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唯「同じ窓から見てた海」#19 【日常系】


http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1285425699/

唯「同じ窓から見てた海」#index




528 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:38:59.60 ID:JeWLzYoo


りびんぐ!

紬「――でもね、もう言い逃れできないわよ。ここにいる“犯人さん”」

梓「……」

唯「……」ごくり

澪「だ、誰なんだよ。こんな…こんなことしたのはっ」

律「おいおい、私たちには全員アリバイがあっただろ? 今さら何を…」

紬「これを見てちょうだい」すっ

澪「これは……さっき私たち三人が撮った海の写真か?」

紬「そう。これらは全部この別荘の窓ごしに撮った写真のはずでしょう?」

律「だよなー…撮影時刻も入ってるから、誰のアリバイも崩せそうにねーな」

紬「でもね、この写真に注目して」

唯「――ムギちゃん、これって!!」





529 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:39:59.93 ID:aDeaNngP


律「おっおい唯、そんな写真で何が分かるっていうんだよっ」

紬「唯ちゃん正解よ」

澪「ムギ、どういうことだ?」

紬「たしかにみんなが撮った写真はぜんぶ、同じ『窓から見てた海』に間違いないわ」


紬「でもね……この写真だけは違うのよ!」ばんっ



530 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:41:38.80 ID:JeWLzYoo


澪「そうか、確かにこれだけガラスに反射した光も、水滴も映ってない!」

唯「ってことは…」

紬「犯人は――

  りっちゃん、あなたです!」

律「――くそっ! 計画は途中まで完璧だったのに!!」



梓「いや、バナナタルト食べちゃったの私だって最初から言ってるじゃないですか……」

唯「あずにゃん、いまいいとこだからお口チャック」

梓「えっ」



531 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:42:05.74 ID:JeWLzYoo


   ◆  ◆  ◆

 話は半日ほど前に戻ります。

 三月二十五日、金曜日。天気はあいにく弱い雨でした。
 きょう私は「放課後ティータイム☆春合宿!」ということでムギ先輩の別荘に来ています。
 一年半ほど前の夏に来たところと同じ、思い出深い別荘ですね。

唯「わあっ、変わってないね!」

律「相変わらずすげえなあ…」

紬「梓ちゃん、狭いところだけどゆっくりしていってね?」

 いや、十分すぎるほど広いですから!
 ムギ先輩があの時借りたかった別荘ってどんだけ大きいんだろ……。
 もしかして、島一個分とか? ってまさかそれはないか。

紬「島というより半島ね。フィンランドにあるんだけど」

梓「だから人の心を読まないでください?!」



532 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:42:32.38 ID:JeWLzYoo


澪「お前ら、合宿の目的分かってるんだろうな?」

 あきれた声でいさめるのは、少し遅れてたどり着いた澪先輩。
 青い傘と弱い風になびく黒髪がとてもきれいです。

律「わーかってるって! ほら、ちゃんとトランプも持ってきたしなっ」

澪「遊ぶ気まんまんだろ!」

律「いたっ?! ……冗談だってばぁ」

唯「えっ澪ちゃんウノのがよかったの?」

律「そうじゃねーよ!」

 降り注ぐ雨も気にかけずにじゃれあう唯先輩と律先輩。
 なんだか犬みたいでかわいらしいです。

紬「あっでも梓ちゃん、りっちゃんはネコだと思うの」

梓「そういう意味じゃありません!」

唯「ねこはあずにゃんだよ!」

梓「どっちの意味でですかー?!」



533 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:42:58.99 ID:JeWLzYoo


 こほん。失礼しました。
 とにかく今回の合宿の目的はトランプでもウノでもありません。

澪「じゃあムギ、ビデオカメラの用意はできてるか?」

紬「うん、心配ないわ。でも私たち、まだ着いたばっかりよ?」

唯「そうだよ~! 荷物多くて疲れちゃった…」

 スーツケースに旅行カバンとたくさんの荷物を別荘の事務員さんから受け取った唯先輩が言います。
 ていうか、荷物多すぎ……持ってくもの減らせないタイプだもんなあ、唯先輩って。

紬「じゃあ撮影の準備できるまで、ちょっとこの辺りを見て回ってみない?」

澪「ロケハンってことか……いいかもな!」



534 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:43:25.69 ID:JeWLzYoo


 今回の合宿は練習もそうなのですが、もう一つ大事な目的もあります。
 それは、放課後ティータイムのプロモーションビデオを撮ることです。

 唯先輩たちから今回の合宿に誘われたのは卒業式の一週間後からでした。
 高校の卒業旅行がてら、どこかに遊びに行きたい。
 
 ついでだから私に「新勧に役立つもの」を何か用意しておきたい。
 唯先輩が思いついたアイデアをもとに律先輩と澪先輩が内緒で企画を練って、
 ムギ先輩がロケ地を用意してくれたそうです。
 二週間前の金曜日に先輩方はそう明かしてくれました。

唯『あずにゃん、すっごいビデオ作っちゃおうね!』

 そう言って、手を引っぱってくれた唯先輩の笑顔が忘れられません。
 それなのに。



535 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:43:52.29 ID:JeWLzYoo


唯「ええ~! ちょっとお茶にしようよぉ」

律「そーだそーだ! 腹が減ってはイクサはできーん!」

 この二人、サボる気満々でした。

梓「ビデオ撮るって言ったの唯先輩じゃないですかー!」

唯「だって高校生活最後の合宿だよ? お茶したいじゃん!」

梓「……う」

 高校生活、最後。
 それ言われちゃうと、なんか言い返せないよ……。

梓「……でも、唯先輩には期待してたんですよ」

唯「えっそうなの? じゃあ私がんばっちゃおうかなっ」

梓「わ――ちょっとあぶないです!」

 傘も放りだして次第に強くなってきた雨も気にせず私を抱きしめる唯先輩。
 いろいろ言いたいことがあった気がするけど、やっぱいいかな。
 ……私、やっぱ甘くなったのかも。


律「おっ、てことは部長の私にはもっと期待してたってことか?」

梓「いえ別に」

律「なかのぉーっ!」



536 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:44:18.92 ID:JeWLzYoo


 そんなわけで私たちはロケハンに出かけようとした、のですが。

澪「……雨、強くなってきちゃったな」

律「これじゃあ出歩くのは無理そうだなー」

 私たちはリビングで窓を叩くような雨と向こうの海を眺めながら、
 結局ぼんやりお茶を飲んでいました。
 あーあ、明日には帰るのに大丈夫かなあ……。

唯「ねえ、あずにゃんは七並べのとき逆流あり派?」

 そりゃもう当然ありです。
 ナシにしたせいで純にスペードの7止められてひどい目にあった覚えがあります。
 ってそんな話じゃなくて!!



537 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:44:45.85 ID:JeWLzYoo


梓「雨上がるまで練習でもしましょうよ…って、ムギ先輩?」

 ふと見ると、ムギ先輩は窓辺に手を乗せてじっと外を眺めていました。
 きっ、と外をにらんだ瞳。トレードマークの太い眉毛も心なしかつり上がっています。
 先輩は何か来るべきものを期待して待っているかのようです。
 犬だったら振ってるしっぽがみえそうなぐらい、子供みたいに。

 ――はっ。
 もしかして、この雨を効果的に使った演出を考えてるのかもしれない!

紬「ねぇ梓ちゃん」

梓「な、なんですか? 雨のなか演奏するんだったらシートとか用意しなきゃですけど――」

紬「なんだかどしゃ降りの雨の中に別荘にいると、殺人事件とか起こりそうな気がしてくるわよね!?」

 目をきらきら輝かせて物騒なことを言われました。
 期待した私がバカだった……。



538 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:45:12.87 ID:JeWLzYoo


梓「そんなことあったら困りますよ。
  ていうか無意味なフラグばらまかないでください」

律「いーやわっかんないぞー?」

 乗ってきたのはやっぱり律先輩です。

律「ムギ、こういうビデオはどうだ。
  合宿中に風呂で梓が何者かに殺されて、残った部員で死体を――」

梓「いやですよそんなの!! っていうか私を勝手に殺さないでくださいっ」

紬「それってもしかして倒錯もの?
  犯人が最初から分かってるやつよね! すっごく面白そうじゃない!」

 私が死ぬ話に乗らないでください。
 っていうか澪先輩が後ろで震えてるんですけど……。

律「じゃあこういうのはどうだ?
  ある日突然澪がゾンビ化する薬飲んでゲロ吐きながら襲い掛かってきてー」

澪「やっやややめろぉおぉおりつううっ!!!」

 ぼかっ。
 動転した澪先輩に殴られた律先輩が30cmほど飛ばされました。

紬「うーん、パニックホラーだと推理要素が薄いわね……」

梓「ゾンビの話まで真剣に検討しないでください!」



539 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:45:39.54 ID:JeWLzYoo


梓「とにかく、別荘の中でもできることしましょうよ」

唯「んー、じゃあゲームでもやる?
  なぞなぞ大会とか英語しか使っちゃいけないゲームとか」

梓「プロモーションビデオの話をしてるんです!」

澪「そうだな……じゃあ別荘の中でも撮影に使えそうな背景とか探してみないか?」

 ようやくまともな意見がでてきました。さすが澪先輩。
 澪先輩はインスタントカメラを取り出して、
 家の中から見える景色だけでも撮っていこうと提案しました。
 
 たしかにこの別荘は窓も多くさまざまな場所からいろんな景色が見られるので、
 PV構成のいいアイデアも出るかも知れませんね。

律「まあな……写真そのものも記念になるしなー」

澪「ムギ、こういうすぐ形になるカメラはほかにある?」

紬「それが、たぶんあと二台ぐらいしかないの」

 気づくと話を聞いていたらしい執事さんがカメラを持ってきてくれました。
 空気が読めすぎてちょっと怖いです。



540 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:46:06.17 ID:JeWLzYoo


唯「じゃあ私行ってくるね!」

律「私も! この別荘どうなってるか気になってたんだよな~!」

 えっと、じゃあ私は――

紬「梓ちゃんはちょっと私の方を手伝ってくれるかしら?」

梓「――あ、はい。じゃあ澪先輩、撮影の方お願いしますね」

澪「うんわかった。梓、ムギ、頼んだよ」

 結局、カメラを持って出かけたのは唯先輩、律先輩、澪先輩の三人でした。
 澪先輩、一人で二匹も抱えて大丈夫かなあ……。

律「おい中野」

唯「あずにゃん。なんか変なこと思ったでしょ」

梓「変なとこでするどいですよね、二人とも…」



541 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:46:32.77 ID:JeWLzYoo


 そうしてリビングには私とムギ先輩の二人が残りました。

梓「じゃあ私はなにしたらいいですか?」

紬「えっと……なんだったかしら? あまり考えてなかったわ」

 ええー。

紬「そういえば梓ちゃん、前にお茶の入れ方教えて欲しいって言ってなかったかしら」

梓「あー…そうですね。いい機会ですし、お願いできますか?」

紬「どんとこいです!」



542 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:47:00.20 ID:JeWLzYoo


 そんな訳で私はムギ先輩にお茶の入れ方を習いました。
 茶葉の適量、抽出、お湯の量、手鍋での入れ方……
 思っていたより奥が深く、人によって味も変わるものみたいです。
 音楽でもそうですけど、同じ楽器を使っていても演奏者によって音色は変わるものですね。

紬「……どうしたの? ぼーっとしちゃって」

梓「あっすいません。もうそろそろですか?」

紬「まだもうちょっと待った方がいいわね。……ないしょで、先にお菓子いただいちゃう?」

梓「えっ、いいんですか?」

 ダメだ、条件反射で顔がほころんでしまう。
 こんなんじゃ後輩持ったら形無しだよ……カムバック、あたし!

紬「無理しなくてもいいわよ、バナナタルトでしょ?」

 負けました……。



543 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:47:26.96 ID:JeWLzYoo


紬「それでさっき、梓ちゃんはどんなこと考えていたの?」

梓「えーっと……なんか、ムギ先輩ってすごいなあって」

紬「すごい? どんなところが?」

 ムギ先輩は謙遜するわけでもなく、本当に分からなくて首をかしげます。

梓「私、今まで紅茶の味も入れ方や茶葉によっていろいろあるって知らなかったんです」

 でも、ムギ先輩が入れるお茶はいろいろな味があって。
 まるでその時のみんなの気持ちに合わせて音色を変えてコーラスしているみたいで。

梓「……なんだかキーボードみたいだなって思いました」

紬「ふふ。そんなこと言われたのはじめて」

 先輩は口元を白い指で隠すようにして、ちょっと照れたようにほほえみました。



544 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:56:48.17 ID:JeWLzYoo


 いつしか雨はまた弱まり、窓越しにさらさらとした雨音が響いていました。

梓「私、心配なんです。ムギ先輩みたいに、その場にあわせて支えたりとか、出来ないし…」

 思えば私たち五人を、後ろでそっと支えてくれていたのはいつもムギ先輩でした。
 唯先輩はふらふらしてるし、律先輩は走りすぎちゃうし、澪先輩もテンパるとあれだし。
 でも、私が一番頼りなかったです。迷惑、かけてばかりでした。
 だから――

梓「ムギ先輩が、いなくなったら、私一人でまとめられるのかな、って……」

紬「梓ちゃんなら大丈夫よ」

 言葉も選べずつっかえつっかえになっていた私に、ムギ先輩は優しく声を掛けてくれました。

紬「梓ちゃんは楽器に詳しいでしょう。それに、演奏する人によって音が変わることもわかってる」

 いろんな音があって、どの音も好きでいられるなら、梓ちゃんは心配しなくていいと思うわ。
 ムギ先輩はそう言って程よく温まった紅茶を差し出してくれました。

梓「……なんだか甘いですね」

紬「梓ちゃん、猫舌で砂糖多めでしょう?」

 先輩のほほえみにつられて、こちらも頬がゆるんでしまいます。
 紅茶のやわらかい熱が雨に冷えた身体の奥までしみ込んで、
 なんだかちょっとほっこりした気分になりました。



545 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:57:14.91 ID:JeWLzYoo


 しばらくしてバナナタルトも食べ終わったころ、
 食器を片付けに二人で台所に向かうと廊下の方から騒がしい足音が聞こえました。
 律先輩たちが帰ってきたみたいです。
 食器洗い機にティーセットを入れてから私たちはリビングに戻りました。

律「おーっし写真とってきたぜーっ! って、あぁあああっ!!」

唯「ど、どうしたの? りっちゃんっ」

律「唯、見てみろ。梓の分のバナナタルトが――」

唯「ああっ?! 私たちのいない間に、何者かによって食べられてしまってる!」

 なんですかその小芝居。

澪「そこら辺にしとけよな……じゃあ、私たちもちょっと一休みしようか」



紬「これは――事件のにおいね!」

 えっ。
 っていうかムギ先輩、一緒に食べてましたよね?!



546 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:57:41.54 ID:JeWLzYoo


澪「ちょ、ちょっとムギ、一体なにを」

紬「澪ちゃん、これは大事件よ。かわいい後輩のお菓子が勝手に食べられてたんだもの!」

唯「そうだねっ、あずにゃんの笑顔を奪うやつは私が許さない!」

梓「だから私が自分で食べたんですってばあ!」

 するとムギ先輩は何か澪先輩に耳打ちしました。
 澪先輩は長いため息を一つ付いた後、こういいます。

澪「はぁ……じゃ、梓のタルトを食べた犯人を探すか」

 えぇえええ!
 ムギ先輩、いまなに言ったの?!

律「え、澪しゃん大丈夫なの」

 最初に言い出したはずの律先輩まで若干引き気味でした。
 なのにムギ先輩の目はらんらんと輝くばかり。
 なんだかこのままだとムギ先輩がFBIか何かを動かしてまで犯人を探しそうで怖いです。
 犯人私なのに。

紬「その心配は要らないわよ、梓ちゃん」



547 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:58:08.23 ID:JeWLzYoo


紬「なにせ私は琴吹の血を――地を――そして智を受け継ぐ者。

  私の名前は琴吹紬。灰色の脳細胞と百合色の心を持った、名探偵よ!!」

 ばん、と音を立てて歌舞伎のように見栄を張るムギ先輩。
 そしてどや顔。


唯「なんかかっこいい……」

律「すげえ、事件解決してるのに名探偵が出てきた」

澪「っていうかその台詞、あたためてたんだな」

 全員、若干引いてました。
 こんなことならタルト食べるんじゃなかったです……。



548 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:58:34.91 ID:JeWLzYoo


 そんな訳で私たちはバナナタルトを食べた犯人探しをすることになりました。
 食べたのは私なのに。
 ムギ先輩はどうやら現場に証拠が残されていないか調べ始めたようです。
 勧めたのはムギ先輩なのに。

紬「あの時私たちは台所にいた。唯ちゃんたちはそれぞれ窓の外を撮影していた」

律「ムギの話によるなら、梓とムギにはアリバイがあるな」

紬「部屋は完全に密室ね。だけどもし脱出したとしたら、窓からに違いないわ」

 いやここ二階ですし。
 それに窓、カギかかってたじゃないですか。

紬「……むぅ」



549 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:59:01.51 ID:JeWLzYoo


紬「えいっ」

 するとムギ先輩は次の瞬間、あろうことか自分でカギを解錠して窓を開けました。

梓「ムギ先輩、今開けたら部屋に雨が入ってきますって」

紬「逃げた形跡は……ないわね」

 ムギ先輩は頭を出して辺りを眺め、しばらくして窓を閉めました。

紬「あら、足元が雨で濡れてるわ。やっぱり脱出ルートはここだったのね!」

律「おまえが今開けたんだろうがー!!」

 耐えかねた律先輩がついに突っ込みました。
 なんというマッチポンプ。



550 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:59:28.18 ID:JeWLzYoo


 それから別荘の中に潜んでるかもしれない真犯人を探すことになり、
 グループごとに別荘を調べることになりました。
 最初は律先輩と私、唯先輩とムギ先輩と澪先輩の二組です。
 
 とりあえず私たち二人は今いる別荘本館の一階を一周したところで
 どうでもよくなって、リビングに戻りました。

梓「ところで律先輩、髪ぬれてませんか?」

律「ん? ああ、さっきちょっと外出てみたんだよ」

梓「まさか、あんな雨の中をですか?」

律「いやー、雨にわざと打たれてみたくなるときとかってあるじゃん?
  気持ちよさそうだし」

梓「まったく理解できません」

律「ええー? 梓、お前そういう子供の心も大事なんだぞ!」

 いや、律先輩は子供っぽすぎます。
 そう言おうとした一秒手前で、私はなぜか言葉を飲み込んでしまいました。



551 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 12:59:54.82 ID:JeWLzYoo


梓「子供っぽすぎるんですよ」

 勝手に律先輩に言い負かされたみたいに思えて、
 ちょっと悔しいので無理やり口にしてみます。
 
 ……やっぱり違和感。
 だって、律先輩は子供っぽいっていうよりむしろ――

律「え、梓がか? 自覚あったんだな!」

梓「なんですかその言い方! 私はじゅーぶん大人です!」

律「ほほーう。カラダはずいぶんとお子ちゃまですわよ~?」

梓「り、りつせんぱいに言われたくないです! ていうかいまそういう話してないです!」

 何の話だったか分からなくなってきました。
 っていうか、ムギ先輩と話した辺りから自分を見失いつつあります……。

律「でも私も子供だよ」



552 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:00:21.44 ID:JeWLzYoo


 ふいに律先輩がひとり言のようにつぶやきました。
 律先輩からめずらしく素直にそう言われてしまうと、
 こっちもどう返していいか分からなくなります。

律「ああ、そんな気にしなくていいよ。深い意味とかないし」

梓「ほんとですかー?」

律「ばか、そういう時は
  『リツセンパイが深いこと考えるはずないですもんねー』とか返せよ」

 そう言って律先輩はちょっと笑うのでした。
 なんだろう。心配とも不安ともいえないけど、
 いつもの律先輩とは違う気がしました。



553 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:00:48.18 ID:JeWLzYoo


律「にしても梓もあと一週間足らずで部長かー」

 変に重くなり出した空気をわざと壊すように、律先輩は話題を変えます。
 傍目からはのんきに窓を眺めているようですが、
 言葉を必死で探して選んでいるようにも見えました。

律「元・部長から言わせてもらうことがあるとすれば、あれかな」

梓「元、とか強調しないでくださいよ」

律「梓もやっぱさ、もうちょい素直になった方がいいって」



554 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:01:14.96 ID:JeWLzYoo


梓「律先輩には、いわれたくないです」

 なんとなくそう言い返してしまって、
 いけないことを言ってしまった気がして口をつぐみます。
 
 ばつが悪くて合わせづらい目をなるべく合わせるようにして律先輩を見ると、
 いたずらがばれてしまった子供みたいにうつむきがちに笑っていました。

律「うーん、私は梓ほどツンデレじゃねーぞ?」

梓「ツンデレってどういう意味ですか。私ほど素直な子はいません」

律「なーんかさ、後輩が梓でよかったと思ってるよ」

 思い出したように律先輩は言います。



555 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:01:41.56 ID:JeWLzYoo


梓「私なんかで、よかったんですか? 扱いづらいし、めんどくさいのに」

律「あはは、自覚はあったんだな」

梓「分かってますよ……融通利かないし、ダメダメです」

律「私もさー、ほら。逃げぐせあるじゃん?」

 広間がやけに静かに感じました。
 でも、どうしてか心地よい気もします。

梓「なんか私たち、自白したみたいな気分ですね」

律「バナナタルトの犯人だけにか? うまいな、梓」

 ――あー、もっと早くこうしときゃよかったなあ。

 律先輩は日向で温まる犬のように伸びをします。
 その姿は、何か重い荷物をおろしたように見えました。

 なんだか私たち、案外似てますね。
 私がためしにそう言ってみると
 律先輩も小さく笑って、かもなー、と一言もらしたのです。



556 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:02:08.16 ID:JeWLzYoo


律「梓、お前なら大丈夫だよ」

 どうしてですか?

律「梓って、私よりは素直じゃん? すっげえ分かりやすいし」

梓「それ、絶対ほめてないですよね……」

律「褒めてるっつーの。なんつーか、扱いやすいし」

 だから褒めてないじゃないですか。
 扱いやすいって、後輩になめられるって意味ですよね?



557 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:02:34.81 ID:JeWLzYoo


律「違う違う。なんていうかさ、反応が分かりやすいから……
  その、安心できんだよ。私とか特に」

梓「……そういうものですか」

律「だからまあ、後輩も付いてきてくれるんじゃん?」

梓「律先輩のほうが後輩ウケよさそうですけど」

律「……え、なにそれ。遠まわしな告白?」

梓「そんなわけありますか。ていうか律先輩は澪先輩辺りとよろしくやっててください」

 一瞬にして顔を赤らめ黙りこくる律先輩。
 やった、勝った。
 ってこんなこと考えてるから私も子供なんだろうな。

律「あ、梓だって唯センパイにベタ惚れじゃねーかよ!」

梓「なっ…そんなことないもん!」



558 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:03:01.50 ID:JeWLzYoo


唯「あずにゃんはろー」

澪「おい律、戻ったぞー。って」

 そこには先輩につねられたほっぺをさする私と、私にはたかれたほっぺをなでる律先輩。
 うぅ…地味に響く痛みだ……。

澪「お前ら、何歳児だ…」

律「梓が先に手ぇ出したんだからな!」
梓「律先輩が言いがかりつけてきたんじゃないですか!」

 そんな感じで結局律先輩のペースに乗せられてしまいました。
 でも、まあこれでもいい気もしたのです。
 今日だけは、なんとなく。



559 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:03:28.27 ID:JeWLzYoo


梓「えっと、ムギ先輩は?」

澪「ああ。プロジェクターのセッティングとかいろいろ忙しいらしくて、先行っててって」

 プロジェクター? 何に使うんだろう。
 もしかして私たちのPVの試写会用に……って、まだ撮ってもいないじゃん。
 首をかしげている私を唯先輩がいつからかにやにやと見つめていました。

梓「なんですかその目は」

唯「えへー、あずにゃんには秘密だよーん」

梓「っていうかもう雨上がったし、練習とか撮影とか始めましょうよ」

唯「だっダメだよ!? まだ、その…ダメなんだもん!」

澪「そ、そうだぞ梓! 天気だって、病み上がりだし!」

 言ってる意味が分かりません。
 なんかもう、私たちって何部でしたっけ……。



560 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:03:54.88 ID:JeWLzYoo


 それからも唯先輩たちはなぜかかたくなに練習や撮影を拒んだので、
 しょうがないからまた散策に出かけました。
 
 聞くところによるとムギ先輩は未だに犯人探しをがんばっているそうです。
 ノリを合わせるのが義務化してきてる気がぶっちゃけつらいです。


澪「まあそう言うなって。ムギもムギなりに楽しんで欲しいんだよ」

 私はカメラを持って降り止んだ曇り空の下を澪先輩と歩いています。
 裏手の小道は空気もふんわりした湿り気に満たされていて、
 なんだか眠りから覚めたばかりのように心地よく感じます。

梓「あの人は真っ先に自分が楽しみたいから動いてる感じがします…」

澪「それだってさ。ムギが楽しい時ってみんな楽しいだろ?」

梓「あ、はい。なんとなく分かります」



561 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:04:21.57 ID:JeWLzYoo


澪「律はいつも楽しませようとしてくれてるけどさ、
  ムギは自分から楽しんでるんだよ」

 時々、ああいう行動力は見習いたくなるよ。
 澪先輩はちょうど私が考えてたようなことを言っていました。
 唯先輩、律先輩、ムギ先輩。
 今考えると三人とも違った形で私を引っ張ってくれてたみたいです。

梓「でも澪先輩は落ち着きますよ」

澪「そうかなあ…私は自分から動くってタイプじゃないし、
  結構ブレーキかけてる気がするけど」

梓「ブレーキがなかったら私たち、大変なことになってますよ」

 濡れた縁石の上で、二人だけの含み笑い。
 澪先輩と共犯関係みたいで、ちょっと愉快な気分です。



562 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:04:48.54 ID:JeWLzYoo


 それから私たちはしばらくの間、
 別荘の周りの道路や草むらを歩いては写真を撮って回りました。
 
 澪先輩はずいぶん前から写真が趣味だったらしく、
 小さな花や足元から見上げた曇り空を子供のように撮って回っていました。

澪「あー梓、ちょっとそこに立って」

梓「え、こうですか?」

澪「そうそう。そこの電灯から伸びた影がいい感じだったから」

 私の影なんか撮ってどうするんだろう。
 でも澪先輩が撮る写真はどれも綺麗だったから、
 たぶん今回のもいい画に仕上がるはずです。
 
 やっぱり詞を書く人のフィルターで見ると
 ありふれた世界もちょっと違って見えてくるのでしょうか。
 
 そう思うとなんとなく楽しくなってきて、
 気づけば私も辺りの草木にシャッターを切っては回っていたのでした。



563 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:05:15.22 ID:JeWLzYoo


梓「ところで澪先輩、大学入ったらサークルとかどうするんですか?」

 私は錆び付いた交通標識をしゃがみこんで下から写す澪先輩を
 邪魔しないようにそっと話しかけます。
 
 それとなく切り出した話題ですが、
 本当はちょっと前から気になっていたことでした。

 たぶん大学入っても、軽音サークルに入るんだよね。
 あっでも前にネットで調べたら
 N女だけで5つぐらい軽音サークルあったし、どれに入るんだろう……。

澪「私? 文芸サークルに入ってみようと思ってるよ」



564 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:05:41.82 ID:JeWLzYoo


 雲行きが変わり、射しかけていた日差しがまた遮られました。
 冷えた空気の中で木々の葉が静かに擦れあう音だけがやけに強く響いています。

 澪先輩が軽音部をやめる。
 澪先輩が、歌とベースで私たちを支えてくれた澪先輩が、音楽を――
 突然のことで頭が一杯になって、うまく整理できなくなってしまいます。

澪「あ、あずさ?」

梓「……すいません、大丈夫です」

 うそ。全然大丈夫じゃないじゃん。
 自分の声が震えるのを自覚して、けれどどうしようもないまま私は立ちすくんでいました。



565 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:06:08.41 ID:JeWLzYoo


澪「ごめん、なんか誤解させちゃったかな。別にバンドやめるつもりはないよ?」

梓「へ?」

 変な声を出してしまいました。
 気が動転していたせいで、ちょっと調子が取り戻せずにいます。

梓「じゃあ、なんで軽音部やめちゃうんですか!」

澪「うーん……私、放課後ティータイムが大好きなんだ。だからかな」



566 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:06:35.05 ID:JeWLzYoo


 ガードレールの水滴をハンカチで少し拭ってから澪先輩はそこに腰掛けました。
 それから私の目をいたわるように見て、優しい笑みと共に話し始めます。

澪「私もともと高校で文芸部入るつもりだったんだよ。詩とかその頃から書いてたし」

梓「今みたいな詞を、ですか?」

澪「え、梓はあれ気に入ってなかったのか? レトリックがか? それとも構成が?」

梓「いっいえ! メロディーに乗るとすっごい素敵な歌詞だと思います!」

 字面だけを読むと冷たい手で首筋なでられたようなむずがゆさがありますけど……。



567 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:07:01.76 ID:JeWLzYoo


澪「とっとにかくだな、だから大学ではリベンジしたいって考えてたんだ」

梓「リベンジですか。律先輩に邪魔されたんでしたっけ?」

澪「そうだよあのとき律が勝手に! まあ、今じゃよかったと思ってるけどさ」

 そう言って、携帯電話をなんとなく取り出して眺めた澪先輩。
 あ、キーホルダー同じのつけてるんだ。
 仲良いなあ。

梓「でもそれだけじゃ、放課後ティータイムと結びつかないじゃないですか」

澪「ああ、それはだな……より良い歌詞が書けるようになりたいっていうのもあるけどさ」

 いつの間にかまた雲の隙間から光が差してきました。
 澪先輩は長い髪を風にたなびかせ、
 対向車線のガードレールの向こう、海岸線の方を見やって言います。

澪「私、バンドは放課後ティータイムだけにしたいんだ」



568 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:07:28.44 ID:JeWLzYoo


梓「それって、外バン組まないってことですか?」

澪「そう。サークルだとやっぱり、いろんな人と合わせたりするだろうから」

梓「でもいい経験になると思いますよ」

澪「それは思う。だからたまに律と一緒に
  ラブクライシスのメンバーとセッションしてたんだ、実は」

 うわ、澪先輩ずるい!

 って。
 私はいま何に対してずるいって思ったんだろう?
 他のバンドメンバーとこっそりセッションしてたこと?
 それとも……

澪「大丈夫だよ。私たちは離れ離れになったりしないよ」

 私の心を知ってか知らずか、澪先輩はこんな言葉を掛けてくれます。



569 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:07:55.05 ID:JeWLzYoo


 それから澪先輩はここ二週間会わない間に
 唯先輩たちと話し合ったことを教えてくれました。
 
 サークル活動ではHTTではなく
 個々にサークル内バンドのサポートを行う可能性が高いという情報。
 
 それよりはメンバーそれぞれバンド以外の経験を積んで、
 HTTそのものを残した方がいいという結論。
 バンド活動はスタジオ入りとライブイベントへの参加を軸に動いていくこと。
 軽音部は終わっても、放課後ティータイムは終わらないということ。

梓「そうだったんですか……」

 先輩方がそこまでバンド活動のことを考えているとは思わなかったです。
 ちょっとびっくりして、胸の奥に温かいものがこみ上げてきました。

 梓の席はちゃんと残しておくから、よかったら来てほしいんだ。
 つり目気味の、それでいて優しい瞳をこちらに向けて澪先輩が言いました。

梓「……置いてかないで、くださいよ?」

 思わず、泣きそうな声で言ってしまいます。

 海岸線、白いガードレール、雲間の光、揺れる黒髪
 ――それらはなんだか一枚の絵葉書のようでした。
 
 ふいに見えた澪先輩の姿は私が
 入学した新勧の時に壇上で歌っていたあの画とシンクロします。
 唯先輩も澪先輩も輝いていてどうしようもなく惹かれたんだっけ。

 だから今この瞬間、絵になるほど現実味が失われて、
 どこか遠くへ行ってしまいそうで不安だったのです。
 私は思わず、先輩の方へと手を伸ばそうとしました。

澪「ああ。来てくれるなら、みんな待ってるよ」

 ガードレールをぴょんと飛び降りた澪先輩は
 そんな私の手をそっと握り、帰路へと手を引いてくれました。



570 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:08:21.73 ID:JeWLzYoo


 しばらく歩いて別荘に戻ると、律先輩が迎えに来てくれました。

律「おーおかえり。
  ……今からムギが事件の真相を暴いてくれるらしいぞ、期待しとけ」

梓「まだそのネタ続いてたんですか…」

 なんだかんだでリビングに戻ると、ほどなくして
 ハンチング帽にコートを着込んだ姿のムギ先輩が現れました。
 す、筋金入りのシャーロキアンだ……。

紬「残念ながら、これは内部の人間による犯行でした

  つまり――犯人はこの中にいる!」

唯「わあ、名探偵コナンみたい!」

澪「唯、そこは元ネタの方で言ってあげような…」



571 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:08:48.48 ID:JeWLzYoo


 そこからのムギ先輩の名推理と
 真犯人だったらしい律先輩の自供シーンについては省略します。

 ムギ先輩は「窓の外の写真を撮ったりっちゃんこそ、
 窓から逃亡した犯人なのよ!」と目の前で自作した証拠を元に推理したり、
 
 同じくノってきた律先輩に反して、澪先輩は思いっきり棒読みで
 「だれなんだっ、こんなことしたのはー」とか言わされてたり、
 
 片手に食べかけの大福を持ったまま真剣そうに
 ムギ先輩の推理を聞く唯先輩がいましたが、
 
 全部まとめてなんとなく二度手間にしかならない気がしたので省きます。

唯「りっちゃん――りっちゃんのこと、私信じてたんだよ?!」

律「すまねえ唯…私も所詮、
  欲望に踊らされた哀れな傀儡の一つだったってことさ……
  私のことは、忘れてくれぃ」

紬「そう、確かに人は簡単に道を踏み外してしまう弱い生き物だわ。
  でも人は、いつか立ち直れるはずよ!」

唯「――りっちゃんが罪を償って戻ってくる日、わたし待ってるからぁ!」

律「ゆいぃいいいいっ!!」

唯「りっちゃぁああああんっ!」

 いつか再会する日を夢見て抱きしめあう二人。
 あー感動的ですねー。


梓「食器片付けてくるんで終わったら呼んでくれますか」

澪「ああうん分かった。なんていうかごめん」



572 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:09:15.12 ID:JeWLzYoo


 私たちのいない間にさんざん飲み食いしてたであろう食器を
 一通り台所に片付けて戻ると、さすがに茶番劇は終わったみたいです。

梓「ていうかいい加減練習とか撮影とか始めましょうよ。
  もう半日近く経っちゃったじゃないですか」

紬「まぁまぁ。あせらなくてもいいじゃない、
  ゆっくりお茶でも飲みましょう?」

梓「だって明日には帰るんですよ!
  撮影のために来たのに、意味ないじゃないですかっ」

唯「あ。それなんだけどね」

 ふいに唯先輩が立ち上がって、私の言葉をさえぎりました。
 どうしていいか分からない私の両肩に手を置いて、にっこり言います。

唯「今日一番撮りたかったのは、もう撮っちゃったんだ」



573 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:09:41.75 ID:JeWLzYoo


梓「え、いつの間にですか?」

律「まーいいじゃん? とりあえず大広間行こうぜっ」

梓「え、ええっ? なんですか、私抜きで撮影しちゃったんですか?」

澪「んーまあしょうがなかったんだ。梓には秘密にしたかったし」

梓「そんな……でもいつの間に?」

紬「ほら、さっきまで私たちが一人ずつ梓ちゃんと一緒にいたじゃない?」

 そう聞いてはじめてムギ先輩が推理ごっこをしていた理由が分かりました。
 そっか、あの間に何か隠れて撮ってたんだ……。

紬「まぁ、私もホームズやるの夢だったからよかったけれどね」

 気づくと先輩方みなさんが私の方をにやにや見ていました。
 なんだろう。私一人に隠して、どうするつもりだったんだろう。

唯「ぎゅうー」

 そしたら突然抱きしめられました。



574 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:10:08.38 ID:JeWLzYoo


 唯先輩の腕の感触がなぜか新鮮に感じます。
 ここ一週間ほど会っていなくて、
 今日も朝に抱きしめられただけだったからでしょうか。
 
 いや……それだけじゃなくて、
 最近なんか急速に唯先輩が変わってしまったからなのかも。
 
 なにが? どこが? 成長なんてしてなくない?
 なんて自分に言い聞かせるんだけど。

唯「あずにゃん、こわいかおしないでよぉ」

梓「そんな変な顔してませんっ」

唯「ごめんね。あずにゃんには内緒で見せたいものがあったんだ」

梓「なんで内緒にするんですか」

 そうだよ。
 五人でずっとずっとずうーっと一緒だと思ってたのに……。

唯「だって、プレゼントがあるんだもん」

 私の耳元、髪の毛ごしに息がかかるほど近くで
 唯先輩はそうつぶやくと一気に腕をゆるめて離れました。
 
 急に離れてしまってどうしていいか分からず、
 私は鼻の奥がちょっとだけつんとするような感じのまま動けません。
 
 そんな私の手を――さっきとは違って、
 唯先輩の方から強く――引っ張ってどこかへ連れて行こうとします。



575 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:10:35.02 ID:JeWLzYoo


 気づくと私は大広間に連れてこられていました。
 大きなスクリーンとプロジェクターまで用意されたその部屋に、
 いつの間にか晴れていた空から夕陽が差し込んでいました。

唯「じゃあまずはこれ見てよ」

律「手ぶれとかあるかもだけど、気にするなよー?」

 律先輩はおどけてそう言うと、ムギ先輩と澪先輩にアイコンタクトを送ります。
 するとムギ先輩はカーテンを閉め、澪先輩は電気を消しました。
 ほどなくプロジェクターが再生され、最初に映ったのは律先輩でした。

  律『おーす、梓元気かぁ?
    田舎のばあちゃんも梓ちゃんのためにエンヤコラ、元気でやっとるけぇのう』

  澪『(おい律、真面目にやれ!)』

  律『わーかってるって。ところで梓、今年で晴れて部長だな。おめでとう!』



576 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:11:01.66 ID:JeWLzYoo


梓「こ、これは……?」

唯「ビデオレターだよ。あずにゃんに贈る言葉だよ!」

 一人ずつ、新しく部長になる私へのメッセージを残してくれていたのです。
 そっか。私がいない間にこれ作ってくれてたんだ……。
 律先輩、澪先輩、ムギ先輩のビデオはどれも普段の先輩らしくて、
 でも一人ずつ応援をくれました。

  律『ま、私ぐらい力抜いてやっていいんだぞ。
    うん、まあがんばりすぎんなよー』

  澪『一生懸命やれば、たぶん後輩にも伝わるよ。梓なら大丈夫』

  紬『梓ちゃん、ファイト! 梓ちゃんみたいに優しい子なら
    きっといい先輩になれると思うわ!』

 プロジェクターの光の中から届いたエールは胸の奥に沁み込んで、
 どうしようもなく私のまぶたを熱く濡らしていきます。

唯「えへ…あずにゃん、泣いちゃった?」

梓「これは――汗、ですよっ」



577 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:11:28.69 ID:JeWLzYoo


 ビデオレターの最後に現れたのは唯先輩でした。
 いつもどおりのほんわかした笑みを浮かべているけれど、
 私に向ける眼差しは今までとはどこか違いました。

  唯『あずにゃん、進級おめでとう! 留年しなくてよかったねっ』

梓「しませんよ?!」

唯「あはは、ごめんね」

 思わず突っ込んでしまいました。
 うわあ、やっぱ普段通りの唯先輩だ。

  唯『それでね、あずにゃん。私……何伝えたらいいのかわかんないけど――



578 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:11:55.47 ID:JeWLzYoo


  とにかく、今までほんっとうにありがとう!
  わたし、あずにゃんと出会えて本当に楽しかった!

  かわいくて、ぎゅーってしたくなって、
  おこるときもあるけど、私にやさしくギター教えてくれて……

  ほんとうに大好きだよ。ずーっとずうーっといっしょにいたいぐらいなんだよ!
  私だって、卒業してあずにゃんと離れ離れになるの……つらかったもん

  だけどさ。それじゃあいけないと思ったんだよね
  憂やあずにゃん、いろんな人に頼ってばかりじゃダメなんだよ。きっとね

  だから……一人暮らしすることに決めたんだ

  ごめんね。ちょっと離れ離れになっちゃうけどさ
  だけど、だけどね――



579 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:12:22.08 ID:JeWLzYoo


  唯『――バンドは続けるし、これからもあずにゃんと一緒だからね!』

 ほこりも輝くような光の向こう側から、唯先輩の笑顔が届きました。
 こんな暗い部屋の中で、それでも輝いている唯先輩。

 それはまるで、はじめて出会った新勧のあの日みたいで。

梓「こんなの……反則だよ」

 涙を抑えられなくなって、もうどうしようもなくって
 しゃがみこんでしまいそうになった時。
 唯先輩が、私を抱きしめてくれました。
 いつものように。
 いつもとは違うけれど。

唯「よしよし、いい子いい子」

 そうして子供みたいに泣きじゃくる私を、大人のようになだめてくれるんです。
 やだよ、そういうの。そしたらまるで、

梓「私をおいて、大人になっちゃうの…やだよ……」

 言わないで、おこうと思ったのに。



580 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:12:48.73 ID:JeWLzYoo


唯「……あはは。そんな早く、大人になれっこないよ」

 頭をなでながら、いつもの飴玉のような声で聞かせてくれたのは。

唯「だからね、追いついてきてよ。あずにゃん、待ってるから」

 そんな、一年先の約束でした。

律「それまではがんばれよ、新部長さぁ」

澪「応援してるからな」

紬「ときどき遊びに行くわね」

 点けたままのプロジェクターからもれる白い光は、先輩方の大きな影を作ります。
 部屋の高さほど広がった影を涙目で見やると、その大きさになぜか安心できました。
 唯先輩の腕の温もりごしに、私は決意を固めます。

梓「……はい。がんばります!」



581 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:13:15.37 ID:JeWLzYoo


   ◆  ◆  ◆

 それからおよそ半月して、四月の後半。
 私は高校体育館、新入生歓迎会の舞台に立っていました。

憂「梓ちゃん、大丈夫かな。私」

純「憂は大丈夫でしょ。壇上上がるの初めてっつっても、すっごい練習したんだしさ」

 問題は梓だよ――純にそう言われてしまう私。

梓「あ……あは、うん。ちょー平気。ばっちし、
  ギターのコードとかすっごいすっごい覚えてるし」

純「それ、大丈夫な人の台詞じゃないって…」

 あきれられてしまいました。



582 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:13:42.03 ID:JeWLzYoo


 あの日はそれから夕食を食べてから練習をして眠りました。
 最後に唯先輩と一緒に寝たい、ってわがまま言ったのは純にだけは絶対秘密です。
 憂にも釘さしときました。

 次の日はよく晴れたので、ふわふわ、ホチキス、
 ふでぺん、U&I、ごはんの五曲を野外で演奏して撮影しました。
 空がバックになるようにとか、窓から見えた海と組み合わせてとか、
 いろいろ試行錯誤できて面白かったです。


 憂は引っ越す唯先輩を一緒に見送った日に入部を決めてくれました。
 どうやら唯先輩の一人暮らしが決まった時から、考えていたらしいです。
 私が「これで唯先輩とデュエットできるね。いつかゆいういやってみなよ」
 と言ったらすごくうれしそうにしていました。

 純は新学期が始まった日に軽音部に入ってくれました。
 ジャズ研との兼ね合いもあるので純については一度断ったけれど、
 それでも「梓の軽音部に入りたい」と言ってくれました。

  純『だって軽音部入ればお茶飲み放題だし合宿めっちゃリッチなんでしょ!』

 どこまで本気で言ってるのか、今ひとつ分からないですけど。



583 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:14:08.68 ID:JeWLzYoo


純「――ほら、中野部長。しっかりしてくださいよ」

 純の声で我に返りました。
 ここ一ヶ月のことをぼんやり思い返していたみたいです。

梓「あっごめん純。そろそろ出番だよね」

 ダメだな、まだまだだ。
 がんばらなきゃ。

 私はカバンの中から、一枚のDVDを取り出します。
 印字面に四人分の寄せ書きが書かれた、大切な宝物です。

純「あれ、PVまだ届けてなかったの?!」

憂「違うよ純ちゃん、こっちは梓ちゃんの……」

純「ああ。あれね!」

 にやにや笑う純から逃げるようにカバンの元に向かって、深呼吸。
 うん。大丈夫。



584 名前: ◆cAMlXXCrWM:2010/09/27(月) 13:14:35.99 ID:JeWLzYoo


梓「それじゃあ行こっか」

憂「うん、がんばろうね!」

純「まかせときなって」

 私は壇上に出て、ギターの元に向かいます。
 がんばろうね、むったん。

『それでは続きまして、軽音部の紹介です』

 幕が上がると新一年生たちが見えました。

 私はあの日、唯先輩たちの演奏を見て入部を決めました。
 今度は私が一年生たちを憧れさせる番です。

 深呼吸。
 マイクのスイッチ、オン。
 自信を持って私は話し始めました。


梓「こんにちは。桜高軽音部部長、中野梓です」


おわり。



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