42 ID:YRwqUe4v0






タイムカプセルを埋めて音楽室に戻ると、
私達は五人揃って、静かに自分の楽器のメンテナンスを始める。
唯達、弦楽パートは弦を変え、念入りにチューニングをしている。
キーボードのムギは特にメンテナンスする事も無かったみたいだけど、
私達の曲で使う音色だけじゃなく、普段は使わない音色まで名残惜しそうに何度も鳴らしていた。
多分、それぞれがそれぞれに、自分の相棒との最後の会話を交わしているんだと思う。

勿論、それは私も同じだ。
中学の頃、やっと中古で手に入れた私の相棒のドラム。
買ってから叩かなかった日は一日も無い……とまではいかないけど、
心の中では毎日こいつを叩き続けてた。どんな風に叩いてやろうかって考えるのが楽しかった。
唯みたいに名前を付けたりはしてないけど、こいつだって私の一番の相棒なんだ。
最後まで頼むぜ、相棒。
心の中で呟きながら、私も最後のメンテナンスに取り掛かる。

そういえば、世界の終わり……、
終末は生き物だけが死を迎えるっていう世にも奇妙な現象らしい。
その原理や理屈はともかくとして、
もし本当にそうだとしたら、こいつらはこの世界に生き残るって事なのかな。
こいつらがこの世界に残るのは嬉しいけど、私は同時に寂しくもなった。
例えこいつらがこの世界に残れたとしても、誰も演奏する人が居ないまま、
音を奏でる事もできず、ただ埃を被って風化していくって事になるんだろうか。
その想像は私の心をとても寂しくさせた。

だから、せめて……と思う。
もし新しい人類が生まれるとするなら、せめてできるだけ早く生まれてほしい。
その人類が取り残されたこいつらに興味を持って、
その場に居ない私達の代わりに演奏してやってほしい。
何だったら終末を迎えた地球に興味を持った何処かの宇宙人なんかでもいい。
その宇宙人がこいつらを演奏してやってくれてもいい。
誰でも構わないんだ。
私達の相棒を演奏してくれるなら……。
途方もなく馬鹿馬鹿しい想像だったけど、私は心の底からそれを願う。

皆のメンテナンスが完全に終わった後、
音楽室での最後の練習を手早く終わらせると、私達は講堂の舞台袖に相棒達を運び込む事にした。
ライブまでまだ時間はあったけど、準備は完了させておかないといけない。
特にライブ直前にドラムを運び込んで即座に演奏するなんて、流石の私でも体力的に自信が無いしな。
本当はもう少し練習しておきたくもあったけど、
どうせいくら練習しても練習し足りたと思える事はないだろう。

不安はある。緊張もしている。
でも、それはどんなライブでも同じ事だ。
これは私達がこれまで何度も感じて来た緊張と不安だ。
だから、私達は普段通りその緊張に向き合えばいい。
いつもと同じく、これまで練習して来た自分達の成果を信じればいいだけだ。

舞台袖では和と憂ちゃんが待っていた。
私達を待っていたのかと思ったけど、そうじゃなかった。
和は今日の講堂のイベントを裏方で取り仕切る仕事があるらしく、
憂ちゃんはその仕事を手伝ってるんだそうだった。

何で憂ちゃんが和を、って一瞬思ったけど、すぐに思い直した。
この前、二人で私の家に来た事だし、和と憂ちゃんって実はかなり仲がいいんだよな。
そりゃそうか。
唯が和の幼馴染みって事は、憂ちゃんも和の幼馴染みって事なんだから。
私の知らない所で、二人の間に色んな絡みがあるんだろう。

ふと気になって、私の幼馴染みに視線を向けてみる。
秋山澪……、私の幼馴染みで友達以上恋人未満。
流石に憂ちゃんと和が私達みたいな特殊な関係とは言わないけど、
やっぱり幼馴染みってのは、誰にとっても特別な存在なんだと思う。

憂ちゃんもそうなのかは知らないけど、
唯はたまに私達には決して向けない表情を和に向ける事がある。
安心しているのか、信頼し切っているのか、
私達には立ち入れない関係性を感じさせる温かい笑顔を……。
ひょっとすると、私も澪に向けてそんな表情を向ける事があるんだろうか?
自分では分からないけど、そう考えると少し照れ臭い。



665 名前:にゃんこ:2011/10/08(土) 21:34:04.59 ID:YRwqUe4v0

楽器を配置し終わってから、舞台袖の和達と別れて音楽室に戻ると、
妙に嬉しそうな表情を浮かべているさわちゃんが長椅子の上で眠っていた。
しかも、ただ眠ってるわけじゃない。
美容室でシャンプーしてもらう時みたいな体勢で、
長椅子の手すりに首の付け根を乗せて、ガクンと頭だけ床の方に垂らしていびきを掻いていた。
よくこんな体勢で眠れるな。
と言うか、絶対これ首痛めるぞ……。

私のそんな思いをよそに大きな寝息を立てるさわちゃんは、手に大きめの紙袋を持っていた。
死後硬直みたいに固く握られたさわちゃんの手から、無理矢理紙袋を奪い取ってみる。
予想通り、紙袋の中には五人分の洋服が入っていた。

多分、さわちゃんは徹夜で私達の衣装を縫い終えて音楽室まで来てくれたんだけど、
楽器を運んでて居ない私達を長椅子に座って待ってる内に、力尽きて寝ちゃったんだろうな。
私達のためにこんなに頑張ってくれたんだ……。
そりゃ自分の作った衣装を私達に着せたいっていう下心もあるんだけど、
今は私達のライブのために頑張ってくれた顧問の先生が純粋に誇らしかった。

ありがとう、さわちゃん。
面と向かって言った事は無かったはずだけど、本当にありがとう。
さわちゃんが顧問になってくれたおかげで、私達は三年間本当に楽しかったよ……。
私達、これからこの衣装を着て最高の演奏をするから、
さわちゃんへの感謝も込めて、精一杯演奏するからさ……。
だから、見守ってて下さい、先生。

皆もそういう事を考えてたんだと思う。
私が目配せをすると、皆が静かながら強く頷いて、さわちゃんの衣装を手に取り始める。
遅れないように、私も紙袋の中から自分の衣装を探し始める。
これから着替えるんだ。私達の最後の勝負服に。

正直な話、さわちゃんの用意したその衣装は意外だった。
世界が終わらなくても、ライブはこれが最後の機会になるわけだし、
さわちゃんがどんな衣装を用意してても、私達はそれに着替えてみせるつもりだった。
スク水だろうと、ナース服だろうと、チャイナ服だろうと、ボンテージだろうと、
露出の多い服装を好むさわちゃんの求める衣装に着替えようと思ってた。

そういう服に一番抵抗がありそうな澪でさえ、私達のその考えに反対しなかった。
澪だってさわちゃんに感謝の気持ちを示したいのは同じなんだ。
それこそ、私達はV字フロント水着だろうと着……、
いや、流石にV字フロント水着は嫌だけど、ある程度の露出までは気にしないつもりだったんだ。
だからこそ、さわちゃんの用意した最後の衣装は意外だった。
露出が完全に無いとは言わないけど、精々夏服やキャミソールレベルの露出の衣装。
下手すりゃ、私の持ってる夏服の方が露出してるくらいだ。
この衣装でいいのかなって、少し不安になる。

でも、この衣装を持って音楽室に来てくれてる以上、
この衣装こそさわちゃんが私達に最後のライブで着てほしい衣装のはずだ。
なら、私達も迷わない事にしよう。
最後のライブの最後の衣装はこれで決まりだ。



666 名前:にゃんこ:2011/10/08(土) 21:34:49.34 ID:YRwqUe4v0

今回の衣装は全員がお揃いの服じゃなかったから、
どれが誰の服かは分かりにくかったけど、
だったら、さわちゃんが何を考えて私達の衣装作ったのか考えればいいだけだ。
まあ、そんなに悩まなくても大丈夫。
私達のスリーサイズまで何故か知ってるさわちゃんの事だ。
これまでもそうだったんだし、それぞれの体格に合った衣装を作ってくれてるに違いない。

それに私の場合はもっと簡単だ。
さわちゃんとは何回も私の好きな色の話をした事がある。
私が好きな色は、普段、私が着用してるカチューシャの色……、
私がそうありたいと思う明るい光の色……、黄色だ。
だから、私には黄色の衣装を用意してくれてるはずだ。
黄色のズボン……、黄色い下着の方じゃないパンツはすぐに見つかった。
これだと見立てて履いてみると、サイズもぴったりだった。
続けて私の体格に合った衣装を探し出し、袖に腕を通していく。

皆が着替えるまで、時間はそんなに掛からなかった。
梓は一番小さな服を着ればいいだけだし、
何か悔しいけど澪は胸元がゆったりした衣装を探せばいいだけだったからな。

着替え終わると、次はその衣装に合う髪型を皆で話し合っていく。
髪が短めな唯と私は普段通りでいいとしても、
澪、ムギ、梓の長髪メンバーはそういうわけにもいかない。
髪が長いと、衣装に合わない髪型が余計に目立っちゃうんだ。
実は私、それが面倒で髪をあんまり伸ばしてなかったりするし。
勿論、今の髪型が気に入ってるからでもあるけど。

話し合った結果、澪は特に髪を結ばず、梓とムギがポニーテールでいく事になった。
梓とムギのポニーテール姿はあんまり見た事が無かったけど、
よく似合ってたし、二人の衣装にぴったりな髪型だと思った。
唯なんか「ポニーテールのあずにゃんも可愛い」って梓に抱き着いたくらいだ。
とにかく、これで全員の着替えは終わった。
後はさわちゃんを起こしてこの姿を見せて……。
そう思った瞬間だった。

突然、何の前触れもなく、私の前髪が私の目を隠すように下りてきた。
何で急に前髪が下りてくるんだ?
そんなの簡単だ。誰かが私のカチューシャを外したからだ。

いや、今はそんな事は重要じゃない。
心の準備ができてる時ならまだしも、
私のこんなおかしな髪型を急に皆に見せるなんて恥ずかし過ぎる。
唯のおでこ禁止らしいが、私は前髪禁止なんだ。
ものすごく嫌ってわけじゃないけど、人にはあんまり見せたくない。
俯いて、両手で顔を隠して、誰かに外されてしまったカチューシャを探す。

カチューシャはすぐに見つかった。
犯人はさわちゃんだった。
涼しい表情をして、何事も無いかのように手に私のカチューシャを持っている。
いつの間にか目を覚ましていて、私の背後からこっそりカチューシャを外したらしい。

私は「返せよ、さわちゃん」と責めるみたいに要求してみたけど、
さわちゃんは何故だかすごく優しい顔を浮かべてから、私に頭を下げた。
「このライブ、前髪を下ろしたりっちゃんの姿を見せてほしいのよ」って、懇願するみたいに。

これまで、衣装の事について、さわちゃんとは何回も話した事がある。
唯やムギは大体どんな衣装でも着るだろうし、
澪は逆にほとんどの衣装を着たがらないだろうから、
いつの間にか私がさわちゃんと衣装の打ち合わせをするようになっていた。
とは言っても、私も別に衣装にこだわりがある方じゃないから、
二つだけ釘を刺しておいて、後の事はほとんどさわちゃんに丸投げしてたんだけどな。



667 名前:にゃんこ:2011/10/08(土) 21:35:15.58 ID:YRwqUe4v0

釘を刺した事の一つ目は、単純にあんまり露出の多い衣装は作らない事。
いや、正確には別に作ってもいいけど、私達に着させないようにする事だった。
そんな衣装作られても澪は絶対着ないし、私だって着たくないもんな。

二つ目は、お願いにも似たすごく個人的な約束だ。
こっちの方も単純。
私の衣装は私がカチューシャを着ける事を前提として製作してほしいって約束だった。
どんな衣装でも大体は着るけど、それだけは譲れなかった。
前髪を下ろした私なんておかしいしさ。

少し不満そうにしながらも、これまでさわちゃんは私との約束を破らなかった。
ちょっと露出が多めの事もあったけど、
私の衣装だけはカチューシャに似合いそうな衣装にしてくれていた。
さわちゃんも分かってくれてるんだと思ってた。
私が前髪を下ろしたくないんだって。

いや、違うか。
今もさわちゃんは私が前髪を下ろしたくない事を分かってるはずだ。
分かってるけど、私に前髪を下ろした姿でライブをしてほしいんだろう。
迷いながらさわちゃんの顔を見ていると、さわちゃんは、
「私だけじゃないのよ。クラスの皆も、カチューシャを外したりっちゃんを見たがってるの」って続けた。
そう言われると、ライブを観に来てもらう立場としては弱い。
クラスの皆だって、私が前髪を下ろすのは苦手だって事は知ってるはずだ。
だけど、見てみたいんだと思う。前髪を下ろした本当の私の姿を。
それが誤魔化しの無い私の姿を皆にぶつける事に繋がるんだろうし。
あ、いや、本当の私の姿は、カチューシャを着けてる方なんだけどな。
前髪を下ろしてる方は仮の姿だ。私の中では。

でも、皆がそれを望んでるなら、叶えてあげるのがプロってやつだ。
……プロじゃないけど。
話をさわちゃんにもう少しだけ詳しく聞いてみると、
クラスの皆の中でも、特にいちごが私に前髪を下ろしてもらいたがってるんだそうだった。

いちごかよ……。
それならそうと、私に直接言ってくれりゃいいのにさ。
まあ、いちごも面と向かっては人に言いにくい事があるのかもしれないな。

私は溜息を吐いてから、苦笑する。
心は決まった。
今回くらい、特別出血大サービスだ。
カチューシャを外して、前髪を下ろした姿で演奏してやろうじゃないか。

……つっても、やっぱりちょっと恥ずかしい。
幸い、私の衣装の上着はパーカーだったから、
フードを被る事だけはさわちゃんに許してもらった。
「フードを被らないのが日本の風土なのにー」
って、駄洒落を言いながらだったけど、さわちゃんのその視線はすごく優しかった。
もしかしたら、こうなるのを見越して私の衣装をパーカーにしてくれたのかもしれない。

何はともあれ、こうして全員の衣装合わせが完了した。
皆で肩を並べて整列してみる。
若干コミックバンドっぽかった今までとは違って、
今回は今時の女の子のラフな服装って感じで、何だか本当にガールズバンドみたいだ。
いや、実際にもガールズバンドなんだけど、今までが今までだったからなあ……。

満足そうに私達の衣装を観賞した後、
さわちゃんが最後に手作りらしいバッジを私達に手渡した。
バッジには『Sweets』って書いてある。
折角ガールズバンドみたいな感じになったのに、
どれだけお菓子ばかり食べてるお菓子系だと思われてるんだ、私達は。

……あれ?
お菓子系ってそういう意味じゃなかったっけ?
まあいいや。
お菓子ばかり食べてるってのも、我等が放課後ティータイムの正しい姿だ。
苦笑しながら皆でバッジを着け合って、今度こそ最後の勝負服に着替え終わった。

携帯電話で確認してみると、遂に時間は午後五時を回っていた。
円陣を組んで皆で気合を入れ合おうと思って部室内を見回すと、
いつの間にかムギがお茶の用意をして、さわちゃんが一足先にケーキを食べていた。

本当にマイペースな方々ですね!
肩を落として、澪に視線を向けてみる。
澪も呆れた顔を少し浮かべてたけど、すぐに「仕方ないな」と呟いて自分の椅子に座った。
確かに仕方ないか、と私も思い直す。
これも私達にとっては、バンド活動の一環なんだ。
私も席に付いて、最後になるかもしれないムギのお茶を待つ事にした。



668 名前:にゃんこ:2011/10/08(土) 21:39:19.81 ID:YRwqUe4v0






しばらくムギの出した美味しいお茶を皆で飲んでいたけど、
不意に思い出して、私は部室に置いてあるCDラジカセの電源を入れた。
今日の夜は練習してたから聴き逃したけど、今ならまだ間に合うはずだ。

実はあの番組の放送時間はかなり変則的だ。
前半は午前零時から午前六時まで。
後半は午後零時から午後六時まで。
そんな変則的なスケジュールらしい。

後半の方を聴いた事はないから確かな事は言えないけど、
放送の中で、ハードスケジュールだよって、紀美さんが呟いたから間違いないと思う。

憶えてる周波数を合わせてみる。
古いラジカセだから多少ノイズがあったけど、聞き取れない程じゃない。
聞き慣れた声と共に、軽快な音楽が流れる。



669 名前:にゃんこ:2011/10/08(土) 21:49:57.94 ID:YRwqUe4v0



今回はここまでです。
台詞無しの展開がこんなに長いとはこれ如何に。




670 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/08(土) 21:59:19.81 ID:uJfC0AT0o

乙です
次回も楽しみにしてます



672 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/08(土) 23:39:28.45 ID:mxLavemN0


これが最後のラジオになるんだろうか





673 名前:にゃんこ:2011/10/10(月) 18:23:47.17 ID:qm1eWKx10

「そういえば、お前らはこんな話を知ってる?
 道を歩いてると、向かいから頭に赤い洗面器を載せた男が歩いて来たらしいのよ。
 その男は洗面器の中に水を張って、こぼれさせないようにそっと歩いてた。
 それで、気になって、その男に訊ねてみたわけよ。
「失礼ですが、どうして洗面器を頭に載せてるんですか」って。
 すると、男は……。

 おっとと……、そろそろ最後の曲の時間みたいね。
 短いようで長かったけど、次の曲で終わりかと思うと名残惜しいわね。
 この一ヵ月半……、休憩は取りながらだけど、
 半日喋りっ放しで、アタシやお前らの好きな曲をひたすら流しまくって、
 馬鹿みたいに大変だったけど、すっごく楽しかったわよ。
 明らかに労働基準法を違反してるけど、それでもいいかって思えるくらいにさ。
 ……って言っても、ひっどいブラック企業よね、うちの局も。
 来週からは労働時間の見直しを要求したいわよ、本気で。

 来週……、来週か……。
 明後日、月曜日……、政府や研究者の皆さんはそんな日は来ないって言ってる。
 正確にはずっと地球は回るから月曜日自体はやって来るけど、
 この世界から消えちゃうアタシ達には関係ない事だって言って下さってる。
 そんなのつい三日くらい前までは、アタシも半信半疑だった。

 だって、終末よ?
 これまで地球上にどんだけ長い間生物が繁栄してたってのよ。
 その中で今のアタシ達だけが終末を迎えるなんて、逆に貴重な体験じゃないの。
 大体、今まで終末の予言がどれだけされてんだっつの。
 世界滅ぶ滅ぶ詐欺はアタシが生きてきた二十数年の中でも、三回くらいはあったわね。
 短いようで長い人類の歴史の中じゃ、
 それこそ百や二百じゃ足りないくらい、終末の予言があったんだろうなって思うわ。

 そもそも終末の予言ってのは、逃げたい側の人間の口上って事が多かったみたいだしね。
 昔から人類は衰退してるって説が囁かれてて、
 だから、もうすぐ終末を迎えるって、何千年も言われちゃってるみたいね。

 どうして終末を迎えるのかって理由も単純で、
 富める者だけ富んでる世界は異常だから、正しい世界になるために世界は終末を迎える。
 それで終末後には正しく生きてる選ばれし者だけが、
 働く必要の無い楽園みたいな世界に至れるんだってのよ。
 当時の人達はそうとでも思わなきゃやってらんなかったんだろうなってのも分かるし、
 今回の『終末宣言』もそういう類の現実逃避なのかなって思ってたんだけどさ……。



674 名前:にゃんこ:2011/10/10(月) 18:24:31.58 ID:qm1eWKx10

 ううん、そう思いたかったのかな。
 世界は平等じゃないし、生きるのに大変で凄惨な場所だけど、
 それでも死ぬよりはマシだと思ってたし、
 死んだ後に天国みたいな世界が待ってるなんて思ってなかったから、
 そう思おうとしてたんだと思うわ。

 実は天国なんて存在しないって思ってるけど、地獄の存在は信じてるタイプなのよ、アタシ。
 いやいや、思春期の女の子かよ、って思わないでよ。
 アタシってキャラ的に地獄を信じてなきゃいけないじゃない?
 ほら、アタシってロックな『DEATH DEVIL』だし?
 それだけかって聞かれても、本当にそれだけって答えるしかないんだけど。

 とにかく、そんなわけで、終末なんて信じてなかったわけ。
 『終末宣言』も政府の研究の間違いで、来週の月曜日は何事も無くやって来るはずって思ってた。

 でも、さ……。
 一昨日からの映画みたいな空模様を見たりとか、
 肌で最近の世界の空気とかを感じたりしてると……、
 知識じゃなくて本能で分かっちゃうのよね、世界は本当に終わりそうだなって。

 それはアタシだけじゃないと思う。
 お前らも何となく気付いてるんじゃない?
 もうすぐアタシ達は終末を迎えて、
 これまでアタシ達が積み上げてた物も全て失われちゃうんだろうってさ。

 明日、世界は終わりを迎えて、アタシ達は死を迎える。
 何もかも消えて無くなる。
 この世界から存在しなくなる。
 アタシも、アタシの仲間も、お前らも、永遠に。

 きっとそれは辛くて苦しい事なんだろうね。
 アタシだって恐い。
 今だって内心怯えながら放送してんのよ?
 え? 似合わないって?
 ほっといて。

 だけど、思ったより恐くないのも確かなのよね。
 身辺整理って言うか、覚悟って言うか、
 そういうのができちゃってるのよ、アタシ。

 多分、それはお前らのおかげ。
 ひょんな事からこのラジオを担当するようになって、夢みたいに楽しい時間を過ごせた。
 これから先に世界が消えちゃうとしても、アタシはアタシの生きてる証を残せたって思う。
 お前らの中にアタシの声やアタシの紹介した曲とかが残ったなら、それがアタシの生きた証。

 それにさ、ほとんど無い可能性ではあるんだろうけど、
 ひょっとしたら何かの間違いで、お前らの中に生き残りが出るかもしれないじゃない?
 生き残ったお前らの中の誰かが、
 たまにアタシの事を思い出して笑ってくれたら、
 それだけでアタシと終末のタイマン勝負はアタシの勝ちだよ。

 勿論、アタシだってただで死んでやるつもりはないね。
 どんな形の終末が来るのかは分からないけど、やれる限りの抵抗はしてやるわよ。



675 名前:にゃんこ:2011/10/10(月) 18:25:05.05 ID:qm1eWKx10

 それでもし生き残れたら、アタシはまたここに座ってお前らに呼び掛ける。
 明日は放送は休みだけど、
 月曜からはラジオ『DEATH DEVIL』再世篇の始まりだからね。

 ううん、アタシが死んだって、
 ウチのスタッフが一人でも生きてたら、そいつがお前らに電波を届ける。
 特にウチのヅラのディレクター……、略してヅラクターなんかは平然と生き残りそうだしね。
 もしもアタシが居なくても、ウチのヅラクターの美声をお届けできれば何よりだよ。

 何はともあれ。
 月曜日からは更にパワーアップした放送をお前らにお届けする予定だから、
 これからも当番組とヅラクターをどうぞヨロシク!
 終末まではお前らと一緒!
 いや、終末からもお前らと一緒だ!
 ここまで突っ走って来れたのは、
 ヅラクターやウチのスタッフやアタシの仲間達、
 それに勿論、お前らのおかげだ。
 本当にありがとう!
 またお前らと会えるのを楽しみにしてる!

 さってと、そろそろ本気で最後の曲だ。
 最後に一曲お送りしなきゃ、番組としてもちょっと締まらないしね。
 この曲をお送りしながら、今回の放送はお別れとさせてもらうわ。
 最後の曲はクリスティーナこと、この私、河口紀美からのリクエスト……、

 って、え?
 いやいや、やらせじゃないわよ。
 ちゃんと私から私へのリクエストって言ってるじゃん?
 ラジなに教えてもらった曲なんだけど、最終回はこの曲で締めようって思ってたのよ。
 最終回なんだし、それくらいはパーソナリティー特権って事で勘弁して。

 じゃあ、繰り返しになるけどもう一度……。
 最後の曲はクリスティーナこと、この私、河口紀美からのリクエストで、
 ROCKY CHACKの『リトルグッバイ』――」




YouTube:Rocky Chack - Little Goodbye





676 名前:にゃんこ:2011/10/10(月) 18:29:27.46 ID:qm1eWKx10



短めですが、今回はここまで。

では、また裏話。
実は最初は律「忘れるな、我が痛み」みたいな話にしようと思ってました。
『ゼーガペイン』クロスで。今回の展開はその名残でもあります。




677 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/10(月) 19:27:33.17 ID:ui2FWJhN0

おつおつ



678 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海・関東):2011/10/10(月) 21:25:40.80 ID:pdnSuLgAO

ヤバイ親の目の前で泣いてる





679 名前:にゃんこ:2011/10/12(水) 21:33:53.71 ID:j4mvqDH10






ラジオ『DEATH DEVIL』の今週の放送が終わった。
最後の曲が終わった後、ラジカセから聞こえてくるのはノイズだけだった。
探せば他にも放送してる番組はあるんだろうけど、
この周波数で発信されるラジオ放送はこれで終わりなんだろう。
いよいよ後には退けない時間帯になってきたってわけだな。

当然、退くつもりなんてない。
私がここに居るのは私の意思からだけど、ここに居られるのは皆のおかげだ。
皆に支えられたから、助けられたから、私はここに居られる。
だから、私は前に進むんだ。その先が世界の終わりでも。
憂ちゃんに格好いい唯の姿を見せるって約束もしたしな。

「……行くか!」

ラジカセの電源を切ってから、両腕を掲げて言ってみせる。
皆の視線が私に集まった。

強い決心が感じられる真剣な梓の視線。
私達を見守ってくれるようなムギの視線。
ライブを楽しみにしてる興奮した感じの唯の視線。
穏やかに私を見つめてくれる澪の視線。
目尻を濡らしながらも、涙をこぼさず強く私を見つめるさわちゃんの視線。

たくさんの視線がたくさんの想いを宿してたけど、
その根本にはこれから行われるライブを成功させたいって気持ちがある。
多分、私もそういう視線を皆に向けてるんだろうと思う。

「そうですね、行きましょう!」

この一週間で何度も私に泣き顔を見せた梓が立ち上がる。
もう泣いていない。
真剣な表情を浮かべつつも、少しだけ笑ってる。
私達が誰一人欠けずに最後のライブに参加できる事を喜んでるんだ。

「最高のライブをやるんだもんね!」

ムギがポニーテールを揺らす。
これまで私達をずっと見守ってくれてたムギ。
これからもずっとずっと私達を見守り続けてくれるんだろう。
たまに危なっかしいムギの行動を、
私もこれからも見守ってあげられたらいいなと思う。

「終わったらケーキだよ! 皆、忘れてないよね?」

マイペースを崩さず、真面目な顔した唯が右腕を掲げる。
真面目な顔の理由は、ライブの後のケーキが楽しみだからなんだろう。
いや、勿論これからのライブを楽しみにしてもいるんだろうけどさ。
何処までも変わらない奴だけど、こいつはこのままでいいんだ。
私達は変わらない唯に引っ張られて、変わらずに三年間を過ごせたんだから。
世界の終わりまで、変わらずにいられたんだから。

「おいおい……。まだ食べる気なのか?」

苦笑しながら、澪が唯に突っ込みを入れる。
気弱で臆病なくせに、
こんな状況でも自分のポジションを忘れない澪も相当マイペースだ。
澪だって放課後ティータイムの一員だもんな。
こいつも知らず知らずのうちにマイペース大王になってたみたいだ。

ううん、考えてみりゃ、私達皆マイペースなのかな。
世界の終わりの前日の夕方にライブを開催する事自体もそうだけど、
さわちゃんは変わらず恋が上手くいってなかったし、
梓は落とし物の事で悩んでたし、澪は恋愛面で頭を抱えてたし、唯はずっと楽しそうだったし……。
特にムギなんか、もしかしたら自分が生き残れるかもしれない計画を蹴って、
家族で一緒に居る事よりも、何よりも、私達とライブを開催する事を選んでくれた。
私も澪との関係の答えをすぐに出さない事を選んじゃってるもんな。
皆、どうしようもないくらいマイペースだ。

でも、思う。
他の誰かにとってはともかく、
私達にとってはそれこそが生きるって事なんだって。



680 名前:にゃんこ:2011/10/12(水) 21:34:33.46 ID:j4mvqDH10

「じゃあ、貴方達……」

瞳を濡らしてはいるけど、微笑みながらさわちゃんが言った。
マイペースを崩さない私達に呆れながら、同時に嬉しくも思ってくれてるんだろう。
瞳を濡らしてるのは世界の終わりが近いからじゃなくて、
多分、紀美さんのラジオが最高に胸に響いたからだろう。

流石に紀美さんのラジオの全部を聴いたわけじゃない。
でも、私の知ってるラジオ『DEATH DEVIL』では、紀美さんは一度も弱音を吐かなかった。
まあ、放送時間の長さくらいは愚痴ってたけど、
世界の終わりについての弱音を吐く事は一度も無かった。
何処までもまっすぐに前だけを見つめていて、その姿には私も何度も勇気付けられた。

紀美さんがどんな気持ちでラジオを続けてたのかは分からない。
本当は恐怖に負けそうになりながら、どうにか続けてたのかもしれない。
だけど、私の知ってる紀美さんは、
強くて格好よくて、皆に勇気を与えてくれる素敵な人だった。
その裏にある心がどんなものであったとしても、それはとても立派な事だと思う。

紀美さんのバンドメンバーだったさわちゃんだって立派な人だ。
私が無理矢理軽音部の顧問にさせちゃったさわちゃん……。
掛け持ちで顧問をするのは本当は大変だっただろうけど、
軽音部に居るさわちゃんはいつも楽しそうで、
たまに見せる顔は格好よくて、大人の女の人って感じだった。
ふざけながら、からかい合いながらも、さわちゃんは私達の事を支えてくれてたんだ。

「いってらっしゃい。私も後から追いかけるわ」

さわちゃんがそう続けた瞬間、
気付けば私はさわちゃんの後ろに回って、背中から抱き着いていた。
これまでの事に感謝の気持ちを示したかったけど、胸がいっぱいになって、
でも、特に思い付かなくて、こうする事しかできなかった。

「ちょっと……。どうしたの、りっちゃん?」

嫌がってる様子じゃなく、嬉しそうにさわちゃんが囁いてくれる。
上手くできなかったと思うけど、
少しでも私の気持ちがさわちゃんに伝わってたらいいな。

「さわちゃん、今までありがとう」

その後、私の口から出たのは、すごく単純な言葉だった。
結局、頭の中に浮かんだ言葉はそれだけだ。
だけど、単純なだけに、それが多分、嘘の無い心からの本音だった。

「いいわよ、私も楽しかったしね」

後ろ手にさわちゃんが私の頭を撫でる。
照れ臭かったけど、何だか嬉しい。
……のはよかったんだが。
不意に周囲を見回すと、またも私に多くの視線が集まっていた。

特に気になった視線は、澪と梓の視線だった。
二人とも、嫉妬と言うか、寂しそうと言うか、とにかく複雑そうな眼差しを私に向けている。
澪はともかくとして、何で梓もそんな眼差しを向けてるんだ……。
ひょっとして梓はさわちゃんの事が好きなのか……?
さわちゃんは各方面で人気らしいし、それもそれで不思議じゃないけど……。

まあ、いいか。
さわちゃんに感謝の気持ちを示したかっただけで、私に他に意図は無いわけだし。
私はさわちゃんから身体を離すと、苦笑しながら澪と梓の手を取って引いた。



681 名前:にゃんこ:2011/10/12(水) 21:35:02.38 ID:j4mvqDH10

「何変な顔してんだよ、二人とも。
 ほら、そろそろ本当に講堂に行くぞ。お客さん達を待たせたら失礼だろ?」

「わ……、分かってるって」

流石に自分でも変な顔をしてるって分かってたらしい。
澪がちょっと頬を赤く染めながら、小さく頷いた。

「もう……、誰のせいでこんな顔してると思って……」

「何だよ、梓?」

「何でもないです!」

梓は妙に不機嫌そうだったけど、
完全に怒ってるようでもなくて、怒り交じりの苦笑みたいな表情を浮かべていた。
よく分からないが、何かを悩んでるってわけでもないみたいだし、よしとするか。
さわちゃんの事が好きなのかどうかは、ライブの後に訊いてみる事にしよう。

ん?
随分前に同じ事をムギにも訊いた気がするな……。
モテモテだな、さわちゃん。
私はちょっとだけ笑ってから、すぐに口元を引き締めて強めに言った。

「そんじゃ、ムギも唯も行くぞ!
 私達の高校ラストライブだ!」

「あいよー、りっちゃん!」

「うんっ!」

ムギと唯が音楽室の入口まで駆け出していく。
私も澪と梓の手を引いて唯達の後を追う。

「相変わらず慌ただしいわねー、あんた達」

そんな私達の姿を見て、さわちゃんが微笑ましそうに呟いた。

と。
瞬間、私達は足を止めて、さわちゃんの方に一斉に振り向く。
多分、予想もしてなかったんだろう。
私達の突然の行動に、さわちゃんは面食らった表情を浮かべた。

「な、何……? 忘れ物か何か……?」

「いえいえ、そういえば忘れてた事があったなー、と思いまして……」

唯が揉み手をしながら、悪戯っぽく微笑む。
そういや、唯ってさわちゃん相手にはこんな顔を向ける事が多いよな。
でも、もしかしたら、
私もさわちゃんに唯と同じ様な顔を向けてるのかもしれない。

別に馬鹿にしてるわけじゃない。
頼りになって、支えになってくれて、
でも、からかい甲斐があって、友達みたいなさわちゃんの事が好きだから。
大好きだから、私達は五人揃って頭を下げて言うんだ。

「今までありがとうございます!
 いってきます、先生!」

私達の声が重なる。重なった声が音楽室に響き渡る。
さわちゃんは少しだけ黙って、
無言で私達の姿を見守ってくれていたけど……、

「ええ……。
 唯ちゃん、澪ちゃん、りっちゃん、ムギちゃん、梓ちゃん……。
 皆……、いってらっしゃい……!
 皆の最高のライブを私達に見せてね……!」

嬉しそうな優しい声色で、私達を送り出してくれた。



682 名前:にゃんこ:2011/10/12(水) 21:36:27.86 ID:j4mvqDH10



今夜はここまでです。
長くかかりましたが、次からライブに入る予定です。
長らくお世話になります。




683 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/12(水) 21:51:58.89 ID:fjvIr6Xco


ライブ編も楽しみにしてる



684 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/12(水) 22:01:55.05 ID:0cCW+jTSO

乙!



685 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/13(木) 13:22:28.92 ID:+PGYJ469o


続きが気になるけど終わってほしくないこのジレンマ・・・



686 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/13(木) 20:04:03.08 ID:dMZE8DwIO

佳境すぎて心が苦しい





687 名前:にゃんこ:2011/10/17(月) 21:01:43.26 ID:kMGjv5NB0






私達は講堂の裏口から舞台袖に入り、降りた緞帳の裏で楽器の用意をしていた。
皆、緞帳から客席は覗かず、静かに作業を行う。
何人来てくれているのかを確認するのは失礼な気がしたからだ。
何人来てくれていても構わない。
何人も来てくれていなくても構わない。
特に今日は世界の終わりの前の日だ。
来てくれる予定だった人でも、急な用が入って来れなくなる事も少なくないと思う。

勿論、それは残念な事だけど、
そちらの用事の方が大事なら、遠慮なく優先してくれればいいと思う。
このライブは私の……、私達の最後の我儘から開催したライブだからな。
私達が好きで勝手に開催してるライブでしかない。
参加する義務なんて誰にも無い。
皆、思い思いに過ごすのが一番大切な事だし、私もそうするし、皆もそうしてほしい。

とは言っても、アーティストのエゴって言うのかな。
何人くらい来てくれているのか気になるのも、確かなんだよな。
いやはや、こんな時なのにお恥ずかしい。
まあ、ちょっと考えちゃうくらいは許してほしいところだ。
観客の数は、多分、三十人くらいかなと思う。
皆の家族に和と和の家族、さわちゃん、純ちゃん、
いちご、アキヨ、高橋さんにオカルト研の二人……。
それと時間に余裕があれば、信代くらいかな。

月曜日に会って以来、信代からの連絡はないし、私も信代に連絡をしていない。
忙しいだろうと思ってたし、少しでも信代の夢に向かって進んでほしかったってのもある。
あれから信代は日本一の酒屋に少しでも近付けたんだろうか。
信代の満足いく形で前に進めているんなら、私も嬉しい。
他の酒屋を深く知ってるわけじゃないけど、
少なくとも私の中では信代は日本一の酒屋だと思う。

いや、勿論、信代の店のお酒を飲んだ事はないけど、
前に疲れている時に信代が差し入れしてくれたジュースはものすごく美味しかった。
ジュース自体は市販されてる物だ。
でも、それを必要としてる人に、必要としてる時間に提供できるって事がすごいんだ。
それができる信代は、今も日本一の酒屋に向けて進めてるはずだろう。

これは私のちょっとした我儘と言うか贅沢だけど、
信代の彼氏……、旦那も連れて来てくれると楽しいな。
皆、信代の旦那には興味津々だし、誰よりもさわちゃんが信代の旦那を見たがってた。
勿論、私だって信代の旦那を一度見てみたい。
筋肉質で逞しい感じの旦那なんだろうなって私は想像してるけど、
ひょっとしたら全然違うタイプかもしれないし、連れて来てくれていると本当に楽しい。
楽しいってのも、何か失礼な話かもしれないけど。

でも、三十人か……って、そう考えると私は嬉しくなってくる。
身内ばかりだけど、こんな時期に三十人も集まってくれるなんて、すごい事じゃないだろうか。
何より、バンドのメンバーが一人も欠けなかったって事が嬉しい。
世界の終わりの前日の今日、
テレビやラジオで聞く限りでは、様々なバンドがラストライブを開催するらしい。
武道館でもあのバンドの盛大なライブが開催されるんだとか。
最後に何かを形にしたいってのは、誰もが考える事なんだろうな。

でも、フルメンバーで最後のライブを開催するバンドは多くなかった。
まだ二人組ならともかく、三人以上……、
特に五人以上のバンドがフルメンバーで、最後のライブを行えるのは珍しいみたいだ。
バンドメンバーとは言え、最後にやっておきたい事はそれぞれ違うんだからそれは仕方ない。
その点、私達は誰一人欠けずに最後のライブに臨めてる。
そもそも開催できるなんて思ってなかったライブだけど、こんなに嬉しい事はない。
唯の思い付きに感謝だな。
まあ、武道館でライブを開催できるようなバンドと比較する事じゃないけどさ。



688 名前:にゃんこ:2011/10/17(月) 21:02:20.04 ID:kMGjv5NB0

「楽しそうだな、律。
 どうしたんだ?」

よっぽど嬉しそうな顔をしてたんだろう。
ベースとマイクの準備が終わった澪が、小さく私に声を掛けた。
私は頭の上にスティックを掲げながら、声は静かに応じる。

「何人くらいお客さんが入ってくれてるのかって考えてたんだよ。
 多分、三十人くらいだと思うけど、そんなに来てくれるなんて嬉しいよな」

「う……、三十人か……」

「百人以上の観客の前で歌った事のある澪さんが何を緊張してんだ。
 そもそもファンクラブのメンバーだけで三十人近くはいただろ、確か」

「実数の問題じゃないんだよ……。
 人がいっぱい居るって事に緊張するんだ……。
 特に今回はこれまでの私達のイメージとは違う新曲もあるしさ……。
 どうしよう……。引かれたらどうしよう……」

「別に引きゃしないって。観客の皆も身内ばかりだと思うしさ。
 でも、これまでの私達のイメージとは違うってのは確かだよな。
 曲調も歌詞もこれまでの澪とは違う感じだよ。
 どうしたんだ? 音楽性の違いからの心境の変化ってやつか?」

「あっ……、それは……、えっと……」

澪が一瞬、視線を俯かせる。
その様子は照れてると言うより、何かを不安に思ってるって感じだった。

「どうした、澪?
 私、変な事言っちゃったか?」

「いや……、そうじゃなくてさ……。
 あの……さ……。
 今回の新曲、律は嫌いじゃないのかなって……。
 何だか新曲を演奏し終わる度に……、律が溜息を吐いてた気がするんだ。
 だから……」

成程、澪は私の様子を不安に思ってたのか。
澪の言うとおり、私は新曲を演奏する度に大きな溜息を吐いてた。
でも、その溜息の理由は澪の考えてるものとは全然違ってる。
私は軽く微笑み、立ち上がって澪の近くにまで歩いてから澪の肩を叩く。

「馬鹿だな、澪は。
 私、この新曲、好きだぜ?
 溜息を吐いてたのは単に新曲が激しい曲だから結構疲れるからで、深呼吸みたいなもんだ。
 それと……、毎回、いい演奏ができるからさ……、
 嬉しくて感嘆の溜息……って言うのか? そういう感じで息が漏れてただけだよ」

「そうなんだ……。よかった……。
 実はさ、律……。この曲は律の事を考えてムギと作ったんだ」

「えっ?
 私……の事……?」

「あ、いやいや、律のために捧げる歌とか、そういう意味じゃなくて……」

「そりゃそうだ。
 そんな事されたら、恥ずかしくて叫び声を上げるわ」

『冬の日』が自分に宛てられたラブレターかと勘違いした時も、
私らしくなく、毎日ドキドキしちゃって、気が気でなかったしな。
いや、これは誰にも内緒だけど。
澪が少しだけ頬を赤く染めて、恥ずかしそうに続ける。



689 名前:にゃんこ:2011/10/17(月) 21:03:05.18 ID:kMGjv5NB0

「律はさ……、本当は激しいハードロックをやりたかったんだよな……?
 好きなドラマーもそんな感じの人が多いしさ……。
 でも、今だから言うけど、放課後ティータイムじゃ、
 なし崩し的に私の歌詞に合った甘いポップ系が多くなっちゃって、それが気になってんだよ。
 律は私に付き合って好みとは違う曲を演奏してくれてるんじゃないかって……、
 そう思って、今回は激しい曲にしてみたんだ。
 今回の新曲はそういう意味で律の事を考えて作った曲なんだよ」

「確かに私は激しい曲の方が好みだし、
 放課後ティータイムの曲は好みとは言えない曲が多いな。
 今回の新曲の方が私の性には合ってる。
 でも……、放課後ティータイムの曲は全部好きだよ。
 好みじゃないけど好きなんだ。好きになっちゃう魅力があるんだ。
 唯の歌声、ムギの作曲、梓のギター、勿論、澪の作詞に……」

照れ臭い言葉だったけど、それは全部私の本音だ。
じゃなきゃ、こんなに長い間、皆とバンドなんて組めてない。
外バンなんて考えられない。
好みじゃなくても、放課後ティータイムは私の居場所なんだから。
私の想いが伝わったんだろうと思う。澪も私と同じ様に照れ臭そうに頷いた。

「ありがとう、律。
 律が私の曲を好きでいてくれたなんて、
 面と向かって聞いた事なかったから本当に嬉しいよ」

「言っとくけど、好みなわけじゃないからな。
 好みじゃないけど好きなだけだからな」

「分かってるよ、律。好きでいてくれるだけで嬉しい。
 じゃあさ、次の曲は『きりんりんりん』を新曲に加え……」

「その曲は却下」

呆れた顔で私が却下すると、
流石の澪もその曲は採用されるとは思ってなかったみたいで、悪戯っぽく笑った。
どうやら冗談だったらしい。
冗談を言えるくらいなら、かなり緊張も解れたって事なんだろう。
私は苦笑して澪の肩を軽く叩くと、ドラムまで戻って体勢を整えた。

見回してみると、既に唯達の準備も終わってるみたいだった。
舞台袖で私達を待ってくれていた和に視線を向ける。
私と澪のやりとりをずっと見てたらしく、ちょっと苦笑した表情の和が頷く。
隣に居た眼鏡の子(確か生徒会の会計)に指示を出すと、マイクを自分の口元に運んだ。
私は和から視線を正面の緞帳に戻し、深呼吸をして皆に視線を向ける。

唯が楽しそうに微笑んで私を見ている。
ムギも珍しく真剣な表情で私に視線を向ける。
澪は緊張を忘れようと少し強張った顔で、
梓は私を見る他の三人の表情と私の顔を交互に見つめている。



690 名前:にゃんこ:2011/10/17(月) 21:03:36.26 ID:kMGjv5NB0

「やるぞ!」

緞帳の先までは聞こえないくらいの声量で皆に宣言する。
そのまま私がスティックを掲げると、皆も効き手を頭上に掲げた。
会計の子が操作してくれたんだろう。それに釣られるみたいに緞帳が上がっていく。
少しずつ上がっていく緞帳に合わせるくらいの速さで、和の声が講堂中に響く。

「さて、皆さんお待ちかね。
 絶対、歴史に残すライブイベント、放課後ティータイムのライブの開催です!
 皆さん、高校生活最後の彼女達のライブを、思う存分お楽しみ下さい!」

またハードル上げてくれるな、和……。
と言うか、和も結構『絶対、歴史に残すライブ』ってフレーズが好きだったんだな……。
少し微笑ましい気持ちになりながら、
私は緞帳が上がり切るのを待ってから客席に視線を向けた。
信代が旦那を連れて来てくれてるといいなって、そんな軽い事を考えながら。
だけど……。

「えっ……?」

私だけじゃない。
放課後ティータイムのメンバーの全員が戸惑いの声を上げていた。
圧倒された。
圧倒されるしかなかった。

私は観客の数は三十人くらいだろうと思っていた。
贔屓目に考えて、多めに見積もって三十人だ。
唯は五十人くらい来てくれるはずと言っていたが、
夏フェスの参加人数を三億人とか言ってた奴だから、誰も当てにしてなかった。
でも……、でも、これは……、そんな……。

客席から歓声が上がる。
想像以上の歓声……、予想すらしていなかった大量の……。
私は息を呑んだ。

少し見回しただけで、講堂の中には二百人を下らない数の観客が入っているのが分かる。
私達の家族、アキヨ、いちご、オカルト研の二人、信代、信代の旦那らしい背の高いカッコいい人、
さわちゃん以外にも先生が何人か、マキちゃんにラブクライシスのメンバー……、
清水さんに春子達といった私のクラスメイト、澪ファンクラブのメンバーの半数近く、曽我部さん、
多分、私達に制服を貸してくれたムギの中学時代の友達……。

それだけじゃない。
見掛けた事はあるけど名前も知らないうちの学校の生徒に、
誰かの友達らしい全然知らない子達も大勢客席に座っていた。

世界の終わりの間近にこんな人数が……、私達のライブに……。
こんな時なのに……。
瞬間、私は涙を流していた。
私だけじゃない。澪もムギも唯でさえも、その場に崩れ落ちるみたいに大粒の涙を流してた。

何の前触れも無かった。
心の動きを感じるより先に涙が流れてた。
遅れて、胸の痛みを感じ始める。嘘みたいだけど、感情より先に涙腺が反応していた。
声を出そうとしても嗚咽となって声にならない。
悲しいわけじゃない。絶望してるわけでもない。
でも、ただ涙が止まらない。

止まらない涙を流しながら、思う。
集まってくれた観客の皆の気持ちを考える。
私達のライブを見たいのは間違いないだろうけど、
多分、皆、私達と一緒に終わる世界に向けて叫びたいんだろうと思う。
言ってやりたいんだって思う。
私達は生きてるんだって。
明日消えて無くなる命でも、今を烈しく生きてるんだって。
強く生きてやるんだって。
皆は私達にそれを代表させてくれてるんだ。
生きるって事の意味を終わる世界で叫ぶ代表を。



691 名前:にゃんこ:2011/10/17(月) 21:07:27.96 ID:kMGjv5NB0



今回はここまでです。

ちょっと裏話。
このssがここまで律澪になっちゃったのは、
ある日、道端でローソンの澪のストラップを拾っちゃった事が無関係ではないと思います。
りっちゃんのストラップだけは持ってたんですが、見事に澪だけ落ちてるとは。
これはssを律澪にしろという神の思し召しだと考え、こんな感じになった次第であります。
嘘みたいな本当の話。




692 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/17(月) 21:47:55.49 ID:sOy9D/530

最高のライブになるといいな




693 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/17(月) 23:07:46.36 ID:QBtOPJmSO

おつー
映画前にまたローソンでけいおんフェアあるらしいね





694 名前:にゃんこ:2011/10/19(水) 21:17:35.61 ID:oNEfTHUU0

だから、私は何かを言わなきゃいけない。
軽音部の部長として、このライブの座長として、私から皆に宣言しなきゃいけない。
ライブの始まりを私の口から宣言しなきゃならない。
最高で最後のライブを開催するために。

でも。
口を開いても、言葉が出ない。
呼吸をする事すら精一杯だ。
堰き止められてたダムが決壊したみたいに、私の涙が流れ続ける。
涙が私の言葉を止める。
瞼を開いてるのも辛いくらいの涙が私の邪魔をする。
涙が止められないのは私だけじゃなかった。

唯が膝から崩れ落ち、ギー太を胸に抱いて大声で泣いている。
普段から涙脆い奴ではあるけど、今回の唯の涙は尋常じゃなかった。
世界が終わるって知ってからも変わらず楽しそうに振る舞ってた唯だけど、
やっぱり心の奥底では辛かったんだろうし、悲しかったんだろう。
同時に自分に寄せられる皆の期待に戸惑ってしまっているんだろうと思う。

軽い気持ちで、何となく開催する事になった最後のライブ。
内輪で開催するだけなら単なるお遊びみたいなもんだった。
だけど、こんなにも多くの人が世界の終わりの前日に来てくれるなんて、
それだけの価値が自分達にあるのかって今更ながらに恐がっちゃってるんだ。
そんな唯の気持ちが分かる。
勿論、私もそうだからだ。

ムギが腰から崩れそうになりながら、キーボードに手を付いて大粒の涙を流してる。
キーボードで倒れそうな自分の身体をどうにか支えてる。
泣く事をやめられたムギでも、この事態には泣かざるを得ないみたいだった。
皆が集まってくれた事への感謝で胸が一杯なんだろう。

胸が一杯だから、多分、欲が出ちゃったんだ。
この素敵な時間をずっと続けてたいって。
明日も明後日もずっと続けてたいって。
明後日はもう無い事も分かってるのに……、
なのに、欲が出ちゃって、そんな浅ましい自分の欲が愛おしくなっちゃって……。
終わらせたくない。
終わりたくないって思っちゃって……。
だから、ムギの涙も止まらないんだ。

澪が声も上げずに舞台に突っ伏して震えている。
澪が考えてるのはライブの事だけじゃないだろう。
ライブは成功させたいし、どうにか歌いたいと思ってくれてるはずだ。
でも、多分、そこに私っていう重荷が圧し掛かっちゃってる。

本当は私の恋人になりたかったはずだ。
友達以上恋人未満じゃなく、今すぐにでも深い関係の恋人になりたかったはずだ。
私もそうしたかったけど、そうするわけにはいかなかった。
私の想いも固まっていないのに、恋人になるなんてそんな失礼な事は出来なかった。

でも、澪の姿を見てると、その考えが揺らぎそうになる。
私は間違っていたのか?
澪の恋人になって、抱き合って、世界の最後まで一緒に居るべきだったのか?
世界の恋人達は本当は皆そうしてるものだったんじゃないか?
自分の気持ちがはっきりしてなくても、
お互いを慰め合うために傍に居るものだったんじゃないか?
それが恋人って関係の真実だったんじゃ……?
考え出すと不安が溢れだして止まらない。
もう取り戻す事のできない残り少ない時間を考えてしまって、焦りが止まらない。

泣いているのは舞台上の私達だけに留まらなかった。
客席の所々から泣き声が上がり始める。
皆、とめどない涙を流してる。
悲しみや不安や怒りや苦しみや……、
世界の終わりに対する色んな感情を宿した涙を流し続ける。

涙脆いと噂の春子が大声で泣いてる。
父さんと母さん、聡が肩を寄せ合って震えてる。
純ちゃんと憂ちゃんが眼に涙を浮かべ、手を握り合ってる。
アキヨが本に顔を寄せて震え、高橋さんがその肩を包み込むみたいにして支える。
ラブクライシスの皆の表情も辛そうで、下級生の子達からも大きな泣き声が上がる。
そして、いちごまで……。
いちごまでいつもの無表情ではあるけど、私の方を見ながら一筋の涙を流してた。
毅然とした表情だったけど、その涙を止める事はできなかったみたいだった。



695 名前:にゃんこ:2011/10/19(水) 21:18:13.34 ID:oNEfTHUU0

伝染させてしまったと思った。
私達が……、いや、私が泣いてしまったからだ。
誰も泣きたくて私達のライブに来てくれたわけじゃないのに、
悲しむために私達のライブに来たわけじゃないのに、私が涙を流せる空気を作ってしまった。
泣いて、皆で慰め合うみたいな空気を作ってしまった。
未来に絶望して、過去に縋り付いてもいいんだって、そんな空気にしてしまった。
皆で肩を寄せ合って悲しみを共有しようっていうライブにしてしまったんだ。
最初に私が泣いてしまったせいで……。

私が望んでたライブはこういうライブだったのか?
私は悲しみながら終わる世界、終わるライブで満足なのか?
いいや、違う!
私がやりたかったのは、こんなライブじゃない!
これから私達がやるライブは、思い出に浸るためのライブじゃない。
皆で最後まで慰め合うって約束をするためのライブじゃない。
私がやりたいのは、私がやるべきなのは、今を生きてる自分達のためのライブだ!
私達は此処に居るって事を叫んでやるためのライブなんだ!

「……な、……いで。
 これから……、ライ……、ライブを……」

立てられたマイクにどうにか声を届けようとする。
涙を流す皆にどうにか言葉を届けようとする。
でも、そんな私自身の声が出ない。言葉が出ない。
涙に邪魔されて、私のやりたいライブを開催する事ができない。

悔しかった。
部長を名乗っておきながら、皆を支えようとしておきながらこの様だ。
こんなんじゃ、ライブに来てくれた皆の時間を無駄にしてしまうだけだ。

観客の皆に申し訳ない。
軽音部の皆にも向ける顔が無い。
自分で自分自身が赦せなくなる。
唇を噛み締めて、拳を握り締める。
何もできていない自分を殴り付けてやりたくなる。
私はどうにか立ち上がり、マイクを握ろうとする。
もう一度、届けられるかどうか分からない掠れた声を出そうとした瞬間……、

「皆さん、こんばんは。
 放課後ティータイムです」

講堂にあいつの声が響いた。
この一週間、私達の前で何度も涙を見せたあいつが、
『終末宣言』のずっと前から別れを悲しんでいたあいつが、言葉を皆に届けてくれた。
涙を流さずに。
優しい微笑みまで浮かべて。
真面目で、内気で、寂しがり屋で、小さな後輩が……。
私達の想いを継いでくれた。



696 名前:にゃんこ:2011/10/19(水) 21:18:40.55 ID:oNEfTHUU0

「ギターの中野梓です。
 今晩は私達放課後ティータイムのライブに来て頂き、ありがとうございます。
 ライブ開催の告知が一昨日っていう突然さにも関わらず、
 こんなに多くの方々に集まって頂けるなんて、本当に嬉しいです。
 重ね重ね、ありがとうございます」

MCなんてろくにやった事も無いくせに、堂に入っていた。
少なくとも私よりは遥かによくできてる。
いつの間に練習してたんだろうか。
ひょっとして、こうなるのを承知で隠れて練習してたのか?

いや、違うか。
多分、ずっと前から……、
一年生の新入部員が居ないと分かった時から、
来年、自分が部長として軽音部を引っ張る事を自覚して、梓はMCを練習してたんだ。
私達の跡を継いでくれるために。軽音部を続けていくために。

それにきっと、このライブは梓にとってこそ無駄にできないライブなんだと思う。
世界の終わりが来なきゃ、開催するはずもなかったこの最後のライブ。
世界の終わりを迎える不運な私達が、幸運にも開催できる事になったライブだから……。
来年一人で取り残されるのを覚悟してた梓だからこそ、その大切さを誰よりも分かってるんだ。

だからこそ、泣いてる場合じゃない。
最高のライブに……、
『絶対、歴史に残すライブ』にしなきゃいけないんだって分かってるんだ。

梓は泣き声の止まらない客席に、温かく優しい言葉を届け続ける。
泣き顔だらけの講堂の中、眩いくらいの笑顔で。

「実は私、こう言うのも何ですけど、
 このライブ、皆さんにはご迷惑だったかなって思ってます。
 だって、開催告知が二日前なんですよ?
 急過ぎるにも程がありますよね。

 何と軽音部の皆も、部長以外今日ライブやるって事を知らなかったくらいなんです。
 やるやるって言ってましたから準備はしてましたけど、
 それにしたってもう少し前に言ってくれてもいいじゃないですか。
 まったく……、うちの部長っていつもそうなんですよ……。
 ドラムのリズムキープもバラバラだし、走り気味な所もありますし……。
 しっかりしてほしいですよ、本当に」

「部長いじめか、中野ーっ!」

つい立ち上がって叫んで、気付いた。
私、泣いてない……。
涙が止まっていて、声も出せてる……。
ふと見回してみれば、澪達の涙も止まっていたし、客席から笑い声が漏れ始めていた。
そうか……。
梓が皆の涙を止めたんだ。
梓が皆の悲しみを吹き飛ばしたんだ……。
そうか……!

「梓、おまえ……」

立派な後輩……、
ううん、私達には勿体無いくらいの最高の後輩だよ、おまえは……。
その言葉を届けるより先に、梓が惚れちゃいそうになるくらい優しい笑顔を私に向けた。
その梓の笑顔が本当は何を意味していたのかは分からない。
でも、その梓の笑顔は、私にも頼って下さいよ、と言ってるように見えた。

私は皆を支える事ばかり考えてた。
支えられてる事を申し訳なくも思ってた。
でも、そういう考え方をしなくてよかったのかもしれない。
私は皆を支えたい。同じ様に皆も私を支えたいと思ってるんだろう。
支えるとか支えられるとかじゃなくて、支え合うんだ。
そうだよ……。
今更だけど、私達は五人で放課後ティータイムなんだ……!



697 名前:にゃんこ:2011/10/19(水) 21:19:10.30 ID:oNEfTHUU0

梓が客席に視線を戻す。
後ろ手に私の方を指し示しながら、言葉を続ける。

「皆さんご存じだと思いますけど、
 今立ち上がったのが、私達軽音部の部長、田井中律先輩です。
 あんまり練習しないし、遊んでばかりで変な事ばかり思い付くし、
 リズムキープもバラバラで走り気味な人なんですけど……、
 私、律先輩のドラムが大好きなんです。
 実は律先輩と合わせると、同じ曲が毎回全然違った曲になっちゃうんですよね。
 聴いてる方には堪ったものじゃないかもしれませんけど、それってすっごく楽しいんです。

 私、親がジャズバンドをやっていたので、
 その影響でギターを始めたんですけど、皆さん、ジャズって知ってます?
 人によるとも思いますけど、ジャズって演奏中に即興で新しい曲を作っちゃう事があるんですよ。
 同じ曲を演奏していても、毎回新しい進化した曲になるんです。
 方向性は違いますけど、律先輩ってそんなジャズみたいな人だなって思うんです。

 勿論、酷い曲になる事も多いんですけど、
 たまに想像していた以上のすごい曲になって、
 自分でも感動するくらいの曲を演奏できる事があるんですよ。
 本当にたまに……ですけどね。

 でも、その感動を知っちゃったら、もう律先輩とのセッションを忘れられません。
 何度失敗しても、何度も一緒にセッションしたくなっちゃうんです。
 律先輩も罪な人ですよね」

褒められてるんだか馬鹿にされてるんだか分からなかったけど、
今はただ梓のMCを聞いているのが面白くて、楽しくて、嬉しかった。
そんな風に考えてくれてたんだな、梓……。
そう考えながら私が目を細めて梓の後ろ姿を見つめていると、急に梓が続けた。

「それでは、もう一度ご紹介します!
 ドラム担当で軽音部部長、田井中律先輩です!
 律先輩、一言どうぞ!」

一言と来たか。
いいだろう。
皆に感動的な言葉を届けてやろうじゃないか……、
とマイクに口を寄せた瞬間、マイクも使ってないくせに講堂中に大きな声が響いた。

「その前髪下ろした人、誰ー?」

「今、紹介されただろ!
 りっちゃんだよ! 部長でドラムの田井中のりっちゃんだよ!
 カチューシャしてないから分からなかったか、コンチクショーッ!」

スティックを振り回して、大声の発生源に文句を言ってやる。
大声の発生源の正体は探さなくても声で分かる。
信代だ。この声色でこの声量で叫べるのは信代しかいない。
誰かに突っ込まれるだろうとは思ってたが、やっぱり一番に信代が突っ込みやがったか……。



698 名前:にゃんこ:2011/10/19(水) 21:20:57.65 ID:oNEfTHUU0



今回はここまでです。
やっとライブが始まりそうですね。
遠回りをしましたが、やっと辿り着けました。




699 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/10/19(水) 23:18:03.25 ID:haMLXVLio

乙乙





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