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澪『同じ窓から見てた空』#後編 【非日常系】


http://live28.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1275742207/

澪『同じ窓から見てた空』#前編
澪『同じ窓から見てた空』#中編
澪『同じ窓から見てた空』#後編

澪『永遠にともに』



147 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 04:26:10.59 ID:4dQGTL8i0

テーブルに手を突いて立ち上がり、
ソファーの陰に隠していた「ある物」を取って再び元の位置に戻ってくる。
その「ある物」とは、先日リーダーと共に行った吉祥寺のあの店の店主が、
曰く魂を注いで作ったという最高の逸品が入った紙袋だ。それを梓に差し出し、受け取らせる。

「中野梓後援会からの気持ちだ。これ位しか出来ないけど、気に入ってくれたら嬉しい」

頭の上にクエッションマークを羅列させる梓に中を見るよう促し、私は再び腰を下ろした。
その紙袋の中を見た梓はまず

「えっ?」

と声を上げ、次に

「ほえぇ!?」

と驚愕し、中身を全て取り出して

「すごい!! すごい!!!」

と大声を上げ、最後に

「なんじゃこりゃあああああああ!!!!」

と、腹を打ち抜かれた刑事も真っ青な大声を上げたのだった。



149 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 04:31:35.75 ID:4dQGTL8i0

話はあのMS. HIRASAWA主催の飲み会の日に戻る。
梓と夜遅くまで飲んでいた私が目を覚ましたのはもうお昼時を過ぎた頃の事だった。
ムギも和もまだ帰っておらず、憂唯を合わせた四人は炬燵で熱いお茶を飲んでまったり中。
そして私の起床に気付いた憂ちゃんが出してくれたお茶を啜るべく、
その輪の中に加わった時、唯はこんな事を言い出したのだった。

「ねーねー澪ちゃん、あずにゃんってさ、プロのミュージシャンなんだよね?」

何を今更?

「プロだよ。武道館に立つような、プロ中のプロだ」

「だよね~……」

唯は醤油煎餅を齧りつつ、じーっと天井を眺めた後、お茶を一啜りして

「すごいなあ……」

それこそ何を今更、な事を言い出した。

「武道館で一万人でしょ? この四国のホールで多分一日二千人くらい、最低でも北海道の二百人……」

うん、間違っていない。

「そんな所でギター弾くなんて、やっぱり本当にあずにゃんはすごいんだよねぇ~……」

「そう、すごいぞ梓は。アドリブのセッションをやったら
 音楽学校の講師がついて来れなかったらしいからな。技術は本当にすごい」

それに、伝説ならまだある。

「去年の夏、梓がとあるバンドのライブアシスタントをやった時な、
 そのバンドのサイドギターが弾いてたエレキが本番中に壊れたらしいんだ」

ふんふん、と顎を机に乗せて聞き入る唯。こういう所は変わってないな。
「楽器担当のスタッフがとっさに別のギターを出して
 その場は凌いだらしいんだけど、現場は異常なまでに騒然。
 その壊れたギターは、二カ月前に事故で亡くなったメンバーのギターだったんだよ」

「うわぁ……」

そのライブは梓にチケットを貰って私も見に行っていた。
躍進中のバンドを襲ったメンバーの死。
それを薙ぎ払う為に行われた、小さな会場での特別な追悼ライブだった。

「アンコール最後の曲でどうしてもそのギターを使いたかったメンバー達、
 そしてデビューの頃から彼らと一緒にライブを作り続けた現場のスタッフ達も
 これには真っ青になってな、泣き出すスタッフも一人や二人じゃなかったそうだ。

 アンコール予定曲は三曲。そしてギターが壊れたのはアンコール一曲目のイントロ部分だった。
 三曲続けて演奏する予定だったし、ノリにノッている客の事を考えると
 最後まで演奏を止められる空気じゃなかったらしい。私も見てたけど確かに異常な盛り上がりだった」

そこで、と私。



150 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 04:37:05.78 ID:4dQGTL8i0

「梓が動いたんだ」

炬燵に潜る全員の頭の上に浮かぶクエッションマークは、至極当然の産物だと思う。
お茶を一啜りして、私は続けた。

「オロオロとするスタッフ達を尻目に、梓はいきなりそのギターをバラし始めた」

「ええっ?」

言ったのは四人の内誰だろうか? 声だけでは判別できなかった。

「周囲のスタッフが制止するのも聞かず、物凄い勢いでネジを外し、蓋をこじ開け、
 神速的なスピードで故障の原因を判別。脇に置いてあったサブのギターも異常なスピードでバラして、
 そこから取り出したパーツを壊れたギターに取り付け、目にもとまらぬ速さで蓋をしたそうだ」

「そ……それで……!?」

私はもう一度お茶を啜り、すっかり聴衆と化した四人に微笑みながら言う。

「大復活」

おお~!! と、何故か起きた拍手が止むのを待って、私は続ける。

「その時点でステージの上は二曲目の後奏部分が終わるところだった。
 梓はステージ袖を飛び出し、サイドギターのメンバーにギターの取り換えを促して、
 即座にアンプのボリュームをダウン。マジシャンみたいな手の動きでジャックを挿し替えた後、
 アンプの音量を戻して何事も無かったかのように袖へ戻ったんだ」

これは何の脚色も無く語っているだけだ。
実際、二階で見ていた私からは梓が壊れたギターと戦っている姿が丸見えだったからな。

「あ……あずにゃん……かっこよすぎるぜ……」

「私鼻血出そう……」

まあ伝聞だけで素人がこうなるのだから、あの時梓の周りにいたスタッフ達の驚きようも理解できるな。
まるで梓をどこぞのヒューマノイドインターフェースのパトロン様のように崇めていたのには、
本人達には悪いがしこたま笑せてもらった。

「その一件を感激しまくったバンドのリーダーがブログで面白おかしく公表してな。
 梓はファンの間や業界内でもちょっとした有名人になったらしい。
 本人は全く気付いてなかったらしいけどな」

まあ、と醤油煎餅に手を伸ばし、私は続ける。

「技術面でもメンタル面でもあいつはホントにすごいってことだよ。
 あいつの先輩であるってのは、ちょっとばかし自慢だな」



151 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 04:42:47.47 ID:4dQGTL8i0

本人にはそんな事なかなか言えないけどな。と続けた時、
唯は目を輝かせながら両手をパン!と叩いてその場に立ち上がり、盛大なモーションを付けて、一言。

「それだよ澪ちゃん!!」

ポカン、とそれを見つめる私と他三名。ま、突拍子もない事を言い出させたら天下一品の唯だ。
何を言い出しても私達は驚かないだろうし、ここにはツッコミ担当が二人も居る。オールオッケーだ。

「あずにゃんは私達の自慢の後輩だよ!」

私は同い年だけどね、と笑う憂ちゃんに親指を立てて返し、唯は続ける。

「だから自慢の後輩あずにゃんの為に後援会を作ろう!!」

おおっ! と炬燵軍団は目を丸くし、
その裏四次元ポケットのような口から出たまさかの妙案に感嘆の声を上げた。

「会長はトンちゃんです!」

「おいこら」

和よりも先に私がツッコミを入れた。代わりにその和が続ける。

「こういうのは言いだしっぺが先頭に立つものでしょ。唯が会長」

「そうね、唯ちゃんを発足人兼終身名誉会長として会を引っ張ってもらいましょう!」

「うんうん! お姉ちゃんなら出来るよ!」

「そ、そうかな?!」

亀を会長にするという予想右斜め上を行く意見は即座に却下されたものの、
後援会の設立に関しては誰一人として異を唱える者はおらず、
結局その日の内に軽音部OGと和と憂ちゃん、
そして何処かでやけ酒でも煽っているであろうさわ子先生を勝手に加えた計七名によって、
中野梓後援会は本人未承諾、一名連絡つかずの状態で恙無く発足と相成ったわけだ。

そして梓に内緒で武道館ライブ出演の記念品を作ろうと言い出した
終身名誉会長の一言によって、その日から会員全員が静かに動き始めた。
発案が唯憂ペア、デザインが私と唯、リサーチは和、素材となるパーツの調達はムギ。
各自仕事の合間を縫ってこそこそと準備し、つい先日それが形になった訳だ。
あまり安い物ではないが、そこは社会人パワー。普段の貯蓄が物を言う。


そしてその結果、こうして二月末の私の部屋で無事、
後援会一同からのサプライズプレゼント贈呈と相成ったわけだ。



152 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 04:48:41.07 ID:4dQGTL8i0

「綺麗……」

プレゼントを用意した経緯を聞き終えた梓がうっとりして手にしているのは、
先程渡した紙袋の中身。つまり、私達からのサプライズプレゼント。

それは、二本の特注ストラップ。そして、二百枚の0.7ミリピックが入ったビニール袋だ。

ストラップはシルバーとブラックで、それも本革。
シルバーのストラップの上では銀ラメ地の表面上を
サファイアカラーのガラスで出来た猫が五匹走り回っており、
ブラックには金色の刺繍で描かれた巨大な龍が飛び回っている。
猫の体は凛々しくも煌々と輝き、刺青のような金龍がこちらを睨む様は大迫力だ。

そして、その二本のストラップの端と二百枚のピック一枚一枚に
それぞれ入ってあるロゴマークは唯の強い要望で入れられた物である。
放課後ティータイム初のライブハウス出演時にあいつが考えた、
紅茶から湯気が上がっている例のマーク。
その真ん中にブランド名が刻まれているという進化バージョンだ。……繰り返す。安くはなかった。

「えっと……SUN MY ARTっていうブランドなんですか?」

「そう。まあそれは適当に付けただけなんだけどな。本当の意味は違う」

「えっと……?」と首を傾げるアホ猫。まあ普通に考えても分からないだろう。

「頭文字なんだよ」

そう告げると、ようやく満面の笑みになって梓は答えた。

「Sはさわ子先生のS!」

私が頷くのを見て、その答えは続く。

「憂がUで和先輩がN、澪先輩、唯先輩、梓、律先輩でMYARで、最後がムギ先輩の紬のTですね?」

「正解!」

嬉しそうにSUN MY ARTのストラップを抱きしめ、奇声を上げながら後ろに倒れ込むアホ猫。
空になりつつある泡盛の瓶の中身を死守すべく、
私はさっと自分のグラスに残り全てを注ぎ、ついでに梓のグラスを空にした。



154 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 04:54:13.43 ID:4dQGTL8i0

「すごい……コレすごいよ澪たぁ~ん!」

「おいこらバカ猫」

カーペットの上を転がりまわる梓の頭を右手で掴み、
こめかみを親指と中指で締め上げる。アイアムベーシスト。

「のおおおおおおおおっ!! へこむ! へこみます!!」

「それは良かった。魅惑の天使澪たんが責任もって成仏させてやる」

「天使が成仏って何ですか! まず天使って何ですか天使って!」

「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~♪」

「ぎゃああああああああぁ!! 殺られる! 撲殺されるっ!」

「エイザベス~。出番だぞ~」

「あれエスカリボルグだったんですか!? 許してえええええええぇ!!」

翌朝、梓はゲッソリしながら元気に横浜へと旅立って行った。
前乗りしてミーティングやらリハやらがあるらしい。
ツアー初日が横浜で、翌日にはもう福岡か。さぞ過密なスケジュールになる事だろう。

まあターミナル駅で別れた後、
「横浜と中洲の美味しいものを全部貪ってきます!」なんてメールが来たくらいだから、
あまり緊張はしていないんだろうな。あいつらしいと言えばあいつらしい。さすがアホ猫だ。

ちなみに余談ではあるが、その日の夜にスパビネのベース担当ミキ氏がアップしたブログに
銀のストラップを肩に掛けた梓の写真が掲載され、それを見た唯からの電話が
残業帰りでほとほとに疲れ果てた私の耳を二時間支配したのは、また別の話だ。



155 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 04:59:43.23 ID:4dQGTL8i0

異常気象のせいだろうか。
五月中旬にしてはやや涼しすぎるクーラーの風が、私の髪の中を泳いでいた。
私が土曜日の朝に九時起床というF難度の離れ技をやってのけたのには、
もちろんちゃんとした理由がある。

そうでなければ、RISE……律の旦那さんのお店で飲もうという
元リーダーもとい現新係長の誘いを断るはずが無い。
せっかく忍さんが美味しいハヤシライスを振る舞ってくれるはずだったのに……。惜しい事をした。

まあ、これからの予定を考えるととても二日酔いでこの日を迎える訳にはいかなかったので、
こればかりは天命と言う便利な言葉を脳内で反芻して自分を慰めるとしよう。
ちなみに、私が今居るのは年末と正月三が日の最終日に使ったきり、
来る事も思い出す事も無かったゴールデンウィーク終わりの空港だ。

用が無いのに来るはずもなく、けれど私自身用があるわけでも無いのだが、
私は今空港内のレストランで割高のアイスコーヒーを啜っている。
では何故私がこんな所に居るかと言われれば、
それは至極簡単な言葉で説明が付くのだが、後述の為、割愛させて頂こう。

「おっ」

短い着信音がグラスに反響して耳に入る。サブディスプレイに表示された文字の意味するところに倣い、
昼時を迎えてやや席が埋まってきたレストランを後にすることにした。
会計担当のお姉さん、あなたの笑顔のを見ていると、この原価数十円のアイスコーヒーに
居酒屋の焼酎一杯分の値段を請求された今とて怒りが微塵も沸かないのは何故でしょうか?
ぼったくりよりも寧ろそちらの方が腹立たしいのです。

……けっ。



到着ゲートで高校生が登下校に使うようなスポーツバッグを抱えて待っていたその人物は、
正月に会った時から少しだけ髪が伸びているように感じた。
そう、私はこの空港に用は無い。用があったのは彼女の方なのだ。
私はそのお出迎え役。そして、今日は東京の案内人を務める事となっている。

「ウェルカムトゥーザトーキョーシティー」

カタコト英語の私に苦笑いを浮かべつつ、彼女は礼儀正しく返す。

「こんにちは澪さん。お世話になります」

「ああ、今日の所はゆっくり楽しんでくれたらいいよ」

コクリと頷く可愛い彼女。これから二日、彼女は家で過ごす事になっている。

「領収失くすなよ? 高いし、本社は即行でバックしてくれるからな」



156 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:05:20.14 ID:4dQGTL8i0

彼女をついて来るよう背中で促しつつ、モノレールの搭乗口目指して歩を進め出す。

「やっぱり対応が違いますね」

「本丸を守る武士達に厚待遇を受けさせないと城はすぐに落ちるからな。
 ようは餌付けだよ餌付け。私達は飼われてんの」

「そんな卑下した言い方をしなくても……」

「すぐ分かるさ。部長以下と以上の生活水準の差は
 それこそ大名と家来ほど開いてるんだ。汚い諍いも起こるってもんだよ」

事実それで辞めて行った人間を、私は知っている。

「幹部とヒラの別れ目ってところですか?」

「そだね。整備員止まりか、操舵室の一員になるか、ってとこかな」

「シビアなんですね」

「ま、それでも本社勤務の正社員ならどんなに下っ端でも
 そこら辺の中小企業の課長さんよりは給料貰えるからね。
 下手な上昇志向を持ってストレス溜めるより、敢えて下に居て堅実に生きる人も少なくないよ」

それに、と私。

「上に行けばプライベートなんて蔑ろだよ。私は週末にお酒も飲めない生活は御免だね」

「ああ……確かに」

やや強張った顔をしている彼女の肩を叩き、出来るだけのコワモテを作って訊ねる。

「ビビった?」

「え……いや……あの…………」

うん、なかなか面白い反応だ。
だが、これからの事を考えるとあまりビビらせる訳にも行くまい。フォローを入れておこう。

「まあ大丈夫だよ。私の班に所属するからには、
 いっぱい歩き回って、眠い目擦ってキーボード叩いて、他愛もないような事で笑って、
 週末には美味しいお酒が楽しく飲める生活を送らせてあげる。
 年末には忘年会で二年連続のフグが目標だよ」

事実、今掛かっているプロジェクトの遂行が四月中旬までのペースを遵守できていれば、
我が班の二年連続の社長賞は決まっていたようなものだったのだ。

ただ、あのイレギュラーな因子のせいで今でも私や係長や班員が苦しんでいるのは確か。
だからこうして支社から人員を補充するといった強行策に出たのだ。
年末には絶対に係長と肩を組んで高笑いをしてやる。
私達の手に掛かればこれくらい!なんて叫びながら浴びるように飲んでやる。
そこに、是非彼女も混ざって欲しいものだ。



157 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:11:11.92 ID:4dQGTL8i0

「その為に今日はささっと家の契約を済ませて、少しでも東京の空気に触れておこう。
 不動産屋の前に上野で鰻でも食べて、夜は私の班行きつけの居酒屋でいいかな」

「う、鰻ですか!?」

思いがけない反応だな。

「あ……ああ、取引先の課長さんが教えてくれたんだよ。
 あそこの鰻食べたらもうスーパーの鰻なんて食べられないよ」

「お、お供しますっ!」

こういう好きな物に実直な所は姉妹本当によく似てるな。
目で渦を巻いて混乱しているこのリアクションなんて瓜二つじゃないか。

「よし、ついてこい憂ちゃん! 特上! 肝吸い! 香の物っ!」

「お、おーっ!」

国内線ターミナル内、自動ドア前。
よちよち歩きのアヒルが親鳥の後ろについて行くような足取りで
私に付いて来る平沢憂が、そこには居た。

彼女は五月の下旬から、我がK社の東京本社で働く事が決定している。
一刻も早く支社で評判だったというキーボードタイピング能力と
テンキー弾きを見せてもらいたいものだな。


話は四月下旬、我が営業課に唐突に舞い込んだプチニュースが原因で、この緊急召集劇は起こる。

「えっ? 辞める?」
昼休み中、新係長が発した声は、特に遮る物の無いオフィス五階の中空に轟いた。
新年度開始早々のこんな時期にそんなネガティブなワードが空気を振動させるとは、
なかなか穏やかではない。

係長のデスクの前に立っているのは、
私の隣の班に所属している同期入社の女性社員とその班のリーダーの男性社員だ。

「彼女、昨日体調が悪くて早退したんですが、どうやら……」

空気を察した係長がその言葉を遮り、二人を会議室へ移動するよう促す。
二人を先に行かせた後係長は私に目配せし、口の動きだけでたった四文字「お・め・で・た」と告げた。
その無表情な顔から係長が祝福モードに入っていない事を察する事が出来たのは、
二年の付き合いがあってこその事だろう。

だから、私は突然メールで告げられた
「仕事上がったら会議室に残ってて」というメッセージを見ても、
間髪を容れずスムーズに返信を送ることが出来たのだ。
絵文字の入っていないメールの文章を見る限り、事態はあまり芳しくないと見える。



158 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:17:09.84 ID:4dQGTL8i0

最低最悪の男が、目の前に居た。
午後七時の会議室でがっくりと項垂れる隣の班のリーダーがそれに該当する。
今この会議室内に居るのは私、係長、隣の班のリーダー、同班の女性社員、
そして営業課の課長と主任。そして部長だ。

「本当にすいません……」

ただただ頭を垂れ、脱力しきった男性リーダー。

「謝ってても事態は収拾しない。さっさと片付けよう」

慇懃な口調に怒気の欠片を散りばめて、部長は言う。相変わらずのオーラだ。
さすがは三十代半ばでこの地位まで昇りつめた同期内の出世頭にして今一番の幹部候補。
こんな問題ちょろっと片付けてしまおうという魂胆なのだろう。まあその意見には大いに賛成だ。
私だってさっさと帰って昨日買ったブルーレイのライブDVDが見たい。
あのデュオのDVDは副音声まで全部見ると七時間弱掛かるんだ。
明日は祝日だから梓が送ってくれた愛媛の蜜柑酒をちびちびやりながら
ぶっ通しで見ようと思ってたのに……。

「それで? 対策は練ってあるのか?」

足を組んで係長に訊ねる部長。
さすがに係長もこの人の前では委縮してしまうようだ。少しばかり震えているように見えなくもない。

「取り敢えず、今考えてある対応策から言ってしまいます」

ホワイトボードに私と男性リーダーの班員名を書き連ねて行く係長。
黒の水性マーカーを握ったその右手が最後の一人の名前を書き終るまで、
会議室にはスーツが擦れる音すらも響かなかった。

「まず、そこに居る二名は今月中に退社してもらいます」

男性社員はそこで顔を上げ、

「そ、そんな! 」

と声を響かせる。

「不貞行為で結婚しても居ない女性を身籠らせるあなたが悪いんでしょう?
 このまま会社に残ってもあなたに居場所なんて無いわ。
 出来れば自主退社してもらいたいんだけど、不満があるなら法廷で争いましょう」

強い口調で言い放つ係長。氷のように冷たいその口調は、私の聞いた事の無いドスの利いた物だった。

「あなた達の行き過ぎたお遊びのせいで営業課、
 牽いては会社全体に迷惑を掛ける訳にはいかないの。
 営業はイメージが命。知ってるでしょ?
 あなたみたいな人間を会社に残しておく筋合いは無いわ。

 お望みなら下請けの下請けのそのまた下請けの会社に転職を斡旋してあげてもいいわよ。
 ま、今の奥さんとその娘への賠償金なんてとても払えないでしょうけど、私達には関係ないしね」

そこで部長が襷を受け取る。



159 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:22:44.25 ID:4dQGTL8i0

「分かったか。明日にでも辞表か敗訴と書いた縦長の紙を持ってこい」

で、でも……、と立ち上がった男性社員の顔の数センチ横を
机に乗っていた花瓶が飛んで行き、壁に当たって砕けて散った。
花瓶を投げた人物など、言わずとも分かるだろうが。

「てめぇの話なんか聞いてねぇ。辞めろっつったらさっさと辞めろ蛆虫が。
 悔しかったら試しに訴えてみればいい。
 まさかウチの会社のバックについてる弁護士と葬式屋の存在を知らないとは言わせねぇからな?」

葬式屋とは裏稼業の方々の事だ。歌舞伎町にわんさか居る様な、あの人達の事。
まさか本気で言っているとも思えないが、この人ならあるいは……と思わせる所がすごい。

「とっとと出て行け。次は眉間には灰皿だ」

そう言われると、男性社員は
まるで緑色の火星人から追いかけられているかの様なスピードで会議室を飛び出して行った。
彼の子を身籠ったという女性社員が怒りの顔でそれに続く。

「盛った猿どもが。ヤるならゴムは基本だろうが」

バタンと閉まったドアに向かい部長がそう言った後、
事の顛末を見つめるだけだった係長は溜息を一つ吐き、眉を顰めて話を戻した。


「本当にごめんね……」

その言葉はもう幾度繰り返されただろうか?
がっくりと肩を落とした係長は柄にも無く二杯目のマティーニの半ばで
もうべろんべろんのぐってぐてだった。カウンターに突っ伏し、
眠たそうな目でカクテルグラスを眺めている。

「気にしないでください。係長が悪い訳じゃないんですから」

うん……と言いながら、十八歳で辞めたと言っていたタバコを咥えるその姿を見る限り、
どうもスッキリしてはいないらしい。

結局、今回の騒動はあの男性社員が全ての元凶だったと言わざるを得ない。
入社当時から女性関係に於いてとことん繁雑だったあの男性社員は、
三年前に同僚のOLを身籠らせ出来婚。

しかし、結婚前からありとあらゆる女性と関係を持っていた猿の如き性欲は結婚後も治まる事を知らず、
結局結婚から三年が経ったこの四月末にそのどうしようもない行為は悪い意味で実を結んでしまった。
つまり、今回の不倫&妊娠事件がそれである。
結局二人は退社する事になりそうだ。会社に残ってもいい事など一つもないだろうし、それでいいと思う。



160 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:28:18.57 ID:4dQGTL8i0

だがしかし、人間は居なくなっても仕事は無くならないのが世の理。
おまけにリーダーが居なくなり、計二名の人員が居なくなってしまったという事は、
それを引き継げる人間はごくごく限られてくるということになる。

今回は私と係長が男性社員の分の仕事を引き継ぎ、
私の班のサブリーダーを隣の班へリーダーとして回し、
女性社員の分の仕事を二つの班のメンバーが分担して請け負う形を取り、
週明けからの仕事に備える形となった。

こうして言葉にしてしまえばあまり大した事ないように感じるかもしれないが、毎日の残業は当たり前。
最悪毎週土日出勤も強要されてしまうかもしれない程の量があるのだ。

「せめて優秀な人材が秋山さんの補佐に回れればいいんだけどね……」

マティーニをちびりと啜り、コースターに戻して大きな大きな溜息を吐く係長。
その目を見る限りは、営業課内で起こったしようもない事件を嘆いているわけでも、
仕事との量が増えた事を憂いているわけでも無いというのが伝わってくる。
どうやら心から私に申し訳ないと思っているようだ。この人は、些か責任感が強すぎる。

「ん~……みっちゃん達の会社の事は良く分からないし、知った口をきくつもりもないんだけどさ、
 本社内で人材が繕えないならどっかの支社から引き抜けないの?
 優秀な人材が本社で働くのは結構当たり前だと思うんだけど」

マスターはそう言い、私が注文していたロックの米焼酎をコースターに置いて顔を顰めさせた。
係長の愚痴をずっと聞いていただけあって、感情移入はなかなかの物のようだ。

「ん~……正直ね、引き抜けない事は無いんだよね」

「そうなんですか?」

「うん。でもね……ただでさえ本社と支社じゃ仕事の量と内容に差があり過ぎるから。
 いきなりこっちに呼ぼうとしたって、委縮して断っちゃう人が多いってわけ。
 それぞれ生活とかあるし、強制はあんまりしたくないしね……」

マティーニのおかわりを要求して、係長は続ける。

「でも今回ばかりはそうはいかないかもね……。
 私がリーダーだった時は秋山さんって言う強力な右腕が居たから多少の無茶も出来たけど、
 今の秋山さんの班でそんな優秀な補佐役に回れる人、正直居ないし」

隣の班のリーダーに回されることとなった我が班のサブリーダーがそれに該当していたのだが、
今となっては後の祭りだ。悔いていても仕方が無い。
と、その時だった。



161 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:33:52.75 ID:4dQGTL8i0

「あ、そういえばさ」

あっけらかんとした声でそう言ったのはマスターの奥さん。
つまり、律だ。今日はヘルプで店に入って酒を作っている。
ちなみにミサちゃんは奥の部屋で就寝中。掛け持ちは禁止らしいので会社には内緒で来ているらしい。
今まで見た事もなかったが、アジアンテイストのロングスカート姿がかなり似合っている。

「憂ちゃんどうなの? 澪の会社の支社で働いてるんでしょ?」

ん?と顔を上げるリーダー。ああ、言ってなかったっけ?

「私と律の部活仲間の妹なんです。今は関西支社で働いてます」

「へぇ……」

「憂ちゃん仕事できそうだもんなぁ~。それに唯も結婚するんだろ?
 幾ら仲がいいって言ってもさ、姉夫婦とひとつ屋根の下で三人家族ってのはキツくない?
 まあ憂ちゃんがどう言うかは知らないけどさ。正直私だったらごめんだね」

確かに。唯は割とあっけらかんと婚後同居の事を考えていたみたいだが、
あれはあれでキツそうな気がしないでも無い。

唯の旦那さんがどんな人かは知らないが、気ぃ遣いの憂ちゃんの事だ。
支社の激務に耐えながらそんな生活を送ってストレスが溜まらないだろうか?

「そんなにスゴイ娘が居るの?」

「「完璧超人です」」

コンマ一秒の狂いも無く、ユニゾンで言い放つ私と律。

「その娘の姉……まあ私達の友達がだらしない奴でさ」

「お前が言うなお前が」

一番絡んでたのはお前だろうが。

「まあそうなんだけど」

係長のコースターに新しいマティーニを置き、律は続ける。

「だらしないそいつの代わりに十代半ばで家事一切をやっててさ、それでも文句一つ言わね~の。
 気は利くし、可愛いし、何でもほいほいっとやっちゃうし、頭も良いし」

「国立大を首席卒業だもんな」

「ぶえっ!? しゅ、主席!?」

まあ私をはじめ、皆と距離を取っていた律が知っているはずもないか。

「そんなすごい娘がどうして関西の支社なんかに?
 ちょこっと頑張れば本社とか余裕で受かりそうなもんだけど。未だに学歴主義だし」

考えずとも分かる。

「姉ラバーなんです」



162 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:39:45.67 ID:4dQGTL8i0

「まあ重度のシスコンだな」

「シ、シスコン?」

訝しげな顔でマティーニに口を付ける係長。私も焼酎をぐびり。

「家事が出来ない姉を放って家を出られなかったんでしょう。
 近所で給料の良い就職先がたまたまウチの関西支社だったんでしょうね」

「そ、そんな理由で……。すごいね……」

「でも、今ではその姉も家事をこなせるようになって、もうすぐ結婚するんです。
 旦那になる人が事情あってその姉妹が住む家に入る事になったんですけど、
 そうなったら三人家族なんですよね」

「そなの」

「ええ」

憂ちゃんか……。支社ではどんなものなのかな? まあ仕事もそつなくこなしていそうだが。
そして週が明けた月曜日の昼、関西支社の社員データを漁っていた私は驚いた。
憂ちゃんは仕事をそつなくこなすどころか、
関西支社のセールス部門で堂々の断トツ一位を飾っていたのだ。

そして、あわよくば憂ちゃんを本社へ……
という私と係長の心の何処かに小さく畳んであったプランは、一気に現実味を帯びだした。


「……というわけなんだよ」

『そう……ですか』

夜は八時。営業部以外の照明が落ちたオフィスの中で、私は白い受話器を握っていた。
隣にはブラックのコーヒーを片手にこちらの話に耳を傾ける係長。
電話の相手は関西支社随一の実力を持つ若手社員、平沢憂だ。

「いい、憂ちゃん? これはね、イレギュラーな事態が原因だとはいえ
 栄転話に変わり無いんだ。憂ちゃんの実力を買って、
 全国の支社の中から私と上司で憂ちゃんを選んだんだよ」

『それは……光栄です』

「贔屓目抜きにしてもデータを見る限り憂ちゃんは本社で働くべき人員だ。
 それに、データだけじゃ無くて憂ちゃんが十分すごいって事は私が知ってる」

『そんな事……』

「ある」

そんな事、ないことが無い。



164 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:45:57.85 ID:4dQGTL8i0

「もしこっちに来てくれるなら、私が責任持って面倒見る。
 給料だって格段に上がるし、こっちには梓も律も居る。それに……」

この言い方はちょっと卑怯かもしれないが……

「私は……憂ちゃんに力になって欲しいんだ」

押されると弱い憂ちゃんの性格を利用した作戦。
こんな事が平気で出来る人間になってしまっている自分がかなり憂鬱だ。
今日の酒は、どうも美味しくなりそうにない。

溜息を吐き

「そっちの部長さんにはもう話は通してある」

『はい。部長からこの話を聞きましたから』

「だよな。でも、強制はしないように言ってある。
 私は憂ちゃんの意見を尊重したいし、上司もまた同じ意見だ」
 だが、心の中では是が非でも本社に来て欲しいと願っている。

正直言えば、憂ちゃんに断られたら私と係長の盆正月祝日は間違いなく全滅なのだ。
心中穏やかでいられるはずが無い。

『あの……』

「考える時間を下さい……か?」

『……はい』

まあ、当然の意見だろう。いきなり本社から転勤の要請を寄せられ、
「はい、行きます!」なんて挙手する人間は殆ど居ないだろうしな。
まして、選択権をその手に委ねられたというのなら殊更だ

「申し訳ないけど、できるだけ早めに頼むな」

『分かりました』

……少し押しが弱いな。蛇足的とも捉えられかねないが、もう一押ししておくか。

「……憂ちゃん、唯のことが気掛かりなのは分かる」

でも……、と私。

「余計な御世話だろうけど、唯も憂ちゃんももう二十代なんだ。
 まして唯はもうすぐ結婚する。あの家で旦那さんと同居もする。
 そうなれば今はどう思ってたって必ず弊害は出てくるんだ。
 そうなった時に憂ちゃんはどうする? きっと我慢するだろ?」

『わ……私はお姉ちゃ』

「憂ちゃんがどれだけ大切に思ってたって唯はもう旦那さんのものなんだよ?
 何処かでつけきゃいけなかった踏ん切りをお互いがつけられなかったから
 唯が憂ちゃんに甘えて呑気に三人で暮らそうなんて言いだすんじゃないのか?」

そして、

「何時までそうやって唯の面倒を見るんだよ? 憂ちゃんは唯の面倒見じゃ無い。……妹なんだ」



165 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:50:22.92 ID:4dQGTL8i0

姉離れが出来なかった妹には少々酷な言葉だと思うが、
誰もツッコまなかったからこそ憂ちゃんはああなってしまったのだ。
それを代表して私が言うのは、ある種の義務だと思う。

「憂ちゃんは唯に括られないで幸せになる資格があるし、
 唯には憂ちゃんに頼らず生きて行く覚悟を背負う義務があるんだよ。
 そうしないと片方がダメになった時、両方がダメになる。……分かるだろ?」

それは家事や生活という小さなレベルでは無く、
彼女らの人生に於いての礎になる部分だと、私は勝手に思っている。

『…………』

憂ちゃんは答えなかった。
それから一言二言フォローの付言をした私は、
最後に「東京で待ってる」とだけ言ってすぐ電話を切る事となる。

「なかなかな物言いだったね」

係長は私のコーヒーカップを差し出し、眉を八の字に曲げ、笑いながらそう言った。
それを受け取った私はすっかり温くなったその中身を一気に飲み干し、
空になった係長のカップと一緒に給湯室へと運び、さっさと洗って帰宅の途に着いた。

何をやっているんだろうね……。私は……。
人様の生活に口を出せる立場かっての……。自分の仕事がキツくなるのが嫌なだけじゃないか……。
……嫌な奴になったもんだ。

―――が、世の中は本当に物事がどう好転するか分からない。
それは翌日、私が予想通りに美味しくなかった酒で二日酔いに苛まれつつ、
ふらつく足でオフィスに出勤してきてから本当にすぐの事だった。

「秋山、居るか?」

席に着いたばかりの私に向かい、あの慇懃ヤクザな部長が招集をかけてきたのだ。

「関西支社の平沢、今朝一番で上司に異動を受けると言ったそうだ」

「え、ええっ?!」

さすがに目玉が飛び出るかと思った。
二日酔いなんて何処吹く風、頭の中をクエッションマークの大洪水が凌辱しだした。

「そんなに驚かなくてもいいだろう」

「は、はい……」

だが、昨日の今日だぞ? いくらなんでも状況が飲み込めないんだが……。



166 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 05:56:15.64 ID:4dQGTL8i0

「ま、そういうわけだ。六月前には秋山のチームで仕事を始められるように調整しておいてくれ。
 引っ越しの手続きとかその他諸々で分からない事があれば全部俺に聞け。迅速に対処してやる」

「よかったね秋山さん! これで何とかなるかもよ!」

「は、はい!」

「じゃ、仕事に戻ろう。秋山、M物産からファックスが来るから、
 お前の班の人間に俺の所まで持ってくるよう指示しといてくれ。
 専務室で会社黎明期の武勇伝を聞かんといかん」

「分かりました。では松山に」

「ん」

ちなみに、松山とは鰌掬い先輩の事である。
三十代前半にして禿が目立ってきていたのだが、
ある日突然スキンヘッドにしてきて出勤し、オフィス中の爆笑を攫ったのは記憶に新しい。
本人曰く、バリカンは正義なのだとか……。

ま、それは置いておいて、こんな流れで憂ちゃんの転勤話は終結した訳だ。
五月末からは東京本社の私の班で仕事をする事となる。

そして今日はそれに備え、住居の確保と各種手続きを兼ねた東京観光を、
交通費に限り会社の金でしようという事になっていたのだ。
さすがは福利厚生がトップクラスの我が社。
どんなに不景気でも本社の正社員だけは手厚い施しが受けられる。厚待遇バンザイ、だな。


「じゃ、少し早いけど……憂ちゃんの栄転を祝って、乾杯!」

『乾杯!』

四人でグラスを合わせて各自が飲み物を口に含み、コースターに置いた所で小さな拍手が起きた。
それに軽く頭を下げる憂ちゃん。カウンターの向こうにはお馴染みのマスター&律のコンビだ。

「ウェルカムトゥーザトーキョーシティー!」

「律さん。それ澪さんにも言われました」

「げっ! 真似すんなよ澪!」

「後出しはお前の方だろうが!」

「澪ちゃんもウチのハニーも相変わらずだねぇ~。楽しく飲もうよ楽しく」

「あら嬉しい♪ ハニーだなんて照れるわん♪」

そう言い、やたらゴツ目のマスターの腕におどけて掴まる律。
怨めしい……。何もかもが怨めしい……。



167 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:01:56.43 ID:4dQGTL8i0

「ま、ゆっくり楽しんで行ってよ憂ちゃん。
 ちょっ~と忙しいからあんまり相手出来ないかも知れないけどさ」

そう言うと律は早速、忍さんが持ってきた団体客の注文票を見て
マスターと一緒にドリンクを作り始めた。さすがは元走り気味のドラマー。手が動く動く。

「律さん……綺麗になりましたねー」

「そんな事本人に言うなよ? 絶対調子に乗るからな」

「あ、あはは……」

まあ確かに綺麗になったのは認めてやらんでも無いがな、と付け加えておく。

「それよりすごい色だな? そのカクテル」

「はい。真っ赤で綺麗です」

「まあ名前もすごいけどな」

「ブラッディ・マリーですもんね。何でそんな名前にしたんですかね?」

「おっ、そう言うことなら専門家が居るぞ」

「専門家?」

私は頷いて専門家にカウントダウン。

「マスター、このカクテルの名前の由来まで三、二、一、キュー!」

「ブラッディ・マリー。十六世紀のイギリス・チューダー王朝時代の女王メアリー一世が
 三百人以上にのぼるプロステスタントを処刑したことから名前が付けられた。

 ウォッカベースだが、ジンに変えると『ブラッディ・サム』
 テキーラに変えると『ストローハット』
 アルコール抜きでレモンを加えると『バージンマリー』になる」

おお~! と上がる二人分の黄色い歓声。

「じゃあこっちのお酒の名前まで三、二、一、キュー!」

「月見灘。福岡の酒造会社『美咲酒造』が八十六年に増設した工場で初めて米焼酎を作った際、
 それがあまりに美味しくて社長が月見で一杯いった事から名前が付けられた。

 灘というのは、会社の近くにある玄界灘から取ったとされる。
 とある品評会で満点を獲得、金賞を受賞。その名を一躍全国に轟かせるが、
 製造量が少ない為プレミアがつきやすく、飲み放題のメニューに入っているような事はまず無い。

 それを赤字覚悟で頑張っている店、歌舞伎町は歩靄ビル三階、
 エレベーター降りてすぐの『RISE』をこれからもよろしく!!」

おお~!! と上がる店中の人間からの歓声。この店は本当に愛されている。
マスターの人柄と、楽しい店員。それに最近では週末限定で店に出るママが目的の客も居るそうだ。
私も通い始めてから五カ月で十五回くらい来ているので、
当然の如くリピーター扱いされている。こんなにハマった店は、今まで無い。



168 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:08:13.69 ID:4dQGTL8i0



「澪さんに東京に来て欲しいって言われた後、
 二時間くらいお風呂に入って、それからお姉ちゃんに話したんです」

家のソファーで昼間買ったばかりのスパビネのブルーレイライブDVDを見つつ、
憂ちゃんはそう言って少し笑った。

珍しく日付が変わる前に店を出たせいであまり酔えなかった私達は、
家に帰り着くなりキリッと冷えた日本酒で二度目の乾杯をする事となる。
それから既に二時間半程が経っており、じっくり酔いが回って
「今日はゆっくり眠れそうだ」なんて思っていた時、
憂ちゃんは唐突に転勤を受諾した理由を滾々と語り始めたのだった。

「そうか」

四十二インチモニターの中ではアンコール一曲目の『月光』をボーカルのサエが歌い上げている所だ。
作詞もしているという彼女。私と感性が似ていると梓が言っていたが、それがよく分かる詩だ。

「唯にはなんて言ったんだ?」

憂ちゃんははにかんで言う。

「そのままです。東京に行く事になるかもしれない、って」

「そしたら?」

「……ゴネました」

まあ、だろうな。

「何でいきなり!? 何で憂が!? ねえねえ!!? ……って」

でも、と憂ちゃん。

「それで澪さんの言ってる事が分かったんです。
 お姉ちゃんとずっと一緒にいたら、私もお姉ちゃんもきっとダメになるんだな……って。
 東京行きをすっごく嫌がってくれるお姉ちゃんを見るまではすごく嬉しかったんですけど、
 私を本社に呼びたいって言ってるのが澪さんだって言ったら、
 お姉ちゃんそこで澪さんに電話掛けだしたんです」

……ん?

「唯から着信なんて無かったぞ?」

「止めましたから。全力で」

そしたら……と、憂ちゃんは伏し目がちに続ける。

「お姉ちゃんが大声で泣き出したんです。
 澪ちゃんと絶交する、澪ちゃんなんて大嫌い、もう知らない……って」



170 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:13:50.27 ID:4dQGTL8i0

胸にくる言葉だ。突き刺さる。だが、憂ちゃんが口にした次の言葉は、もっともっと胸を刺した。

「私……生まれて初めてお姉ちゃんを叩きました」

「ええっ?!」

憂ちゃんが? それも……唯を?

「私のせいで澪さんを嫌いになるなんて意味分かんない。
 澪さんはお姉ちゃんの友達じゃないの? そんな簡単に嫌いになれるの?
 私の事を考えて転勤の話をくれた澪さんを嫌いになるんだったら
 私お姉ちゃんを嫌いになるからね? 私こそもうお姉ちゃんの事なんか知らないよ、って」

「そ、そんな事言ったのか?」

はい、それに……と憂ちゃん。

「ここだけの話ですよ? 正直……お義兄さんと上手くやって行く自信も無かったんです」

「唯の旦那さんか?」

「はい。あの人、正直私を邪魔者みたいな目で見てましたから」

「ええっ?」

「いや、でもそうでしょう? 澪先輩に婚約者が居たとして、
 結婚してその人の弟と三人で同居するなんて……考えられます?」

「それはそうだろうけど……、邪魔者……って」

考えすぎかもしれませんけどね、と憂ちゃん。

「でも、ずっとその事でもやもやしてたんです。
 お姉ちゃんの事は好きだけど、あの人の事は好きになれそうにないって思ってました」

そして、と言葉は続く。

「あんな人を好きになったお姉ちゃんを……嫌いになりかけてました」

これは私の中で人生ベストスリーに入る衝撃だった。
あの憂ちゃんがそんな事を言うなんて、その男とよっぽど馬が合わなかったんだろう。
唯はこの娘にとって全てだと言ってもいい程の逸話が沢山あるのに、
その唯を叩いただなんてな。梓が聞いたらなんて言うだろう。

「だから揺さぶってみたんです。
 ひどい事言って、ほっぺ叩いて、私が嫌いになるって言って。
 それでお姉ちゃんが何て言うのか聞いてみたかったんです」

随分と思い切った事をしたものだ。

「で、唯はなんて言ったんだ」

「分かりません」

はあ?

「何て言ってるかも分からない程泣き狂ってました。
 まあかろうじて聞き取れたのが「じょめんなじゃい」でしたね」

憂ちゃんは思い出すのもおかしいらしく、ぷるぷる震えながら続ける。

「で、その姿を見て心が固まりました。
 一回離れてみないとお姉ちゃんは絶対に理解してくれない。だったら私から離れなきゃいけない。

「それに、離れている間はお姉ちゃんの事を嫌いにならなくて済みそうですし」



171 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:19:18.45 ID:4dQGTL8i0

だから、と憂ちゃん。

「実は今日もケンカしたまま家を飛び出して来たんです。
 もうずっと口を聞いてませんし、お姉ちゃんが納得するまで私が謝るつもりもありません」

そこまで言って憂ちゃんはお猪口に入った日本酒をくいっと飲み干し、息を一つ吐いた後、

「私はこの転勤を機に、姉離れをしたいと思います!」

そう高らかに宣言した。
その随分と年齢不相応な宣言に私は笑顔で首肯し、
そのままの勢いで憂ちゃんに本日三度目の乾杯の音頭を取らせる。

私の家で梓以外の声が響くなんて一体いつ振りだろう?
次は是非、あのアホ猫も交えて三人で乾杯をしたいものだな。
明日は憂ちゃんが帰る前に一緒に合羽橋にでも行って、新しい徳利を物色するとしよう。
色はレモンイエローと藍があるから、次は蓬あたりが欲しいな。

そんな事を考えながら、私はスパビネライブの最後の曲が終わったのを確認し、
どうせ元気が無いであろう唯の為にブルーレイのディスクをパッケージに直し、
憂ちゃんに持って帰って二人で見るよう言いくるめ、鞄に押し込ませたのであった。
このDVDいいぞ唯。見て元気出してくれよな。

……まあ早くも短い後日談になるのではあるが、憂ちゃんが東京から帰った日、
唯は玄関で憂ちゃんを出迎えて「嫌いにならないで……!」と涙ながらに懇願したらしい。

それから演技でふてくされ気味な顔をした憂ちゃんの話をちゃんと聞いた唯は
暫く離れてお互いが成長する事を何処かの神に誓い、またしても子供のように号泣したという。
それにつられて憂ちゃんも泣いてしまったというから、
結局この二人は初めからケンカなんて出来ないように出来ているんだな……と、
私を色んな意味で呆れさせたのだった。

尚、余談の余談ではあるのだが、早朝出勤に備えるべく早寝をしていた私が唯から電話で起こされ、
「憂の事をどうぞよろしく!」という旨の懇願を三時間延々と受けさせられたのは、
また別の話である。ああ……眠い。



172 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:25:02.84 ID:4dQGTL8i0


一番始めはあいつとの出会い。二人で色々やったもんだ。
中三の時の猛勉強の末、私達は同じ高校へと無事進学を果たす。
その高校で私達はバンドを組んだ。最初は四人、翌年後輩を加えて五人に。

六月は雨に憂い、七月は試験に憂い、
八月は暑さに憂い、九月は残暑にも憂い、それでも十分楽しかった。

二十代までまだ遠く、三十日間は長く感じ、
ぼんやりしては四十代の先生に怒られ、五十円で段が増えるアイスを食べながら帰った日々。

六十歳になって学校を去っていく事務員を見て人生を考え、偏差値七十の大学を志望校に選定。
八十点台後半のテスト結果に頭を抱え、予備校の九十分授業を必死でこなし、
無事志望校に合格した私の事を、仲間達は百ワットの笑顔で祝福してくれた。

その仲間との卒業ライブに集まってくれた人間の数は何と二百。
小さなライブハウスがぎゅうぎゅうになった光景は、今思い出しても感涙物だ。

その皆と泣く泣く離れて入った東京の大学。
在学中に住む事となったアパートから大学までの距離は約三百メートルだったな。
色々と苦労したが、一番大変だったのはやはり卒論だ。四百字詰めの原稿用紙が悪魔に見えた。

五百倍の難関を勝ち抜いて奇跡的に今の会社へ就職。人に恵まれた環境が嬉しかったな。
いつも六百円のコンビニ弁当が昼食だったが、これではいけないと手作り弁当へシフト。
食材を買いに行ったスーパーで時給七百円台のバイトをしていた地元の後輩と再会。抱擁。
その夜、酒を酌み交わしながら後輩は数日前に八百人の観客の前でライブをした事を告白。
こちらまで胸が震えた。

九百円のパック酒はすぐに空となり、千ミリリットル入りのミネラルウォーターで酔いを醒ました。
二千円札で全ての給料が出たという後輩の話に腹を抱えて笑い、
その時見ていたアニメに出てきた三千世界という技を使うキャラに惚れたりもした。

四千倍の馬券を当てた先輩に昼間から超高級焼き肉を奢ってもらい、
「お土産に」と持たされた五千円の高級焼き肉弁当を後輩にあげ、無意味に泣かせたりもした。

六千、七千人が住むと言われるアパート群の一室。
そこで八千代のような時を共にし、未だに九千円の借金を返さないどうしようもない後輩。

そいつが今日、聖地で一万人の前に立つ。

私は、心の底から嬉しかった。



173 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:30:35.18 ID:4dQGTL8i0

「九段下の~ 駅を降りて~ さぁ~かぁ~みぃち~を~♪」

「よく知ってるな。そんな古い歌」

「えへへっ、この前ラジオで流れてたんだ!」

「どうでもいいけど、コブシをきかせる曲じゃないからな?」

「えっ!? そ……そうなの?」

「どこをどう聞いたらサンプラザ中野の声が演歌に聞こえるんだよ……。
 それにその歌、結構切ないんだぞ?」

「そうなの?」

ああ、とブラックの缶コーヒーを啜って私は続ける。

「文通相手に会いたくて、貯金箱壊して武道館ライブのチケットを贈るんだけど、
 結局その相手は来なくて泣きながら帰るって歌なんだ」

「ほえ~」

「まあそもそもはサンプラザ中野が「俺達が武道館埋められる訳無い」って思って、
 『空席があるのはペンフレンドに来てもらえなかった男の子が居るからだ』
 っていう言い訳をする為に作った曲なんだけどな」

「澪ちゃん……博識~……」

「ま、たまたまネットで見つけたんだよ。高校時代にな」

「高校時代か~……。懐かしいね」

私と彼女の髪を揺らす風を見送り、私は「ああ」とだけ答え缶コーヒーの中身を空にした。

「ムギは?」

「午後の便。どうしても片付けなきゃいけない仕事があるんだって。憂も同じ便で来るよ」

他のみんなは? と逆質が飛んで来る。彼女の手の中のミルクコーヒーも空のようだ・

「和はもうすぐかな。途中で律と合流して来るんだって」

「りっちゃん本当に久しぶりだな~。憂がすっごく綺麗になってたって言ってたけど、本当?」

そこで私は背後からこっそりと忍び寄る二つの影の存在に気付いた。
チラ、と振り返ってみるとその片割れは立てた人差し指を鼻に当て、
「しーっ」というジェスチャーを送ってくる。あの頃のような悪い顔をしていた。

「それは自分で見てみなよ。ギー太を可愛いって言うお前のセンスだからな。
 今の律を見たらモナリザみたく感じるかもしれないぞ」

「えっと……今のは私、バカにされたって事でいいのかな?」

「おっ、賢くなったな」

「みーおちゃ……!」

途中でガバッ!と手で口を塞がれ、言葉を遮られた彼女。
そして彼女の口を塞いだ大悪党の如き笑顔を浮かべるそいつは言葉を放つ。



175 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:36:00.79 ID:4dQGTL8i0

「綺麗になっただと~? 憂ちゃんも失礼な奴だな。お代マケてやったのに随分な言い口だなおい」

そいつは徐に彼女の両肩を掴み、身体をくるっと百八十度回転させ、両の頬を押さえて言う。

「美少女戦士りっちゃんは高校時代からずっと美人なのだ! そうだろ唯~!」

「うわぁ~お! りっちゅわぁ~ん!」

久し振り~!! と抱き合う高校時代の悪友同士の姿が千鳥ヶ淵の水面に映える。
そこに浮かぶのは六年振りの再会と、昼間の月。
この日を祝う為に雲一つなく晴れてくれた澄んだ空の色に感謝し、
振り返ればそこには光る玉ねぎが見える。

今日は五月の最終土曜日。スパビネ史上最大のツアーが幕を下ろす日。

そして、梓が武道館に立つ記念の日だ。



『それでは開場いたしま~す! チケットを手にお持ちの上、ゆっくりとお進みくださ~い!』

熱狂の渦を巻く開場待ちの客に向け拡声器で注意を促すスーツの中年男性。
が、そんな物がツアーファイナルを祝いに来て
テンションがマックスまで上がっている客達の耳に入っていないのは一目瞭然だ。
皆一様に思い切りはしゃぎながらゲートを潜って行く。
ま、私達はそれを横目に人が殆ど並んでいない特別ゲートから入場させてもらっているのだが。

「いらっしゃいませ」

「えっと、中野梓から招待された秋山という者なのですが」

「はい、秋山様でございますね。少々お待ち下さいませ」

赤ペンでA4紙に書かれた文字を探る赤いジャケット姿のお姉さん。
まあバイトなのだろうが、そのハキハキとした応対には好感が持てる。
こういう所まで教育が行き届いているのはさすがだな。娯楽興行は客が命、か。

「大変お待たせ致しました。確認が取れましたので、まずはこちらをお渡ししておきます」

手渡されたのはもぎり済のチケット六枚だ。再入場の際に必要なのだとか。記念にもなるし丁度いい。



177 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:42:47.02 ID:4dQGTL8i0

「中野から伝言を言付かっておりまして、
 「ツアーグッズは全員の分を確保してもらってるので、買わなくて大丈夫です。
 ライブが終わったら楽屋へ招待しますので、是非遊びに来て下さい」との事です」

「わっ! あずにゃんナイス! メンバーに握手してもらえるかなぁ~!」

夢見心地の唯に軽く微笑み、ジャケットのお姉さんは続ける。

「終演後はロビーに緑のジャケットを着たスタッフが待機しておりますので、
 そのスタッフにチケットをお見せ下さい。そのまま楽屋へご案内いたします」

「ご丁寧にどうもありがとうございます」

「本日の公演、どうぞ最後までお楽しみ下さいませ。では、Aゲートからアリーナへお進みくださいませ」

そう言って深々と頭を下げるお姉さんに私達は軽く頭を下げて礼を述べ、早速Aゲートとやらに向かった。
深夜のコンビニの店員も、あのくらいは礼儀正しくなって欲しいものである。

「おおっ」

全員にチケットの半券を渡そうとした時、
私はそこに印刷された文字を見て少しばかり驚いた。何かの間違いじゃないよな?

「唯、卒倒するなよ?」

「え? なんで?」

その間抜け面が一体どう変わるやら。

「はいこれ」

チケットを渡して約十秒後。

「み゛ゃあああああああああああああああ!!!!」

通路に奇声と聞き違う程の叫びが轟いた。当然注目の的となった私達は慌てて唯の口を塞ぐ。

「お前は大声大会にでも出場しに来たのか!」

「その体からどうやったらそんな声が出るのよもう……」

「ん゛~!! ん゛~!!」

「唯ちゃん、チケットがどうかしたの?」

律の手で塞がれた口を必死に動かし、何かを訴える唯。そして律の手を漸く外して一言。

「わ、私達の席アリーナ二列だよ!」

ええっ!? と声を上げ、私の手からチケットを一番早く奪ったのは、意外にも和だった。
あまり興味の無さそうな顔をしていた気がするのだが……。

「すごいわ! プラチナチケットよプラチナチケット!
 オークションに出回ったりしたら四万越えは堅いような席なのに……!
 ああ、梓ちゃんに感謝しなきゃ!!」

……和さん。そこまで喜んでくれるとチケットを用意した梓も冥利に尽きるとは思うのですが……。

「……あ、あれ?」

……今度はあなたに通路中の視線が集まってますよ?



178 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:48:14.26 ID:4dQGTL8i0



「普通ね、武道館の招待席って言うのは、一階スタンドの中央……あそこね。
 あそこのはずなんだけど、梓ちゃんどんな裏技使ったのかしら?」

ん?

「あそこ一階スタンドなのか? 二階じゃ無くて?」

「そうよ。アリーナ、一階、二階って言うの。一階二階を合わせてスタンドって言う場合が多いけどね」

へぇ~。

「詳しいんだな。来た事あるのか?」

「無いわ」

無いのかよ……。

「無いけど。色んなライブのレポとか書いてる人のブログに
 「いつもあそこに芸能人が集まってる~」って書いてたから。
 ライブのDVDとか見ても確かにあそこら辺は埋まって無い事が多いしね」

「なるほど。招待客専用のブロックか」

「そうね。ただ、あのブロックはそう言う業界関係者が多いから
 ライブが始まっても立たなかったり、手拍子をしなかったりする人が多いらしいの。
 見やすいと言えば見やすいんだろうけど、はしゃげないもんね」

よく知ってるな、本当に。和のこういう豆知識の量は本当に凄い。
是非タバコを辞めて脳細胞の死滅を避けて欲しいものだ。

「ねえ和ちゃん、澪ちゃん。みんなにも話したんだけどさ、ちょっと面白い事しない?」

突然唯が悪~い顔をして話に割り込んで来た。
それはそれはもう、ブラッディ・マリーのモデルとなった女王様の様に。

「またよからぬ事を……」

「もうりっちゃんとムギちゃんと憂の約束は取り付けてあるよ!」

唯の隣からピョコっと顔を覗かせる憂ちゃん。

「やりましょう! これは面白いですよ!」

こんな顔の憂ちゃんは見た事が無い。
そんなに面白い作戦なのだろうか? どうも悪ノリの範疇を出ていない気がするのだが……。

「ん……まあ憂ちゃんが言うのなら……」

首肯するしかあるまい。

「よし、交渉成立だね!」

意気揚々とその作戦を私と和に語る唯。私の予想はやはり正しかったようで、
どうも憂ちゃんはこのライブ前の高揚する雰囲気に負けてあくどい悪ノリをしてしまったようだ。
普段の憂ちゃんなら間違いなく制止する側に回るであろうこの作戦。
私と和は憂ちゃんの笑顔に免じ、溜息を吐きながらその作戦に参加する事をしぶしぶ了承したのだった。
……というかさせられた。

異様に高まる会場のボルテージを煽るように照明が落ち、
四つ打ちのオープニングSEが鳴り響き出したのは、それからおよそ二分後の事である。



179 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:54:08.09 ID:4dQGTL8i0

テクノ調のSEが総立ちとなった客席を最高潮までを煽り、
それが遮幕の向こうから鳴ったドラムのスネア一発で止んだ瞬間、
ここはもう三百六十度何処を見ても外的要因の入る込む余地のない、鍵のかかった箱となった。

ライドシンバル四発のカウントと共にエフェクターで歪ませたエレキギターのカッティングが
大音量で掻き鳴らされ、四拍続いた所でもう一つギターが重なり、
更に四拍ずつでベースのチョッパー、シンセサイザーの劈く様な尖った音が続く。
そしてドラムがもう一度カウントを取ってタムを挟み、
クラッシュシンバルを打ち鳴らした瞬間にステージと客席を隔てていた巨大な遮幕が落ち、
六人のガールズバンドがその姿を現した。

LRの巨大スピーカーががなり立てる巨大な音の塊。
それと真正面からぶつかり合うように半円形を模した百八十度の客席からは
聞いてて耳が痛くなる様な大歓声が上がる。

この瞬間、スパビネこと『SPARKLING VINEGAR』のツアーファイナル、
満員にして初の武道館公演が幕を開けたのだった。

私が真っ先に目を向けた先は、この会場の名前を叫ぶボーカルでも、
笑って四つ打ちのドラムを鳴らし続けるドラムでも、
今にも泣き出しそうな顔で絃を弾き続けるベースでも、
もう既に泣いているキーボードでも、
その隣でタンバリンを鳴らしているパーカッションでもなかった。

その姿を確認すると安心する。暫く会えなかったが元気そうで何よりだ、と老婆心が疼いてしまう。
そして、シルバーのストラップを繋いだテレキャスターでオクターブ鳴らしているその顔を見て、
私はもう涙を押さえる事ができなかった。

ちゃんと見ててあげないといけないのは重々承知だったし、
その為に九段下に一番乗りして武道館を眺め、
涙を涸らそうと一人さきがけの涙も流したというのに。
一緒にバンドをやっていたから分かる。
ステージの上からはこちらが見えない。眩いフラッシュが焚かれているからだ。
しかも今回はあんな小さなライブハウスでは無い。フラッシュだって何十倍も強いだろう。

だからその分、私はこの視力の限り彼女を見ようと思う。
煌びやかな照明、華やかな舞台セット、一緒に旅をした仲間。
それら全てに包まれながら満面の笑みでネックを客席に向け、
ライフルの様にバン!と撃ってみせる彼女を、私は見ようと思う。

……本当におめでとう、梓。



180 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 06:59:49.89 ID:4dQGTL8i0

『それではサポートメンバーの紹介をしたいと思います!』
ライブ開始から四曲を歌い終えたボーカルが
バンドメンバーの自己紹介の後に言い出したその一言を聞き、唯は全員に目配せをした。
先程言っていた悪巧みが今まさに、ステージ上の後輩を襲おうとしている。
……すまない梓、私には止める事が出来なかった。
文句は後で唯が責任もって受け付けるからな。

『私達をインディーズの頃から支えてくれていて、
 あの当時はライブサポート、レコーディングまで一緒にやってくれていました。
 そして今回、念願かなって再びスパビネのサポートメンバーに復帰!
 このツアーを一緒に盛り上げてくれています! オンギター、AZU!!』

一万人分の歓声が頭を下げる梓に降り注ぎ、
ボーカルが何か梓に言いかけた瞬間を狙って、唯は「せ~の!」と声を上げる。
私達が仕掛ける、悶絶級の悪巧み。

「あっずにゃああああああああああああああん!!!!」

その悪意に塗れた六人分の大声はアリーナ二列目という好条件も相まって、
見事梓の側へと歩を進めるボーカルの耳に留まったのである。

『あ、あずにゃん!?』

作戦は大成功。こちらをキツネに抓まれたような顔で見るボーカル。
そしてその顔が悪ノリに悪乗りするモードへ切り替わったのは、
彼女の熱狂的なファンである唯が意図的に狙った展開だったのだ。

『よかったじゃんAZU~! もうファンが付いたじゃんか~! あずにゃんだってよ?』

爆笑に包まれる武道館とは間逆に、真っ青な顔にって首をブンブン振って否定する梓の姿が
ステージ左右の大型ビジョンに映し出される。うん、可愛いぞ梓。

『じゃあみんなで言ってみようか? 私が「オンギター!」って言ったら
 彼女の名前を叫んで下さい! 行くよ! オンギターー!!』

「あっずにゃあああああああああああああああああん!!!!!!」

一万人の第九ならぬ一万人の大苦に屈し、その場にへたり込んでがっくしと肩を落とすアホ猫ギタリスト。
いいぞ梓、ウケてるウケてる。めちゃくちゃ面白い。腹筋が攣りそうだ。

『じゃあもうメンバー間でもあずにゃんで決定ね!
 これからCDのクレジットとかもあずにゃんにしようよ?』

またしても首をブンブンと振りまわし、「それだけは! それだけはっ!」と懇願する梓。
いいぞ、あの和が酸欠気味だ。



183 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 07:07:05.75 ID:4dQGTL8i0

『あのね、話遮って悪いんだけど、私ちょっとあずにゃんに文句があるんだ~』

そう言ってMC用のコードレスマイクを持ち、ベースがボーカルと梓に歩み寄った。

『ちょっとカメラさん、コレ映して下さいコレ』

ベースがそう言った直後、大型ビジョンに映し出されたのは
何と中野梓後援会がプレゼントしたSUN MY ARTのシルバーストラップだった。

『何このカッコいいストラップ?』

そのシュールな言い方に観客の笑いが響く。

『何処に売ってたの? 東急ハンズ? ドンキホーテ?』

『そんな所に売ってないっしょ?』

ボーカルがフォローするかと思いきや

『ダイソーだよねぇ、あずにゃん?』

ダメだこの人達、早く何とかしないと……的な顔をした梓だったが、
相手は百戦錬磨の強豪。マイクを譲る気すら垣間見えかった。

『いや、どこで買ってても別にいいんだけど、ちょっとかっこよすぎだからさ』

『あんたツアー中それしか言って無いよね?』

『うん、私あんまりかっこいいの持ってないからさ。どうやってこのストラップを……』

『手に入れたか?』

『いや盗もうかと』

『盗んだらアカン!』

興奮すると地の関西弁が出てしまうというボーカルの自己紹介だったが、あれは嘘ではなかったようだ。

『てかさ、このガラス細工の青い猫がカッコいいよね~。べっぴんさんべっぴんさん一匹飛ばしてべ』

『ベタやなおい! この三匹目の何が気にくわんねん?』

『ん~……学歴?』

『学校行ってんの?』

『一橋』

『高っ! 偏差値高っ! せめて日体大ぐらいにしときや!』

『何で猫がエッサッサするの? 猫だよ? そもそも学校行く訳無いじゃん』

『あんたが言い出したんやんか! 結局何が言いたいねん?』

『あずにゃん今日も可愛いねぇ~』

『もうええわ……』

二人は取れるだけの爆笑を取って凹んだままの梓を残し、
さっさとパーカッションのメンバー紹介を始めてしまった。
和が狂ったように笑っている姿を見て唯が恐怖を覚えたというのは、また別の話である。



187 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 07:17:55.42 ID:4dQGTL8i0

大興奮&大感動のステージが幕を下ろし、予
定に無かったダブルアンコール迄を終えたメンバーがステージを去った会場内。
私達は六人横並びの席の上で、誰ひとり残らず涙を流していた。

あれは本当に卑怯だ。あんなに笑いを振り撒きながら喋って歌って演奏し終えたメンバー達が、
最後は全員咽び泣きながらデビュー曲を演奏したのだから。
これで泣かない人間は余程悟りを開いた人間なのだろう。
だが、いつまでもここにいる訳にはいかない。
場内清掃が始まるし、客の大半は帰っているし、それに楽屋であいつが待っている。

「行こうか」

そう言って一番最初に立ち上がったのはムギ。
そして律、和、私、憂ちゃんと続き、最後に和が支えて唯が立ち上がった。
何て声を掛けようか……。そんな事を各々が考えていたに違いない。

「では、こちらでお待ち下さい」

そう言って笑顔で去っていく緑ジャケットのスタッフ。
私達より先にそのだだっ広いスタッフルームにはパッと見で五十人程の先客が列を作って待っていた。
中にはちらほらと芸能人らしき顔も見える。
やはり武道館でライブをやるという事はこういう事なんだな、と改めて実感させられた。
冗談でもこんな場所を目指していただなんて、今考えれば少し小っ恥ずかしい。

「澪ちゃん、サイン貰えるかな?! 握手してもらえるかな?!」

さっきまで泣いていたはずの唯がもうキャピキャピと笑っている。切り替えの早さは相変わらずだ。

「さあな。梓か本人に頼んでみろよ」

「うう~……緊張するよぉ~……」

「ま、あずにゃんなんてニックネームを考えた張本人なんだからさ、そこを押せよ」

ハッとして、唯。

「そうだね! 私があずにゃんの名付け親だもんね!」

よ~し! と唯が意気込んで拳を握りしめた瞬間、スタッフルームには大きな拍手と歓声が巻き起こった。
何事かと二人して目をやれば、そこには深々と頭を下げて拍手に応える本日の主役四名と、
その後ろで招待客と同様に拍手を送るサポートミュージシャン二名が居た。
皆一様にいい顔をしている。旅の終わりの気分はどうやら最高のようだ。
その内の一人が私達に気付き、仲が良いと言っていたベースに促されてこちらに近付いて来る。



188 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 07:23:45.59 ID:4dQGTL8i0

「あっずにゃああああん!」

そう叫んで唯が梓に飛びつこうとした瞬間だった。
ガチッと唯の腕を取り、それを遮る人物が二名。

「唯ちゃん、違うでしょ?」

ムギと

「最初に飛びつくのはお前じゃ無いよな?」

律だ。
そして二人は私に笑顔を向け、同時に頷く。
おいおい……と思うが、これ以上ありがたい思いやりは無い。
私は二人に心から感謝しつつ、小さなアホ猫に歩み寄った。

……約三ヶ月ぶりに間近で見る顔、ちょっと痩せたか?

「お疲れ様」

私を見つめる二つの瞳がその言葉を受け止める。

「頑張ったな」

無言で頷くアホ猫。一文字に結んだ口がプルプルと震えだす。

「よくやったな」

……いい加減私も限界だ。

「……カッコよかったよ」

そう言った瞬間、梓は私の胸に飛び込んで大きな大きな嗚咽を漏らしだした。
私のシャツを涙で濡らしながら、アホ猫の腕はキツく私の体を締め上げる。

「痛いだろ……バカ」

そんな事を言いながら、私もまた梓の体を抱き寄せる。
こんな小さな体で……あんな大きなステージに立って……。
そう考えると、いい加減涸れ果てていたと思っていた粒が梓の肩を濡らした。
きっと生涯に於いてこの日の出涙量を超える日はやってこないだろう。

……だがそれでいい。可愛い後輩の為に泣けて、
こんなに楽しい時間を仲間と共有できたんだ。これ以上を望もうものなら罰が当たる。

今日の酒は、とびきり美味しそうだ。



189 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 07:29:28.11 ID:4dQGTL8i0


「だから何で和先輩の車を見失うんですか!」

「うるさい! 私は普通に走ってるだけだ! 和の運転が速すぎるんだよ!」

「急がないと先輩達の事だから私達を見捨てて乾杯しちゃいます!」

「う゛っ……、否定できない所が悲しい……」

時はさっさと流れ、もう年末。
今日は夜からSUN MY ART勢ぞろいで大晦日の大宴会 in 平沢家が行われるはずなのだが、
もう太陽が沈みかけているというのに私達を乗せた激安レンタカーはまだ高速も降りていなかった。

「だいたいお前が大晦日の朝まで仕事があるのがいけないんだ!
 本当なら私は憂ちゃんと三十日に帰ってこれたんだぞ!」

「そんなこと言って私が仕事してる間に憂と二人でフグのフルコース食べたんでしょ!」

「お前だってライブの打ち上げでピンドン空けまくったらしいじゃないか!
 アルバム完成した時にはクリュグまで飲みやがって!」

「売れっ子ミュージシャンなんだから当然です! 役得ですよ役得!」

「だったら前に貸した九千円さっさと返せ!」

「お、覚えてたんですか!? やられた! やられましたっ!」

車が高速を降りている内にこの騒がしいにも程がある乗員二名の近況でも報告しておこうか。

私は相変わらずK社の東京本社の営業課で班のリーダーをしている。
これと言った大きな出来事は無かったが、気の合う楽しい仲間達と共に仕事をし、
週末には係長と憂ちゃんの三人でRISEへ入り浸り、
律やマスターを交えて楽しく飲んだりしている。
あの御神籤の通り色恋沙汰は全くなかったが、今はこれが幸せ。とても楽しい毎日を送っている。

で、隣のアホ猫だが、ミュージシャンとしての実績は今年一年で積みに積まれたと言っていい。
五月の武道館ライブ後、夏までは様々なアーティストのレコーディング現場で
大先輩のアシスタントをし、演奏に機材いじりにと多忙な日々を送る。
その後各地の夏フェスに参加したスパビネのサポートを見事に務め上げ、
秋から行われたスパビネ五回目の全国ツアーにも参加。再び武道館に立つ。

ちなみに私達が見に行った五月のライブはブルーレイとDVDになって全国発売され、
スパビネファンからは「ギターのあずにゃん」というニックネームで名が通るようになったらしい。
街で二回程声を掛けられたのだとか。



191 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 07:36:55.15 ID:4dQGTL8i0

「ところで澪先輩」

「ん、何だ?」

「初参りはもちろん行きますよね? あの神社に」

「ああ? 行くのか?」

「当然です! 負けでばっかりでいられますか!」

まあ恋愛に於いての良し悪しを勝ち負けに換算するのなら、
今年は間違いなく二人とも負けだったな。御神籤に負けたと言っても過言ではない。

「逆に引かないで真っ白なままの一年にするってのもいいんじゃないか?」

すかさず「ダメです!」と梓。

「それは勝負を前にして逃げたも同然の脆弱な思想です!
 意気地無し! 落ちこぼれ! すかぽんたんなバカ野郎の発想です!
 澪先輩はそんな人じゃないと信じています!」

「……」

「な、何ですかその目は?」

「いや、よっぽど恋でもしたいのかと思って」

「に゛ゃっ!!?」

そう言って喚きだした梓は、ひとしきりの冷ややかな目線と罵詈雑言を送った後

「昔の先輩はこんな人じゃありませんでした」

と捨て台詞を吐いた。いつかと同じ展開だと気付き、すかさず私も返す。

「お前だって昔はもっと素直でいい子だったぞ」

梓はムッとした顔でフロントガラス越しの空へと視線を向け直した。その顔を見て、私は言う。

「でも、私は今のお前の方が好きだ」

あの時と同じ反応して、だけどあくまでこちらに視線をやらない相変わらずな態度。
そこら辺が、私は好きだ。

「……まあ、私もどちらかと言えば今の澪先輩の方が好きです」

車内に満ちる、えらく既視感のある空気。
私は少し、梓がもし私より先に結婚したら……なんて思ってしまい、
一人で勝手に笑い、その私を見て梓もまた少しだけ笑った。

十二月三十一日、レンタカーは夕暮れの高速を降りる。小さな凱旋者二名は愉快に道を走るだけ。

トランクの中の東京バナナが、去年より少し増えていた。



192 名前: ◆/uf3rSAnrA :2010/06/06(日) 07:42:33.72 ID:4dQGTL8i0

終わりです! 支援して下さった方も、お付き合い頂いた方も、ご意見を下さった方も本当にありがとうございます!

次があるかわかりませんが、あったら必ず見やすくなるよう努力します! 素人丸出しで申し訳ない!

あ、タイトルはコブクロの楽曲から取りました。いい歌です。
同窓生の歌なのですが、ボッチだった俺には逆に沁みたり……。

ま、そんなこんなで本当にどうもありがとうございました!



……ん? まとめサイト?

なにそれうまいの?



195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/06/06(日) 07:50:44.92 ID:kNMX6PLYO

>>192
歌詞長いけど確かにいいんだよなあれ



199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/06/06(日) 08:50:49.00 ID:boyA5GuM0





200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/06/06(日) 09:48:41.38 ID:d7nFkV/AO





202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/06/06(日) 10:10:53.75 ID:nvp2d3330

おもしろかった




204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/06/06(日) 10:35:03.97 ID:BUQLrx8XO






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澪『同じ窓から見てた空』#後編
[ 2012/05/01 21:59 ] 非日常系 | | CM(10)

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タイトル:
NO:6409 [ 2012/05/02 06:11 ] [ 編集 ]

机の上だけで書ける話じゃないな プロなの? いやーすごい面白かった

タイトル:
NO:6410 [ 2012/05/02 08:56 ] [ 編集 ]

以下自演の嵐

タイトル:
NO:6411 [ 2012/05/02 11:19 ] [ 編集 ]

素人丸出し感のSSですが、助言をするならば台詞の前には必ず名前を書くのが基本中の基本
そうしなければ読みにくいったらありゃしない
ただでさえ性格を変えてるんだからね
読む気さえ失せる・・・一応読んだけど(笑




澪「ミエナイキコエナイ・・・」

律「もえもえ~きゅん☆」

唯「澪ちゃん可愛いい!」


と、いうようにね。

タイトル:
NO:6412 [ 2012/05/02 11:25 ] [ 編集 ]

素人丸出し感のSSですが、助言をするならば台詞の前に は必ず名前を書くのが基本中の基本(ドヤァ

助言をするならばもうちょっと本読んだ方がいいぞー
この程度でついてこれないんじゃ教科書もきついだろう

タイトル:
NO:6413 [ 2012/05/02 11:34 ] [ 編集 ]

うわっ 即レス返し
作者は評価を見張ってるようだ(笑
コワイコワイ
まぁ、頑張ってください(^^;

タイトル:
NO:6419 [ 2012/05/03 01:24 ] [ 編集 ]

おもしろかった!
…けど、先生の台詞は…?

タイトル:
NO:6421 [ 2012/05/03 04:34 ] [ 編集 ]

即レス返しに作者とか頭悪過ぎだろw
随分前のSSこんなサイト載って即見張ってるやつとか管理人以外いねーよw

タイトル:
NO:6424 [ 2012/05/03 12:50 ] [ 編集 ]

なんかカワイソウな子が1匹いるね

>以下自演の嵐
予言的中したね(笑

タイトル:
NO:6450 [ 2012/05/04 17:08 ] [ 編集 ]

172の数字のくだりはいつ読んでもすげーってなる・・・

タイトル:
NO:6451 [ 2012/05/04 19:05 ] [ 編集 ]

いい小説とか読んだ後のカタルシスは何者にも変えがたいな!

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