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澪『永遠にともに』#2 【非日常系】


http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1279012551/

澪『同じ窓から見てた空』

澪『永遠にともに』#1
澪『永遠にともに』#2
澪『永遠にともに』#3
澪『永遠にともに』#4




47 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 21:38:21.08 ID:IOd+VqaJ0

「はぁ~…………」

気持ちいい。脳まで溶けそうな気分だ。

「ふぅ~…………」

恐らく彼女も同じ事を思っているのだろう。顔が弛緩しきっている。

「メエエエエエエェェ」
「おいコラ」

この一連の流れを見事に草食動物の鳴き真似で立ち切ってくれたアホ猫。
いや、バカ山羊か。これがツッコまずにいられるものか。

「今のはどう考えてもほぉ~……って言わなきゃいけない場面だろうが?」

「だって……三番目に振られたらボケないと……」

割と本気で言っているらしい。いつの間にこんな芸人気質になったんだこいつは……。


現在時刻は朝六時半。
先のアルコールをぶっ飛ばせ大作戦で汗びちょびちょになった私達は
梓の提案で近所のスーパー銭湯に来ていた。

石鹸から着替えまで全部揃っているから手ぶらで気軽に行けるという事だったのだが、
その予想右斜め上を行く施設の充実度にはまあ驚かされた。
清潔感漂うフロア、ずらっと並んだマッサージチェア、
バリエーションに富んだ売店の品揃え、家族連れをターゲットとしたであろう個室の休憩所。

下町アニメなんかに出て来る巨大煙突の伸びた銭湯を想像していただけに、
頭の中で流れていたかぐや姫の神田川が一瞬で止んでしまったのは言うまでも無い。

で、今は着替えやタオルを買って早速摂氏四十三度の大風呂に浸かっている訳だ。
開店直後という事もあり、なんと三人同時に一番風呂をゲット出来てしまった。
……何だかまったり幸せだ。



50 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 21:44:53.92 ID:IOd+VqaJ0

「それにしても……何だか呑気ですよね~……」

ん? 何がだ?

「知り合いの結婚式の朝にボーっと湯船に浸かって、呑気にビバノンノンやってるんですから」

そう言う事か。……まあ

「いいじゃないか。最後のアルコール抜き作業だよ。
 お前が発案した中では最上級クラスの良案だ。褒めて遣わす」

「それはそれは身に余る光栄でございます。ところで殿」

「む、何じゃ?」

本音を言うと姫がいいんだが……まあ似合わないか。

「ベタな質問ですけど、風呂上り何飲みます?」

「ん~……生中?」

「コラ」

梓からの至極真っ当なツッコミを受け、秋山流迎え酒案は恙無く廃案となった

「酒は論外として、そこはコーヒー牛乳でしょうが。
 銭湯で飲む瓶のコーヒー牛乳程美味しい物なんかありませんよ」

何やらこだわりをお持ちの様だ。

「コーヒーはブラックって決めてるんだ。知ってるだろ」

「うわ……カッコつけですか? 憂はコーヒー牛乳飲むよね?」

「私はスポーツドリンクがいいかな……。湯船に浸かってる時って意外と汗か」

「ドアホー!!」

「わああああああああぁ!」



52 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 21:49:21.15 ID:IOd+VqaJ0

突如頭を掴まれて湯船に突っ込まれた私と憂ちゃん。
いきなりだったのでお湯が少し気管に入ってしまった。
水中から何とか帰還して激しく噎せた後、猛烈な口調でアホ猫に抗議を入れる。

「何すんだこのロリ体型!」

首でも絞めてやりたいところだったが、いかんせん咳が全く止まらない。
憂ちゃんが背中を撫でてくれるのは嬉しいがな。

「もう! 二人とも日本の心が全っ然分かってないです!
 日本人なら銭湯の湯上りはコーヒー牛乳オンリーでしょうが!」

そう言い放ち、プク~と頬を膨れさせてプイッと反対を向いてしまう梓。
視線の先の富士山に何を想うか? ……まあどうでもいい。

「それにしても……気持ちいいですね……」

そう微笑んで伸びをする憂ちゃん。
自身が人生で一番と揶揄した号泣の後なだけあって、目は真っ赤に腫れ上がっている。
もう水分が入り込む余地も無い程汗でびしょびしょだった私のシャツを更に濡らしただけの事はあるな。

「ああ……最高だな」

湯けむりに包まれた女風呂内を見渡す。
大風呂、水風呂にジャングル風呂、電気風呂に打たせ湯もある。
こんな洒落た物が近場に出来ていたなんて知らなかったな。
少なくとも私がこの街に居た時にはまだ建物すら無かったはずだ。
変わり映えがしないと思っていたが、実は小さな所は日々変わっているのかもしれない。



53 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:01:04.58 ID:IOd+VqaJ0


「……い~い湯だな」

人がちょっと物思いに耽っていればいきなりアホ猫が後ろを向いたまま歌いだした。
何だ? 合の手でも入れて欲しいのか?

「アハハン」

「い~い湯だな」

「アハハン」

「ロケッ~トお~っぱ~い 持て余すわ~たし♪」

「ブホッ!?」

まさかのクリティカル。
私と憂ちゃんのHPは一気に黄色へと変色し、酸素不足のステータス異常まで喰らってしまった
ああ……出ない……。 息が苦しくてツッコミが出せない……!
言いたい……。中野印のまな板女!と叫んで水風呂の中へ沈めたい……! ああ……もう……。


「んぐ……んぐ……んぐっ…………」

「…………」

「プハ~! もう最高っ!」

「……おい」

「あ、梓ちゃん……」

さすがに憂ちゃんもこれにはツッコミを入れたそうだったが、アホ猫がそれを察する様子は無い。

「天下一品! 甘さが絶妙! 変わらぬこの味! かわいいは正義!」

突然栄養ドリンクのCMの半ば辺りで入るようなナレーションの口調で叫びだす梓。



55 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:06:32.13 ID:IOd+VqaJ0

「身長急伸! 体質改善! タウリン配合! 西表山猫っ!」

それが……と揚々右手の瓶を掲げるアホ猫。

「風呂上りの友! イチゴ牛乳ううううううぅ!!!」
ガツン!!
「に゛ゃっ!!?」

拳一発 to 後頭部。

「コーヒー牛乳はどうしたあああああ!!」

あれだけコーヒー牛乳の魅力を私達に吹き込んでおいたにも拘らず、
何の躊躇いも無くイチゴ牛乳を買ってきて一気飲みを披露した梓。

おかげで何度も湯船に顔を突っ込まれながら
『現代コーヒー牛乳学』なる長時間講義を
受講させられた事への怒りが沸々と沸き上がってきて一気に爆発した。

「だって美味しそうだったんですもん!」

さも当然かの様に言うアホ猫。だがそうは問屋が卸さない。

「意志が弱すぎるだろ! そこは嘘でもコーヒーを牛乳買ってこいよ!」

更に続ける。

「おまけに何ださっきのキャッチフレーズは! 身長伸びたり苺違いだったり!」

「誇大広告はしてません!」

「じゃあそのピンクは山猫の血か!」

「違います! ヘモグロビンです!」

「血だろうが! それ血だろうがこのタコ!!」



56 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:12:29.71 ID:IOd+VqaJ0

そこで梓は犬歯を剥いて

「キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード!」

「あずさヴァンプじゃねえええええ!!」

急に真顔で

「怒鳴ってる秋山澪、蕩れ」

「次世代担ってんじゃねええええええぇぇ!!」

「み、澪さん……」

舌戦まがいの応酬合戦を繰り広げていた私と梓に、人差し指を鼻の前で立てる憂ちゃんが介入した。
その幼子を叱るようなジェスチャーでふと我に返り、
喧しい二つの声がフロア全体に響き渡っていたと気付く。

これはやってしまった……と思わず口を塞いだが、
どうやらこの施設内には、まだ私達以外の利用客が一人も入場していなかったらしく、
暇そうな従業員が遠巻きに見えるだけだった。

「公共の場で大声上げちゃいけませんよ?」

「お前の……!」

反射的にツッコミを入れようとする手と口をぐっと抑え、アホ猫をキッと睨む。
奴はそんな私の行動を見てニヤリと笑い、瓶を持つのと反対側の手でポケットをまさぐった。

「ほら、いいからマッサージ受けましょうよ」

そう言って手近なマッサージチェアに銀色の硬貨を放り込む梓。イチゴ牛乳のお釣りだろう。
アホ猫から三百円分の働きを要求され、すぐさまそれに応える従順なパートタイムチェアー。
梓は子供の様にぴょんとそれに飛び乗って肩腰背中あたりを鉄の指で刺激させだした。

「ほにいいいぃぃ…………。 キ モ チ イ イ デ ス ヨオオオオオォォオオオオォォォォ」

「何で宇宙人なんだよ……」

「梓ちゃん……目が恐いよ……」

「ウイモ ナカマ、トモダチ」



58 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:17:38.74 ID:IOd+VqaJ0

そう言って人差し指を憂ちゃんに伸ばすアホ猫。
それにたじろぎつつも律儀に応じようとする憂ちゃんを制し、肩を掴んでくるっと逆を向かせる。

「憂ちゃん、あいつに触ると自転車で空を飛んだり厄介な戦争に巻き込まれたりする事になるぞ。
 私達はあっちの畳ゾーンでお互いマッサージでもしよう」

「えっ? で、でも梓ちゃんが……」

「三人で行ってもどっちみち一人余るし、丁度いいだろ」

そう言ってさっさと歩きだす私達。だが当然梓も黙っていない。

「あ、あれ!? 私を置いて何処に行くつもりですか!? 宇宙戦争が起こりますよ!」

委ねたばかりのマッサージチェアから必死に身を起こそうとする数十分の雇い主。だが断る。

「後で起こしに来るからゆっくり寝てろ。今は平気でも後々身体が保たないぞ」

こいつの寝つきの良さは異常だ。あと五分もすれば夢の中で私の足でもぺろぺろ舐めていることだろう。

「私が痴漢に襲われたらどうするんですか~!」

そんな言葉聞くまでも無い。

「その痴漢にホテル代を渡すまでだ」

直後に返ってくる怨念めいた罵詈雑言を鮮やかにスルーし、私は憂ちゃんと共に畳ゾーンへと向かった。
安心しろ梓。この前ネットでモテ期診断したらもう三回全部終わってたじゃないか。
お前に手を出す物好きなんてこの地球上に居るかどうかも怪しいんだぞ? ゆっくり寝てろ。



59 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:23:04.13 ID:IOd+VqaJ0

「上手ですねぇ~……。練習でもしたんですか?」

マッサージ開始から五分。
既にとろんとした目と口調になってきている憂ちゃんが発した言葉がそれだ。

「高校時代よく律にやらされたんだよ。ドラムは全身運動で疲れるから労われ~!ってな」

「なるほど……。じゃあ律さんも澪さんにマッサージしたり……?」

「いや、させなかったよ」

即答だ。

「あれ? そうなんですか?」

「ああ……、だって……」

程良くくびれたウエストに当てていた手を外し、
時折アホ猫にしているようなセクシャルハラスメントを遂行する。

「こういう事をされたから……さ!」

その言葉と共にバストに伸びる十本の指。ムニュ、と指を押し返す程良い弾力が心地いい。

「ほわっ!?」

そういえば下着も汗で濡れていたから三人ともブラは着けて無かったんだよな。すっかり忘れていた。

「みみみみ澪さん!!? な、何してるんですかああああああああああぁ!」

必死に暴れて手を払い除けようとする華奢な身体の上に覆い被さり、
身動きを取れなくした上で耳たぶに唇を近付ける。

「やっぱり梓とは違うな。揉みごたえが違うよ」



61 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:28:26.30 ID:IOd+VqaJ0

ビクッ!と身体を震え上がらせてもぞもぞと体をくねらせる憂ちゃん。
随分と艶めかしい動きをするじゃないか。
何だか百合の気持ちが分からなくもない気分になって来た。

「ま、あいつのは揉む程ないけどな」

そう言ってその豊満な胸から手を離し、再びマッサージガールとしての役割に従事する。

「う……うぅ……」

私の突然の奇行に少し怯えた目をした憂ちゃんだったが、
私がこれ以上セクハラを続ける気がないと無いと悟ったのか黙って私の親指に身を委ねてきた。

「じゃあ次はシャツの下から直にやろうか? 脱いで」

「ほわっ!?」

再び飛び上がって身を捩ろうとする肩を笑って叩き、色の白い右腕を取って優しく揉み始めた。
疲れで固まった身体を労わるように、少しでもそこから力が抜けるように、気持ちも少しは解れるように。
そんな想いを少しだけ先行させ、ゆっくりと指圧を施して行く秋山流マッサージ。

「寝たくなったら寝ていいからな。九時前までには必ず起こす」

普段ならきっと「いえ……」と返ってくるであろう返事も、
徹夜明け&風呂上り直後のマッサージの状態ではフィルターが掛かったらしく
「はぃ……」と小さい呟きが畳に吸い込まれていっただけだった。

おやすみ、憂ちゃん。


マッサージ開始から約四十分。
淡い緑の畳の上には、ものの見事にぐったりとした憂ちゃんが寝転がっていた。

私はかつてドラマー専属のマッサージ師だったので
肩腕腰足を重点的に指圧するのが癖になっていたのだが、どうやらそれが当たりだったらしい。
デスクワークとキーボードタイプを生業の術とする私達OLにとって、
その四個所はまさに秘孔も同然。仕事帰りに肩に掛けるバッグの苦痛な事と言ったらないのだ。

そこを慣れた手つきで揉み解してやると、
憂ちゃんはまるで電池を抜かれたおもちゃの様にカクンと呼吸以外の動作を停止させたのだった。



62 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:33:43.92 ID:IOd+VqaJ0

「額に肉って書いときましょうか?」

「そんなことしたらお前の指を全部折る」

プクーと歩を膨らませるアホ猫。
結局マッサージチェアでは寝られなかったらしく、
二本目のイチゴ牛乳を片手に携えて今しがた畳ゾーンに参上したばかりだ。

そんなこいつが作る、極上物のふくれっ面。……可愛い。

「最近憂にばっかり優しすぎやしませんか? 私がツアーに行ってる時もあんまり電話くれなかったし」

「おーおー、妬いてんのか?」

膨れた頬を人差し指で押しながら問う。ぷにゅぷにゅとして気持ちいい。猫の肉球より断然気持ちいい。

「そんな事ありません!」

プイッと横を向いてそのまま憂ちゃんの隣に寝転がる梓。
仮にこの三人が本当の姉妹なら間違い無くこいつが三女だな。体格的にも性格的にも。
周りに人が居ないと自堕落になる長女、しっかり者の次女、着の身着のまま我儘三女。
何だか纏まりの無い三人だが、こうして見るとなかなか面白いじゃないか。

「おい梓、私にもイチゴ牛乳少しくれよ」

「嫌です! 欲しけりゃ自分で買って来て下さい!」

そう言って残り三分の一程が入った瓶を私から遠ざける梓。

「くれよ~」

私が少し近付けばそれに合わせて身体と瓶を遠ざけて逃げる。



63 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:38:51.19 ID:IOd+VqaJ0

「い~じゃんか~。減るもんでもないし」

「飲んでも減らない液体がありますか! 本当に国立出てるんですか!」

「ああ出てるとも。お前の隣のお嬢ちゃんは私よりレベルの高い国立を首席卒業だぞ~」

「憂はいいんです! 問題なのは先輩のおめでたい脳です!」

おっと、なかなか言うじゃないか。

「私にそんな事言っていいのかな梓ちゃ~ん?」
「な、何ですかその猫撫でご……に゛ゃっ!?」

身体を起こす暇を与えずにその小さな体に覆い被さり、
仰向けになった梓の両手首を片手で掴んで自由を奪う。

「では、いただきます」

そう言って、もう中身が残り少なくなった瓶を取り上げ、
梓に見せつける様わざとゆ~っくり口の前へと持って行く。

「ど、泥棒!」

「そうです私は泥棒です。だからこの瓶の中身も盗んでみせましょう」

「飲んじゃダメです~! 私のイチゴ牛乳~!」

足をバタつかせて必死に抵抗する梓。だが、そんな小さく軟弱な体で私に抗おうなどとは片腹痛い。
日頃の不摂生と運動不足が祟って若干ウエイトオーバー気味な私の身体を
跳ね退けようなどとは考えるだけ無駄なのだ。

「じゃあ澪おねぇたん大ちゅき~!って感情たっぷり込めて言ったら返してやるぞ」

「なっ……! 何ですかそれ! 気持ち悪いです! キモいじゃ無くて気持ち悪いです!」

「じゃ、いただきま~す」

「ああ! わ、分かりました! 言います! 言えばいいんでしょ!?」



65 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:44:00.82 ID:IOd+VqaJ0

遂に観念したかアホ猫め。最初から素直に従っていればいいんだ。

「萌え萌え~な感じで頼むぞ」

一瞬あからさまに軽蔑の眼差しを向けてきたアホ猫ではあったが、
この状況の悪さに屈したのか小さく首肯した。

「はいじゃあ三、二、一、キュー!」

「えりぃ~、小浜島はいいところさぁ~」
ガツン!!
「に゛ゃっ!!」

頭突き一発 to 額。

「誰がちゅらさんのおばあちゃんのモノマネやれって言ったんだよ!
 お前はいっつもネタのチョイスが微妙すぎだ!」

「これしか浮かばなかったんだから仕方ないじゃないですか!
 それに澪おねぇたんって何ですか澪おねぇたんって! 鏡の前で一人でやってて下さい!」

「そんな変態が何処に居るってんだ!」

「先輩は十分変態です!」

「な、なんだと~!!」

やんややんやと繰り広げられる何て事の無い応酬劇。
それが終わった後、結局私達は畳の上に川の字を作って仲良く眠り耽っていたそうだ。
携帯のアラームに気付いた従業員のお姉さんが私達を揺すって起こしてくれたのが九時前十分。
寝起き最悪の私を丁寧に起こしてくれたお姉さんに回らない頭をフル回転させて礼を言い、
隣で寝ている可愛い可愛い憂ちゃんを優しく起した。

それから続けてアホ猫を起こそうとしたのだが、
こいつがまた頬を叩いても胸を揉んでもまるで起きやしない。
見かねた憂ちゃんが優しく身体を揺すったり耳元でアラームを鳴らしてみてもまるで駄目。

それどころかこのアホ猫は寝言で
「おっぱい星人澪たん!」という何ともふざけた夢の中に居る事を自己申告しやがった。

結果、その言葉でトランスモードに入った私こと
おっぱい星人澪たんが奴の鼻の中にイチゴ牛乳を投入し、
ヨガとブレイクダンスを併せた様な奇妙なのた打ち回りを見せ起床したアホ猫の姿を
二人して鑑賞する事と相成ったわけだ。

鼻から牛乳を地で行く何とも言えない姿に腹を抱えて爆笑し、
それを受け人目も憚らず泣き出しそうになった梓を全力で慰めつつ、
そこであまり時間が無い事に気付き、私達は後一回を惜しみつつ銭湯を後にする事にしたのだった。



67 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 22:49:03.80 ID:IOd+VqaJ0

梓と別れ、憂ちゃんと二人のタクシーの中。
憂ちゃんはもう完全に酔いが醒めたようで、顔色も完全にいつも通りだった。
これから彼女は姉と婚約者の婚姻届提出に立ち合い、その足で結婚式の会場に入る事となっている。

赤い屋根のかわいいチャペルがある街一番のホテルが会場なのだが、
よくもまあそんな立派な所を会場にしたものだ。
人気で予約が取れないなんて噂を聞いた事があるし、
ああいう所は本当に金が掛かるというのも知っている。

「そこを右で」

タクシーの運転手に指示を出す憂ちゃん。
その顔を見る限りもう式に出るのを嫌がってはいないようだ。
よかった、本当に。……と、そんな事を思っていた時だった

「澪さん、澪さんには結婚願望ってありますか?」

思わず手に持ったコーヒーを零しそうになった。
何なんだいきなりその質問は? ……まあ別にいいけど。

「ん~……今の所は無いかな。憂ちゃんは?」

「私も無いです」

実にさっぱりと応える憂ちゃん。

「何て言うか……興味が湧かないんです。今は仕事が楽しいし」

そう言えば昨夜ムギもそんな事を言っていたな。
憂ちゃんは意外とエリート思考なのかもしれない。
確かに私を置いてさっさと出世して行きそうな気がするな。
まあ四月からは私が二階級分上の上司になるんだから、まだまだ抜かされそうにはないが。

「正直、澪さんもあんまり結婚に興味とかないんだろうなって思ってました」

ほう? 何でだろうな。

「あんまりそういう話はした事が無かったけど、
 どんなにいい男の人がアプローチして来ても澪さん全々相手にもしてませんでしたし。
 恋愛も面倒くさがってるのかなって」



68 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 23:01:08.79 ID:IOd+VqaJ0

…………。

「はい?」

飲もうとしたコーヒーを元の位置に戻して問い直す。

「わ、私にアプローチ?! だ、誰が……?」

その言葉に目を見開く憂ちゃん。何か地雷でも踏んだか?

「うちの会社の人達ですよ? 澪さん散々食事に誘われたり飲みに呼ばれたりしてたじゃないですか!」

…………。

「……ええっ!?」

う……嘘だろ?

「あ……あれ、アプローチだったのか!? そういう意味で誘ってたのか!?」

その言葉にポカーンと口を開いて呆然となる憂ちゃん。やがて、数回瞬きをし

「ま、まさか気付いてなかったんですか!?
 うちの会社、澪さんに相手にもされなかったってヘコんでる人達で溢れてるんですよ!」

「えええええええええぇぇ!!?」

そんなの初耳もいい所だ。
今度結婚する課長が陰でモテにモテているというのは知っていたが、
私の噂なんて給湯室ですら聞いた事が無かったぞ?

「だから恋愛や結婚に興味なんて無いと思ってたのに……」



70 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 23:07:14.92 ID:IOd+VqaJ0

いや……確かに興味は無かったけど、それは私なんかを相手にする人が居ないと思ってたからで……。

「じゃあ……私、気付かない内にフッてた人達が居たって事か………?」

信じられないと言った目で私を見つつ、コクコク頷く憂ちゃん。

「ち……ちなみにその人数は……」

言い辛そうに顔を背け、何処となく申し訳なさそうな口調で憂ちゃんは答えた。

「私の知る限りでは……指の数じゃ足りません」

「じゅ、十!?」

「いえ……足も込みです」

「二十?!!」

何だ二十って? 成人か? 人が成るのか? ……いや、成っちゃいない。何も成就していないぞ?

「ほ、本当に一つも覚えが無いぞ? 何かの間違いじゃないのか?」

そう言う私に、一つ一つ細かく人物とアプローチ方法を伝えて来る憂ちゃん。
それが何とまあ全部身に覚えのある話で、
あんなのがアプローチだなんて思いもしなかったというのが本音だ。

しかもその中にはカッコいいなと思いつつ
先日よその班の女性社員と職場結婚した男性社員まで居るじゃないか。
確かにレストランで食事をしないかと何回か誘われた事はあったが、
堅苦しいのが嫌なので全て断っていたのだ。
……あれがアプローチ? 嘘だろ?

「男性が週末に食事に誘うなんて言ったら普通デートの申し込みですよ……」

「そ、そうなの……か?」

「そこからですか!?」



73 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 23:24:01.87 ID:IOd+VqaJ0

ダメだ……。あの憂ちゃんが頭を抱えてしまった。
恐らくだが私は余程重症なのだろう。おまけに自覚症状まで無いときたもんだ。
……私、ひょっとしたら本当にヤバいんじゃないのか?

「澪さん……よかったら今度お祓い行きますか?」
ベシッ!
「あぅ!」

張り手一発 to 額。

反射的にとはいえ初めて憂ちゃんにツッコミを入れてしまった。
梓より音が響かないのはきっと中身がぎっしり詰まっているからなのだろう。

「だ、だってもう悪霊が憑いてるとしか……!」
ベシッ!
「あぅぅ!」
2combos!
「で、でもこのままじゃ負けぐ」
ベシッ!
「あぅぅぅ!」
3combos!

……非常に悲しくなってきた。どうしよう……泣きそうだ。

「憂ちゃん……この話は今後封印な?」

「で、でも……」

「封印な?」

私から邪な何かを感じたのか、憂ちゃんは慌てて首を四回振った。



74 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 23:29:14.18 ID:IOd+VqaJ0

「あ……こ、ここです!」

必死にそう叫ぶ憂ちゃん。
何事かと思って窓の外に目をやれば、私達の乗ったタクシーはもう平沢宅の前まで来ていたのだった。
慌てて鞄から財布を取り出そうとする憂ちゃんを制し、さっさと降りる様促す。
後輩にタクシー代を出させる程私は小さな人間では無い。……本当だぞ?

「ありがとうございます。じゃあ……また後で!」

タクシーから降り、去り際にそう残して家に飛び込んで行った憂ちゃん。
今日は何かと大変な一日になるだろう。頑張って欲しいものだ。

……でもよかった。一時はどうなる事かと思ったが、
これで親族席に穴が空く様な事は無さそうだ。
「また後で」という言葉に決して偽りは無いだろう。
良かったな、唯。

「お姉さんお姉さん」

ん?

「お姉さんみたいなべっぴんさんがモテない訳無いでしょうが。
 どう? うちの息子の嫁に来ない? 一応東京で国家公務員やってんだけどさ」

どうやらがっつりと話を聞いていたようだ。運転手が軽くジョークを飛ばしてくる。

「最近は不景気で結婚資金も溜まらない人が多いっていうからねぇ。
 うちの息子は仕事仕事で金はあるけど嫁さんもらいそこねたってんだよ。
 息子の老後が安定してるってのはいいけど、私も女房も孫の顔が見たくてねぇ……」

そう言い、赤信号でブレーキを踏む運転手さん。その口調には何処となく哀愁が漂っている。

「いいもんだよ、結婚ってのはさ。姉さんも今は仕事をしたらいい。
 でも、結婚したくなったら結婚したらいいさ。私は結婚してよかったって思ってるよ。
 最近は女房と飲む時間が一番楽しいんだ。後は孫が居ればもっと嬉しいね」

そこで運転手さんは振り返り

「どう? 息子の嫁に来るかい?」



75 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 23:34:38.75 ID:IOd+VqaJ0

そう言ってまたフロントガラスの方へと向き直った。
依然信号は赤、車内に響くのは大きな大きな笑い声。

「まあ、考えときますね」

「おう、よろしくぅ!」

そう言ってギアを入れる運転手さん。何だかとても楽しそうだ。

現在時刻は九時十五分。帰って洗濯でもして、時間になるまでゆっくりするか。

まだ少しある式までの時間。
始まりの鐘がこの街に響き渡るまで昨夜話題に上がった高校時代のアルバムでも見ておくとしよう。
まだ壮大な夢を描きながら生きていたあの頃の私達が収まった、皮の表紙のアルバムを。



76 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 23:39:54.45 ID:IOd+VqaJ0

おいおい……と思いつつ、私は溜息混じりにここまで送ってくれた父親の車を降りた。
手を振ってその白のセダンを見送り、足早に集団の元へと駆け寄る。

「また私が最後か。社長出勤で悪いね」

「遅い! 罰金!!」
ガツン!!
「に゛ゃっ!!」

手刀一発 to 脊椎。

「まだ時間にもなってないだろうが!これで罰金になるなら断固抗議する!」

「団長命令に背く奴は罰金五割ま」
ガツン!!
「に゛ゃあああ!!」

拳一発 to 前頭葉。

「生憎私は偉そうに振る舞う奴が嫌いでね。罰金なんて言葉聞いただけで胸くそ悪い」

「そんな汚い言葉使ってると婚期が遅れま」
ドゴッ!!
「かはぁ……っ!」

蛇拳一発 to 鳩尾。悪の陰謀は潰え去った。

「い……いつもは婚期なんて気にしてないのに……」

「梓ちゃん、さすがにタイミングが悪いわよ」

「そうだぞ。澪はデリケートなんだから」



77 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 23:45:01.69 ID:IOd+VqaJ0

そう言って梓を抱き止めるのは昨夜酒の席を共にしたムギ律コンビだ。
元々美人無二人がそれはそれは素敵なドレスをお召しになっていやがる。絵になるな。本当に。

ムギは見たまんまの女若社長スタイル。
どんなジャンルのパーティーにでも今すぐ出席できそうだ。
身に着けている宝石の数々は自身が掲げるブランドの品だろう。
首から下げた青のネックレスが一際輝いている。

そして律はムギとは趣の違う、まさしく若い人向け用といったシックなドレスを身に纏っていた。
ベースの色が黒なのでラインが締まって見え、スタイルのいいこいつにはぴったりな召し物だと思う。
髪も美容室でセットしてもらったのだろう。仲間内という贔屓目抜きにしても見ても本当に可愛い。

「みんな似合ってるな~。本当に綺麗だ」

「そうかしら? でも澪ちゃんが言うなら間違いないわね。嬉しいわ」

「私のはレンタルなんだけどな。しかもワンサイズ下のヤツ。入ったのが奇跡だよ」

「ま、なんだかん」

「ただし梓、テメーはダメだ!!」

「えええええぇぇ!?」

まさかのダメ出しにたじろぐ梓。
勿論冗談なのだが、その眼にはジワーッと涙のような物が浮かんで来る。

「い……一生懸命選んだのに……」

その姿を見てすかさず入るツッコミ。

「お……おいおい、真に受けるなよ梓」

「そうよ梓ちゃん。澪ちゃんが梓ちゃんの事そんな風に思う訳無いじゃない」

まあそうなのだが、普通に褒めるとつけ上がるので敢えて褒めないようにしているのだ。
もちろん梓もそれを分かってやっている。
だから正直先の二人のツッコミは要らなかった。いわば蛇足だ。

私と梓の間にある『言わずともがな』の専用シックスセンス。
そこに入って来れる者など居ないし要らない。
実際今だって舌を出してウインクしてくるアホ猫を見て
私が思っている事を梓はちゃんと理解しているだろう。
私がこの中で一番可愛いと思っているのは、他ならぬ梓だという事をだ。



79 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 23:50:12.32 ID:IOd+VqaJ0

「そういえば和と先生は?」

和は同級生で、当時の生徒会長だった優等生だ。本日の主役、唯の幼馴染でもある。
そして先生とは我らが軽音部の顧問にして私の三年時の担任、山中先生の事だ。
私は下の名前でさわ子先生と呼んでいるが、律や唯は愛を込めてさわちゃんと呼んでいる。
肝心の上の名前が変わる予定は……まだ無い。

「和は唯の所。さわちゃんは化粧中だよ。バッチリ決まってたけどまだまだ塗り直すんだってさ」

それを聞いて梓が呟く。

「まあ結婚式は出会いの場でもありますしね。
 幸せそうな新郎新婦の姿を見て「次は自分の番だ!」なんて思う人間も多いみたいです」

「じゃあさわちゃん……それを狙ってるのか?」

「恐らくは……。さっきの化粧も本気と書いてマジモードでしたし……」

「ああ……確かに……」

「ブーケが血で濡れなきゃいいですけど……」

本当にそうなりそうで怖いな……なんて思わせる先生はある意味本気で凄いと思う。
決して尊敬できる事では無いのが残念だが。

「ま、それはさておき……受付に行くか」

「そうだな。……あ」

全員が歩き出そうとした瞬間、私はある事を思い出してそれを制した。
結構重要な問題なんだよな……。

「みんな……ちょっと寄って」

頭の上にクエッションマ-クを浮かべつつも、全員がそれに従ってくれる。
そして四つの頭が寄った所で私はその何とも小っ恥ずかしい質問を小声で飛ばした。

「ご祝儀……いくら包んだ?」



80 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/13(火) 23:55:29.33 ID:IOd+VqaJ0

全員が目をパチクリさせて私を見ている。まあそれもそうだ。
こんな質問、式の直前にするべきではないのは重々承知。

だが……正直私はこういう場に参加するのが初めてで、右も左も分からないのだ。
自分だけ素っ頓狂な額のご祝儀を包むというのは後々良くないだろうし、
そうなっては流石に今後唯と顔を合わせ辛くなる。

なので私はまだ祝儀袋の糊づけをしていなかったのだ。
一応下調べはしてきたが、みんなの意見を聞いて最終決定をしようという
何とも人任せな情けない魂胆を持つ私。

まあ、端折って言えば恥を掻くなら相手は身内の方がいいという事なのだ。
赤の他人に笑われたりするより千倍マシ。それに、相手がこのメンバーなら尚更である

「一応五万用意したんだ。ネットで調べたら親友でも一万が相場って言うんだけど、
 私達って職業もバラバラで正直給料も同世代の平均よりは安くないだろ?
 まして親友の結婚なんだから五万くらい包むかな……と思って」

あくまでしようもない憶測だったのだが、
それについて各自が各々の意見を答えてくれる。最初は梓だった。

「私、五万包みましたよ。正直澪先輩がその位包むだろうと思ってそうしました」

流石はアホ猫。私の思考を読む事に関して右に出る者はいないな。

「私も。前々から溜めてたヘソクリが十万あってさ、
 この際だからって五万包んで残りは飛行機代に当てたよ。
 みんなが五万くらい包むんじゃないかと思ってさ。ムギは?」

「同じ。唯ちゃんの旦那さん私のお店で婚約指輪と結婚指輪買ってくれたし、
 流石に一万とかじゃ気が引けたから……」

じゃあ……

「……五万で良かったんだよ……な?」

全員が頷き、私も思わず安堵の溜め息を漏らす。
金の問題では無い。これはあくまで気持ちの問題なのだ。

「普通に考えたら多分五万はめちゃくちゃ多いですけど、
 先輩の言う通り私職業が職業ですからね……。
 ミュージシャンは夢を売る商売ですから見栄を張ってでも少なくは見積もれません」

「私ちょっとキツかったけどな。
 まあ身近に結婚しそうなのも居ないし、ちゃんと貯金もあるから大丈夫だ」

「同じく。貯金は大事よね」



81 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:01:29.42 ID:lbnm/+LS0

そう、貯金は大事。私も毎月給料の半分以上を貯金に回しているので
それなりの額が口座内には溜まっているのだが、
それでもムギと梓に比べれば月とスッポンほど違うだろう。

一新鋭企業のワンマン社長と、
事務所の幹部一同から寵愛を受けて度々ボーナスを貰うスーパーミュージシャン。

後者に於いては音楽のみの年収が三年前の実に十五倍と言うから凄まじい出世具合だ。
我ながら実に変な方向にコネクションを持っているものだと今更思う。

「よし、じゃあ全員ご祝儀の準備も出来た事だし、今度こそ行くか」

「そうね、行きましょう」

そう言って歩き出す一同。チャペルはこのホテル内の敷地内でも本館から少し離れた所にあるのだ。
少し歩く事になるが、この寒空の下では多少身体を動かすくらいが心地いい。

それにしても……今日の予想最高気温は十度くらいだったか?
だとしたらおかしいな。いくら薄曇りとはいえ、
電光掲示板が三度を示しているというのは一体どういう事なのだろうか?
そう心の中で呟きながら白い息を飛ばしていた時、梓がスッと隣に身を寄せてきた。

「澪先輩、お酒は控えて下さいね。あんまり酔うとみっとも無いですから」

何だ? いきなり後輩に説教され始めたぞ?

「私が一度でもお前の前でべろんべろんになった事があったか?」

「無いからですよ」

……はい?

「あまり酔った事も無い上に始めての結婚式で場の空気に馴染めず、
 アルコールで気を紛らそうとして失敗&暴走……なんて事結構あるんですよ?」

「ほう、成程ね。有り難く受け取っておこうか。
 逆にお前が酔ったら私が瀬戸内海まで捨てに行くから安心しとけ」

「ひどっ! せっかくアドバイスしたのに!」

「タコとかも住んでるねん」

「激しくデジャヴ!」

それもそうだ。ものの数時間前にしたやりとりなのだからな。
既視感が無ければ逆に記憶力を疑うレベルだ。
お互いまだ二十代半ば。女は……これからだ。



82 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:06:55.61 ID:lbnm/+LS0

「凄いですね……」

チャペルの荘厳かつ静謐高貴な内装に見蕩れる梓の隣。
私はもう直前となった式の開始に何故か意味も無く緊張し、
初めて渋谷のスクランブル交差点に来た地方出身者のような挙動不審の態度をとってしまっていた。

ドラマの中でしか見た事のない、男女が永遠を誓う為の洋風施設。
その想像の右斜め上を行くあまりの迫力に呆気なく飲まれた迷える子羊……私。
ああ主よ……私は朧気ながら仏教徒だった気がしますが、
そんな小さい事は気にせずにどうか救い給え清め給え……。

「……って先輩、さっきから何をブツブツ呟いてるんですか?」

平然と場の空気に馴染んでいる梓が羨ましくて堪らない。
こいつ……流石に肝が座っているな。……いや、私がおかしいだけか。

「い、いやさ……思ってたより数段凄くって……」

何だか冷や汗が額に滲んでくる。化粧が崩れなければいいが……。

「ああ、まあ最初はそういう人も多いですから。気にせず楽しめばいいんですよ」

これまた平然と言い放つ梓。まあ結婚式位でここまで緊張する人間も珍しいのだろう。
一見私の事を窘めてくれているように見えるが、実は若干小バカにしている感じがしないでもない。
まあ今の私にそれを分析する余裕などありはしないので別にどうでもいいのだが。

「あ、司会の人が出て来ましたよ」

ハッとして前方に目をやる。
さっきまではマイクスタンドしか立っていなかった場所にピシッと礼服で決めた男性が立っていた。
何処と無く見覚えのある顔だな。うろ覚えだが……こちらの地方アナウンサーだったか?
その後ろには五名の同じ服装をした若い女性達。いわいる聖歌隊というやつだろう。
一人は手にしている楽譜の色が違うのでオルガンの奏者と見られる。

「へぇ……讃美歌でも歌うのかな?」

最後に厳かな正装に身を包んだ司祭。碧い目の見違う事無き外国人だ。
外国の方は年齢より老けて見られる事が多いらしいが、この司祭さんの場合見た目は六十過ぎて見える。

こういういわいる聖職と呼ばれる仕事に従事されている方は今迄何人か見た事があるが、
やはり一様に雰囲気が違って感じられるのは気のせいでは無いだろう。
すーっと吸い込まれてしまいそうな優しい目。あんな目を普通の人間が持つ事などありはしない。
きっと積年の功と弛まぬ施得があの目を作るのだろう。……私には一生縁遠い物に感じるな。



84 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:12:02.23 ID:lbnm/+LS0

「始まるみたいですね」

梓のその言葉と共に聖歌隊と神父さんが所定の位置に歩を進めた。
ただそれだけで場の空気がキュッと締まる。
何処となくこの場に介した一同の緊張感が一体となっていく感じだ。

数秒前まで耳に入って来ていた微弱なノイズのようなザワつきが完全に沈静化し、
それを合図にマイクスタンドの前に立っていた男性が慇懃かつ軽やかな口調で式の開始を告げる。

至極常套的であろう滑り出しを経由し、丁重かつおこがましくない口調で連ねられる言葉達。
そこに気の利いた些細なジョークで笑いを一つ取り、
最後に今日が特別な日になるようにと祈りの言葉で挨拶を結んで頭を下げた司会の男性に拍手が起こる。

それに再度一礼し朗らかな笑顔を見せた男性は、
早速この式に於ける一連の流れとプログラムを手元の紙で確認しつつ、すらすらと伝え上げた。

羨ましい。いくら本職の為せる業とはいえ、
あれだけの話術を体得出来るセンスを私も手にしてみたいものだ。
努力だけでは敵わないものが世の中には絶対にある。それに嫉妬するのが人間だ。
そんな私は彼のトーク力に一営業ウーマンとして多大な羨望を覚えた。……そう、嫉妬である。

『それでは大変長らくお待たせいたしました。
 後方扉より素敵なご新郎、ご新婦様の入場でございます。皆様、どうぞ拍手でお迎え下さい!』

その言葉を合図に場内にはオルガンの音が鳴り響いた。
この音色は私のようななんちゃって仏教徒でもどこか神聖な気分にさせる。

そしてそのオルガンで奏でられたのは
テレビで結婚に関する話題の時によくBGMとして使用される、百人に聞けば百人が知っている曲だった。
曲名までは流石に分からないが、結婚行進曲でない事くらいは分かる。

何はともあれその曲のお陰で一気に盛り上がった場内の一同は、
今か今かとその扉が開かれるのを待ち侘びた。
家族、親戚、友人、同僚、知り合い、その他。
各方面から集った約二百名の人間全てが一様に手を叩く準備をしてその時を待つ。

その歓喜の瞬間の号砲を鳴らす役割を負っているであろう
二名のスタッフがゆっくりと扉の前に歩み寄り、金の壮麗な取っ手に手を掛けた。
気品溢れる厳かなその所作に場内中の注目が集まり、
私の胸もこの上なく高鳴る。場内にゆっくりと広がって行く祝福のムード。
そしてそれが最高潮に達したのは、オルガンの奏でる曲が二拍の休止を挟んで再度頭から鳴らされた時だ。

寸分のズレも無く白い扉が開かれる。



85 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:17:27.87 ID:lbnm/+LS0

その向こうに立っていたのは、
きっとこの日を迎えられた意味を何よりも尊く感じているであろう一組の夫婦だった。
二人を優しく迎え入れる為の拍手が大音量で巻き起こる。
もちろん私もそれに倣い、出来るだけ大きな音で両手を打ち鳴らす。

場内の温かい空気に安堵したのか
本日の主役二名は互いの顔を見合わせて笑顔で頷き合い、
再び前を向いて深々と一礼をした。

オルガンをかき消す程のボリュームで鳴る拍手をBGMに、
スタッフに促されてゆっくりと場内に入ってくる二人。

新婦をリードしながら歩を進める新郎。
その新郎の腕にしっかりと手を回し、まるで縋るかのように歩を共にする新婦。
……さっきの笑顔は何処へやら。新婦の頬には早くも透明な粒が伝っていた。

「……綺麗」

茫然として目を奪われている梓の言う通りだ。
今世界で一番綺麗な女性。それは、この平沢唯を置いて他に居ないだろう。
……あ、名字が変わったからもう平沢じゃないのか。

……………………。

まあいいや。


拍手が止んだ場内。しゃくり上げる新婦が泣き止むのを待ち、司会はプログラムを進行させた。
讃美歌の斉唱、司祭による聖書の朗読祈祷。
正直ここら辺は私だけでは無く会場中が置いてけぼりだった。まあこんな物なのだろうか。

洋式の結婚式なので本来ならここが最重要部分だというのは朧気ながらに分かったのだが、
司祭の口から流れ出るありがたい英文を皆あからさまにスルーしている。

……いや、言葉が悪かったな。皆聞こうとはしているのだ。
ただ、あまりに発音がネイティブな為に誰一人として聞き取れる物が居ないだけ。
あと、この後に来るプログラムの方がやはり楽しみで仕方が無いというのもあるだろう。

『では、結婚の誓いでございます』

司会の男性がこの誓いがどういうものなのかをさっと説明する。
あくまで概要的な話なので私はいまいち理解出来ず、
思わず首を傾げているところに梓が耳打ちをしてきた。

「健やかなる時も病める時も~ってヤツですよ。結構いい言葉ですよ」

背伸びまでして律儀な事だ。ありがたいね、まったく。



86 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:22:39.82 ID:lbnm/+LS0

「なるほどな」

そう言い梓の口から耳を離すと、タイミング良く司祭がそれを述べ始めた。
咳払いをし、カタコトの日本語で新郎に問う。

「アナタハ、ユイヲツマトシ、トメルトキモマズシイトキモ、スコヤカナルトキモヤメルトキモ、
 シガフタリヲワカツマデ、ショウガイ、カノジョヲ、アイスコトヲ、チカイマスカ?」

その問いに首肯はせず、言葉のみで返す新郎。

「はい、誓います」

柔和な口調の中に感じられる確固たる信念。
新郎新婦はこちらに背を向けているので表情を伺い知る事は出来ないが、
きっと今この瞬間が彼の人生で一番カッコいい時なのであろう。
隣で赤くなっている唯を見ればすぐ分かる。
……まあ、少しは羨ましく感じないでもないな。

「アナタハ、マサオヲオットトシ、トメルトキモマズシイトキモ、スコヤカナルトキモヤメルトキモ、
 シガフタリヲワカツマデ、ショウガイ、カレヲ、アイスコトヲ、チカイマスカ?」

こちらはコクリと一回頷き、少し言葉を震わせながら答える。

「はい、誓います」

司祭はその言葉の後二人を交互に見て、
この誓いによって契られたこの先の長い生涯を心から祝福するように微笑んだ。

「ユビワヲ」

その言葉を合図に運ばれてきた指輪の乗ったトレイを司祭が受け取り、
まずは新郎が指輪を取るよう促される。

新郎はトレイからシルバーのリングを取り、
数歩先に居る唯に歩み寄ると少し微笑んでスッと左手を取った。



87 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:27:49.71 ID:lbnm/+LS0

「いいなぁ……」

隣から聞こえた小さな声。
そのあまりに可愛い梓のぼやきに思わず笑いそうになったのを堪え、
私はその小さな手を覆うよう掌を重ねた。梓もそれを拒む事は無く、小さく息を吐いて前を見続ける。

そして梓が溜息のようなものを吐いたその瞬間、
唯の左手薬指には大きな大きなシルバーのマリッジリングがはめられたのだった。
……唯の奴、また泣きそうな顔になってる。

「アナタノバンデス」

司祭にそう促され、頷きはするもののなかなか指輪に手を伸ばす事が出来ない唯。
それでも必死に涙を堪えながら司祭に歩み寄る姿は、
何故かは分からないれけど私の目頭まで少し熱くさせた。

「ガンバッテ」

私の耳にまでは入らなかったが、口の動きで司祭がそう言ったのが分かる。
その顔には相変わらず祝福の微笑みが浮かんでいて、
優しい優しい……孫を見るかのような目が唯を見据えていた。
唯もその目に気付いたのか、司祭に向かってコクリと頷き、
大きく息を吐いて徐に指輪へと手を伸ばした。

自身の左手薬指で光を放つリングと同型異大のそれを差し出されたトレイから受け取り、
新郎の前に歩み寄って立ち止まり、そっと新郎の左手を取る。
そして一度だけチラと新郎の顔を見て再び目線を手に落とし、
おずおずと慣れない手つきで指輪をはめた。

新郎は新婦だけを、新婦は新郎だけをそれぞれ見つめ、
今度は司祭に促されるでもなく新郎が薄いベールを脱がせる。

果たしてこの数秒がこれからの二人にとってどれだけ尊いものなのか。
そして、それを見届ける事が出来るのが一体どれだけ幸せな事なのか。
それは、言葉などではどれだけの量を用いたとしても決して語り尽くすことの出来ない、
今この瞬間だけの特別な……本当に特別な出来事。

その距離が徐々に狭まって行く。きっと互いに同じ事を思い、同じ事を感じているのだろう。
そんな他の誰もが知りえない二人だけのを感情私が勝手に想像した時、

生涯を共にする誓いをしたばかりのその二人は

ゆっくり……ゆっくりキスをした。



89 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:33:07.04 ID:lbnm/+LS0

「なあ……ライスシャワーって何の為にするんだ?」

チャペルの外で新郎新婦にかけまくった大量の米が地面に散らばっているのを見つつ、
そう問った私を梓は冷ややかな目で見た。

「先輩……こと結婚に関する話になると本当に無知になりますよね?」

「うっさい」

実に的確な指摘なのだが、認めてしまうのも何だか癪なので
濁して答えを促す。知らないものは知らないんだ。

「あくまで受け売りなんですけど……
 欧米ではお米という物が豊潤な恵みと子孫繁栄の象徴とされているとかで、
 それを新郎新婦に投げることによって幸せを願うんだそうです」

ほぉ、なるほどなるほど。

「じゃあアレだな。お節のカズノコみたいな感覚でいいって事か」

「え゛え゛っ!?」

梓が凝然として私の顔を見る。何だ何だ? いい喩えじゃないか。

「せ、先輩……。
 何でそんなロマンの欠片も無い発想しかできないんですか? 私達うら若き乙女ですよ!」

物凄く悲しい目で私に蔑みの視線を送ってくる梓。
そんな表情を向けられるような事をした覚えは無いのだが……。

「だってそうじゃないか。カズノコだって正月料理に入ってるのは
 子宝に恵まれるようにって意味を含んでるからだろ?
 だったらカズノコもライスシャワーも変わらないさ。あ、カズノコ食べたくなってきたな」

自信満々に考案したばかりの持論を展開しつつ、先月食べたばかりのお節に想いを馳せる私。
だがそんな私に向けられたのは、あからさまに侮蔑に塗れた悲しい視線だった。
送り主はもちろん梓。それも速達だった。

「どうかしたのか二人とも? なんか固まってるけど」

「り、律先輩!」



90 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:38:21.12 ID:lbnm/+LS0

突如背後から現れたその人物に縋りつき、捲くし立てるように言葉を紡ぐ梓。

「あなたの幼馴染の価値観はどうなってるんですか!
 式を終えたばかりのアツアツな二人に向かって鰊の卵を投げつけようとしてるんですよ!
 犯罪です……、これはもう犯罪なんです!」

なん……だと……?

「そ、そんなこと言ってないだろ!
 ライスシャワーの子孫繁栄でカズノコ感覚の正月料理って言ってるだけじゃないか!」

「は、はぁ? お前達何言ってるんだ? とにかく落ち着けよ……」

これまたあからさまな困惑顔で私と梓を窘めに入る律。今日はまだ酔って無いぞ?

「だって澪先輩が!」

「梓が私の事を!」

はいはい……と仰々しく両手を広げてみせ、
律は私と梓の首根っこを掴んで何やら人が集っている方へと歩き出した。

「わっ! な、何ですか!」

「は、離せ! 何処に連れてくんだよ!」

「いいから黙ってろアホ姉妹」」

そこで律は大きく白い溜息を一つ虚空へ吐き出した。
一応日光が降り注いでいるとはいえ、
それは一度薄雲のフィルターを通してある為熱は完全に奪われている。
なので今肌に触れているのは紫外線たっぷりの温かくも無い美肌殺人光線に他ならないのだ。

電光掲示板の表示は六度。今日は放射冷却感謝デーらしい。
……まあ放射冷却に関しては名称と存在しか知らないので、
先の表現が間違っていても苦情は一切受け付けない。……一切だ

「あっ! 澪ちゃ~ん! あずにゃ~ん! りっちゃんも~!」

そこで律は私達から手を離し、その声を飛ばしてきた階段上の人物へ手を振って去って行った。
声を飛ばしてきたのは真っ赤に腫らした目をした花嫁。そう、今しがた式を終えたばかりの唯である。

その唯の手に握られているのは綺麗な花束。
花嫁が放り、受け取った女性が次の幸せを得られるとされている幸運の素。そう、ブーケだ。



91 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:43:42.82 ID:lbnm/+LS0

「げっ……」

ブーケを何とか手中に収めようとするやや殺伐とした雰囲気の女性達の輪。
そしてその輪に向かって無邪気に戦の火種を撒こうとしている狂気の花嫁。
形容しがたい修羅の香りに、私と梓は思わず竦み上がった。

「な……何やねんこの空気! みんな顔が東京もんみたいになっとるで!」

「地獄や……! わてら地獄に送り込まれてもうたんや……!」

「な、なんでや! わてらそないな悪どい事してへんで!」

「知らんわ! せやけど……せやけどここは……地獄や!」

この世にも恐ろしい危険地帯へと私と梓を赴かせた閻魔野郎律が遠くでムギと笑っているのが見える。
こちらに向けて突き上げられる二つの拳。何だそれ?頑張れって事か?

「わ……私、ブーケなんて欲しくないぞ! 結婚なんてもうちょっと先でいい!」

「私もですよ! まだまだ気ままなミュージシャンライフをエンジョイしたいのに!」

だがその私達の懇願は天まで届く事は無く、蜘蛛の糸が垂れてくるなんて事はもっと無く、
その代わりに唯がゆっくりこちらに背を向けたのだった。

「行っくよ~!!」

その言葉から約二秒後、
一旦身体を前屈みに曲げて助走をつけた唯の手から
鮮やかにも程がある純白のブーケが空高く放たれたのだった。

MLB選手の放つスリーポイントシュートの様に綺麗な放物線を描くそれが薄曇りの空に映える。
意外と重みがあるのだろうか? 結構な距離を稼ぎつつブーケは人々の輪の頭上を……ってオイ!?

「ええええええぇぇ!?」

……来る。
ブーケの描く放物線は、どう計算したって間違い無く私の顔から胴にかけてを予想着弾点としている。

マズい……。このままでは今年中にいい出会いでも用意されかねない。
合コン三昧か? そうなのか!? いやいや、私はもう少し独りでいたい!
週末の昼から酒を飲みつつネットサーフィンという
天国プランが出来なくなるなんてまっぴらだ! ああまっぴらだ!!



92 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 00:49:27.25 ID:lbnm/+LS0

「あ、梓!」

「へ?」

ブーケをキャッチするのは自分で無いと高を括っていたのか、間抜けな返事をよこしたアホ猫。
その顔と身体がこちらを向いた瞬間、丁度ブーケが私の目の前に飛来した。

「許せっ!」

そう言ってブーケが私の胸に当たろうとした瞬間、
私は学生時代にベースのフィンガー奏法で培った指の力を用い、
わざとキャッチし損ねたフリをして梓の方へとブーケを弾いた。
人並み外れたバネを持つその中指はブーケの胴体部分を見事に捉え、
抜群のコントロールで軌道を修正させる。

そして誰もがその行方を目で追う中、
シュート回転を加えられた純白の幸せの素は
見事梓の腕の中へと着弾を果たしたのだった。

「……ん?」

そのまさに一瞬の出来事にアホ猫が呆けた瞬間だった。

「わ~っ! あずにゃんおめでとう! 次幸せになるのはあずにゃんだよ~!」

花嫁の大きなはしゃぎ声を皮切りに、一気に巻き起こる周囲の女性達からの拍手と歓声。
敗者となった彼女らからの鋭い羨望の眼差しを受け、
梓はようやく自身が手にしているブーケへと目を落としたのだった。

「に゛ゃあああああああああああああ!?」

ブーケ、観衆、ブーケ、観衆、ブーケ、観衆、観衆、ブーケと目線を移行させる梓ではあったが、
ようやく状況を理解したのか、先の叫び声の後すぐに私へと半泣きの目を向けてきたのだった。

「な……な……何て事を…………」

それに拍手で返す私。



95 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 01:00:28.87 ID:lbnm/+LS0

「ああ残念だー。取りたかったけどキャッチに失敗しちゃったよー。
 よかったなー梓ー。私の分まで幸せになれよー」

棒読みだが気にするな。棒読みだが気にするな。棒読みだが気にするな。

『ブーケをキャッチされた方、誠におめでとうございます! 御友人でいらっしゃいますか?』

『はい! 私の大事な後輩です! あずにゃ~ん! おめでと~!』

『皆様、見事近未来の幸せを獲得されましたあずにゃん様に今一度盛大な拍手をお送り下さいませ!』

マイク越しの拡張された割れ割れ声で後輩に祝福を叫ぶ唯。
だが、その後輩は今にもブーケを地面に叩き付けそうな勢いで肩を震わせている。
客観的に見れば感動している風にも見えなくはないが、
生憎私には梓の戦闘力が五十万を突破した事しか分からなかった。
まあ気円斬を撃たれたら律にでも受けさせようか。元々はあいつのせいだし。
……あ、ついでだから唯とムギに「りっちゃんの事かー!!」と突っんでもらおうか。面白そうだし。

「やったな梓! これでお前にもいい恋が訪れるぞ~!」

「おめでとう梓ちゃん! 結婚指輪は私の店で!」

「結婚式の二次会は三十名様から貸し切り可能の歌舞伎町歩靄ビル三階、
 エレベーター降りてすぐの『RISE』で!」

よろしくぅ~!と声を合わせるムギ律コンビ。あ~あ……知らないぞ。気円斬撃たれても知らないぞ。



96 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 01:11:28.08 ID:lbnm/+LS0

「もう……これで生涯屈指の出会いが用意されでもしたらどうするんですか……」

ヘッド部分にMARTINと金のロゴが入ったアコースティックギターを膝に駆け、
チューニングを施しながら梓は嘆いた。

ギターを志す者なら誰もが憧れる
キングオブアコースティックギター(梓談)・七十四年製のMARTIN D‐45だ。

懇意にしてもらっているプロデューサーから売ってもらったということなのだが、
ピックガードが擦り切れる程弾き込まれているだけあって鳴りが凄まじい。

恐らくここ数年が最高の音を出すから是非ライブで使って欲しい、
と廉価もいい所の値段で売ってもらったとは聞いていたが、
こんな逸品がたった十万で手に入るとは……こいつの人脈も恐ろしいものだ。

「もういいじゃないか。その時はその時でちゃんと向き合えば」

私はその音を耳で拾いながら先日購入したばかりのギターを調弦する。
これも同じくマーチンなのだが、こちらはレフティーモデルのD‐28だ。
梓のそれよりランクが若干下な為ロゴの形が異なってはいるが、こちらも本当にいい音が鳴る。
梓に使えるだけのコネクションを使ってもらい最高級のピックアップを無料で搭載してもらったので、
アンプを通しても極めて生音に近い音で演奏することが出来るのだ。

まだ若いギターだがもう音が枯れ始めていて、
奴曰くこのまま弾き込んでいけば『妖艶』な音になるらしい。
そうなればあのD‐45にも負けないのだとか。

「それより、昨夜憂ちゃんがあんなだったから練習できなかっただろ? 大丈夫か?」

その言葉に梓はムッとした顔を見せ、ちょろっとギターを鳴らしてみせた。
九十年代のロックシーンを台頭したイギリスのバンドの代表曲。
そのギターソロを目を閉じたままほんの些細なミスも無く奏でてみせるその姿は、
やはりこいつがプロ中のプロなのだと再認識させられるような物だった。

「だてに武道館で三回も演ってませんよ」

してやったりな顔だ。こいつは本当に……。

「敵わないな、まったく」

その言葉にニコッとして頷く梓。



97 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 01:23:11.58 ID:lbnm/+LS0

「じゃ、ホッチキスで指ならししときましょうか」

もう懐かしいという言葉以外当てはまらないようなその曲。
学生時代お互い何度マメを作りながら練習したんだろうな。
高校時代はベースだったがまさかこの年になって、それもギターで、
おまけに練習用にとスローテンポのバラード調にアレンジしてこの曲を演奏しているなんて、
あの頃の自分が知ったら果たしてどう思うだろうか?

「ワン、ツー、スリー……はい!」

唐突にとられたそのカウントを合図に私も演奏に参加させられる。

「Fのコード進行は素人には難しいんだぞ?」

「難無くグリップで弾いといて言うセリフですか?
 そこら辺のフォーク喫茶で演ってるおじさんなんて問題にならないくらい上手いですよ」

この披露宴の為にアコギを始めたのが今から約一ヶ月前。まだバリバリの素人だと思うのだがな。


その一ヶ月前に話は戻る。時期で言えば世の新年気分が落ち着いて来た一月中旬の事。

「余興って……私がか?」

それは、結婚式の招待状について来た
返信用葉書の出席可に丸をしてポストに投函してから約一ヶ月後の事。
自宅で一人酒を煽っていた時に掛かって来た唯からの電話で
世間話の後に切り出されたのは、なんとも面倒臭くそして断り辛い依頼だった。

『うん、あのね……』

なんでも結婚式で余興の為に時間を割くかと問われイエスと即答をしたのは良いものの、
そんな事を頼めるのが両家合わせて私達くらいしかおらず、
もしこれに断られたら余興が無しになってしまうので是非引き受けて欲しいという事なのだそうだ。

そしてそれは、出来れば高校時代に私と唯が一緒に所属していた
軽音部内のバンド『放課後ティータイム』のメンバーで一曲二曲演奏をして欲しいという
何とも有りそうで無さそうな依頼だったのである。
無論、花嫁の唯以外の四人でという事は付言しておこう。



98 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 01:32:26.43 ID:lbnm/+LS0

「私……結婚式とか出た事無いけど、
 ドラムとかアンプのセットちゃんとやったら大変そうじゃないか?
 それに、私達全員で合わせる時間なんて絶対無いぞ?」

『個人練習して前の日に合わせて本番! とか無理かな?』

「おいおい……」

いくらなんでも簡単に考え過ぎじゃないか?

「私は時間あるからいいけどさ、律は平日OLで週末はバー、
 ムギは仕事で西日本飛び回ってるだろうし、
 梓はスパビネのバックでツアー中。今日は福岡で明後日は大阪だ」

ちなみにスパビネとは『SPARKLING VINEGAR』というガールズバンドの略で、
オリコンチャート上位の常連である。

現在ミニアルバム発売に伴うプチツアー中で、梓はそのツアーにサポートメンバーとして参加中。
スタジアムクラスを余裕で埋めるアーティストのライブハウスツアーということで、
出待ち対策等色々と大変だと電話で言っていた。

『う~ん……じゃあ澪ちゃんのベース漫談とか!』

おいおい……。

「私は佐賀出身じゃないし、第一放課後ティータイム復活案がさっそくどこかにぶっ飛んでるぞ」

『はっ! ホントだ!』

相変わらずなのはいいが……こいつは本当に結婚なんかして大丈夫なのだろうか?
醤油を買いに出てハーゲンダッツを買ってくるなんて事がざらにありそうで怖いな。

「まあ私から皆に聞いとくよ。唯は式の準備とかで忙しいだろ?」

『そうなんだよね~……。一日八時間しか寝られなく』

「お前……ムギにその言葉言ったらぶっ飛ばされるぞ?」

『覇王翔吼拳?』

「使わざるを得ないな」

そんなどうしようもない話で終了した通話だったが、
唯の口調からは本気で私達に演奏して欲しいという懇願にも似た切望が大いに感じ取れた。

それにどちらかと言えばやってみたい気がする。
毎週毎週休みの日にはネットサーフィンと酒盛りしかしていない為、
久々にベースを弾いてみるのもいいかな?なんて感じたからだ。



99 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 01:40:04.78 ID:lbnm/+LS0

……だが。

『演奏? ドラム実家だし……卒業以来叩いてないし……』

『ピアノは今ちょっとね……。時間も無いし……』

『今打ち上げ中なんで無理ですね……。雑炊冷めるし……』

三者三様の理由で断りの返事が受話スピーカに飛び込んで来た。
やはり皆忙しいんだよな……。仕事もあるし……。
唯の事は祝ってあげたいけど、こればかりは各々の生活も絡んでくる。強制は出来ないよな……。

…………。

「だが梓、テメーはダメだ!!」

『えええええぇぇ!? 何でですか!』

言わずともがなだ。

「お前プロのギタリストだろうが!
 譜面見ればボサノヴァでも一発で弾けるんだから一曲ぐらいなんとかなるだろ!」

それに大体だな……

「雑炊だと! 何モツ鍋なんて美味そうなもん食ってんだよ!」

『失礼な! 水炊きです!』

なん……だと……?

「お前東京に戻ってきたらキャメルクラッチ決定! 嫌なら披露宴で演奏! いいな!」

『ええ~!? そんな理不尽な!』

まあそんなやりとりを挟みつつも、なんだかんだで梓は披露宴で演奏する事を承諾してくれた。
ただし、なかなか厄介な条件がついてきたとは付言しておこう。それは……。



100 名前:◆TTt1P6HN1I :2010/07/14(水) 01:45:58.52 ID:lbnm/+LS0

『先輩にはベースじゃ無くてアコギを弾いてもらいます』

なんてムチャ振りだった。
……最初は勿論抵抗したさ。
エレキならともかく、アコギなんて触ったことも無かったしな。……けど。

『アコギ×ベースよりアコギ×アコギの方が私は好きです』

という梓の個人的な好みと

『実はいつもお世話になってる店にめちゃくちゃいいレフティーのアコギが置いてあるんです。
 あれを先輩が買えば二人で気軽にセッションが出来ます』

という梓の個人的な望みと

『コーチは私が引き受けます。もともと素養があるんですから、
 プロが毎日教えれば一カ月でもそれなりには弾けるようになりますよ』

という梓の個人的な申し出に負け、結局は電話越しに
「分かったよ……。じゃあよろしく」と全ての段取をお願いしてしまったのだ。

結果、その電話から二日後には私の仕事場にアコギ入りのハードケースがドンと届き、
営業課用のFAXからは奴が選曲した初心者向けの楽譜と
ギターの弾き方からメンテの仕方までが図にまとめられた紙が垂れ流しとなり、
私はオフィス中から早くも忘年会の練習に着手し始めたと妙な誤解を受ける羽目となったのだった。
……まだ一月なのに。

……というか本当に大丈夫なのだろうか?
本番までは一ヶ月しかないし。アコギなんて本当に触ったことも無いし。
結局私がボーカルまでする事になったし。

アホ猫は電話越しに「どうにかなります!」の一言で済ませていたが……。
ああ……不安だ……。



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